神聖アルビオン共和国の降伏から2週間後、ヤラの月の第3週、正式に連合軍は解散となり学生士官として参戦していた魔法学院の生徒達も帰還を開始。 ロンディニウムに入城したウェールズは略式の戴冠式を挙げ、新王としてアルビオンの秩序の回復に取り組んでおり、次の月であるハガルの月の第一週にトリステイン、ゲルマニア、アルビオン、ロマリア、ガリアの首脳陣がロンディニウムに集結し諸国会議を開き国際的な戦後処理にあたることが決定されている しかし、多くの者にとっては既に戦争は終わったものであり、それぞれの終戦を迎えていた。第二十六話 それぞれの終戦■■■ side:ハインツ ■■■ およそ2週間をかけて仕事地獄もなんとか消化。 “ヒュドラ”を使う事態は何とか避けられたが、“働け、休暇が来るその日まで”は百本近く消費した気がする。 そして俺はイザベラを手伝うために本部に向かい、彼女の執務室へ入ったのだが。 「返事が無い、ただのしかばねのようだ」 そんな光景が展開されていた。 詳しい状況は語る必要も無い、あえて言うならば大人気の週刊誌の漫画家の部屋を数倍混沌にさせた様子である。 普段は補佐官のヒルダが片づけを行っているのだが、彼女は仮眠室で天国へ旅立っていた。おそらく2日はもどってくるまい。 「おーい、イザベラ、起きろーーーー」 反応があるとは思えないがとりあえず呼びかけることに。・・・・・・・・・ 反応無し。 「こらー、そのままじゃ風邪ひくどころか何かやばいものを呼び出しそうな雰囲気だぞー、起きろー」 『レビテーション』を使用して揺さぶる。直接手を触れないのは今のイザベラに近づくといきなり起き上がって噛みついてきそうだからである。 「う、ううん」 反応あり。 「お、起きたか」 『レビテーション』を解除する。 「あら、奇麗な花畑」 また例の場所へ旅立っているようだ。 「来るたびに奇麗になっているわ、何か変わった花も咲いてるかしら?」 実に恐ろしい台詞である。何回そこに行っているのか。 「あら、シャルロットじゃない」 俺の方を見て言うイザベラ。どうやら今の俺はシャルロットらしい。 「今のオルレアン公夫人より酷いな、148サントのシャルロットと190サントの俺を間違えるとは」 ちなみに去年は142サントだったシャルロット、マルグリット様が回復傾向を見せてからは確実に成長しているのだ。 「かわいいわよシャルロット、その冠は誰に作ってもらったのかしら?」 そう言いながら近づいてくるイザベラ。 「母様に作ってもらったんです。お姉さま」 悪ノリする俺。 「ふふ、よく似会ってるわよ、流石は叔母上ね」 俺の胸辺りをさすりながら言う、おそらくシャルロットの頭をなでているのだろう。こいつの脳がどういう変換を行っているのか医者として非常に興味がある 「そうですか?」 あくまで続ける俺。 「そうよ、だってこんなにかわいいんですもの」 そういって俺の胸を抱きしめる。身長差を考えるとシャルロットに覆いかぶさるような感じかな? 「とはいえそろそろ目覚めてもらわんと」 せーの 「オラア!」 「んぎゃ!」 俺のヘッドロックが炸裂。 さらに追撃で“氷の矢”を矢ではなくただの塊として放ち、ついでに“錬水”で水も作って0℃近い冷水を叩き込む。 「はぶるるるべ」 うむ、何語か最早分からん。 「乾燥機オン」 「火」・「風」を重ねて熱風を作り吹きつける。 「あああああああああああーーーー」 むう、あれだ、扇風機の前で言う声にそっくり。 「この度もハインツ目覚ましサービスをご利用いただきありがとうございます、今回はBコースでしたので20スゥ(2000円)となります」 「ぼったくりもいいとこね」 イザベラ復帰。 「おう、爽やかなお目覚めだな。どんな夢だった?」 「また例の花畑に行ってたわ、今回はシャルロットもいたけど」 “例の”のあたりに哀愁を感じるな。 「だけど突然隕石が降ってきて私は吹き飛ばされて、さらに大寒波が襲って来て花は全部枯死したわ」 間違いなく俺のせいだな。 「で、私寝ぼけて何かやった?」 「ああ、俺に愛の抱擁をした後、濃厚なディープキスをしてくれたが」 あることないこと言う俺。 「あっそ」 こいつの受け流しもそろそろ神域に達しつつあるな。 「ところでだ、お前が死体になってたってことは、仕事は全部終わったんだな」 こいつは基本的に仕事が終わるまでは動き続ける。そして仕事が終わると糸が切れたように死体と化す。 「ええ、イザークから回って来た報告書全般の決裁が終わったところから記憶が無いわ、確かそれが最後の書類だったから後は例の如くね」 そのまま意識を失ったわけだ。 「あのなあ、寝室に行くか、せめて仮眠室に行くくらいの気力は残しておけ、隣の部屋だろ」 「大丈夫、あんたが来てくれるって信じてたから」 微笑みながら言うイザベラ。 「はは、これは一本とられたか、そうだな、お前のフォローは俺の役目だったな」 俺も笑う。 「で、あんたが来たってことは、そっちも終了したのね」 「まあな、軽く報告といきますか」 そしていつものごとく会議開始。 もっとも、互いに風呂に入って着替えてからになったが。■■■ side:イザベラ ■■■ 「それで、アルビオンの首脳部はどうなったの?」 地方の治安維持が最優先だったのでそっちの報告は聞いてるけど、国家の重鎮達をどのように起用したかはまだ聞いていなかった。 「大体そのまんまだな、俺とクロさんが使ってた官吏連中は全員アルビオン人で地元採用みたいな感じだったから特に問題は無い、トップだけがそのまま挿げ変わった感じだ」 なるほど、末端から中堅まではそのまんまで、上位陣だけが入れ替わったわけか。 「確か円卓にいた貴族会議議員は全員吹っ飛ばしたのよね、そうなるとそこにはウェールズがガリアで率いていた連中が入ることになる」 「正解、そこには忠臣を据える必要があるからな、そして軍部は基本そのまんまで総司令官が王であるウェールズ、普段は代理人としてパリーさんが務めることになる」 パリーの名前が出た時ハインツの表情が微妙に変化する。 