諸国会議も終了し、ハルケギニアは平時に戻った。 この物語(英雄譚)の中盤の山場であったアルビオン戦役はここに完全に終結し、新たなる幕が上がる。 トリステインの担い手はアルビオンの担い手と出会い、物語は徐々に終盤へと向かっていく。 そしてそれに備え俺達の準備も進んでいた。第二十八話 エルフ■■■ side:ハインツ ■■■ 俺は現在技術開発局にいる。 シェフィールドが開発している新型兵器の状況を確かめ、今後のスケジュールを調整する必要があったからなのだが、その兵器の凄まじさは俺の予想を超えていた。 「凄いですね、これが“ヨルムンガント”ですか」 そこにあったのは全長25メイルもある巨大な騎士人形。鉄でできた鎧を着込み恐ろしく滑らか、かつ迅速に動く。 20メイルもある土ゴーレムを瞬く間にバラバラにしていた。 「いいえ、これはまだ“ヨルムンガント”ではないわ、その試作型の“ガルガンチュア”よ」 どうやらこれでもまだ完成ではないらしい。 「何か問題でもあるんですか?」 「耐久性と敏捷性は問題ないわ、だけど少し考えてみなさい、そもそもこの質量の物体が二足歩行が可能だと思う?」 ふむ、言われてみればそうか、自重が重すぎると行動ができないばかりか崩壊する危険があり得る。 だからマチルダが作るような巨大ゴーレムは土製が多く、実は内部は空洞が多くて密度は低い。 そうでもしないと自重で倒壊してしまうからであり、土メイジが得意とする『硬化』の力にも限界はあるのだ。 「確かにそうですね、それが可能ならスクウェアメイジは鋼鉄製の巨大ゴーレムをつくってますか。となると、これには“着地”と同じ技術が使用されているということですか?」 「正解よ、『レビテーション』を発生させる装置を内部に仕込んで自重を軽減させてるのよ、さらに原動力に「風石」を用いることで敏捷性も確保している。耐久性は『硬化』をかけた鉄の鎧で問題はないわ」 なるほど、ということは“着地”と同じ欠点が存在するわけだ。 「つまり燃費がすこぶる悪いんですね、ただ突っ立っているだけで「風石」を湯水の如く消費していく。確かにそれじゃあコストが悪すぎて兵器とは呼べませんね」 兵器としては最低の欠陥品ということか。 「それに部品の摩耗もあるわね、『レビテーション』で対処できるのは重力だけだから、関節部にかかるねじれの力や外力には対処できない。ここでも鋼鉄製であるが故の欠点が出てるわ、重すぎて負担がかかるのよ」 うむ、なかなか苦労しているみたいだ。 ちなみに地球から流れてきた本の中に物理に関する資料もあったらしく、陛下とシェフィールドが解読していた。 一体どういう頭脳をしてるんだか二人共。 「対処法はあるんですか?」 「エルフが使う“反射”ね、あれを使えばほぼ全ての問題が解決できるわ」 なるほど、確かにあれは反則だ。過去の“聖戦”の資料を見てもあれに対抗するのは容易ではなかったという。 「そうですか、そうなるとビダーシャルさん待ちですか、もうしばらくすれば“ネフテス”から十数名ほど講師として派遣されるはずですから」 “知恵持つ種族の大同盟”はエルフとの交渉を少しずつ進めてきたが、“虚無”の目覚めを感じたエルフの評議会の方からこっちに積極的に接触してきた。 何でも彼らが守る“シャイターンの門”の活動が最近活発になっているとのこと、その門ってのは十中八九異界から兵器を呼び寄せるための『ゲート』だろう。 ブリミル教徒にとっては神の力ともいえる“虚無”だが、エルフにとってはかつて世界を破滅させかけた悪魔の力だそうだ。 彼らにとってブリミル教徒とは悪魔の力を信奉する狂信者であり、その認識には心の底から共感できる。 そして、虚無が悪魔の力であるのは間違いない。