トリステインの担い手はミョズニト二ルンの襲撃を退け、無事ガンダールヴとの再会とアルビオンの担い手との邂逅を果たした。 虚無と、エルフと、そしてブリミル教。 それらがどういう関係にあるか、“博識”ならばそれを洞察するのは容易だろう。 そして俺もまた世界を破壊する計画のために活動を続けている。第三十話 シュヴァリエ叙勲■■■ side:ハインツ ■■■ 「お久しぶりですビダーシャルさん、到着を心待ちにしてましたよ」 俺は今“知恵持つ種族の大同盟”の会議場にもなっている技術開発局の大ホールにいる。 巨人族の方達も入れるように地下何階分も掘り、巨大な空間を確保している。 ここの隣では“ガルガンチュア”や“ヨルムンガント”の実験を行っていたりもする。 「それは我も同じだ。再会に感謝を」 そしてしばし祈りを捧げるビダーシャルさん。この人もう千年以上は生きてるらしい。 なにしろ“ネフテス”の“老”評議会の議員なのだ。しかしテュリューク統領はそれ以上だという。 「ところでビダーシャルさん、エルフと人間の混血を見たことはありますか?」 これは結構重要なことだ。 6000年の闇の中では、強制的にエルフの女性に人間の子を産ませたことも幾度かあったが、その寿命は人間と同じものであったという。 普通に考えればエルフと人間の中間くらいの寿命になりそうなものだが、どうも先住種族の寿命を比較すると、精霊の力の扱いに長けている種族ほど長生きみたいだ。 オーク鬼、トロール鬼、ミノタウルスは人間より寿命が短い、竜は長いがこれは竜が体内に強力な精霊の力を秘めてるからだろう。 「我が知る限りでは三度ほどか、もっとも、ハルケギニア人との混血は見たことが無いな。“エンリス”へ使者として出向いた際に、東方の民との間に出来た混血の子が幾人かいた」 最初は俺達のことを“蛮人”と呼んでたビダーシャルさんだけど、最近では“ハルケギニア人”と呼ぶようになってる。 これも交流の成果と言えるのだろう。 「なるほど、その子達の寿命がどれほどであったかはわかりますか?」 「我々純粋なエルフほどではないが、200年以上は生きたそうだ」 む、長生き。ということは。 「その混血の人間の親は東方(ロバ・アル・カリイエ)の西部に住み、火の精霊を信仰している“炎の民”ですか?」 「うむ、それと“風の民”との混血もいたか。彼の種族も精霊と友であり。精霊の声を聞くことが可能だった。一度見せてもらったが火の精霊に関してならば大抵のエルフよりも対話が上手かったな」 エルフは基本的に「火」をそれほど好まない。“炎の民”はシェフィールドの話によればハルケギニアのリザードマンに近い存在らしい。 遙か昔に火の精霊の恩恵を受けた爬虫類がリザードマン。哺乳類が“炎の民”となったという。 エルフを含めてみんな二足歩行になったのにも何か関連性があるのかもしれない。 “風の民”も同じく、ハルケギニアとエルフの“サハラ”の中間の砂漠に住む『フリーゼン族』も似た性質を持つ。 要は系統魔法を使うハルケギニアはこの世界に置いて独自の文化圏を形成しているといってよい。そういう意味では始祖ブリミルは確かに偉業を成した大人物であるといえる。 おそらくだが、彼自身は人々の為に生きた偉大な研究者だったのだろう。しかし、その後に続いた者達はその恩恵を自分達が特権階級に君臨するために利用し、ロマリア宗教庁をも造り上げた。 一番怪しいのはブリミルの弟子あったというフォルサテという男。デルフリンガーの話によればいけ好かない野郎だったということだ。 彼が自らの権力を得るためにあえてブリミルに近づき、ブリミルの死後墓守としてロマリアを建国した可能性が高い。 なぜなら普通に考えれば始祖の墓守は長男のガリア王か、そうでなくとも次男のアルビオン王か三男のトリステイン王が担うべき、先祖代々の墓を造るならば必ずそこに始祖の廟が必要になるのだから。 だが墓守はブリミルの娘の夫になったというフォルサテだった。そこにこの腐った世界が形成された最大の原因があるのだと考えられる。 始祖ブリミルの聖地を奪還せよという言葉にも怪しい点がある。なぜなら虚無を受け継いだフォルサテならば、始祖の秘宝に込められた遺言を変えることすら可能であった可能性がある。 もっとも、真実は既に歴史の闇の中で、今となってはどうでもいい話。ロマリア宗教庁は俺達の手で破壊されるのだから。 