“闇の処刑人”と『ルイズ隊』の共同戦線が開始された。 シャルロット救出の本命を担うのが『ルイズ隊』であり、様々な情報を集め、部下を配置し、そのサポートに回るのが“闇の処刑人”の役目となった。 こうした役割分担によって、“虚無の王”の陰謀を粉砕するために全員が力を合わせたのだった。第三十三話 アーハンブラ城■■■ side:シャルロット ■■■ 私が目を覚ますと、そこは夢の国だった。 広い寝室の中央に置かれた天蓋つきベッドに自分は横たわっており、公女時代にさえ一度も袖を通したことの無いような豪華な寝巻に自分は身を包んでいる。 見渡すとベッドや小物に限らず周りの調度品も豪華だった。 前カーペー時代の作品。芸術的に軍事的にガリアが最大の栄華を極めた時代のものだ。 「目が覚めたか?」 声がした方を見ると、あのエルフがいて本を読んでいた。 タイトルは、『シンデレラ (国取物語)』。 …………………………なぜよりによってそれを読むのだろう? 「貴方は何者」 「ネフテス老評議会議員のビダーシャル、今は“知恵持つ種族の大同盟”のエルフ代表も務めている。知っているか?」 それは確か、ハインツが創設したという先住種族の連合組織。 「あなたが、ハインツが交渉したというエルフ?」 「うむ、そうだ。もっとも、お前を捕えろという命はジョゼフから受けたものだがな」 あの男。 「母はどこ?」 「隣の部屋にいる。今は眠ってもらっているが」 隣の部屋を確認すると、母様は静かに眠っていた。最近では症状も大分緩和されていて、人形を私だと思うこと以外はほとんど昔の母様と同じだった。 「私達をどうするつもり?」 「うむ、それなのだがな、どうしたものかと思っている」 「それは一体?」 「その答えには二つあってな、まず、お前の母に関してはただ“守れ”と命じられただけだ。そしてお前の心を失わせ、その後は“守れ”と命じられたのだが」 そこで彼は一旦言葉を区切る。 「我々エルフは一度した約束は破らぬことを信条とする。しかし、水の精霊の力でお前の心を狂わせるようジョゼフは我に命じた。ネフテスとの交渉条件では我は可能な限り奴の命に従うこととなっているのだ。しかし、我はハインツと友として約束しているのだ。お前の母の心を治す薬を調合することを、そして可能な限りハインツの願いを叶えると」 イザベラ姉様が言っていたエルフは彼だったのか。 「ハインツの願い?」 「うむ、『あの腐れ青髭が無理難題を言ってきたら可能な限り抵抗してくれ、そうじゃなきゃあの野郎は何をやらかすか分からない。特にイザベラとシャルロットの二人を守ってくれると嬉しい』とな、“ネフテス”から出向してきた身としては可能な限りジョゼフに仕える必要があるが、同時に可能な限り友との約束は果たさねばならぬ」 エルフというのは何とも融通が効かない。いや、単にこのビダーシャルが真面目なのか。 「お前を無傷で捕らえることはハインツとの約束にそれほど背くことではなかった。しかし心を狂わせるとしたら話は別だ。とりあえず薬の調合は進めているが、どうしたものかとな」 彼も彼で悩んでいる。というよりも苦労人気質のよう。 「一度私の心を狂わせて、それからまた治せば問題ないと思う」 論理的に考えればそうなる。 「やはりそうか、うむ、そうするとしよう」 案外単純なのかも、でも、この様子じゃあ散々利用されそうな感じがする。 あの男が彼だけに私達の監視を任せるとは思えない。彼には彼の考え方と信条があって、それに沿って行動している。 ならば必ず自分の手駒を私達の監視役かもしくは処刑役に用意するはず、ハインツが母様を治療するために動いていたことは恐らくあの男は知っているのだから。 「薬の調合にはあと7日近くはかかる。元々ハインツとの約束で作り始めてはいたからな、途中までは調合過程が変わらぬのでそのまま利用することにした。その間退屈ならば本を読むといい、いくつか持って来た」 ビダーシャルが指さす先にはオルレアン公邸から持って来たらしい本が数冊並んでいる。 もの凄く嫌な予感がしたけど一応確かめてみる。 『白雪姫 (その智謀と覇道)』、『桃太郎 (略奪者の最期)』、『三匹の子豚 (狼殺しの秘策)』、『狼と七匹の子ヤギ (母の復讐果てしなく)』、『醜いアヒルの子 (狂気が産んだ異形の落とし仔)』、『浦島太郎 (老いてなお気高きその魂)』、『サルカニ合戦 (種の生存をかけた最後の闘争)』。 何でよりによってこのシリーズを選んでしまったのだろう? 『親指姫 (未熟児を救った奇蹟の医療)』と『ジャックと豆の木 (農業改革への道)』と『赤ずきん (鮮血淑女)』が無いのは既に彼が読んだからだろうか? 私は囚われに身であることとは全く別の理由で強い脱力感を感じていた。■■■ side:ハインツ ■■■ 「マルコ、そっちの準備はどうだ?」 俺は“デンワ”を使って別動隊を率いているマルコと連絡を取る。 この“デンワ”は北花壇騎士団本部の“解析操作系”のルーンを持つ“テレパスメイジ”達を通して使用するものだから今回使用を禁止されていない。 しかし、『ゲート』の使用は禁止されてるので俺とランドローバルは久々にガリア中を飛び回ることになった。 「こっちはもうすぐ完了します。あと半日といったところでしょうか」 「十分だ。結構は今日の夜だから、それに合わせて行動してくれ」 「了解です」 マルコは現在『ベルゼバブ』を率いて動いている。 本来マルコとヨアヒムが率いるのは『ルシフェル』なのだが、今回は手が足りないのでこっちも動員した。『ルシフェル』の方はヨアヒムが担当し、こっちもこっちで準備してる。 5日程前にシャルロットが幽閉されたのは“アーハンブラ城”であることが俺の“影”によって分かった。 