連合軍はシティオブサウスゴータを放棄しロサイスまで撤退。 しかし兵力は半減し、アルビオン軍は全軍が追撃に入っている。 総兵力で3万対8万となり、今現在ロサイスへ進軍している兵力は7万。 重装備の大半を置いて逃げてきた連合軍に迎え撃つことが出来る訳もなく、本国への退却を開始した。第二十三話 英雄の戦い■■■ side:ルイズ ■■■ 「時間が無いわね」 今は夕刻、ロサイスにいるのは私とサイトだけ、ルネ達は休憩をとった後アルビオン軍の偵察に再び出発した。 帰ってくるのは数時間後になるだろう。 「3万の兵が全員船に乗り込む時間が必要なんだろ、どんくらいかかるもんなんだ?」 「私は兵站参謀じゃないから、完璧とはいえないけど大体は予想つくわ。多分明後日の深夜から朝にかけてね、そしてこのままじゃ間に合わない。戦列艦を撤退に投入できれば間に合ったでしょうけど、アルビオン艦隊が健在である以上それは不可能だわ」 そんなことをすれば無防備な船団は敵艦隊に悉く沈められることになる。 「だとしたら足止めが必要になるってことか」 「本当はその時間を稼ぐ為に、私達はシティオブサウスゴータで殿軍を受け持ったんだけどね、偉大なる総司令官様が見事に期待を裏切ってくれたみたいよ」 本当に殺してやろうかと思ったわ。 「どういうこった?」 「兵站参謀の一人を捕まえて吐かせたんだけど、どうやら本国から撤退の許可をもらうのに半日くらいかかったみたいなのよ。ま、それは当然と言えるわ。まさか本国だっていきなり、連合軍の半分が寝返って総司令官が討ち死にしました、なんて言われても納得できるわけないもの」 無能な貴族達じゃ尚更でしょうけど。 ま、半日ってのは早いほうだわ。多分『アンドバリの指輪』の効果を知っている姫様と枢機卿が決断してくれたんでしょうけど。 「まあ普通はそうだろうな」 「だけどね、もう撤退するしか方法は無いんだから、撤退許可が下りる前に撤退準備を始めるべきだった。だけど司令官様はそれをしなかった。許可が下りる前に始めたら抗命罪になるからね、早い話が自分の保身に走ったのよ、トリステインにはそんな軍人ばっかだけど」 怒りを通り越して呆れてくるわ。 「で、自分の保身に走った結果、撤退完了前に7万の敵が突っ込んでくるってことか、当然司令官や軍幹部は真っ先に逃げ出して、間に合わないのは下っ端連中だけと。いやあ、素晴らしい話だな」 サイトも同じ気分みたいね。 「時間稼ぎに部隊を投入しようにも、重武装はないし、投入したところで部隊はすぐ降伏するだろうし、戦列艦を動員することもできない。まさに絶体絶命、私達が命懸けで戦って稼いだ半日は、司令官の保身の為に見事に使い潰されたってわけね」 サウスゴータの撤退戦はなんだったのかしらね? 「敵よりも先に司令官を殺したくなってくるな」 「気が合うわね、私もそんな気分よ」 今なら特大の『爆発(エクスプロージョン)』をお見舞いできそうだわ。 「んなこと言っててもしゃあねえか、敵はいつ頃来そうなんだ?」 「ルネ達が戻ってくるまで断言はできないけど、ロンディニウムからシティオブサウスゴータまでの進軍速度を考えると、明日の昼3時頃には到着すると思うわ」 あとちょうど半日あればぎりぎりで撤退は間に合いそうなんだけど。 「絶対に間に合わねえな、だとしたらどうするんだろ?」 あの司令部のことだから大体予想はつくわね。 「予想はつくけど確証は無いから、とりあえず今は待つしかないわ。ルネ達が帰ってくるまでは寝てましょう」 「なんかすげえ嫌な予感がするんだが」 「同感ね、私もよ」 とりあえず私達は寝ることにする。 ま、結論は分かりきってるけど。■■■ side:才人 ■■■ 帰って来たルネ達によれば、アルビオン軍はもの凄い速度で進軍しているらしい。 これまで戦いらしい戦いをしてなかったアルビオン軍は休養ばっちりで、エネルギーが有り余ってるみたいだ。 で、ルネ達が帰ってきたすぐ後にルイズは司令部に呼び出され、ある命令を受け取って来た。 