「なるほど、では、ハルケギニア人との混血ならば精霊の力を使えない可能性が高いわけですが。もしそういう存在がいたとすれば、“ネフテス”は歓迎してくれますかね」 「ふむ、おそらく大丈夫だろう。その者がシャイターンを信奉する狂信者だというのなら、不可能どころか向こうからこちらに牙をむくだろうが、我々エルフは意味も無く迫害はしない。それは“大いなる意思”に反することだ」 ケンタウルスのフォルンさんも同じことを言っていたな、先住種族は基本的に他の種族を排斥しようとする傾向が薄い。 自分達の種族の安全と誇りを守ることを第一とはするが、そのために他者を排斥するという方向には向かわないそうだ。外敵がいなければ仲間同士で纏まることすらできない人間とは大違いである。 「なるほど、安心しました。実はその混血の子がいるんですよ。もっとも、母は“エンリス”の方だそうですが」 “ネフテス”は6000年間ハルケギニアと対立してきたが、“エンリス”はそうではない。だからモード大公は聖地を始祖ブリミルから奪った異端者を妾にしたわけではないのだ。 もっとも、ハルケギニア人にとっては“ネフテス”も“エンリス”も一くくりなのだが。 「なるほど、それは興味があるな。我もぜひ会ってみたいものだ」 興味を持ってくれた様子。 「ええ、今はまだ動けそうにないですけど、そのうち連れて来ようと思ってるので会ってやって下さい。それから、彼女の母の故郷である“エンリス”の方々との交渉もお願いしたいんですけど」 ビダーシャルさんは“ネフテス”の外交担当だ。だから“エンリス”とは最も関係が深い。 「よかろう、より多くの種族が手を取り合えるならそれに越したことはないからな。それにしても皮肉なものだ。我々が“蛮人”と呼んで蔑んでいたお前達が、精霊と友である全種族をまとめた大同盟を作り上げたのだから。それも精霊の声を聞けぬお前がだ」 ビダーシャルさんは苦笑いをしながら言う。確かに予想もしなかったことではあったのだろう。 「お前が唱えた“人間最低説”は傾聴に値したぞ。よもや人間は最悪のゴミで自分達だけじゃ延々と殺し合いを続けるあげく、自然を悉く喰い潰し、この世界そのものを破壊しかねないどうしようもない種族だ。と言い張る者がいるとは夢にも思わなかったぞ」 あれは俺の本心なのだが。個人レベルはともかく種族として見ると人間とはそういう生き物だ。国家単位になるとしょうもない考え方しか出来なくなるし。 まあ、俺や陛下みたいのを生み出す種族なんだし。 「だから今のうちに皆で連合して人間の暴走を抑えましょう。というのが“知恵持つ種族の大同盟”が発足された理由だったな。その議長が人間のお前なのだから、とんでもない話だな」 「でも、エルフの協力は必要不可欠ですよ。東方の民の大半も元々ハルケギニア人と同じだったそうですから、それらを抑えるのはどうしても“ネフテス”と“エンリス”の力が必要です」 “炎の民”や“風の民”やハルケギニアにも少数いる精霊信仰の種族は、見た目は似てるが基礎から違う種族なのだ。精霊の力が有るのと無いのとは大きな隔たりで、それ故にオーク鬼やトロール鬼は彼ら先住種族とは微妙に異なる。 つまり、俺達はオーク鬼と同類。精霊信仰の民はエルフと同類ということ。どっちがまともな種族かは考えるまでもない。 「うむ、その先駆けとして我等はここにきたのだからな。“ネフテス”より派遣されし精霊講師15名、ガリアへの協力を約束しよう」 「ありがとうございます」 俺は深くお辞儀する。 「我等にとってもこれは偉大な前進なのだ。それに、ここに来たいと志願する者も多かった。翼人、水中人、リザードマン、コボルト、土小人、レプラコーン、ホビット、妖精、ケンタウロス、獣人(ライカン)、巨人(ジャイアント)と、それに吸血鬼もいるのだったか。他の種族と交流できる機会など滅多にないからな」 確かに、サハラに住むエルフには機会が少ないだろう。 ちなみに妖精というのは羽を持つ小人の総称であり物語上のものとは異なる。土小人、レプラコーン、ホビットは「土」の恩恵を受ける種族だが、空を飛ぶ小人は「風」の恩恵を受ける。しかし結構多様で多数派の種族がいないのでひと纏めにした。 つまり、「風」は翼人と妖精。「火」はリザードマン。「水」は水中人。「土」はコボルト、土小人、レプラコーン、ホビット。土が多いのはガリアが「土の国」故だ。 