ルイズ達はフォン・ツェルプストーからラ・ヴァリエールを経てトリステイン魔法学院に帰りつき日常に戻った。 無断で国境を侵犯したわけでもなく、ただ研修旅行から帰って来ただけなので何の問題もなかった模様。 コルベールさんがいたのが大きいのだろう。彼はフォン・ツェルプストーで『オストラント』号を製造したからその縁があり、そこを経由して帰ってくるのになんの違和感もないのだから。 そして、俺もまたその他の事後処理に当たっていた。第三十五話 ロマリアの教皇■■■ side:ハインツ ■■■ 現在北花壇騎士団本部のイザベラの執務室。 「それで、叔母上は治ったのね?」 「ああ、ビダーシャルさんが作ってくれた薬は完璧だった。流石は“ネフテス”の代表だけはある」 あの後、アーハンブラ城から撤退したビダーシャルさんはリュティスに帰還し、あの腐れ青鬚に任務を失敗したことを報告したらしい。 そこで、今回の真相をあの悪魔から聞かされ、怒りを通り越して呆れかえっていた。 「そう、よかったわ。だけど、あのエルフは完全に苦労症ね」 イザベラもそう思ってるみたいだ。 「あの人みたいな真面目なタイプはあの悪魔と相性が最悪だ。絶対にこれから利用されまくって弄られる羽目になるだろうな」 哀れなるビダーシャルさんに幸あれ。 「確かエルフは虚無の担い手を悪魔の末裔と呼んでいるんだったわね、思いっきりそのままじゃない」 あれは悪魔以外の表現のしようがない。もっとも、イザベラに言わせれば俺も悪魔で“二柱の悪魔”らしいが。 「だな、あれが悪魔の末裔と聞かされても絶対驚かないだろうさ」 仮にそうじゃなくても悪魔なんだから。 「まあそれはいいとして、叔母上はその後どうしたの?」 「ゲルマニアでも完全に安全とは言い難い。しかし立場上、王政府が保護するのも違和感があり過ぎる。そこで最も安全な場所に移した。ついでにペルスランやトーマス、リュシーとかも皆一緒にな」 少なくとも、そこが最も安全だと自負している。 「どこ?」 「ヴァランスの本邸さ、あそこには優秀な護衛が大勢いる。何せ使用人は全員ルーンマスターだからな」 メイジであるカーセとアンリはともかく、ダイオンを筆頭とした残りの皆は全員“身体強化系”、“他者感応系”、“解析操作系”のルーンを持ち、“魔銃”で武装し、“カレドヴィヒ”、“ボイグナード”なども配備され、ついでに俺の“影”も常に控えている。 「あそこはもう一種の要塞よね、メイドが一斉にスカートの中から“魔銃”を引き抜いて撃ってくる魔窟だもの」 カーセ率いるメイド戦闘部隊はヴァランスの街の守護神とも言われている。 何で屋敷に仕えるメイドが街中を哨戒しているかについては考えない方が良い。俺が指示したわけではなく彼らが自発的に始めたのだ。 メイド達には“解析操作系”が多く、“魔銃”の性能を最大限に引き出すのはそのルーンだ。ダイオン率いる男の使用人や料理人は“身体強化系”、包丁でオーク鬼を倒すとんでもないやつらだ。 アンリは“他者感応系”を率いて使い魔ネットワークを構築している。動物と共感できる能力が多いのでそう言った真似が可能。これは北花壇騎士団のファインダーも採用している。 彼らもまた時代が生んだ異端児の一員なのだろう。ルイズの傍に『ルイズ隊』の面子が自然と集まったように、俺が引き寄せた可能性が高い。異端は異端を引き寄せるものだ。 俺が異端だってのは考えるまでもないことだし。 「ま、彼らは“ファースト”だからな、年季が違う」 要は陛下のルーンが完成した際に最初に刻んだ者達。別に俺が勧めたわけではないのだが、全員志願してきた。 全員『影の騎士団』と似た気質を持ってるから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。 「だけど、その領土の統治システムを考えたのは、あの青髭なのよね」 俺が総督になる前は王家直轄領であり、当時第一王子だった陛下が治めていた。 