侵攻公布より一か月。 トリステインの各地の駐屯地や練兵場では魔法学院の生徒達が即席の士官教育を受けている。 しかし、そもそも戦う前から士官不足になり学徒動員をしてる時点で終わっている気がする。 日本で言うなら真珠湾攻撃に学生を動員したようなものだ。 ゲルマニアはまともみたいだが、混成軍であるため指揮系統が統一できるかどうか怪しいものだ。 ぶっちゃけ、まともに戦ってもアルビオン軍が負ける要素が見当たらなかった。第十四話 侵攻前■■■ side:ハインツ ■■■ アルビオン首都ロンディニウム。 実はここにヴェルサルテイル直通の『ゲート』があるが、使ってるのは俺とシェフィールドだけである。 ロンディニウムの南側にハヴィランド宮殿は存在し、そこの白ホールに巨大な円卓が置かれ、神聖アルビオン共和国の閣僚や軍人が集まり会議の開始を待っている。 残りは初代皇帝にして貴族会議議長オリヴァー・クロムウェルのみ。 そして彼が入って来て、その後ろには秘書のシェフィールドとヒゲ子爵がいる。 そして会議が始まった。 「さて、本日皆に集まってもらったのは他でもない、トリステインとゲルマニアが連合軍を組織し我が国土へ攻め込もうとしておる/。それに対する方策を決定するためである」 クロさんが切り出す、こうしてみると立派な盟主にしか見えない。 円卓には12時に盟主オリヴァー・クロムウェル、6時に軍総司令官ゲイルノート・ガスパールが座り、1,2,3,4,5には政治家貴族のトップたちが座り、7時にヘンリー・ボーウッド提督、8時にオーウェン・カナン提督、9時にウィリアム・ホーキンス将軍、10時にニコラ・ボアロー将軍、11時にヒゲ子爵となっている。 シェフィールドは皇帝の後ろに控えている。 アルビオンの統治そのものはそれまでと大きく変わらず、王家が所有していた領地を各貴族に分配した形になったが、ゲイルノート・ガスパールによってかなりの量の貴族が粛清されたためその領土は共和国本領ということになり、オリヴァー・クロムウェルと議会で決定した太守や行政官が治めている。 早い話がガリアの王領と直轄領を共和国本領としただけで、ガリアでは宰相イザベラと九大卿で決まる政策が、アルビオンではクロさんと政治家貴族で決まっているだけだ。 封建貴族が国家の運営に大きく関わる部分が違うが、それ以外はさしたる違いは無い。今のガリアも王なしで機能しているも同然だからである。 「軍事面における対策はガスパール総司令官に一任しておるゆえ、まずは彼の話を聞こう」 そして俺に発言権が回ってくる。 「まず、現状の戦力を確認しておくが、財源や軍需物資に関しての議論はこの場ではしない。そこはクロムウェル殿にお任せするゆえな」 アルビオンの財務担当や軍務担当はクロさん直属の官僚達だ。(日本でいう首相と内閣の関係に近い) 貴族の合議制で政策が決定するためこの場にいるのは封建貴族だが、彼らは国の中枢にはそれほど関わっていないのである。(少し違うが国会議員をイメージ) よってこの場で財源や補給に関する議論は担当者がいないので不可能なのだ。 当然その官僚達は俺が選んだ若くて優秀な奴らである。 「まず陸軍だが、ホーキンス」 「はっ、現在我が軍は5万が出撃可能です。再編や訓練も問題なく終了し、例の奇襲作戦の繰り返しにより集団行動にも統率がとれてきています、実戦を経験していない者もいないので、命令があり次第迅速な行動が可能です」 この段階まで持っていくためにホーキンスとボアローはかなりの努力をした、しかしその成果は十分に出ている。 「次に空軍、ボーウッド」 「はっ、現在45隻の戦列艦が出動可能です。大砲の弾や火薬の補給体制も問題ないので、長期戦にも対応は可能です。ここ数カ月実戦を重ねたため錬度もかなり上昇し、内戦前と同じかそれ以上の水準となっております」 約3か月近くトリステインとゲルマニアの哨戒網を潜り抜けながら軍需物資集積所を襲撃し続けた結果、空軍の錬度もかなり上昇した。 やはり実戦に勝る訓練はないのである。 そして降下して襲撃を行った陸戦部隊も同様に鍛えられたわけだ。 