降臨祭が始まった。 シティオブサウスゴータでは花火が上がり、大いに盛り上がっているようだが、俺はそこから30リーグほど離れた雪深い山の中を歩いている。 ちなみに俺一人ではなくシェフィールドとマチルダも一緒である。第二十一話 降臨祭■■■ side:ハインツ ■■■ 俺は雪の中を歩いているわけだが、ガリアでは滅多に雪は降らないので結構新鮮な感じがある。 「こうして歩くのは4年前以来かな?」 今からちょうど4年前。モード大公が投獄されマチルダを探すために、サウスゴータ地方の山中を歩き続けたことがある。 そのマチルダと今は一緒に歩いてるわけだが。 「意外と元気だねあんた、あんだけ痛めつけたのに」 普通に言うマチルダ。 「いや、普通だったら全治一か月くらいの怪我だった気がするんですが」 俺が医療技術に特化してなかったら間違いなくそうなっていた。 「ふざけたことを言った罰よ」 シェフィールドも容赦ない。 「だね、自業自得だよ、自業自得」 マチルダも続く。 「ですけど事実は事実だと思うんですが」 「まだ痛め足りなかったみたいね」 「今度は踏み潰して粉々にしてあげるわ」 素晴らしい笑顔を向けてくる二人。 「ごめんなさい」 土下座する俺、雪の上なのでとても冷たい。 なんでこうなっているかというと、マチルダとシェフィールドは初対面だったので、両方と面識がある俺が 「こちらが噂のシェフィールドさんです。34歳まで彼氏はおろか初恋すらなく、まさに灰色の人生を過ごしてましたが、たった一度のチャンスで見事、妻に先立たれた8歳年上男性の後妻におさまり、現在若奥様ぶりを最大限に発揮中の37歳」 「こちらがマチルダさんです。8歳年下の妹が気になるあまり現在婚期を逃し気味。ですがまだまだこれから、妹が一人立ちできるくらいに成長してから幸せをつかむ予定の24歳」 と紹介したところ。 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ! という効果音と共に30メイルはおろか40メイル近くありそうな超巨大ゴーレムが現れ。 ガシャガシャガシャ! と音を立ててミョズニト二ルン専用ガーゴイル“マナナーン”が突撃してきた。 俺の“毒錬金”は対生物効果なので、こういった人形使いは俺の鬼門だったりする。 しかも“マナナーン”は水に特化したガーゴイルなので砕いても砕いても再生する。 マチルダのゴーレムも同じく砕いても砕いても再生する。 相性悪いことこの上なかった。 まさか本体を狙うわけにもいかず、追い詰められた俺はボコボコにされたわけだ。 俺が水のスクウェアで『アムリットの指輪』を持っていたのが唯一の救いであった。 “口は災いの門”、“自業自得”という言葉の重みを身をもって知った俺だった。……進歩無いな、俺。 「で、マチルダさん、シティオブサウスゴータの水源ってのはどのくらい先なんですか?」 「もうちょっと先だね、全部じゃないけど“シティ”の三分の一の井戸はこの山から水を引いているはずさ」 「それなら十分ですわ」 頷くシェフィールド。 「で、一体何をしようってんだいあんたらは?」 マチルダが訊いてくる。 「簡単にいえば連合軍の半分を操って、反乱を起こさせるんです。そのために、水源に水の精霊の結晶を放り込むわけです」 「あの『アンドバリの指輪』ってやつかい?」 そう思うのは当然だが実は違う。 「いいえ、効果は同じものですけど『アンドバリの指輪』ではありません。あれを使っちゃうと、将来ハルケギニアがとんでもないことになるんで」 俺はそう答える。 「どういうことだい?」 首を傾げるマチルダ。 「最初から説明するとこんな感じです」 そう言って詳しい説明を始める俺。 「なるほど、『アンドバリの指輪』をラグドリアン湖に返さないと将来ハルケギニアが水没するってわけね、そりゃあ使うわけにはいかないわね」 納得するマチルダ。 「水中人の協力もあって、『アムリットの指輪』を製造できそうなところまでは来てますから、『アンドバリの指輪』を返しても問題はないんです。あとはこの作戦をどうするかが問題だったんですが」 そこでシェフィールドが大活躍。 