アルビオンの担い手はトリステイン魔法学院に一年生として編入。 『ルイズ隊』の面子も帰還し、日常に戻る。 しかし、物語は確実に終盤へと向けて動いており、裏方であった悪魔もいよいよ表に出てくる。 役者達は束の間の休息をとり、最後の大演目に備えるのだった。第三十七話 編入生と大魔神■■■ side:才人 ■■■ 俺達がアルビオンのから帰ってきてから早一週間。 テファは魔法学院の一年生に編入し、ティファニア・オブ・サウスゴータと名乗っている。 だけど、アルビオンのサウスゴータ地方は現在ガリアの領土になっているので、ガリアの貴族であり、その辺のことは全部ハインツさんがやったらしい。 ウェストウッド村の子供達もハインツさんの本邸に引き取られ、なんとシャルロットの母さんが面倒見てるとか。 流石はハインツさん、交友関係が広いというかなんと言うか。 で、マチルダさんも戻ってきて、色々とテファをフォローしてやってくれてる。 最初は不安そうだったテファもマチルダさんが到着してからはかなり落ち着いてる。それにテファの部屋はマチルダさんの部屋の隣にあるらしい。 普通は女子塔に入るんだけど、もう一杯一杯で、部屋が余ってなかった。というよりそうなるようにマチルダさんが仕向けた。 なんかこう古そうな部屋を取り壊したり、もしくはルイズが実験用に確保しちゃったり、果ては水精霊騎士隊の武器格納庫とかにしたり。 学院の支配者は実はマチルダさんなのかもしれない。 そんな感じでこの一週間は過ぎて行った。 「しかし、あれだね、彼女は凄い人気だな」 そう言うのはギーシュ。いつもの如く水精霊騎士隊の連中で昼食を摂ってる。 今はもう全員3年だから机は以前とは違う。 「あいつらは、一体何を考えてるんだ? まるで姫様と家来だ」 そう言うのは眼鏡をかけたレイナール。水精霊騎士隊の中ではルイズの副官的な立場に居る。けっこう冷静で、論理的な思考が出来る。血の気が多い水精霊騎士隊の中では珍しいタイプだ。 確かにレイナール言うとおり、テファの周りには何人もの男が群がってる。さながら飴玉に群れる蟻の如く。 気持ちは分からなくも無い、なにせテファはもの凄い奇麗なのだ。しかも胸にとんでもない秘密兵器を持っているもんだから、取り巻きの全員の視線が顔と胸を交互に行き来してる。 こうして冷静に見ることが出来るのは、俺が現在彼女持ちだからだと思いたいのだが、その原因はアルビオンのからの帰り道でルイズに散々弄られたことが原因だ。 「あら? この胸を見ても反応しなくなったわね。よかったわねシャルロット。サイトは貧乳趣味に目覚めたみたいよ。愛する女の為に自分の趣味を変えるなんてなかなか出来ることじゃないわ」 とか。 「愛する男に抱かれれば貴女の胸も大きくなるかもしれないわよ。それに、サイトが貴女の為にあえて自分の本当の望みを封じているとしたら、早く大きくなってあげないと」 などと弄られ。 「俺はシャルロットの胸が好きだ!」 といつの間にか叫ばされていた。 “博識”の智謀策略は俺なんかが敵うものじゃなかったのだ。 「僕はね、アルビオンからこっち、ずっと深く考えていたんだ。そして結論に達した」 ギーシュがニヒルな笑みを浮かべる。 「ギーシュ、お前の結論をこの“風上”に聞かせてくれたまえよ」 マリコルヌが応じる。 「よかろう、僕の結論だ。あのティファニア嬢の胸部についている二つの鞠状の物体は、世の中の半数の人間を狂わせる。魔法兵器だ」 「つまり、その世の中の半分の人間と言うのは……」 「男性だよ、きみ」 マリコルヌはしばし考え込む。 「兵器というのは、つまり性的な意味において?」 「もちろん、性的な意味においてだ」 二人の低脳は頷き合う。 「君は天才だな、ギーシュ」 「それはちと性急な結論だな。僕の仮説はまだ半分も検証を経ていない」 ギーシュはコップのワインを一気にあおる。 「さて、行くぞ」 二人の低脳は頷き合うとゆっくりと一年生のテーブルに向かう。その背中には死相が見えた。 「俺、お前らのこと、忘れないぜ、いい戦友だった」 俺は黙祷を捧げる。 「あいつら、何をする気なんだ?」 レイナールが聞いてくる。 「大魔神に会って来るんだよ、お前も逃げた方がいいかもな。下手すると精神が破壊されるぞ」 あれは究極の怪物だ。 あいつらは群がった一年生を押しのける。