そうでもなければ“ハインツをいたぶって楽しみたい”、そんな願望に応えて力を与えるわけがない。絶対に虚無は悪魔の力で陛下はその担い手だ。 「確かそうだったわね、彼らが到着すれば一気に開発は進むと思うわ、既に理論の構築は済んでるし設計図もあるからそれに従って組み上げるだけでいい」 流石。 「エルフも俺達に協力は惜しまないといってくれましたよ。数年前はそうでもなかったですけど、“物語”が始まって虚無の力の胎動が始まって以来はエルフの意思統一もスムーズになったようで」 エルフは現在完全な共和制をとっており、いくつかの部族があるそうでハルケギニア側の“ネフテス”と東方(ロバ・アル・カリイエ)側の“エンリス”という種族が二大巨頭といった感じらしい。 ハルケギニアの王達が聖戦を仕掛けた相手はいつも“ネフテス”だった。現在はテュリューク総領によって治められており、彼が言ってみれば首相で、老評議会議員のビダーシャルは外務大臣といったところか。 直接民主制に近い形が取られており、民衆の意思の代弁者というよりも厄介事の調停人という意味合いが強いらしい。争いごとを好まないエルフだからこそそのようなシステムでも機能するのだろう。 人間だったらそんな機構はあっというまに崩壊する。誰かが権力を求め争いを開始し、後は延々と戦争の繰り返し。エルフと人間はそういった社会的な意味で根本的に異なる種族だ。 だからこそ意思決定に時間がかかるという弊害もあるが、寿命が長く、しかも強力な精霊の力が使えるため、死の危険も少ないエルフにとってはそれで十分。彼らにとっては俺達人間は“せっかち”らしい。 そんな彼らにとっても“悪魔の復活”だけは例外らしく、迅速に対応してくれた。(エルフにとって) 「そうね、いよいよ物語はガリアに移る。私の役目も増えそうね」 アルビオンは終結し、次なる舞台はガリアに移る。そうなれば虚無の使い魔“ミョズニト二ルン”たる彼女の役目は多くなる。 確か近いうちにルイズと接触する予定があったはず。 「俺は従来通りですかね。ロマリアへの仕込みと国内の暗躍、後はエルフとの交渉といったところですか」 トリステイン、アルビオン、ゲルマニアにはこれ以上の干渉は必要ない。あとはガリアとロマリアだけで片がつく。 「さて、そうなるかしら?」 妖艶に微笑むシェフィールド。 「どういうことですか?」 その笑みはもの凄い不吉な予感がする。 「いいえ、ただ、世の中予定通りにはいかないものよ?」 そう言って立ち去るシェフィールド。 「うーん、絶対何かありそうだな」 あの悪魔のことだから何かやらかすつもりなのかもしれない。 「いざというときの覚悟だけはしておこう」 しかし、俺であの悪魔の謀略に対抗できるだろうか?■■■ side:マチルダ ■■■ 私は今、坊やとテーブルを挟んで話している。 内容は私はテファに関すること。 私がなぜ北花壇騎士団のフェンサーをやっているのか、ハインツとどこで知りあったのか。それらのことはあの子の出自に関わることだから、そうおいそれと話すわけにはいかない。 だから坊やが目覚めた後、アルビオンでの出来事は教えてあげたし、その他色々なことは話したけど、肝心な部分は話していなかった。 まあ、この子が“ガンダールヴ”である以上、テファと無関係ではいられないってのは分かってたから話す機会を待っていたようなものなんだけど、今日数年ぶりに野盗が現れた。 どうやら諸国会議の終結に伴ってガリア軍が撤退したことで少し数が増えてるみたい。 まあ、直ぐにウェールズ率いるアルビオン軍に退治されるんだろうけど、うちみたいな辺境の村がそれまでにいくつか犠牲になるのは避けられないだろうね。 