「敵軍7万を一人で足止めしろ、ここから50リーグ離れた丘の上で待ち構えて“虚無”をぶっぱなせ。敵に見つからぬよう陸路で向かえ、でもって魔法が尽きるまで撃ちまくれ、撤退も降伏も認めず、つまりは街道の死守命令ってやつか」 俺はルイズに渡された命令書を読み上げる。 こっちの字はシャルロットに習ったので問題なく読める。 「実にふざけた命令よね、私達が稼いだ半日を自分の保身のために犠牲にしておきながら、さらにそんな命令を出すなんて、トリステインも末期ね」 ルイズはそう言うがその気持ちは俺も同じだ。 俺達が今いるのは街外れの寺院の前、そこで馬を受け取ったところだ。 「今すぐ破り捨ててえとこだが、そういうわけにもいかねえか」 ルイズが戦うのは家族や女王様といった親しい人達を守るためであってこんな糞野郎のためじゃない。 「当然よ、その命令書は大切に保管して、後日姫様と枢機卿に届けなきゃね。そうすれば、トリステインが無事だろうが滅ぼうがウィンプフェンの人生はそれで終わるわ」 淡々と言うルイズ。 「凄いことをさらりと言うなお前は」 「まあ、あまりにもむかついたからその場で股間を蹴り飛ばしてやったけど」 「おい」 なんつーことをするんだこいつは。 「下手すりゃ殺されるぞそれ」 「平気よ、周りの参謀たちが騒いだけど“あら、私を殺していいのかしら?敵を死ぬまで止めてもらわないと困るんじゃないかしら?おほほほほほほほほ!”って笑いながら小規模な『爆発』をお見舞いしといたから」 「・・・・・」 最早言葉が出ない。 「まあ問題はウィンプフェンをどうやって地獄に送るかじゃなくて、どうやってアルビオン軍を止めるかよ」 仕切り直すルイズ。 「策はあんのか?」 「防衛戦じゃ蹂躙されておしまいだから突っ込むしかない、これは間違いないわ」 そう切り出すルイズ。 「突っ込むのか?」 「突っ込んで敵の司令官を討ち取るか、司令部に動揺を与えるしかないわ。『爆発』で前衛部隊を片付けても何の意味も無いし、街道を前進してくるわけだから、敵は細長く伸びている。大規模な『爆発』は球状に広がるからその陣形じゃ一度に吹き飛ばせるのは数百が限度よ」 確かに、それじゃあ意味がねえ。 「かといって空からの奇襲も無理だろ、アルビオン竜騎士隊が相手じゃ絶対に撃墜される」 この前シティオブサウスゴータにきた数を見る限りじゃそうとしか思えない。 「そうね、竜騎士隊相手に『爆発』じゃ、詠唱速度が足りない。あっさりと殺されるわ。だから手段は一つ、空中に『幻影』を出現させて空戦部隊の注意を惹きつけて、後は小規模な『爆発』でひたすら前進していく、これしかないわ」 「そこで前進すんのか」 「命令には降伏も撤退も認めないって書いてあるけど、前進するなとは書いてないわ、攻撃は最大の防御、ひたすら一直線に突き進んで7万を突き抜けるのよ。そうすれば命令に背かない、足止めもできる、そして生き残れる」 勇ましくそう言うルイズ、だけどそれは。 「なあ、俺はどうすりゃいいんだ?」 そこが問題だ。 「あんたはこのまま撤退しなさい、『爆発』で突き進む以上一緒にいたらあんたも巻き込まれるわ、使い手だけが爆発の被害を自在に操れるのは知っているでしょ」 そう、失敗ばかりしていた頃からとんでもない爆発をしていたが、爆心地にいるルイズはほとんど無傷だった。 そして“虚無”に目覚めてからは自分が望んだものだけを爆発出来るようになった。つまり覚醒する前から無意識に自分を爆発の対象から外していたってことだ。 だからルイズと俺だけを対象外にして爆発させることもできるが、乱戦になればそんな猶予は無くなり、せいぜい自分だけで手一杯になる。 つまり、俺がいても邪魔にしかならないってことだ。 「拠点防衛だったらあんたに時間を稼いでもらってその間に唱えるのがセオリーだけど、爆発で血路を開きながら前進する以上あんたは邪魔にしかならないわ」 そう言うのは、俺を死なせたくないからか。 