時はブリミル歴6242年、年末はウィンの月の第一日。 トリステイン・ゲルマニア連合軍によるアルビオン侵攻をあと数日後に控えた頃。 俺は北花壇騎士団本部で副団長としての執務を行っていた。 ロンディニウムとヴェルサルテイルは『ゲート』で繋がっているのでこういう真似が簡単にできる。 本来ならゲイルノート・ガスパールがこの時期にガリアにいるなどあり得ないのである。第十五話 闇の残滓■■■ side:ハインツ ■■■ 俺は現在イザベラが担当している軍関係の仕事を手伝っている。 今回の侵攻の最後にはガリアが参戦し、おいしいところを全部かっさらうことになっており、戦列艦100隻、陸軍5万が動員される予定になっている。 その準備に『影の騎士団』面子も大忙しであり、特に後方勤務本部長であるアラン・ド・ラマルティーヌ中将と、後方勤務副部長のエミール・オジエ准将の多忙さは凄いことになっている。 しかし、ロスタン軍務卿の忙しさもなかなか劣るものではなく、完全に別格であり他の追随を許さないのが宰相兼北花壇騎士団団長のイザベラだ。 まだ17歳の少女が一番忙しいというのもどうかと思うが能力的に考えてこうなるのだ。 合掌。 まあそんな彼女が哀れだったので、密かに彼女の体内に水の精霊の結晶を仕込んでおいた。 数百年に一度くらいしかできないという貴重品であり、これを水中人に習った方法で体内に埋め込むと体の劣化を最小限に抑えることができる。 17歳という時期に女の子が無理をするのはよくないので、それで肉体への負担を最小限にしている。 肌荒れや生理の乱れなどはほとんどなくなり、疲労感も軽減できる。 もっとも陛下に言わせると「まず自分に使え馬鹿」だそうだが、ここは兄として譲れない一線である。 しかしそれでも仕事が多いので、こうして暇を見つけては手伝ってやっているのであった。 そんなところにマルコがやってきた。 「ハインツ様、面白い情報が入りました」 開口一番そう言うマルコ、こいつがこういう反応をするのは珍しい。 現在マルコはヨアヒムと組んで対ロマリアの工作にあたっている。 さらに元同僚ともいえるイザーク・ド・バンスラード外務卿とも連携し、ロマリアとガリア内の寺院との連絡を完全に遮断している。 こうして最終作戦への仕込みは着々と進んでいるわけなのだが。 「ほう、お前がそう言うのは珍しいな。余程のことがあったな」 俺は作業を止めマルコの話を真剣に聞くことにする。 「はい、少々長くなるかもしれませんが」 「構わない、言ってくれ」 俺はそう促す。 「わかりました。ロマリアの監視を続けていたところ、“右手”が少々妙な活動を開始したんです」 「ほう、“右手”がか、確か奴はアルビオンの侵攻に義勇軍として参戦するんじゃなかったか?」 そういう報告を受けている。 「はい、ですが一度参戦すればしばらくアルビオンから戻ることはかないません。ですからそのまえにやっておきたいことがあったようで」 「ふむ、狂信者共がやりそうなことは大体想像つくな」 大方ガリアの虚無を探しにきたというところか。 「おそらく想像なさっている通りだと思います。ガリアの虚無を探して王家の血を引く者の中で、魔法を使えない者がいないか探し回っていたようです」 「やはりな、それで、目星はついたのか」 陛下が進める虚無研究によって、謎だった虚無も徐々に明らかになってきている。 もし担い手が死んだ場合、別の者が目覚めるというシステムになっているようだ。 つまり、もしトリステインで最初に目覚めたのがルイズでなかった場合、彼女は前任者が死ぬまで“ゼロ”のままだったということだ。 人生を一方的に弄ぶ。実にふざけたシステムであり、まさにブリミル教の象徴ともいえる。 たった一人の担い手のために何人もの候補者がおり、その者達は王家の血を引きながら魔法を使えない。つまり欠陥品、出来そこない、と蔑まれる人生を送ることを余儀なくされる。 「ええ、僕達が睨んでいた人物の何人かに接触はしたようです。しかし、おそらく本命は一つだと考えられます。何しろ他の候補者は血が薄く、虚無とは関係無しに魔法が使えないのかもしれませんから」 魔法を使える遺伝子とそうでない遺伝子の配合による劣化。王家は最高純度の魔法の遺伝子を持ち、平民との間にできた子は血を濁らす忌子とされる。 