“大魔神の惨劇”は終了した。 あれを完全に記憶に留めているのは俺、シャルロット、ギーシュ、マリコルヌ、そして犠牲者のベアトリスのみ。 どうも犠牲者が記憶を失うことは無いらしく、彼女は哀れにも恐怖の記憶を刷り込まれた。 そして、水精霊騎士隊の連中や応援してた生徒達は、空中装甲騎士団との戦いのあたりまでは覚えているようで、その後の記憶はない模様。 多分、思い出そうとしても本能が拒否するんだろう。 そして、日常?が戻って来た。第三十八話 楽園の探究者■■■ side:才人 ■■■ 「おいギーシュ! 凄い花束だな!」 そういうのは水精霊騎士隊随一、身体が大きいギムリ。 「いやぁ、考えものだな! モテ過ぎるってもの!」 そう言って笑うギーシュの前には女生徒からのプレゼントで溢れている。 もともとギーシュは美形で、黙ってればモテる。その上かっこいい啖呵を切って空中装甲騎士団との戦闘を開始したもんだから人気を博していた。 他の20人の隊員もプレゼントを受け取っていない連中はいない。 それだけ、著名な騎士団と互角以上の戦いをした水精霊騎士隊の人気は高まっている。 ま、俺だけは何ももらっちゃいないが。 「やあサイト、どうだい、似会うかい!」 そうして話しかけてくるのはマリコルヌ。こいつの人気も高い。 今まで、何でこいつが副隊長なんだ?ていう声すらあったが、あの戦いぶりは見事に一言に尽きた。 トライアングルスペルを自在に操り、『エア・ストーム』や『ライト二ング・クラウド』を放ち空中装甲騎士団の隊員を2名独力で仕留めた。 その姿と、冷静な指揮ぶりを発揮したギーシュの二人はまさに人気の絶頂にいるわけだ。 「似合うぞ、うん、多分」 本心は違うがそう言っておく。何せようやくマリコルヌの天下が来たのだ、水を差すのもかわいそうだ。 「はっはっは、マリコルヌ、君も中々のものじゃないか。それに、“フリッグの舞踏会”の申し込みを既に数人から受けているんだろう?」 「そうさ! そうなんだよ! ああ、こんなことは初めてだ! 僕は遂にやり遂げたのだ!」 感極まって泣き出すマリコルヌ、まあ、苦労してたしな。 ちなみに、大魔神によって負った精神的ショックはもう一度ショックを受けることで元に戻ったらしい。どういう精神構造してんだろうなこいつ? 「はっはっは、しかしサイト! 君は一切もらっていないようだな!」 「ああ、まあな」 俺はプレゼントを一切もらっちゃいない。 あのときはシュヴァリエのマントを着けてなかったから、俺がいたと認識してる奴がいたかどうかも怪しい。 「なんだサイト、元気がないな! 落ち込むな! 僕が女の子の扱い方ってのを教えてあげるぜ!」 「ああ、頼むわ」 悪いが、今は他のことを考える余裕は無いんだ。 「サ、サイト、君、本当に大丈夫かい?」 そう言ってくれるのはレイナール。 「平気だ」 そして俺はその場を後にする。■■■ side:ギーシュ ■■■ 「やれやれ、サイトのやつ相当の重症じゃないか?」 そう言うのはガストン、今はサイトを除く全員が溜まり場に集合している。 「うーん、僕達ちょっと浮かれ過ぎたかな? 一番戦ったはずのサイトがあれじゃあ、いくらなんでも可哀想だ」 これはレイナール。 「どうにかして彼に元気になってもらいたいな、そうじゃなきゃ僕達も騒げない」 これはヴァランタン。 うーん、どうやら皆勘違いしているな。別にサイトは一人だけプレゼントをもらえないばかりか、空気扱いだから落ち込んでいるんじゃない。 とゆーか落ち込んでもいない、あれは悩んでいるんだ。 考えるまでもなく、タバサとのことだろう。おそらく彼は本心では抱きたいと望んでいる。しかし、今それを実行してよいものかと考え込んでいるんだろう。 何せタバサはあの体格だ。年齢を考えればまだまだ成長する可能性は十分あるが、今、ことに及べばロリコン、幼女趣味の称号を贈与されるのは避けられないだろう。 しかし、彼女の方でもサイトを望んでる。それは丸分かりだ。 故に彼は悩む。