ロマリアの教皇聖エイジス三十二世、ヴィットーリオ・セレヴァレの即位三週年記念式典がロマリア連合皇国にあるアクイレイアの街にて開かれる。 それに先立ちトリステイン女王アンリエッタはロマリアの街に入り、教皇と秘密に会談を行う。 そして、即位三週年記念式典を囮にし、ガリアの虚無の担い手の使い魔ミョズニト二ルンをおびき寄せるというロマリアの教皇の提案にあえて乗り、虚無の担い手をロマリアへ集結させた。第三十九話 我ら無敵のルイズ隊■■■ side:才人 ■■■ 年始から数えて五番目のウルの月の第三週。 女王陛下から指令書を持ってルネが学院に訪ねてきた。 その指示によると、虚無の担い手であるルイズとテファをロマリアの街まで水精霊騎士隊で護衛して連れてくるようとのことだった。 そして俺達は現在、『オストラント』に乗ってロマリアに向かっている。 『オストラント』号の甲板の上、水精霊騎士隊と『ルイズ隊』の面々が集まっている。 「さて、奴隷達、私の話を聞きなさい」 そう言ってルイズが切り出す。 後で知ったことだが、例の穴は女子風呂を除く為のもので、そこを見事にルイズに嵌められた水精霊騎士隊の連中は二ヶ月間ルイズの奴隷となったらしい。 俺はシャルロットに救われた。シャルロットがいなければ俺も同じ運命を辿っていた可能性が高い。 「これからロマリアに向かうんだけど、かなりきつい任務になりそう、ぶっちゃけ死ぬ可能性があるわ。そこのところはまず覚悟しておきなさい」 その言葉に全員の表情が引き締まる。 「もっとも、覚悟が無くても私の奴隷であるあんたらは戦場に駆り出されることになるんだけど」 そうして妖艶に笑うルイズ、怖すぎる。 「今回の件は私と女王陛下と枢機卿で話し合った結果決めたことだから、間違いなくトリステインの将来がかかっている任務と言えるわ。敵はいまだ不明、ガリアの可能性が高いけど、ロマリアが敵になることもあり得るし、両方が敵に回ることもあり得る」 平然と言うが、言ってる内容はとんでもねえことだ。 「もう少ししたら行われる教皇聖下の即位三週年記念式典が絡んでるのは間違いないわ。そもそも女王陛下がロマリアに向かったのも教皇聖下が内々に相談したいことがあるとの話でね、アルビオンのウェールズ王、ゲルマニアのアルブレヒト三世は呼ばれていない。つまり、トリステイン、ガリア、ロマリア、この三国間で事は起こるのだけど、どのように利害関係が変化するかは未だに不明。今日まではロマリアと共に戦ってても、明日にはガリアと共同戦線を張る可能性もあるわ」 隊員全員の顔が曇る。まさかそこまでの任務だとは思ってなかったんだろう。 ギーシュとマリコルヌはあらかじめルイズの話を聞いてたから驚いてないが。 「今回は陰謀が主流になる。これまでにようにただ敵目がけて突撃するだけじゃ味方から刺されて終わりよ。特に聖堂騎士団には注意すること、狂信者ってのは始末に負えないから」 思いっきり狂信者って言い切ったよこいつ。 「敵は異端が相手なら死ぬまで戦い続けることで有名な聖堂騎士団。戦う時は必殺の覚悟で挑みなさい、首を刎ねて心臓を潰すの、そうすれば「水」の先住魔法でもない限りは死ぬわ」 だけどその言い方だとロマリアに喧嘩売りに行くみたいだな。 「えーと、ルイズ? 僕達はロマリアに戦争仕掛けに行くのかい?」 ギーシュがそう尋ねる。 「その可能性もあるのよ、ガリアと組んでロマリアを滅ぼすことも選択肢には含まれるわ。貧乏なロマリア、金持ちなガリア、どっちに着いた方がいいかなんて明白でしょ」 さらっと言ってのけるルイズ。 「だけど、トリステインはガリアに借金もあるしね、ここはいっそロマリアと組んでガリアを牽制する手もあるわ。そして借金を踏み倒す。アルビオンやゲルマニアを引き込めばそれも不可能じゃないかもね」 完全に悪役のセリフを吐くルイズ。似合いすぎて怖い。 「要は臨機応変、その場で考えるのよ。そしてあんたらの使命は上官の命を忠実に実行すること、それが出来ない者から戦場では死んでいくわ」 完全にこれから戦場へ向かう兵士達への注意事項になってる。 「国家の方針は女王陛下が決定する。それに沿う作戦は私が考える。あんたらはそれを実行する。この役割は決まってるから、後はそれぞれが己の領分をしっかりと全うするのよ。そうすればあんたらは故郷に生きて帰れるわ」 まるで俺達がこれから死にに行くような感じだな。 「それじゃあ、話はここまでよ、目的地に着くまでは各自自由にしてていいわよ」 そして解散となる。 その後、『ルイズ隊』の面子が会議室に集合した。 この『オストラント』号は東方探検のために設計した船らしいので長期の航海を想定して船室が多い。 そしてその中には会議用のやや広い部屋もあり、そこを使って現在俺達は話している。 「やれやれ、どんでもない説明だったねえ」 ギーシュがそうぼやく。 「別に、嘘は言ってないわよ。ああなる可能性もあるって話で、実際キナ臭いのは確かだしね」 ルイズが答える。 「で、貴女とティファニアをロマリアに連れてくのが任務なのよね?」 キュルケが確認する。 「ええ、だけど本題はそこからでしょうね。教皇が何を企んでるのかも分かってないし、戦力が多いに越したことはないわ、だからあんた達も連れて来たんだし」 俺、ギーシュ、マルコルヌは水精霊騎士隊の隊長と副隊長だから当然。 