そして、俺はそれを引き継いで、王政府に持ってかれた人材の穴埋めをしただけで後は特に何もやってない。 既に完成形ともいえる統治機構が存在していたから手を加える必要がなかったのだ。 「ああ、ヴァランス領はアルビオンとは別の意味で実験場だからな。既にトップが世襲ではなく、地元の有能な者達の合議制に近い形で運営されているし。鉱山開発を“ホビット”、“コボルト”、“土小人”、“レプラコーン”と共同して行ってる。それも、採掘するだけじゃなくて育てる鉱山開発をな」 陛下から俺へと、“二柱の悪魔”の庭とも言えるヴァランス領では、将来のガリアが目指す統治体制を一足早く実践している。 その中で出てきた問題点を改善して、ガリア全体に適用していくのだ。例の公衆浴場も実はリュティス以前にヴァランスの街で試験的に行われていた。もっとも、温泉が主流ではあったが。 火竜山脈付近では温泉が出るので、これも将来的にはもっと大規模な産業に発展させたいところではある。 「あいつが統治システムを考えて、あんたが人材を見つけて、私と九大卿で実際に運営する。ヴァランス領はその実験段階だったわけね。まあ、領民が栄えるんだったらなんでもいいけど」 そう、要はそこさえ守れていればいい。税金が安く、治安が良く、裁判が公正なら特に文句を言わないのが民衆というものだ。そこに威張り腐った貴族や坊主がいなくなれば言うこと無しだろう。 「ところでさ、ウェストウッド村の子供達もそっちに行くのよね?」 「ああ、マルグリット様は育児が得意でな。あいつらの教育もお願いすることにした」 何せシャルロットの母だ。 「ここもまた奇妙な縁ね、引越し準備は済んでるの?」 「大体な、それが得意なホビットの人達に頼んだ。彼らならテファを怖がらないし」 後はルイズ達が迎えにいくちょっと前あたりに、マチルダに行ってもらえばいい。 「で、そこで最後の試練を与えるんだったかしら」 「ああ、前回のアーハンブラ城の件は予定外だったからな。本当はこっちに備えて俺は準備してたんだけど」 あの糞青髭の謀略に嵌められてしまった。 「ヨルムンガントね、完成したの?」 「もうちょいだな、実際にはヨルムンガントじゃなくて、試作型のガルガンチュアを使うらしい。何せ運用コストが高いから今のうちに使ってしまいたいらしい」 その辺のコスト計算をシェフィールドはしっかりしている。 なのに、あの青髭の遊びの為なら構わず高価な材料を使いまくる欠点がある。 世の中ままならない。 「確か、ロマリアの教皇が近いうちにトリステインを訪問するのだったかしら?」 「とはいってもいきなりの訪問のはずなんだけどな」 イザークの情報網は甘くはない。ロマリアはあいつが担当している。 俺はアルビオンに当たってたし、イザベラはマルコとヨアヒムを使ってガリア国内を担当していたから、外務卿でもあるあいつがロマリア担当となった。 こと外交や情報収集ならば、あいつは俺はおろかイザベラすら上回る。 イザベラの本領は内政、そして情報の解析にある。情報収集も一流だが、あいつは超一流といったところだ。 暗黒街の八輝星の調整役、“灰の君”はそういう存在なのだ。 「虚無の担い手である教皇自らの訪問、内容は考えるまでもないわね」 「いよいよ理想である聖戦を実現させるために動き出した。っていうよりも、これ以上後手に回る気はないってとこか」 俺達はあらゆる手段でロマリアを妨害している。 陛下の親衛隊は聖地付近に派遣される聖堂騎士団の密偵を悉く排除してるし、ガリア内部のブリミル教寺院とロマリア宗教庁との連絡は未だに断たれたまま。 ガリア宮廷における“悪魔公”の坊主嫌いとロマリア排斥運動はかなり有名になってきてる。 このままでは聖地奪還どころか下手すればロマリアが“悪魔公”によって滅ぼされる可能性すらある。 「かえって情報があるから追い詰められた気分になるのかしらね。ガリアの狂王は“悪魔公”を片腕に、信仰そのもの潰そうとしてるようにしか見えない。ま、実際その通りなんだけど」 「だけど陛下の方はロマリアを敵とすら見なしていないんだよなあ。