そして、『ルイズ隊』はリュティスから“ガリアの食糧庫”と呼ばれるコルス地方圏府ロン=ル=ソーニエ、フランシュ=コンテ地方圏府エヴリー、そしてオート=ルマン地方圏府バル=ル=デュックを経由し“アーハンブラ城”へと向かった。 建前はアーハンブラ城見学で、歴史を学ぶという名目である。 アーハンブラ城はガリアとサハラの国境に位置し、元はエルフが建造した城塞であったが、1000年前に聖地回復軍が占領し、その後奪い奪われを繰り返し、500年前の聖戦を最後に人間の土地となり、現在に至っている。 ガリアの東端であるオート=ルマン地方自体が元々ガリアの土地ではなく、アーハンブラ城を奪った際にガリアの領土に組み込まれた土地なので、ここらいったいは最も王政府の影響力が弱い土地であり、様々な異国情緒が漂う土地柄なので、研修旅行の先としては申し分ない場所である。 東方(ロバ=アル=カリイエ)からの交易品も、このオート=ルマン地方を経由してガリアに入ってくるので、将来的には大規模な東方交易の拠点になる可能性が高く、イザベラや九大卿は既にその準備を始めている。 「ヨアヒム、そっちの方はどうだ?」 今度はヨアヒムに繋ぐ。 「こっちは準備万全です、ただ、相手の方に情報が少し漏れている可能性がありますね。流石はミュッセ保安卿が育てた部隊。もっとも、この作戦に関しては特に問題ないですけど」 「確かにな、そっちに警備を割いてくれるに越したことはないんだが、死人を出すわけにもいかんからなあ」 そこが悩みどころだ。 「ま、そこは何とかします。最終作戦の予行演習だと思って頑張りますわ」 「そうだな、これを圧倒的な規模でやるのと等しいからな。まあ、本番は王政府が敵ではなく味方という点が異なるが」 「ですね。んじゃ、これで」 「任せた。健闘を祈る」 そして通話を終える。 「さて、国境監視部隊、パルスク駐屯部隊、ミテネ駐屯部隊、これらを叩けば問題はない。あとはアーハンブラ城の部隊がどう動くか」 そこは“博識”に任せるしかない。俺は俺に出来ることをやらねば。 「まったく、アルビオンを思い出すなあ」 『レコン・キスタ』の初期もこんな感じだった。色んな場所に兵を配置してゲリラ戦を展開しつつ敵の糧道を絶つ作戦を実行したのだ。 何せ初期は指揮官が無能なもんで、余計な死者を出さないためにはゲイルノート・ガスパール自身が動き回る必要があった。ホーキンス、ボーウッド、カナン、ボアローが使えれば随分楽だったろうが。 「ま、いつもの通りか」 俺の人生はこんな感じだ。むしろ簡単な任務の方が少ない。 全部あの糞青髭が原因なのだが。 「この任務が終わったら一度思いっきり文句を言ってやる」 俺はそれを心に誓うのだった。■■■ side:ルイズ ■■■ 「皆、作戦を説明するから集合して」 私は全員を呼び集める。 私達は現在アーハンブラ城の宿場町に来ている。 ハインツがタバサの幽閉場所がアーハンブラ城であることを突き止めた後、研修旅行の名目でここまで来た。 正式な手形と、リュティス魔法学院長の認可状、そして全員が学院の服で、サイトはシュヴァリエのマント、コルベール先生は教員の服を着てたことで一切怪しまれずにここまで来た。 そして全員が集合する。 「じゃあ、作戦を説明するわよ」 今回の作戦はハインツの方にも準備があり、そっちの準備が終わるまでは皆に作戦を説明しないことになっていた。 準備が終わらないうちに説明して、後で変更があった場合、混乱する危険があったからね。 「まず、アーハンブラ城にいる守備兵はおよそ300らしいけど、マリコルヌ、間違いない?」 『遠見』で城の監視を行ってきたマリコルヌに尋ねる。 「ああ、間違いない、大体二個中隊くらい。貴族の士官は10人くらいかな」 こいつの哨戒能力は確か、こういう下調べをやらせれば天下逸品ね。 「そしてエルフ、これが最大の問題よ、だからこれの排除が最大の勝利条件。これは私とサイトで当たる」 サイトが頷く。 「それで、他の皆には露払いを務めてもらうわ」 「ちょっと質問、思いっきりガリア軍に喧嘩売るのかね?」 ギーシュがそう訊いてくる。 「そうよ、夜襲をかけてアーハンブラ城を焼き打ちにするの」 「焼き打ちい!」 これはマリコルヌ。 「いい、ただタバサを奪還するだけじゃ駄目なのよ。アーハンブラ城から罪人を救いだした犯人がトリステインの学生ではいけないからね。だって、私達が研修旅行でアーハンブラ城のにやってきた直後にトリステイン魔法学院に留学しているタバサが奪還されたんじゃ、犯人が誰か宣言してるようなもんよ」 「確かにそうね」 これはキュルケ。 「そこで、これの出番となるわけだ」 そしてコルベール先生が衣装を広げていく。 「何ですかこれ?」 サイトが尋ねる。 「ハインツ君が率いている裏組織、『ルシフェル』の仕事用の衣装らしい。ほら、背中に砕かれた始祖像の絵があるだろう」 その衣装の背中にはそういった絵が描かれている。 「簡単に言えば、ブリミル教寺院専門の盗賊集団みたいね。どこにでも信徒から不当に税金を取る悪徳坊主ってのはいるから、そいつらを専門に狙う連中なのよ。それで、今回の襲撃はそいつらの仕業だってことにするの」 とはいえ、ハインツが率いている組織で、私達はハインツと協力しているんだからもう構成員になってるようなものだけど。 「つまり、俺達がこれを着て襲撃をかけて、その『ルシフェル』って組織の仕業にするんだな。だけどこれ、完全に迷彩服だな」 サイトが確認するように言う。 「完全に実用性重視で作ったらしいわ、これから小規模な戦争始める身としてはこういう服の方が動きやすいわ」 アルビオンでも私は普段着なんて着てなかった。サイトは元々動きやすい服だったけど、戦場で学院の制服を着る阿保はいないわ。 「だけど、いきなり王軍を襲うってのは怪しくない?」 