「お前、死ぬつもりか?」 「死ぬつもりはないわよ。私にはまだまだやりたいことがあるし、大切な人達もいるわ。こんなところで死んでられないわよ」 あくまでそう言うルイズ、それもこいつの本心なんだろうけど、いい加減長い付き合いだ。 「だけど、今のお前にはそれを出来るだけの精神力がないだろ、シティオブサウスゴータの撤退戦でかなりの力を使ったはずだぜ」 今のルイズにはそれは無理だ。 「まあね、だけど虚無に関する精神力はまだよく分かってないのよ、ひょっとしたらまだまだいけるかもしれないし、逆境に陥ることで新しい力が目覚めるかもしれないわ」 「お前らしくないぜ、“博識”のルイズはそんな不確定な要素に頼らないんだろ。願えば叶うおとぎ話は嫌いなんじゃなかったのか?」 それがこいつだ。 「あんたは普段鈍いくせに肝心なところで鋭いわね、そういうところをもう少しタバサに使ってやればいいのに」 んなことをのたまうルイズ。 「今関係ねえだろ」 「あの子はああ見えて意外と一途だそうよ、キュルケが見た感じじゃあんたは大本命だって」 こいつ、完全にはぐらかすつもりだ。 ま、俺の説得なんかで意思を変えるような奴じゃねえのはわかりきってたけどな。 「たく、わかったよ。この戦いで死なねえってのは約束したからな、俺だってタバサは好きだよ」 「あら、いい心がけね、帰ったら告白でもしてあげなさい」 そうして馬の方に向かうルイズ。 俺はあるものを取り出す。 「おいルイズ」 呼びかけると同時に放り投げる。 「何?」 ブシュアアアア! 『眠りの雲』が発生する。 モンモランシー渾身作の最後の残り、一番小さいやつだ。 「あんた!」 「悪りいな」 そしてルイズは眠りに落ちる。 「さてっと」 俺は銃に信号弾を詰めて空に撃つ。 「こいつを使うのも最後かな」 しばらく待ってたらルネがやってきたが後ろにもう一人いる。 「ギーシュ!」 「サイト、こんなとこで何してるんだ?」 なぜかギーシュがルネの後ろに乗っていた。 「いや、お前こそなんでいるんだ」 そっちの方が疑問だ。 「いやなに、ルネからアルビオン軍の動向を聞いてたんだよ、なにせ指揮系統が混乱してるから、僕が所属してるド・ヴィヌイーユ独立大隊には全然情報が来ないんだ」 なるほどな。 「で、君こそ何してるんだい?」 そう言うのはルネ。 「いや、ルイズを運んで欲しくてさ」 眠っているルイズを預ける。 「どうしたんだい?」 これはルネ。 「シティオブサウスゴータでの無茶の反動がきたんだろうな、しばらく目覚めないだろうから船に乗せてやってくれ」 「それは構わないけど、君がやればいいだろ」 「ちょっとやることがあってさ、頼む。天幕のベッドに寝かしておいてくれればいいから、お前達竜騎士隊は最後まで残ることになるだろ、後はギーシュに任す」 こいつらは自分の竜で帰れるから船には乗らないだろう。 そうすりゃ竜母艦の格納スペースが空くから結構な人員を載せれるはず。 「ああわかった、ギーシュ、行こう」 「すまないルネ、僕もちょっとサイトと話がある。歩いて帰るからルイズを天幕に送ってやってくれないか、その後は僕が引き受けるから」 「うーん、よくわかんないけど了解した」 そしてルネは飛び去っていく。 「それでだサイト、君はどうするつもりなんだ?」 真剣な表情でギーシュが訊いてくる。 俺は黙って命令書を渡す。 しばらく黙ってそれを読むギーシュ。 「君は、ルイズの代わりに突撃するのか」 「まあそうなるだろうな」 そう答えておく。 「理由を訊いてもいいかい」 「簡単に言えば、ルイズをここで死なせるわけにはいかねえからだな、かといって敵を止めねえと勝ち目が無くなっちまう」 それが理由だ。 「勝ち目?」 「ああ、ルイズはまだ諦めてない。ここで退却しても、まだ巻き返すための手段を必死に考えてる。このまま退却してもトリステインは負けだろ、そうなったらあいつの親友の姫様も、あいつの家族も死んじまう」 「しかし」 「それにあのゲイルノート・ガスパールに敵うとしたらルイズだけだと思う。