つーかあれの敵になり得る存在はいない気がするな」 あれは天才というより天災だ。歴史という流れから通り過ぎるのを待つのが一番無難。わざわざ台風の中心に飛び込むことはないのだから。 「気の毒、の一言に尽きるわね。もっとも、私達も容赦しないけどね」 そろそろ最終作戦が近い。 今はフェオの月(4月)の第三週。才人が召喚されてから既に一年が経っている。 「嵐が近いな」 ロマリアの教皇はその最後の鍵となる。■■■ side:キュルケ ■■■ 私達が魔法学院に帰ってからおよそ二週間。 スレイプニィルの舞踏会からまだ三週間くらいしか経ってないなずなんだけど、随分昔に感じるほどの密度が濃い期間だったわ。 それでも、今はいつも通りの日常が戻ってきている。 ギーシュ、サイト、マリコルヌの3人は水精霊騎士隊の連中と一緒に馬鹿騒ぎを繰り広げてるし、モンモランシーは相変わらず研究成果をトリスタニアの裏町に流して儲けているみたい。 あの子、意外と商才があるのよね。 ジャンもジャンで『オストラント』の整備や、より効率よくするために余念がない。 私とシャルロットは色々。 時に水精霊騎士隊の連中の敵役を務めたり、男に貢がせたり、新入生を手籠にしたり。 この前相手にしたのは中々だったわ、また遊んであげようかしら。 だけど、シャルロットには変化があった。 というのもサイトと正式に付き合いだしたからね。アーハンブラ城で熱ーい愛の抱擁と、あの子のお母さんの前でのキスはかなり衝撃的だったみたい。 オルレアン公夫人は今ヴァランス本邸にいるらしい。ハインツが守ってるなら一番安心できるわ。 だけど、一番変化があったのはルイズね。 研究に精を出してるのは相変わらずだけど、学院に帰ってきて以来、たびたびトリスタニアの王宮に呼ばれてる。 あの子の“博識”は魔法研究だけじゃなくて、軍事、政治、医療とか色んな分野に及ぶから、女王陛下の懐刀としては申し分ない。 しかも幼馴染で、絶対に裏切らない存在で、ウェールズ王とも面識があって、なおかつ“虚無”の担い手とあっては色々相談したくなっても当然よね。 もっとも、あの子と話し込んでる時間はマザリーニ枢機卿の方が長いらしいんだけど。 あの人は“鳥の骨”なんて呼ばれてるけど、心ある者は“白髪(はくはつ)の賢者”と呼んでいるらしい。 “白髪の賢者”と“博識”の会談の内容は一体どんなものなのかしらね? そんなわけで。水精霊騎士隊の上役のような立場にあって、なおかつ王宮に呼ばれることが多い“博識”のルイズは、今やこの学院の最大の有名人になっている。 そんなある日。 私がやることも無いから部屋に戻ろうか、と思って廊下を歩いていると、中庭でなにやら話し合っているサイトとシャルロットを見かけた。最近2人でいる事がより多くなってるような気がする。 2人で何話してるのかしら、あの2人のことだから愛を語り合うって事は無いでしょうけど。でもまあ、なんにしても2人でいるのはいいことよね。なんて思いながらも私は興味本位で中庭のほうへ足を向けた。 「はあい、2人とも。相変わらず一緒でお熱いことね」 私がからかい混じりの挨拶をすると、サイトが勢いよく答えた。 「あ! キュルケ、ちょうどいいところに!」 ちょうどいい? 私に何か用があったのかしら。 「貴女の見解が知りたい」 シャルロットもそう言うけれど、全く話が見えない。 「ちょっと待って、一から説明してもらえる?」 そうして2人から何を話していたかの説明を受ける。何でも遠距離攻撃を得意とする相手に対しての最適のコンビネーションについて話し合っていたとか。それで私の意見を聞きたい、という事らしい。 ったくそんなの両思いの男女が昼下がりの中庭ですることじゃないでしょうに。でもまあ、この2人らしいと言えばらしいのかもね。 そうして私も加わって戦術談義に花を咲かせる。そして火力重視の相手には、サイトが正面から突っ込んで、相手の意表をついた隙にシャルロットが”エア・ハンマー”で追撃するか、シャルロットの”ウィンディ・アイシクル”でかく乱した後、2人が両側面から切り込むか、いったいどっちが有効だろうか。