マルコとヨアヒムもそういった“穢れた血”なのである。 「その本命とは?」 「セント・マルガリタ修道院にいるジョゼットという少女です。これまで我々はノーマークでしたが、なんとオルレアン公の遺児であり、シャルロット様の双子の妹だとか」 「!?」 それを聞いた時、俺の心に走ったものは驚愕だった。 しばらく俺は沈黙していたが平静を取り戻し尋ねる。 「マルコ、その情報をどうやって入手した?」 「なぜ“右手”がその少女に関心をもつのか気になりまして、教皇の腹心の枢機卿を探ってみたんです。するとある時バリベリニ卿という、20代後半の若い助祭枢機卿と“右手”が話しているところを突き止め、その会話の内容から判明しました」 ほう、そこまでやったか、俺の後釜は順調に育っているようだ。 「よくそこまでやったな、まるで数年前の俺を見ているようだ。まあ、今でも同じことをやるだろうがな」 「いえ、多分ハインツ様なら拷問したり人体実験したりと、もっと凄い手段を取ると思います」 流石はマルコ、俺のことをよく理解している。 「それでそのバリベリニ卿が半年の程前に、一人の産婆に赦免を与えたようです。その人物がシャルロット様とジョゼットという少女を取り上げた産婆だったそうで、彼女の口からロマリアはその事実を知ったとか」 「なるほどな、マルコ、お前はガリア王家の紋章の交差した二つの杖の意味を知っているか?」 それが理由だろう。 「ええ、数千年前に王冠を巡って争い共に斃れた双子の兄弟を慰めるためのもの、それ以来ガリアの王族では双子は禁忌となった。もっとも、ジョゼフ陛下とオルレアン公のことを考えると双子かどうかなんて関係ない気がしますけど」 「だろうな、親兄弟関係なく数千年間血みどろの争いを続けてきた、禁忌というなら王家の存在そのものが禁忌だ」 その宿業の血がガリア王家、その血は俺にも濃く流れている。 「それで、双子が生まれてしまったが故に、どちらかを殺すか、もしくは決して人目の触れない場所におくるかの二択を迫られ、妹のジョゼットはセント・マルガリタ修道院に送られることとなりました。公夫人にとっては苦渋の決断だったでしょうね」 「しかしその少女が魔法を使えないと、それはおかしい。オルレアン公とマルグリット様との間に生まれた子が、魔法を使えないわけがない、現にシャルロットは強力な魔法の才能を持っている」 そうなると答えは一つ。 「ジョゼットという少女が虚無の担い手候補であるということですね」 「まあ、その少女を殺せばまた別のものに移ることになるがな」 そういうシステムだ。 「しかし、そうなると厄介ですね。ロマリアには非常に都合が良い存在です。まずは絶対に聖戦に協力しないであろうジョゼフ陛下を聖敵として滅ぼす、そしてシャルロット様を正統な王として即位させる」 「後はそのジョゼットという少女を引っ張ってきてすりかえれば良い、なにしろ双子の姉妹だからな、『フェイス・チェンジ』などをかけずとも問題ない。ガリアはロマリアの傀儡となり、担い手共々聖戦の道具とされるわけだ」 実にロマリアが思い描きそうなシナリオだ。 「まあ、それは途中で最終作戦によって崩されるわけですから問題ないと言えば問題ないですね」 マルコはそう言うが俺の方はもう我慢の限界だった。 「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」 俺は思いっきり笑う。 「はははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!! はあっ、はあっ、く、くくっくくくくくくくっくく、は、はははははははは」 それでもなお笑う。 「は、ハインツ様? どうかなさいましたか?」 マルコが心配そうに訊いてくる、まあ当然の反応だ。 「はあっ、はあっ、く、くくくく、いや、すまんなマルコ、くく、しかし、笑いを堪えるのが限界でな、くくく」 俺は必死に呼吸を整える。 「笑い、ですか?」 「そうとも、ロマリアの脳天気馬鹿共はガリアの闇を全く知らん、ああ知らんとも、くくく、この俺、“闇の処刑人”、“悪魔公”がどのようにして生まれたかなど知りもしない、つくづくおめでたい連中だ」 本当によくここまで茶番を演じられるものだ。 しかし、それにしてもあの老人の企みがこんな形で芽吹くとは。 