近衛隊の隊長と副隊長で三年であるこいつらに文句を言える一年はいないだろう。 テファに横に立ったギーシュは緊張で縮こまるテファに深々と一礼する。 次の瞬間、“それ”は起こった。 ギーシュとマルコルヌはそれぞれテファの猛烈な二つの魔法兵器……、胸に手を伸ばす。テファの顔がえぐっ、て感じに歪む。一瞬で食堂の空気が凍りついた。 しかし、次の瞬間ギーシュは一瞬で水柱に包まれた。その背後にモンモランシーが無表情で立っている。 そして、『レビテーション』で物体Xを引っ張っていき、奴も奴で大物ぶりを発揮し、こっちに向けて笑顔でサムズアップしている。自分の運命を受け入れた死刑囚と同じ心境なのかもしれないが。 俺もサムズアップを返す。 そして。 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 人間の肺活量の限界に挑むかのような悲鳴が聞こえてきた。 「い、今の悲鳴は?」 恐怖に引き攣った顔でレイナールが聞いてくる。 「モンモランシーの新薬、“拷問薬”だ。考えられる限りの苦痛を直接脳に与えるとんでもない薬だよ、しかも開発はルイズと共同でやってた」 あの二人は最近共同で研究してることが多い。ルイズはモンモランシーとキュルケを足して2をかけたような奴だからな。 うん、俺はシャルロットを好きになって本当によかったと思う。 そして、気付くとマリコルヌがいない。 恐らく彼に向けられた極大の殺気を察して逃走を図ったのだろうが、あの大魔神から逃げられるわけがない。 ややあって。 「ぎにゅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA&$$$%&’&’%&$$#$##$#%$&’’&(&’&%$$%#$#”#$”#”#”$#%&’&’ %&$$#$##$#%$&’’&(&’&%$$%#$#%&$$#$##$#%$&’’&(&’&%$$%#$#!!!)」 かなり遠くからのはずなのに、まるで耳元で叫んでいるかのような悲鳴が響いてきた。 マリコルヌ、お前のことは忘れない。 俺はそう心に誓った。■■■ side:シャルロット ■■■ 今、私とサイト、それからギーシュで歩いている。 モンモランシーはいつものように研究室、キュルケはコルベール先生となにか「火」の研究をやってる。何でも火薬に関することで、ツェルプストー商会の力を使って何か材料を集めてる。 ルイズは今学院を留守にしている。トリスタニアではなく、どこかに行くと言ってたけど、行先は明かさなかった。 そして、マリコルヌは今医務室で昏睡している。今日で3日目、そろそろ目覚めなければ本格的にヤバそう。 「いやー、モンモランシーは僕の女神だ。彼女のおかげで僕は今生きている」 ギーシュはモンモランシーの“拷問薬”によって1日昏睡していたので大魔神の怒りに触れなかった。 だけど、そのモンモランシーを女神と呼べる彼は凄い。 「お前すげえよ、どこまでプラス思考なんだ」 サイトも呆れてる。 「いやあ、あの魔法兵器は恐ろしい。男どもを強力な引力で次々に引き込んでは、大魔神がそれを喰らい尽くす。完璧なコンビーネーションだとは思わないかね」 何か絶賛してるギーシュ。 「つってもな、引き込まれる方が馬鹿だと思うけどな」 「ふーむ、君にはあの胸の偉大さ、そして恐ろしさが分からないのか。いやいや、純粋なことで結構、よかったねタバサ、彼は君にぞっこんのようだ。こいつは絶対浮気しないよ」 「!?」 そう言われて顔が赤くなるのが自覚できる。 「お、おい!」 サイトも赤くなってる。 「やれやれ、君達は進歩がないねえ、それじゃあ身が持たないだろう。ルイズじゃないが、いっそ思いきって一線を越えたらどうかね? そうすればもうちょっと冷静に対応できるかもしれないよ」 「~~~~~~~~~~!!」 言葉にならない。 「い、いや、だけどさ」 サイトが否定しないのが嬉しいけど、心の準備が………… しかし、突如として話の方向は変わることになった。 「あれ? あれはマリコルヌかい?」 ギーシュがそう言って、私とサイトも振り向く。 そこには確かにマリコルヌがいた。 だけど、なにかいつもと違う。まるで、大切なものを置き忘れてしまったかのように。 「おーい! マリコルヌ! 大丈夫か!」 サイトが大声で呼びかける。サイトも彼の異常に気付いたみたい。 