タルブの戦いはトリステインの勝利に終わった。 予想通り才人がゼロ戦で出撃し、アルビオン竜騎士隊を打ち破った。 さらにルイズの特大『爆発(エクスプロージョン)』が炸裂し、虚無の担い手は見事覚醒を遂げたようだ。 そして、俺の“保険”も一応の効果を発揮したようである。第八話 幕間■■■ side:ハインツ ■■■ アルビオン親善艦隊の奇襲はトリステインに読まれていた。 俺がマザリーニ枢機卿にバラしたから当然なのだが、サー・ヘンリー・ボーウッドにもゲイルノート・ガスパールから「敵が読んでいる可能性もある、油断するな」と言っておいたので、正面決戦に近い艦隊戦となった。 そうなれば数と錬度で勝り、新型の大砲を積んだ巨艦『レキシントン』を有するアルビオンが勝つのは道理で、トリステイン艦隊は全滅し、アルビオン軍は陸軍をタルブ草原に降下させ、艦隊はラ・ロシェールへの砲撃を行った。 しかし、艦隊決戦が長引いた隙にトリステイン軍も既に防衛陣の構築を終えており、制空権を掴んだ状態でも容易にラ・ロシェールを落とせる状況ではなかった。 これも予めトリステイン軍が迎撃態勢を整えていたことが要因である。この状況ではどっちが先にしかけたともいえず、まさに正面決戦となった。 そしてその膠着状況で才人とルイズが登場。ゼロ戦は竜騎士隊を打ち破り、そうなることを見越して竜騎士隊の指揮はやられ役のヒゲ子爵にやらせておいた。 相変わらずのいいとこなしで才人にやられたようだ、雑魚め。 ちなみにタルブに被害は無し。俺が竜の最も嫌う臭いを発する薬品をタルブ中にぶちまけたからであり、竜騎士はタルブに近づけず、艦隊で戦略上無意味なタルブに砲撃をするほどボーウッドは無能ではない。というか、そんな真似したらゲイルノート・ガスパールに殺される。 そして、ルイズの『爆発』によって艦隊は全て落とされ、趨勢は決したかに見えたが、そこにアルビオンからゲイルノート・ガスパールの命を受けたオーウェン・カナン将軍率いる増援部隊十数隻が到着。陸戦部隊を援護しつつボーウッド艦隊の応急処置に入った。 未だアルビオンが制空権を握っている状況は変わらず、再び膠着状態に入りかけたところに、ゲルマニアから救援軍8千が出発し、さらにゲルマニア艦隊も迫っているという報告が入る。 これによりトリステイン軍はさらに勢いづき、ボーウッドとカナンの二将軍は不利を悟り撤退を開始した。 しかし、「風石」を全てルイズに消し飛ばされ、救援軍も一等戦列艦を全てアルビオンまで引き返せるほどの「風石」は積んでいなかったので、『レキシントン』などは放棄して爆破し、小型の艦艇のみを優先して補修し、何とか半数の艦を撤退させることに成功した。 この辺の判断は見事であり、ボーウッドの軍才が並ではないことが窺える。 結果として、親善艦隊は半壊、陸戦部隊も半数を失いアルビオンに撤退した。 『レキシントン』を失ったのは痛手だが、失った兵はほぼ全員が傭兵であり、王軍士官はほぼ全員が帰国した。 帰還したボーウッドは敗戦の罪を問われることはなく、艦隊の再編にとりかかった。 また、勝者であるトリステイン・ゲルマニアの同盟は協力してアルビオンを退けたことで一層強固になり、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世から「貴国とは対等な同盟関係でありたい」という言葉と共に、アンリエッタ王女の戴冠を薦められ、婚姻の解消を約束した。 結果、トリステインは戦勝パレードの後にアンリエッタが女王となることが決定し、ここに、トリステイン・ゲルマニア対アルビオンの戦争が開始されたのである。 「とまあ、大体こんなとこです。何か質問ありますか?」 俺はグラン・トロワで陛下に今回の戦いの経過と結末の報告を行っていた。 今回は俺に任されていた部分が多いので、割りと綿密な説明となった。 「出でよ神龍(シェンロン)! そして願いを叶えたまえ!」 「聞けよ電波」 「エオロー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ・・・」 「わああああああああ! 陛下! 待って! 待って! 待って!」 いきなり『爆発(エクスプロージョン)』の詠唱を始める陛下を、なんとか止めるために突っ込む。 が。 ゴス! 飛びかかった俺は思いっきり地面に突っ込み、無様に倒れこむ。 ゲス! 俺の頭を踏みつける陛下。どうやら途中で『加速』に切り替えたらしい。 