これはモンモランシー。 「大丈夫、そのためにハインツは動いてる。実際にそいつらを動員して、アーハンブラ城周辺の街の駐屯所に襲撃をかける手筈になってるわ」 つまり私達は大襲撃計画の一部ということになる。 「それは、どこどこなの?」 キュルケが訊いてくる。 「ここに来る前に通ったパルスク、アーハンブラ城北に位置するミテネ、そしてアーハンブラ城の先にいる国境警備隊、この3つね。順番的にはこの3箇所を同時に襲撃して、アーハンブラ城の守備兵を出来る限り救援に向かわせる。そして本命である私達がタバサを奪還するのよ」 これが私とハインツで立てた作戦の概要。 オート=ルマン地方は砂漠の土地だから村というものが無く、オアシスとオアシスを結ぶように交易用の街が点在する。川沿いでも街が作れる程条件が良い土地は限られるから、その街さえ押さえれば他の地方から援軍が来ることも無い。 アーハンブラ城に続く街道は西と北の二つのみ。その両方の最寄りの街に襲撃をかけ、東にいる国境警備隊も叩くから余所から援軍が来ることはない。逆にアーハンブラ城から余所に援軍を出すことになる。 「なるほど、それで、そのくらいの兵がいなくなるんだい?」 今度はギーシュが訪ねてくる。 「多分半分くらいね、で、残りの半分は私達で叩く。私達も襲撃者なんだからそうじゃないと逆に怪しまれるわ」 「それならなんとかなりそうだね」 「で、実際の編成だけど。まずはモンモランシー、眠り薬は全部持ってきたわよね」 「もちろん、煙タイプ、粘着タイプ、飲用タイプ、全部持ってきてあるわ」 流石は“香水”のモンモランシーね。 「でもってギーシュ、トンネルは出来てるわね?」 「ああ、砂地だからいつもと勝手が違ったけどね、僕とヴェルダンデに掘れないトンネルはないよ」 流石は“穴掘り”ね。 「マリコルヌ、例の仕込みは出来てる?」 「当然。眠り煙用の噴き出し穴。ギーシュが掘った穴に例の薬を放り込めばあちこちから『眠りの雲』が噴き出すよ」 そして“空気穴”、この3人が連携するともの凄い効果を発揮する。一人ひとりは並のラインメイジに過ぎないけど、3人合わさればスクウェア以上の威力を発揮する。 「まずはその穴を使ってあちこちに『眠りの雲』を発生させてちょうだい、だけど屋外だから効果は完璧じゃない。そこで二段構え、モンモランシーの粘着タイプをマリコルヌが風で飛ばす。そしてギーシュ、あんたは潜入用のトンネルで兵舎に向かいなさい」 アーハンブラ城は石造りの城だけど、そこには木造の兵舎が連結して増築されてる。 「兵舎にかい?」 「ええ、周辺の街から援軍要請がきて半数がいなくなった状態なら残った警備兵も全員夜を徹しての警戒にあたるわ、だから逆に兵舎はもぬけの空になる。そこで内部から可能な限り『錬金』で可燃性の油を作ってばら撒いて、『着火』で火を付けなさい」 「了解」 「その後は空気が通りぬけるようにあちこちの壁に『錬金』で穴を開けて、石造りの城だからその辺はやりやすいはずよ。そして、モンモランシーも眠り薬が尽きたらギーシュを手伝って。マリコルヌは事前に作ってあった油を風でばら撒きなさい」 「わかったわ」 「任されたよ」 ここに到着してから2日、ギーシュ、モンモランシー、コルベール先生の3人は『錬金』で油を可能な限り作っていた。 メイジの精神力は休息をとれば回復するから、戦う前に時間をかけて準備すれば魔法を効率よく運用できる。 “魔銃”はその究極型といえるけど、今回は『ルシフェル』という設定だから使えない。盗賊団が技術開発局のアイテムを持ってるのはどう考えたっておかしいし。 「そして、コルベール先生。貴方はマリコルヌが散布した油に火を付けると共に、残った敵の無力化をお願いします。多分50人近くが残ると思いますが、出来ますか?」 「可能だ。この周辺の地形は熟知したし、ギーシュ君が掘ってくれたトンネルによる地の利もある。それに、私は元々夜襲を得意としているからね」 コルベール先生が普段よりも真剣な顔になっている。“炎蛇”の本領発揮といったところかしら。 「ここまでが露払い組。そしてキュルケ、あんたは城内にいる司令官ミスコール男爵とその副官達を片付けて。司令官がいなくなれば城外の部隊の指揮は混乱するからギーシュ達の仕事がやりやすくなる。それが終わった後コルベール先生の援護に回るか、私達の援護に回るかはあんたが判断して」 「任せなさい」 キュルケは『ルイズ隊』面子の中ではタバサに次いで状況判断が的確、事前に指示されたことは当然こなすし、臨機応変の対応が出来る。 だからこそ“移動砲台”なんだけど。 「後は私達の役割よサイト。エルフを突破して、タバサを助け出す」 「応よ!」 気合入ってるわねサイト。 「デルフリンガー、エルフの“反射”を突破するための魔法は『解除(ディスペル)』で間違いないのね?」 「おう、間違いねえぜ。だけどよう貴族の娘っ子、多分エルフは城中の精霊と契約してると思うぜ、それを解除するにはとんでもねえ精神力が必要になるぜ?」 確かにその疑念はもっともだけど、手は打ってある。 「平気よ、エルフの力は半減してるから」 「どういうことだ?」首を傾げるサイト。ま、そりゃわかんないわよね。 「いい、エルフに限らず先住種族の魔法の大半は土地の精霊の力を借りて行使するの。これはシルフィードにも確認したから間違いないわ。つまり土地に依存するから防衛には長けていても侵略には向かない。それが先住魔法の特徴よ」 「だけど今回は敵は防衛役なんじゃないのか?」 「確かにそうだけど、要は土地の環境を変えてやればいいのよ、敵はおそらくアーハンブラ城の全ての石に宿る「土の精霊」や、砂漠の強い風に宿る「風の精霊」と契約する。だけど城を焼き打ちにすればそこには「火の精霊」が荒れ狂う。