“博識”であり“切り札”であるあいつがいなけりゃ絶対に負ける。もう半分以上負けてるけど、まだ勝てる可能性は残ってる。だけどあいつが死んじまったらその可能性はゼロになる」 だからあいつをここで死なせるわけにはいかねえ。 俺一人生き残っても何もできねえしな。 「それは分かるが、君は死ぬつもりか?」 それは俺がルイズに言った台詞と同じだな。 「俺もルイズにそう言ったけど、俺だって死ぬつもりはねえよ、死にに行くんじゃなくて勝ちに行くだけだ」 そしてルイズがたてた作戦を説明する。 「つまり、七万の大軍を一人で中央突破すると、そういうことかね」 呆れたように言うギーシュ。 「俺も呆れたけどな、いざやる側になってみると案外上手くいきそうな気がしてくるぞ」 これは本音だったりする。 「なるほど、君の速さにはとてもついていけないから僕に出来ることはないな、出来ることと言えば、ルイズをしっかりとトリステインまで連れ帰ることくらいか」 「いや、重要な役目があるぜ」 そういやすっかり忘れてた。 「なんだい?」 「この命令書をしっかり保管して持ち帰ってくれ、後日女王陛下と枢機卿に渡して、ウィンプフェンの人生を終わらせるそうだから」 「くくく、はっはっは! 実にルイズらしいじゃないか」 笑うギーシュ。 「だろ、こんな時にこんなこと考え付くのはあいつくらいだ」 俺も笑う。 「そうか、それじゃあ僕は自分の役割を果たすよ。君も役割をしっかり果たせ、そして死ぬな、君は伝説の使い魔なんだろ」 「応よ、期待して待っててくれ」 そして俺は馬に乗って目的地へ向かった。 50リーグも離れているから今のうちに出ないと間に合わない。 夜明けと同時に東から突撃すりゃ相手もやりにくいはずだ。■■■ side:ハインツ ■■■ 俺は今上空で俺の使い魔であるランドローバルに乗っている。 地上には才人が一人で7万の大軍を待ち受けている。 無論俺の目で確認出来るわけも無いが、ランドローバルと視界を共有することで見ることが出来る。竜の目は凄く良いのだ。 「しかし、一人で突撃する道を選ぶとはなあ、もう少し自分の体と俺の体を労わって欲しいもんなんだが」 主演達が無茶をする場合、自業自得ではあるが、しわ寄せは俺に来る。 裏方の悪魔も大変なのだ。 ≪主殿の場合完全に自業自得だと思うが≫ 使い魔までそう言ってくる。 ランドローバルを呼び出してから早9年、『影の騎士団』並みに長い付き合いだ。 「ま、それは分かってるけどな、そのたびに俺の生命力は削られていくからなあ」 とはいえ今回はまだましだ。 “ヒュドラ”程度ではそれほど負担はかからない、問題は“ピュトン”や“ラドン”である。 ≪材料に我の血液が使われているからな≫ そう、“ヒュドラ”系の薬にはランドローバルの血液が使われている。 竜の血液なら作れるのだが、火竜の場合「火」メイジ、風竜の場合「風」メイジ専用になってしまう。その分『無色の竜』であるランドローバルの血液は便利なのである。 「今回で何回目だか、才人と会ってからはさらに頻度が増えてる気がするし」 ≪そう思うなら見捨ててはどうだ≫ 「そういうわけにもいかん。才人は大切な友人だし、それ以前にシャルロットの想い人を見捨てるなんて真似をしたら、シャルロットではなくイザベラに殺される」 ≪それは確かに≫ あの悪魔とイザベラの親子が揃って敵に回るようなことになれば、俺の命は間違いなく終わる。「ま、こうして準備出来てるだけ僥倖というべきか、ロサイスで張っていた甲斐があった」 俺は『ゲート』でロサイスに行き、“不可視のマント”を着けて彼らを見張っていた。 そして馬に乗った才人をランドローバルで追いかけて来たのだ。 ≪しかし、アルビオン軍の指揮は大丈夫なのか≫ 「問題ない、進軍している7万はホーキンスとボアローが指揮してる。ゲイルノート・ガスパールは現在シティオブサウスゴータに留まっているからな」 当然そこにいるのは人形。 