「パリーさん、ね、確かあんたの育ての親に似ているんだったかしら?」 確かドルフェ・レングラント。彼とハインツの関係はまさにパリーとウェールズの関係と同じみたいだ。 「まあな、三代に渡って仕えてくれたところも、誰よりも忠誠心が高いところもそっくりだった。だからこそかな、俺があそこまでアルビオン組に肩入れしたのは」 『ロイヤル・ソヴリン』号の建造の為にこいつは無償で彼らに多額の資金を出している。それにはそういった理由もあったようだ。 「でも、ジェームズ王を殺したのはあんたなのよね」 「そこはそれ、これはこれだな」 そこをあっさりと割り切るからこそハインツであり、“輝く闇”なのだ。 「でも、ゲイルノート・ガスパールの手足といってよかったあの4人が、よくそのまま受け入れられたわね」 ホーキンス将軍、ボアロー将軍、ボーウッド提督、カナン提督、彼ら4人がゲイルノート・ガスパールの手足となり軍を統率していたのだから。 「そこも事情があってな、実は王党派は彼らに恨みがほとんどないんだ」 「恨みが無い?」 「ああ、『レコン・キスタ』内部で彼らが軍の実権を握ったのは、ニューカッスル城の攻防戦の後のことでな、あの戦いでの王党派の突撃によって無能な指揮官連中が大量に死んだ。その後を引き継いだのがホーキンスで、その頃ボアローなんかは一介の大隊長、ボーウッドとカナンも副長程度に過ぎなかった」 そういえばそうだった。ボーウッドが提督となったのはタルブの戦いが最初だったはず。 「で、サー・ジョンストンとかいったかな、そういった馬鹿連中も次々にゲイルノート・ガスパールに殺された。そして、タルブの戦いの後の軍の再編成で活躍したのがボーウッド、カナン、ボアローの3人。そして既に武名が高かったホーキンスが加わり、トリステイン・ゲルマニア急襲作戦を展開した。つまり彼らが戦った相手は他国の軍勢であって内戦中はほとんど活躍の場がなかったんだ」 その後、彼らはあらゆる局地戦で勝利し、さらにアルビオン戦役においてもボーウッドの艦隊迎撃戦、ホーキンスのロサイス撤収作戦、カナンの補給部隊襲撃、ボアローのサウスゴータ撤収作戦と大活躍を続けたけど、それは全部アルビオンの為に戦った結果なわけか。 「だから、ウェールズが彼らをアルビオン王国の将軍としてそのまま起用することに、何の問題もない」 私は答えを言う。 「そういうことだ、それにな、もしあいつらが内戦当初から軍を率いていたら内戦は2か月で終わってる。無能な司令官ばっかだったから2年もかかったんだ。ま、今は全員この世にいないけどな」 殺したのは全部こいつ。 「なるほど、王党派の怒りや敵意は全てゲイルノート・ガスパールに集中していた。クロムウェルにですら彼らの中で敵対心が少なかったものね、ま、ジェームズ王の首を持ってニューカッスル城の城壁の上に現われて、残った王党派を皆殺しにしたんだから当然と言えば当然だけど」 負のイメージは全部ハインツ(ゲイルノート・ガスパール)が持っていった。 「だからアルビオンは今一つに纏まっている。国家の害虫は全部焼き尽くしたからウェールズにとっても統治はやりやすいはずだ。ゲイルノート・ガスパールは民から嫌われてはいなかったが恐れられていた。相手が悪代官やゴミ貴族とはいえ、串刺し、火あぶり、さらし首と、市街地でなんでもやったからなあ」 確かに、治安が良くて物資の流通などが整備されていても、それじゃあ慕うよりも恐れる。 「で、その一つに纏まったアルビオンをどうするかが諸国会議のポイントになるわ。けれどトリステインとゲルマニアは立場が弱い、なにせ」 「アルビオン王国にとってはあくまで内戦終結だからな、『レコン・キスタ』と8ヶ月間戦い続けてくれたことへのお礼として、いくつかの港を譲るくらいはあってもそれ以上はない。しかしガリアは話が違う」 そこがガリアの他国の最大の違い。 「ガリアはずっと中立を守り一切の外交を行わなかった。つまり神聖アルビオン共和国を正統な政府と認めていない。トリステインとゲルマニアは不可侵条約を結んだ経緯があるから、アルビオン王国は滅んだことになっていたけど、ガリアにとってはアルビオン政府とは未だに王党派を指していた。そしてオリヴァー・クロムウェルと、ゲイルノート・ガスパールを討ち取ったのがガリア軍である以上、アルビオンはガリアに逆らえないってことよね」 現在も治安維持のために5万の軍が駐屯中だ。 「ま、領土2割くらいの割譲かな、そもそもサウスゴータあたりは何度も支配者が変わってるからアルビオン王国にとっても治めにくい、反乱が最初に起こった場所だしな。そういった曰くありの土地をガリアに寄こす、ってところだろ」 「ロマリアはそもそも発言権ないわ、トリステインとゲルマニアは文句があっても何も言えない、仮に文句を言ったところで圧倒的軍事力の差に手も足も出ない」 それが現実。 「現在アルビオンにはガリア軍5万、アルビオン軍5万、ガリア両用艦隊100隻、アルビオン王国艦隊45隻がいる。つまり10万の兵に145隻の艦隊だ。半減した連合軍じゃ逆立ちしても勝てん。つーかアルビオン軍だけでも勝てなかったわけだしな」 「挑む阿保はいないでしょ、そうなると諸国会議は特に問題なさそうね、軍の方も統制取れてるし」 ついさっき正式な辞令が下ったはず。 「オリヴァー・クロムウェルと貴族会議議員を討ち取った戦功によってアルフォンス・ドウコウ少将とクロード・ストロース少将は中将に昇進。ゲイルノート・ガスパールを討ち取った戦功によってアドルフ・ティエール少将とフェルディナン・レセップス少将も中将に昇進」 後方勤務の二人はそのまま、アランは既に中将だった(彼が侯爵家の四男であることも理由)し、エミールも後方勤務としては准将というのは非常に高い。彼らが昇進するのはかなり困難だろう。 