つまり、自然のバランスが崩れるのよ」 自然の理を捻じ曲げるのが系統魔法。理に沿うのが先住魔法。当然効率は後者が圧倒的に上だけど、戦闘時には長所が短所になることもある。 「なるほど、つまり契約してた精霊とは違う精霊が多くなるから力が半減するってことか」 「まあ、それでも恐ろしい敵なのは間違いないわ。だけど、やりようはいくらでもあるもんよ」 そして最後の締めに入る。 「これが作戦内容よ、決行は深夜2時、敵は警戒態勢を続けてて気が緩み始めてる頃だろうから、そこを狙う。それまで仮眠をとっておきましょう」 後は決行するのみ。明日の朝までに勝負が決まる。■■■ side:ビダーシャル ■■■ 我は今もの凄く困惑している。 ジョゼフの命には“ネフテス”意に背かぬ限りは可能な限り従うことにはなっている。 しかし。あの少女、シャルロットの心を狂わせる薬を調合し、心を失わせよ。という命令の理由は何とも理解し難いものであった。 『なあに、お姫様救出作戦だ』 その一言だけだった。 意味が全くわからぬ。 とりあえず“守れ”と言われたのだが、期間の指定もなければ細かい指示は一切なかった。 しかし、“知恵持つ種族の大同盟”の会合もあるのでずっとここにいるわけにもいかない。 薬の調合が済めば一旦リュティスに戻ってその辺の確認をせねばならぬのだが、その間彼女等は無防備になる。 「やはり、ハインツを待つしかないか」 彼なら恐らくいずれ事情を知ってここに訪ねて来るだろう。 別に彼を攻撃せよと命令を受けているわけでもなし、“守り”さえすればいいのだからそれが私でなくとも問題はないはず。 それまで私は本を読みながら待つことにした。■■■ side:シャルロット ■■■ 私は今、母様に物語を読んでいる。 目が覚めた母様はとても穏やかで、一言も話さずただじっと話を聞いてくれている。 だけど、こっちが問えば頷きを返してくれるし、首を横に振ることもあるので意思がないわけではない。 杖は無いけど私は決して諦めない。 姉様もハインツもこの程度で諦めたりは決してしない。特にハインツなんか魔法が無くても何でもやりそうな気がする。 とはいえ、ビダーシャル以外の敵が誰か分からない状況では下手に動くのは危険。監視されている危険がある以上は状況の変化があるまでは動かない方が良い。 それに、母様に心配をかけたくはない。私が傍にいないととても不安そうな顔をしているのだ。 母様は“シャルロットを失うことを恐れる”という行動を増幅したような症状を持っていた。 けど、ここに人形は無い。どうやら私とビダーシャルとの魔法のぶつかり合いで粉々になった模様。 だけど私が傍にいると母様は落ち着いてくれる。今の私は“シャルロット”であれているのだろうか? だから私は出来ることが無い間は本を読み続けている。 鬼と人間の戦いは長く続き、数では遙かに人間が勝ってしましたが、個体の能力では圧倒的に鬼が上回り、人間達は繰り返される鬼の略奪に怯えていました。 そこで、ある計画が実行に移されることとなりました。それは優生学、優れた人間同士を掛け合わせ、鬼に対抗できる人間を作り出そうという試みでした。 しかし、所詮人間を強化したところでその力には限界があり、更なる力が必要でした。 そして見つけ出されたのが“宝樹”と呼ばれる木でした。 この木の樹液や果実には強力な毒が含まれており。通常、動物が食べると死に至る劇毒でした。 ですが、人間は研究の果てにこの果実の有効的な使用方法を発見しました。 それは、妊婦に希釈した樹液などを定期的に飲ませ、胎児に生まれながらにその毒への耐性を着けさせるという狂気の試みでありました。 その過程で何百、何千という人間が犠牲となりました。その毒は、人間の身体にとてつもない力を与えるが故にその力に耐えきれす死んでしまう毒だったのです。 ですが、その果てについに完成形が誕生しました。 生まれてから乳の代わりに樹液を飲み、その木の化身ともいえる存在となった一人の少年が誕生したのです。 その少年はその木の果実を食すことで爆発的な身体能力を発揮する異能を生まれながらに備えていました。 そしてその果実の形は桃に似ていたことから、人々は畏敬の念を込めてこう呼びました。 桃太郎、と。 …………………………………やっぱり、童話としては致命的な欠陥品だと思う。 ■■■ side:ハインツ ■■■ 「時間だ、作戦を開始する」 今は夜九時、このタイミングで襲撃を行えばアーハンブラ城に援軍要請が届くのはおよそ夜11時、それから兵を叩き起こして援軍を派遣するならこちらに到着するのはおよそ2時。 つまり、『ルイズ隊』がアーハンブラ城に襲撃をかける時となる。 俺が率いる部隊は暗黒街の奴らおよそ200人。 八輝星の連中を収集して、使える人員を集め、即席の軍隊を作った。 メイジの比重は少ないが今回の任務は陽動がメインなので問題はない。 俺の担当は国境警備隊。ここの奴ら襲撃しアーハンブラ城へ向かわせないことと、逆にアーハンブラ城から援軍を呼ぶようにすることだ。 「第一隊は北側の物資集積場を狙え。第二隊は南の水場を抑えて消火活動を阻害しろ。第三隊は広く展開して敵の動向を把握して逐一各部隊に報告。本隊は俺と共に敵主力を叩く。死者は出さず重傷に止めるよう注意しろ。その方が敵が治療に回るため有利になる」 要は、スナイパーがあえて敵を殺さず足を撃ち抜くのと同じ原理。仲間を救うため人員を割かざるを得なくなる。 「ランドローバル、上空で待機していてくれ」 ≪承知≫ 俺は感覚共有を用いて全体を俯瞰する。これなら各隊の状況を把握できる。 「作戦開始、いくぞ!」■■■ side:マルコ ■■■ 「時間です、各員攻撃準備」 僕の担当はアーハンブラ城の西にあるパルスクの街の駐屯部隊強襲。 