トリステイン魔法学院は夏季休暇の真っ最中。 その間に様々な出来事があり、主役達も大いに成長を遂げている模様。 そして俺もまた休むことなく活動を続けていた。第十一話 戦略会議■■■ side:ハインツ ■■■ 現在久々に『影の騎士団』の面子で会議中。 議題はいかにしてトリステインをアルビオンに侵攻せざるを得ない状況に追い込むか。 トリステインにとっては最悪極まりない会議だった。 「で、だ、どうにかしてトリステインにはアルビオンに侵攻して欲しいんだが、そのためにどうするかが問題だ」 議長である俺から話を振る。 「まず大前提としてトリステインの女王に侵攻の意思があるかどうかだな、専制国家である以上、王に侵攻の意思がなければ動かすのは非常に難しい」 初手はアラン先輩。 「その辺どうよハインツ?」 訊いてくるアルフォンス。 「そこは問題ない。以前“女王誘拐劇”をやった際にゲイルノート・ガスパールがウェールズを殺してるから。いくら一度死んでいたことになっているとはいえ、愛する恋人を殺されれば復讐に燃えて当然」 巻き込まれる国民はたまったもんじゃないと思うが。 「うわー、えげつないですね。国民を私怨に巻き込む王様もどうかと思いますけど、それ以前にそういう状態に追い込むハインツ先輩は外道ですね」 辛辣な評価をしてくれるエミール。 「エミール、こいつが外道などということは今に始まったことではない。それに国家間戦争は弱肉強食だ、国益のためならばどの国もどんな非道なことでもやる。もっとも、こいつはそんなものは関係なく自分の意思だけでやるがな」 フォローになってないフォローをするフェルディナン。 「まあ何にせよ王には侵攻の意思があるってこった、となると次は戦力、財力、食糧とかの問題だな」 無視して先に進むアドルフ。 「アルビオンの現有戦力はどうなっているハインツ」 クロードが訊ねてくる。 「陸軍がおよそ4万5千、空軍は戦列艦30隻ってとこか、タルブでの敗戦の損害は最小限に食い止めたから軍の再編も大分進んでいる」 あと一か月もあれば陸軍は5万、空軍は40隻くらいに回復するだろう。 「対するトリステインは」 これもクロード。 「新たに雇うことが可能な傭兵が2万、動員可能な諸侯軍が1万5千、建造可能な戦列艦が50隻、トリステインの国力から考えればこの辺が限界だな。しかもこれは戦時特別税や各貴族の協力があってこその話だ」 正確な分析はアラン先輩、エミールは“調達屋”だが、“管理者”のこの人は国力から戦力を分析するのを得意としている。 「単独じゃどう考えても侵攻は不可能だな」 アルフォンスが断じる。 「そうなるとゲルマニアがどこまで協力するかだが、その辺はどうなっているハインツ?」 フェルディナンが訊いてくる。 「少なくとも陸軍は数万規模で派遣してくるな。空軍も20隻くらいは動員可能だろう、アルビオンとの戦時体制に入ってからは皇帝の権限が強まってる。そうでもしないと国防に支障がでるからな」 平時なら皇帝にはそれほど絶大な権限はないが戦時なら話は別、皇帝が出すと言えばそれぐらいは出せる。 「陸軍はゲルマ二ア主体、空軍はトリステイン主体の混成軍か、指揮系統を上手く統一すれば強力な軍隊が出来上がるな」 クロードが分析する。 「後は金銭面だがゲルマニアの国力ならその程度を遠征軍とするのに何の問題もないだろう。エミール、食糧の方はどう見る?」 アラン先輩がエミールに振る。 「そっちも大丈夫でしょう、ゲルマニアは全軍で10万を超えるくらいですから。そのうちの半分以下を動員する程度の食糧は、平時でも備蓄してあるはずです。トリステインの方も「水の国」ですから、農業生産は豊富です。ですので遠征軍の糧食は確保できます、そのための費用を確保できるかは別問題ですけど」 「金があっても食糧がねえんじゃ話にならんが、その逆も然りか」 アドルフが頷く。 「結論として、ゲルマニアはそれほど無理をしなくても、トリステインは国庫にかなりの負担をかければ、6万~7万の陸軍と60~70隻程度の空軍による連合軍をアルビオンに派遣することは可能というわけだ」 フェルディナンが言う。 「だが、それをすると国が空になるばかりではなく失敗したときに後がなくなる。