「『アムリットの指輪』ってのは劣化模造品だから本家程の効果はないんでしょ、それじゃあ街一つを操るなんて無理じゃないのかい?」 「ええその通りです、そこで我等がシェフィールドさんの出番というわけです」 するとシェフィールドが青い宝石を取り出す。 「この石は『アンドバリの指輪』に使用されているものと全く同質のものです。これをミョズニト二ルンである私が使用すればシティオブサウスゴータを操ることは可能となります」 丁寧に話すシェフィールド、俺以外にはこういう口調なんだよなこの人。 陛下が俺を遊び道具にするもんだから、それがこの人にも移っているようだ。 「そんなもんどっから見つけてきたんだい?」 もっともな疑問である。 「彼女は東方(ロバ・アル・カリイエ)出身でして、そこの皇室の宝物庫に保管されてたのをかっぱらってきたんですよ。東方の民は、エルフの技術の模倣によって技術を上げてきたそうです。ですからこういった精霊の力の結晶は重宝されるそうです」 つまり東方の人間は、ハルケギニア人より先住種族に近いということ、そうでなければ精霊魔法の技術を模倣できるはずがない。 系統魔法による技術体系は、始祖ブリミルを頂点とするハルケギニアに限られるわけだ。 「そんなもんを勝手に盗んできて大丈夫なのかい」 これまたもっともな疑問だ。 「問題ありませんわ。あのような田舎の保管庫で腐らせるよりは、陛下の壮大なる計画の中で使用される方が遙かに意義があるというものです」 うわ、言いきったこの人。若奥様モード全開になってる。 一度こうなるとこの人は陛下中心の考えしかしなくなる。そしてそのとばっちりは大体俺に降りかかってくる。 「そ、そうね、確かにその通りだわ」 マチルダがすかさず同意する。どうやら今の彼女に逆らってはいけないことを察知した模様。 そして微妙な空気の中俺達は水源に歩いていく。 「ここね、この湧水に放り込めば十分効果を発揮するわ」 「協力に感謝しますミス・サウスゴータ」 そしてシェフィールドの額のルーンが輝きだし、彼女は精神を集中させる。 邪魔にならないようにしばらく離れる俺達。 「ふう、これで任務完了ね、さっさと戻ってテファと新年パーティーをやりたいわ」 今日は降臨祭の初日だからなあ。 「無理言ってすいません、ところで、ウェストウッド村の様子はどうですか?」 最近あまり行っていない。 「平和なもんだよ、あんたが傭兵とか野盗とか亜人とか、全部残らず戦力として持っていったからね。私達の村に限らず、今のアルビオンの治安はかなりいいみたいだよ、戦時中とは思えないくらいさ」 「そのためにあちこち回って集めましたからね。それに略奪は徹底的に禁じましたし、軍紀を破ったものは悉く打ち首アンドさらし首、もしくは串刺し、もしくは火あぶり、極めつけに亜人部隊の食糧とか、何でもやりましたから」 その辺は俺の得意分野、ゲイルノート・ガスパールの中で俺が担当した部分がそこだ。 「かの『鮮血の将軍』殿は、容赦って言葉をどっかに置き忘れて生まれたって言われてるよ。ま、最近は『軍神』の方が有名だけどね」 本当に有名になったもんだ。 「見栄ばかりで中身が無い貴族も『軍神』によって大量に粛清されたし、統治体制も優秀な官僚のおかげでしっかりしてる。平民にとっては『レコン・キスタ』ってのはかなりありがたい存在みたいだね」 「そうなるように造りましたから、だけど統治システムとしては最大の欠点があります」 急激な改革を行う場合これだけは避けられない。 「そりゃなんだい?」 「皇帝のオリヴァー・クロムウェル、アルビオン軍総司令官のゲイルノート・ガスパール、この二人が死んだ瞬間機能が停止することです。結局は特定の人間の能力とカリスマに頼った構造ですから非常に脆いんですよ」 これもそうなるように造ったのだが。 「なるほど、だからあの王子様を生かしておいたわけね。優秀な将軍、優秀な官吏、後は国の支えになる王様さえいれば改革は緩やかに継続できるってわけだ」 流石、いい洞察力だ。 「そういうわけです。この戦争における平民の被害も最小限に抑えられますし、戦後の混乱も最小限で済みます。