なんていう色気も何もあったものじゃない会話をしてると、 「おい、”ゼロ”のルイズ!!」 なんていう声が聞こえてきた。 声がした方へ向くと、中庭に面している廊下のほうに、本を何冊か抱えたルイズと、上級生っぽい男がいる。今の大声はどうやらあいつがルイズに対して言ったみたいね。 「なんだあれ?」 「さあ」 サイトとシャルロットも、会話をやめてルイズたちのほうを見る。 それにしても”ゼロ”のルイズってフレーズを聞いたのも久しぶりね。私たちにとっては既に”博識”がディフォルトだから、何だか懐かしく感じるわ。 そう思いながらルイズ達の様子を見てると、ルイズが相手に言い返したようだけど、ルイズの声は小さくて聞こえない。でも、あの娘ぜんぜん相手にする気はなさそう、見るからに煩わしそうだもの。でもあの男、どっかで見たことあるような気がするのよね。 そんなルイズに対して、相手の空気をまるで読んでない男はなおも大声で言う。 「は! 僕が言ったのは魔法のことじゃないさ、いくら女王陛下の覚えがめでたくても、君の体は貧相で、特に胸は”ゼロ”のままだろう」 あらら、ずいぶんイタイわね、あいつ。そういえば思い出した。あいつ前もああやってルイズに絡んでた奴じゃない。 大方ルイズに気があるんだけれど、面と向かって告白する勇気が無いから、ああやって気を引こうとしてるんでしょうね。全く、トリステイン貴族には幼稚でヘタレた男が多いけど、あいつはその中でも突出したヘタレだわ。 「うわ、命知らずだなあいつ」 「………」 半ば呆れたように言うサイトと、なにやら怒ってる様子のシャルロット。まあ、この娘にとっては他人事じゃない問題だものね。 恋愛経験二等兵の2人は、あの男がどうしてあんな事言ってるか分からないでしょうから、そっちの方面の先輩たる私がひとつ教えてあげましょう。 「みっともないわねえ、焦った男の暴走は」 「焦る?」 「?」 疑問符を浮かべる2人。小首をかしげるシャルロットがラヴリーだわ。 「そうよ、あの男は前からルイズに気があったの。前の”ゼロ”って呼ばれてた頃のツンデレなルイズなら、自分にも手が届く、って思ってたんでしょうけど、今は“博識”と宮廷ですら呼ばれる女王陛下の懐刀。しかもクールビューティーにクラスチェンジしてるから、完璧に手の届かない高嶺の花になったのよ。だからああやって貶して怒らせることで何とか自分のことを見て欲しいんでしょうね」 「なんだか情けねえな、それ」 「低俗」 辛辣な感想の2人。まあ、私も同意見だけど、若干同情もするわ。2人には持てるものの余裕があるからそういう意見になるのよね。マリコルヌあたりだったら、共感くらいはするんじゃないかしら。 「しかも観察力不足だわ。今のあの娘の胸、確実に成長してるわよ。この前お風呂で揉みしだいたときに確認したけど、半年前より3サントは大きくなってるわ」 たぶん以前は心に鬱屈するものがあったから、それが体の成長を阻害してたのね。だから以前の遅れを取り戻すように、あの娘の体は成長してる。背も少し伸びたしね。まあ、あの娘の家系と性格を見る限り、私やマチルダみたいな体型にはならないと思うけど。でも、スレンダーなクールビューティーっていうのも、女として魅力あるかもね。 「揉みしだいたって……なにやってんだよお前ら」 少し顔を赤くしながら呆れるサイト。前まではこういう話題に食いついてきた彼だけど、やっぱり彼女が出来ると変わるわね。 「………そんな」 一方なにやら気落ちしてるシャルロット。同じ境遇だと思ってたルイズに一歩先に行かれた事にショックを受けてるんでしょうね。自分の胸元を見ながら落ち込んでる。かわいいわ。 「そんなに気にしてるんなら、サイトに揉んでもらえばいいじゃない」 とは思っても口に出さない。出したら多分無言で攻撃してくるでしょうから。 何て話してると、ルイズがこっちのほうを見ていた。