虚ろな目で振り返る 「やあ、サイトにギーシュ、そしてタバサ、今日もいい天気だねえ」 笑顔なはずなんだけど、笑顔じゃない。 「マ、マリコルヌ?」 サイトの顔が引きつる。 「ああ、素晴らしい青空だ。まるで今の僕の心を象徴するかの様に。そう、僕はこの世の真理を知った」 達観しているというよりは、もう別の次元に旅立ってるみたい。 「ど、どうしたんだねマリコルヌ、何があったんだい?」 ギーシュも困惑しながら尋ねる。 「そう、真理さ、僕はこれから軍に自分の全てを捧げ、そして力ない者達のために戦わないといけない。人間は弱い生き物だ。誰かが守ってあげないと、そして、あの大魔神から逃がしてあげないと」 それはいつかルイズが言っていたような言葉だった。 「そのためにはね、自分の愛する女性は一人に絞らないといけない。あの魔法兵器を見ても動じないくらいに心を鍛えねば。だけど、今の僕にはまだ無理だ。サイトのように貧乳趣味として堂々と生きる勇気はない」 「おい!!」 何かさりげなく凄いことを言ってる。私の胸、そんなに魅力がないのかな…… 「だからこれから僕は修行を開始する。己との戦いだ。これに負けるようではいずれ僕はあの大魔神に喰らい尽くされる。逃げることは出来ない。そう、立ち向かうしかないんだ」 そしてマリコルヌは水精霊騎士隊が訓練用に使ってる区画に歩き始める。 「ま、マリコルヌ!」 「ギーシュ、君も来たくなったらいつでも来たまえ。僕は予言する。君も決してあの魔法兵器からは逃れられない。そして、あの大魔神と対峙する時が来る。その時、君の精神が崩壊せずに済むことを神に祈ろう。いや、意味がないか、あの大魔神の前では神とて無力。運命に任せるしかないのだから」 そうして彼は去って行った。 「な、何があったんだ。いったい」 サイトが恐れおののいている。 「うむ、予想するしかないな。しかし、確信できることは一つだけある」 ギーシュの表情も恐怖に満ちている。 「絶対、テファに手を出してはいけないってことだな。もしそんな奴を見かけたら俺達で止めよう。マリコルヌの死を犠牲にしちゃいけない」 まだ死んだわけじゃないけど、確かにかつてのマリコルヌは死んだのだ。 「ああ、僕達は戦友だ。友の死を無駄にして何が水精霊騎士隊か!」 奮い立つギーシュ、そうでもしないと心の均衡が保てないんだろう。 「ああ、俺はシャルロット一筋だ。大魔神の魔の手からは逃れられるはずだから、可能な限りの人達を助けるぜ」 サイト……… 「これから、共に戦おう、戦友よ、これからは弔い合戦だ」 「マリコルヌ、見ててくれ」 そうして彼らの決意は固まった。■■■ side:ティファ二ア ■■■ 私がここに来てからそろそろ十日。 見るもの聞くもの全てが新しく、毎日がこれまでの一年分の密度を持っていた。 最初は不安だったし、慣れないことも多かった。けど、マチルダ姉さんがいてくれて、とても心強かった。 子供達と森の動物しかなかったウェストウッド村と違って、ここには私と同年代の人が何百人もいて、それだけで目がまわりそうだった。 私としては、もっと静かな学院生活を送りたかったのだけど、なんかそういうわけにもいかないみたい。 以前サイトが言っていたように、私の胸はどこかおかしいのかもしれない。だって、男の子は皆見てくるんだもの。 「ハインツさんは、そんなことなかったのだけど」 別に彼は私の胸を特に見なかったし、何か特別な感じもなかった。 そのことをサイトに話してみたら。 『そ、そうか。うーん、多分、まあ、そういう人もいるのかな? けど、それはもう男として終わってるような……』 凄く困惑した表情をしていた。 それに、ハインツさんが用意してくれたマジックアイテムのおかげで私の耳は隠すことが出来ている。 『フェイス・チェンジ』が付与されているネックレスと、二段構えで右手の指に着けている指輪がそう。 母の形見である指輪は左手の指に着けてるから特に違和感はない。 お風呂場で着けていても、母の形見だと言えば、誰もそれ以上追及してこなかった。 それに、左の指輪は本当だし、いつも着けていたいのも本当。だから嘘を言っているわけじゃない。 この学院には私と同じように魔法が付与された装飾品を着けてる子がたくさんいるから、『ディティクト・マジック』の探査装置は設置されていないとか。 もしそんなことしたら、あちこちで光りっぱなしで生活してらんないって、ルイズが言っていた。 