率いるは『ベルゼバブ』、悪徳官吏や人買いなど非合法な商売をやる連中専門の盗賊団であり、一応北花壇騎士団の下部組織だけど八輝星の命に叛いた連中の粛清も担う組織だ。 僕とヨアヒムは暗黒街出身であり、暗黒街の戦いにも『影の騎士団』のお手伝いとして参加していた。 だから彼らの中には顔見知りもいるし、今や暗黒街の支配者であり“黒の王子”と呼ばれるハインツ様の補佐官であることは暗黒街の連中ならば大体知っている。 「この任務は“悪魔公”直下の大任。しくじることは許しませんし、万が一途中で逃げたりした者は“虫蔵の刑”を覚悟することです」 全員の顔に緊張が走る。 「我等は悪魔の尖兵です。例え相手が何であろうとも課せられた任務は遂行する。それが『ベルゼバブ』たる我等が在り方。光を歩く者達に闇の深さを思い知らせてあげましょう」 我等は闇、王国の暗部なり。 「ですが、今回の任務では殺人は禁止です。しかし恐怖を刻みこむことは許されている。我等の本領を発揮しようではありませんか」 そして僕等は出陣する。■■■ side:ヨアヒム ■■■ 「よーし、お前ら、準備はいいか!」 俺は配下の『ルシフェル』の連中に号礼をかける。 「今回の相手は腐った神官や狂った聖堂騎士団の連中じゃねえ、ガリアの保安部隊だ。これまでのように一方的はいかねえから油断すんなよ」 こいつらは普段それほど対等な敵と戦ってきたわけじゃねえ、しかし、全員が俺やマルコと同じように“穢れた血”やそれと同じような境遇のもので構成されている。 だからロマリアの糞を殺すことには容赦は一切なく、こうした戦場であっても一度殺すと決めたら躊躇はしない。その辺の感性は軍人に近いものがある。 故に統率力は抜群、それにずっと俺とマルコが率いて戦ってきたから連携にも問題はない。 俺の任務はアーハンブラ城北方のミテネの街の駐屯部隊強襲。 こっちは本命の連中の退路にもなるから最も統制がとれている俺の部隊が担当することになった。 もっとも、彼らは竜で帰るそうだが、備えあれば憂いなしだ。 マルコが率いるのは普段別に動いている『ベルゼバブ』、ハインツ様にいたっては急遽集めた即席部隊。 それに比べりゃ俺はよっぽどやりやすい。 「ま、緊張する必要はねえ。普段の訓練の成果を発揮すりゃ問題はない。いつも通りにさくっと片付けるぞ!」 全員の意思が統一される。 「さあ、出撃だ!」 神を滅ぼす軍勢が一翼、『ルシフェル』の出陣だ。■■■ side:才人 ■■■ アーハンブラ城焼き打ち作戦は実行に移された。 ハインツさん達の陽動は上手くいったみたいで敵の半分近くは11時頃に出動していった。 そして、2時にギーシュ、マリコルヌ、モンモランシー、コルベール先生の4人が残った兵に襲撃をしかけ。 俺、ルイズ、キュルケの3人はギーシュのトンネルを通って城内に侵入した。 「事前に捕らえて拷問した兵士の話によると、ミスコール男爵は二階、タバサは多分最上階かそれに近いフロアよ」 ルイズがそう言うが、聞き捨てならない言葉があった。 「おいルイズ、拷問ってなんだ」 「尋問の間違いだったわ」 平然と言うルイズ、一体何やったんだこいつ。 「簡単よ、宿場町の酒場の女性に乱暴をしようとした兵士がいたの。だからちょっと睾丸を切り落としてやっただけよ」 キュルケが答えた。 「ま、盛りがついた犬には当然の報いね」 こいつら怖え。 「さて、私は司令官の排除に向かうわ、シャルロットの救出は任せたわよ」 「ああ、キュルケも気をつけてくれよ」 「心配無用♪ 勝利の女神は負けないのよ」 いつものように微笑んでキュルケは二階に向かった。 「凄いな、よくまあいつも通りでいられるもんだ」 「あれがキュルケの特性の一つね、彼女は天才型だから」 生まれついて持ってる人、ってのはいるもんなんだな。 「私は努力型だけど、そこに優劣はないわ、逆に劣等感を持った時こそが敗北ね」 今のこいつが劣等感を持つところが想像できねえ。 「駆け抜けるわよサイト、私は『レビテーション』で行くからあんたも全速力で走っていいわ」 虚無の担い手は系統魔法が使えない代わりにコモン・マジックを得意とする。 だからルイズの『レビテーション』は『フライ』並みに速い。 「了解!」 そして俺達は最上階を目指す。■■■ side:ビダーシャル ■■■ 「侵入者か」 契約を交わした精霊が教えてくれる。敵意を持った者が近づいていると。 しかし、火が放たれたようで「火の精霊」が荒れ狂っており、我が契約した「土」と「風」は混乱している。 特に「風」の混乱がひどい、なだめるには時間がかかろう。 「やはり、ガラ殿にもう少し教えを請うべきであったか」 「火」の扱いに関してはリザードマンの方々は我等エルフの上をいった。 我々が「火」を従わせることしか出来ないのと異なり、彼らは完全に対話することを可能としており、自在に体内に宿している。 我々は破壊を好まぬので「火」の暴力的な力をやや嫌う傾向があることが「火の精霊」との対等な関係における対話を妨げる要因になるのだろう。 「我もまだまだだな、従わせるだけでは意味がない。“大いなる意思”はそのような力を決して認めはしないだろう」 しかし“守る”と約束したからには守らねばならぬ。 我は迎撃に向かうことにした。■■■ side:シャルロット ■■■ 「爆発?」 外から燃え盛る炎と怒号が聞こえてくる。 何者かがこのアーハンブラ城に襲撃をかけたのだ。 考えられるのは三つしかない、ハインツか、サイト達か、両方か。 あの男が張った罠に彼らはあえて足を踏み入れてきた。私ですら気付けるのにハインツやルイズが気付かない訳はない。 彼らに危険を冒させたことが申し訳ないけど、同時に納得も出来る。 もし私が彼らと同じ立場だったら絶対に同じ行動をとるに決まっている。