ロリコンの称号を負うことを覚悟で今抱くか、それともせめて卒業するくらいまでは待つか。 抱きたい。しかし、それをすると凄まじい負の称号を負うことになる。しかし、彼女が愛しい、自分の名誉くらいがなんだ! だけど、もし彼女まで変な眼で見られたら? そんな感じの思考がぐるぐる回ってるんだろうなあ。 「どうしよう皆? どうやったらサイトを元気づけてやれるかな?」 事情を知らない皆は議論を続けている。 実はサイトとタバサが恋仲であることは『ルイズ隊』では周知の事実だが、水精霊騎士隊では知られていない。 というのも、あの二人は二人きりでいることが以外と少ない。 大体『ルイズ隊』の面子と一緒にいるし、特にキュルケと一緒にいることが多い。 二人きりよりも、むしろキュルケがいた方が会話が弾み、しかもキュルケは二人をくっつけようと画策するものだから、恋人らしいやり取りもかえって増える。 そんな感じで二人の仲は徐々に接近しつつあるのだけど。『ルイズ隊』以外の人物から見れば、二人が恋仲だと気付くのは案外難しい。 それも水精霊騎士隊のような連中ならば尚更、キュルケみたいのだったら一発で気付くんだろうけど。 「ま、二人の会話内容にも原因があるんだろうな」 あの二人は生粋の戦闘技能者タイプで、戦闘スタイルも似てる。 それに二人共いつかハインツに勝つという目標を持ってるみたいで、サイトにルーンマスターとしての高度な戦い方を教えたのはハインツ。タバサにメイジとしての戦い方を教えたのもハインツ。 だから、師匠を越えようと二人で日々頑張ってる。 「あの二人が同時にかかれば、ハインツにも勝てそうではあるけど」 『ルイズ隊』の面子はハインツの強さをあの夏期休暇の頃から知っている。 あれは強い。僕なんかじゃ測りきれない程強い。 無駄が一切ない戦いというのは、ああいうものを言うのだという見本だった。 『槍兵は遠距離では弓兵に勝てない、しかし、一旦接近すれば容易に勝てる』 それが簡単な例えだった。 僕は「土」、マリコルヌは「風」、モンモランシーは「水」、キュルケは「火」。 あの二人以外の面子も、それぞれの特徴を生かした戦術を模索し出した。全ては彼の言葉によって。 最後にルイズ、彼女の戦闘スタイルだけはハインツは一切関与していない。“虚無”とはそれだけ異色なのだ。 そして“博識”のルイズがそれぞれの技能を特化させた僕達を指揮することで『ルイズ隊』は完成した。 僕は“工兵”、マリコルヌは“哨戒兵”、モンモランシーは“治療者”、キュルケは“移動砲台”、タバサは“遊撃兵”、サイトは“切り込み隊長”、そしてルイズは“司令塔”兼“大砲”。 もっとも、僕が作ったトンネルにマリコルヌが空気穴を開けたりと、臨機応変で色々変わるが、基本的な役目は決まってる。 それはハインツの『影の騎士団』に似ているともいう。 何でも、あのゲイルノート・ガスパールを倒したのはその『影の騎士団』の二人だっていうんだから驚きだ。 サイトとタバサはそのハインツに勝とうとしてる。何とも凄いことだよ。 「なあ隊長殿、俺にいい考えがあるんだが」 そんなことを考えていると、ギムリから提案があった。 「君がか?」 彼は“いい考え”が浮かぶタイプではない、真っ先に突撃していくタイプだ。 「女で傷ついた男を慰める一番いい方法は何だと思う?」 「女」 僕は即答した。この真理は揺るがない。 「その通りだ、女で傷ついた男を慰めるのは女…………、なんとも我々男は悲しい生き物だね」 「何が言いたいんだね?」 「女子用の風呂を、劇場として機能させるのはどうかな、これ以上男を奮い立たせるものはあるまい、だろう?」 「女子風呂を覗こうというのか!」 僕の発言に全員の視線が集中する。 「いかん、いかんよ、君、女子風呂は魔法で厳重に守られている!」 「へえ、そうかな」 しかし、ギムリは余裕で答える。 「いいかい、僕はこの学院に入学したとき、真っ先に調べたのだ。女子風呂はまるで要塞の如き鉄壁の布陣をしている。