アルビオンには迷惑かけっぱなしでしたから、せめていい結果で終わらせないと申し訳ないですから」 とはいえ、そのためにあの悪魔王によって俺は散々こき使われた。 これも“口は災いの門”の教訓だったのだが。 俺の人生は“自業自得”の連続で成り立ってる気がする。 「ま、うちみたいな辺境の村にとっちゃどうでもいいことだろうよ、治安が良くて税が安けりゃ文句は無いさ」 「そうでしょうね」 地方の村ならそんな感じ、魔法の恩恵も少ないからブリミル教もそれほど盛んではない。言ってみれば現代日本人が正月には神棚を拝んだり初詣に行く感覚で降臨祭を楽しんでる。 普段の食前の祈りとかも“そういうもの”として捉えてるだけ、日本の“いただきます”と本質では変わらない 宗教が利用されるのは、都市部や貴族が住む街で立派な教会があるところ、それもロマリア宗教庁が出来て異端審問だのを始めた頃からの話、農村部はのほほんとしたものである。 その代り農村では宗教上の“異端”ではなく“よそ者”を排除する傾向がある。 これは人間が生きる以上当たり前とも言えることだ。 「終わりました」 そんなことを話してるとシェフィールドが戻って来た。 「お疲れ様、これで計画はばっちりですね」 アルビオン戦役最終局面の準備は整った。 「さて、そんじゃ私は帰るよ」 「マチルダさんもお疲れ様、テファにはよろしくいっといてください。でも降臨祭が終わった頃に会うと思いますけど」 そういう流れだ。 「あのお嬢ちゃんか使い魔の坊やがくるかもしれないんだったかしら、まあ一応伝えておくよ」 そして一足先にマチルダが帰っていく。 「シェフィールドさんならどう予想しますか?」 シティオブサウスゴータとウェストウッド村は割と近い、担い手がここまで近くにいるのならば、出会うのが必然だと俺は思うのだが。 「虚無の使い魔として言わせてもらえば、絶対に何らかの接触があると思うわね、例え貴方が何もしなくても」 そう答えるシェフィールド。 「逆に言えば、俺がどう干渉しても物語的には特に影響ないってことですね」 「私は旦那様じゃないから断言はできないわ、だけど多分そうなると思う」 やはり物語の読みにかけては虚無の主従に任せるのが一番。 「そうですか、それなら俺は臨機応変にいきますね、それから、“例のモノ”はいつ頃動かせますか?」 この作戦において一番の鍵とも言える。 「作戦決行の三日前くらいなら大丈夫よ、慣れておく必要もあるでしょうからそのくらいがちょうどいいと思うわ」 「なるほど、文字通り身を削って作ったわけですからこれは是非とも成功させたいですね」 ま、使おうとするのは俺くらいだろうが。 「私の渾身の作品でもあるから性能は保障するわ」 「期待してますよ」 そして俺達も帰還する。 降臨祭が終わるその日、アルビオン戦役は最終段階に入る。■■■ side:ウェールズ ■■■ 僕は今現在ガリア軍港サン・マロンにおいて、部下と共に降臨祭を祝っている。 このサン・マロンはガリア両用艦隊の本拠地であり、200隻もの戦列艦が寄港することが可能なほど巨大な軍港だ。 ガリア両用艦隊はハルケギニアで最大の数を誇るが、錬度においてはアルビオン空軍が上を行った。 そのため、我々が持つ操船技術をガリアへ提供する代わりに、我々が祖国を奪還するためにガリアは軍事力を提供する、という協定が結ばれた。 もっとも、その協定が結ばれた時、僕は不甲斐無くも刺客に刺され昏倒していたのだが。 「皆、降臨祭だ。この十日間が終わればいよいよアルビオンへ進軍することとなる。敵はあのゲイルノート・ガスパール。ガリア軍の協力があるとはいえ倒しがたい強敵だ。しかし、この戦いに我々の全てが懸っている。我々は祖国を追われた敗残兵に過ぎないがアルビオン王家の意地を見せてやろうではないか、必ず勝つぞ!」 「「「「「「「「「「 オオオオオオオオオオ!!! 」」」」」」」」」」 「この酒がやがて戦勝祝いとなることを願い! 乾杯!」 「「「「「「「「「「 乾杯!! 」」」」」」」」」」 そうして敗残兵達の宴が始まった。 「殿下、いよいよでございますな」 パリーがそう話しかけてくる。 アルビオン王家に60年も仕え続けてくれている最大の功臣だ。 