敵の守備隊が現れればさっさと引きあげる、ヒット・アンド・アウェイ戦法だったので損害も少なく、相手に慣れさせないようあれこれ手段を変えていった。 「これに対して敵の戦列艦は60隻、陸軍は6万、数では我が軍に勝るが混成軍のため指揮系統の統一がなされておらず、錬度では我が軍が有利となる。つまり総合的には互角ということだ」 ここで一呼吸、政治家貴族の理解が追いつくのを待つ。 「具体的な防衛策だが、敵を我が国土奥深くまで攻め込ませておき糧道を伸び切らせ疲弊を待つ、そして時が来ると同時に一気に攻勢をかけて滅ぼす」 この言葉に政治家貴族が動揺する、軍人は落ち着いたものである。 「しかし、国土の敵を攻め込ませるのはいかがなものかと」 貴族の一人が問うが。 「そこは問題ない、敵が我が国土に攻め入るならば我が虚無が威力を発揮する。敵は我が軍と戦う前に壊滅状態に陥るだろう」 そこをクロさんが補完する。 「いいか政治家共、これは戦争だ、軍人の俺達に任せるがいい。そしてこの戦いの本懐は犠牲を最小限に抑えつつ敵を撃滅することにある。そして敗退する敵を一気に追撃し、トリステイン全土とゲルマニアの西半分を一気に制圧する」 さらにどよめきが広がる。 「そのための戦略は、既に軍部で決定している。お前達は俺達が前戦で戦えるように、民の安全に気を配っていればいい」 俺は断言する。 「ガスパール元帥の言うとおり、軍人には軍人の、政治家には政治家の役割がある。それぞれの職務を全うしようでないか。そして鉄の結束がそれらを繋いだ時こそ、我等に敵は無くなる。疑わず同朋と自分を信じることだ」 クロさんが続く。 そうして会議は終了した。■■■ side:クロムウェル ■■■ 「標的は魔法学院だ。ワルド子爵、君はメンヌヴィル君を隊長とする一部隊をそこへ送り込んでくれたまえ」 私はワルド子爵と“白炎”のメンヌヴィルに魔法学院襲撃を命令する。 二人は頷き、執務室を去っていく。 「ふう、ミス・シェフィールド、これでよろしかったのですな」 「ええ、おつかれさまですクロムウェル」 私は台本を読み終えた。 今回の台本は少し前に変更が加わったので少々練習不足が否めなかった。 「しかし、急な変更とはあの方にしては珍しいですな」 「口を慎みなさいクロムウェル、旦那様に失態などありません。今回の変更はハインツの要請によるものよ」 恐ろしい表情でミス・シェフィールドが睨んでくる、どうやら地雷を踏んでしまったらしい。 この人は怒ると見境がなくなりジョゼフ殿を“旦那様”と呼んでいることに気付かなくなるのだ。 「も、申し訳ありません、ミス・シェフィールド! はい、その通りです。あの方に間違いなど万に一つもありません」 そ、そうだ、この人を怒らせてしまった際のなだめ方が確か台本に追伸で書かれていたはず! 「貴女が敬愛なさる偉大な方ですから、それこそ失態などなさるはずがありません。何せ30をとうに過ぎている貴女を寵愛なさるくらいですから」 あれ? これは火に油を注いでいるだけなのでは? 「ふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ、そう、死にたいようね、クロムウェル」 ヤバい! 凄まじい笑顔になっている! ジョゼフ殿! 恨みますぞ! 「おおお、落ち着いてくださいシェフィールド様! どうか、どうかお怒りをお鎮めくだされ!」 私は土下座する、今この人に少しでも逆らえば間違いなく命は無い。 「大丈夫よクロムウェル、『アンドバリの指輪』の効果は偉大だから、一切問題ないわ」 ゆっくりと近づいて来る悪鬼が一人。 それって、私が死ぬこと前提ですか!? 「た、助けて!」 「おやすみなさいクロムウェル。次に会う時は、物わかりが良い人形になっていることでしょう」 うわああああああああああああああああ! 「はいはーい! シェフィールドさん落ち着く落ち着く、暴走したい気持ちも分かりますがここは抑えて」 そこに救世主降臨! 「は、は、ハインツ君!」 「うっす、クロさんお疲れ様。で、そっちの若奥様も落ち着いて」 「ハインツ、この男は言ってはならないことを言ったのよ」 まだ怒りがおさまりそうにないミス・シェフィールド。 「とはいえ事実は事実ですし。