才人とヒゲ子爵が決闘したその夜。 ラ・ロシェールにいるファインダーと連絡を取ったところ、仮面を着けたメイジが最近現れているらしい、おそらくはヒゲ子爵の『偏在(ユビキタス)』、風のスクウェアのみが扱える風を最強たらしめる魔法である。 そして才人達が泊まる『女神の杵』亭の周囲には傭兵が集まっている。 そろそろ状況が動く頃だと判断した俺は本格的に動き出すことにした。第五話 アルビオン大激務■■■ side:ハインツ ■■■ 宿の周囲の傭兵を勧誘して回ったメイジは元ヒポグリフ隊隊員のニコラ・ボアロー24歳、“岩石のニコラ”の異名を持つ「土のトライアングル」であり、ヒゲ子爵の協力者。 この人物は実力的には隊長も務まるほどだが、爵位を持たない下級貴族出身だったため出世することができなかった。 故に実力次第で誰でも高い地位につけ、口だけの大貴族は問答無用で殺すゲイルノート・ガスパールを慕って『レコン・キスタ』に入った。 アルビオンの軍隊の中でもそういった理由からゲイルノート・ガスパールを慕って『レコン・キスタ』に参加した士官は多い。 ゲイルノート・ガスパールとは『影の騎士団』が知恵を寄せ合って造り上げた軍人の理想の一つである。 自己の力を頼みにし、兵を率いて負けなし、己の覇道を成就させるためにハルケギニアに戦いを挑む。 兵の略奪は一切許さず、軍紀は厳しく、破る者は悉く処刑、しかし己に従う者には必ず勝利をもたらす。 要は、あいつら6人がもしこんな上官がいたらいいな、と思い描いた人物なのである。 故に軍人からの支持は絶大、今回のニューカッスル城攻防戦には参加せずロンディニウムに留まっているのも彼が望むのは戦場であり、5万対3百の処刑場ではないからである。 逆に絶対に勝てる戦いであり、アルビオン王家を潰えさせる重要な決戦と見た政治家貴族はこぞって参戦している。 自分の運命がどうなるとも知らないで。 まあそんな訳で俺は準備を開始した。 「さーて、気合い入れるか」 トシュッ! という音と共に注射器の薬液が俺の体内に流れ込む。 これは“ヒュドラ”と“ラドン”の中間に位置する“ピュトン”という薬。 効果自体は“ヒュドラ”と同じだが、持続時間は“ラドン”と等しく3日間近く、当然副作用も大きいがこの際そんなことは言っていられない。 「ユビキタス・デル・ウィンデ・・・」 俺は『偏在(ユビキタス)』を唱え、分身を2体作り出す。 この分身とはランドローバルと同じように念話が使え、感覚共有も可能である。 当然それは本体と分身体のみで分身体同士では連絡はできない。(本体を中継すればいいだけの話) 偏在(ファースト)はランドローバルに乗って戦艦『インビジブル』に向かう。 偏在(セカンド)は用意しておいたワイバーンに乗ってアルビオンへ。 そして俺(本体)は才人達の監視を続行した。 『女神の杵』亭。 ここでは“岩石のニコラ”が率いる傭兵が戦っていた。 どうやら才人、ルイズ、ヒゲ子爵の3人は桟橋に向かったようで、シャルロット、キュルケ、ギーシュの3人が残ったらしい。 北花壇騎士団第七位とその親友を相手にするには傭兵達は弱すぎたようで、簡単に蹴散らされた。 さらにギーシュの使い魔と思われるジャイアント・モールが地面を掘って地盤を緩くしたところに大勢が逃げたものだから全員地面を踏み抜いて落っこちた。 そこにギーシュのゴーレム『ワルキューレ』が油を注いでキュルケが『炎球(ファイアーボール)』をぶつければ終了。 こりゃ20人ほどの焼殺死体が出来上がるな、と思いつつ、シャルロットとキュルケが俺の「やる時は徹底的に」の教えを守っていることに感心。 この傭兵の中には先日に戦ってその後放っておいた連中もいる、つまり一度倒した相手がまた挑んできたのである.