そしてケンタウルス、獣人(ライカン)、巨人(ジャイアント)は精霊の力を身体能力に発揮していて、その力は竜に近い。 身体能力では人間と同等かそれ以下なのが前者、人間を圧倒的に上回るのが後者。しかし後者も精霊の声を聞けないわけではない。 巨人族の上位者には火を操る者や、風を操る者もいる。さながら『エンシェント・ジャイアント』といったところか。 ケンタウルスや獣人も同様で。フォルンさんは森の木を自在に操ったり、風を吹かせることができる。 吸血鬼は「水」の前者に含まれる。そう考えるとやはり「火」は珍しい。ガラさんの協力に感謝である。 「エルフが精霊の力の使い手としては最上位ですけど、それでも興味はあるものなんですね」 「当然だ。要はいかにして精霊と対話していくかということだからな。そこに本来優劣はない、友情の多寡は競うものではないだろう」 なるほど、人間の系統魔法と違って精霊魔法はそういう考え方になるのか。 「特に我々は「火」の精霊との対話をやや苦手としている。「火」と仲が良い種族の話から対話のこつを学べるやもしれん」 とはいえこの人は高位の使い手で「火石」の精製も可能だったはず。だけど、それとこれとは話が別なんだろう。どんなに強力な力を持っていても強制的に精霊を従えるのなら、それは誇れることじゃないみたいだし。 「そうですか、ま、皆仲良くやりましょう」 「うむ、それが良い」 そして技術開発局のメンバーは揃った。 将来的には“エンリス”のエルフや東方の民も招きたいが、それはもうちょっと先の話だろう。■■■ side:ルイズ ■■■ 「それでマチルダ、もうすぐ新学期が始まるけど、ティファニアの入学は間に合いそうなの?」 私は今ウェストウッド村でマチルダと話してる。 サイトは外で年長組の相手、ティファニアは年少組の相手をしている。 ここに来たのは一週間くらい前、私もしばらく休みたかったから、ここはいい安らぎ空間だわ。 何せ一か月間罰として、公爵家の三女として社交界に引っ張り出された。戦勝記念とやらで結構な数のパーティーがあちこちで開かれたのだ。 確かガリアに多額の借金があるはずなんだけど、その辺大丈夫なのかしら? 「うーん、入学には間に合いそうも無いね。というのもあの学院は貴族の学び舎だから入るには相応の地位がいる。だからティファニア・オブ・サウスゴータとしてウェールズが今その処理に当たってるんだけど、正式な手続きを踏んでるから時間がかかるんだよ」 「サウスゴータね、ていうことは貴方達がシティオブサウスゴータの太守ってこと?」 「一応名前だけはそうなるね。とはいえ街は議会が治めてるし、それ以前に今はガリアの領土だからね」 そういえばそうだったわね。 「てことは貴方達はガリアの貴族ってことになるのね」 「そうなるわ。一旦アルビオンの貴族になって、その後ガリアの貴族になるってことだから時間がかかるわけだね。ハインツがいなかったらもっとかかってただろうさ」 確かに、ガリアにはハインツがいるからそっちの心配はなさそうね。 「それにしても複雑な立場なのね、アルビオン王ウェールズの従兄妹であるあの子が、ガリアの貴族としてトリステイン魔法学院に通うわけでしょ。何かあったら国際問題どころか戦争になりかねないわ」 そこに“虚無”と“エルフの血”という二つの秘密が加わるんだから。 「本当にね、なんであの子は学院に通うだけでこんなに苦労しなくちゃいけないんだろうね」 「別に学院に通う必要はないんじゃない?」 あそこがそれほどいいところとはあんまし思えないし。 私にとって良い仲間は多いけど、教師陣が良くない。コルベール先生くらいかしらね、優秀なのは。 トリステインの人材不足はそういうところにも吹き出ている。 「でも、一度は見せておきたいのよ、貴族ってものをね。その上であの子がどう生きるかは自分で考えればいい。もっとも、テファが貴族として生きられるとは思えないけどね」 なるほど、確かにティファニアは貴族とは無縁では生きられない。貴族がどういうものかを学ぶには確かに最適の場所ではあるわ。 「だけどもう少し時間がかかるのよね、私達は新学期が始まるまでに戻るけど。マチルダはどうするの?」 「私も秘書としての仕事があるから戻るよ。こっちは問題ない、引越しの準備を始めるために応援が来てくれることになってるから」 子供達は一旦トリスタニアの修道院に預けられる。かと思いきやハインツが引き取ることになった。 