ガリア6000年の闇はどこまでも深く、ブリミル教そのものを喰らい尽くそうとしている。 「“悪魔公”が生まれた理由、ですか」 「ついでに“闇の処刑人”もな。今は俺が管理者だからな、くくく、これを知るのはもう俺くらいしかいないのだろうな」 本当に笑いが止まらない、“輝く闇”たる俺の本質が共感して震えている。 「闇・・・」 その言葉でマルコは何かを察したようだ。 「その話にはあらゆる点で矛盾があるのだ。あの狂信者共には分からないが全てを知れば呆れるほど滑稽だぞ」 「それは一体」 どうやら興味があるようだ、まあ、今更秘密にすることでもない。 「一つ一つあたっていくか、まず、シャルロットを取り上げた産婆が告解したという話だが、それがそもそもありえない。なぜならその人物は15年前に死んでいる」 「えっ?」 「簡単な話だ。王族の出産に立ち会った者を、ガリア王家が生かしておくわけがないだろう。どんな秘密を知っているとも限らないし、仮に秘密がなくとも、あることないことを言いふらす可能性がある」 王家とはそういうものだ。 「そういえばそうでした」 「それはシャルロットに限らず、陛下、オルレアン公、イザベラの時も変わらん。そして俺でさえそうなのだ、六大公爵家が一角ヴァランス家の嫡子、ハインツ・ギュスター・ヴァランスの出産に立ち会った者達も、俺が物心つく前に全員死亡している」 王族に限らず貴族もそれは同じ。 「では、バリベリニ卿が赦免を与えたという産婆は何者なのですか?」 そこからが闇の始まりだ。 「そうだな、一つ昔の話をしよう。とはいっても当時俺は5歳だ、当然知っていたわけもなく、残されていた資料で数年前に知ったに過ぎないのだが」 そして俺は語り始める。 闇の残滓の物語を。 「ブリミル歴6227年、ティールの月、ヘイムダルの週、エオーの曜日、その日にシャルロットは生まれた。しかし、この話はその一週間前に始まる」 俺は淡々と語り出す。 「ある貴族の家に蒼い髪をもった女の赤子が生まれた。その家は数世代前の王の血を引く家系で、かつて公爵家であり広大な領土も持っていた。しかし政争に敗れ反逆者として疑いをかけられ家は没落、今ではただの下級貴族となっていた。しかし、王家の血が宿るのは確かで、数世代を経て偶然蒼い髪を持つ子が生まれた」 遺伝子の関係上そういったことが起こり得る、血が濃く現れたものは蒼い髪を持ち、薄い者は水色となる。他の色になる可能性もあり、俺の父やその弟などは金色や茶色の髪だった。 「それをある老人が知った。たいして力のない老人だったが配下のホムンクルスを使いその両親を秘密裏に殺し、その赤子をさらうくらいは造作もないことだった。なにしろただの平民と変わらないような生活をしており、使用人もいなかったからな。そしてその赤子の名をジョゼットといった」 「それは・・・」 薄々予感はしていただろうがそれでも衝撃を受けるマルコ。 「さて、ここで少し話は変わるが。王家に仕える人間の中には、いつか王家に殺されるために生きる者がいる。彼らは捨てられた平民の子供や“穢れた血”などだ。彼らは王家に生かされ、王家に仕え普通に生きる、恋愛をして子供を作ることも認められている。しかし、その人生の最後は王家の秘密を何か抱えたまま死ぬことが定められている。もっとも数が多いので、運良く死なずに済む場合もある。要はただの保険だからな」 「まるで僕達と同じですね」 マルコとヨアヒムは暗黒街の組織で“歯車”として教育を受けた。 彼らは組織に絶対の忠誠を誓い、組織の為に生き、そして死ぬことが定められている。 もっともそれは『影の騎士団』によって組織ごと破壊され、現在“歯車”の多くは北花壇騎士団員となっている。 その際にはこいつらも内部から協力してくれ、あのイザークも少なからず助力してくれた。 「その中の一人がシャルロット生誕の際に産婆となることが決定した。それを知った老人はその産婆を殺しホムンクルスとした、そしてその産婆はシャルロットを取り上げ、ある任務を行った後、王家によって粛清された。ホムンクルスは人間と区別つかん、“精霊の目”でもない限りはな、そしてそれを知る人間は誰もいなかった」 「その任務とは?」 「一つはシャルロットの臍の緒を採取すること。そしてもう一つはオルレアン公夫人にある薬を飲ませること。