さらにもう一回挑んでくる可能性がある以上皆殺しは正しい戦略。 相手は傭兵なので情けをかける必要はなし、傭兵とは死の危険が高い代わりに多額の報酬を得る仕事、まして今回のようにメイジとはいえ子供に矢を撃ったのならば裁判を受けても極刑が待っている。 まあ、俺ならそんな理屈はいらず、気に入らなければ『毒錬金』でまとめて殺すのだが、彼女達は良識を持つ普通の人間だからそういった理由が必要なはずである。 “岩石のニコラ”は傭兵が全滅するとすぐ退いた。おそらく彼の任務はパーティーの分断と引き付けであり、それが終わった今シャルロット達と戦う必要は無い。 そのあたりの判断は適切、優秀な軍人なのは間違いないようだ。 むこうは片付いたことを確認しつつ、俺は監視用ガーゴイルの“アーリマン”との連結を切った、回収はファインダーが行う手筈になっている。 こちらでも事態は進行中。 俺は“不可視のマント”で姿を隠しながら『サイレント』も併用して彼らと共に行動している。 ヒゲ子爵は風のスクウェアだが、目と耳が役に立たない以上察知はできない。これを破るには鋭敏な嗅覚が必要なのだ。(当然匂いを消すアイテムも併用してるので犬がいても意味は無い) 船に着く途中、白い仮面を着けたヒゲ子爵の偏在が襲ってきたがあえなく撃退された。 ヒゲ子爵の偏在は才人に『ライト二ング・クラウド』を放ったが、デルフの指示に従った才人が感電する前に偏在に向かってデルフを投げたのでデルフが避雷針となって無傷で済んだ。 俺の助言も役に立ったようでなにより。 まあ後は問題なく『マリー・ガラント』号という船で出港したのだが、何かまだまだハプニングがありそうではあった、物語の力はかなり強力なようだ。■■■ side:偏在(セカンド) ■■■ こっちも任務は順調に進行中。 ワイバーンに乗ってアルビオンに一足早く渡って来た俺は、アルビオン空軍の重要拠点ロサイスに来ていた。 ニューカッスル城は突き出た半島の突端にあり、一方向からしか攻められない要害。 そんなところまで大砲を運んでいくのも面倒だし効率が悪いので城壁への砲撃は艦隊が担当することになっている。 俺は『レコン・キスタ』の軍司令官なのでその辺を知っていて当然。(とゆーか俺が決めた) まあそんな訳でアルビオン空軍の総旗艦『レキシントン』号(元『ロイヤル・ソヴリン』)と十数隻の戦列艦が明日の正午の攻撃の為にこのロサイスに集結している。 最も『レキシントン』だけは本日も空爆に向かっているそうで、現在あるのは残りの船のみ。 俺の任務はこの艦隊にある“仕込み”をすること、正に悪魔と呼ばれるに相応しい悪辣な仕掛けであり、これが発動すれば空軍は一時的に全ての能力を失う。 これによって総攻撃を僅かに遅らせるのが俺の役目である。■■■ side:アルフォンス ■■■ 戦艦『インビジブル』の上。 俺達は3人で作戦会議の真っ最中だ。 「しかし早いなお前らは、まさかもうここまで来てるとは思わなかったぜ」 ハインツが驚きを込めて言う。 このハインツは本体ではなく“偏在”だそうだが俺らにとっては何も違いは無い。 「はっ、俺達をなめるんじゃねえよ、俺とクロードのコンビだぜ、本来ならあり得ない夢の連携なんだからな」 俺達は現在少将の地位、空海軍では一等戦列艦を任せられる艦長であり、総督や提督に次ぐ地位だ。 陸軍とは違って空海軍は戦艦一隻で完全にひと固まりなのでこれを束ねる艦長の責任は非常に重大となる。 ガリア両用艦隊は総数200隻を数える大艦隊であり、その中には二等戦列艦や三等戦列艦も当然含まれるが、一等戦列艦の数も多い。 