「パリー、今は殿下じゃなく一介の艦長に過ぎない。だがそれもあと十日で終わる」 「左様ですな、その時は陛下とお呼びしなければなりません。ははは、これでこの老骨は三代に渡ってアルビオン王家にお仕えしたこととなりますな」 そうして笑うパリー。まったく、あのニューカッスル城の状況からは考えられないような台詞だ。 「本当にお前達には迷惑をかけたな。ガリアに亡命することはともかく、その後半年間も眠ったままで何もできなかったとは」 僕が目覚めたのはつい一月程前、その頃には既にトリステイン・ゲルマニア連合軍のアルビオン侵攻が目前に迫っていた。 その間にもゲイルノート・ガスパールはトリステインに侵攻しており、情勢は大きく動いた。 僕の従妹のアンリエッタはトリステインの女王となり、今はアルビオンへ侵攻しようとしている。 「迷惑などとんでもございません。殿下が生きておられたからこそ、我々は希望を持ち続けることができたのです。まだアルビオン王家が絶えたわけではないと、いつかあのゲイルノート・ガスパールめに王軍の意地を思い知らせてくれると」 我々はあの男によって全てを失った。 ニューカッスル城に残った父上もあの男に殺され、城兵は皆殺しにされた。 しかし我々は生きている。ならばやれることはいくらでもある。 「ガリアには感謝してもしきれないな。まあ、王政府には僕を傀儡としてアルビオンを裏から支配しようとする意図があるのだろうが」 僕はアルビオンに侵攻するために格好の大義名分となる。トリステイン・ゲルマニアの侵攻理由よりも格段に優れた大義だ。 「『レコン・キスタ』なる反乱軍を殲滅し、正統なる王家を復活させる。始祖ブリミルより続く三王権の一角であるガリアにとって、これ以上の大義名分はないでしょうな」 パリーも当然そこは理解している。いや、分かった上で亡命に応じたのだ。 「それでも今や戦列艦を保有できる程になった。これも全て皆のおかげだ」 アルビオン王家旗艦『ロイヤル・ソヴリン』。全長120メイル、片舷80門、二月程前にガリアの職人の手で完成し、新型の魔法兵器が多数積み込まれている。 その中でも画期的なのは“迷彩”と呼ばれる装置と“着地”と呼ばれる機能だ。 ガリアの魔法技術の精髄とも言える技術であり、姿を隠しどこにでも着陸することが可能である。 最初にその機能を聞いた時は耳を疑ったが、実際に目にすると開いた口が塞がらなかった。 国家機密ともいえるその技術を一隻とはいえよく提供してくれたものだ。 「あの艦であれば我等アルビオン亡命軍全員が搭乗可能です。トリステイン・ゲルマニア連合軍はシティオブサウスゴータを占領したそうですが、ロンディニウムにはゲイルノート・ガスパール率いる5万がおり、艦隊も45隻が健在だそうです。連合軍は陸軍6万、艦隊45隻ですが戦略上不利ですので、このままでは敗北いたしましょう」 「しかし、我等とガリア軍が参戦すれば話は別だ。陸軍は総勢11万、艦隊は145隻となる。この兵力差ならばいかにあの男といえどひっくり返せまい」 「ですな、その先頭たる『ロイヤル・ソヴリン』の乗組員は全員アルビオン人、まごうことなきアルビオン王家の旗艦にございます。これを建造するためには殿下の友人の方達に多大なる協力をいただきました」 そう、僕がガリアで目覚めてから、これまでの人生で得ることが出来なかったものを得た。 それが。 「おーいウェールズ! 楽しんでるかあ! 一年に一度の降臨祭だ! せいぜい派手にかまそうぜ!!」 「少しは落ち付けアルフォンス、そんなに騒がんでも降臨祭はなくならん」 この友人達だ。 「お、パリー師匠もいらっしゃったか、御機嫌麗しゅうございます」 パリーに深々と礼をするアルフォンス、どうやら彼の中では僕よりパリーの方が格上らしい。 「うむ、お主も元気でなによりじゃ一番弟子」 パリーもパリーでのっている。彼も楽しんでいるようだ。 「一番弟子は俺ではないですか? こいつはせいぜい弟子未満の雑用でしょう」 「ああん! 何だとクロードてめえ!」 「そのように簡単に取り乱すようでは、話にならんぞアルフォンス。