もっとも外見と性格はまさにゲイルノート・ガスパールそのものであり、足りないのは戦闘能力だけなのだが。 ≪ふむ、それで主殿はこちらに専念し、それが終わった後はさらに仕事があるわけか、相変わらずもの凄い仕事量だ≫ 「ま、やりたくてやってることだからな、若干あの悪魔によって仕事を意図的に増やされてる感もあるが、そこを気にしたら負けだ」 あの悪魔に関しては深く考えない方がいい。 ≪ふむ、まあほどほどにな≫ 素晴らしい激励をしてくれる我が使い魔。 俺の周りってこんなんばっかだな。 「さて、才人はどこまで行けるかな?」 それは純粋に楽しみでもある。■■■ side:才人 ■■■ 地図に記された小高い丘の上、俺は夜明け近くにここに到着した。 ロサイスから北東に50リーグ、シティオブサウスゴータから南西150リーグ、この地点で敵軍7万を迎え撃つことになる。 「迎え撃つってーのは少し違うか、思いっきり突撃かますわけだもんな」 ここまで夜通し馬で駆けてきたけど闘志と体力は微塵も減っちゃいない、むしろ増してるようにも感じる。 ガンダールヴである俺にとっちゃ最高のコンディションだ。 「いやー、相棒は馬鹿だね、だが馬鹿の方が俺は好きだがね」 それに俺は一人じゃない、頼りになる相棒がいる。 「そうだな、馬鹿なのは間違いねえと思うけど、俺は微塵も後悔してないぜ」 だからこそこんなに心が晴れやかなんだ。 「ほほう、その理由を聞かせてもらおうじゃねえか」 「いや、簡単な話だ。ギーシュには色々戦う理由を言ったけどさ。一番重要な理由を言ってねえ、つーかこれは理由ですらねえな、世の中の真理ってやつだ。こればっかは地球だろうがハルケギニアだろうが変わんねえよ」 絶対そうだ。 「その真理ってのは」 「男と女がいてさ、片方が片方を逃がすために敵に突っ込むってんなら、そりゃどう考えても男の役目だ。いや、考えるまでもねえよな」こればっかは譲れねえ、男ってのはそういう生き物だ。 「はーはっはっは! ちげえねえな! 確かにそりゃそうだ! その役目だけは絶対に変わんねえわ、女がどんなに願ってもこればっかは男の役割だ」 デルフも同意してくれる。 「だろ、で、どうせやるからには思いっきりやる。そして生き残る」 そして俺は馬から降りる。 「馬は使わねえのか」 「馬より俺の方が速いからな」 突っ込む以上スピードが命、止まったらその瞬間に全てが終わる。 「ま、確かにそりゃそうだが、ガンダールヴの強さは心の震えで決まる。今の相棒なら確かに馬よりゃ速く走れるわな。だけどよ、そんなんじゃすぐ力尽きちまうぜ」 デルフが言うことは正しい。速度と持続時間は反比例の関係にある。 「まあな、だからこいつを使う」 そして俺は“切り札”を取り出す。 「そりゃ青い娘っ子からもらった例の奴だな、確かにそれならいけるだろうが、死ぬかもしれねえぜ」 「ただ突っ込んでも死ぬからな、どうせなら使おうぜ、後は天に運を任せるさ」 とり出したのは“ヒュドラ”。 遠征前にシャルロットから渡されたものだ。≪回想≫ 「サイト、これを持って行って」 そう言いながらシャルロットが何かを渡してくる。 「こいつは?」 「“ヒュドラ”、効能は以前説明した通り、私達フェンサーの一部はこれをハインツから渡されてる」 確か、これを使うとメイジのランクが一つ上がって、反射神経とか動体視力とかも上がるんだったか。 「いいのか?」 「構わない」 うーん、いいんだろうか? 「ルーンマスターにも効果があるのは確認されてる。私達メイジの魔法も感情の昂りによって威力が上がるから、原理はそれと変わらないみたい」 「なるほどな」 そりゃ便利だ。 「だけど、貴方のガンダールヴのルーンは相性が良すぎて逆に危険がある」 「どういうこった?」 「ガンダールヴは感情によって力が増大するけど、“ヒュドラ”は興奮と沈静を何百回も頭の中で繰り返すような薬。