半地下の構造で接近するには陸路しかないのだが、接近するにはまず周囲を守る五体のゴーレムを突破しなくていけない、そして、それらをクリアーしてもまだ難関がある! 魔法のかかったガラスの窓だ! これがもう、手のつけられない代物だ! 向こうからはこっちが見えるがこちらからは決して覗けない! おまけに強力な『固定化』がかかってるから『錬金』ではどうにもならない! その上魔法探査装置までついてるから魔法ははなから使えない!」 今、全員の思考が一つになった。 すなわち。 “本当に覗けるのか?” 「お手上げだよギーシュ、メイジにはどうにもならないのさ」 「くそっ」 僕は膝をつく。 周囲からも「そんな!」、「なんてことだ!」、「余計なところに大金かけやがって!」などと悔しそうな舌打ちが漏れた。 「さて、そんな風呂がある本塔の図面を、運良く拝見出来る栄誉に恵まれた貴族がいるとしたら?」 「ま、まさか君は…………」 「その幸運な貴族だよ」 「「「「「「「「「「 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」」」」」 周囲から割れんばかりの歓声が巻き起こる。 「先日、図書室に赴いた時のことだ。僕は学院の歴史を調べていたんだ。長い歴史を持つ学院だ。ひょっとしたら昔の資料が見つかるかもしれないと思ってね。そしてこんな一枚の写しを見つけた。この紙だ」 全員が固唾をのんでギムリが差し出した紙を見つめた。 「どうだい?本塔にかけられた『固定化』の場所が余すことなく記されている。おそらく、設計にあたった技師の誰かが控え用に写したものだろう。しかし、僕達の計画には十分なのさ!」 僕は天啓を受けた。 「僕が将軍だったら…………、君に勲章を贈与しているところだ」 他の全員の意思は、今、統一された。 「行こうぜ、僕達の戦場へ」 そしてマリコルヌが号礼をかけた。 そう、タバサの裸を見ればサイトの決心も固まるはず、これは彼のためになる。 そして、他の隊員は絶対にタバサに関心を払わない。なぜなら、あの魔法兵器を持つティファニア嬢がいるのだから! 僕はサイトと己の悲願のため、全力を尽くすことを心に誓った。■■■ side:才人 ■■■ 俺は今よくわからない状況にいる。 なにやら“いいものを見せてやる”と言われて連れてこられたのだ。 ヴェルダンデが掘る穴をギーシュが手際よく固定していく。もうプロだなこりゃ。 「なあマリコルヌ、要はトンネル訓練なのか?」 これもルイズのメニューにある。 ギーシュが作ったトンネルを利用してゲリラ戦を展開するための訓練だ。 狭いトンネルを高速で移動するには相当の訓練が必要になる。また、地中では『フライ』は使いにくいから尚更だ。 ギーシュとマリコルヌはこれのエキスパートだ。そこにモンモランシーが加われば、あのアーハンブラ城で見せたような究極のコンビネーションを発揮する。 「まあ、それも兼ねてはいるが、目的は他にある」 マリコルヌの目が血走ってる。どうやら憑依モードになってるようだ。 このモードのマリコルヌに逆らってはいけない。勝てるのはあの大魔神だけだろう。 そしてトンネルを進んでしばらくして。 「諸君、目的地についたぞ」 ギーシュがそう言う。 「静かなもんだな」 「どうやら、地上のゴーレムも地下には反応しないようだな」 何やらわからん会話を続けている。 「さあ、ここからだ諸君、気合いを入れろ」 ギーシュが号礼をかけて、全員が壁にとりつく。 そして『錬金』をかけ始めた。■■■ side:マリコルヌ ■■■ この作業は辛い、しかし、諦めるわけにはいかない。 上の壁には『ディティクト・マジック』がかかっているから、威力を弱めないと引っ掛かる可能性がある。 かといって、弱すぎては20サントもある大理石に穴を開けられない。しかも、直径1サントの穴を開けねばならない。 これは精神力を著しく消耗する。特に「風」の僕達は「土」とは対極属性なだけに難しい。 