「甘い、相変わらず甘いなハインツ、まさかその程度の実力で俺に挑もうなどと考えるとは」 もうやだこの人。 「俺の戦闘力は530000、たかが42000のお前が敵うとでも思ったか?」 最近はドラゴンボールに嵌ってるんだよなあこの人、最近新たに地球から流れてきたモノの中にドラゴンボール全巻があったのだ。 虚無の復活に伴い“場違いな工芸品”が召喚される頻度も増しているようだ。 「あの、陛下、とりあえず足をどけてくれませんかね?」 「靴の裏を舐めろ、そうすれば解放してやる」 俺はとりあえず腕に仕込んだ骨杖に蓄えてある遅延呪文で『毒錬金』を発動させる。 が、『加速』で難なくかわす陛下。 とんでもない化け物だこの人、マジで勝てる要素が見当たらない。 「つーかあんた、人の話聞いてたんですか?」 過程は無視して本題に戻す。 「当然だ、ギャルのパンティというしょうもない願いを叶えることで世界の危機を救ったのだろう?」 一切聞いてなかったなこいつ。 「しばいていいですか?」 「ベジータ様をなめるなよ」 「もういいです」 俺は退出しようとする。 「待て待て冗談だ。タルブでの戦いのことならば聞いている」 「もう少しましな冗談にしてほしいんですが」 ようやく本題に入れる。 「だがまあ、なかなか順調に成長しているようではないか。そちらは問題なさそうだな」 「ええ、ルイズも覚醒しましたし、才人も強くなっているようです」 流石は主役。 「しかし、アルビオンの手駒はしばらく動かせんな」 「そうですね、艦隊の再建と陸軍の再編成が済むまでは動けません。ですが、失ったのは兵卒か傭兵だけで、ボーウッドを始めとする指揮官クラスは全員無事ですので再建も早いでしょうし、残りの艦隊だけでも動かせないわけではありません」 半数とはいえアルビオンに帰還できたのは大きかった。 「だが動かす必要もないな、次なる試練は例の計画だ」 「“女王誘拐計画”ですね」 これはかなり前から準備していた計画だ、やはり英雄譚ならばこれが王道である。 「“お姫様救出”にならんのが惜しいところだがな」 「ですね、昔の男を使って世間知らずを釣り上げるだけですから、茶番劇にしかなりませんね」 あの箱入り姫に王としての自覚があればそもそも成り立たない計画だ。 「まあそれはそれで考えがある、まずは虚無の担い手をさらなる位階に上げることだ」 「俺はよく分かりませんけど、そんなんで上がるんですか」 「上がる。虚無の担い手に必要なのは渇望だ。現状を打破するために新たなる力を心の底から望むこと、それが虚無の力を引き出すのだ。クリリンを殺された悟空が超サイヤ人に覚醒したようにな」 「なんとも分かりやすい例えですね」 陛下の場合オルレアン公がクリリンで、フリーザと悟空が同一人物? 「まあそういうわけだ、次回の演劇はこれまでよりは楽だろう。なにせ国家の運営に関与しないのだからな」 「確かにそうですね」 これまでは一歩間違えると大量の死傷者が出るので僅かの誤差も許されなかった。 「例によって詳細は任せる、せいぜい上手く演出しろ」 「御意」 そして俺はグラン・トロワを後にする。 ・・・帰る途中、護衛用のガーゴイルが5体でギニュー特選隊のポーズを取っていたのは見なかったことにする。■■■ side:イザベラ ■■■ ハインツがグラン・トロワから戻ってきたが妙に疲れている、なにかあったのだろうか? 「どうしたのハインツ?」 「いや、もの凄く疲れた」 溜息を吐くハインツ、その反応から大体想像がついた。 「またあの悪魔の遊びに付き合わされたんでしょ」 「遊びというか下手をすると死ぬというか」 なんとも危険な遊びね。 「でもまあ、一応話は通したから、やっぱり次回の演目は“女王誘拐計画”で決まりみたいだ」 「ああ、あのふざけた作戦ね」 最初に聞いた時はハインツの気が狂ったのかと思ったわ。 「なかなかに辛辣な評価だな」 「正確に言うとそんなのに引っ掛かる馬鹿姫がふざけてるんだけど、ああ、今は馬鹿女王だったかしら?」 別にどっちでもいいけど。 「語呂悪いから馬鹿姫でいいんじゃないか、まあ、その気持ちも分からなくはないがな」 「私も最初に聞いた時は信じられなかったけどあの馬鹿姫なら簡単に引っ掛かりそう。つーか絶対に引っ掛かるわね」 なにせ自分の書いた恋文のせいで同盟が解消されるかどうかの瀬戸際で宰相に相談せず、親友を大激戦地に送り込むくらいだもの。 「間違いなくな。