だから、肉体の限界以上に力が引き出されて、身体がもたない可能性がある。もし使う時は最後の手段だと思って」 そりゃ分かりやすい。 「過ぎたるは及ばざるがごとし、ってやつか。サンキュ、シャルロット。お礼になんかいい土産でも持って帰るよ」 「ううん、ただ無事で帰ってくれればそれでいいから」 「分かった。絶対帰ってくる」 ≪回想終了≫ 「絶対死ねねえな」 俺は決意と共に“ヒュドラ”を打つ。 「お、おお、おおおおおお! こりゃすげえな! 相棒の心の震えがものすげえ伝わってくるぜ!!」 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」 俺は雄たけびをあげる。 「行くぜ! デルフ!!」 「応! 行ったれや相棒!!」 そして俺達は敵陣目がけて突撃する。■■■ side:ボアロー ■■■ 「前衛が動揺しているな」 軍旗の動きをみるだけでその程度は分かる。 「ボアロー将軍、敵は一騎のようですが信じられない速度で動き、しかも魔法を吸収する魔剣を持っているそうです」 「まるでガスパール総司令官のようだな」 もっとも、あの方の魔剣は魔法を切り裂くものだが大して違いはあるまい。 「それで、その敵は黒い髪に異国の格好をした少年といったところか?」 「お知りになられてましたか」 「なに、“閃光”のワルドという男がいただろう。あいつの左腕を切り落としたのはその少年らしい、なんでも伝説の使い魔“ガンダールヴ”だそうだ。それに、ガスパール総司令官と剣を交えたこともあるらしい、当然、総司令官が勝ったそうだが、凄まじい使い手だとおっしゃっておられた」 知った時は俺も驚いたがな。 「なんと」 部下も驚いているようだ。 「しかし恐るるに足らん、どんなに強い敵だろうが対応策はある。 総員に次ぐ! これより敵の迎撃態勢に入る! 三日月陣形をとり敵を包囲せよ! 弓兵と銃兵は俺の背後で敵に備えよ! 槍兵、騎士、竜騎兵は広範囲に散ってそれぞれに密集陣形をとれ! 湾の中に敵を追い込むのだ!」 さあ、狩りの始まりだ。■■■ side:才人 ■■■ 「ちっ!」 俺は常に全速力で走り回ってるから状況の判断がまるでできねえ。 風の刃、氷の槍、炎の球が次々に跳んでくるがデルフに吸わせるまでもねえ、届く前に突き放す。 「相棒! 左に銃兵が数十人! 右は槍兵数十人!」 むしろ厄介なのは槍、弓、銃だ。 メイジの魔法と違って常に存在するから、下手すると自分から串刺しになりに突っ込むことになる。 だからデルフの指示通りに動くしかねえ、そして目に見える敵は片っ端から斬り伏せる! 「ラアアアアアアアアアアア!!」 駆け抜ける! 駆け抜ける! 駆け抜ける! 余分なことは考えるな! そんな暇があれば走り抜けろ! どこまでも速く! 誰よりも速く! 「しかし、敵の指揮官は非凡どころじゃねえぞ、よくまあこんな短時間で統率が執れるもんだ」 走れ! 走れ! 走れ! 「て、聞こえてねえみたいだな、相棒! ただ一直線に突っ走れ! 小賢しい罠なんぞ突破しな!!」 言われるまでもねえ!!■■■ side:ボアロー ■■■ 敵はこちら目がけて突っ込んでくる。 そう、包囲の輪の中心に向けて。 「各員放て!」 メイジの魔法による集中砲火。 上空から竜騎士やグリフォン、マンティコア、ヒポグリフに跨ったメイジ達も包囲しているので死角は無い。 しかし。 「ハアアアアアアアアアアアアア!!」 敵は魔法を吸収しながらさらに加速、包囲を速力で切り抜けた。 「だが甘い!」 我が異名は“岩石”。どんな風であろうと破ることは敵わぬ。 グワア! 一瞬で高さ15メイル近い石壁を作り上げる。 その速度が命取りだ、剣では石壁は突破できん。 ダダダダダダダダダダダダ!! しかし敵はその上を行く規格外のようだ。 「ラアアアアアアアアアアア!!」 よもや石壁を直角に駆け上げるとは。 しかし、竜より速い馬がいたとしても空中では自在に動くことはできぬ。 「放て!」 