水精霊騎士隊20名は7名が「風」、7名が「火」、4名が「土」、2名が「水」だ。 そして隊長のギーシュが「土」で、副隊長の僕は「風」、サイトは魔法を使えない。 この割合は軍そのまんまだ。やはり好戦的な人物は「火」や「風」になりやすく、逆が「水」で、中間が「土」ってとこだ。 だからギーシュはこういう場面においては最強。もうすでに5つもの穴を開けている。 しかし。 「ぼ、僕はもうダメだ、限界だ。こんな繊細な詠唱には耐えられない」 脱落者が出始める。 「何を言うんだ! 僕達の栄光はすぐそこだぞ! お前はこんなとこで負けてもいいのか!」 僕はそんな奴らを叱咤する。 「想像しろっ! お前のその勇敢な頭脳で想像するんだ! この壁の向こうにある桃源郷を! 戦士達が癒されるべきヴァルハラを! 数々の聖女たちが、伝説の妖精たちが! この壁の向こうで僕達を待っている! 栄光はすぐそこだあ! 諦めるな!!」 「ぐ、ぐうううおおおおおおおお!!」 彼は力を取り戻す! 「「「「「「「「「「「 僕達はヴァルハラを想像する!! 」」」」」」」」」」」 全員が一斉に叫んだ。 さあ、聖女達よ、待っていてくれ!! そして、ついに全ての穴が貫通した。 「出来たぞ。皆」 僕は感無量だ。 「うむ、なあ皆、僕はこの偉大なる穴を“ギムリ砦”と名付けようと思う。難攻不落の要塞を陥落させた素晴らしい砦だ」 全員が賛同する。(サイトだけは未だに状況がわかっていない) 「隊長、栄えある一番槍は?」 そのギムリが尋ねる。 「当然サイトだ。彼の為に作ったのだから」 全員から小さい拍手が送られる。穴が通った今、大きな音は立てられない。 「は? 俺?」 サイトは未だ困惑している。 「さあ皆、今こそ栄光の勇者がヴァルハラに到着する。聖女はその光でもって我等を癒すだろう」 そして、サイトが穴に近づいたその瞬間。 壁が消滅した。 「え?」 「は?」 「なに?」 僕も含め全員が一瞬呆然とした。何せ壁が一瞬にして消えたのだ。 そして、その先にあるはずの桃源郷には。 「あらあら、お早い到着ねえ」 妖艶な笑みを浮かべた魔女がいた。■■■ side:才人 ■■■ 「る、ルイズ? お前、出かけてたんじゃ?」 いきなり目の前の壁がなくなって、そこにはルイズがいた。 「帰って来たのよ。それで、ギーシュに命じておいたトンネル訓練の成果を把握しておこう思ってね」 なるほど、目的地にはルイズがいたわけか。 「で、何であんたがここにいるの? この訓練であんたに出来ることはないでしょ」 「いや、そんなこと言われても、訳分からん内にいきなり連れてこられて」 何が何やら。 「ふうん、なるほど、無罪と、よかったわねタバサ。やっぱりこいつはあんたにぞっこんみたいよ」 そしたらルイズの後ろからシャルロットが出てきた。 「シャルロット!」 今まで考えてたことがことだけに気恥ずかしい。 「サイト、一緒に来て」 そしたらシャルロットに引っ張られた。 「お、おい、どこに」 「どこでもいい」 なんか嬉しそうなんであえて尋ねず、俺はシャルロットの後に続いた。■■■ side:ルイズ ■■■ 「さて、貴方達、懺悔はすませたかしら?」 サイトとタバサが去った後、私は哀れな生贄達に微笑む。 「る、ルイズ、な、なぜここに?」 ギーシュが引きつった声で聞いてくる。 「簡単よ、あの紙を最初に発見したのは私なの。図書室は私の領域よ」 「!!」 驚くのはギムリ、そう、網にかかったのはこいつだったのね。 「そして、あえて発見しやすいところに残すと同時に、持ち出された際にそれが分かるような仕掛けをしておいたの。まあ、それはマチルダに頼んだのだけど」 今回の協力者はマチルダ。今も既に彼らが掘って来たトンネルを塞いでいる。 つまり、彼らに退路は無い。 「そして、それが作動した。後は簡単よ、女子風呂が開いている時間に水精霊騎士隊が全員いなくなればその時こそが網にかかる時。何せ他の生徒じゃそんな度胸はないでしょうからね」 こいつらは馬鹿だけど度胸はある。 