「アルビオン派遣軍の指揮は彼らが執ることになる。ようやく軍を掌握することが可能になったわね」 ここまで本当に長かった。 「だな、ロスタン軍務卿がどんなに頑張っても軍人のトップが古い堅物じゃあ改革はできないからな、それに、最終作戦の手駒もこれで確保できる」 今陸軍に大将はいないから、元帥にちょっと病気になってもらえば彼らを最高司令官にすることができる。空海軍には現在2名の大将がいるけどそっちは問題ない。元帥も含めて彼らは謀叛人となることになってるから。つまり結局あの二人が艦隊司令官となる。 「ガリア内部の調整も大詰めね、諸国会議が終われば後はロマリアのみ」 いよいよ本番が始まる。 「だな、エルフとの交渉もまとまりそうだから、そうなれば宗教庁は黙っちゃいない。エルフ(異教徒)と手を組むガリアの異端者を滅ぼすために行動を開始する。ま、それにはあと数か月はかかりそうだが」 でも確実に近づいてる。そしてそのために彼らが必要なのだから。 「で、その主演達は今何してるの?」 「色々だよ」■■■ side:ギーシュ ■■■ 「どうだい、これが杖付剛毛精霊勲章さ」 勲章を見せびらかす僕。周囲からは感嘆のため息が漏れる。 「剛毛じゃなくて白毛じゃないのか?」 突っ込まれる。しかし、僕はこの程度では挫けない! 「はっはっは! いやいや全く持ってその通り、しかし僕は学問をほこるために戦場に行ったのではない、戦場で必要なのは勇気と実力さ!」 周囲から「おおおおーーーー」という声が上がる。 「凄いな、お前が指揮した中隊がシティオブサウスゴータへの一番槍を果たしたんだろ?」 「まあね」 その後も自慢話を続ける僕。何せこんな機会は一生に一度あるかどうかだ、ここで威張らずいつ威張る! 「そこで僕の指揮する鉄砲隊が一斉に撃った。オーク鬼は次々に倒れていったわけさ」 まあ、僕がやったのは“アース・ハンド”で敵の足を止めただけなんだが。 「すげえなギーシュ、見なおしたぜ!」 しかし、この程度の話でよく皆熱狂できるもんだなあ。 とそこへ。 ぼんっ! とワルキューレが吹っ飛ばされた。 「誰だい?」 「このぐらいの風の魔法で吹っ飛んでしまう君のゴーレムが、よくオーク鬼の一撃に耐えられたな」 嫌味ったらしく笑みを浮かべながら出てくるのは・・・ 「誰だっけ?」 ずっこける誰か。 「僕はヴィリエ・ド・ロレーヌだ! 君のような「ドット」の屑とは違う風の「ライン」メイジだ!」 ああ、そう言えばそんなのもいたような気がするなぁ。 「悪いねヴィレーヌ君。何せ僕が興味あるのは女の子だけだから、男の名前なんていちいち覚えてられないんだ」 「微妙に略すな! たかがドットの分際で!」 ふむ、どうやら彼はドットメイジに過ぎない僕が勲章をもらい、ラインの自分がなにも無いのが我慢ならないみたいだ。 「しかしだね君、部下を指揮するのにドットもラインも関係ないだろう。魔法衛士隊の隊長だとでもいうのならともかく、僕が率いたのは平民の傭兵部隊なんだから」 「ふん、そんなのは詭弁だ、さっきから聞いてれば活躍したのは銃兵みたいだな、お前の魔法は転ばせただけ?大した活躍だな! ギーシュ!」 やれやれ、彼は駄目だな。 「一応言っとくが僕が率いたのは銃兵だけじゃない、50人の第一銃兵小隊、同じく50人の第二銃兵小隊、そして50人の短槍小隊が一つ、他にメイジがいないんだから、独り前戦で魔法を唱えてても無駄死にが落ちだろう」 その程度は子供でも分かりそうだけど。 「う、だけどな、お前がちゃんと指揮できたのか? 大方副官に任せっぱなしだったんじゃないのか?」 「いいや、他の戦場だったらどうなってたか分からないけれど、僕は幸運にもオーク鬼の効率的な殺し方には熟知しててね、特に困ることはなかったよ」 これは事実、それに僕の中隊は不良軍人の集まりだったから高圧的な態度で命令しても意味がない。皆自分が生き残ることには長けていたから、僕は効率よくオーク鬼を罠に嵌める方法さえ考えればよかった。 「それにだね、えーと、ヴィラン君。中隊長の役割は前戦で戦うことじゃなくて部下をいかに割り振るかだろう。銃兵は銃兵、砲兵は砲兵、槍兵は槍兵のそれぞれ適した戦場や戦い方ってもんがある。それを効率よく編成して臨機応変に対応するのが、指揮官の腕の見せどころだろう、要は仲間と呼吸を合わせるってことさ、他人の行動を理解しようともしないで突っ走るだけじゃ、最悪部下に後ろから撃たれるぞ」 というか現実にそういう部隊も存在した。何せ学生士官の僕を中隊長にするほど王軍は士官不足だったのだ。これまで戦場はおろか戦ったことすらないのに、プライドばっかりが高い貴族は部下に散々怒鳴り散らした挙句、“流れ弾”に当たって死んでいった。 「だから僕がやったのは部下の調整役と、次にどこに向かうのかの指示、それから僕は「土」メイジだから、その特性を利用して如何ににオーク鬼を罠に嵌めるかだね。幸い使い魔のヴェルダンデがいたから、落とし穴を掘るには苦労しなかった。後はどうやってそこに落とすかの算段さえ立てればいい」 僕がやったのはその程度、中隊長には分相応の役目がある。手柄欲しさに暴走するやつからオーク鬼に潰されていたからなあ。 まあ、サウスゴータ撤退戦ではそうもいかなかったけど、こっちは軍の恥部にも関わるんであまり口外はできないが。 話せるとしたら『ルイズ隊』の面子くらいかな? 「すごい、かっこいいわギーシュ!」 「頼もしいですわギーシュ様!」 「かっこいいですわギーシュ様!」 と、気付いたら女の子に囲まれてた。 「え、あれ?」 困惑してると周りの女の子達はどんどんヒートアップしていく。 「流石は中隊長!」 「だって勲章持ちの英雄ですわよ!」 「あんな後方で遊んでただけの連中とはわけが違いますわ!」 「はっはっは、君達、美しい薔薇に群がりたい気持ちも分かるが、あいにくだが僕には既に彼女がいてだね」 ここはもう、もてもて気分満喫しよう。