俺の背後に控える弓兵と銃兵が一斉に撃つ。 ガキキキキキキキキキキン! 一体どこまで規格外なのか、剣で銃弾や矢を切り落としていく。 しかし限界はある、いくつかは確実に被弾したな。 「はあああああ!」 俺は愛用の杖に『ブレイド』を発生させる。 俺の杖は敵を叩き殺すためのもの、鋼鉄で出来ており重量だけで簡単に人を殺せる。 さらに「土」属性の『ブレイド』は切れ味がないが耐久度と柔軟性を上げる。 何者であろうと我が杖を切り裂くことはできん。 ガキイイイイイン!! 俺の杖は敵を弾き飛ばすが、敵は俺の後方に着地し凄まじいスピードで駆け抜けていく。 「追うな! そして撃つな! 撃ったところで味方にあたるだけだ!」 部下の不毛な行為は早急にやめさせる。 「我が包囲網を突破するとはな、まさに“神速”。あれに比べたら“閃光”などは止まっているようなものだ、奴が彼に敗れたのも当然の帰結ということか」 敵ながら、“見事”の一言に尽きる。 「しかし、あの速度で動き続ければ、かすり傷でも致命傷となるだろう。中軍はともかく、ホーキンス将軍率いる後軍は突破できまい。“雷鳴”たる彼は俺以上に厄介だぞ」 とはいえ先軍を突破された俺が偉そうに言えることではないが。 「モックス! 至急ホーキンス将軍に先軍が突破されたことと、敵の詳細を報告しろ。いかに敵が速くとも、空を駆ける風竜より速い訳はない。敵は既に手負いだ。十分な情報と対策があれば討ち取れよう」 俺は直属の伝令使であるモックスに告げる。 「了解しました。敵の詳細はいかように報告しましょうか?」 「お前が見て感じたことを言えば良い、ホーキンス将軍ならばそれだけで察してくれる」 「了解!」 そしてモックスは風竜で飛び立っていく。 「さて、損害をまとめ、部隊を再編成せねばならんな」 被害自体は然程多くはあるまい、問題は精神的なものだが上官が取り乱さなければ問題はない。 なぜなら混乱した部下はとりあえず命令されたことをこなそうとする、的確な指示さえ与えてやればすぐさま再編成することは可能だ。 「しかし進軍はしばらく不可能だな、ホーキンス将軍と相談する必要がある」 “ガンダールヴ”の彼が突っ込んできたのならば、例の“虚無”の使い手を警戒せねばなるまい。 連合軍の司令部にいる内通者によれば、彼女は“幻影”のみならずタルブで艦隊を吹き飛ばした“爆発”をも使うという。 このまま策もなしに前進するのは愚策、一度対策を練ったほうがよいだろう。 「連合軍を取り逃がそうとも問題は無い。トリステインへこのまま侵攻するのだから、遅いか早いかの違いだけだ」 戦術的に危険な相手ならば戦略的、もしくは政略的に動けなくすればよい。トリステイン王政府に“担い手”の引き渡しを要求し、応じれば各貴族領の自治権を認めるなどの条件を出すだけで、彼女を差し出そうとする貴族は大勢出よう。 「あの国はそういう国だ。貴族は腐り果て碌な者はいない。“担い手”も“ガンダールヴ”もそんな国の為に戦わねばならんとは、哀れなことだ」■■■ side:ハインツ ■■■ 「前軍は突破したか、あのボアローを抜くとは」 才人はかなり善戦している。 ≪しかし、ボアロー将軍に負わされた傷は致命的だな、高速で動き回る彼では出血が酷くなる一方だ≫ ランドローバルの指摘は正しい。 止まればそれまでの才人は全速力で駆け抜けるしかないが、それは彼の傷を広げ生命力をどんどん奪っていく。 それを瞬時に見極め、あえて深追いしなかったボアローの軍才は並ではない。 「中軍は問題ないだろうが、ホーキンスの後軍を突破するのは不可能だな、そろそろ準備に入るか」 俺は“ヒュドラ”を使用する。 これで俺は「水のペンタゴン」となり、『アムリットの指輪』もあるので才人の首が飛ばない限りは治すことが出来る。 「ランドローバル、タイミングが命だ、監視は厳しくいくぞ」 ≪承知≫ 上空から地上の状況を知るにはランドローバルの目が頼りだ。 「さて、英雄はどこまで前進できるか?」