「まあ、とりあえず褒めておくわ、訓練の成果も出ているようで何より。だけど、これがばれたら貴方達はどうなるかしらねえ?」 全員の顔から血の気が引いていく。自分の運命を悟ったようね。 このことを『ルイズ隊』の女性陣に話した際、一番動揺したのがタバサ。 そりゃあそうね、もしサイトが自分の意思で来たとしたら、彼女の体では満足できないってことになるもの。 モンモランシーは動じなかった。むしろ、いいゆするネタが出来たと喜んでいた。 キュルケはそんなタバサを見て喜んでた。『近いうちにきっと二人とも私のところに来るわね』と言っていた。 確かに、本番に対する予備知識を得るならば百戦錬磨のキュルケに相談するのが一番。もっとも、タバサはともかく、女性にそれを聞きに行く男ってのもどうかと思うけど。 ま、キュルケが相手なら余裕でありね。 「さて、選択肢をあげるわ、このまま捕まって変態騎士隊の汚名を被るか。それとも、二ヶ月間私の奴隷になるか。当然、今私が吹っ飛ばした壁の再建費は将来のあんたらの年給から引いていくわよ」 あえて期間は短くする。 変態騎士隊の汚名が続くのはせいぜいそのくらいだから、それ以上の奴隷期間だと、汚名を選ぶ奴がいるかもしれない。 「さあ、答えを聞かせてくれるかしら?」 ここに、我が謀は完成せり。■■■ side:ハインツ ■■■ 「まったく、陛下みたいな人が、どうしてこの世に生まれたんですかね?」 俺はそうぼやくように言う。今日もまた報告に上がる際に、陛下に散々遊ばれたのだ。 まったくこの人ときたら、俺がどう答えるか、どういう行動を取るか、どんな感情を持つか、それら全てを予測、理解したうえで俺をからかっているのだ。敵うわけが無い。 まさに数千年に一度の才能。1を聞いて100を知る、何てもんじゃない。数字という概念を知っただけで1から100までを予測し、実際そのとおり。なんていうレベルだ。 俺がそんなことを考えてると、普通なら何か皮肉めいたことを言い返す陛下が、何も言ってこない。何かを考えているように黙っている。 そして急に思い出し笑いのような、薄い笑いをうかべる陛下。 「どうかしましたか?」 率直に聞いてみる。 「いや、何。以前、今お前が言ったことを俺も考えたことがあってな、その結論がなかなかに面白いものだったのを思い出したのだ」 へえ、珍しいこともあったものだ。いや案外そうでもないか、このひとなら自己分析くらいは、して当然かもしれない。 「その結論を聞いてもいいですか?」 「知りたいか」 「ええ、ぜひ」 本当に知りたい。 「いいだろう、”何かの間違い”だ」 しばし沈黙。 「は?」 ようやく出た言葉がそれだった。 「今なんと仰いました?」 「聞こえなかったか? 俺という存在は”何かの間違いだ”と言ったのだ」 「それはまた」 なんとも斬新な自己分析だ。 「他人事のような顔をするな。この評価はな、俺だけではなく、お前に対しても同じ結論に達したのだ」 「俺もですか!?」 びっくりだ。そして欝だ。よりにもよってこの人と同じ存在だと認識されていたとは。確かにイザベラによく『二柱の悪魔』といわれてるが、本人にもそう思われていたか。 「不満そうだな、俺と同じと言われたのがそんなに嫌か」 「そりゃ嫌ですよ。この世で最も邪悪な存在だ、といわれたんですから」 「正直だな、お前らしい。だが、俺に対してそう言えることが、すでに俺と対等、同質の存在だと言う証拠だ」 「む」 確かにそういわれると言い返せない。畜生、やっぱ俺も同じなのか。 だが少し気になることが。 「陛下、なぜ貴方の自己分析なのに、一緒に俺のことの結論も出たんですか?」 「ああ、そもそも自己分析を始めたきっかけは、以前お前が俺に”シャルルが俺を数千年に一度の才能と言っていた”という話をしただろう。それだ」 ああ、あれか。確か陛下が『世界ぶっ壊し計画』の大筋を決めたときあたりだったかな。 「その話を聞いて思ったのだ。”シャルルがそう言うならば、俺はそうした存在なのだろう。