産婆なのだから出産を終えた夫人に水を飲ませることは容易い、その水に薬を仕込めばすむ」 「臍の緒、ですか?」 困惑するマルコ、まあ当然だろう。 「ある秘薬を作るためにはかかせない材料なんだ。そして準備は整い、彼はある薬を作った。水の秘薬と各種の材料、そしてシャルロットの臍の緒を混ぜ完成する。その薬を生まれて一週間しか経っていないジョゼットに飲ませた、半分の確率で死に至るほど強力な薬だったそうだが幸か不幸かジョゼットは生き延びた、そしてその身体に変化が起こる」 「それはまさか・・・」 何か恐れる表情をするマルコ、流石のこいつでもこの闇は少々キツイものがある。 「その薬は双子を作り出すための薬。、それも“魂の双子”とでもいうべきものでな、6000年の闇の研究で生み出された外法の一つ、同性で生まれて間もない赤子にのみ可能で、投与された子の姿は臍の緒の主と同じ姿になる。しかも成長の過程までも模写する」 「成長の過程、ですか?」 「ああ、シャルロットは15歳の割には背も小さく体型も子供のままだ、これは3年前に母を狂わされた際の精神的ショックも強く関係しているんだろう。そこは俺のあいつに償いきれない負い目でもあるがな、俺があの時もう少し迅速に動いていればオルレアン公はともかく、マルグリット様は救えていたかもしれん、その気持ちはイザベラも同様だろうが」 我ながら情けない話である。 「ですが、あの状況では無理があったと思いますよ。サルマーン公やべルフォール公の説得もありましたし」 「まあそこはともかくだ、その薬の効果はそういった外的要因までも忠実に再現する。ジョゼットの体内にあるシャルロットの臍の緒を通して、共振みたいなものが起きているそうでな、本来双子といえど、育つ環境や食事条件が大きく異なれば違う体格になるが、その薬はそれを覆す」 「それで二人は“魂の双子”というわけですか」 実に効果的な手段ではある、王族の影武者や身代わりを簡単に作れる。 「しかし髪の色だけは再現できないらしく、故に蒼い髪を持つ少女が必要だった、シャルロットの臍の緒は保管しておけば問題ないからジョゼットが数か月後に生まれていても構わなかった、もっとも、先に生まれていては困っただろうけどな」 「ですが、それだけでは双子とするには足りないのでは?」 「そこでオルレアン公夫人に飲ませた薬の出番だ、俺もよく使う記憶を植え付ける薬だが、偽の記憶が発動する条件とそれを忘れさせる条件を付けることが可能なのが最大の利点だ、その条件までは知らんが記憶は知っている。すなわち、自分が産んだのは双子であり、姉のシャルロットは自分の子供として、妹のジョゼットはどこかに預けたと」 それがあの老人の計画。 「そしてある下級貴族に生まれたジョゼットという少女を取り上げた産婆にも、老人はある薬を飲ませた。これは『制約(ギアス)』と同じ効果があり、条件はこう、《自分の死期を感じたらジョゼットという少女に関する真実を告解せよ》それだけだ」 「なんていう・・・」 「笑えるだろ、計略にすらなっていない。その産婆が病で死んだらアウト、事故で死んでもアウト、仮に死期を悟っても赦免を与えた人物がまともな人物だったらアウト。しかし運命は実に皮肉でその産婆は『ギアス』の通りに告解し、そのバリべリ二卿は見事にあの老人の掌の上で踊っているというわけだ」 なんとも運命とは面白いものだ。 「つまり、ジョゼットという少女は「ロマリアを釣り上げる餌になるかもしれない」という理由だけで両親を殺され、赤の他人の姿にさせられ、修道院に送られたわけだ。王家の血を引いているのは確かだから虚無の担い手になる可能性はある、しかしオルレアン公の子供ではなく、本当の両親は既にいない」 「・・・」 絶句するマルコ。 よくぞここまで他人の人生を弄べるものだと感心する。 しかも自分の出世や目的のためではなく、ただ思いついたからやってみた、そういうレベルの話だ。 必要なモノは二人の産婆と一つの下級貴族の家族のみ、たったそれだけを材料に仕組まれた無力な老人の陰謀ともいえないような陰謀だ。 「まあそういうわけだ、故にオルレアン公夫人はエルフの毒で狂っているのに、シャルロットの名前しか呼ばない。もしジョゼットが本当に彼女の娘ならば、ジョゼットの名も呼ばなければおかしいだろう? エルフの毒は強力だ、あの程度の薬の効果など意味は無い」 「では、オルレアン公夫人は二種類の毒を飲んでいた。