どうせいつか覚める夢なんだからせめて浸っていたい。 しかし、その終わりは予想より早くやってきた。 「やーあ、ギーーシューーうううう、女の子に囲まれてうーらやましいーなああああーーーーー」 地獄の怨霊を思わせる声で近付いてくる幽鬼が一人。 「マ、マリコルヌ?」 「そうだよ、君の大親友マリコルヌさ、戦場では共に戦い、苦労を分かち合った戦友だよ」 口調は穏やかだが邪悪なオーラは微塵も衰えていない。 「そ、そうともマリコルヌ、僕と君は親友さ!」 「だよなあ、そうだよねえ、だけどギーシュ、僕は美しい薔薇を友達に持った覚えはないんだ。この僕には寄ってくる蝶はおろか、こっちから近付いたら逃げられる始末だからねえ、くっくっく」 気付くと女の子達は全員逃げている。うむ、実に素晴しい状況判断力だ。彼女等なら戦場でも生き残れそうだ。 「だけど、君は僕を裏切った。モンモランシーといちゃいちゃするのはいいさ、呪ってやりたい気分にはなるがまあいいさ、だけどねえギーシュ、これはないんじゃないかなあ?」 そして杖を引き抜くマリコルヌ、その杖が帯電している。 確か『ライト二ング・クラウド』はトライアングル・スペルだったはず。しかし今の彼はそれを確かに使っている。 ちなみに今の僕とマリコルヌはそれぞれ「土のライン」と「風のライン」、ラインの中でも並といったところだ。夏季休暇からずっと亜人と戦い続けていれば自然とそのくらいにはなる。 しかしトライアングルでも上位のキュルケやタバサには到底及ばないし、サイトやルイズは論外だ。 結果、僕、モンモランシー、マリコルヌのライン3人は『ルイズ隊』の中では後方支援や工兵として戦うんだが。 「お、お、落ち着けマルコルヌ、てゆーか何で君がその魔法を使えるんだ!?」 今のマリコルヌなら普通に前衛で戦えそうだ。 「ふふふふふ、嫉妬の神が今僕に力を与えている。それだけではない、全世界のもてない男達の祈りが今の僕には宿っているのさ、すなわち、“もて野郎をぶっ殺せ”と」 そして凄まじい形相を浮かべるマリコルヌ。 「待っ」 「死ね」 僕は逃げた。一目散に逃げた。 サウスゴータでもこれ以上はなかったと思うくらいに逃げた。■■■ side:マリコルヌ ■■■ 「くくくく、はーはっはっは! 甘いぞギーシュ、「土」の貴様が「風」の俺に機動力で勝てると思ったか!」 僕は『フライ』を唱えギーシュを追う。 厄介なのは地中に逃げられることだがここは学院の三階、その心配は無い。「な、なぜだ!? 『フライ』を唱えながら他の魔法を使うのはスクウェアでも困難のはず!?」 何か言っているが気にしない、今はただ奴の抹殺に全力を注ぐのみ。 「死ねえ!」 電撃を放つ。 「く、“ワルキューレ”!」 しかし青銅のゴーレムを咄嗟に『錬金』して避雷針にするギーシュ。 「ち、電撃では“青銅”たる貴様には勝てんか」 ならば次の手だ。 「集え我が同胞の怨念よ、今こそ結集し奴を滅ぼす槍と化せ」 風が渦巻き巨大な槍と化す。 「そ、それは『エア・スピアー』!! ていうか今ルーンを唱えなかったろ! 言葉での詠唱は先住魔法を扱う者にしかできないはず!!」 ふ、小虫が何か喚いておるわ。 「愚か者めが、今の我は神の鉄鎚なり、たかがこの程度不可能でも何でもないわ」 そして槍を放つ。 ゴウ! 「『錬金』!」 しかし『錬金』で床を砂に変え階下に逃れるギーシュ、本当に往生際が悪い。 「ふむ、奴は己のテリトリーに向かっているな、ならば先回りすれば良いだけのこと」 そして僕は全魔力を『フライ』に注ぎ込む。 ヴェストリ広場。 「火」と「風」の塔の中間にあり、西側の広場であるため日中でもそれほど日が差さず、普段ヴェルダンデはここにいる。 つまり、ここがギーシュの拠点であり最大の力を発揮できる場所である。 僕は『フライ』によって先回りし、やってくるであろうギーシュを木の上で待ち構えている。 そして。 「ふう、何とか辿り着いたか、マリコルヌは地下トンネルを熟知しているから意味は無い、そうなれば後はヴェルダンデが頼りだ」 そう、それしか道がなかったのだよ貴様には。 「ヴェルダンデ! 出てきてくれ!」 地面から顔を出すヴェルダンデ、そう、その瞬間を待っていた。 ギーシュが地面に意識を集中させる瞬間をな! 我が二つ名は“風上”、風の方向によって使い魔に悟られるような愚は犯さぬ。 「『エア・ハンマー』!!」 「ぐはっ!」 我の『エア・ハンマー』によって吹っ飛ぶギーシュ。 ヴェルダンデは相手が僕なためかいつもの訓練と誤解している様子。 ここにギーシュの命運は尽きた。 「さあ、これで終わりだギーシュ、我が憎しみの糧となるがよい」 「ま、待ってくれ! 僕には愛する人が、帰りを待ってくれている人がいるんだ!」 「くくく、そう、それだよギーシュ、俺にはいないのさ! そんな人はね!」 「マ、マリコルヌ・・・」 「さらばだ、我が親友よ、ヴァルハラで会おう」 「マリコルヌううううううう!」 しかし魔法が発動しない。 「ありゃ、精神力が切れたかい?」 普通に聞いてくるギーシュ。 「どうもそうみたいだ」 僕も普通に返す。 「ふう、あー疲れた。しかし君のあのモードは何なんだね?」 「さあね、僕にも分からないよ、全く、不思議なことこの上ないな」 ま、何かの偶然とか色々合わさってのことなんだろう。 「しかし発動条件にまず嫉妬、それから怒り、そして何よりしょーもないこと、この3つがあるのは間違いないみたいだね」 ギーシュの考察はそうらしいが僕も似た考えだ。 「やれやれだ、サウスゴータとかでもこのモードが発揮されればよかったんだが、世の中上手くいかないもんだよなあ」 やっぱルイズの言うとおり、世の中に御都合主義は無いみたいだ。「風のライン」、それが今の僕の現実、それに合った力で生き抜かなくちゃいけない。 「確かにな、しかし君の立場には本当に同情するよ」 そう言ってくれるギーシュ。 