『ルイズ隊』とはそういう人達の集まりなのだ。 きっとコルベール先生も来ている。彼が教え子の危機にじっとしているわけがない。 「結局、私達は皆似た者同士」 だから、私は彼らを信じて待つ。 そして今度は私が彼らの力になればいい、だって私達は親友なのだから。 「でも、サイトに来て欲しい」 どうしてもそれを願ってしまう。彼だけは親友としては見れないから。 「シャルロット?」 母様がそう呼びかける。私に対してじゃなくて、探すように。 「母様、シャルロットはここにいます」 私は窓際から母様の傍に戻る。彼らが来てくれることを信じて母様と一緒に待っていよう。 そして私は物語の続きを読み始める。 「なぜだ桃太郎! 俺の故郷、鬼が島の鬼は一度も人間を襲っていない、なぜ貴様は我が故郷を滅ぼした!」 彼はそう問いました。 「俺は鬼を殲滅するために作られた。だからだ。と、言ってやりたいところだがそんな理由ではない」 桃太郎は傲然と答えます。 「奪いたかったから奪った。殺したかったから殺した。それだけだ。他に理由などいるか?」 その答えに彼は怒りに震えました。 「ふざけるな! 貴様の欲望の為にどれほどの命が犠牲になったと思っている!」 しかしそれでも桃太郎は揺るぎません。 「何を今更、俺を生み出すためにすら何千もの人間を生贄としたのだ。その俺が今更何を惜しむ必要がある? 人間だろうが鬼だろうが俺にとっては変わらずゴミに過ぎん。あの畜生共は考えるまでもない」 その答えに彼はさらに怒ります。 「貴様、仲間を殺したのか!」 桃太郎は笑い出します。 「くくく、はーはっはっは! あんな畜生共が俺の仲間なわけがあるか、あんなものは使い捨てのゴミだ。そもそも俺に仲間など必要ない。全ては俺のものだ。俺だけのものだ。せっかく奪った財宝をなぜあんな屑にくれてやる必要がある?」 彼は最早桃太郎と会話を続ける気にはなれませんでした。 「殺す。貴様はあってはならない命だ」 そして彼は槍を構えます。 「殺せるものなら殺してみるがいい、鬼が島の生き残りよ」 桃太郎も刀を構えます。 そして、戦いが始まりました。 ………………………本当、なんでこんな本しかないんだろう?■■■ side:ルイズ ■■■ 私達とビダーシャルと名乗ったエルフは現在交戦中。 元々こうなるしかありえなかったから問題ない。 エルフを相手にするならば長期戦は避ける。そもそも“反射”を突破できる程の『解除』を唱えるなら無駄な消費は許されない。初撃で全てを決める。 そして、私が詠唱を続ける間、サイトは一人で戦い続けている。 「はあああああああああああああああ!!」 「石に潜む精霊の力よ。我は古き盟約に基づき命令する。礫となりて我に仇なす敵を討て」 次々に石の礫が散弾のような勢いで飛んでくる。メイジの魔法なら間違いなくスクウェアスペル。 しかし、サイトはそれを悉く切り落としていく。凄まじい速さ。とんでもない動体視力。 今の彼に敵う存在はこのビダーシャルのように限られた存在だけだろう。 まあ、心が死ぬほど震えてるのもあるんでしょうけど、何せ好きな女の子を助ける為に戦っているんだから。 だけど、ビダーシャルはその上を行く規格外。 “反射”を維持しながら周りの石壁が粘土の如く変形し巨大な石の拳を作り出す。 あれは、スクウェアメイジにも不可能。密度が比較にならない。 だけどサイトはそれをデルフリンガーで受け止める。 ぶつかる瞬間にサイトの全身をオーラが包み込んでいた。 あれがガンダールヴ、勇猛果敢な神の盾。 だけど、守るべきは私じゃなくてタバサの方ね。 「かはっ」 吹っ飛ばされたサイトが石壁に叩きつけられるけど、その瞬間私の詠唱は完了した。 「俺にその『解除』をかけろ!」 デルフリンガーが叫び、それに応じて私は『解除』をかける。 「相棒! 今だ!」 サイトが突進する。先程の衝撃のダメージをまるで感じさせない速度で。 私の『解除』がビダーシャルの“反射”を切り裂き消滅させていく。まるで精霊の力そのものを無に帰すかのように。 「これは“シャイターン”! 世界を汚した悪魔の力か!」 ビダーシャルが左手で右手を握りしめて飛びあがる。 「悪魔の末裔よ! 警告する! 決して“シャイターンの門”へは近づくな! その時は我等が全力で持ってお前達を打ち滅ぼすことになる!」 そして彼は去って行った。 「サイト、無事?」 「左手が折れてる。だが他は大したことねえ」 怪我に慣れたものね、一年前だったら大騒ぎしてたでしょうに。 「そっちはどうよ?」 「私は何ともないわ、ちょっと精神力は尽きかけてるけど」 ま、最強の敵は倒したわけだし。 しかし。 ドンッ! 「ぐっ!」 サイトが突如吹っ飛ばされた。 「サイト! くっ!」 気付けば私は敵の腕で抑えつけられて杖を奪われていた。 「やれやれ、まさかエルフを倒すとはねえ」 そこには長身だけど病的に痩せた男がいた。■■■ side:才人 ■■■ 今俺が吹っ飛ばされたのは『エア・ハンマー』だ。 かなり喰らったことがある魔法だからいい加減身体で覚えた。 「相棒、無事かい」 「ああ、何ともねえよ」 傷がついたわけじゃあねえ、左腕はもとから折れてるから変わんねえし。 「手前、何もんだ」 俺は胸糞悪い笑みを浮かべた野郎に問いかける。 「私ですか、貴方方の始末を命じられたものですよ、貴方方がここにくることは陛下が予想されてましたから」 ガリア王ジョゼフ。奴の手駒か。 「そして、動かないことですね、動けば貴方の主人の命は保証しませんよ」 向こうでルイズが別の男に羽がい絞めにされている。そしてその間にももう一人いやがる。 両方共杖を持ってるってことはメイジか。 「そう、おとなしくすることです。もっとも、そうしたところで運命は一つしかありませんが」 こいつは腐った野郎だな。