それに陛下は御年45歳、その方に釣り合うのは、貴女のように人生経験を備えた聡明な女性くらいでしょう。ただ美しいだけの小娘では、愛玩動物にもなりません。卓越した知性が無ければ、陛下の話し相手すら務まりませんから」 流石はハインツ君、彼女のなだめ方に関しては超一流だ。 「言われてみればそうね。そう、あの方に接していいのは私だけよ」 頷くミス・シェフィールド。 「だからといって、陛下に近づく女性を手当たり次第『時空扉』に放り込むのはやめて下さいね。この前モリエールさんがサハラに飛ばされて大変だったんですから」 「天罰よ」 「迎えが遅かったら死んでましたよ、あの人」 「大丈夫、どこに転送したかは記録されるようになっているから、貴方が迅速な対応をすれば死ぬことはないわ」 なぜそこで対応するのがハインツ君なのか? 「ま、そりゃそうですけど」 そしてなぜハインツ君も納得するのか? ・・・多分諦めているんだろう。この人達にまともな理屈は通用しないことは私もよく知っている。 「ま、それはそうと、クロさん、ありがとうございます。これで余分なヒゲ子爵と炎馬鹿を排除できます」 笑顔でそう言ってくるハインツ君。 「やはり、彼らは始末するために送り込むのだね」 大体予想してはいたのだが。 「ええ、そろそろこの国の終わりも近いですからね、ああいう不穏分子に成りうる奴らは戦争中に消すに限ります」 「それなら貴方が直接殺した方が効率的じゃなくて?」 なんと恐ろしい会話だろうか。 「それはそうなんですけど、どうせなら有効活用したいですから。主演はこのアルビオンにやってくるので助演達にもそれ相応の劇を用意した方がいいと、陛下もおっしゃいましたので」 その有効活用が魔法学院の襲撃なのか。 「なるほど。しかし、主演達も大変ね、『軍神』と真っ向からぶつかることになるのですから」 「今の彼らなら戦えるところまで来ています。もっとも、勝つのは無理でしょうけど逆境を超えて成長するのも英雄の条件なれば」 それは大変だ、彼らに比べれば私の役割など簡単なものだ。 「子供達が戦争に参加する中、私がただ皇帝の椅子に座っているだけというのもいささか心苦しいです。何か私に出来ることはないでしょうか?」 私は傀儡過ぎないが、それでも出来ることはあるはずだ。 「ええ、クロさんならそう言ってくれると思って、ちゃんと用意してますよ」 そう言ってハインツ君は大量の資料を取り出す。 「これは?」 「ロサイスとシティオブサウスゴータの住民に関する資料です。これからの戦争で一時避難させることになるので、これを記憶しておいて、戦争の後に付き合わせて損害状況を確認し、復興支援を効率よく行うためのサポートをする作業があります」 「しかし、その頃私はアルビオンにいないのでは?」 アルビオンが敗北した後のことなのだから。 「確かにそうですが、アルビオンの行政の多くにガリアの手が入りますので、ガリア本国から彼らに指示を出すだけでも十分に効果を発揮します。“デンワ”もありますし」 なるほど、流石はハインツ君、その辺の抜かりはないようだ。 「じゃあ、私は私に出来ることをやろう。国防の方は私には何もできないからすまないがお任せするよ」 仮にも盟主でありながら実に情けない。 「いえいえ、元々俺達が始めたことですから。それに、今回の作戦は俺達『影の騎士団』が考案したものですし、その団長たる俺が実行責任者になるのは当然です」 そう言って笑うハインツ君、彼が私に不安そうな表情見せたことは一度もないな。 「せいぜい励むことねハインツ、くれぐれもジョゼフ様の期待に背かないようにね」 ミス・シェフィールドは相変わらず手厳しい、彼はよくやっていると思うのだが。 「ま、全力を尽くしますよ、手を抜くのは性に合わないんで」 ハインツ君は再び『転身の指輪』を起動させ、ゲイルノート・ガスパールとなる。 「それじゃあなクロムウェル、吉報を待っていろ」 そして彼は執務室から出て行った。 「役者としても彼の方が私より数段上ですね」 よくあそこまで瞬時に切り替えられるものだ。 