「ヴァランスの人間かしら?」 ハインツ・ギュスター・ヴァランス。 ガリア最大の貴族であり、ヴァランス領の総督。言ってみればトリステインのクルデンホルフ大公国とは真逆なところ。 クルデンホルフ大公国は建前独立国だけど、結局軍事及び外交は他の封建貴族と同じようにトリステイン王家に依存している。いわば建前上の独立。 逆にヴァランス領は建前上ガリアの王領で、ヴァランス公は王国の土地を預かっていることになっているけど。領地の多くは鉱山地帯で大量の鉱物資源を抱え、大量の私兵も持っている。 つまり経済的に一切ガリア王政府に依存していないから、実質的な独立国でもある。総督が王位継承権第二位である以上、王家直轄領の側面も持つから、王であってもヴァランス領の統治にはあまり口を出せない。 そんな実は大人物なハインツなら、ここの子供達を引き取るくらいまさに造作も無い。何せ財力ではトリステイン王家を上回るし、トリステイン王家はヴァランス家にも多額の借金をしてる。ガリア王政府に申し込んだ借金の一部はガリア一の金持ち貴族が負担したのだ。 「いえ、ホビットの人達よ、ハインツの友人に頼んだって言ってたけど」 「また凄い友人ね」 予想外な人材を持ってくるわね。 「ヴァランス領にはホビットや土小人やレプラコーンの村が普通にあるどころか、コボルトの村まであるそうよ。一体どういう統治をしてるのかしらね?」 ヴァランス領の人口は確か27.1万人。私のヴァリエール家とは比較にならない。 トリステイン最大の封建貴族とはいっても、ガリア最大の貴族とじゃ天と地の差。トリステインとガリアの国力差がそのまま反映されてる。 ガリアの人口は1500万だったから、2%近い民はハインツの領民ということになる。 封建貴族じゃないから領民という表現はおかしいけど、めんどいからそれでいい。 「それは多分考えないほうが良さそうよ、つーかよくそんな立場にある奴が北花壇騎士団の副団長とかやってるわね」 まあ、タバサにも言えることだけど、あの子のオルレアン家は既に没落してる。 だけどヴァランス家は違う。諸国会議の場で堂々と発言できる男なのだあいつは。 「まあね、しかもこのウェストウッド村で子供達の相手したりもしてるんだから、なに考えて生きてるのかしら?」 それは多分一生かかっても解けない最大の命題でしょうね。 あいつはとにかく謎が多い、立場が分かれば分かるほど、逆に訳分かんなくなるという稀有な奴だ。 最初に会ったときはタバサの保護者くらいの認識でしかなかったけど、長く付き合うにつれてあいつの立場が分かるほど、何者なのかよく分かんなくなった。 私達に接触したことに何らかの意図があるとは思うんだけど、あいつのことだから特に何の考えもないのかもしれない。 少なくとも、ここの子達の為にやってることはただハインツがしたいからやってるだけでしょうし。 「ま、そこは考えても仕方がないわ。マチルダだってあいつがやってることを全部知ってるわけじゃないんでしょ?」 「まあね。逆に私が知らなくてあんたが知ってることもあるだろうさ、だけど突き合わせて考えない方がいいね。絶対余計混乱するだけだろうから」 「確かに、言えてるわ」 あいつのことを探ったところで意味はない。ハインツはハインツでしかないのだから。 あいつを一般的に考えること自体がそもそもの間違いなのよ。 「けどま、いつ頃出発するんだい?」 「三日後くらいかしら、姫様がロサイスに迎えをよこしてくれるって言ってたから」 まあ、もし途中で襲われたら応戦するにも軍船のほうが便利だし。 「あんたらも出世したんだねえ」 「極秘扱いではあるけどね」 一応私達の存在は極秘ということになっている。 半ば公然の秘密だけど、それを隠れ蓑に最も重要な事実を隠す。これが狙い。 私も変わったけど姫様も同じくらい変わったと思うわ。 「虚無の担い手はどこもそんな感じだね」 そうして私の休暇は過ぎていった。■■■ side:イザベラ ■■■ 「報告御苦労さまクロムウェル、仕事はなれたかしら?」 私は現在本部でビアンシォッティ内務卿の次席補佐官から報告を受けている。 私は一応“プチ・トロワ”で遊び呆けてることになっているので、九大卿からの報告をそこに持ってくるわけにもいかない。 だけど私が宰相として活動していることを知る人間は王政府のなかでもごく限られてるから、九大卿とその補佐官達くらいなのよね。 