目を見るだけでそう思う。 「実に身事な手際ではありましたよ。城兵を片付け、そしてあのエルフすら破るとは、流石は虚無の担い手、流石はガンダールヴ。ですが、一人倒した程度で気を抜くようではいけませんねえ、それでは北花壇騎士には到底敵いませんよ」 北花壇騎士! 「そう、私は北花壇騎士団フェンサー第十位、“凶風”のヴォラム、あの忌まわしい副団長の部下を務めるものであり、裏切り者の同僚といったところですか、ちなみに後の二人は私の部下の十五位と十八位です」 「忌まわしい副団長、だと?」 それってハインツさんのことだろ。 「そう、貴方方をここまで引き込んだのはあの男しかあり得ない。でなければトリステインの学生である貴方方がこれほど緻密な計画を立てられるわけがない。しかし、甘かった。陛下はそれを見こして私を派遣なされたのです」 つくづくむかつく笑い方をする野郎だな。 「そう、そしてこの任務を遂行すればあの男も反逆者として処分できる。そしてその功によって私が副団長となるのですよ。この日をどんなに待ったことか」 「手前、ハインツさんが怖いのか?」 この男の言葉を聞く限りそうとしか思えない。 「そう思わぬ者は北花壇騎士団にはおりませんよ、“闇の処刑人”、“悪魔公”、“死神”、“粛清”、“毒殺”、あらゆる負の称号で呼ばれる処刑人。彼の手にかかった団員は十人程度では利きません。あの者が副団長になって以降、北花壇騎士団は別物となってしまった。あんな若造一人によって!」 こいつはどうみても30は超えてる。ひょっとしたら40代かもしれない。 「陛下の信任が厚いことを利用し、さらには陛下の娘をも誑かし、地位を盤石なものとした。そしていずれはガリアの王になるつもりなのでしょうね。なにせイザベラ殿下と結婚すればそれは容易に可能になる。しかも彼自身が既に王位継承権第二位でもある。実に小賢しい限りでした」 なんつーか、こいつは小物だな。 「ですが、ついに尻尾を出した。王家に逆らった反逆者を庇ったのですからもう言い逃れは出来ません。そして私が貴方方を仕留めればもう奴に手駒は無い。チェックメイトですよ」 俺はほとんど何も言ってないのに自分で勝手にしゃべってやがる。うん、どことなくワルドに似てるかも。 ルイズの方を見ると、準備してる。こりゃまずいな。 「陛下は直接私にお命じになられた。担い手とガンダールヴを始末せよと。副団長を介さずに! これはつまりあの者は既に反逆者ということです。貴方方はどっちにせよもう助かる道はないのですよ、ガリアを敵に回したのですから」 その瞬間、『炎球』が飛んできた。 ルイズを捕らえていた男は直撃を受けて消し炭になる。 身構えていたルイズはその瞬間にその男を盾にして爆風から逃れる。 だが、俺は逃げる。既にもうルイズが発動体制に入っているからだ。 「『爆発(エクスプロージョン)』!!」 そして、残りの二人も吹っ飛んだ。■■■ side:ルイズ ■■■ 「サイト! タバサを探しなさい! さっきの奴はユビキタスよ!」 恐らく奴は風のスクウェア、魔法学院のギトーと同じ才能の無駄。 「分かった!」 サイトは直ぐに上階を目指す。やっぱ最後は騎士様がお姫様を迎えにいかないとね。 「ルイズ、無事?」 反対側からはキュルケが来る。いいタイミングだったわ。 「大丈夫よ、ところで、そっちの首尾は?」 「あいつらは全員髪を燃やしてハゲにしておいたし、杖も燃やしておいたわよ」 「そう、それなら問題ないわね」 私は落ちてた自分の杖を拾い上げる。 「ねえ貴女、さっき、例の杖使ったのね」 「ええ、その為にわざわざ髪を束ねたんだもの」 私は今回の作戦の為に敢えて髪を束ねておいた。そしてそこに小型の予備杖を仕込んでおいたのだ。 「北花壇騎士の割には三流だったわね、本当にフェンサーなのかしら?」 確かに、タバサやハインツに比べたら格下どころじゃなかったわね。 「ま、これに聞いてみましょう」 私は転がってた残りの男を蹴り飛ばす。 「ぐぼっ」 「これからいくつか質問するわ、正直に答えなさい。さもないと二つ目の焼死体が出来上がるわよ」 私はさっきキュルケが燃やした男の死体を指しながら言う。 必死に首を上下させる男。情けないわね。 「貴方方は北花壇騎士団のフェンサー、これは間違いない?」 「あ、ああ」 ふむ、そこは間違いないのね。 「次、貴方方に命令を下したのは誰?」 「そ、それは陛下の勅命だと聞いている。少なくとも十位殿はそう言っていた」 なるほど、ただの木偶の坊なのね。だけど、あのハインツがこんなのをフェンサーにするかしら? 「で、さっきの男が言っていた内容は全部本当?」 「た、多分、俺が知る限りでは間違いない」 つまり、ガリア王がハインツを通さず直接こいつらを派遣したのは間違いない。 ハインツ直属の部下は皆優秀でしょうから、こんなのしか残ってなかった。てことかしら? だけど、それなら正規の花壇騎士を動員すればいいはず、いくら密命に近いとしても動員出来ないわけじゃない。 つまりこれは。 「最後の質問、私達をどうするように命令されていたの?」 「に、担い手とガンダールヴを殺せと」 ただの遊びってわけね、だってこんなゴミにそんな重要事項を教えるわけがない。 「『爆発』」 私はその男の首を吹き飛ばす。 「あらあら、酷いわね」 キュルケが肩を竦めるけど、分かっててやってるわね。 「慈悲深いと言って欲しいわね。秘密を知ったこいつをガリア王が生かしておくわけがない、つーか完全に棄て駒のつもりで投入したんでしょうね」 要は、死んでも構わない連中でちょっとした遊びを思い付いたってことね。 「ま、そんなとこでしょうね。私はモンモランシーを呼んでくるわ、サイト、怪我してたでしょ」 「任せるわ、私は一応サイトを追うわね」 そして私達は再び別れる。