「それに、あの子達とも話せるし」 マチルダ姉さんの部屋にある“デンワ”を使えば、ハインツさんの家にいるあの子達と話すことが出来る。 タバサさんのお母さんはとてもあの子達に優しくしてくれるそうで、皆元気そうだった。 『再会もそう遠いことじゃないさ。それに、学院生活もあんまし長くないかもしんないから、思いっきり楽しんどけ』 理由は分からなかったけど、そういうことを言っていた。 ここに来てまだそれほど経っていない。けど、私にはやっぱり静かな生活の方が合っているような気がする。 ここが嫌な訳じゃないんだけど、やっぱり気疲れしてしまう。 その原因が。 「白の国から来られたレディ、貴女の肌は、そのお国の名前のように白く透き通るようで……、あまりにも眩しくて目が焼けてしましそうです!さて、何かお飲みものでもお持ちしましょうか? 何なりとこのシャルロにお申し付けくださいませ!」 なんでか分からないけど、私の周りに寄ってくるこの人達なのだ。■■■ side:才人 ■■■ 「なんだありゃ?」 何か今度はテファの周りに数人の女子生徒がいる。 ついさっきテファに言い寄ってた男共を、俺とシャルロットとギーシュでぼこっておいたところだ。 ちょっと可哀そうだったが、これも彼らの為、一年生ではあの大魔神に抗えない。多分精神が破壊される。 「んー、あれは、クルデンホルフ大公国のベアトリス殿下だね」 ギーシュが答える。 「殿下?」 「そう、建前上は独立国なんだよ、あそこは。何でもトリステイン王家と血縁関係らしい。だからそこの娘は確かに殿下と呼ばれてもおかしくない。もっとも、軍事や外交は王政府に依存してるそうだが」 よどみなく答えるギーシュ、こいつがこんなに知ってるのは珍しい。 「よく知ってるな、お前」 「実は貧乏な僕の家はあそこから金を借りていた。クルデンホルフ大公国はなにせ一国構える程の金持ちだからね、モンモランシーの家も似たようなもんさ」 随分世知辛い理由何だな。 けど、過去系? 「過去系ってことは、もう返し終わったのか?」 「返したわけじゃあないんだが、クルデンホルフ大公国はゲルマニアとも縁があってね。財産はあってもルイズのヴァリエールとかと比べたら格式で劣る。それに金はあるんだけど、ゲルマニアらしく少々ずるい。要は利子が高いんだよ、だから皆本当は借りたくないんだが、金が無いものは仕方なかった」 「駄目じゃん」 貴族も厳しいんだな。 「しかし、そこにあのアルビオン戦役があった。王政府すら随分な金を使ったが、クルデンホルフは金こそ出したけど参戦はしなかった。ま、そこはヴァリエールも一緒だが、事情が違う。王軍のバランスを考慮した上でのヴァリエールと違い、あっち完全に打算だったからね。で、僕の家も含めてさらに借金をしなくちゃいけなくなったところに、とある大金持ちが現れて金を貸してくれるばかりか、クルデンホルフへの借金を全部肩代わりしてくれて、ほぼ無利子にしてくれた」 なるほどなあ。 「それって、王家じゃないんだよな?」 「ああ、王家も金が無かったからね。だけど、その王家を上回る金持ちだ。そして君もよく知ってる」 それってまさか。 「そう、ヴァランス家だよ。トリステイン王家はガリア王家に、トリステインの貴族の大半はヴァランス家に借金してるんだ。だからまあ、今のトリステインはガリアに逆らえないわけなんだ」 そりゃそうだろうな。 「それで、話を戻すけど。彼女はティファニアが来るまで一年の人気を独占していた。しかしティファニアが来たことでその天下は儚く消えた。要は嫉妬してるんだね。しかも、ティファニアはアルビオン出身ではあるがガリアの貴族。あのヴァランスと同じガリアの貴族なのさ」 なるほどな、ハインツさんの家のせいで、借金が全部返済されちまったってことか。 「ま、そのヴァランス家当主の庇護の下にあるなんてことまでは知らないだろうけどね、というか公式にはそうなってないからね」 それを知ってるのは俺達くらいだからな。 「このままじゃ、あの子が危ないと思う」 そこで、今まで口を開かなかったシャルロットが言う。 「確かに、いじめにしか見えない。このままでは大魔神が降臨するな。流石に女の子が踏み潰される光景は見たくないなあ」 ギーシュも頷く。 「しゃあねえ、助けに行くか」 つってもテファじゃなくて、そっちの子だが。 