ルイズとテファは虚無の担い手だが、シャルロット、キュルケ、モンモランシーの3人は今回特に来る必要があったわけじゃない。というかキュルケはゲルマ二ア人だし、シャルロットはガリア人だ。 コルベール先生は『オストラント』号を操縦するには不可欠だし、テファが来るならマチルダさんが来ないはずがない。 でも、結局皆来てる。 「なんか面倒なことになりそうねえ、もっとも、その方が面白そうだけど」 キュルケは笑う。本当にこいつは厄介事が好きだよなあ。 「新薬は全部持ってきたわよ、ルイズ。それと、例の“アレ”もね。ちょっと危険だけど何かの役には立つかもね」 モンモランシーも研究成果を存分に発揮する気みたいだ。つーか“アレ”ってなんだ? 「私は、サイトと一緒に行く」 シャルロットがそう言うけど、危険なんだけどなあ。 「諦めることだねサイト、危険なのは君だけじゃない。それに、君がアーハンブラ城に行ったってのに、タバサが危険だからっておとなしくしてるわけがないだろう?」 ギーシュに完全に読まれてるし。 「くくくくく、羨ましいねえサイト。少しはわけてくれてもいいと思うんだけどねえ。僕達は代償としてルイズの奴隷と化したのだから」 ちょっと危なくなってるマリコルヌ。 空中装甲騎士団との一件以来、水精霊騎士隊には春が来たようなもんだが、例の女子風呂覗き事件以降はルイズの奴隷となっているので、まともに女の子と付き合える状態じゃないらしい。 悪魔かあいつは。 「誰が悪魔よ」 心が読めるのかこいつは。 …………………なんだ? 今ハインツさんと心が通じた気がしたんだが? 「え、えーと、私はどうすればいいの?」 ちょっと困惑気味のテファ。 「貴女は何もしなくていいわ、やるのは私達だから。もしロマリアの糞神官共が貴女を利用しようものなら、ロマリアを滅ぼしてでも守るから」 すげえ勇ましいなルイズ。つーか、糞神官って。 「そ、それはやり過ぎじゃ……」 優しいテファは逆に心配な様子。うん、ルイズはやると言ったらやるからなあ。 「まあ、ロマリアを滅ぼすかどうかはともかくとして。私がついてるから大丈夫よテファ」 そういって励ますマチルダさん。 確かに、ロマリアの神官がそんなことをしようものなら、大魔神によって全ては灰燼に帰すだろう。 「私は私の教え子を守る。この身では全てを救うことなど出来はしないからね、せめて自分が守ると決めた者だけでも救わねば」 そう言うコルベール先生はかっこいい、俺もこういう風になりたいなあ。 「俺はシャルロットを守る。そして邪魔するものは全部排除し、愛と肉欲の日々を過ごすんだ」 て、待て。 「てめえええ! どさくさに紛れて何言ってやがる!」 「あんたの心を代弁しただけよ」 しれっと返すルイズ、いつか殺そう。 「返り討ちにしてやるわ」 だから何で心を読めるんだよ。 …………………なんでだ? またハインツさんと心が通じた気がしたんだが? 「ま、今は焦ってもしょうがないわよ。勝負はロマリアについてから、それまでは優雅な空の旅を楽しみましょう。ちなみにあんたとタバサは同じ部屋よ」 「おい!」 「大丈夫さ、サイト、僕とモンモランシーも同じ部屋なんだ」 何でお前は誇らしげなんだ? 「一回50エキューよ」 それは何の値段だおい。 「モンモランシー、30エキューにならないかな?」 お前も値切るな。 「いいや、僕なら100エキュー出す!」 張り合うなマリコルヌ。 「あんただったら1万エキューよ」 冷静に返すモンモランシー。崩れ落ちるマリコルヌ。 「ふふふ、貴女はサイトにいくらでやらせてあげるのかしら? もちろん無料よね」 「~~~~~~~!!」 微笑むキュルケと顔を真っ赤にするシャルロット。 「君達、それはいかんぞ」 教育者として一応止めるコルベール先生。 「あら、いいじゃないですか、本人達の意思を尊重しましょう」 あおるマチルダさん。 「あうう……………」 耐性がないテファは困惑してる。 「ふふふ、私と一緒に寝るかしら?」 そんなテファに詰め寄るルイズ。こいつ、百合っ気があるんじゃなかろうか? そんな感じで『オストラント』号の航空は続いた。■■■ side:モンモランシー ■■■ 『オストラント』号での旅も二日目。 明日の夕方頃にはロマリア南部の港チッタディラ着く予定。 その間、私達は集まって色々と話していた。 今いるのは『ルイズ隊』のメンバーとティファニア。コルベール先生とマチルダは入国後の手続きの書類の準備や、その後のスケジュールの確認をしてる。引率の教師と学院長秘書は大変だわ。 「ねえ、いいかげん『ルイズ隊』って名称はなんとかならないかしら?」 ルイズがそう切り出す。確かに、呼ばれる方は大変かもしれないわね。 「別に問題ねえと思うけどな、だってお前が指揮官だし」 サイトが言うことももっともではある。 「それにしてもよ。そろそろ私達も有名になってきたし、今回はロマリアで戦うわけだしね。もっとましな名前の方がいいでしょ」 「確かにそれはいえるね、水精霊騎士隊の上に存在する組織が『ルイズ隊』じゃちょっと格好つかないなあ」 ギーシュらしい意見がでた。 「そうよ、それで、ちょっと時間をあげるから皆で考えて頂戴。各自がそれぞれ考えた案を比較検討して、一つにまとめましょう」 なるほど、いい考えね。 