そしてそれぞれの艦の艦長は少将、准将、大佐などが受け持ち、中将は10~20隻近くの分艦隊をまとめ(現12人)、大将は50隻の艦隊をまとめ(現3人)、総司令官であるクラヴィル元帥が総督となっている。 つまり、本来なら俺とクロードが同じ艦に乗って指揮することはありえない。俺の乗艦『ヴェルドラ』とクロードの乗艦『ヴィカリアート』は姉妹艦の一等戦列艦であり、それぞれの指揮をするからだ。 しかし、今回の任務はガリア王の勅令による極秘任務で、艦隊総指令であるクラヴィル元帥を通さずに動いており、俺が艦長で、クロードが副長になっている。 当然その船は両用艦隊に所属する船ではなく、技術開発局が新規開発した未公開の新型戦艦『インビジブル』。 乗組員は俺とクロードの船からそれぞれ半分ずつ引き抜いてきた連中だ。 「しかし凄い。普段乗ってる艦じゃなくしかも別の艦の人員との共同作業にもかかわらずここまでの錬度を維持するとは、お前らの部下だけならアルビオン空軍にも負けないんじゃないか?」 嬉しいことを言ってくれるぜハインツ。 「いや、それは違うな、俺とこいつの艦は同型艦だから細かい点までよく似ている。だから戸惑うことなく役割分担が出来てるだけでその点では特別優秀というわけではない。それにこの『インビジブル』が持つ能力が桁外れに高いこともあるからな、特に褒めることでもない」 何でこいつはこうなんだか。 「おい、クロード。せっかくハインツが褒めてんだから素直に威張っときゃいいじゃねえか、なんでお前はそう否定的なんだよ」 「別に、俺は単に客観的な事実を述べているまでだ。ほっとくとお前はどこまでも無茶を言い出すからな、そんなだからハインツやアラン先輩におだてられ、こき使われる羽目になる」 あー、むかつくなこいつは。 「うっせーよ、いつ俺がハインツにこき使われたよ?」 「まだ俺達が尉官で風竜警備隊だった頃、お前のせいで散々こき使われた覚えがあるが?」 「う、あ、ありゃあ、アレだよ」 うわー、あれは確かに俺が悪かったからなあ、どうしよう。 「クロード、そこまでにしておいてやってくれ、つーかこの会話だと俺が諸悪の根源にしかならないから胃に悪い」 おお、流石はハインツ! 「ふむ、それもそうか、それで、“品物”を届けるタイミングはどうなる?」 話は軌道修正されたみたいだな、やばかった、やばかった。 「俺の本体からの連絡次第だ、それまでに“迷彩”を使わずに近づけるとこまで近づいてくれ、アルビオンの空中戦力は俺のもう一つの“偏在”が無力化するから」 “迷彩”ってのは虚無の『幻影(イリュージョン)』を利用した装置で、早い話が戦艦版の“不可視のマント”。 ただし、戦艦ほどの大質量を覆うには相当の力の源が必要で、なかなかの量の「土石」を消費する。 何で「土石」なのかはよくわからんが、魔法の効果を固定するには「土」の力が一番なんだそうだ。 まあ、ガーゴイルも「土石」の力で無機物を固定してるものだからそれに近いのかもしれない。 「それで、お前の本体からの合図があり次第、“迷彩”を使って近づいて、城の中庭に“着地”すりゃいいんだな?」 「ああ、この艦ならそれが可能だ」 “着地”ってのは本来港にしか泊まれねえ艦をどこにでも泊まれるようにしたことだ。 艦全体に『レビテーション』を「風石」を消費して発生させることで、艦を数十サントくらい浮かせるらしいが、普通の艦でそんな真似させ続けりゃすりゃあっという間に「風石」が尽きちまう。 しかし、この『インビジブル』は翼人を始めとするその他の先住種族の協力で、「風石」を今までの10倍近い効率で使用できるようになっているらしい、だから“着地”も通常の「風石」の積載量で行えるわけだ。 “迷彩”といい“着地”といい、正に新技術のオンパレードな艦なんだが、最大の問題もある、それが。 「確かに画期的な艦だ。