「おーい、イジメはいかんぞイジメは」 俺は話しかける。 「なんですの貴方は、無礼な!」 お、なんか如何にもな感じだな。 「無礼も何も、イジメは駄目だろう、貴族的に」 「あなた、こちらの方を御存知?」 「いや、全然」 どうでもよかったから名前を覚えてねえ。 「この方はベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ殿下にあらせられるわ、頭が高くてよ!」 そうは言われてもな。 アンリエッタ女王、ウェールズ王、ハインツさん、それにルイズだって公爵家の三女だし、今更という感じがするんだが。 なによりガリア王に喧嘩売ってる身だしな。 「だって、下げる意味分かんねえし、学院生に頭下げる必要ねえだろ」 俺は学院生じゃないし、こいつら年下だし。 「サイト、それじゃあ火に油を注いでるだけだ」 ギーシュからも突っ込みが入った。 「なんて無礼な、クルデンホルフ大公国はれっきとした独立国ですのよ! しかもトリステイン王家と血縁関係なのよ!」 なんか頭痛くなってきた。 「うっせえなあ、だから何だってんだよ、お前らがイジメしていい理由にはなんねえだろ。貴族なら寛容な精神と目下の者を慈しむ心を持ちやがれ、ちっとは女王陛下を見習えよ」 「きー! 何ですって、平民風情が!」 そういや、今マント着けてなかったな。ま、どっちでもいいけど。 「何でシュヴァリエのマントを着けてないんだね?」 「洗濯中なんだよ」 一応予備あるけどめんどかった。 「空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)! 来なさい!」 ガキ(めんどいのでそう呼ぶ)がそう叫ぶと何か飛んできた。 「ありゃあ何だ?」 「クルデンホルフ大公国親衛隊の竜騎士団、空中装甲騎士団だ、二十騎はいるなあ」 風竜が二十騎ばかりこっちに飛んで来る。 「何でそんなもんが?」 「彼女の護衛だよ、金持ち貴族ってのはとにかく見栄を張りたがるからね。ハインツみたいのは例外だよ」 そんなもんかねえ。 「強いのか?」 「アルビオン竜騎士団には遙かに劣るだろうね、それに次ぐなんていわれてるけど、眉唾もんだなあ。なにせガリアの竜騎士団は火竜山脈の火竜で構成されてるって話だし。それに最大の欠点がある」 「欠点?」 「実戦経験が無いんだよ、さっきもいったけど、クルデンホルフ大公国はアルビオン戦役に参加していない。内戦における激戦、さらにはタルブでの戦い、さらにはトリステイン・ゲルマニアへの奇襲作戦。そういったものを潜り抜けたアルビオン竜騎士団に比べようがないさ。特にあの奇襲作戦はアルビオン竜騎士団があってのことだったしね。君だってあのサウスゴータ撤退戦でその威容を見ただろう?」 確かに、二百を超える竜騎士が隊列を組んで一糸乱れず進んできたからなあ。そういや、最近ルネ達に会ってねえな。 「どうする、やるか?」 「それしかなさそうだね、水精霊騎士隊に集合をかけよう。丁度いい実践訓練になりそうだし、何よりこのままじゃ大魔神の封印が解かれる。君もある程度全力でやってくれ」 「了解、隊長殿。シャルロット、例のコンビネーションを試して見ようぜ」 「うん」 そしてギーシュは集合の合図を出す。 「流石に敵は竜を使うわけにはいかないだろう。ま、戦況が怪しくなったら使うかもしれないが、その時はその時だ」 こいつも大者だよなあ。 そして、模擬戦が始まる。■■■ side:ギーシュ ■■■ 「うん、なかなか善戦してるな」 現在戦いの真っ最中。 水精霊騎士隊にとって集団戦は初めてだけど、意外と皆良く動けている。流石はルイズが鍛えているだけのことはあるな。 「レイナール! 君は左翼の援護に入れ! ギムリ!アルセーヌ!ガストン! 君達はそのまま戦線を維持しろ! 陣形を崩すな!」 サイトとタバサは既に遊撃隊として動いていて、敵を3人戦闘不能にしている。流石に容赦がない。 「ヴァランタン!ヴィクトル!ポール!エルネスト!オスカル! 虎の陣形に切り替えて右翼に攻撃集中!」 僕は周囲にワルキューレを配置して防備を固めた後は指揮に徹する。 ルイズがいない場合は僕が指揮を執ることになっているからだ。 サウスゴータで率いた中隊に比べたら普段一緒に訓練してる彼らは扱いやすい。 総勢20名で、皆の癖や得意戦法も知ってるから、戦術の構築がやりやすい。 