ゲルマニアはともかくトリステインとしてはそこまでの博打には出たくないだろうな」 これはアラン先輩。 「負けた時の話が前提ですから、無駄にプライドばっかりが高くて、現実が見えてない軍人達はそんなの気にしないでしょうけど、政治家はそうはいきませんし、大臣クラスが反対するんじゃいくら女王が侵攻派でも出兵は難しいでしょうね」 エミールも同意見の模様。 「じゃあトリステインがとるべき戦略はどうなる?」 俺はそっち方面から訊いてみる。 「空からアルビオンを封鎖して干上がるのを待つってとこかね、何しろアルビオンは「風の国」どうしても足りないもんがあるからな」 アルフォンスが答える。 「アルビオンは浮遊大陸だ。「風石」は豊富にあるし食糧の自給もなんとかなっているが、鉱物資源に乏しい。そして壊滅的なのが水産資源だな」 アラン先輩の分析。 「そりゃあ浮遊大陸で水産資源が豊富だったら世界が終わりますよ。でもそうなると得するのはガリアっすね」 アドルフが突っ込む。 「トリステインとゲルマニアが戦争状態にある以上、アルビオンと交易出来るのは中立を宣言しているガリアのみ。ロマリアは論外だしな。そうなるとガリアが高値で売り付けても、アルビオンは言い値で買うしかなくなる。戦争状態になると第三国が儲かるのは常識だからな」 フェルディナンもアドルフに同意する。 「そうなると、封鎖作戦も効果を発揮するまでに時間がかかる。つまりトリステインが狙うなら持久戦、アルビオンが狙うは短期決戦になる。ゲルマニアはどちらでも問題なしといったところだな」 クロードがまとめる。 「侵攻とは完全に反対の作戦になりますね。でもそれも仕方ない、何せ普段はアルビオンからトリステインに「風石」を輸出しているわけですから。トリステインはそれほど「風石」が採れませんし、ゲルマニアも同じく、つまり侵攻するための「風石」が無い。侵攻するためにはガリアから「風石」を高値で輸入する必要が出てくる」 エミールがさらに付け加える。 ガリアは「土の国」だから鉱物資源がとても豊富で、「風石」や「土石」も大量に採れる、当然火薬や砲弾も売れるわけだからガリアにとってはいいことだらけだ。 「つまりはリスクが高すぎるということだ。それに国を空にすれば、ガリアから侵攻される可能性もある。マザリーニ枢機卿もアルブレヒト三世も、“悪魔公”の暗躍を知っているから背後の警戒を緩めることはないだろう」 アラン先輩のだめ押し。 ううむ、真剣に考えるとトリステインの侵攻が夢物語に聞こえてくる。 「つまりだ、トリステインは持久戦狙い、アルビオンは短期戦狙い、その関係を逆転させてやれば良い訳だろ?」 ここでアルフォンスが発言。 「ああ、それができればいいんだが」 俺は答える。 「じゃあ簡単だ、アルビオンの持ち味である艦隊による機動力、これを最大限に生かして引っかきまわしてやればいい」 楽しそうに言うアルフォンス、“提督”の本領発揮というところか。 「具体的な方法は?」 「トリステインとゲルマニアにある軍需物資の貯蔵地を艦隊で奇襲して、「風石」や食糧や武器弾薬とかを根こそぎ奪う。そして奪った軍需物資を使って、今度は別の場所を狙う。それを何度も繰り返してやればいい。一度に送るのは戦列艦数隻と1千くらいの兵で十分だ」 アルフォンスの戦略眼が冴える。 「しかし敵も一度やられたら防御態勢を整えるだろう、逆に返り討ちにされないか?」 反論するのはフェルディナン。 「そいつは陸軍の発想だな。確かに、アルビオン以外だったらそうなるかもしれん、しかしアルビオンは高度3000メイルにある。そこから滑空するだけでゲルマニア東端にある貯蔵地の狙うことも可能だ。つまり、攻撃側はいつでも好きなとこを狙える。不利だと思ったらさっさと撤退すればいい、その為には優秀な指揮官でいく必要はあるがな」 ボーウッド提督やカナン提督ならば問題ないだろうな。 「なるほどねえ、それなら地の利を最大限に生かしつつ敵の物資を頂けるわけだ。アルビオンは一切減らず、トリステインとゲルマニアだけが減っていくと」 感心するアドルフ。 