空軍の艦長たるもの常に冷静であらねばな、その辺はクロードを少しは見習うとよい」 「ぐはっ」 崩れ落ちるアルフォンス。 「大丈夫かいアルフォンス」 一応声をかける。 「うう、ウェールズ、心の友と呼べるのはお前だけだ」 「その台詞をハインツにもエミールにも言っているな。アドルフ、フェルディナン、アラン先輩はけなす側だから言っていないが」 冷静に突っ込むクロード、アルフォンスに関してならなんでも知ってそうだ。 「相変わらず手厳しいなクロードは」 こうして何の気負いもなく会話できる友人はかつていなかった。 僕を信頼してくれる部下は大勢いたし、王家に絶対の忠誠を誓い僕が生まれた頃から見守ってくれている人物もいた。 しかし、“王子”という称号がどこに行っても付きまとった。 僕はアルビオン王家に生まれたこと、あの父の息子として生まれたことを、この上なく誇りに思っている。 やがては父の後を継ぎ、王として民を守っていこうと幼い頃から心に誓い、同時に夢でもあった。 僕は空が好きでありアルビオンは風の国。この国を守っていきたいと心の底から思っていた。 しかし、同時に対等な関係で話せる友人が欲しいと思う気持ちもあった。 叔父であるモード大公に息子がいればそういう関係になれたかもしれないが、残念ながら彼に息子はおらず、そればかりか4年前に投獄されて死んでいる。 父はその理由を僕には決して話さなかった。パリーならば知っていると思うが、彼もそのことに関しては決して話そうとしない。 しかし南部諸侯の反乱は、それを原因としているのは間違いない。そしてそこをあの男に付け込まれた。 ゲイルノート・ガスパール。あの男一人によって王軍はなすすべなく粉砕された。 奴が父上の暗殺を試み、その後僕を襲ってきたのもちょうどその頃。その衝撃によってモード大公の死は霞むこととなったが、そのこと自体があの男の掌の上であったのではないかと思う。 「まあいいや、それよりウェールズ、降臨祭が終わればいよいよ出陣だ。俺達は先陣だから気合入れていくぜ」 「ああ、奇襲になるが我々にとってはまだアルビオンの内戦は終わっていない。向こうが勝手に内戦は終わったと宣言しただけだからな、こちらが降伏したわけでもないから非難される謂われはどこにもない」 そしてあの男によって“王子”という立場を失ったと同時に友人を得たというのも皮肉なものだ。 もっとも、彼らなら僕が王子であっても気安く話しかけてきただろうが。 「大将殿がいてくれるとその点が助かるな。ガリアは中立を宣言しているが、アルビオン王党派を擁すれば宣戦布告は必要ない。何せ正統な王を立て政権を取り戻すために戦うのだ。反乱軍を鎮圧するのに宣戦布告が必要などという法則は無い」 アルフォンスは僕を呼び捨てにするがクロードは大将殿と呼ぶ。 僕がアルビオン王となれたら今度は総司令官殿と呼びそうだな。 「その通り、反乱軍を鎮圧するのに大義も何もいりませぬ。我々は義務を果たすだけのこと、アルビオン王家の為に戦うことこそが我等の本分でございます」 パリーが誇らしげに言う。 「そんじゃあ微力ながら俺達も協力させてもらうぜ、師匠仕込みの新生両用艦隊の力を見せてやらあ」 勇ましいアルフォンス。 「ふむ、その点に関しては同意できる。もっとも、今回の戦いでは鍵を握るのは陸軍だろうが」 あくまで冷静なクロード。 「確かに、あのゲイルノート・ガスパールを如何に討ち取るかが最大の問題だ。奴が生きている限り『レコン・キスタ』は崩壊しない、そうなると陸戦部隊が鍵になる」 僕も意見を述べる。 「やっぱそこはあの二人に任せるっきゃねえだろうな、俺達は俺達でやることがある」 アルフォンスが言う二人は当然彼らだ。 「アドルフとフェルディナン、陸戦はその専門家に任せるしかないな」 彼らは兵学校時代に『影の騎士団』という組織を作っていたらしい。 アルフォンスとクロードは我々と共に艦隊の訓練にあたり、まだ面識はないがアラン殿とエミール殿の二人が『ロイヤル・ソヴリン』建造のための場所や資材の確保にあたってくれたらしい。 陸軍将校の二人も暇だったとかで職人集めや軍務卿との折衝などに尽力してくれた。 