「ま、ルイズだったらもっと適切な指示をしてるんだけど」 相手の動きが鈍いのに助けられてる。竜騎士は重鎧を着てるから、竜に乗ってないと動きにくい。 そこを鎧を着てない僕達は速度で引っかき回しているんだけど。 「凄いなマリコルヌ、今の彼はトライアングルクラスだな」 特にマリコルヌの働きが凄まじい。 ついさっきも『ライト二ング・クラウド』を放っていた。 まるで、何に急き立てられるかのように…… 「ま、まずい、彼が怯えているということは!」 あの大魔神の降臨は近いということ。 ≪ヴェルダンデ! 準備は済んだかい!≫ ≪モグモグ!≫ ヴェルダンデは緊急用の塹壕を掘ってる。サイトとタバサはともかく、水精霊騎士隊の連中じゃ巻き込まれる可能性がある。 「ギーシュ! 竜が来たぞ!」 サイトが叫ぶ、どうやらこのままでは形勢不利と見た彼らが竜を使う決心を固めた模様。 しかし、手遅れだ。 「サイト! 大魔神が来る! 撤退しよう!」 「!? 分かった!」 そして僕達は一目散に逃げる。水精霊騎士隊の連中は逃げ足の速さにこそ特化している。 なにせ名誉を捨てて逃げることがモットーだ。 「おーほっほっほ! 無様ね!」 高笑いするベアトリス殿下。うん、確かに竜から逃げてるようにしか見えないだろう。 「さようなら、ベアトリス殿下、お救い出来ず申し訳ありません。生きていたらまた会いましょう」 僕は彼女の冥福を祈った。 そして、大魔神が降臨する。■■■ side:才人 ■■■ 俺は今、神話の世界にいる。 全長50メイル近い鋼鉄の巨人が、竜を次々に踏み潰し、握り潰していく。 その姿はまさに終幕の巨人。 圧倒的な力を持つはずの竜が成す術なく蹂躙されていく。 あのヨルムンガントといえど、これに比べれば子供に見える。 逃げようにも地面から生えた腕が彼らの足を掴んでおり、飛び立つことが出来ない。 水精霊騎士隊の連中は何とかギーシュの塹壕に逃げ込んだが、地上の惨状を見て狂乱している。 唯一理性を保っているのは“あれ”を見たことがあるギーシュとマリコルヌのみ。 シャルロットは俺の腕の中で震えてる。俺も、彼女の体温を感じていないと心が折れそうだ。 周囲には水精霊騎士隊と空中装甲騎士団との戦いを見に、学院中の生徒が集まっていたが、彼らは全員気絶している。多分記憶に残らないだろう。 そして、巨人を従える大魔神がそこに君臨していた。 「あ、あ、あああ」 例の彼女は絶望をこの時知った。 そして、惨劇は終わる。 ちなみにテファも気絶しており、大魔神の正体を知らない。その方が幸運だろう。 「ベアトリスさん、お願いがあります」 大魔神がマチルダさんに戻り、親しげに話しかける。 「は、はい! 何でありましょうか!!」 敬礼するベアトリス、そうしなきゃ死ぬな。 「ティファ二アはこれまで世間のことを知らずに育ってきました。ですから慣れないことも多いと思います。どうか、あの子と友達になってあげてください。そして、あの子を支えてあげてください」 「そ、そ、そ、それはもちろん! いえいえ、もう既に私達は親友ですわ! 例え神であっても切れないくらいの絆で結ばれております!!」 「そうですか、ありがとうございます」 そして頭を深く下げるマチルダさん。 「は、はい! このベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフに何事もお任せ下さいませ!」 そうして、大魔神の惨劇は終了した。 竜はかろうじて生かされていたものの、どの竜も骨を折られ、全治数か月だという。 この後、空中装甲騎士団が魔法学院を訪れることは二度と無かった。■■■ side:ヒルダ ■■■ イザベラ様とハインツ様が仲良く話されている。 別の人にはそうは見えないかもしれないが、長年御二人の近くにいる私には、そこに流れる空気がとても穏やかなものであることが分かる。 身長190サントの美青年と、170サントの美少女――それも共に美しい深い蒼の髪を持った――が並んで話し合っている。このまま一枚の絵にして飾りたい、と思ってしまう程の光景。本当にお似合いのお2人だ。 …会話の内容はこの際無視することにしましょう。 私は6年以上、イザベラ様の側にお仕えしている。うぬぼれでは無く、彼女に一番近いものだという自負がある。無論、同姓としてだけれど。 