ということですか?」 「ああ、しかし前者は既に解毒済みだ、あとはエルフの毒だけだがこっちはまだまだ難しいな」 もう少ししたらエルフから接触があると思うのだが。 「しかし恐ろしい計画ですね。ロマリアがジョゼットをオルレアン公の娘として担ぎあげても、彼女に決して王印は押せない。なぜなら王印には“血縁の呪い”があるから、そしてそれが明らかになれば、ガリアがロマリアに攻め込む格好の大義名分となる」 「まあ今となってはどうでもいい話だがな。それ以前にロマリアは滅ぶ、俺達の手によってな」 それは揺るがない。 「しかし、ジョゼットという少女は哀れですね、ロマリアの計画通りでも結局は傀儡、しかも僅かに遅れて生まれた為に修道院へ送られた悲劇の少女という設定ですが、実際はそれですらなく、陰謀の為に用意された人形に過ぎないわけですから」 「確かにな。しかし、もし本当に双子の姉妹で、ジョゼットが先に生まれていたらどうなっていたと思う?」 この仮定が面白い。 「それは・・・どうなっていたんでしょう?」 「答えは簡単、『ファンガスの森』でキメラドラゴンの腹の中だ」 「そういやそうでした」 『ファンガスの森』は非常に危険な森だ、魔法が使えないジョゼットに生き抜ける場所ではない。 「仮に奇蹟がおきて生き残っても、その後の任務でオーク鬼に喰われるか、ミノタウルスに喰われるか、どっちにしても救いは無い。彼女は修道院で平和に過ごせてよかったな、イザベラにしろシャルロットにしろ、並の覚悟や能力では生き残れない世界にいる」 北花壇騎士団団長“百眼のイザベラ”、ファインダーを統括しガリア全土の情報網を全て把握する北花壇騎士団の総責任者。さらには宰相として九大卿もまとめており、ガリア王国の政治は彼女なしには動かない。 北花壇騎士団フェンサー第七位、班長、“雪風のタバサ”、フェンサーとして卓越した戦闘能力を誇り、状況判断力にも優れ困難な任務を悉く単独で成し遂げる凄腕。 この二人のように生きるのは非常に難しい、そして出来なければ死あるのみ、王族とはそういうものだ。 ま、俺よりはまともな人生かもしれないが。 「そう考えると、修道院が王家という煉獄から遠く離れた楽園に見えてきますね。彼女はあくまでそう言う設定の少女に過ぎませんが、本当だとしたら、一番安全なのは間違いなく彼女ですね」 マルコも頷く。 「ま、要は王家と、それを支えるブリミル教こそが全ての根源だということだ。貴族というものがこのガリアから消滅すれば、セント・マルガリタ修道院の少女達も全員自由になれるし、自由になった彼女達が働ける場所は既に宰相イザベラ、サルドゥー職務卿、ボートリュー学務卿の手によって建設が始まっている」 「その辺の手抜かりはないんですね」 「当然だ。権力とはそういった弱い立場の者を救うためにある。そういった方面のことを任せるために、俺が過労死しかけながら九大卿を探し出して任命したんだから」 本当に死ぬかと思ったぞあれは。 「あの時のハインツ様の勤労時間はあり得なかったですからね」 マルコも同意してくれる。 「ま、それができる頃にジョゼットの体内の毒を解毒してやればいい。人間でも調合可能な薬だから直ぐにでも作れるが、あの修道院にいる間はその必要もない」 「『フェイス・チェンジ』を用いたマジックアイテムで顔が変わってますからね」 あそこはそういう場所だ。 「要は俺達がやることは変わらない。この世界の仕組みそのものをぶっ壊し、ジョゼットのような被害者が、自由に生きていけるような世界に変えてやるだけだ」 「そのための最終作戦ですもんね」 「ああ、頑張るぞ」 「了解です」 こうして俺達は会話を終えて仕事に戻る。 闇の残滓は未だに存在し、被害者を生みだし続けている。 だが所詮は残滓に過ぎない、大本を破壊すればそれもいずれは消えさる。 「破壊してやろう。この世界のふざけた神も、それを崇める腐った教会も、王家を闇の温床と変えた根源も、その全てを」 イザベラも、シャルロットも、マルコも、ヨアヒムも、その他大勢のたくさんの人々がそれによって苦しんでいる。 俺のような先天的異常者はともかく、そういった者達が自由に生きるにはあれは邪魔にしかならない。 「邪魔するものは全て俺の都合で排除する。それが“輝く闇”たる俺の在り方だ」