それにトリステイン王宮にいるシーカーからの報告だと、最近は女王としての執務が忙しくてかなり疲れているみたいだからな、「王になんかなるんじゃなかった」とか言ってるらしいし、現実逃避もしたくなるだろ」 それは私に喧嘩売ってるのかしらね。 「まったくふざけた女ね、それはどんなに心の中で思っても、絶対に王たる者が口にしてはいけない言葉でしょうに」 つくづくそう思う。 「お前からみりゃそうだろうな。12歳で北花壇騎士団参謀長、15歳で団長、ついでに宰相。ありえないほどの激務をやってるからな。たかが女王の執務一つ、しかも決済するだけの飾りの女王。そんなんで文句ばっかいってるんじゃなあ」 「そうよ、しかも小国のトリステインでしょ。たかがその程度で音を上げるなんて根性が無いわ、それにそんなに王になるのがいやだったら出家するなりなんなりすればいいのに」 「王のたった一人の娘じゃそうもいかんだろう」 「あんたならやるでしょ、それにヒルダもやってるわ。私だってやりたくなかったら逃げてるわよ」 でも、こいつも、ヒルダも、私も逃げない、なぜなら民への負債があるから。 「まあな、だが、責務を放棄して逃げるのも褒められたもんじゃないがな。覚悟もないままだらだら続けるよりはスパッとやめたほうがいいが、それでも最高というわけじゃない。まだまし、程度のことだ」 「そうよ、貴族というのは平民からの搾取によって生きている。例え幼少時代でも何不自由なく過ごしていられるのは平民の犠牲があってこそ、特に王族やあんたみたいな公爵家はもの凄い贅沢な生活をする。まあ、自分で生まれる場所を選べるわけじゃないけど」 王族に生まれたことを一度も後悔せずに一生を過ごすものなど皆無だろう。 「だな、とはいえ、義務は義務、貴族として生まれ平民の犠牲によって生きてきたならばその分の義務は果たすべき、それが済めばあとは自由に生きればいい」 「そうね、あんたなんか最たる例だけど。ヴァランス領を売り払ったあとも、あんたが北花壇騎士として王家に仕え続けたのはその義務を果たすためでしょ、まあ、悪魔に捕まったというのもあるだろうけど」 こいつの場合、自分で望んだ生き方しかしないから普通の人間とは比較できないけど。 「俺は好きでやってることだがな。粛清も暗殺も、もし俺がやりたくなきゃどれもやらないさ、俺が自分でやるべきと考えた上で処分してるに過ぎないからな」 そこがこいつの異常な点その一ね、まだいくつかあるけど。 「シャルロットにしてもそうね。あの子は公爵家に生まれたけど、その分の負債は、フェンサーとして王国の為に命を懸けて戦うことでもう払ってる。だからあの子がこれからどう生きても誰にも文句は言えないわ、もうなすべき義務は果たしているんだから」 まだあの子は王家の闇に囚われてるけど、いつかは解き放ってあげたい。 「おや、その言い方だとまだお前は負債を払い終えていないように聞こえるが」 「当然よ。どんなに仕事の量があって多くの人間の命がかかっていても、それを失敗しても私の命が無くなるわけじゃないもの。常に実戦に臨んでいるフェンサーとじゃ比較にならないわ」 「そんなもんかねえ、過労死の危険はあるんだから似たり寄ったりな気はするがな」 それは確かに言えるかも。 「ま、何にせよ私はこの仕事を辞める気はないから、問題ないわ。私が提案した政策が民の生活向上に役立ってるのを見るのは、なかなか嬉しいものよ」 「逆に失敗すりゃ民は困窮するがな」 意地悪くハインツが言う。 「なら失敗しなければいいことよ。もし失敗したならばその被害を最小限に食い止めつつ、次はどうすればいいかを考える。悔やんでる暇なんかありはしない、そんな時間があればその間に出来ることをやる、それが為政者の心構えってもんよ」 「戦場における司令官の心構えでもあるな、要は政治家も軍人も本質では変わらないってことだ、どっちもたくさんの人間の命を背負ってるし、悩んでる暇なんか存在しない、もっとも『影の騎士団』の面子とかだったら悩むなんて言葉を知らないがな」 「あんたとかあいつらは別よ、普通の人間と一緒に考えない方がいいわ、でも、あの馬鹿姫は普通の人間と比べても駄目ね、自分の幸せさえあれば何百万もの人間に迷惑をかけても構わないとか平気で考えそうだし、いえ、そんなことすら考えないでしょうね」 あの馬鹿姫にはそういう発想自体がなさそう。 「何せ頭の中はお花畑だからな、自分と王子様の二人だけで世界が完結してるんだろうさ。その結果、他の人間がどうなろうともそれは別の世界の話、トリステインがどうなろうともそれは遠い世界の話ってことだ。