これが両用艦隊で採用されれば敵なしとなるが、問題はコストだな」 そう、この『インビジブル』には通常の一等戦列艦の100倍以上の費用がかかっている。 いくら「風石」を10倍燃費良く使用できても元をとるために20年以上はかかる、その間に撃墜でもされようものなら一気にパアになる。 割に合わないことこの上ない艦なのだこいつは。 「そうだな、現段階じゃ試作品の域を出ないな。こんなに金かかってたんじゃ兵器としては下の下だからな。宝石みたいな観賞用になるのが関の山か」 ハインツもその問題点は認識してるみたいだな。 「だけどよハインツ、積み荷の“品物”は一体50エキューくらいまでいったんだろ。そいつらはもう立派に実用レベルだ、あとはそれに追いつけるくらいに改良できれば十分使えるぜ」 俺はそう思う、コストがかかり過ぎるならあまりかからないように改良すればいい。そしてブリミル教がそういった研究を異端だとかぬかすなら、その研究成果でぶっ潰してやればいい。 魔法ってのは人々の暮らしを支えるためにあるもんだ。しかし、現在では効率が悪すぎてマジックアイテムの大半は特権階級の独占物、それをより一般的にするための研究をしようものなら、大貴族と手を組んだ糞坊主共が異端だとかぬかして弾圧しやがる。 要は自分達の特権が犯されたくねえから弾圧してるに過ぎねえってのに、それを神の御意志だとか小賢しい理屈を並べて神に責任転嫁しやがるのが一番気に入らねえところだ。 ハインツなんか大量虐殺だろうが殲滅作戦だろうが、やると決めたら全部自分の責任でやる、誰にもその責任を押し付けようとはせず、王家のせいにも国家のせいにもしないし、大切な誰かを守るためでもない。あくまで自分の意思だけで決めたことだとする。 そこが俺達7人の中でハインツが別格なところだ、こいつだけは特別な人間が存在しない。 俺にとって『影の騎士団』や自分の家族は特別な存在だ、それを守るためなら俺は何だってやるだろうし、クロード、アドルフ、フェルディナン、アラン先輩、エミールもそこは変わらない。 だが、ハインツだけは違う。こいつは俺達以上に何だってやるが、それは誰かのためではなく己の為、自分が守りたいから、自分がやりたいから、それだけの理由でハインツは行動する、そこに他者の意思は関係ない。 こいつは世界の誰よりも自分中心で傲慢だが、世界の誰よりも優しい奴だ。 ブリミル教の糞坊主共が唱える全てを平等に救う神などではなく、自分が救いたいものだけを救う。 もしそれがたまたま世界になったら、一切の妥協なく世界全てを救おうとするだろう。 まあ、こいつは好き嫌いが激しいからそんなことは絶対にねえだろうけど。 「そうだな、今結論付けても仕方ない。これはあくまで未来への第一歩、いつかこの技術が一般のフネでも普通に利用される日が来ると良いな」 そういって笑うハインツ。 「違うぞハインツ、来るといいではなく、来させるのだ。その為に俺達は働いているんだからな」 お、クロードのくせに良いこと言うじゃねえか。 「そうだぜハインツ、俺達に不可能はねえ、つまんねえ理屈があんならそれごと粉砕してやろうぜ!」 俺は気合いをいれる、この作戦はその第一歩だ。 「そうだな、よし、空のことは艦長と副長に任せる、俺は俺に出来ることをやろう」 これもこいつのすげえとこだ。 こいつは何やらせても一流のくせに、超一流を探し出してくる。 陸ならアドルフ、フェルディナン、補給ならアラン先輩、エミール、内政や外交とかの国政はイザベラと九大卿、技術開発は例のシェフールドとかいう人、そして統括と虚無研究は陛下。 あらゆる分野での超一流を探し出して適格に配置する、そしてハインツが超一流なのは粛清と暗殺。 