そして私達8人はしばしの間考え込む。 そして。 「そろそろいいかしら?」 ルイズの確認に皆が頷く。 「じゃあ、まずギーシュ」 「いいとも、 『巨乳信奉隊』、 これでどうかな!」 その瞬間、私が水で馬鹿を包み、タバサが凍らせ、ルイズが『レビテーション』で室外に放り出した後、粉々に吹き飛ばした。 まったく、私達に喧嘩売ってるのかしら? 「次、マリコルヌ」 何事もなかったかのように進めるルイズ、流石。 「ふ、僕のはギーシュのように低俗なものじゃない。 その名も『性の奴隷軍団』!!」 馬鹿二号の運命は語るまでも無い。 「次、キュルケ」 「ええ、『美の女神とその下僕たち』でどうかしら?」 完全に自分主体のネーミングよね、それ。 「却下。大体それあんたが自己主張し過ぎよ、『ルイズ隊』と大差ないわ。次、タバサ」 「『勇者と従者達』」 実にタバサらしいわ。 「うーん、まあ悪くはないわね。問題は誰が勇者かだけど」 確かに、それほど悪いわけじゃない。 「次、モンモランシー」 私の番か。 「トリステインの水にあやかって、『秘薬の戦士達』でどうかしら?」 「うーん、ちょっと水精霊騎士隊と被るわね。悪くはないけど」 言われて見ればそうね。 「次、サイト」 「応、『七人の侍』でどうだ?」 侍? 何かしらそれ? 「ちょっとマイナー過ぎるわね、とういうか特殊な人間にしか分からないわ。でも、発想自体は悪くないわ」 応用は利きそうね、タバサと合わせて『七人の勇者』ならいけそう。 「ラスト、ティファニア」 「えーと、『妖精騎士団』でどうかしら? 水精霊騎士隊と対比して」 なるほど、いい案だと思う。 「団と名乗れるかどうかは別にして、なかなか良いわね」 「貴女の案はどうなの?」 キュルケが確認する。 「私の案は『自由隊』ね、これまでの慣習にとらわれず、広い視野をもって行動できるようにとの願いを込めたわ」 これも悪くない、私達にはピッタリだわ。 「となると、『自由隊』、『妖精騎士団』、『秘薬の戦士達』、『勇者と従者達』、『七人の侍』をどう組み合わせるかだね」 ギーシュ復帰、どういう体をしてるのかしら? 「サイトとタバサは混ぜて『七人の勇者』で問題ないわね。後は“妖精”と“秘薬”をどう合わせるかだけど」 「“自由”はどこにでも付けれるものね」 これはキュルケ。 「『七人の勇者』は『勇者隊』でもいけるんじゃないか?」 サイトがそう提案する。 「それはいけそうね、となると」 「『自由なる妖精秘薬勇者隊』、になる」 タバサが繋げた名前を言うけど、ちょっと長いし変ね。 「うーん、あと一歩ね、もう一捻り欲しいわ」 皆で考え込む。 「となると、“秘薬”を泉とかに置き換えて、“妖精”を“翼”とかに置き換えてみる?」 私はそう提案する。 「そうなると、『自由な翼の勇者の泉』になりそうだけど」 もう一歩。 「『自由な翼』って響きはいいね」 マリコルヌも復帰、しぶといわ。 「じゃあこれでどうかしら、『自由なる青き翼の勇者達』」 キュルケの提案。 「まあ、そんなとこかしら、普段は『ルイズ隊』でいい訳だし。何かこう、公式っぽい場ではそれで行きましょう。皆、意義は無い?」 私を含めて特に無いみたい。まあ、結局は『ルイズ隊』なわけだし。 「それはそれでいいとして、『巨乳信奉隊』と『性の奴隷軍団』は舐めてるとしか思えないわね」 私はそう言う、もう少し厳しい罰が必要そうだ。 「そうかね?これでも知恵を絞ったつもりなんだが」 知恵を絞ってそれだったらあんたの頭は腐ってるわ。 すると、キュルケが二ヤリと笑って立ち上がる。 「そうね、『自由なる青き翼の勇者達』の青はタバサ、勇者はサイトを象徴してるわ、それに『性の奴隷軍団』を組み合わせれば、『サイトとタバサの愛の巣』、になるかしら?」 なんて言い出した。 「なっ!」 「~!」 この二人の反応も本当分かりやすいわ。 「ふうん、となると、こんな感じかしらね」 そしてルイズも二ヤリという笑みを浮かべながら立ち上がる。 「シャルロット、俺はお前が好きだ。その身体が欲しい(キュルケ)」 「だ、駄目よサイト、私達はまだ学生なのよ。それに、私の身体じゃ………(ルイズ)」 「そんなことはないさ、君の身体は魅力的だ。ほら、俺のモノはもうこんなになってしまっている(キュルケ)」 「サイト……私の身体で欲情してくれるのね。嬉しい(ルイズ)」 「ほら、君のここだって、もうこんなになってるじゃないか(キュルケ)」 「あ、ああん、そ、そこは駄目よサイト、ま、まだ、心の準備が………(ルイズ)」 「大丈夫だよ、優しくしてあげるから。さあ、俺達の愛の巣へ行こう。そして、あの快楽の世界へと!(キュルケ)」 「あ、ああ、ん、んんん、サ、サイト、私を連れて行って!(ルイズ)」 「その辺にしておきなさい」 私は冷静に突っ込みを入れる。 「あら、無粋ね」 「横槍はいけないわよ」 あっさりと元に戻る二人。 「だからといって、スカートの中に手を入れるのはやり過ぎでしょ。それにルイズもキュルケの胸のボタンをはずさないの」 ギーシュは鼻血を噴いて昏倒してるし、マリコルヌは別の世界に旅立ってる。 「役者たる者、役にはまりきることが大切よ」 「それが出来なければ一流とは言えないわね」 これまた息ピッタリの二人、最近仲良いわね。 