ならばなぜ、そうした存在が生まれたのだ?”とな」 陛下の表情と声が真剣なものになる。ことオルレアン公のことになると、陛下はいつも真摯だ。 「そして、ひとつの仮説が思いついた。お前のことは、その中で結論づいた一つだな」 陛下が考えた仮説か、いったいどんなものなのか。 「その仮説を聞かせてもらっていいですか?」 「知りたいか」 「お願いします」 「まあ、別にかまわんが。あくまで仮説だ。しかも仮定ばかりで根拠は皆無、戯言でありたわ言だと思い、話半分に聞け。ただ少し長くなるぞ」 「いいです、かまいません」 「ふむ、では話すか」 そうして陛下は語りだした。しかし仮説と言ったそれは、世界の根源の在り方ともいえることだった。 「まず仮定として、世界に自浄作用があるものと考えろ」 「自浄作用、ですか」 「ああ、動物にも植物にも傷ができればそれを治す力があるだろう。それと同じものが、世界という概念にもあると考えろ」 つまり世界にも自分を癒す力があると。 「だが、この場合『世界』というのはこの大地、この空間のことではない。人間世界、しかもハルケギニアに特定した常識。いや、ハルケギニアの人間の[普遍無意識]と言ったほうがいいか、お前の世界から来た本に、そんなことが書かれていたからな」 さすが陛下だ。そういった日本人でも敬遠しがちな、思想書の類などを読み、しかも理解している。異界の知識をすんなり取り込めるもの、この人の異常性の一つだろう。まあたしかに、この人が漫画読んで馬鹿ばっかりやってるわけないか。 そのために、“精神系”のルーンを刻まれた親衛隊に、聖地周辺に派遣される聖堂騎士団の抹殺と、“流出物”の蒐集を命じているのだから。 「つまり、6000年前に作られて、現在まで続いているこのハルケギニアの秩序。それが崩され、大きな破壊や、大量の人死が出るのを回避するために起こる作用だ」 無意識下の防衛、ということか。 「といっても所詮は、事なかれ主義の過大拡張板に過ぎん。ようは、”危険なことはいやだから、今までとおりでいいじゃないか”という怠惰の象徴だ。変革を求めず、前進を嫌うブリミル教の蔓延った人間世界ならば、無理はないといったところか」 心の底まで、ブリミル教を軸とする常識が浸透してる世界の人々の集合無意識ならばそうなるか。 まあ農村とかにはそれほどブリミル教は浸透していないが、変革が少ないという点では変わらない。 「そんな中に俺が現れた。おそらく、偶然が幾重にも重なれば、ごく小さな確率で生まれる。そんな存在なのだろう、俺は。だが、世界にとって問題はそこじゃない」 流石は陛下。自分の才能の高さを、単なる事実として客観的にとらえている。 「問題は、俺の本質と才能が合わさることだ。俺の本質は”正か負か”で言えば、もちろん”負”だ。この場合、”正”の性質とは秩序を守るもの。”負”の性質は秩序を乱すものだ」 となると、俺も当然”負”になるな。なにせ「世界ぶっ壊し計画」の陣頭に立ってるからな。 「数千年に一度の才能を持った”負”の性質を持ったもの。そんなもの、世界にとっては何かの間違いと思いたくもなるだろう」 それで『何かの間違い』か、なるほどなるほど。 「当然、世界は秩序を乱されまいと、自浄作用を働かせる。ブリミル教の異端審問、あれが例として一番だな。そうした者たちが生まれたら、それを消そうとする。まあ、純粋に狂った権力者などの虐殺や、東方からの侵略者などがきた場合も、英雄は現れて秩序を守ろうとするんだろう」 そうして6000年が過ぎていったということか。 「当然、俺に対してもそれが現れる。それが……シャルルだ」 陛下の声と表情が、少し沈んだものになる。仮定の中とはいえ、オルレアン公をそういう存在とするのは苦痛なのだろう。 「俺が人としての負の極致なら、シャルルは正の極致。それが王家の兄弟として生まれた。以前お前は言っていたな、俺とシャルルは兄弟として生まれた時点で悲劇だったと。だが、ガリア王家の常で考えるならば、俺とシャルルは互いに王座をめぐって争ったのだ」 言われてみればそうかもしれない。