「なあギーシュ、僕と君の違いは何なんだろうな? くぐった修羅場の数なら大差ないと思うんだが」 「そうだね、君はアルビオン上陸後は補給部隊にいたからサウスゴータ攻略には参加していないが、あの空中戦に参加していたんだもんな」 「ああ、僕が最初に乗っていたのは『レドウタブール』号だった。だけど敵の焼き討ち船の攻撃でひどい損傷を負って戦闘続行が不可能になった。とはいえまだ戦える士官は別の船に移って戦うことになった。なにせ士官不足だったからね、少しでも多く、学生の士官候補生だろうと数が必要だった」 『レドウタブール』号に乗っていたメイジは何人かごとで別の戦艦に移った。 「だけど、君が移った船も攻撃を受けて空中で四散したんだったかな?」 「敵の攻撃は激しさを増す一方だった。何せ30隻もの焼き討ち船というとんでもない艦隊だ。しかもそれは戦列艦クラスの大きさの船に限った話で、他にもいくつもの小型船が次々に突っ込んできた。最初に喰らったのは運良くその小型船だったんだが、それ以降は大型船が突っ込んできた」 同等の大きさの船が火薬を満載して突っ込んでくるんだ。どうなるかは考えるまでもない。 「で、君は直撃寸前に決死のダイブを実行したわけだ、敵前逃亡とかそういう話じゃないねもう」 「そ、で、死にもの狂いで逃げ回って何とか別の戦列艦に辿り着いたんだけど、結局その艦も爆砕した。そしてまた空中遊泳の開始というわけだ」 死ななかったのが奇蹟だと思う。 「ほんとによく生きてたなあ」 「運良く乗り手が砲弾で吹っ飛ばされたグリフォンがいてね、それに乗って脱出したんだ。反撃しようにも、焼き討ち船に個人で反撃ってのは、死にたいと言ってるのと同じだからね。連合軍の艦隊も、至近距離まで来られたらなす術なしって感じだった。焼き討ち船が時間切れで自爆するまで逃げ回るしか出来なかったからね」 僕が風メイジで本当に良かった。土メイジのギーシュだったら死んでただろう。 「うん、間違いなくサウスゴータ攻略戦以上の激戦だね」 「だろう、そしてあとはあの撤退戦だ。友軍がどんどん逃げていく中、残って戦うってのは凄い大変だったもんな。まあ、逃げてった連中の重装備を使い放題だったのが救いだったけど」 あれがなかったら全滅してたかもしれない。 「だなあ、ルイズとサイトが必死に戦ってるってのに、僕達だけさっさと退くわけにもいかなかったからね。まあ、僕の中隊の連中は火事場泥棒をやってたけど」 あいつらは凄かった。よくまああの状況でそんなことができるもんだ。流石は不良軍人。 「そうだよ、勲章をもらった君に劣らないほど僕は戦ったはずなんだ。だけど結果だけみればどっちの戦場でも逃げ回ってただけ。本土で食糧集めの手伝いをやってただけの連中と同じか、それ以下の扱いってのはどうかと思うんだよ」 ついでにサウスゴータに補給物資を運ぶ途中も、アルビオンの名将オーウェン・カナン提督率いる部隊に襲われて、なんとか逃げ切った。僚艦が2隻程拿捕されてたけど。 一体僕はどういう星の下に生まれたんだろう? 「ううむ、不運だったとしか言いようがないな」 「ああ、僕がもてる日は一体いつ来るんだろう。 ん、待てよ、もてる奴を全員殺してしまえば僕にチャンスが回ってくるってことじゃないか?」 そうだ、何でこんな簡単なことに気付かなかった。 「マ、マリコルヌ?」 「そう、そうだよ、全員殺せばいいんだ。女の子に囲まれるようなモテモテ君を」 再び力が漲ってくる。ああ、怨念が見えるぞ。 「まずは貴様だあ!」 「ヒイイイイイイ!」 その瞬間。 べちゃ! という音がしたと思うと僕の意識は遠のき始める。 ふと向こうを見ると金髪縦ロールの女性が見えた。■■■ side:モンモランシー ■■■ 「うん、まあまあの出来ね」 私は『レビテーション』で投げつけた魔法薬の効果を検証する。 「モンモランシー!」 ギーシュが驚きの声を上げながら振り返る。 「お帰りギーシュ、一応心配してたわよ、まあ、あなたとマリコルヌは絶対に死なないと思ってたけど」 それは本当。 「それは、僕達の実力なら生き残れると思ってくれてたってことかい?」 ギーシュが気取りながら答える。 「いいえ、貴方達は笑い担当でしょ、そういうキャラは死なないのが世界の法則よ」 「ぐはあ!」 崩れ落ちるギーシュ、相変わらず全開ね。 「ま、とりあえずマリコルヌを運びましょう。私の薬の効果は一日くらいもつから」 まあ初めて使ったから確証はないけど、こいつはちょうどいいサンプルになりそう。 「なあ、モンモランシー、異性に熱視戦を送るのは恋人としてはやめて欲しいところなんだが、その視線が標本や実験動物を見る目だったら、僕はどういう反応をすればいいんだろう?」 「あるがままを受け止めなさい、女は包容力がある男性に惹かれるものよ」 そして私達はコルベール先生の研究室に歩きだす。 …自分の行動が隊長であるルイズに似てきた気がする。 「成程ね、キュルケとタバサがいないのはそういうわけだったのか」 現在研究室の隣の休憩室で、学院襲撃の時の話を終えたところ。隣ではマリコルヌが眠ってる。 「そうよ、コルベール先生の治療はなんとかなったからね、その点はハインツに感謝かしら、秘薬がなかったらちょっと厳しかったもの」 ハインツの資金援助によって大量の秘薬があったから銃士隊の怪我人も癒すことができたのよね、もっとも、死んだ人は無理だけど。 「なるほどね、ルイズから学院が無事ってのは聞いたけど、詳しい内容はルイズも知らなかったみたいだからね」 それは私がルイズに連絡用ガーゴイル“リンダーナ”を飛ばして知らせたからね。 「ま、とりあえずこっちはそんな感じかしら、女生徒の親から金もふんだくったから言うこと無しだわ」 学院襲撃の後は終戦まで休校だったから、その間に金を巻き上げて回ったわ。 「相変わらず凄いなあ君は」 「女は度胸よ」 ていうか『ルイズ隊』に度胸が無い女はいないわね。ヘタレは二人いるけど。 