ま、そういう人間を生み出す国家制度そのものに問題があるんだろうな。子供の頃から箱入りで世間を知らないままなのは、親である大后の責任だ。言ってみれば国家の被害者だなあの少女も」 「だけど被害者だからって、何をしてもいいわけじゃない。国家に害をなすならばそれの善悪は問わず抹殺するのが北花壇騎士団、要は私達にとってはどうでもいいことね」 「隣国のことだしな。ま、せいぜい頑張ってくるわ、だけど、先にやることがあるけどな」 そういやそうだったわね。 「主演達に『アンドバリの指輪』の存在を教えて女王様の危機に駆けつけるようにするんだったかしら」 「そう、じゃなきゃなんの意味もないからな、あくまで彼らの成長のためにこんな茶番を仕組むんだから」 「ま、相変わらず忙しそうだけど頑張りなさい。それにあの馬鹿姫には現実の厳しさを知る良い薬になるかもね」 「そこばっかは本人の気質次第だから何とも言えんな、名君になるか暗君になるか暴君になるか、全ては彼女次第だ」そしてハインツは出かけていった。 私はふと思う。 誰よりもガリアの未来を憂いていたあのオルレアン公ですら、結局ガリアにとっては危険分子にしかならなかった。 つまり、王がどれだけ民のことを想っていたとしても、民にもたらしたものが貧困や死ならば何の意味もなく、ただの暗君や暴君として名前を残す。 逆にあの悪魔のように民の幸せなんか片手間の作業の結果程度の認識でも、その政策が優秀で民が安全で国が栄えるなら賢君や名君とされる。 つまり、あの馬鹿姫が何を思って何を為そうとも評価されるのは人格ではなく、民に何をもたらしたかという結果のみ。 「ま、それは私も同じだけど」 要は結果次第、そしてその結果を最善のものにするには頑張り続けるしかないのだ。 「真理ってのはいつも単純なのね」 私はそうぼやきつつ、結果を最善のものにする為に膨大な量の書類との格闘を始めるのだった。■■■ side:ハインツ ■■■ さて、“女王誘拐計画”の為に必要な条件がある。 ウェールズクローンは問題なく起動中、本人は技術開発局で未だに眠っているがそこから皮膚や髪や血液を採取して注入してるので完璧なウェールズになっている。 トリステインの王宮への進入路も把握済み、以前シェフィールドが作った虚無探査機によると、王宮内のどっかに『ゲート』と同じものがあるらしいが、細かい場所までは分からないので今回はパス。 念入りに調べればそれも分かるだろうがその必要はない。 城内にも『レコン・キスタ』の内通者がいるのでいくらでも手はあるからだ。 なので誘拐自体は楽勝、問題は才人達がどうやってそこに駆けつけるか。 『アンドバリの指輪』の存在を知り、誰かがウェールズの姿を目撃すればそれを“女王誘拐”と結びつけるのは容易いだろう。 徐々にだがラグドリアン湖が水位も上昇しつつあり、もう少しで危険なとこまで達するので、それの解決をシャルロットに依頼することは出来る。 しかしそれだけじゃ少し弱い、何かもう一つないかと頭を悩ませていると。 「北花壇騎士団本部“参謀”より副団長へ、ハインツ~、元気か~い!」 と、“デンワ”によって連絡が入って来た。 そして現在トリスタニアにある“光の翼”、最早俺と才人の待ち合わせ用の店と化している。 「で、諸々の事情でモンモランシーがギーシュに飲ませようとした惚れ薬をルイズが飲んでしまって」 俺は患者(ルイズ)を見ながら言う。 「俺が呼ばれた訳か」 「すいませんハインツさん、いっつも迷惑かけて」 「いや、それは別に構わんのだが」 現在ここにいるのは俺、才人、ルイズ、シャルロット、キュルケ、ギーシュ、モンモランシーの7人。 この“光の翼”はメッセンジャー経営店の中でも大きい方で、地下には会議用の大部屋があったりする。 話してる内容が禁制の薬に関することなのでここを借りて話している。 「しっかし情けないわねモンモランシー、自分の魅力に自信がないからって薬に頼るなんて女として最低よ」 「く、ううう」 キュルケが言うのが正論なので言い返せない模様。 「ああ、モンモランシー、君はそこまで僕のことを・・・」 夢の世界に旅立ちつつあるギーシュ。 「すやすや」 眠ってるルイズ、起きてると話が進まないのでとりあえず眠らせておいた。 「・・・」 黙って読書中のシャルロット、こいつはいつでもマイペースだな。 なかなかにカオスな空間が出来上がっている。 