「そうかしら? その辺にかけては貴方もなかなか負けていないわよ」 「貴方がお褒めくださるとは珍しい」 「事実を認めないほど私は無能ではないわ」 「そうでありましたな」 私はミス・シェフィールドに手伝ってもらいながら仕事を始める。 たとえ微力であろうとも、それがアルビオンに民の為になることを願いながら。■■■ side:才人 ■■■ 俺とルイズは現在ルイズの実家に向かっている。 ルイズが戦争に参加することを実家に伝えたところ「従軍はまかりならぬ」という答えが返ってきたそうだ。 ならば直接説得しに行くまでと、シャルロットのシルフィードに乗せてもらって今向かっている。 「いつも悪いわねタバサ」 「気にしない」 この二人に限らず今の俺達は仲が良い。 俺、ルイズ、シャルロット、キュルケ、ギーシュ、モンモランシー、マリコルヌの七人だ。 夏休みの間、ルイズを司令官としてトリステイン中で活動した結果、今では戦友みたいな関係になっている。 その戦友であるギーシュとマリコルヌは既に王軍に志願し、士官教育を受けている。 戦争に参加すべきかどうかは俺達全員で話し合ったが、このままじゃトリステインは滅ぶだけという結論になった。 結果、あの二人は参加することにして、ルイズも参加することを決めた。 「なあ、あとどれぐらいで着くんだ?」 俺はルイズに訊いてみる。 「多分2時間くらいね、時間がもったいないからタバサに頼んだけど、伝書フクロウよりシルフィードの方が早いから多分連絡より先に私達が着くわ」 それって連絡する意味あるんだろうか? 「仕方ないでしょ、急だったんだから、早く戻って情報収集に専念したいし」 こいつは今でも時間があればトリスタニアの“魅惑の妖精”亭の地下に行って情報分析をしている。 今はアルビオン軍の作戦の傾向や、総司令官ゲイルノート・ガスパールの戦略分析に力を注いでる。 「あんまり無茶すんなよ、ってこれから従軍の許可をもらいに行く奴に言うのも変だな」 「まあそうね、でも、少しぐらい無理しないと時間が無いわ、軍学ってのは難しいから後一月じゃかなり厳しいわ」 情報収集をしながらルイズは軍学を独学で勉強してる。 「トリステインの軍人の話じゃあてにならないしね、ここは自分で考えたほうがいいわ」 と豪語するルイズ。 大丈夫かと不安になるがハインツさん曰く。 「世の中には二種類の人間がいる。実践だけで理論を覆す奴と、理論だけで実践を凌駕する奴。どっちも非常に珍しいが、ルイズは後者だ。あいつは理論者の極致だからな、あいつの理論は実践に勝る」 らしい。 逆に俺は実践で理論を覆すタイプだそうで、その二つが上手く合わされば強力になるそうだ。 「ま、何にせよまずは許可をもらってからか、もし許可をもらえなかったらどうするんだ?」 「その時は逃げるしかないわね、その方法は考えてあるから問題ないわ」 そういう問題なのだろうか? 俺は一抹の不安を抱えながらシャルロットから本を借りて読み始めた。 ぶっちゃけ暇なのだ。■■■ side:ルイズ ■■■ 「まったく貴女は勝手なことをして! 戦争? 貴女が行ってどうするの! いいこと? しっかりとお母様とお父様にも叱ってもらいますからね!」 実家に戻って早々エレオノール姉様に御叱りを受けた。 ちなみに才人とタバサは別室で休んでもらってる。 ちゃんと気を利かせて同部屋にしたので問題ない。 「そんなこと言われても、もう決めてしまいましたから。私が意思を変えない限り、私が戦争に行く事実は変わらないもの」 私は平然と答える。 「あのねえ貴女、お父様とお母様にどれだけ心配かける気?それに“ゼロ”の貴女が戦争に行ってどうするの?」 「例え“ゼロ”でもやれることはあるわ、作戦を考えるにも後方で食糧の計算をするにも魔法はいらないし、それに大事なのは己の意思です。それが無い限り、スクウェアクラスのメイジでも戦場じゃ足手まといにしかならないわ」それが事実、魔法がどんなに使えても覚悟が無ければただのゴミ、精神が折れたものから戦場では死んでいく。 あのトリスタニアの戦いしか私は戦場を知らないけど、それを知るには十分過ぎた。 それに、私も何度かサイト達についていって戦争じゃないけど戦いを体験している。 その本質は戦場と変わることはない、要は生きるために奪い合うこと。 