どうやら私たちが居ることに気づいたみたい。 そうしたらあの娘は ニヤリ と、ほんの一瞬だけ口元に笑みを浮かべた。あれはあの娘が人の悪い考えを思いついたときの笑みね。 横の2人は見逃したようだけど私は見逃さなかった。するとルイズが。 「確かに私の体は、異性に対する魅力が少ないかもしれないわね。でも、それでも20歳近くなってもいまだ童貞の男よりは、異性の気を惹けると思うけど」 なんてことを大きな声で言った。あれはわざとね。横の2人はルイズの声が急に大きくなったのと、言葉の内容にびっくりしてる。 「なななな、何でおまえがそんな事知ってるんだ!!」 どもりながら言う男。馬鹿ねえ、墓穴掘ってるわよそれ。 「あら、やっぱりそうだったの? まあ、理由は簡単よ。あんたみたいな駄犬に応える女なんて、この世界のどこ探しても居ないわよ。貴族の威を笠に着て、平民の子を手篭めにしようにも、あんたなんかにそんな度胸あるわけ無いものね」 さすがルイズ、言葉の鋭利さが半端じゃないわ。 「相変わらずすげえな、あいつ」 「お見事」 横の2人も感心してる。 「ななな何だとおお!そそそそれに、そ、そうだ!! お、お前の周りの奴だって僕と同じようなものだろ!!」 ルイズの(言葉による)氷の一撃を受けた男は。その矛先を自分から逸らそうとしてそんなことを言う。何と言うか、無様だわ。 「馬鹿ね」 そう言って、フッ と見下すように笑うルイズ。その瞬間私にはルイズの ”かかった” という心の声が聞こえた気がした。 それにしても、長いピンクブロンドをかき揚げながら目を細めて嘲笑うその仕草は、女の私から見ても妖しい色気を感じる。マリコルヌあたりが見たら悶絶するんじゃないかしら? 「あんたなんかと私の仲間を一緒にしないでくれる? ギーシュはモンモランシーと、サイトはタバサとそれぞれ経験済みよ」 ルイズが爆弾発言する。なるほど、あの娘の考えが読めたわ。 「ぶっ!!」 ルイズの言葉に吹き出すサイト。 「!?」 目を丸くして驚くシャルロット。まあ、免疫ないものね2人は。 「そ、そんな、ギーシュはともかく、あの使い魔までなんて!」 たじろぐ男、それに追い打ちをかけるように続けるルイズ。 「いいえ、むしろサイト達の方が進んでるわ。あの2人は毎晩のように激しく互いを求め合ってるもの。だって、そのために私とサイトの部屋は別にしたんだから」 ノッてるわねルイズ。最高に楽しそうな顔してるもの。 ちなみに横の2人は 「あ、あ、あいつ」 口をパクパクさせながらルイズに文句を言おうとしてるサイトと。 「~~~~!」 顔を真っ赤にするシャルロット。初心ねえ、2人とも、可愛いったらありゃしない。 「そ、そうだ、マリコルヌはどうだ! あいつに彼女がいる話は聞いてないぞ!!」 一縷の望みに縋ろうと必死な男。最早哀れみしか感じないわ。 「残念ね、マリコルヌは軍に己の人生を捧げてるわ。”一人前の軍人となるまで一切の女色を断つ”、”武勲を立て大成した後には貞淑な女性を妻として生涯の愛を捧げる”って言う崇高な信念を持ってるの、それを聞いたときはあいつを見直したわ」 すごい美化されたわね、マリコルヌ。本人が聞いたら何ていうかしら? 「わかった? 私の仲間はあんたのような盛りのついた犬とは違うのよ、この早漏」 なんか今のあの娘の後ろに銀髪のシスターの幻が見えるわね、目の錯覚かしら? 「う、ううう」 「分かったのなら去勢されない内に私の目の前から消えなさい、発情犬」 「うわああああああ!!!!!」 泣きながら走り去っていくヘタレ男。女性恐怖症になるんじゃないかしら? まあどうでもいいけど。 ルイズのほうは片がついたようだから、ここからは私の仕事ね。 私はいまだ固まったままの2人に話しかける。 「2人共、私が知らない内にもうそんな深い仲になってたのね、やるじゃない。初めてはいつごろ?サイトがアルビオンから帰って来た頃かしら?」 私の言葉に2人は弾けたように答える。 「ば、バカ! 