ま、私と坊やで瞬殺した後、テファの『忘却』で記憶を奪って街道に捨ててきたから問題はないんだけど。 「とまあ、そういうわけさ、それであの子は“虚無”とやらの力で助かって私と一緒にここに逃げてきたんだ」 そしてデルフリンガーという剣がテファが“虚無”の担い手であることに気づき、こうして今あの子の出自を話している。 「そうなんですか、っていうことは、テファのお母さんとお父さんはウェールズ王子の父親に殺されたんですね」 坊やは深刻そうな表情をしてる。まあ、聞いてて気持ちのいい話じゃないからね。 「今は王だけどね、そしてそのウェールズはあの子の従兄でもある。家族同士での殺し合いは王家の宿業みたいなもんなんだろうね」 もっとも、ガリアには到底かなわないけどさ。 「家族で殺し合う、なんでそんなことをするんですか?」 実に真っ直ぐな問いだねえ。 「さあね、私が聞きたいくらいさ、明解な答えなんて世の中にないんじゃないかと思うよ」 本当に、あの子やその母が殺されなくちゃいけない理由なんて私には分からない。 「話を続けるけど、テファの母さんはエルフだって理由だけで殺された。つまりあの子もエルフの血を引いているという理由だけで殺されかねなかったわけさ、だからあの子はこの森の中のウェストウッッド村に住んでる。ここならそう簡単に見つかることも無いし、子供達は素直ないい子だからね」 あの子達はテファを怖がらないし忌み嫌わない。 テファはあの子達の世話を一人でしてるけど、救われてるのはあの子の方なんだろう。 「もともとここは私の父が出資していた森の中の孤児院だったのさ。でも、貴族の称号が剥奪されたことでそれも不可能になり、私が金を稼ぐしかなくなった。それもかなりの大金さ、正直貴族専門の盗賊でもやるしか道はなかったね」 まあ、実はトリステインで一時期やってたんだけどね。 「でも、やってないってことは、なんとかなったんですか?」 「そうさ、捨てる神がいれば拾う神ありってやつかね、そんな私達に接触してきた男がいたのさ」 そう、ちょうどそんな時にあいつは現われた。どう考えても「神」の反対の存在だけど。 「ハインツさんですか」 ま、話の流れ上それしかありえないだろうね。 「そうさ、当時すでに彼は北花壇騎士団の副団長だった。そして、モード大公が死んだことを疑問に思って調査にきたのよ、そこに必ずアルビオン王家が隠したい秘密があると睨んでね。そして私とテファに行き着いたってわけさ」 最も、その時間稼ぎにジェームズ王とウェールズの暗殺未遂をやったそうで、その時の姿がゲイルノート・ガスパール。 「ガリアにとっちゃ、自国の北花壇騎士団だけが私達の居場所を知っていて、当のアルビオン王家が知らない、という状況があれば最高だった。だから私は北花壇騎士団のフェンサーになったのさ、担当はアルビオン王家への交渉の切り札であるテファの護衛と、テファを探す王家の密偵の排除ってことでね」 つまりはテファを守る騎士としてガリアに仕えることになったっていうこと。 「あれ? でも、ガリアってその後ウェールズ王子も亡命してるんですよね?」 なかなか鋭いね。 「そうさ、要はどっちに転んでもいいようにカードを出来る限り多く持っておくのが外交の基本なのさ。テファとウェールズ、この二人を両方抑えてしまえばアルビオン王家はガリアの傀儡も同然だからね」 まあ実際今はその通りの状況になっているんだけどさ。 「うーん、よく分かりません」 流石に許容量を超えてきたみたいね。 「ま、とりあえずそこは難しい政治の話だから置いておきな、で、そうして私達は過ごしてきた。私もテファも、アルビオンじゃ表だって歩ける存在じゃないし、あの子に至ってはどこだろうと普通に歩けやしないから。このウェストウッド村でずっといたんだ。