つまり、超一流の面子がそれぞれの実力を最大限に発揮できるよう、環境を整えるのがハインツの役目。 それはガリア全体という規模でも、北花壇騎士団内部でも同じようになっている。 どんな場所でもあいつは必要な人員を探し出し、いらない人員を排除することに全力を注ぐ。 それは『レコン・キスタ』ですら例外ではない。 ゲイルノート・ガスパールは俺達7人で造り出した『軍神』だが、その行動理念は実はハインツなのだ。 ま、そんなハインツだから俺達異常者6人を『影の騎士団』として纏めることができたんだろうけどな。 なんだかんだ言っても結局はこいつが俺達の中心なのだ。 俺はそんなことを考えながら、多分似たようなことを考えてるであろうクロードと共に、艦を動かすための指示を出していた。■■■ side:ハインツ ■■■ 物語の力(御都合主義)とはなかなか侮れない。 ヒゲ子爵とルイズはアルビオンに着いた後、スカボローからニューカッスル城までどう行くか相談していたがそんな必要はなくなった。 商船『マリー・ガラント』号は空族に拿捕されたが、その空族船が王党派が保有する戦艦『イーグル』号であり、それに乗っていた空族の頭がアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官ウェールズ・テューダーだったのである。 俺にとってはある意味因縁深い人物であり、俺に杖も国も恋人の手紙も奪われた哀れな人物である。 その俺が“不可視のマント”で隠れながら王子様とルイズ達の会話を聞いているのもなんか変な感じだ。「ほ、本当に、ウェールズ王子、なのですか?」「ご婦人は逆にまだ信じられぬらしい。ああ、本当だよ。いや、大使殿には真に失礼を致した」 「なぜ、空賊に扮したりなどと……」「なに、今や趨勢を決め、勝ち馬に乗ろうとする各所の援助に事欠かぬ金持ちの反乱軍には、次々と物資が運び込まれる。さて、敵の補給を断つは戦の基本だが、堂々と王軍の旗を掲げては、この『イーグル』号一機だけの王立空軍など、数十倍ある反乱軍の艦に囲まれるだけ」 まあ、その通りではあるがそのためにトリステインの商船を襲うのはどうかと。「何度も試すような真似をしてすまなかった。なにせ、あんなにも正直に我々に味方する勢力がいるとは、とても信じられなかったのだよ」 王党派の信頼を無くすために、俺があることないことあちこちに言いふらしましたからねえ。「……お恥ずかしい限りですわ」 「頭を上げてくれ、レディ。僕はそういう貴族の方が好きさ。今や裏方の我々としては裏仕事を否定するつもりもないが、敵と死と裏切りを前にしても引かなかったそのまっすぐな誇りは、とても好ましいものだと思うよ」 それは甘い、本当の裏方とはまだまだそんなものではない。「それで大使殿は、亡国の王子に何の御用かな?」 「は、トリステイン王国は、アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」 これはヒゲ子爵。「ふむ。姫殿下とな。君たちの名を伺おう」「申し遅れました。私は、トリステイン王国魔法衛士、グリフォン隊隊長、ワルド。子爵の位を授けられております」 ま、今は『レコン・キスタ』の内通者なんだけど、要は将来の俺の手下その一、そしてどこかで切り捨てられる運命。 「こちらが姫殿下より大使の任を仰せつかった、ラ・ヴァリエール公爵嬢。そして、その使い魔の少年にございます」 「なるほど、君のような立派な貴族があと十人ばかり我が親衛隊にいれば、このような惨めな今日を迎える事もなかったであろうになあ。して、その密書とやらは?」 いや、それはないと思いますよ王子様、軍人が10人増えた程度で大局は変わりません。 そしてしばらく会話は続き。 