「しかしお前らは楽しそうな人生を送ってるな、この面子なら毎日が冒険だろ」 『影の騎士団』とは違った感じでこれも類は友を呼ぶ、の一つの形なのかもしれない。 「まあ、楽しいのは確かですけど、今回みたいのは流石に勘弁してほしいですね」 「そうよ、いい迷惑だわ」 「お前がそもそもの元凶だろうがモンモン!!」 「いたいいたい、ごめんなさい」 なかなかいいコンビだ。 「おいサイト! 僕のモンモランシーに何をする!」 そこにギーシュ乱入。 一向に話が進まない。 「シャルロット」 「ん」 俺ら兄妹は阿吽の呼吸、付き合いの長いキュルケは察して避難。 バリバリバリバリバリ! 『ライト二ング・クラウド』を死なない程度に加える、この前吸血鬼のエルザに加えたのと同じくらいで。 「ぎにゅあああああああああ!」 「はうわあああああああああ!」 「あんぎゃああああああああ!」 のたうち回る三人。 「おーおー、いい感じに焦げてるねえ」 これはデルフ。 「これ、生きてるかしら?」 「さあ」 生死を確認するキュルケ、読書に戻るシャルロット。 出来上がったのは黒焦げ死体三つ。 「あ、生きてるわ、なかなかしぶといわね」 「さーて、治すか」 ここは「水のスクウェア」の腕の見せ所である。 「ま、結論から言えば治せるぞ」 本題に戻る俺。 「本当ですか!?」 「ちなみに聞いておくが、惚れ薬を作ったのがモンモランシーなら当然解毒剤も作れると思うんだが」 「確かに作れるけど材料が手に入らないのよ」 「ふむ、水の精霊の涙だな」 それが手に入らなくなった原因は間違いなく俺だ。『アンドバリの指輪』を盗まれた精霊が怒っているのだろう。 これもまた物語の一部か、一体どこまでよく出来ているのだか。 「知ってるんですか?」 「そりゃあな。まあそれはともかく、とりあえずこっちを何とかしよう」 俺は持って来た鞄からある薬を取り出す。 「これは?」 「惚れ薬の解毒剤だ、それを飲ませれば万事OK」 エルフの毒のような強力なもの以外ならば、大半の毒の解毒剤を俺は持っている。当然その中にはハルケギニアには本来存在しない毒に対するものも含まれる。 「ありがとうございます!」 「何で持ってるの?」 率直な疑問をぶつけてくるモンモランシー。 「普段から大半の毒や薬は持ち歩いてるのさ、禁制のものまでな」 「それって捕まるんじゃ」 「なあに、どうとでも切り抜けられる。それをいうなら君もそうだろ、しかし、自分で禁制品を作り出すとはな。なかなかいい腕をしているな」 魔法学院の生徒でこの薬を作るのは相当難しいと思う、こういう薬作りにはドットだのラインだのはあまり関係なく、センスがものをいう。 「そ、そうかしら」 ほめられて満更でもなさそうなモンモランシー。 「要は犯罪者の素質があるってことね」 現実を突き付けるキュルケ。 「なによ!」 「事実よ」 舌戦ではキュルケに軍配が上がりそうだ。 「しかし、俺のほうでもこれで打ち止めだな、新しいのを作るには水精霊の涙が必要になる。そこで才人、頼みがあるんだが」 「何でしょう」 「ラグドリアン湖に行って水精霊の涙を取ってきてくれ、それからついでに入荷が出来ない原因を探って解決してくれると助かる」 これで計画は万全に。 「それはいいですけど、俺その辺のこと知りませんけど」 「大丈夫、モンモランシーが詳しいからその辺の案内は頼める。それに移動手段は例によってシルフィードを使えばいい」 「ちょっと、何で知ってるの」 突っ込んでくるモンモランシー。 「ギーシュが恋人のことを誇らしげに語ってくれたが」 情報源を暴露、後でギーシュはモンモランシーにしばかれるかもしれない。 「ま、水の精霊には何か理由があるんだろう、これを持っていけば話は聞いてくれると思うし事情も話してくれるだろう」 そう言って才人にあるものを渡す。 「何ですかこれ?」 「水の精霊を祭るための祭具だな、古くから伝わっているものらしいから御利益はありそうだぞ」 これは水中人の人達が水の精霊に祈る時に使う祭具で、『知恵持つ種族の大同盟』の伝手で手に入れたものだ。 「へえー」 感心する才人。 「ま、頼む。俺もこれからしばらく仕事があるから結果報告は一週間くらい後でいい」 「分かりました、頑張ってきます」 なんか最近臨時フェンサーとしての役割が増えてきた才人だった。■■■ side:シャルロット ■■■ 私とキュルケは今私の実家であるオルレアン邸に向かっている。 