もし2人が不仲だったら、陛下は自分の魔法以外の才能を武器に、オルレアン公はその逆で、互いにガリアの貴族を引き込んでの血みどろの争いになったのだ。仲が悪ければ悪いほど、互いの欠点が見え、自分が持つ、相手より優れた点が分かるものだがら。 「その場合、才能を秩序への干渉度として数値化し、正の性質をプラス、負の性質にマイナスの符号をつけろ。これはお前の世界の算術だったな」 数学までとは、どこまで凄いんだこの人。ひょっとしたらフェルマーの最終定理すら分かるんじゃないのか? 「互いにぶつかった場合、適応する算術は加法だ。問一、プラスの数値とマイナスの数値を足すとどうなる?」 「符号は大きい数値のほうになりますが、数値自体は小さくなります」 「正解だ。そして数値は小さくなると、秩序への干渉力がなくなることを意味する。シャルルという強敵を倒して手に入れた玉座だ、いくら俺でも愛着というか執着して、世界の常識を崩そうとはしなかっただろう。または、シャルル派の残党と戦いを続けて、それ以外に気を取られてる暇は無い。といった具合か」 でも、陛下だとそうしながらも秩序を壊す気がするなあ。 「だから仮説だと言っているだろう」 心を読まないでください。 「だがな、実際はこの自浄作用の意図とはかけ離れたことが起きる。原因は闇、人の心に溜まった闇だ。6000年の間に溜まり続けた、な。世界の常識によって排斥されている者たち、迫害されている者たち、それらの意識もさっき言った”普遍無意識”の中に混じっている。それが6000年の間に、自浄作用を狂わせるほど、大きなものになった」 人の心の闇 か、闇の継承者である俺には共感できるものがある。 「俺とシャルルは兄弟として深く交じり合った。互いのことを慈しみあった。そうした場合、適応される算術は乗法。では第2問、プラスの数値にマイナスの数値を掛けるとどうなる?」 ああ、そういうことか。 「より大きなマイナスの数値になります」 「正解。まさにそうなった。シャルルを殺したときの俺は、シャルルが愛したものすべてを壊そうとした。つまりこのガリアの全てだ。そしてやがては世界そのものを。”負”の性質は秩序を乱すものだが、その極限にもなれば秩序そのものを壊せる。」 確かにあのときの陛下のままなら、全てを壊すまで暴走し続けただろう。いつか誰かが止めるまで。 「そのことに自浄作用も気づいたのか、ある存在をこの世に生み出そうとした。それは俺と同質のものだ。しかしな、さっきも言ったとおり俺という存在は、微小の可能性で生まれた数千年に一度のもの、そんなものを同世代に0から生み出すこと難しい」 陛下の表情が悪戯っぽいものに変わる。そして、その言い方だとつまり。 「無論お前だ。0から作れないなら、よそから持ってくればいい。そうしてこの世界に引っ張って来られたのがお前だ。俺と同じ、その世界にいながら秩序を破壊しえる者」 「待ってください陛下。おれは地球の秩序を破壊しようなんて思ってなかったし、そんな力は持ってませんでしたよ」 「力は問題ではない。ようは秩序を乱すこと、すなわち今までの常識を根底から覆すことをすればいいのだ。自分にそういう要素が無かったといえるか? それとな、俺がいう世界とは、一つの秩序体系で治められてるものを言う。このハルケギニアには国はいくつか在るが、治まる理は共通している。魔法第一、王族、貴族、平民の身分制」 なるほど、確かに地球は一つの秩序体系では治まってない。国ごとに常識が異なり、地域ごとに宗教が違う。ならば俺の『世界』は日本ということになるか。平和な日本で、今の俺のようなことをやれば大混乱だ。 「そう考えるとゲルマニア、この国の存在自体が、世界の自浄作用が崩れている証拠といえるかもしれん」 陛下は続ける。だがその前に一言。 「やはり待ってください。俺は日本で生まれて死ぬまで、誰にも深刻な迷惑を掛けていませんでしたよ」 「ならば聞こうハインツ。