俺とシャルロットはまだやってねえよ!」 直ね、サイト。まあ貴方らしいけど。 「そう、私とサイトはまだそんな仲じゃない」 言葉は冷静だけど、未だ真っ赤な顔のシャルロット。2人とも否定してるけど、見事にドツボに嵌ってるわよ。 「へえ、”まだ”なのね。じゃあいずれはそういうことする、ってことかしら?」 「ぐ」 「う」 反論できない2人。心でそうしたいって思ってなきゃ”まだ”って言葉は出てこないからね。 互いを見合って、すぐに視線を逸らす2人、顔は真っ赤。ああもう、微笑ましいわねえ。 ふとルイズのほうを見ると、満足そうな笑みを浮かべてる。”我がことは成功したり”っていうとこかしら。 ”グッジョブ、キュルケ” ”ええ、貴女こそ” アイコンタクトで会話する私たち。 さて、もう一押ししようかしら、と2人に追撃を加えようとすると。 「やあ、ここにいたのかサイト。なにやらコック長が君のこと探してたよ」 「何でも、この前貴方が言ってた料理が出来たから試食してくれって」 ギーシュとモンモランシーの金髪カップル登場。 「そ、そうか!それならすぐ行かないとな! 待たせたら悪いもんな!! 迅速に向かうべきだよな!!!」 すごい勢いでギーシュに話しかけるサイト、この雰囲気から逃れようと必死ね。 「い、いや、別に急ぎとは言ってなかったが…」 サイトの剣幕に気おされるギーシュ。彼にとっては何でサイトがこんなに必死か分からないでしょうね。 「わ、わりいなシャルロット、俺行ってくるわ。んじゃ、気をつけてな!」 今さらっと本名言ったわね。 「う、うん。無茶はしないで」 なんか微妙に錯乱したやり取りをする2人。ってしてるうちにサイトはもう見えなくなった。速いわね、武器持ってないのに。 その様子を見てたルイズは、あらあら、って感じに苦笑した後廊下の奥へ消えていった。 「もう、せっかくいいところだったのに」 私はギーシュたちに文句を言う。別に本気じゃないから口調は軽めで。 すると2人は、私、未だ顔が赤いシャルロット、光のような速さで去っていったサイト、を順に見てなにやら悟った模様。 「もしかして、タイミング悪かったかしら?」 そう澄ました表情で言うモンモランシーと、 「なにやら野暮なことをしてしまったようだね」 と、気取って言うギーシュ。この2人も割りと似たもの夫婦よね。 「まあ、そういうところかしらね」 私は肩をすくめる感じで言う。サイト×シャルロット関連の話題は、私たちのルイズ隊の内では阿吽の呼吸で分かってる。……マリコルヌを除いて。 「……謀った?」 私を睨みながらそう言うシャルロットに対して。 「あぁら、どうかしらねぇ」 と返す。物的証拠は何もないからこれ以上の言及は出来ないわ。さすがルイズ、あの男が絡んできた事を利用してこういう状況を作るなんて、まさに小悪魔。 「…むう」 釈然としない様子のシャルロット。少しなだめたほうがいいかしら、と思ってると。 「お~い皆、今サイトがすごい勢いで走りながら”くそー、ルイズとキュルケめー”って言ってたけど、何かあったかい?」 マリコルヌ登場。これでメンバー集合ね、まあルイズとサイトは抜けたけど。 「ああちょうどいいわ、いつもの面子も揃ったことだし、今何があったか話してあげる」 「ああ、僕も聞きたいと思ってたんだ」 「右に同じね、興味あるわ」 「ん? 何か大事だったのかい?」 「……」 さて、じゃあシャルロットが怒らない程度に纏めて話をしないとね。 そうして話をしながら私たちの昼下がりの時間が過ぎていった■■■ side:アンリエッタ ■■■ 私は現在宮廷の応接間にある客を迎えている。 聖エイジス三十二世。三年程前に教皇となったロマリアの若き指導者。 先代の教皇が亡くなられて後、マザリーニ枢機卿が次期教皇に推薦されたものの、彼が断ったため教皇選出会議はかなりの長い間揉めることとなったという。 どの人物も互いに牽制し合い、醜い権力闘争を重ねた末、いつまでたっても次期教皇が定まらず、ロマリアの市民が徐々に不満を募らせた。 