ラグドリアン湖のトリステイン側にあるモンモランシー領地の近くにサイト達を降ろした後、キュルケが「どうせだから里帰りしたらどうかしら?」と提案してくれたからだ。 ラグドリアン湖の水位は徐々に上昇しているらしいがガリア側ではまだそれほど深刻でもなく、このままのペースで上昇しても後3年は問題ないと言われている。 もし問題があれば、とっくの昔にフェンサーが動員されていることだろう。イザベラ姉様とハインツが作り上げた情報網はとてつもなく広大で、地方のどんな小さな問題でも余すことなく把握しているという。 私はあくまでフェンサーの一人に過ぎないから情報部のファインダー、シーカー、メッセンジャーがどうなっているのかはほとんど知らない。 十二位以下のフェンサーならばファインダーがどうやって情報を得ているのかすらも正確には知らない。 その全てを把握しているのは本部の“参謀”達の上に君臨する団長と副団長の二人だけだろう。 あの人達に比べれば私はまだまだ未熟者に過ぎず、もっともっと精進しないといけない。 私は本を読みながらそんなことを考えていた。 そして今、私は屋敷の一番奥の部屋の前に立っている。 この部屋をノックする時はいつも緊張する、どれだけ経っても慣れる日がくるとは思えない。 コンコン。 「どうぞ」 返事を受けて私は中に入る、母様が返事をしてくれるようになったのは1年程前からだろうか。 部屋は殺風景、母様は普段何もせずに佇んでいるから本などを置く必要がないのだ。 「あら、いらっしゃいタバサちゃん、お久しぶりね」 母様の中では私は王政府の使いでよく来る子、ということになっている。 それは矛盾だ、母様の中では父上は亡くなったばかりで、シャルロットもずっと12歳のままだ。なのに“タバサ”は何度も訪れている。 本来なら一切記憶は出来ないはずで、実際2年くらいはそうだったが、ハインツが水中人というエルフほどではないが水の先住魔法の扱いに長けた種族と協力して、なんとか症状をここまで緩和させてくれた。 ハインツには本当に感謝している。まだ完全に治ったわけではないけどここまで回復してくれただけでも私にとっては奇蹟のようなものだ。 「はい、お久しぶりです」 母様はベッドに横たわる“シャルロット”を見ながら言う。 「御免なさいね、この子ったらまた夜遅くまで本を読んでいたらしくてちっとも起きないのよ、せっかく貴女が来てくれたのに」 “シャルロット”はずっと寝ている。だから母様が“シャルロット”に話しかけることはない。それに、母様が相手を認識して話しかけるのは“タバサ”だけのようで、普段顔を合わせているペルスランですら記憶はできない。 エルフの毒はそれほど強力で、一人分を記憶できる程度に緩和するのが現時点での限界らしい。 「いえ、気になさらないでください」 私はそう答える。 「それで、今日の用件は何かしら?」 母様の表情が僅かにこわばる、私は王政府の使いなのだから当然だ。 「いいえ、今日はオルレアン公夫人の様子を窺うように言われただけです」 王政府の使いらしくそう答える。 「そう、それは良かったわ」 安心する母様。 「夫を失った私にはもうこの子だけが希望なのです。私達は決して謀叛など企みません。ただ、母子二人で穏やかに暮らせればそれでよいのです」 それは私の願いでもある、だが、あの王への手前そういうわけにもいかない。 「はい、確かにそうお伝え致します」 この答えをもう何度返しただろうか? 母様はしばらく沈黙していたがやがて告げる。 「タバサちゃん、こちらにいらっしゃい」 心臓が跳ね上がる、これまでそう言われたことはなかった。 私は呆然としたまま母様に近づく、すると、頭をなでられた。 「いい、女の子は身だしなみに気を配らなきゃダメよ、せっかく奇麗な髪をしているのだから乱れたままではもったいないわ」 母様が私の髪を整えてくれている。 それは私にとって信じられない程の幸福だった。 「ふふ、シャルロットみたいに長い髪もいいけど、貴女のように短い髪もかわいいわね。とても元気で活発なように見えるわ」 母様は笑顔で話してくれる、それは3年以上前に私に向けてくれた笑顔を同じように。 「ねえタバサちゃん、貴女には好きな男の子はいるかしら?」 唐突に話題が振られた。 「好きな男の子、ですか?」 私はかろうじてそう答える。 「そう、好きな男の子」 母様はそう続ける。 私は少し考える、ハインツは一番親しい男性だけど異性という意識が無い。 それはキュルケですら例外ではないようで、従兄妹でなくても私がハインツを異性と意識することはないだろう。 