かつてのお前の側には、お前という存在をありのまま受け止め、受け入れてくれる存在は居なかったか?居ただろう」 「な!?」 なぜ陛下が彼女のことを? 陛下に向こうの世界のことを話したとき、俺自身のことは興味がなさそうで、あまり聞いてこなかったはずなのに。 「その様子ではやはり居たようだな。いないはずが無いと思っていたのだ」 「なぜ……分かったのですか?」 「簡単なことだ。在るがままを全て受け入れる、そうした人間はな、世界の秩序に干渉する力は無いのだ。どんな凡庸な人間もわずかにはある。しかし、それらの者にはそれが無い、0だ。さて、第3問だ、大きなマイナスの数値に0を掛けるとどうなる?」 ああ、そうか。そうだな、俺があそこで平穏で安らかな人生を送れたのは、全て彼女のおかげだった。 彼女以外に親しい人は少なかった。そういえば周囲の人間はよく「お前は天才じゃない、暴走してるだけだ」といっていたような気がする。当時はわからなかったが、今にしてみれば良くわかる。今考えれば平凡、じゃなかったのかもしれない。 「……0です」 「そうだ、そういうことだ。では話を戻すが、そうしてお前はこの世界に呼び出された。俺はな、その役を担った者がどこかに居たのではないか、と思っているが、まあそれはいい」 俺を呼び出した者、か。居たのだろうか。 俺にはなぜかあの屋敷が頭に浮かんだ。 「あの時、シャルルを殺した俺の前にお前は現れ、俺に深い闇を見せ、俺を立ち直らせた。思えば、あの時初めて俺たちは真の意味で交じり合ったのだ。さて、第4問だ。大きなマイナスの数値に同じく大きなマイナスの数値を掛けると?」 「巨大なプラスになります」 それもオルレオン公と掛け合い、その後さらに俺と掛け合ったのだ、膨大な数値になるだろう。 「正解、全問正解だな。それを狙って、世界の自浄作用は俺とお前が出会うようにしたのだ」 ん?それって変だぞ。 「陛下、それおかしいです。だって俺たち現在、世界をぶち壊すために邁進中ですよ。しかも全速前進」 「くくく、そこがこの仮説の何より面白いところなのだ。なあハインツ、何事も『過ぎたるは及ばざるが如し』というだろう、これもそうだ、”負”の極限は秩序を壊す。では”正”の極限は?」 ! そうか! 「秩序をより良いものにしようとする。突き詰めれば、新たな秩序を作ることになる!」 「そうだ、そのとおりだ。まさに俺たちがやらんとしてることだ。面白いだろう、人が作り出した常識を覆すもととなったのは、同じく人が生み出した闇なのだからな。そうだろう『輝く闇』よ」 そう言った後、ふむ、といって考える陛下。 「ああ、この仮説で考えると、英雄譚(ウォルスング・サガ)の主演たちを後押しする”物語”。あれも自浄作用と考えていいかもしれんな」 そうきたか。よくまあ、次から次へ考えが浮かぶものだ。さすが6000年に一人。 「でも何に対してです?俺たちはプラスになったと世界はみなしてるのでしょう?」 「しかしやってることは破壊の準備だ。世界は、俺たちを掛け合わせられず、それぞれ単体の”負”の存在とみなしてるかもしれん。そして、そんな俺たちを消すために彼らの後押しをする。だが…」 陛下の言わんとすることは分かる。つまりは。 「しかし実際には、俺たちは掛け合わさっていて、巨大なプラスになっている。そこに彼らがぶつかってきても、”正”に”正”が足ささって、プラスの数値が上がるだけ。そうなれば、より世界の新生に近づく」 「というわけだ。まさに茶番劇(バーレスク)だな。さて、ブリミル(神)を基礎として存在しているこのハルケギニアという世界そのものを、意思あるものと考えたこの仮説。これを基に考えるなら、最終作戦の名はやはりこれしかないという気がするな」 「そうですね。これまでの神という偶像にすがり、責任を転嫁させた世界、すなわち『堕ちた神世界』を破壊し、人の人による人のための世界『人世界』を作るための作戦。すなわち」 ここで2人声は合わさる。「「神世界の終わり(ラグナロク)」」