「……姫は結婚するのか。あの……愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は」 ガリアの王女からは馬鹿姫と呼ばれてましたが、正直、頭の中はお花畑ですねはい。 「あいわかった。私が姫より賜ったあの手紙を返して欲しいという事だね。何より大切な姫からの手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」 偽物なんですけどね、それ。 「しかしながら、今、手元には無い。ニューカッスルの城に置いてあるんだ。姫の手紙を、下賎な空賊船に置いておく訳にはいかぬのでね」 本当は偽造屋のむっさいオヤジが書いた手紙なんだけど、それは知らない方が幸せだろう。 「多少面倒だが、ニューカッスル城までご足労願いたい」 そして彼らはニューカッスル城へ。 その途中。 『レキシントン』号がニューカッスル城に砲撃を加えているのが見えた。 「かつての本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号だ。今は『レキシントン』号と名前を変えている、奴らが初めて我々から勝利をもぎとった戦地の名だ、余程名誉に感じているらしいな」 そんなこともないですけどね。面倒だったんで適当に土地の名前を付けただけで、それに初戦は『レコン・キスタ』の圧勝でしたが。 『イーグル』号は『レキシントン』に見つからないように大陸の下を進む。 「地形図を頼りに測量と魔法の明かりだけで航海することは王立空軍の航海士にとっては、なに、造作もないことなのだが、貴族派、あいつらは所詮空を知らぬ無粋者さ」 確かに、そのアルビオンの航海技術が欲しいから俺が今こんな苦労をしているわけである。 しかし、空軍に比重を置きすぎれば陸軍からの不満が高まるのも必至。 『レコン・キスタ』はそれを利用して陸軍を懐柔し、その兵力で軍港を制圧することで空軍を無力化したのである、いくら技術が高くてもそれを運用する大局眼が無ければ意味が無いということだ。 しばらく後、『イーグル』号と『マリー・ガラント』号はニューカッスル城の秘密の港にたどり着いた。 俺はようやく狭い船内から解放され、自由に行動できるようになった。 ヒゲ子爵がウェールズ王子暗殺に動くのは明日の総攻撃直前だろうから、それまでに城内の兵の配置やその他の設備の確認をしておく。 これらの情報を“偏在”を通してアルフォンスとクロードに伝えることで、任務を効率よく進める為である。 そして今、最後の晩餐の真っ最中。 ルイズと才人は場の雰囲気にどうも馴染めないようだ。 まあ、これから死にに行く連中のパーティーに魔法学院の生徒と日本の高校生が馴染める訳もないと思う。 話を聞く限りではルイズはウェールズ王子にトリステインへの亡命を進めたが断られたようだ。 そこは当然の判断。アルビオン王家の残党を匿うということは『レコン・キスタ』を新政府とは認めないことと同義であり、外交による戦争の回避手段を自ら放棄するのと同じだ。 一国ではアルビオンに対抗できず、ゲルマニアとの軍事同盟が必要なトリステインがそんな真似を出来るわけが無い。 まあ、あの世間知らずな姫様はそこのところが分かっていないのだろうが。 そこはどうでもいいとして、問題はヒゲ子爵。 あのヒゲが何をトチ狂ったのか、明日ここでルイズとの結婚式を挙げるとか言いだしたらしい。しかもその婚姻の媒酌をウェールズ王子に依頼したらしく、王子もなぜか引き受けたようだ。 ヤケクソなのかもしれない。 才人の方はかなり違和感を感じている模様、まあ、普通こんな状況で結婚しようとする馬鹿はいないからな。 