「いえ、特にいませんが」 だから私はそう答える。 「そう、それなら、身近な男の子はいるかしら?」 さらにそう訊いてくる母様。 私はまた考える、身近な男性と言えば一人浮かぶ。 ヒラガ・サイトという異世界からやってきたという少年。 私はハインツと彼の繋ぎ役といった立場だけど、かなり親しいしよく話すのも確かだ。 キュルケ以外で私が魔法学院で一番話してるのは間違いなくサイトだろう。 「はい、います」 「いるのね、じゃあせめてその男の子の前くらいでは女の子らしい身だしなみや言葉遣いに注意しなさい。そうしないと、いつか好きな男の子が出来たときに苦労することになるわよ」 母様がそう忠告してくれる、ひょっとしたら母様も昔そういった経験があるのかもしれない。 「分かりました」 私はそう答える。 「いい子ね、素直な女の子は男の子にもてるわよ」 少しからかうように言う母様、本当によくここまで回復してくれたと思う。 そして私は考える。私は母様を治すために何か出来たわけじゃない、治療してくれたのは全部ハインツである。 私もハインツから毒の治療法や様々な医療技術は学んだけど、戦闘訓練も行う必要もあったしまだまだハインツには及ばない。 ハインツが15歳の時の方が今の私より数段強かっただろうし、医療技術も高かっただろう。 結局私はまだ無力な小娘に過ぎない、王国という強大な存在に正面から立ち向かうことなどできはしない。 だけど、ハインツやイザベラ姉様は違う。あの人達は王国という存在に属しながら、それを変えるために努力を続けている。そしていつかあの王をいらない存在にしてしまうかもしれない。 私は王への復讐の為に戦って来たはずだけど、今は多分それだけのためには生きられない。 母様の心が狂わされたままならば私の心は復讐心によってずっと凍てついていただろうけど、母様が私に向けてくれる笑顔がその心を溶かしてくれた。 だからといって何もしなくていいわけはない。 何もせずにいるだけでは大切なものを失ってしまうということを私は3年前に学んだ、私はもう無力なままの少女でいるつもりはない。 「はい、きれいになったわよ」 「ありがとうございます」 いつまでもこうしていたかったけど、私は母様から離れる。 「それでは、また来ます」 そして母様に別れを告げる。 「ええ、いつでもいらっしゃい。次はシャルロットも起きてるといいんだけど」 そして奥の部屋をあとにする。 今の私ではまだ母様を治すことはできない、エルフの毒は多分エルフにしか治せない。 そしてエルフとの接触や交渉をできるとしたらそれはハインツくらいにしかできないだろう。 ならば私はせめて彼らの期待に応えてみせる。 私は北花壇騎士団フェンサー第七位、班長、“雪風のタバサ”。 大恩ある団長と副団長のためにこの杖を振るうのが今の私の戦う理由だ。 そしてそれが母様を治す手助けに少しでもなれることを私は願う。■■■ side:キュルケ ■■■シャルロットがお母さんと会っている間、私は応接室で待っていた。 流石に母子の対面に立ち会うほど私は無粋ではない。 するとそこに見知った顔が現れた。 「あら、トーマス、相変わらずいい男ね」 「お久しぶりですツェルプストー様、貴女も大変お美しくていらっしゃいますよ」 彼はトーマス、この屋敷に仕える使用人の一人でコック長であるドナルドの息子、確か今は21歳、ハインツと大体同じ年齢だ。 「ふうん」 私の“微熱”としての直感が告げている今までのトーマスとは違うわね。 「あの、ツェルプストー様?」 彼の顔を眺め続ける私に疑問をもったのかトーマスが問いかけてくる。 「ねえトーマス。貴方、彼女が出来たでしょ」 「!?」 目に見えて動揺するトーマス、普段は割とポーカーフェイスだけどこういう場面では弱いわね。 「ど、どうしてそれを?」 「私は“微熱のキュルケ”よ。そういうことに対する勘は人の10倍は鋭いわ」 こればっかりは何ともいえない直感なのよね。 「そ、そうですか」 恐縮するように言うトーマス、どうやらまだ動揺しているみたい。 「それで、好きになったのはどこの子?まあ貴方ならどんな子でも選り取り見取りだと思うけど」 「からかわないでください、ツェルプストー様」 照れるトーマス、普段はこんな言葉じゃ照れないけど自分の彼女が絡んだ話題ならそうもいかないみたい。 「現在私が付き合っている女性はリュシーと申しまして、ある意味私と似た境遇といえる方です」 「貴方と?」 