ちなみに、サイトとタバサは完全に固まってる。ちょっと刺激が強かったみたいね。 「は、はううう~~~~」 テファも脱落、この子も免疫ないわ。 「ま、こうなる日も遠くないわよ」 「そう、近ければ明日にでもね」 この二人の暗躍は続きそう、だって、最高に楽しそうな顔してるもの。 私はとりあえず馬鹿二人を水で固めて室内から放り出した後。掃除を始めることにした。■■■ side:ルイズ ■■■ ロマリア南部の港チッタディラに到着。 チッタディラは大きな湖に面した城塞都市。船を浮かべるのに都合が良いということで湖がそのまま港となった。 逆に言うと、水に乏しいロマリアではこういった条件の場所にしか都市が建設されることはない。 平野部ではどうしても水がないから食糧の確保が困難、それに平野と言っても荒地と言ったほうがしっくりくる土地が圧倒的に多く、国土自体はトリステインの倍近くあるけど、豊かさは比較にならない。 しかも、サイクロプスや地竜など、そういった荒れ地に住むこの地方特有の怪物も存在するから危険度は他の地方とそれほど変わらない。 ガリアやトリステイン、そしてアルビオンには豊かな土地があり、森があり、そこにはオーク鬼やグリフォン、マンティコア、ヒポグリフなどの幻獣、それに巨大な狼など、かなり危険な者達が跋扈してるけど、切り開かれた道にはそれほど多く出没するわけじゃない。 特に今のガリアの安全性は他国とは比較にならない。王政府が整備する大陸公路には盗賊も幻獣も一切存在しないといっていい。 安全の確保に金を使わないで済む交易品は安価になって産業を活発にする。あらゆるものがあちこちで取引され、国家全体が活気を帯びていく。 まあ、あのアルビオン戦役の戦争景気がそれを後押ししたんでしょうけど。 北方のゲルマニアの状況も今のロマリアと大差があるわけじゃなく、危険が多いのも確か。 元々は同じ都市国家連合体であったこともあって、結構類似点もあるけど、都市があるのは水場に限られず国土は広大。 そしてなにより、停滞を続けるロマリアと違って進歩し続けている。 ゲルマニアはこの100年だけでもいくつもの都市が建設され、多くの街が出来、大量の開拓村が作られている。 だけど、それに比例するように荒廃する都市や、放棄される村なども多い。しかし、そんなものは知ったことか、ならばまた作ればよい、といわんばかりにどんどん建てていくのがゲルマニアという国家。 国家体制の精密さでは圧倒的にガリアが上だけど、発展を目指す心はゲルマニアが上回る。それに負けじとガリアの魔法技術も発展し、ここ数百年のハルケギニアを引っ張って来た。 それに比べたらトリステインとアルビオンは保守的と言ってよく、大きな制度の改変も無く、旧来通りの統治が続いていた。 けど、両大国と接するトリステインはその影響を避けられず、金がある平民はゲルマニアへ、力がある平民や下級貴族はガリアへ流れて行った。トリステインの人材不足の最大の要因はそこにある。 浮遊大陸アルビオンはそうではなく、安定した統治が続いていたけど、やはり腐敗の温床はあったようで、民衆の中のどこかに革新を望む気風が潜んでいたのだろう。 それを利用したのが、あのゲイルノート・ガスパール。彼の手によりアルビオンの秩序は一度破壊され、有能ならばメイジ、平民を問わず登用するシステムが作られた。 ウェールズ王も保守よりは革新を好む人柄だから、その制度は現在のアルビオンでも継続されており。さらに腐った国家の膿は、ゲイルノート・ガスパールが焼き払ったから今のアルビオンは発展の時代に入りつつある。 マザリーニ枢機卿がそんなアルビオンとトリステインの連合を計画しているのも、そう言った気風を伝統に縋るトリステインに自然な形で取り入れるため。その為には姫様とウェールズ王が結婚することが最も都合がよく、本人達の望みにも合致するから私もそれを支持している。 だけど、ロマリアは違う。 この数百年、全く都市に変化が無い。 100年前のロマリア人が今の時代に跳んだとしても、まったく違和感なく生活することが出来るだろう。 ハルケギニア各地から難民は流れてくるけど、ここ数年はガリアからの難民は皆無。ゲルマニアは元々聖戦に反対した人達が作り上げた国家だから神には縋らない。あのアルビオン戦役以降はトリステインとアルビオンから難民が流れてきているという。 でも、そう言った人達が新たな開拓村を築くようなこともなく。ただ都市の貧民層を構築し、配給のスープでその日を過ごすような状態。 そしてそれに反対した者達が新たに唱えたのが実戦教義で、彼らは新教徒と呼ばれる。 当然ロマリア宗教庁はそれを異端としており、コルベール先生が過去に行わされた虐殺もロマリアが主導する新教徒狩りによるものだった。 もし、ハルケギニアを腐らせているものがあるとすれば、ロマリア宗教庁こそがその温床のように思える。 教皇聖下はそれを何とか打破しようと様々な改革を行い。その結果、新教徒教皇なんて呼ばれているそうだけど、その力には限界がある。 彼は、そのために新たな力として“虚無”を利用しようとしているのだろうか? そんなことを考えながら、私はロマリアに降り立った。 私達の名目は『学生旅行』となっており、タバサを救いに行く際にガリアに潜入したのと同じ感じね。 だけど。 「学生旅行?