それが金かモノか命かの違いはあれ、根本は変わらない。 サイトも言っていた、生きるというのはそれだけで難しいと、私もその通りだと思う。 「貴女・・・」 「ま、ここで話していても意味が無いし、久しぶりに会えたんですからもっと他のことを話しましょう。ねえ姉様、トリスタニアでも生活はどうですか? 研究は最近順調ですか?」 私はたわいもない話を始める、せっかく久しぶりに家族と会えたのに戦争の話ばかりでは寂しい。 せっかくの帰省なんだから戦争の話は最小限にして家族と楽しく過ごそうと思ってる、人生メリハリは大切だ。■■■ side:シャルロット ■■■ 私は今目の前の物体を才人と一緒に眺めているが少し混乱している。 「ねえサイト」 「何だ」 多分サイトも同じ気持ちなのだろう。 「何だろうこれ」 「俺には分かりません」 現実逃避を試みている模様。 メイドに通された部屋は客室で、とても結構なつくりだった。 流石はトリステイン最大の封建貴族だけのことはあり、住まいもまさにお城そのものだった。 ちなみにガリアではこういった城は滅多に無い。 封建貴族が必要以上に大きく強固な住居を持つことは反乱の疑いを王政府に与えることになる。 別に法で禁止されているわけではないが、オルレアン家、ヴァランス家、カンペール家、ウェリン家といった大公爵家も屋敷はそれほど大きくない。 例外はベルフォール家やサルマーン家のように国境を守る家の場合、もっとも二家とも今では存在しないけど。 このヴァリエール家もそれと性格が近い。 トリステインとゲルマニアの国境にあり、有事の際にはゲルマニアからの侵略軍をこの城で防ぐことになる。 故に城壁も強力で、20メイルものゴーレムを使って跳ね橋の上げ下げを行っている。 とまあこんなことを延々と考えている私も現実逃避の真っ最中だったりする。 しかし、いつまでも逃げていても始まらない。 「ベッド」 「だね」 「立派」 「だなあ」 「でも一つ」 「なんでだろ」 なぜかベッドが一つしかないのだ。 他に空き部屋はいくらでもあるだろうし大貴族の城で手入れがされていないということもあり得ない。 ならばなぜこうなっているのか? 私達はその答えが頭に浮かびながらもただ呆然としていた。■■■ side:ルイズ ■■■ 次の日の朝食の場で家族が久々に勢ぞろいした。 エレオノール姉様は運良く家にいたけど、カトレア姉様はいなかったのでわざわざ来てくれた。 エレオノール姉様はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。 だけどちい姉さまはカトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。 ヴァリエールではなくフォンティーヌ。 体が生まれつき弱いがために学校にも行けず嫁ぐこともできず、一歩もヴァリエールの領地から出たことのないちい姉さまのためにお父様が一番美しい土地を分けて分家とした、ゆっくりと静養できるように。 だけど、ちい姉さまはこのままでは結婚も出産も不可能だから、たった一代限りの家になる。 いつかそれを私の手で覆してやりたいというのも、今の私の野望である。 「お父様、どうしても従軍の許可はいただけませんか?」 「お前がどんなに願おうとも許可するわけにはいかん」 お父様の意思は堅いようだった。 「ですが、この侵攻作戦がどのようなものか分からないお父様ではないでしょう?」 「確かにな、アルビオン軍総司令官ゲイルノート・ガスパールは恐ろしい男だ。このまま手をこまねいておれば、我がトリステインはアルビオンに蹂躙されるだろう」 流石、私ですら分かることが分からないお父様ではない。 「しかし、わしは既に軍務を退いた身、今更戦場に出て行ったところで将軍共と反発する可能性が高い。トリステイン軍司令官オリビエ・ド・ポワチエ、あの男は才能がないわけではないが、祖国よりも自分の出世を優先する男だ。わしやグラモン元帥などが参戦しようものなら敵と戦う前に味方を蹴落とそうとするだろう」 彼がまだ若かったころお父様やグラモン元帥はその上官だったわけだ。 確かに、そういうタイプの男ならかつての上官を疎ましくしか思わないだろう。 