「宰相殿、今の私はクロムウェルじゃありません、クロスビルですよ」 そう言えばそうだった。だけどほとんど変わってないわよそれ。 「ごめんなさいね、いっつもハインツと話す時に“クロムウェル”って言ってたからまだ癖が抜けきってないようだわ。それとも、あいつみたいに“クロさん”って呼んだ方がいいかしら?」 「ははは、それは少々遠慮ねがいたいですな、その呼び方はハインツ君だけで十分ですよ」 ”ハインツ君”か、あいつをそう呼ぶ人も珍しいわね。 「まあそれはともかく、はい、仕事の方も大体慣れてきました。しかし、ガリアの制度はもの凄く発達してますな。アルビオンとは比較になりません」 「ま、人口の違いや国土の大きさの違いも大きいかね。とはいえあの悪魔の考えた制度だから、穴はないようよ」 これを考えたのはハインツではなくあの青髭のほう。 ハインツが得意とするのは暗殺と粛清、そして適切な人材を見つけて的確に配置すること。 つまり制度は青髭が考えて、ハインツが人材を確保する。そして私と九大卿で運営する。 国家の運営を行う面子として、これ以上はありえない布陣ね。 そしてハインツが見つけてきた優秀な人材の一人がこの男性。 「確かに、あの御方が考えたのなら穴はないでしょうね。ですが、いくら制度が完璧でも実際にそれを運営するのはまた別物でしょう。そこはやはり宰相殿の手腕のおかげだと思いますよ」 「だけど、そのためには貴方みたいな人材が必要なのよ。貴方の記憶力は他に例を見ないし、しかもそれを自在に引き出して机仕事に応用できてる」 書類整理や事務的な手続きをやらせたら、こいつの右に出る者はいない。まさに内政型。 「そうおだてないでください。ですが、任された仕事はこなして見せますよ。そうしないと申し訳ありませんからな」 有能なくせに腰が低いのよね、もうちょっと覇気があってもいいと思うんだけど。 「ま、頑張ってね。最終作戦にはとんでもない仕事量が回ってくると思うから」 「はい、覚悟しておきます。ところで、話は変わるのですが、近頃公衆浴場が公開されましたな」 「ええ、国土卿と内務卿が協力して当たってたわね」 これまで平民が入れる浴場というものは存在せず、焼いた石が詰められた暖炉の隣に腰掛け、それに水をかけて蒸気を発し、汗を流し、十分に体が温まったら外に出て水を浴びて汗を流すものだった。 ちゃんと浴場があってお湯を張り、体を伸ばせるのは貴族の屋敷くらいにしかなく、平民が入れるものではなかった。 だけど、平民でも入れる公衆浴場を王政府が整備し、しっかりと管理をすれば平民達も風呂に入れるようになる。 料金はまだ20スゥ(2000円)もするから平民が入るにはちょっと高いけど、1週間か2週間に一度は問題なくいける。 一週間程前にリュティスで最初の公衆浴場が30箇所同時にスタートし、他の都市でも順次スタートしていく予定。 最終的には人口1000人の街程度ならどこにでもあるくらいに普及させるのを目標にしている。 客入りは良好どころか大人気。リュティスではまだ数十の浴場が建設されてるのでそっちに急遽人員を派遣し工事を急がせている。 「はい、民の評判もよろしいようで。宰相殿も視察に行かれてはどうかと、内務卿がおっしゃってました」 「ていうことは内務卿も行ったのね」 あれで以外に行動力あるからねあの人。 「はい、公開初日に行ったそうですが、人ばかりで浴場がとんでもないことになっていたそうです。それ以来、一度に入る人数を制限する方針となったそうですが」 ありゃ、ちょっと予想が甘かったわ。 「てことは私が行っても入れないんじゃない?」 「いえいえ、流石は内務卿、ちゃんと手を打っておりました」 そうして紙を取り出すクロムウェル、もといクロスビル。 「整理券?」 「はい、ある程度の数が揃うまでは前日に券を購入し、決められた時間内で入ることとなりました。浴場の数が増えればそういったことをしなくて済むようになると思いますが」 確かに、建設が済むまではそうするしかないわね。 「分かったわ、えーと、明後日の午後2時ね。どんな状況かはしっかり見ておくから、4日後の円卓会議には必ず出席するよう、内務卿に伝えておきなさい」 「了解しました」 そして退出するクロスビル。 うん、本当に拾いもんだったわねあいつ。仕事にそつがないわ。 で、今私はその浴場にいるわけなんだけど。 ちなみに『フェイス・チェンジ』が付与されたネックレスは着けてない。