■■■ side:才人 ■■■ 「相棒、分かるか?」 「ああ、わざわざご丁寧なこった」 俺とデルフは最上階にたどり着いたが、奴の本体がどこにいるかを探るまでもなかった。 何しろわざわざ足跡がついてる。どう考えてもわざとだなこりゃ。 「敵は間違いなく青い娘っ子を人質にする気だねえ」 「それしか能がねえんだろうな」 あいつはゴミだ。多分、ガリア王もそのつもりで寄越したんだろう。 「相棒、集中しろ、そうすりゃなんとかなる。今の相棒なら絶対いける」 デルフの言葉が頼もしい。こいつはガンダールヴの心の震えが分かるらしい。 「そんぐらいいけてるか?」 「応よ、だって相棒、折れてる腕の痛みを感じてねえだろ」 そういや左腕折れてたんだったな。 「そういやそうだ」 「だろ、今の相棒は7万に突っ込んだ時に匹敵するぜ」 そして俺達はあるドアの前にたどり着く。 「行くぜ!」 「突撃!」 二人で叫んでドアを蹴破る。 そこには、さっきのルイズと同じように抱えられるシャルロットと、あの糞野郎がいた。 「動くな、ガン」 俺はその瞬間思いっきりデルフを投げた。 デルフは奴の右腕を切り裂き壁に突き刺さる。 「がっ!」 「俺の女に触るんじゃねえ!!」 思いっきり加速をつけて渾身の右ストレートを叩き込む! 糞野郎は窓を突き破って落ちて行った。 「シャルロット!」 「サイト!」■■■ side:ハインツ ■■■ 俺は今歴史的瞬間を記録している。 というのも“不可視のマント”を着けてアーハンブラ城の壁に張り付き、シャルロットがいる部屋をシェフィールド作成のマジックアイテム“ビデオカメラ”(命名俺)で撮影しているからである。 これはウェールズ王子がヒゲ子爵にやられた時に使用したものの発展版で、映像と共に音声も残せる優れもの。 しかしコストが相変わらず高く、5分で1000エキューはする。 前回の3分で1万エキューに比べれば安いのだが、それでも1000エキュー(1000万円)は高い。 しかし、これはイザベラ最大の希望なので叶えてやりたいことである。 シャルロットの初恋成就の瞬間を一番願ってたのはあいつだからな。 「お、抱きしめた。やるね才人」 多分つり橋効果もここでは発揮されているのかな? ちなみに部隊の指揮は俺の遍在(ユビキタス)がやっている。今回の作戦では同時に複数の事柄を実行する必要があったので、“ピュトン”を使用しクラスを長期間上げておいた。 また寿命が削られることになるがそこは気にしない。『デミウルゴス』に削られる分よりは少ないはずだ。 また、“影”も置いてきたので戦力的には十分。マルコとヨアヒムもこれに賛同してくれた。 「お、キスした。しかも母親の前で」 才人にとってはファーストキスじゃないが、シャルロットにとってはそうだろう。 その後しばらく完全に二人の空間を形成していたが、ルイズの到着によって離れる二人。 俺も撮影はここで切り上げ、ランドローバルを呼び寄せることにする。 あくまで彼らは襲撃に偶然居合わせ、偶然同級生を発見し保護したことになる。だってトリステインの学生である彼らがガリアの内情を知るわけがないのだから。 そして、シルフィードとランドローバルに分かれて乗り、9人は北方に向かう。目指すはゲルマニアのフォン・ツェルプストー。 そこで一旦休んだ後、魔法学院に帰還する計画である。 そして、俺には最後の後始末がある。 這いつくばっている者を見下しながら俺は淡々と告げる。 「やれやれ、随分と無様な姿だな、第十位」 そこにいるのは右腕を失い、全身に打撲を負いながらもなお生きている第十位。 「ふ、副団長!」 驚愕の声を上げる。 「“闇の処刑人”たる俺が来た以上用件は一つしかない、分かるな?」 「わ、私は、裏切ってなどおりません!」 必死だな。 「ふむ、まあそうだろうな。しかしだ。これは陛下の命なのだよ」 「!?」 驚愕する。 「以前といっても割と最近なのだが、陛下に問われたことがあってな。北花壇騎士団フェンサーの中で棄て駒に丁度いい者はいないかと」 よく考えればその時点で陛下が何か企んでることを見抜くべきだったな。 「そして俺はお前の名を挙げた。何せ、お前はそのための存在だったからな」 「あ、あああ」 思い当たる節でもあったか。 「どんな組織でもいつかは腐る。それは避けられん。ならばその治療をどうするか? どれだけ効率よく治療するか? そこが問題なのだが、一番効率が良いのは“腐った林檎”をあえて残して置くことだ。するとな、“腐るかもしれない林檎”を腐敗させてくれる。あとは丸ごと刈りとればいい」 今回こいつが動員した二人がそう、十二位~六位は部下を率いて任務を行う班長としての権限がある。 そうして俺の“影”は増えていったのだ。 キュルケが燃やしてしまった奴と、ルイズが吹き飛ばした奴は回収不可能となったが。確かに、ルイズの処置は慈悲深い。死後まで働かされることはなくなったのだから。 その点こいつは運が悪い、生きぎたないというのも時には考えものだ。 「安心しろ、スクウェアメイジの才能はそのまま利用される。死にはするがこれからも北花壇騎士団に仕えることができるのだ。光栄だろう」 闇の技術の結晶の一つ、ホムンクルス。 要は『アンドバリの指輪』と同じだが、特徴は時間制限や水の結晶のすり減りがないことか。 「タ、タスケ」 「『毒錬金』」 体に出来る限り損傷を与えず、眠るように殺すのがベスト。これなら加工しやすくなる。 「さて、任務は完了。残りは九大卿と打ち合わせての後始末か」 フェンサー統括としての仕事は終わったが、まだまだ他にも仕事がある。 「まったく、陛下は人使いが荒い」俺は移動用のワイバーンを呼び寄せながらマルコとヨアヒムと連絡を取るため“デンワ”を起動し、今後の打ち合わせを開始した。