俺がいるから最悪ルイズに捨てられてもなんとかなるかもしれないが、才人にとっても死活問題だから完全に他人事というわけにはいかないだろう。 まあ、彼なら傭兵でもやってきゃ生活はできるだろうし、いざとなればフェンサーになれば生活は安定する。 ううむ、俺が調子乗って「ご主人様に愛想つかされたら北花壇騎士団に来い、歓迎してやるぜ」と言ったのが間違いだったかもしれない。 おかげで才人の発想力が豊かになって、ルイズと途中で縁を切るという選択肢も考えている模様。 ちょっと介入し過ぎたかなー、と反省する俺。 まあ、あのヒゲ子爵がルイズとすんなり結婚できるとも思えんし、物語の補正もかかるはずだ。 多分なんとかなる、多分。 そして俺は俺の準備をしつつその時を待った。 で、結局問題なかった。 ヒゲ子爵はルイズに見事にふられ、任務というより腹いせにやったみたいな感じでウェールズを暗殺した。 ウェールズの胸がヒゲ子爵に貫かれ、そしてウェールズは倒れる。 俺はその瞬間をシェフィールド作成の新型マジックアイテム“ビデオカラ”(命名俺)で撮影した。 『幻影』の応用で光景を保存するものだが、例によってもの凄く高い(3分で1万エキュー)。 とても一般で流通できる代物ではない。 でまあ、その際にヒゲ子爵が。「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ、我々に国境は無い」 とか偉そうなことを抜かしていたが、ガリア王の手先の俺の手先の手駒その一の分際でよく吠える。 しかも殺したウェールズは俺達の為の布石にしかならず、手紙は偽物、ルイズにはふられる。まさに道化である。 そしてそんな道化の前に才人が登場。どうやら使い魔の感覚共有で主の危機を察知した模様、そしてヒゲ子爵との戦い開始。 才人の持つデルフが錆び錆びの状態から新品同様になり、ヒゲ子爵の魔法を吸いこんでいく。 どうやらそれが魔剣デルフリンガーの本当の姿であり、魔法吸収能力があるようだ。 しかし、ヒゲ子爵もあわてず。 「さて、ではこちらも本気を出そう、なぜ風の魔法が最強と言われるのか、その所以を教育いたそう」 とかほざいて『偏在(ユビキタス)』を唱えようとするも、その瞬間に才人がコショウ爆弾を投げる。 ちゃんと持ってたんだ、アレ。 そしてヒゲ子爵が反射的に弾いたところ、中から大量のコショウが出てきてむせるヒゲ子爵。 「オラアアアアアア!!」 その隙に切りかかる才人。 ヒゲ子爵、魔法がないと、ただの雑魚。(ハインツ・ギュスター・ヴァランス作) というわけで左腕を失い撤退したヒゲ子爵、何もいいとこなかったな。 しかし、このままでは『レコン・キスタ』が攻め込んできてしまうのだが、そこに救援到着。 シャルロット、キュルケ、ギーシュの三人が登場。 どうやらシルフィードで追いかけてきて、ジャイアント・モールのヴェルダンデがルイズの持つ「水のルビー」の匂いを頼りにここまで穴を掘ってきたようだ。 何というタイミング、御都合主義もここまでくれば爽快である。 で、才人はウェールズがはめてた「風のルビー」を形見の品として持ち帰り、5人はシルフィードに乗って白の国アルビオンを離れた。 さて、主演達の物語はここまで、これからは裏方の悪魔の時間である。■■■ side:偏在(セカンド) ■■■ 時は正午、約束の刻限が来た。『レコン・キスタ』5万のニューカッスル城攻略が開始され、その先手として『レキシントン』を筆頭に戦列艦十数隻がニューカッスル城に砲撃を加えようとする。 しかし、それらが動かない。 なぜなら戦艦の内部は今地獄絵図になっているからである。 俺がやった“仕込み”は至極単純。 戦艦というのは食料などを当然船内の食糧庫に保存している。 