風呂場で着けるのも変だし。 だけど。 「・・・・・・・・姉様?」 今目の前にシャルロットがいたりする。 こんなことを仕込む野郎はこのガリアに二人しかいない。あの“二柱の悪魔”に決まってる。 そしてこの手口は間違いなくハインツ。クロスビルを使った時点で怪しいし、多分彼は何も知らされていない。 あの青髭の手口だったら必ずなんらかの実害が私に出る。そこがハインツの陰謀とあの糞の陰謀の最大の違い。 「シャルロット、聞くまでもないと思うんだけど、ここの入場券は誰にもらったの?」 それでもあえて聞いておく。 「ハインツ、今回の任務はリュティス近郊だったから仕事が終わったら入ってくると良いって言ってた」 やっぱりかあの野郎。 そして一緒にお風呂に入ることになった私達。 浴場の混乱は見られない。整理券はしっかりと効果を発揮しているようで、一度に入れる限りの人数がいるけど特に問題はなさそう。 壁や床にも問題はなし、お湯もしっかりと品質管理がなされてる。確か定期的に循環する仕組みになってたのよね。 この水の循環の仕組みには、技術開発局の水中人の方達に全面的な協力をお願いした。そして完成したシステムは見事な効果を発揮している。 そして湯を温めるシステムにはリザードマンの方達に協力してもらった。彼らは火を恒久的に燃やし続ける技術に長けており、驚くほど効率が良い。 その結果、平民でも手が届くほどの料金で運営をすることが出来るようになった。風呂というのは燃費がそれほど良くなかったから、どうしても貴族のものにならざるを得なかったのよね。 浴室の管理や衛生問題、それに燃料や水の確保と、課題は山積みでこれまでの技術では赤字になってしまう。 「本当、技術開発局はよくやってくれてるわ」 そしてそれを運営するために努力するのは私達の役目。清掃員を雇ったり、燃料をどこから購入するかとか、そういった部分では暗黒街“八輝星”の協力や助言ももらった。 そしてなにより覗き対策。 メイジが魔法で覗きを行う可能性が高いので、ミュッセ保安卿の下、覗きの取り締まり態勢は整えてある。 この一週間で既に10人以上が御用となったらしい。 とまあ、そんなことを考えていたのだけど、気になることがある。 「ねえシャルロット、何で自分の胸と私の胸をそんなに見比べてるのかしら?」 さっきから自分の胸を見て、そして私の胸を見て、溜息をついてるシャルロット。かなりラヴリー。 「別に、見てない」 顔を伏せながら言っても説得力がまるでないわね。 だけど、この子これまで容姿に全然気にしてなかったわよね、ということは。 「好きな男の子でも出来たのかしら?」 「!!」 これまた分かりやすい反応をするシャルロット。こういう話題に関する免疫がないんでしょうね。 私の方は逆の意味で問題がある。 北花壇騎士団本部の“参謀”達はほぼ全員暗黒街出身だから、そういったことに対しては百戦錬磨というか価値観が少し違う。 女性職員もいるけど日常会話で「今日は5エキューで」、「いや、俺は10エキュー出す」、「一回抜くだけでいいんで」とか言いまくってるし。女の方も普通に「じゃあ今日は貴方で」て感じだし。 ヒルダは唯一の例外だけど、あの子も逞しいから「私を買いたいなら一万エキューは積んでください」って普通に対応してる。男達も日々女性の値段づけに余念がない。 悲しいことだけど、12歳の頃からそこにいる私にとってはもう耐性が出来たいうか、完全に毒されてしまった。 そんなことを気にしていたらあそこで仕事なんか出来るはずがない。 だけど、そのトップがハインツというのは一体何の皮肉なのかしらね。 私にとって一番年が近い異性はマルコとヨアヒムになるけどあいつらも論外、ハインツ毒を完全に受けている。 以前私が寝ぼけて本部の男湯に入ってしまったときも。 『あれ、団長じゃないですか』 『寝ぼけてるんすか? 女湯はあっちですよー!』 とまあ、逆に女のプライドが砕かれるような反応をしてくれた。 見事なまでに両極端なのしか本部にはいない。普通に学院で恋してるシャルロットが少し羨ましい。 「好きな男の子が自分の身体に興味を持っているかが気になるのね」 本部の男連中は誰にでも寄ってくし、副団長と補佐官は誰にも寄ってかない。 「………………………………………………………………はい」 うーん、思わず抱きしめたくなるわ。 