そして、ロマリアの市民の絶大な支持を受けていた当時からまだ20歳を少し過ぎた程度の若者が教皇となった。 ハルケギニアの将来を憂いている善良な人物として知られ。様々な施政を行っているという。 代表的なものに、主だった各宗派の荘園を取り上げ、大聖堂の直轄としたこと。それぞれの寺院には救貧院の設置を義務付け、一定の貧民を受け入れるようにしたこと。免税の自由市を作り、安い値段でパンが手に入るようにしたことなどが知られる。 その結果、新教徒教皇と揶揄されることもあるという。 市民の為に尽くす教皇として知られているが、それが故に欲深な枢機卿達との対立も根深く、ロマリア宗教庁内部ですら既に彼を密かに降ろそうとする働きもあるとか。 こういった話が私の耳に入ってくるのは、彼を退位させた後、マザリーニ枢機卿を次期教皇に推す輩が後を絶たないから。 まったく、“光溢れる国”が聞いて呆れるわね。 そして、しばしの対話を重ねた後、彼は切り出した。 「アンリエッタ殿は、先の戦役をどうお考えか?」 その問いに対する私の答えは一つ。 「悲しい戦でありました。ですが、国土と民を守るために戦ったことは後悔しておりません」 あのゲイルノート・ガスパールの攻勢は苛烈を極め、侵攻して敵の本土を抑えるしか方法はなかった。 しかし、それでも結局は敗走。ウェールズ様が率いるガリア軍の参戦がなければトリステインは滅ぼされていただろう。 「恐ろしい程の野心と戦才を持ったあの男は死にました。もう二度と、あのような戦を繰り返したくはありません」 しかし、人の欲望には果てがない。第二のゲイルノート・ガスパールが出てこない確証はどこにもないのだ。 「どうやら、アンリエッタ殿は私の友であるようだ」 「どういう意味でしょうか?」 「言葉通りの意味です。私もあの戦争では心を痛めました。義勇軍の参加を決意したのもそのためです。もっとも、余り役には立たなかったようですが。それでも、無益な戦は終わらせたかったのです」 その返事からは心の底からそう思っているということが感じられた。 「ですが、この世に有益な戦などというものはあるのでしょうか?」 結局は不毛な争いに過ぎない。手を取り合えればそれに越したことはないのだけれど。 「アンリエッタ殿のおっしゃる通りです。益ある戦などあるはずがない。結局は奪い合いに過ぎないのです。誰かが得をするというのは誰かが損をするということ。常々私はこう悩んでおります。神と始祖ブリミルの敬遠なる僕であるはずの私達が、どうして互いに争わねばならぬのかと」 それは、決して出ない答えでしょうね。 「人の心に欲がある限り、戦がなくなることはない。私はそう思いますわ。あのアルビオン戦役も、たった一人の男の野心から全てが始まりました。人の欲とは、それほど凄まじいものです」 それを止めたのは別の欲。結局、どこまでいっても人間世界とはそういうものなのでしょう。 「始祖ブリミルも、欲の存在は肯定しております。欲、それこそが人を人たらしめている。なればこそ自制が美しいのだと。それを失った時、人は最悪の生物となり果てましょう」 だけど、自制がない存在に惹かれる人間が多いこともまた事実。人間は多種多様過ぎる。 「全ての人間が聖下のように自制出来れば、この世から争いごとはなくなるでしょうに」 心の底からそう思う。けど、仮にそれが実現できたとして、その世界は幸せなのだろうか? 不幸を知らない存在が幸せを実感できるものなのでしょうか? 幼い頃の私は不幸を知らず、それ故に生きていなかった。不幸を知った後はその幸せな箱庭がまだあるものと信じ込むだけの日々だった。 だけど、そんな私を現実に引きずり出し、“生きる”という意味を教えたのは戦争の具現とも言えるあの男だった。 聖下では決して私を生かすことは出来なかったでしょう。優しい言葉では、幸せな箱庭は決して崩せない。 私は自分の幸せを自分の手で掴み取りたい。けど、生きる為のその欲を与えたのはあの男だった。 