「で、そっちはどうだったの? ルイズとサイトがいないのが気になるんだけど」 あの二人を見かけてない。 「うん、それなんだけど、ちょっと長くなるよ」 そしてギーシュが話し始める。 「なるほど、それでサイトは7万に一人で突っ込んだのね」 なんとも無茶するわ。 「そのおかげで僕達は帰ってこれたんだ。感謝してもしきれないよ」 ギーシュは嬉しそうに話す。一番サイトと仲良いのはこいつだからかしら。 タバサは別、あの子は仲が良いんじゃなくて好きなんだから。 「でも、サイトはどうなったの?」 「分からない、でも、生きてるのは間違いないよ」 断言するギーシュ。 「どうして?」 「帰りの船の中で目覚めたルイズが、すぐに『サモン・サーヴァント』を唱えたんだけどゲートは現れなかった。つまり使い魔であるサイトは死んでないってことさ」 なるほど、それなら間違いないわ。 「じゃあルイズは今何やってるの?」 この状況でアルビオンでサイトを探してるとは思えないけど。 「今は実家に戻ってる。何でも家族に内緒で戦争に参加したそうだから、1か月くらいは家族サービスしてくるそうだよ。“サイトのことは私が何とかするからあんたらはいちゃいちゃしてなさい”ってさ」 なんともルイズらしい話ね。 「ルイズ、家族に黙って戦争に参加してたのね」 そこまでやるとは。 「まあ、ルイズは僕達とは違うからねえ。なあモンモランシー、仮にガリアが参戦していなくてトリステインがゲイルノート・ガスパールに攻め滅ぼされていたら、君はどうしていた?」 唐突にギーシュがそう訊いてくる。 「そうね、モンモランシ家はとり潰される可能性が高いから自立するしかない。多分アルビオン軍の治療師(ヒーリショナー)になっていたと思うわ、ゲイルノート・ガスパールが率いる軍事国家のアルビオンではそれが最良の選択でしょうし」 ま、もともとどこかの貴族に嫁ぐか自立するかしか道はないんだけど。 「うん、僕の多分似たような感じだ。グラモン家は軍人の家系だからアルビオンではそのまま家ごと軍に引き取られると思う。軍の士官の一人として仕えることになってたかな、まったく、貧乏貴族はどこまでいっても貧乏貴族だね」 ギーシュは四男で、私にも兄がいる。どっちも家を継げるわけがないから自分の実力で生きていくしか道が無いのよね。 「だけど、ルイズはそうはいかないのよね、ヴァリエール家は没落どころか一族皆殺しにされる」 「ルイズの家はトリステイン王家の傍流、つまりルイズにすら王位継承権はある。そんな存在を『レコン・キスタ』が生かしておく訳は無い、今回の戦争でルイズが必死だったのはそういう理由何だろうね」 自分と家族の命が懸ってればそうでしょうね。 「それでももう戦争は終わったわけだし、私達は私達の未来の為に頑張りましょう」 何事も前進しながら考える。それが『ルイズ隊』の指標の一つ。 「さっきのアレもその頑張りの結果なのかい?」 「そうよ、例の『眠り煙』はコストが高すぎたからね、もうちょっと安価で使いやすいのを開発してるのよ」 あれはその試作品。 「どういう感じなんだい?」 「簡単に言えば、煙は効率が悪いのよ。大量に散布できるけど相手が吸い込むのはその一部だけ、残りは空気中に拡散してしまうわ。逆に飲み薬は無駄が一切ないけど飲ませるのが大変。液体を布に染み込ませて相手の顔に押し付けるって方法もあるけど、実戦でそんな真似する馬鹿はいないでしょ?」 「だろうね、そんな暇があるなら気絶させた方が手っ取り早い」 「だから、粘性を持たせて相手の顔に付着させるの。『レビテーション』で飛ばせば自分の手にくっつく心配も無いしね。「風」の魔法と組み合わせればかなり効果を発揮すると思うわ」 例えばタバサの風でその粘性眠り薬を的確に相手に飛ばしてもらえば、殺さずに相手を無力化できる。煙に比べて効果が強いからそう簡単には目覚めないし。 「なるほど、だけどそれなら泥に含ませて即興で作る手もあるかもしれないな、まずは僕が「土」を操作してだね・・・」 そんな感じで私達の日常は戻って来た。■■■ side:才人 ■■■ 「う、ここは」 俺は目覚めた。 しばらく自分がどういう状況なのかわかってなかったが、時間が経つにつれて思い出してきた。 「確か俺、7万の軍に突っ込んだんだよな」 でもってまず前陣を突破して、その最後にとんでもねえ指揮官がいた。 「多分あれが“岩石”のニコラ、ボアロー将軍ってやつか」 ルイズがやたらと警戒してた4将軍の一人。 「で、その後の中軍は簡単に突破できたんだよな」 そこは反乱軍だったからほとんど何の障害も無く突破できた。けど、ボアロー将軍に付けられた傷はどんどん悪化していった。 「あんときは寒いって感想しかなかったけど、間違いなく相当の血が流れてたってことだよな」 んでもって後陣に突入して、そこからは速度が徐々に鈍りだして。 「最後もまたやたらと強そうなおっさんにやられたんだよな、電撃を使ってたから多分あれが“雷鳴”のウィリアム。ゲイルノート・ガスパールに次ぐ指揮官のホーキンス将軍か」 やっぱ世の中は広いなあ、あんなのがごろごろいるんだ。しかも、ゲイルノート・ガスパールの強さはそんなもんじゃねえ、あの時は手も足も出なかった。 「ん、じゃあなんで俺は生きてんだ?」 思いっきり力尽きた気がするんだが。 自分の体を確認すると傷はほとんどねえ、火傷もねえし体中にあった裂傷もなくなってる。あちこちに包帯は巻いてあるけど特に必要もなさそうだ。 周りを見るこぢんまりとした部屋だった。ベッドの脇に窓が一つ、反対側にドアがあった。部屋の真ん中には小さな丸いテーブルが置かれて木の椅子が二脚添えられてる。 全く見たことねえ場所だ。 「誰かに助けられてここに運ばれたってことか?」 でも一体誰が? とそこにドアが開いて誰かが入って来た。 「あ、目が覚めたのね」 金色の妖精が現れた。 しばらく思考停止してた。 それほどびっくりした。 