「大丈夫よ、最近は成長してるんでしょ、まだまだこれから」 身長も結構伸びてるし、まあ、170サントの私よりは小さいけど。 「だけど、胸は成長してない」 そこが気になってるみたいね。 確かハインツの報告によればサイトって子がそろそろ学院に戻るとか、そういうことね。 「ねえ、姉様はどうやってそんあに大きくなったの?」 また直球に訊いてくる。 「さて、何でかしらねえ」 と言うけど心当たりは一つしかない。 「多分、ハインツが原因よ」 私はかなり身体に悪い生活を送っているはず、にも関わらず全然病気にならないし、発育も阻害されてない。 12歳頃までは同年代に比べてそれほど背が高かったわけじゃないんだけど、参謀長になってからは何か健康的になった。 ちょうど身体が作り替わる時期にあいつがしっかりと食事メニューとか睡眠時間とかに手を回してたみたいで、気付けばこうなってた。 何でも前世で死に向って一直線だった頃、そういった栄養関係の知識を詰め込みまくったとか何とか。 ……………………その気配りを何で自分の身体にしないのかしら? 「ハインツ? ハインツに揉んでもらったらそうなるの?」 もの凄い発想をするわねこの子。 「とんでもない想像しないの、ちゃんとバランスよく食事をとって、日々の健康に気を使うことよ」 とはいっても、フェンサーであるこの子じゃそれは難しいんだけど。 「バランスよく………」 そう言えばこの子、ハシバミ草が大好きでちょっとした偏食家だったわね。 「そうすればきっと成長するわよ、具体的な相談はハインツにするといいわ」 つっても胸を大きくしたいっていう相談を男にするのはどうかと思うけど。 「わかった」 相手がハインツじゃあそんな気はなくなるでしょうね。 そういう相談を決して笑わず、真摯に取り組むのがあいつなのよね。 本当、特殊極まりない奴だわ。 「それからねシャルロット、貴女のお母さんを治すことは、近いうちにできそうよ」 「本当!!」 身を乗り出して詰め寄ってくる。 「ええ、ハインツがエルフと交渉して協力を頼んでたから。それほど遠くない内に解毒剤はできあがるはずよ」 ようやくエルフとの交渉が纏まって、先日技術開発局にエルフの講師団が到着した。 後は彼らに解毒剤を作ってもらえばそれで済む。 「よかった」 涙ぐむシャルロット、浴場で抱きしめるのもどうかと思うので頭を撫でてあげる。 「大丈夫、もうこれまでみたいに不規則な生活をしなくても済むわ、そうしたら好きな子と一緒にいれる時間も増えるわよ」 最終作戦が終わればフェンサーの仕事も減るし、そもそもシャルロットが所属し続ける必要も無い。 今はまだオルレアン公の遺児という政治的な利用価値があるから、シャルロットを狙ってくる輩がいる可能性がある。特にロマリア。 だけど宗教庁をぶっ壊せばそんな心配もなくなる。シャルロットは自分の人生を歩むことが出来るようになる。 その日が一日でも早く来ることを私は願い続けていた。■■■ side:才人 ■■■ 俺達は女王様との謁見を終えて、今竜籠で魔法学院に向かっている。 「しっかし、近衛騎士隊の隊長ねえ、随分いきなりな話だなあ」 「いいえ、想定内よ。今のトリステインに使い物になる貴族は少ないからね。アルビオンとの連合王国を目指すにしても、しばらくは一国で頑張らないといけないんだから」 想定内か、こいつの頭の中はどうなってんだろうな。 「しかも隊員は全員魔法学院の生徒、当然ギーシュやマリコルヌは入るとして、女生徒の参加は認められるのか?」 「留学生のキュルケとタバサは無理あるわね。だけど外部顧問とか客員騎士とかなら使えるし、公式に入れる必要はないわ。その方が伏兵として使えるし」 「モンモランシーは?」 「私とモンモランシーは参謀をやるわ。ギーシュが隊長、あんたとマリコルヌが副隊長。後はアルビオン戦役に参加した生徒を集めればいい、もっとも、3年生は卒業だから除外ね」 なかなか面白そうな布陣だ。 「つっても3年に使いもんになりそうなのいたっけ?」 「キュルケの話じゃほぼゼロ、ちょっとはましなのも居るらしいけど、惜しむほどじゃないわ。今の2年と1年には、それなりに使えそうなのはいるみたいだけど。ま、波ってのがあるからね、3つも学年があればどっかに不作な年があるもんよ」 そこは地球と変わんないのか。 「新入生はどうすんだ?」 「少なくとも半年はだめね、志願者がいたら騎士見習いの扱いにしてしばらく鍛える。