「しかも効果はそれだけではない」 それに続くクロード、“提督”の案を補完するのは“参謀”の役目だ。 「どういうことですか?」 エミールが尋ねる。 「アルフォンスが言ったように、アルビオンはどこでも好きな時に狙える、つまり守備側は全ての軍需物資貯蔵地にそれなりの数の守備隊を割かざるを得なくなる。ゲルマニア軍なら然程苦にならんが、トリステインはそうはいかん。傭兵を雇って常駐させるだけでも国庫に負担をかける、その状態で長期戦に臨むのはキツイだろうな」 随分辛辣な作戦だ。 「しかも、トリステイン上空にアルビオンの戦列艦が現れるだけで民は動揺する。もしかしたら国軍は敗れたのではないかとな、その状況で軍需物資貯蔵地がやられたという話が伝われば、王政府に対する不信感も大きくなる。何せ戦時だという理由で税を引き上げておきながら、まともに防衛出来ていないことになるからな」 「確かに、民衆の心理とはそういうものだ」 頷くアラン先輩。 「そうなると悪循環に陥る。防ぐために兵を動員する、国庫に負担がかかる、民衆の不満が高まる、そこにアルビオン艦隊が現れる、撤退したとしても戦果が得られるわけでもなく、もし敗れればまた軍需物資が奪われ国庫を直撃する、そして民の不信感はさらに上がる」 「守勢に回っている以上完全に打つ手なしというわけか、制空権を握られるというのは怖いものだな」 “将軍”として意見を述べるフェルディナン。 「トリステインの艦隊はまだ建造中だからな、現状ではアルビオン艦隊に抗する手段は無い。とはいえ艦隊を常時配置して国防にあたるのも国庫にとんでもない負担をかける。どっちにしろ八方塞がりというわけだ」 クロードが解説を終える。 「そうなるとトリステインとしては、小うるさいアルビオン艦隊の本拠地をぶっつぶすしかなくなる。この場合ロサイスやダータルネスになるが、これもまた不可能ってことだ」 ここでアルフォンスが説明。 「だろうな、軍港を占領しても地続きのロンディニウムから大軍がやってきて奪還されるのが関の山。かといって大軍を駐屯させ続けるのは論外、浮遊大陸である以上補給が続くわけがねえ、そんなことすりゃ国庫に負担がかかりまくって本末転倒だ」 アドルフが続ける。 「そういうこと、となるともう後は一つしかねえ、すなわちロンディニウムを落とす覚悟で大軍を一気に派遣する、そしてアルビオンをその戦いでぶっつぶす。これ以外に方法は無くなるってわけだ」 アルフォンスが締めくくる。 「トリステインはアルビオンに侵攻せざるを得なくなるわけか」 俺はそう言う。 「それいけそうですね、アルビオンは「風石」が豊富ですから、艦隊が行って帰ってくるだけなら問題はありません。囮の艦隊をいくらか派遣して相手の守備隊を集中させて、その隙に本隊が襲撃をかけるってことも出来ますし、トリステインは「風石」が少ないですからかなり不利になりますよ」 “調達屋”としての意見を言うエミール。 「ローリスク・ハイリターンということか、アルビオンの経済的にも負担がかからない作戦だな」 “管理者”として賛同するアラン先輩。 「ま、空の戦はそっちに任せるのが一番だな」 「うむ」 異論はなさそうな二人。 「よし、じゃあその案でいこう。後の細かい作戦内容はそれぞれの持ち味を発揮してくれ」 俺はそう要請する。 「つまり、派遣する艦隊の規模とか、どこを狙うかとかは俺とクロードで」 「少数精鋭でかつ短時間で軍需物資貯蔵地をどう制圧して撤退するかは俺とフェルディナンで」 「奪った物資をどう運用するかは俺とエミール、という担当だな」 「まとめ役は当然俺ですが」 そこは俺の役目になる。 「まだあるぞハインツ、トリステインの貴族に根回しして侵攻に賛成するようにしたり、軍需物資貯蔵地がやられたことを派手に振れ回るのもお前の役目だ」 とクロード。 「要は裏方全般ということだな」 とフェルディナン。 「実にハインツ先輩らしいですね」 と、エミール。 まあこんなわけでアルビオンの戦略が決定された。 当然これをアルビオンの将軍達に伝えるのはゲイルノート・ガスパールだ。 ゲイルノート・ガスパールとはこの六人の集合体、故に『軍神』なのだ。 こうして、ガリア軍将校によるアルビオン戦略会議は終了した。