そして、我々にとっての最大の恩人とも言え、『影の騎士団』の団長でもある 「ハインツはどうするんだ? 彼が出征しないとは思えないが」 ハインツ・ギュスター・ヴァランス。我々を亡命させるために尽力してくれた人物であり、ヴァランス家の財力を投じて『ロイヤル・ソヴリン』の建造を可能としてくれた。 さらに彼の情報網を借りてアルビオン本国になおも潜む王党派の者達と密かに連絡を取り、彼らをガリアへ密航させてガリア内で自由に動けるように便宜を図ってくれた。 彼の協力があればこそ僕が眠っている間に僕の部下達は様々活動を行うことができ、そのための資金も無償で出してくれた。 この前会った際にお礼を言ったところ。 「こっちにも裏で色んな思惑があるのさ、気にしない気にしない」 という答えが返ってきた。 一生彼には頭が上がらない気がするな。 「あいつは近衛騎士団団長の他にも色んなの兼任してるからなあ、特に北花壇騎士団副団長は忙しいし、多分無理じゃねえかな」 と、アルフォンスが答える。 彼が様々な役職を兼任しているとは聞いているが、そこまで忙しいのか。 「だが、少しでも戦力が欲しいのは間違いない。それも数ではなく精鋭がな、そうなると他の三騎士団の動員が考えられるな」 クロードはそう予測する。 「ふむ、花壇騎士団の方々か。しかしクロード、流石に花壇騎士団の方々がアルビオンに派遣されるというのはありえるのか」 と、パリー。 「確かに、他国へ軍隊ならばともかく騎士団を派遣するというのは難しいと思うが」 騎士団とは王国の治安を守る要だ。 「いいや、ところがどっこい派遣されたりするんだなこれが」 「その点は近衛騎士団長殿に感謝しておこう」 そこへさらに二人の人物が現れた。 「アヒレス団長にゲルリッツ団長じゃないですか!」 そう叫ぶアルフォンス。 「確か陸軍の方で騒いでくると言ってませんでしたか?」 鋭く指摘するクロード。 確か西百合花壇騎士団団長のディルク・アヒレス殿と、南薔薇花壇騎士団団長のヴァルター・ゲルリッツ殿。 共にスクウェアメイジであり、若くして団長となった豪傑。 一週間くらい前に一度会っている。 「ああ、そのつもりだったんだがな、馬鹿二人が一番強い酒で一気飲み競争をおっぱじめてダブルノックダウンしてな、しゃあねえからこっちに来たわけだ」 そう言うのはアヒレス殿。 「馬鹿二人の二次被害も拡大していったからな、その辺の始末はカステルモールに押し付けて逃げてきたわけだ」 あっさりと言うゲルリッツ殿。 カステルモールと言えば確か東薔薇花壇騎士団団長だったはず、三人の中では一番若かったはずだから、押し付けられたのか。もっとも僕よりは年上だが。 馬鹿二人が誰を指すかは考えるまでもない。アドルフとフェルディナンだろう。 「なるほど、だけどさっき言ってた通りなら南と西も動員されるんすね」 アルフォンスが尋ねる。 「ああ、東は留守番だけどな、こればっかは年功序列ってやつだ」 答えるアヒレス殿。 「何から何までかたじけのうございます。このパリー、今は亡きジェームズ陛下に代わりお礼を申し上げます」 深々と頭を下げるパリー。 「私からも礼をいいます。お二方、アルビオン奪還の為に尽力くださりありごとうございます」 僕も頭を下げる。 心から感謝して頭を下げることが出来るというのはいいことだ。 王子であるときはそういうわけにはいかなかった。 「気にしないでくれや、俺達が暴れたいってのが本音なんだからよ」 「そうだな、守るべき者がいないから完全に攻めに回れる。騎士の本分ではないが、一度くらいはそういった戦いも経験してみたいものだからな、そして勝つ」 何とも心強い言葉だ。 「そうそう、俺達が一緒に戦う以上敗北はありえねよ、ウェールズ、大船に乗った気でいな」 「実際巨大な戦艦に乗っていくわけだが、まあ、最善を尽くそう」 アルフォンスとクロードもそう言ってくれる。 「分かった、皆、僕に力を貸してくれ、そしてあの男を倒そう」 僕は感謝を込めてそう言う。 「今度は負けない、何としてもゲイルノート・ガスパールの首をあげ、アルビオンを取り戻す」 僕は神と自分に、そして何より協力してくれる友人達にそう誓った。 出陣の日まであと十日。