なんつーか、ありえないくらい綺麗だった。美しいて言葉が霞むくらい凄かった。もう何と表現すればいいのか分からん。 あまりにも美しいっつうか、神々しいまでの美貌を纏っていた。 長いブロンドの髪は波打つ金の海のごとく輝く。粗末で丈の短い草色のワンピースから延びる四肢は細くしなやか。素朴な白いサンダルまでもが可憐に少女を彩っている。 俺に文才なんざあるわけないんだが、こんな文章が頭に浮かぶくらい凄まじかった。 「えーと、君は?」 かろうじてそう訊く 「あ、私はティファニアっていうの、呼びにくかったらテファと呼んでくれていいわ、マチルダ姉さんもそう呼んでくれるし」 ティファニアか、いい名前だな。ん、マチルダ? 「マチルダって、ひょっとして、魔法学院で秘書やってるマチルダさん?」 あの爺さんの秘書で、『ルイズ隊』の面子は結構世話になってる。 「ええそうよ、呼んできた方がいいかしら?」 頷くテファ。 「え、いや、別にいいけど」 えーと、どうなってんだ? 俺はマチルダさんに助けられたってことか? でも何でマチルダさんが? んなことを考えてると、またドアが開いた。 「おう才人、目覚めたみたいだな、結構結構!」 元気に言いながらハインツさんが入ってきた。 「ハインツさん!」 「何だかんだで久しぶりだなあ才人。元気か、っていうのも変か、2週間も眠ってたわけだしな」 え、2週間? 「あの、俺は2週間も寝てたんですか?」 「まあな、傷自体は俺が全部直したんだが、問題はエネルギー切れの方だった。“ヒュドラ”で暴走した“ガンダールヴ”のルーンが限界以上にエネルギーを消費したようでな、自然回復に任せるしかなかったんだ」 よどみなく答えてくれるハインツさん。 「てことは、俺を助けてくれたのはハインツさんですか」 この人ならそのくらいは出来そうだし。 「応よ、任務のついでに見かけた程度なんだが、俺の祖国のガリアが急遽参戦してな。それで斥候として俺がアルビオン軍の偵察を行ってたんだが、そこに突っ込んでいくお前を見かけてさ、ランドローバルで急降下して回収したんだ。詳しい状況はデルフに訊くと良い」 一気に色んな情報を言うハインツさん。正直ついていけない。 「あの、ガリアが参戦したって、本当ですか?」 「まあな、ついでにいうとオリヴァー・クロムウェルとゲイルノート・ガスパールは死んで、アルビオンは降伏した。今はウェールズ王の時代になってる」 「は?」 俺の思考は完全に停止。 「まあ、いきなり言われても分からないだろうな、ゆっくり話してやりたいのは山々なんだが、まだ少し仕事があってな、残りはマチルダさんに訊いてくれ」 そしてドアの方に向かっていくハインツさん。 「ほんじゃなテファ、また明日来るから。それに、近いうちにアイーシャとヨシアが来ると思うぞ」 「本当ですか!」 目を輝かせるテファ。 「ああ、ワイバーンを貸してやったから簡単に着けるはずだ。確か桃りんごが好きだったはずだから用意しておいてやってくれ」 「はい!」 元気よく答えるテファ、意外と活発な子なんだな。 「おーーい! マッチルダーサーン!」 微妙に区切りがおかしい呼び方をするハインツさん。 しばらくして。 「変な呼び方すんじゃないよ、で、一体何のようだい?」 「いやさ、俺はこれからまた仕事なんで、目覚めた才人に現状の説明をお願いします」 「あ、坊やじゃない、目覚めたのね」 こっちに顔を向けてくるマチルダさん。 「マチルダさん、御無沙汰してます」 とりあえず返事をする。 「OK、了解したよ、あんたもせいぜい頑張りな」 「ええ、マチルダさんも婚活を頑張ってください」 「しばくよ」 「さようなら」 凄まじい速度で逃げるハインツさん。あの人も楽しそうな人生を送ってるなあ。 「さーて、どっから話せばいいのかねえ」 そうして俺はマチルダさんから眠ってた間の出来事を教えてもらうことになった。■■■ side:ルイズ ■■■ 私は今ヴァリエールの屋敷というか城にいる。 ほとんど騙すような形で実家を飛び出して戦争に参加したのでお父様、お母様、エレオノール姉様の怒りは相当なものだった。 だから私はあえて隠さず全てのことを語った。 虚無のことも、『アンドバリの指輪』のことも、そしてゲイルノート・ガスパールのことも。 姫様の為、祖国の為、そして何より家族の為に参戦したことを全部余さず語った。 結果、なんとか許してもらえたし、お父様も私の判断は間違ったものではなかったと言ってくれた。 けど。 「しかし、父としては心臓に悪いぞ、わしもそろそろ年だからな、あまり心配させんでくれ」 と言われた時は頭が下がる思いだった。 やっぱり私はまだまだ未熟なのだと再認識した。 そして今私はちいねえさまの部屋で一緒にお話をしている。 「相変わらず凄い部屋よね、また動物が増えたんじゃ」 周りには各種の動物がいる。けど皆ちいねえさまに懐いているから危険なことはない。 「ついつい拾ってしまうのよ、こればっかりは性分かしら」 笑いながら小鳥の羽を撫でている。本当に一枚の絵みたい。 タイトルは『慈愛の女神』、もしくは『緑の聖女』といった感じかしら。 ちいねえさまは荘厳な雰囲気の教会とかにいそうな“聖女”って感じじゃない、むしろ緑あふれる農村とかにいそうな感じがする。 建物に依存するような紛い物の光じゃなくて、例えどんなところにいてもちいねえさまの輝きは損なわれないと思う。 「ふふふ、考え事かしらルイズ?」 穏やかに微笑みながら問いかけてくるちいねえさま。 「まあちょっとね、だけど、ちいねえさまは怒ってないの?」 私は戦場に行ったのだ、ちいねえさまが心配しないわけがない。 「心配ではあったけど怒ってはいないわ、だって貴女が自分で決めたことなのでしょう。だったらそれを私が止めることはできないわ。どんなに危険なことであっても、貴女が自分で望んで進む道ならそれを祝福してあげたいと、私は思うの」 本当に、ちいねえさまには勝てない。 