それにしては変なフネに乗っておるな? 何だこれは?」 いかにも融通がきかなそうなロマリアの官吏がいて、激しく揉めている。 コルベール先生とマチルダが説得にあたってるけど、もう少し時間がかかりそう。 「蒸気の力を利用して推進力に変える装置です。わたくしは“水蒸気機関”と呼んでおります」 「神の御業たる魔法を用いずに、そんな怪しい装置で空を飛ぶとは……、異端ではないのか?」 まったく、呆れかえる低能ね。 「サイト、よく見ておきなさい。あれがこの世界の腐った温床そのものよ。あんたがこの世界に召喚されたとき、この世界の文化にいきなり馴染めなかったでしょうけど、あれがその根本的原因」 私は隣にいるサイトに囁く。(当然反対側にはタバサがいる) 「なんつーか、アホだな。技術を発展させる気が無いのか?」 その感想はもっともね。 「ないのよ。そうしないと神の威光が地に落ちるからね。それを利用して私腹を肥やすのが大半だけど、嘘も数千年続ければ本人達すら信じ始める始末。神の為っていう免罪符の下、彼らは正義と信じる行動を行うの」 サイトの世界にも“免罪符”は存在したらしい。 この世界にも“聖戦”の狂気が蔓延していた頃はロマリア宗教庁によって発行されていた。それが終わったのはそれに反対した人々がゲルマニアを作った頃かしらね。 「どの世界も神様が絡むとやることは同じなんだな」 「そういうことね、人間が人間である以上、考えることは大差ないんでしょう」 だからエルフは人間と違うのでしょうね。肉体的じゃなくて精神的に。 テファを見てるとつくづくそう思う。 「ま、入国許可証は問題ないんだからいけるでしょ、終わり次第さっさとロマリアに向かいましょう」 そして、入国を済ませた私達は、一路駅馬車でロマリアへ向かう。 だけど、私はある情報を掴んでいた。それから考えると一悶着あるのは容易に想像できたし、それを企画しているであろう、あのいけ好かない野郎をどう料理したものかと、私は駅馬車の中で思考を重ねていた。 そして、ロマリア到着。 この街では杖や武器の携帯が原則として認められず、それを認可されているのは聖堂騎士団のみとなる。 そんなことを知らない(あえて知らせなかった)サイトは何気なくデルフリンガーを背負ったまま門をくぐろうとして、衛士に呼び止められる。 「おい、そこの貴様!」 もう少し丁寧な言い方ができないものなのかしらね? 「どこの田舎者だ! この街では武器をそのまま持ち歩くことは許されん!」 自分達の街の文化を知らない者は皆“田舎者”ね、呆れ果てるわ。ここなんてリュティスに比べたら田舎でしょうに。 その衛士は尊大な態度でサイトに近づくと、デルフリンガーをサイトの背中から引き抜いて地面に投げ捨てる。 「な、なにすんだよ!」 「なんだ貴様。貴族だったのか。それにしても剣など持ち歩くのはどういう了見だ?北のほうの国では平民が貴族になれるらしいが、それか? なんとまあ、神への冒涜も甚だしい!」 本当、腐りきってるわね。トリステインにこういう貴族は未だ多いけど、ここまで酷くはないわ。 「やいてめえ! 人、いや、剣を地面に放り出すたあどういう了見だ!」 文句を言おうとしたサイトよりも先にデルフリンガーが文句を言う。 「なんだ、インテリジェンスソードか。どっちにしろ携帯はいかん。袋に詰めるか、馬に積むかするんだな。…………とにかく貴様、こっちに来い。怪しい奴だ」 「うるせえ! ボンクラ! この罰当たりの祈り屋風情が!」 あら、なかなかいい啖呵ね、見事よデルフ。 「…………祈り屋風情だと?」 顔を引きつらせる三下。 「おう、何度でも言ってやらあ! 祈り屋風情が気に入らねえってんなら、別の呼び方を考えてやってもいいぜ」 「…………剣の分際で!ロマリアの騎士を侮辱するということは、ひいては神と始祖ブリミルに侮辱をくわえるということだぞ!」 はあ、出たわね、ゴミの理論。やっぱり、一度滅ぼした方が良さそうね。 「うるせえ若造! おめえにブリミルの何が分かるっていうんでぇ。いいから早いとこ俺に謝って、得意のお祈りでも唱えやがれ」 デルフの気持ちが分かるわ。仮に私が剣だったとして、数千年後の馬鹿が『開祖アンリエッタ様を侮辱することだ!』とか言い出したら。絶対ぶっ殺すもの。 「こいつめ!炉にくべてドロドロの塊にしてくれる!」 「おもしれえ! やれるもんならやってみやがれ!」 「やめろよ!」 押し合いへしあいになる。うん、実に良い展開ね。 「あ、わりい」 突き飛ばしたサイトがそう言う。 「悪いで済むと思うのか! 始祖と神に仕えるこの身を突き飛ばすとはっ! 不敬もここに極まれり! やはり貴様ら…………。おのおの方! 怪しい上に、不敬の輩がおりますぞ! 出ませい!」 すると。 「不敬とな!」 「例の件に関係しておるやもしれん! 取り押さえろ!」 聖堂騎士が次々に出てくる。 「私達はトリステイン王政府の者よ、今現在この国に滞在しているアンリエッタ女王陛下の御許へ向かう途中ですの。私達に手を出したらとんでもない外交問題になりますわよ?」 私はサイトの前に進み出る。 「…………アンリエッタ女王陛下?」 「そんな報告は受けてないぞ?」 顔を見合わせる三下達。 「そりゃあそうでしょ、お忍びなんだから。あんた達みたいな下っ端の出来そこない風情が知っていたらそれこそ問題よ」 「貴様! 