どこに行っても隠れ住むしかないんじゃ、せめて故郷に近いここにいた方がいいからね」 耳を隠せばいいんだけど、もしばれたらとんでもないことになる。 「そうだったんですか……」 また深刻そうな顔になってる。いい子だねやっぱり。 「そんなに気にするもんじゃないよ、このハルケギニアでは生まれてからほとんど村を出ることなく生涯を終える奴も多いんだ。特に農民にとっちゃ自分の村が世界の大半と言ってもいいんだから」 坊やは異世界出身らしいから、その辺の認識はちょっとちがうのかもね。 「でも、自分で自由に外を歩けないのはおかしいですよ、だってマチルダさんもテファも何もやってないじゃないですか!」 ホントに真っ直ぐな子だね、ハインツが英雄だっていうのもよく分かるよ。 「確かにそうだね。だけど、これがこの世界の現実なのさ」 まあ、それをぶっ壊そうとしてる奴等がいるんだけどさ。 「絶対におかしいですよ」 坊やには絶対納得できることじゃないだろうね、私だって納得なんかしているわけじゃない。 「気持はもらっておくよ、それでしばらく経ったんだけど、状況が変わって私がここを動けるようになった。それで他国に移って北花壇騎士として活動するようになったのさ」 「状況の変化って、『レコン・キスタ』ですか?」 「そうさ、あのゲイルノート・ガスパールがそこら中の傭兵は盗賊なんかを一まとめにして、強力な軍隊を組織しアルビオン王家に反乱を起こした。その結果、王家はテファ捜索に力を使う余力がなくなって、盗賊なんかもごっそりゲイルノート・ガスパールが持ってったから、私がいなくても大丈夫になったのさ」 その張本人はハインツなんだけど。 「因果な話ですね」 客観的に聞くとそういう感想になるだろうね。 「でまあ、色々活動してたんだけど、坊やが召喚される一年くらい前からトリステイン魔法学院に秘書として務めてる。これにも一応理由はあって、ハインツの妹が留学するからその見守り役を頼むってお願いされたのさ」 本当は“破壊の杖”を奪うためだったんだけど、そこはバラすわけにいかないからそう言っとく。 「なるほど、って言うことは、フーケ退治の時にマチルダさんが一緒に来たのって」 「察しが良いね、あの子の護衛役さ、あの子は強いから大丈夫そうではあるけど万が一ってこともあるからね。私も「土のトライアングル」の上位だから並大抵の奴には負けはしないさ」 その“フーケ”は本当は私で、坊やが倒したのはハインツが用意した偽物なんだけどね。 「あのときのマチルダさんかっこよかったですもんね」 「もっとも、あんときゃまだ“ロングビル”だったけどね、“マチルダ”って名乗るわけにはいかなかったからさ」 あの当時はまだ“マチルダ”は危険があったからね。 「でも、いつからだったか普通にマチルダって名乗ってますよね」 「それはハインツのおかげさ、ウェールズをガリアに亡命させたのはほかならぬあいつでね、その際に頑張ってくれたんだよ」 全く、あいつも本当に無茶するからね。そりゃ私達にとっちゃ嬉しいけどさ、いつか過労死するんじゃないかと不安になるね。 「ハインツさんがですか?」 あんまり驚いてはいない様子、薄々感づいてたのかもしれない。 「そうさ、私が坊やたちがニューカッスル城に行ったってのを知ったのは学院長からだったから、私は何にもしてないけどさ。もっとも、一緒に行けたとは思えないよ、何せ私が暗殺者になりそうだからね」 ジェームズと面を会わせていたら、間違いなく殺してる自信がある。 「ですよね、マチルダさんにとっては家族の仇なんですもんね」 坊やにとっちゃ複雑な心境だろう。ウェールズやトリステインの女王様とも面識があるんだから。 