なんでこの人は一番かけて欲しい言葉をそのまま口にしてくれるのだろう。 だからちいねえさまは私の憧れ。私の理想。もっとも、私じゃあ絶対にちいねえさまのようにはなれないけど。 「それに、頼りになりそうな騎士様も一緒だったようだしね」 そういえば一度帰って来たとき、サイトとタバサがちいねえさまに会ったって言ってたわね。 「あれは私の騎士じゃないわよ」 「そうだったわね、最初は貴女の恋人さんかと思ったけど、すぐに違うと分かったわ。もっとも、誰でもすぐに分かりそうだったけど」 コロコロ笑うちいねえさま。そういえばあの二人の部屋を同じにしてわざわざベッドを一つにしたんだった。 「サイトはタバサの騎士だから、私の騎士には出来ないわ。それに、もう使い魔でもないし」 私はもうサイトを使い魔とは認識していない。 メイジと使い魔は一心同体と言われているけど、私は戦争についてこなくてもいいといった。その時点でサイトはもう私の使い魔ではない。彼は自分の意思で戦場に来たのだから、頼りになる戦友ではあっても使い魔ではない。 「ふふふ、貴女は本当に変わったわね、私の小さなルイズがこんなに大きくなるなんて」 ちいねえさまが近づいてきて私の頭を撫でてくれる。 「そうかしら、そんなに成長してないけど」 特に胸、私の髪はちいねえさまと同じだけど、胸は思いっきりエレオノール姉様に似てしまった。……性格かしら? 「大丈夫、ちゃんと成長してるわ、見違えるほどになったもの。昔の貴女は少し危うい感じがしていたけれど、今の貴女ならなんの心配も無く見守れるわ」 そう言ってくれるけど、私はちいねえさまに見守って欲しくはないのだ。 「ねえちいねえさま、私はちいねえさまに見守って欲しくはないわ、元気に幸せに過ごしてほしい」 ちいねえさまが見守るのは、それしかできないから。 ちいねえさまの病気の原因は分からない、どんな水のメイジに診せたところで結果は変わらなかった。 体の芯からよくないようで、一部を治すために魔法をかけると他の部分が悲鳴をあげる。つまりメイジの系統魔法ではどうしようもないのだ。 「そうね、そうできれば貴女と一緒に歩けるのだけど」 “歩く”とは多分“生きる”ことと同義なのだろう。多分、このままじゃちいねえさまはそんなに長くはない。 ちいねえさまは学校にも行ってないし婚約者もいない。それ以前にヴァリエールの土地から出たことも無い。 そんなの私は嫌だ。私の大切な人がそんな境遇にいることを許容できるほど、私の心はおおらかではない。そこが私がちいねえさまのようにはなれない点であり、今の私にとっては誇りでもある。 「ねえ、ちいねえさま、私がその病気を治すために進み続けるとしたら、それを祝福してくれる?」 だからこれはただの確認、例え否定されても私が進む道が変わることはないのだから。 「そうね、私の為に貴女の人生が狭められてしまうのは心苦しいわ。だけど、貴女はもう決めてしまったのでしょう」 流石ちいねえさま、私のことは何でも解ってしまうのね。 「だから私は願うだけ、貴女が無理をしないように、決して自分に負けないように、貴女が進む道に誇りをもてるように」 ここに誓いは成された。 ちいねえさまがそう願ってくれるなら、私は絶対に諦めない。どこまでも進み続ける。 「大丈夫、絶対に治してみせるわ。それに、心当たりもあるの」 ハインツ・ギュスター・ヴァランス。 彼は言っていた。ガリアには技術開発局があり、そこでは異端とされている先住魔法の研究を行っていると。そしてその講師として様々な先住種族の代表を招いており、“知恵持つ種族の大同盟”という議会がある。ハインツはそこの議長なのだという。 本来国家機密のはずのそれを、あえて私に話すことには何らかの意味があるはず。 あの男は一切無駄なことをしない。それに常に私達を導くように行動していた。まるで私達にさせたい役目があるかのように。 しかもそれを私にあえて気付かせようとしている節もある。いや、私がこういうことに気付くようになるように導いたのは他ならぬあの男だ。 謎だらけの男ではあるけれど、一つ間違いないのはタバサをとても大切にしているということ。 ・・・いつかサイトは“タバサをください”ってハインツに言いに行くかもしれないわね。 「そうなの? 随分頼りになる人がいるのね」 頼りになるのは間違いない。それに先住魔法ならちいねえさまを治せるかもしれないし、ハインツ自身が別の技術を持っている。 それはサイトの世界の医療技術。 異なる複数の技術を組み合わせれば可能性は無限に広がる。諦めるには早すぎるのだ。 故に私は“博識”であろうとするのだ。あらゆる知識を集めてそこから新しいものを見つけ出す、という希望を込めて。 「ええ、だけどやるのは私よ、私の手でやらないと意味がないから。それを邪魔するんだったら神だろうとブリミルだろうとなぎ倒すわ」 先住魔法の研究はロマリア宗教庁から異端とされている。 ちいねえさまを救える可能性がある技術を異端として排除しようというなら、こっちがブリミル教を排除してくれる。 このくそふざけた“虚無”の力もそのために使うなら皮肉が効いてていいわ。 大体、伝説の力のくせに生産性が無さすぎるのよ。 『爆発』、『解除』、『幻影』 どれもこれも壊したり無に帰したりばっかで残るものが何も無い。まさに“虚無”。 「火」のようにものを温めたり、「風」のようにものを運んだり、「水」のように人を癒したり、「土」のようにものを作ったりできない。せいぜい戦争に利用するのが関の山。 私の目的においてこれほどいらない力は無い。 とはいえ、それもまだ先の話。今の私はまだ系統魔法に関する知識すら完全じゃない。 まずは基礎を固めてから。それに他の心配事もあるし、そっちも並行して片付けないといけない。 「全てはこれからよ」 それはちいねえさまに対する宣誓であると同時に、自分に向けた戦闘開始の合図でもあった。