我々を侮辱するか! しかもトリステイン女王の名前まで持ち出しおって! ますます怪しい奴だ!」 「まとめてたっぷりと宗教裁判にかけてやる!」 「あらあら、何を言うかと思えば。あんたら、自分が神と同格だとでも思ってるの? そんなブサイクの分際で。教皇聖下のように美しいならともかく、あんたらなんかに銅貨一枚分の価値もないのよ。ロマリアの騎士を侮辱するということは、ひいては神と始祖ブリミルに侮辱をくわえるということ? はっ! 神があんたらブサイクを気にかけるはずがないでしょ、分際を知りなさい」 サイトの隣にいるタバサが私に『拡声』をかけているので私の声はそこら中に響き渡る。 「おのれ! この異端者めが!」 「覚悟しろこの魔女め!」 「サイト、やりなさい」 「りょーかい」 そいつらはサイトが瞬殺する。 「デルフ、さっきの啖呵は見事だったわよ、褒めて遣わすわ」 「ありがとよ、だけどなあ、俺はそもそもこの国が大きれえなんだよ。この国を作ったフォルサテって男がそりゃあもういけすかないヤツで」 それは以前にも聞いたわね、何か怪しいのよねその男。 「で、ルイズ、どうすんだよ?」 「私に任せなさい、あんたらは見物してればいいわ」 このブサイク程度が相手なら私一人で十分、それに、ちょうどいいモルモットになりそうだし。 「しかし、相手は聖堂騎士団だろう」 心配そうに言うコルベール先生、だけど問題はない。 「いいえ、全く心配はありません。今回のことに関してはこちらに有利な条件が揃ってますから。教皇は私達の協力を必要としている。だったら、その優位を最大限に利用しましょう」 これも駆け引きの一つよ。 「ルイズ、例のアレはどうするの?」 タバサがそう訊いてくる。 「補足しておいて、位置がわかったらさり気無く合図を送って頂戴。あとは私がやるわ、キュルケとモンモランシーにもそう伝えて」 「了解」 「ギーシュ、マリコルヌ。あんたらは水精霊騎士隊をしっかりまとめてなさい。サイト、あんたはタバサに愛を囁きなさい」 「関係ねえだろそれ!」 「ティファ二アは後ろに下がってて、ちょっと荒事になるから」 「は、はい」 「マチルダ、土でバリケードを作って、簡易的な砦を構築するの。ギーシュ、部下の配置はあんたに任せるわ」 「分かったわ」 「了解だよ」 ティファニアは引いて後ろに下がり、マチルダが防壁の構築を開始する。流石は「土」のスクウェア。 去年までは「トライアングル」だったそうだけど、今はもう「スクウェア」らしい。もっとも、それはタバサも同じだけど。 水精霊騎士隊の配置も完了、市街地の一角にいきなり異端の牙城が出来上がったわけね。 「さて、そろそろお出ましね」 聖堂騎士の一団が現れて、私達の砦を包囲する。この砦は壁を背にしてるから前面からしか攻撃できないようになっている。 「アリエステ修道会付き聖堂騎士隊隊長、カルロ・クリスティアーノ・トロボンティーノです。さて、砦に立てこもった諸君、君たちは完全に包囲されています。神と始祖との卑しきしもべである我々は無駄な争いを好みません。申し訳ありませんが、おとなしく投降していただけないでしょうか?」 口調は穏やかだけど、人の神経を逆なでする才能がありそうね、ま、あの野郎も同じだけど。 同じような口上ではあったけど、あのビダーシャルは心の底から争いを望んでいないということが感じられた。それと対立する聖堂騎士団がこれなんだから、狂信者ってのは救いようがないわ。 「あたしたちの身の安全を保証してくれるっていうんなら、そうしてもいいわよ?」 これはキュルケ、まずは彼女達が交渉に当たる。 「そうしたいのはやまやまなんですが…………。我々はとある事件を抱えていましてね、怪しい奴はかたっぱしから捕らえて宗教裁判にかけろ、との命令を受けておるのです。従って、貴方方の無罪が神によって証明されたのち、そうさせていただきましょう」 随分な言い草だわ、宗教裁判なんて名前を変えた処刑と同じ、要は異端審問なんだから。 「僕達は異端じゃないぞ!」 「れっきとしたトリステイン貴族だ!」 水精霊騎士隊の隊員が抗議する。ま、当然ね。 「トリステイン貴族というのなら、貴族らしくきちんと裁判を受け、身を持って証明すればいいだけの話ではありませんか。それが出来ぬ、と言うならば、君達は忌まわしき異端ということになってしまいますが…………」 「教皇聖下に問い合わせろ! 俺達はロマリアの客だぞ!」 サイトが怒鳴る。けど、それって無理なのよね。 「それほど聖下にこだわるとは…………。やはりあなたがたを何としても取り調べねばならないようだ。しかたありません。流れずに済む血が流れ、振るう必要のない御業を振るわねばならぬ…………。ああ、これも神が与えた試練なのでしょう…………」 だとしたら神は無能な屑ね、そんなの存在する価値すらないわ。 「神と始祖の敬虔なしもべたる聖堂騎士諸君。可及的速やかに異端共を叩き潰せ」 一気に聖堂騎士から魔力のオーラが立ち上る。 「“第一楽章”始祖の目覚め」 一斉に聖堂騎士は詠唱を始める。 「なんだありゃ?」 「讃美歌詠唱ね、聖堂騎士団が得意とする呪文、要はヘクサゴン・スペルと同じく連携して威力を上げるわけだけど、効率は圧倒的に低いわ。それに、対処法は簡単」 ここからは私の出番。 