「ま、今の私にはそんなに関係ないことさ、私にとっちゃ復讐よりもテファの将来の方が何倍も大事だからね。それで、坊やたちがニューカッスル城を離れたあたりでハインツが到着して、ウェールズをガリアに亡命させた。そしてその際にジェームズ王からある書類をもらってきたのさ」 私はその書類を見せる。 「字、読めるんだったよね」 「はい、シャルロットに習いました」 そういや坊やはあの子と恋仲だって話だったか。 しばらく黙って読む坊や。 「これってつまり、マチルダさんとテファはもう大丈夫ってことですか?」 「そういうこと、もっともゲイルノート・ガスパールがアルビオンを支配してる状況じゃ大して意味はなかったけどね。聖地奪還を目指す『レコン・キスタ』の大義の下ではエルフは敵対者にしかならない。テファの立場が危険だってことには変わりはなかったのさ」 それに、ロマリア宗教庁がある限りその危険は絶対に無くならない。 「で、そのまま時が過ぎて、アルビオン侵攻が始まる頃、万が一に備えて私は一旦帰って来たのさ。学院長も許可してくれたからね」 あの学院長は単なる色ボケ爺じゃない、そう思わせる天才ではあるけど、なかなかの喰わせ者でもある。 「それで現在に至るってことですか」 「ところどころはしょったけど、大体そんな感じだね」 ゲイルノート・ガスパールの正体を除けば大体話した気がするしね。 「でも、テファが外に出れないのは変わらないんですね」 坊やがやりきれないような顔になる。 「一度ね、あの子が街に出かけたことがあるんだよ、今から二年前くらいかな」 それは最大の失敗だったけど。 「あったんですか」 坊やも以外そうだね。 「普段はメッセンジャーをやってる行商人が品物を運んでくれるんだけどね、ある時子供が病気になって薬が必要になった。テファの指輪は大抵の傷を治せるけど、治せない病気もあるんだ」 ハインツが言うには内的要因の病気は治せても、外的要因の病気には効果が無い場合があるとかなんとか。 要は先住魔法も系統魔法も適材適所ってことだね。 「で、テファは最寄りの街に出かけたのさ、正体を隠すために大きめの帽子を被ってね」 ハインツも失敗だったと後悔してた。万が一街に行く場合に備えて『フェイス・チェンジ』を付与したネックレスを渡しておくべきだったと。 「だけど正体がばれてしまってね。周り全てから敵意と恐怖が混じった視線を向けられた上に酷い言葉を言われて、異端審問にかけられる可能性すらあったみたいだった。何とか『忘却』で記憶を消して逃げたそうだけど。噂は既に広がっていたようで、街かもしくは近くにエルフが潜んでいるなんていう話が、どんどん広がっていったのさ」 まあ、それに対処してくれたのがハインツなんだけど。 「それで、どうなったんですか?」 「ちょうどそのとき内戦のごたごたがその街に降りかかってね、それどころじゃなくなったのさ。見知らぬエルフなんかよりも、自分達の生活を守る方が何倍も大事だからね」 実はゲイルノート・ガスパールが不正を行っていたその街の行政官を切り殺し、彼と共謀していた者、もしくはその恩恵を受けていた者を、悉く串刺しにして晒すという宣告があった。 その結果、街の住民は恐怖に怯た。その後間髪入れずにゲイルノート・ガスパールの直属部隊がやってきて、10人位をしょっぴいて串刺しの刑に処した。その死体は一ヶ月間放置された。ご丁寧に腐敗防止の『固定化』をしっかりかけた上で。 ハインツ曰く。 「元々殺すつもりの男でしたからちょっと予定が前倒しになっただけですよ。それに死体を放置したんじゃ衛生上よくありませんし、疫病の原因になりかねませんからね、ちゃんと処置はしておきました」 それを平然と言えるあいつはやっぱどこかおかしいんだろうね。 