タバサやキュルケみたいに1年からトライアングルで実戦経験があるなら即採用してもいいけど、そんなのは稀よ」 だろうなあ。 「ま、そんなとこか、だけど『ルイズ隊』の下部組織みたいな感じだな」 「間違いじゃないわ、私は女王陛下の女官で特殊護衛官だから、有事の際には各騎士隊を指揮下に置く権利があるの。マンティコア隊、銃士隊、そして新生の学生騎士隊」 「そうだったな、あのアニエスさんもお前の指揮下に入るんだもんな」 これもついさっき決まったこと。戦争の為の仮の役職をマジで作ることにしたらしい。 「それであんたら6人は特殊護衛官直属の部下だから、これは人種を問わず私の権限で任命できる。だからタバサやキュルケがいても問題ないわ」 完全に俺達はルイズの配下ってことか。 「しかもお前、トリステインの王位継承権第二位なんだっけ?」 その辺はよくわかんねえんだけど。 「一応ね、だけどそれは方便みたいものよ、要は“虚無”の隠れ蓑。ま、姫様には兄弟がいないし、親戚はウェールズ王子になるから、私に高い王位継承権が存在してもそれほど問題はないのよ」 「ふーん」 やっぱその辺はあんましわかんねえな。 「それよりも他の担い手に注意すべきね、あんたにとってはちょっとした選択を迫られるかもしれないわよ」 「選択?」 なんじゃそりゃ。 「いずれ話すわ。それより、帰ったらタバサに告白するの?」 「ぶっ!」 いきなり何言うんだこいつは! 「だって言ってたでしょ、タバサが好きだって」 「いや、それは……………」 そりゃ確かに言ったけど。 「だったら男のほうから行きなさい、そうじゃないと騎士失格よ」 「シュヴァリエってそういうもんなのか?」 何か違う気がするんだが。 「そういうもんよ、昔から騎士が命を張る理由は女の為って決まってるの。童話の『イーヴァルディの勇者』ですらそうなんだから」 「いや、俺が最近読んだ童話だとその限りじゃなかったんだが」 結局あれらを読む羽目になったのだが、(赤ずきんだけはやめておいた)『シンデレラ』も『白雪姫』も王子様を利用するだけ利用して最後はあっさり捨てたからなあ。 『浦島太郎』もある意味女の為といえなくないかもしれんが、あれは絶対違う。最後まで祖国への忠誠のために殉じた気高い騎士の話だったし。 「まあとにかく、告白しなさい。そして抱きなさい」 「なんでそんなストレートなんだよ」 「だってほら、そこにいるじゃない」 「は?」 言われて横にある窓を見ると、そこにシルフィードに乗ったシャルロットがいた。もの凄い顔を真っ赤にしてる。 「お、おかえり、サイト」 もの凄い恥ずかしそうに言うシャルロット。だめだ、もの凄くかわいい。 「お、おう、ただいま」 なんかもうそんな言葉しか出てこない。 「く、くくくくくくくくくくくくくくくくくくく、駄目、駄目、笑える。くくく」 腹を抱えて笑う小悪魔が一人。 「ルイズてめえええええええええええええええええええええええええええええ!!」 「あっはははははははははははははははははははははははははははははははは!!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 俺の絶叫とルイズの笑い声とシャルロットの沈黙がずっと続いた。==============================================================あとがき ものすごいひさしぶりのあとがきです。 感想掲示板にも書いたのですが、しばらく、というかこの物語の流れとして、ガリア主導のもとに話が進みます。理由は作品内で書いていきますが、それに納得されない方も居られると思います。どうか、そのあたりは寛容な目で見てください。 あと、28話で登場した(2章でも一回でてます。19話です)リザードマンのガラさんですが、エルフやオークの親友はいませんし、体も赤くなりません。ただ、コートと帽子がトレードマークで、辛いものが好きなだけです。……ごめんなさい、大好きなキャラだったので、どうしても出したい誘惑に勝てませんでした。 気がついた人も大勢いらっしゃることと思いますが、作品内の多くに、別の作品(商業作品)の私のお気に入りのキャラを、名前だけだったりキャラそのものだったりですが出してます。メインキャラにはしていないつもりですが… ちなみに今回も出てます。元ネタはポピュラーなファンタジー大作です。