そして、私が幸せを求める以上、必ずどこかに犠牲が存在するのでしょうね。 「ですが、ハルケギニアの民にそれほどの信仰を求めることは不可能でしょう。人間の心とは弱いものです。どうしても楽な方向に流されてしまう。それを回避することこそが我々神官に求められますが、それを出来ているものは神官ですら極僅か、この世の信仰は地に沈んでおります」 彼は悲しそうにそう言う、 「ですが、私は教皇です。そのような状態を看過するわけには参りませんし、信徒の幸せを守る為に戦うこともあります。そのために聖堂騎士団は存在しておるのです。ただ祈るだけでは救われない世界ならば、それ相応の対策をとる必要があります」 彼は空を仰ぐようにして呟く。 「この国は美しい国です。春に色づく田園、豊かな森、水の国の名に恥じぬ美しい河川。ロマリアは水に乏しい、そして資源も無い、実に羨ましい限りです。ですが、豊かであってもそれが故に狙う者もまた存在する」 「その平和を守ることこそが、私の使命であると考えております」 「はい、そのアンリエッタ殿の使命を果たすためのお手伝いをしに、今日は参ったのです」 そして、彼は本題を語り出す。 彼がアニエスに伴われて退出した後、私はじっと考えていた。 『要は力なのです。平和を維持するためには巨大な力が必要なのです。相争うこと者達を仲裁出来るほどの強力な力が』 それこそが“虚無”の力。 『神がお与えになった力です。白になるも黒になるも人次第です』 私は言った。過ぎたる力は人を狂わせると、そっとしておいた方がよいのではないかと。 『その状態で何千年、我等は無益な争いを続けてきたのでしょうか?』 『強い力にはそれに見合う行き先が必要です。我等はそれを、既に持っているではありませんか』 その言葉には納得出来るものがあった。 あのアルビオン戦役において、私が“虚無”という強大な力に狂わずに済んだのは、それを持ってしても勝てないのではないか、と思うほどの強敵がいたからだった。 『聖地です。聖地はただの聖なる土地ではありません。そこは我等の心の拠り所なのです。拠り所なくして、真の平和はありえません』 トリステインと私にとってのゲイルノート・ガスパールを、彼はハルケギニアにとってのエルフとしようとしている。 皮肉なことに、彼が掲げた大義も聖地奪還ではあったけど。 『エルフは強大な先住魔法を操ります。ハルケギニアの王達は何度も敗北しました。しかし、彼らは“始祖の虚無”を持ってはおりませんでした』 しかし、それでは今度はエルフとの戦争となる。 『強い力は争うことの愚をエルフ達にも見せつけてくれるでしょう。強い力は使うものではありません。“見せる”ためのものです』 『我等はエルフと平和的に“交渉”するのです。そのためにはなんとしてでも強大な力………“始祖の虚無”が必要なのです』 私は即答を避けた。これはトリステインはおろかハルケギニア全体を巻き込みかねない問題、軽々しく答えをだしてよいものではない。 『おっしゃることはごもっともです。しかし、あまり猶予はありません』 その答えはガリアだった。 『彼の地は信仰なき男によって治められております。民の幸せより、己の欲望を是とする狂王が支配しております。あの、ゲイルノート・ガスパールのような。そして、その腹心の“悪魔公”、彼もまた信仰そのものを破壊するために暗躍を続けております。アンリエッタ殿、私達にはお互い真の味方が必要なのです』 しかし、その二人とは“あの二人”だ。 どうしても危険なイメージができない。だって、余興のために死にかけたのですのよ? ハルケギニアで前例がない馬鹿ではあったと思うけど、とてもそんな感じではなかった。 ルイズの報告では、ガリア王ジョゼフは恐ろしい男だそうですけど、どうしてもあの“衣装”のイメージが邪魔する。 『神と始祖のしもべたるハルケギニアの民のしもべである教皇として、私は貴女に命じます。お手持ちの“虚無”を一つところに集め、信仰なき者どもよりお守りくださいますよう』 そうして彼は去って行った。