「で、それを知った私は飛んで帰ったんだけど、テファはかなりショックを受けて落ち込んでたのさ」 北花壇騎士団の情報網はアルビオンにもあるのでそこから本部へ、本部からハインツ経由で私にその日のうちに連絡がきた。 特別に『ゲート』とやらを使わせてもらって一気にトリスタニアからロサイスにとんで速攻でウェストウッド村に戻った。 「やっぱそうですか」 「よく言うでしょ、物語の英雄なんかは罪も無い善良な人々の為、大切な家族の為に戦うんだって。でも、あの子にとってはそんな罪も無い善良な人々が最大の脅威なのさ。何せ悪魔はテファの方で、悪魔を罵倒することも、悪魔を怖がることも、悪魔に石を投げることも罪でも何でもない。むしろ人々に幸せの為の正義の行いなのさ」 そんなのが正義だっていうんなら私は悪魔で構わない。いや、ハインツに協力している以上、私も悪魔の仲間なんだけど。 「そんなひでえ事の、どこが正義なんですか」 怒りを堪えながら言う坊や。 「そう言ってくれて嬉しいよ。だけど、この世界はあの子に優しくないんだ。エルフの血を引いている。それだけであの子は大勢の人々の幸せの為に排除される側の存在なんだよ」 私はそれだけは絶対に我慢ならない。 「そんなの絶対間違ってる!」 「そうさ、絶対私は認めない。そして、そう考えるのは私達だけじゃないのさ。落ち込んでたあの子を慰めてくれたのもハインツでね」 まあ、前代未聞の方法だったけど。 「どうやったんですか?」 坊やも興味あるみたいね。 「友達を連れて来てくれたのさ、あの子を怖がらないし差別もしない友達をね」 「友達ですか?」 私はてっきりあいつの副官でも連れてくるのかと思ってたんだけど。 「その面子がもの凄くてね、翼人、リザードマン、水中人、そしてケンタウルス」 「は?」 呆然とする坊や。 「笑えるだろ、そしてハインツが言うには、『いいかテファ、世界は広い、人間世界だけが全てじゃないんだ。この程度で諦めるには早すぎる。人間世界がお前を認めるまで当たって砕けろだ。そしてもし砕けたら別の世界に移れば良い』だよ」 それを聞いた時は私も呆然としたもんだけど。 「………」 坊やも絶句。 「でもさ、確かにその通りなんだよ、彼らにとっちゃテファがエルフだろうが人間だろうがハーフだろうが関係ないんだ。だってどれも自分達とは違う種族なんだから。これまでテファは人間かエルフしか知らなかったからね、そういった世界もあるってのはあの子にとって驚きであり、希望になったのさ」 というか普通は考えない。人間社会から拒絶された子を慰めるために、人間にも認めてくれる人がいることを示すんじゃなくて、人間以外の社会の代表者を連れてくるなんて。 『大丈夫ですよティファニアさん、人間とは絶対に分かり合えます。だって私もそうでしたから』 そう言ってくれたのは翼人のアイーシャ。彼女は人間のヨシアって青年と結婚してて、今は“知恵持つ種族の大同盟”の翼人代表のシーリアという女性の補佐もやってるみたい。 『確かに人間と共存するのは難しい。しかし、だからといって諦めてはいけないよ。その努力をしなくなれば、ロマリア宗教庁のように狂った存在となり果てる。どんなに辛くても頑張っていくんだ。そのための手助けなら僕達全員でやろう』 そう言ってくれたのはリザードマンのガラさん。何でも以前“忌み子”として捨てられていた人間の子供を拾って育てたことがあるらしい。“知恵持つ種族の大同盟”に真っ先に賛同して協力してくれたのはこの人だという。 『何事も流れる水のごとし、どんなものであろうといつかは流転するものじゃ。それは人間世界であろうと例外ではない。いつか君が世界から認められる日が必ず来る。