「だから枢機卿からの諸侯軍編成の依頼をお断りになったのですね」「うむ、あの鳥の骨とてその程度は理解しておる。しかし、貴族には建前というものがあるからな、そこを通しておかねば国が成り立たなくなる」このトリステインは伝統に縋る国、それを崩すことはかなり危険なことだ。そのかわりヴァリエールは莫大な軍役免除税が課せられることになるが、それがないと王軍の主力たる傭兵軍の編成がおぼつかないのが実情だろうと私は睨んでいる。 農民からの徴兵によって編成される諸侯軍は錬度が低い。それよりは、軍役免除税によって大量の傭兵を雇ったほうが王政府にとっていいはずだ。 そこら辺の暗黙の了解がお父様とマザリーニ枢機卿の間にはあるのだろう。 お父様が公然と枢機卿を鳥の骨と呼ぶのはそれだけ彼を信頼していることの裏返し。 男というのは何歳になってもそういう部分は変わらないみたい。 姫様は・・・、気付いてるかどうか微妙なところね。 「しかし、トリステイン最大の封建貴族たるラ・ヴァリエールから誰も参戦しないのは、あまりよくないと思いますが」 「それでもだ、お前はまだ16歳の子供なのだ。例え公爵家の三女とはいえ、戦場に立つには早すぎる。貴族としての責務を全うしようというその姿勢は立派だが、それでは死にに行くようなものだ。戦場はそれほど甘い場所ではない」 実戦を何度も経験したお父様の言葉には重みがある。 お父様の半分も生きていない私の言葉でお父様が折れることはないだろう。 それに。 「お父様、それは私を愛してくれているからこその言葉でしょうか」 「当然だ。貴族としてはあるまじき言葉だが、例え国が滅ぼうとも、お前達3人には生きて幸せになってほしいと願うのが親というものだ。わしとカリーヌはこの国で貴族として生きることしかできぬ故に無理な話だが」 その言葉に心が震える。 一瞬、ずっとここにいたい気持ちになる。 だけど、それは許されない。 他でもない私自身が私を許せないのだ。 「ありがとうございますお父様。私もお父様を愛しています。もちろん、お母様やエレオノール姉様、そしてちい姉さまの方が好きですけど」 「ルイズや、父としてそれは悲しいぞ」 「ふふ、冗談です。だって大切な家族に順番なんてつけられませんもの」 そうして、笑顔のままに会食は終わった。 場の雰囲気では私が戦争に行くことはないようになっていたが、私は戦争に行かないとは一言も言っていない。 だけど、戦争に行くが故に、私は自分が守りたいものの愛しさを確認しておきたかった。 私はこの家族が本当に好きだ。 世界で一番の宝物だと心の底から言える。 だから私は戦うのだ。 トリステインがアルビオンに滅ぼされれば王家を筆頭に有力な貴族は処刑される。 トリステイン最大の貴族であり、傍流ながら王家の血を色濃く継承するヴァリエール家は絶対に粛清から逃れられない。 お父様のことだから私達3人をゲルマニアやガリアに逃がすことは容易だろう。 しかし、お父様とお母様は逃げられないし、逃げるつもりもない。 誰かが殺されなければ追手はどこまでも追い続けるから。 だけどそれを私は許せない。 自分の力を最大限に使えばそんな結末を回避できたかもしれないのに、それをしなかった私自身を決して許せない。 たかが小娘一人に出来ることは少ない、しかし私には“虚無”がある。 ただ振り回されるだけでは全く意味が無いものだが、それでも家族の為に、あるものは何でも使う。 あらゆるものを利用し、勝つための策を練り、勝利を引き寄せる。 それが“博識のルイズ”たる私の戦い方だ。 「家族を救うためには国ごと救うしかないなんて、難儀なものね」 それに相手はゲイルノート・ガスパール。 一筋縄ではいかない強敵だ。 だけど逃げるわけにはいかない、大切なものを失いたくないから。 つまるところ私は自分自身のために戦うのだが、それでいいと思う。 家族は私に死んで欲しくないがそれは私も同じ、ならば先に行動したもん勝ちだ。 「ただ祈れば救われるだけの御都合主義なんて、私はいらない。守りたいものがあるならば、自分で戦って勝ちとる」 私は打ち合わせ通りにサイトとタバサが待機してる中庭に向かった。