彼女に一番近く、一番理解しているのはハインツ様。私が言うのだから間違いないでしょう。 イザベラ様がシャルロット様を妹として思っているように、私も年上の同姓として、彼女のことを妹のように思っている。不遜かしら、と思わないでもないけれど、一度彼女にそう言ってみたら、『頼りにしてるわよ、姉さん』と冗談交じりではあったが、そう返事を返してくれた。 だから私は姉として、心の底から彼女には幸せになって欲しいと願う。その幸せの中には、当然女性としての幸せも含まれる。 今のイザベラ様につりあう男性といったら、能力、容姿、性格、それらを全て揃えているのは、誰がどう見てもハインツ様しかいない。というか私はハインツ様しか認めません。 イザベラ様はことある毎に、”他の同年代の娘たちのような青春を送ってみたい”とか、”たまには恋のひとつやふたつ、してみたい”とは仰っているが(主に仕事量が増えたとき)、実際に出会いを探しに行かれたことは無い。そもそも自分がそれを行う姿を想像できないでしょうね。私もできません。 彼女が男性を求めない理由は明白。少なくとも、私、ヨアヒム、マルコは理解している。 ”既に足りているから、必要ない”。 といったところでしょう。6年も前からすぐ側に、誰よりも自分を理解してくれて、誰よりも自分に優しく、そして絶対に自分を裏切らずに守ってくれる男性がいたら、他の人には目が移らないのは当然。私でもそういう兄がいたら、他の男性には見向きもしないと思う。 でも、ハインツ様から”男性”を感じたことは無い。それがあの方の特殊なところ。しかしだからこそ、イザベラ様の心の中深く深くに住むことが出来ているのかもしれない。 …不能であるから、と思いたくないだけかもしれませんけど… そんな御二人が互いを深く想い合っていることは明白だけれど、それは異性として意識しあっている訳ではない。かといって。家族の愛情ともまた違う。 うまく言葉にはできないけれど、きっと御二人は互いのことを、ひとりの人間として愛しているのだと思う。イザベラ様は”ハインツ”という人間の全てを、ハインツ様は”イザベラ”という人間の全てを、理解し、愛しているのだろう。 だから、その愛情の形が、友人としてでも、家族としてでも、そして男と女のものになっても、御二人の関係は変わらない。互いに対する感情に変化が無い。現に、私が錯乱してしまったあの出来事の後でも、イザベラ様の態度はなんら変わるところが無かった。 普通、幼い頃からの友人を、異性として感じるようになると、態度がギクシャクする、というけれど、イザベラ様達は全くそんな感じはしなかった。通常は、徐々に段階を踏んでいくことなのだが、気づけば既に頂点だった、というのが御二人の関係。 きっと、今夜からベッドを共にすることになっても、ほとんど慌てることなく、自然な感じで結ばれるのだろう。 …ハインツ様が不能でなければの話ですけど、おのれ。 技術開発局や、”大同盟”の方々には是非頑張って貰わねば、イザベラ様のために。 …ふと気がついたのだけど、もしハインツ様が男性としての機能と、平均的な性欲があれば、今頃イザベラ様は御懐妊、いや既に1児の母になっているのではないだろうか。 そうなったらガリアとしては大変、数ヶ月も宰相不在になったら、国家が破綻してしまう。 まさか、それを回避するために、不能になったわけではないでしょうけど。 誰がどう見てもお似合いの二人だけれど、私には大きな不安がある。 それはハインツ様の生き方、あの方は止まるという事を知らない。常に全速で走り続けている、命を削り、それを動力に変えてでも走り続けるその姿は、とても危ういものに感じる。 イザベラ様は、”そうじゃなきゃアイツじゃないわよ”といって苦笑されていたが、私は笑うことが出来ない。このままでは、そう遠くない内にハインツ様は力尽きてしまうような気がする。 今はまだいい。今、世の中は揺れている、いわば激動の時代。その急先鋒であるハインツ様は、その生き方が必要なのだと、理解することは出来る。 けれど、その後は? 激動が終わって、安定の時期が来たら、あの方は走ることをやめてくれるだろうか? イザベラ様の歩調に合わせてくださるだろうか? 今、果てしなく走る続けるハインツ様を制御しているのは、間違いなく陛下。 陛下だけがハインツ様の手綱を握れる。