「聖堂騎士団! ちょっと待ちなさい! 私達の指揮官がそっちに行くわ!」 キュルケがそう叫ぶ。 「行くわよ、『ルイズ隊』」 『自由なる青き翼の勇者達』は長くて言いにくい。公式文書に書くならこっちの方がいいんだけどね。 私、サイト、タバサ、キュルケ、ギーシュ、マリコルヌ、モンモランシーの7人が砦から出る。残りの23人は砦に残る。 「投降する気ですか?」 カルロと名乗った隊長がそう言うけど、そんなわけないじゃない。 「まさか、あんたたちみたいな“童貞の傷のなめ合い騎士団”に投降するわけないでしょ」 「な、なんだと!」 「あら、女にもてないから諦めて神官になったんでしょ? だってそんなブサイクじゃ女が寄ってくるわけないもの。情けないわね、もてないことを神のせいにするなんて、このマリコルヌですら同時に複数の女子生徒から舞踏会の誘いを受けてるっていうのに」 もっとも、隊長のカルロは美男子といっていい。しかし、配下の騎士は全員がそうではない。 「き、貴様!」 「なあに童貞、女の味も知らない坊ちゃん風情が説教しようだなんて100年早いのよ。このサイトを見習いなさい。ロリコン、幼女趣味の汚名を一切恐れずこのタバサを抱いたのよ。貴方にその度胸があるかしら?」 当然、私の声は『拡声』によって大きくなってるから、聖堂騎士団のみならず、周囲の市民にも声は届いている。 「ぶっ!」 「~!」 反応する二人、だけど、カルロはそれに気付けない。 「ば、馬鹿な、その幼女を抱いただと」 呆然とするカルロ。まあ、聖堂騎士団には免疫がないものね。 「こっちのキュルケはゲルマニア人で、まさに百戦錬磨、ギーシュとモンモランシーもなかなかに激しいわよ。もっとも、やっぱりサイトとタバサが一番だけど。さて、貴方なんかが敵うのかしらねえ、未だ童貞の早漏野郎が」 「な、舐めるな! 僕にだって彼女くらいいる!」 かかったわね。そう、美男子のあんたをほっとく女ばっかりなわけないもの。 「あらあ、聖堂騎士隊の隊長様とは思えない発言ね。部下の皆さん! そして市民の皆様! 聞かれましたか! 隊長殿の素晴らしい告白を!」 「はっ、み、皆、違う! 違うんだ! 僕は教義に反してなんかいない! 彼女とはたまに話すくらいで恋人では断じてない!」 そうは言っても、隊員の中には疑いの目で見てるのがいるわね、特にブサイクなのが。 「くくくくく、甘いのねえ、所詮人間は性欲から逃れることなんて出来はしないのよ。さあ、貴方も楽になるといいわ、我々の同志になりなさい。そうすればあらゆる快楽は思いのままよ?」 もっとも、ハインツみたいな例外もいるけどね。人間は本当に多種多様だわ。 「ふ、ふざけるな、我々は聖堂騎士だぞ、そのような穢れた欲に染まるものか!」 「あらそう、だったらその神の力とやらを見せてみなさい。こっちは欲望の力の強さを見せつけてあげるわ」 そして私は杖を抜く。 「諸君! あの異端の魔女を叩き潰すぞ! “第一楽章”始祖の目覚め!」 そしてもう一度讃美歌詠唱を始める。だけど、遅いのよね。 私も小声で詠唱を開始する。 聖堂騎士のそれぞれの聖杖から炎が伸び、絡み合い、巨大な竜の形をとる。 情けないわ、コルベール先生なら一人で同等の大きさ炎蛇を作れるでしょうに。 「喰らえ!」 「異端魔法その1」 私の『解除』がそれをあっさりと打ち消す。 「な、何だと!?」 「異端魔法その2」 今度は『爆発』、小規模なそれを全員の聖杖にそれぞれ叩き込む。 「つ、杖が!」 “糞坊主 杖が無ければ ただの雑魚” 作、ルイズ。 「異端魔法その3」 「「「「「「「「「「 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 」」」」」」」」」」 もだえ苦しむ聖堂騎士達。 「お、おいルイズ、その魔法は何だ?」 怯えた様子でサイトが聞いてくる。 「『幻影(イリュージョン)』よ」 答える私。 「『幻影』? あんな効果だったっけ?」 「その発展版かしらね、いい、これまでの『幻影』は全員が同じ幻を見てたわよね。だけど、それは別に本物の映像を作り出してるわけじゃない。言ってみれば、脳を錯覚させているのよ」 集団催眠の一種かしらね。 こういう知識はハインツから教わった。彼の知識を応用すれば、魔法はより効率が良くなる。 「で、例えばダータルネスの場合。あの周辺にいる人間全員に“艦隊”の幻影を見せるように魔法がかかったの、あんたと私やルネ達も含めてね。けど、竜はその影響を受けてなかったでしょ」 竜と人間じゃ脳の作りが違うからね。“不可視のマント”が動物に効きにくいのも同じ理由。 「そういや、そうだったな」 「で、その無差別だった範囲を聖堂騎士に限定する代わりに、より強力な幻影を脳に叩き込んだの。前にあんたが言ってたわよね、人間の痛覚は神経で感じて、脊髄を通って、脳に達することで初めて知覚するって」 「あ、ああ」 「これはその逆。まず脳に強力な情報を“虚無”の力で叩き込んで、そこから神経に誤認させる。原理的にはティファニアの『忘却』に似てるわ。強制的に相手の脳に干渉するという点では同じだし」 虚無はそういったことに特化している。防御を一切無視して干渉するという規格外。 これを上手く応用すると、相手の思考を読むというか、誘導することができる。