その時を楽しみにしておればよい』 そう言ってくれたのは水中人のマリードさん。何でも数百年は生きているらしい。知識に関しては凄いもので、この人もガラさんと同じく同盟の代表の一人でもある。 『森の愛し児よ、我にはそなたの苦しみを完全には理解できん。だが、そなたを脅かす存在の方こそが異形なる存在であるとは断言できる。“大いなる意思”は意味無き差別、意味無き迫害を認めはせぬ。どんな種族であってもそれぞれの理があり、その上で共存できるはすなのだ。肉食の獣と草食の獣の間ですら秩序は保たれておる。それを壊そうとする一部の人間の方にこそ問題がある。しかし全ての人間がそうではない、分かり合うことは可能だ』 そう言ってくれたのはケンタウルスのフォルンさん。彼は代表じゃなくてアイーシャと同じくその補佐をしてる。ケンタウルスというのは争いを好まないことに関してはエルフと同等だけど、精霊を操る力よりも身体能力に特化してるという点が大きく異なる。 そうして彼らはそれぞれの価値観でテファを励ましてくれた。特にアイーシャはテファと仲良くなって今でも時々遊びにくる。ヨシアとの夫婦生活も良好の模様。 ………別に羨ましくなんかないけど。 「凄いことをやりますね、ハインツさんは。らしいっちゃらしいいけど」 坊やも呆れてる。 「だろ、それにテファがトリステイン魔法学院に入学できるよう、色々やってくれてもいるのさ。だからこそ私が未だに秘書をやっているんだけどね」 その日は近い。ウェールズとの交渉も、もう少しでとりかかるらしいし、最大の障害であるロマリア宗教庁も黙らせる勢いで行く。 『レコン・キスタ』が滅んだ今のアルビオンでは、ロマリア宗教庁の影響力は非常に弱い。何せゲイルノート・ガスパールは“聖地奪還は我々の手で行う。無能な坊主に任せておけるか”の一言で神官の権力を全部取り上げた。 ウェールズにとってもわざわざそいつらの地位回復を図ってやる義理はない。何せ今回の戦いでロマリアだけは何もやってないも同然なんだから。 あとはトリステインの協力が得られれば完璧、あの子の存在はブリミル教の存在意義に真っ向から喧嘩売ってるから、それぐらい慎重にいく必要がある。 何せエルフとのハーフが“虚無”の担い手なんだから。 「それはいいですね」 坊やも歓迎してくれてるみたいね。 「その時はテファのフォローをよろしくね、何せあの子は同年代と接したことがほとんど無いからね」 「うーん、俺よりもそういったフォローはルイズやキュルケの方が向いてると思いますけど」 「そういや坊やはタバサ担当だったわね、忘れてたわ」 「ぶっ」 噴き出す坊や。 「い、いきなり何言うんですか!」 「あら、私の目から見てもそういう風にしか見えなかったんだけど?」 「そ、それは・・・」 否定しないのは好きだってことの裏返しね。 ……羨ましいわけじゃないわよ、断じて。 「ま、いいわ、そろそろ寝た方がいいかしら、結構長く話してたし」 「そ、そうですね、そうしましょう」 そして逃げるように帰っていく坊や、まだまだ青いわね。 「さて、テファが表を堂々と歩ける日は近いのかしら?」 ハインツから計画の概要は聞いてるし、そのために坊やたちの協力が必要なのも確か。 そしてその時は私も坊や達と一緒に戦うことになる。 「まったく、よくもまあこんな大がかりでとんでもない計画を考え付くもんだわ」 その日はもうすぐ。具体的な日付は決まってないけど、迫ってるのは間違いない。 テファのために私は神を滅ぼす軍勢に加わる。私だけではない、そのために多くの人間が水面下で何年も活動を続けている。 「モード大公、貴方の望みは人間とエルフの共存でした。それはきっと果たされます」 私は二つの月を窓から見上げながら、遠い日々の追憶に浸っていた。