ハインツ様の疾走に方向を示し、暴走しないように出来るのは陛下だけ。そして、陛下の考えについていけるのもハインツ様だけ。 残念ながら、ハインツ様と最も深く関わっているのは、イザベラ様ではなく陛下。でも、この作戦が終わったとき、陛下とハインツ様は今のような関係ではなくなる。そうなったらどうなるのだろう? 私にはそれが心配なのです、イザベラ様。貴女の未来を想う者として、貴女の伴侶となる方が壊れてしまわないかが…… 私がそんな思いに囚われているうちに、ハインツ様が部屋から出て行こうとしていた。どうやら”大同盟”の方々の所へ行く模様。 そんなハインツ様をイザベラ様が呼び止める。 「あ、ハインツ、ちょっと待って」 む、これはもしかして。 私は自分の女の勘に従い、準備をする。 「どうした?」 振り向くハインツ様。そんな彼にイザベラ様が一言。 「キスして」 「ん? ああ、いいぞ」 直球すぎるイザベラ様の要求に、当たり前のように応えるハインツ様。あらかじめ心の準備をしてなければ、呆気に取られていただろう。やりますね、イザベラ様。 「「んん、」」 2回目になる御二人のキスシーン(キス自体は3回目らしいけれど)を、私はしっかりと撮影する。このために、ハインツ様が帰還したと聞いてすぐに、服をゆったりした物に着替えて、その中に”ビデオカメラ”を仕込んだ。 大変高価なマジックアイテムですが、かまいません。私、実家は大貴族ですから。 30秒間のキスシーン、ばっちり撮影しました。相変わらず美しい光景です。うんうん、その表情大変イイですよイザベラ様、私が男なら即ベッドへGO! です。 だというのに、この不能ときたら…… は!、いけない、心を落ち着かせなければ。ミシミシという音と共に、”ビデオカメラ”が悲鳴を上げていた。危ない危ない。 ”ビデオカメラ”を机にしまい、お二人に目を向けると、ハインツ様がイザベラ様に質問していた。 「ところで、何でいきなり?」 まあ、自然な疑問かもしれませんが、普通やる前に言いませんか? 「嫌だった?」 少し拗ねた感じの表情。反則です、その顔は反則ですイザベラ様。 「嫌なわけ無いだろ」 そう言って微笑むハインツ様。うん、反則2号です。 「単に純粋な疑問」 そういって聞くハインツ様に、イザベラ様が答える。 「理由はね、シャルロットよ。あの娘から来た手紙にね、”自分には恋人が出来てとても幸せだから、姉さまもハインツとそうなって欲しい”っていうような事が書いてたのよ。で、具体的にどうすればいいかをヒルダに相談したところ」 「やはり、行動で示されるのよろしいかと、と申した次第です」 間髪いれずに言う私。 「へえ、そうだったのか。何だアイツ、よっぽど才人の奴とうまくいってんだな」 我がことの様に喜び、笑みを浮かべるハインツ様。 「そのようね、そんなあの娘のお願いだもの、聞かないわけにはいかないわ」 「当然だな」 ふふふふふふふふふふふふふふふ。 計画通り。 御二人だけだと、絶対にこの先、男女の仲として進展することは望めない。互いに今の関係に満足しているから。 仲が進んで、今の関係が壊れるのが怖いから。ではなく、別に敢えて変える必要も無いし、と思っているから厄介なのだ。 だから、二人に恋人らしいことをさせるには、第3者が必要。そしてそれは私やヨアヒムたちでは無理、陛下では逆効果、ならば後はひとり。そう、他ならぬ御二人の最愛の妹シャルロット様。 シャルロット様が頼めば、この兄バカ&姉バカ(不敬は承知です)は、NOと言わない。 だから私はシャルロットさまに手紙を出した。この前あったことを若干誇張気味に書き、こういう感じで文面で手紙を出せば、きっと2人の仲は深まる。という指示を添えておいた。 指示通り内容の手紙を受け取ったイザベラ様は、そうした経験が無いから私に相談するだろうことを見越して。 ハインツ様とイザベラ様の未来は不安がありますが、それとこれとは別。今私に出来ることは可能な限り全部やっておかなければ。 全てはお二人のためです。単に私が見たいからやってるわけではありません。 今回は万事うまくいきました。この映像は家宝にします。シャルロット様、貴女にも映像を送りますね。協力、ありがとうございました。 御二人共、特にハインツ様。陰謀は貴方や陛下だけの専売特許ではないんですよ。 なにせ、北花壇騎士団は己の欲望に忠実な者の集まりですから、ね。