その意味はおそらく。 「ええ、彼女の父はオルレアン公に仕えていた貴族でした」 「なるほどね」 それなら納得がいく、この屋敷も本来は没収されていてもおかしくはなかったそうで、トーマス達使用人も散り散りになってもおかしくなかったらしい。 だけど、そこをハインツが何とかしたみたい。何をどうなんとかしたのかは知らないけど、なんでもやったのは確からしい。 それで現在彼らは以前のようにオルレアン邸に仕えている。あの子が帰ってくる場所を守るために。 「彼女の父はこの屋敷の敷居をまたげる身分ではなかったそうですが、それでも主君は主君です。あの大粛清の際、彼女の父も謀叛の罪をかけられたそうです」 その大粛清はゲルマニアの貴族である私でも知っているほど有名だ。 「なんとか死罪だけは免れたそうですが投獄されている事実は変わらず、屋敷と財産は悉く没収され、彼女は病気がちな母と二人で着のみ着のままで放り出されたのです」 オルレアン公派とされた貴族の大半はそういう目に遭ったらしい。だけど、処刑されたのはほとんどいないらしいのよね。 「そこをハインツに助けられたってことね」 あれで困ってる人を無償で助けるお人好しなのよねあいつ。 「いえ、彼女らを救ったのは謎の男だったそうです」 「謎の男?」 そのニュアンスだけでその正体に予想がつく。 「はい、身長は190サント近くもある長身で蒼い髪をしていたそうですが、何よりも目を引くのはその格好、冬でもないのに真っ赤な分厚い服を着て大きな袋を肩にかけ、“サンタクロース”と名乗ったそうです」 「そんなことをする馬鹿はハルケギニアに一人しかいないって断言できるわ」 どう考えてもあいつね。 「そしてその男は袋から宝石を取り出し、彼女に渡したそうです」 「随分怪しい存在ね」 逆に怖いわ。 でも、ヴァランス領の特産物は鉱物資源だったはず。 金、銀、銅、鉄、「土石」に加え、ルビー、サファイヤ、エメラルドなどの各種宝石類を大量に産出する土地で、土の精霊の加護が最も強い土地だとか。 だからヴァランス家はガリアで最大の財力を誇るという。 「彼女も混乱して咄嗟に「こんな高価なものを受け取れません」と言ったそうなのですが」 「黙って受け取れ、とでも言ったのかしら」 ハインツならそう言いそうだけど。 「いえ、何でも「やかましい! こちとら急いでるんだ! ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ! しばくぞこら!」と、非常に血走った眼で告げた後、彼女の手にそれらを押し付け、もの凄い速さで立ち去ったとか」 「完全な押し売りね」 とはいえ宝石をただで押し付けていくという前代未聞の押し売りだけど。 「その宝石は彼女と母の二人が普通に生活すれば10年は暮らせるほどの額になったそうで、そして病気がちな母に無理をかけることなく都市で平民用の安い家を借り、母は家事に専念し、彼女は平民として稼いでいくために必要な技能を身に着けていったそうです。現在では精霊都市オルレアンで裁縫屋の見習いをしています」 「オルレアンか、ここから結構近かったわよね」 「はい、私も買い出しに週に2度ほどで出かけますのでその際に少々会う時間を取っています。彼女の父は未だ投獄されたままのようですがその環境もそれほど悪くはないそうです」 「へえ」 それは意外。 「何でも集団農場に近い設備らしく、修道院のように囚人達が自給自足する方式で、広大な敷地の外に出ない限りは大抵の自由が認められているとか、当然酒などはありませんが、通称『プリズン』と呼ばれているそうです」 「監獄のイメージと随分違うわね」 それじゃ修道院とほとんど変わらない環境だわ。 「はい、何しろ投獄された数が大量なので、そうでもしないと予算がかかり過ぎるとかで採用されたとか」 「随分世知辛い理由なのね」 なんとなくだけどそんなもんを提案しそうな顔が浮かんでくるわ。 「そういうわけで貴族時代よりかえって健康的になって、農業にも詳しくなられたそうでして」 「結果オーライってことかしら」 何とも微妙ねそれは。 「今はのんびりと恩赦が出るのを待っているそうです」 「家族にとっては一安心ってとこかしら」 何だかんだで悪くない待遇のよう、貴族の誇りとかはどっかいったようだけど。 父は農夫、母は家事、娘は裁縫屋の見習い、どこにでもありそうな農家そのものね。 私はそんな話を聞きながらシャルロットが戻ってくるのを待っていた。