ま、難し過ぎて私には無理だけど。 「じゃあ、こいつらは?」 「うわああああああああ!」 「気持悪い、うひゃああああああああ!」 「うひ、うひいいいいいいいいい!」 とか言いながら転げ回っている聖堂騎士を指してサイトが問う。 「大量の蛆虫に纏わりつかれてる幻覚を見てるのよ、傍から見たら滑稽以外の何ものでもないけどね」 別に危害を加えたわけじゃない。自分で勝手に転げ回ってるだけ。 「で、なんでこいつらこんなに殺気立ってたんだ?」 「それはね、教皇聖下が何者かにかどわかされたって情報があったからよ。要は茶番のために用意された道化ね、そしてそれを仕組んだ馬鹿もいる。多分余興のつもり何でしょうね、チッタディラからずっとつけてたみたいだし。そうでしょ、そこのジュリオ・チェザーレ!」私が叫んだ方向にサイトが振り向く。ま、見つけたのはシルフィードと視界を共有してたタバサなんだけど。 「はっはっは、相変わらず凄い洞察力だね。感服したよ」 気障な神官が現れる。 「異端魔法その3」 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」 私は容赦なく『幻影』を叩き込む。 「お、おいルイズ、やり過ぎじゃ……」 「当然の報いよ、入国早々ふざけた歓迎をしてくれたね。それに、こいつが流した偽の情報によって無実の罪で聖堂騎士団に捕まった人が何人かいるはず。その人達の恨みだと思いなさい」 あのカルロが言っていた。『怪しい奴はかたっぱしから捕らえて宗教裁判にかけろ、との命令を受けている』と、私達がチッタディラに着いたのは昨日だから、一日間その命令は執行され続けた。 北花壇騎士団のような機構が存在しないロマリアでは、聖堂騎士の暴走を止めたり、フォローに回ることが出来る人材がいない。後で解放されるにしても、不当な拘束を受けるのは間違いない。下手をすると怪我をしてる可能性もある。 「自分の都合だけで民に無用な害を与える存在を私は決して許さない、そこが例え外国であってもね」 それが私の貴族としての誇り、それを踏みにじるなら相応の報いを覚悟することね。 この陰謀が行われたところで、民にプラスになることが何も無いどころか、マイナスでしかないんだから。 「そっか、そうだよな、ところで、何の幻影?」 「電撃拷問よ、威力は強めに設定してあるわ、ショック死しない程度に」 まあ、死んだらそれはそれで構わないけど。 「そ、そうか」 なんか怯えたように言うサイト。 「さーて、懺悔の時間よ、ジュリオ・チェザーレ? この電撃は天罰だと思いなさい。そして、許して欲しければ私の靴の裏を舐めて、『私は貴女の奴隷です』、と言うことね。さもないと、どんどん電撃を強くするわよ?」 私はジュリオの顔を足で踏みながら選択させる。 うん、このセリフ、一度は言ってみたかったのよね。 「あら、気絶してるわ、案外根性無しねこいつ」 ジュリオの顔を蹴って意識があるかどうかを確認する。 ちょっと電撃が強すぎたかしら。 「まあいいわ。モンモランシーの薬で目を覚ましたら、たっぷりと調教してあげる。ふふふ」 さて、どんな内容がいいかしらね? 「サイト、いちゃつきたいのはわかるけど、公衆の面前でタバサを抱きしめるのは良くないわよ。タバサもタバサでサイトにしがみつかないの、マナーくらいはわきまえなさい。部屋に着いたらキスするなり、やるなりして構わないから」 サイトとタバサが互いに抱き合ってる。悪いことではないけどね。 「大丈夫、大丈夫だシャルロット。俺が絶対に守るから」 「サイト」 なんか完全に二人の世界に入ってるわね。 「ルイズ、こっちは終わったわよ」 キュルケが声をかけてくる。他の4人で転げ回ってる聖堂騎士を捕縛してたのよね。 「御苦労さま」 「あら、随分ラブラブ空間が形成されてるわね」 「ま、いいことではあるわ、それより、モンモランシーを呼んできて。これが目を覚まさないと先に進めないから」 ジュリオの顔を足で踏みながら言う。 「そう、だけど、女王様プレイはもう少し自重した方がいいわよ。似合い過ぎて怖いわ」 そしてキュルケはモンモランシーの方へ向かう。 「うーん、ま、モルモット相手にはこのくらいで十分かしら」 調教はまた次の機会にしよう。 「さて、いよいよ教皇聖下とご対面ね。私の予想通りなら、彼はもう終わってる。悲しいことだけど」 そう、完結している。 それはもう人間の在り方じゃない。 「そう言う意味では、ハインツも同類かしら?」 人間というカテゴリーに入らないという点では同じだけど、ベクトルが完全に逆。 「片や、何もかも神によるもの、神の世界の代弁者。片や、どんなことでも自分の責任、己だけで全ての価値を決定する神の如き傲慢」 近いようで決定的に異なる。共存することはありえない。 「ロマリアとガリア、喰らい合う光と闇。だけど闇が強い、圧倒的に」 なにせガリアにはあのガリア王ジョセフがいる。 単純な国力差で考えれば30倍くらい離れているんじゃないだろうか? 「あのイザベラが治めてる。さらには九大卿。そしてハインツの北花壇騎士団」 国家としてこれ以上はありえそうにない。 “知恵持つ種族の大同盟”もあるし。 「トリステインはどうするべきかしらね?」 現段階では出るはずがない答えではあるけど、考えずにはいられない事柄だった。