■■■ side:才人 ■■■ 走れ! 走れ! 走れ! さっきからやけに寒いから走ってねえと凍えそうだ。 「相棒! 中軍も突破した! 残すは2万てとこだ!」 デルフの声ももうよくわかんねえ。 「応よ!」 ただ前へ、ひたすら前へ。■■■ side:ホーキンス ■■■ ボアローからの報告があった“ガンダールヴ”は現在我が後軍へ突入している。 我が軍は中央をあえて薄くし左右から挟み込みひたすら狙撃することに徹している。 その中央の先に私がいる以上、彼はそこに突っ込まざるをえまい。 「まさに英雄だな、単騎でここまで突破するとは」 しかしその前進もここまでだ、ボアローの報告よりも速度は若干ではあるが落ちている。 負傷も徐々に多くなっている。限界は近い。 「それでも尚走るか」 彼は真っ直ぐにこちらへ突っ込んでくる。 「ならば迎え撃とう」 “雷鳴”の名に懸けてあの者に引導を渡してくれる。 ダダダダダダダダ! 無言で切り込んで切るガンダールヴ。 「はあ!」 ガキイ! 受け止める。 「『ライト二ング・クラウド』!!」 バチバチバチイ!! いかに魔法を吸い込む魔剣といえど、この至近距離で電撃を喰らえばひとたまりもあるまい。 彼が万全であったなら受け止めることができたか怪しいが。 「『エア・ハンマー』!!」 ドン! 敵を吹き飛ばす。 オオオオオオオオオオオオオ!! 周囲から歓声が上がる。 「念のためメイジの狙撃隊を控えさせておいたが必要なかったか」 しかし、その認識は甘かったようだった。■■■ side:ハインツ ■■■ 「いくぞ! ランドローバル!」 ≪承知≫ ほぼ垂直に急降下するランドローバル。 「才人を口に咥えたら一気に上昇しろ! 一瞬で片をつける!」 ≪心得た≫ ゴオオオオオオオオオ! もの凄い風を感じる、そして俺もまた詠唱を始める。 ドオン! 轟音と共に着地しランドローバルが才人を咥える。 「『レビテーション』」 左腕に仕込んでおいた“遅延呪文”によってデルフリンガーも回収する。 「上昇!」 ≪承知≫ 飛び上がるランドローバル。 「逃がすな! 放て!」 ホーキンスの命令が下る。この不意打ちに反応するとは流石だ。 「甘い、『カッター・トルネード』!!」 俺は「風」・「風」・「風」・「風」のスクウェアスペル、『カッター・トルネード』を真下に発動させ魔法を迎撃する。 “ヒュドラ”でランクが上がっているからこそ可能な魔法だ。 ≪主殿、竜騎士隊が追ってくるぞ≫ 背後に振り返ると竜騎士隊が追ってくるのが見える。どうやらホーキンスが追撃に繰り出したようだ。 「20騎くらいはいるな」 ≪しかも全騎風竜だな、“無色の竜”である我より速力では向こうが勝る≫ 「全く問題ない、『毒錬金』!」 俺は追ってくる竜の口元に毒ガスを発生させる。 ハルケギニアに存在しない化学合成の毒は一瞬で竜を行動不能に陥れる。 「おお! ハインツの兄ちゃんじゃねえか! 何でまたこんなとこに!」 デルフリンガーが俺に話しかけてくる。 「ま、色々複雑な理由があんのさ、後で説明してやっからとりあえず今は安全圏まで離脱して才人の治療を優先しよう」 「そういやそうだ、相棒このままじゃ数分くらいで死んじまうぜ」 「死んでない限りは治せる、何せ俺はハルケギニア一番の医者だ」 最近忘れがちではあるが。 「なんだかよくわかんねえけど頼むわ、相棒を死なせるわけにはいかねえからよ」 デルフもお願いしてくる。 俺は『レビテーション』でランドローバルに咥えられている才人を背中に移す。 「ランドローバル、俺はこれから才人の治療を開始する。予定通りの場所に向かってくれ」 ≪了解だ、主殿≫ 『アムリットの指輪』も併用しつつ「水のペンタゴン」の治療魔法を使う。 これなら問題なく完治するだろう。 ランドローバルが向かうのはウェストウッド村、あの二人に才人を任せて俺には別にやることがある。 神聖アルビオン共和国、『レコン・キスタ』が終わる時がついに来たのだ。