それらに俺特製の遅効性激毒“下り、超特急”を仕込んだのである。 空軍では食事の時間は綿密に定められているので、食事のローテーションに合わせて毒の効果が発揮する時間を調整してやれば、大半の乗組員を正午ちょうどに下痢地獄に叩き落とすことができる。 当然空の戦艦に排便施設が大量にあるわけもなく、水洗トイレもない。 まさにアルビオン艦隊は地獄と化した。■■■ side:クロード ■■■ 時は来た。 「アルフォンス、クロード、本体からの連絡がきた。作戦を開始してくれ」 「了解。クロード、船の操作は任せた。俺はガーゴイルの起動に入る」 「分かった、任せろ」 俺は副長として艦長の指示に従う。 こういう場合においては例え同格の少将であろうとも上下関係は明白にし、片方が片方の指揮下に入るのは軍隊では常識である。 つまらんプライドに拘ってそこを割り切れない馬鹿を無能と言う。 残念ながらガリア両用艦隊の艦長の半分以上はそういう連中である。艦隊の指揮官などからの命令には従うのだが、立場の低いものからの忠言などには一切耳を貸さない。 そういう無能な連中はいつか悉く追放してやろうと思っているが、そういうのはハインツの管轄なので実際に粛清する役目は任せようと思う。 「総員、持ち場につけ、これより作戦を開始する。“迷彩”を起動しつつ全速前進、各部署はそれぞれの長の指示に従え」 俺は伝声管を手に指令を出す。この伝声管は同じ建物内くらいにしか声が届かないが、戦艦内部では最大の効果を発揮する。 艦内という限られた空間では全体に声が行き渡るので、指示を無駄なく伝えることができ、各部署からの報告は通信士官が処理し、艦長や副長に報告するべき優先度を考えた上で報告してくる。逆にそれができないようでは通信士官は務まらない。 最近では技術がさらに進み、僚艦との通信も可能になってきており、年内には艦隊旗艦から肉声での各艦への指示が可能になるだろう。 そうなれば従来の艦長の能力に依存した戦いではなく、艦隊司令官の指示によって艦隊を瞬時に編成し、中央突破に特化した紡錘陣形、防衛用の方陣などなど、陸戦のように様々な陣形を組んでの戦いが行えるだろう。 その時には各艦長の独立能力よりも司令官の指示をどれだけ忠実に実行できるか、その際に周りとの連携をどれだけとれるか、そして艦隊司令官の能力によって勝敗が決まることになるだろう。 こうしてあらゆるものが変わりつつある。 ハインツが言うには今がまさに歴史の変わり目であり、俯瞰した視点を持てば歴史の流れを肌で感じることができるらしいが、まさにその通りである。 今までブリミル教という堰によって止められていた時代という大河が、今、堤防を決壊させ濁流となって流れ出しているかのようだ。 俺は今までよりも数段早い速度で航行する『インビジブル』の艦橋に立ちながら、時代の風というべきものを感じていた。■■■ side:ハインツ ■■■ 俺は今アルビオン王ジェームズ一世と謁見している。 『レコン・キスタ』の総攻撃は既に開始されているが、“偏在”の仕事によって空軍が動けないので大砲を艦から一旦降ろして攻城砲として利用しようとしている。 しかし、砲亀兵ではないので移動速度が遅く、配備もまだ済んでいないので攻勢は極めて弱い。というよりも本来は作戦を延期すべきなのだが、政治家貴族共にはその辺の判断ができないのだろう。 まあ、このために敢えて軍人ではなく無能な貴族共をニューカッスル城攻略に起用したのだが。 「ジェームズ陛下、ガリア王からの提案は以下のとおりです。すなわち、ウェールズ王子とその親衛隊150名をガリアに亡命させていただきたい、見返りとしてガリアはアルビオン王家の復興に全面的な協力をすることを約束いたします」 俺の立場はガリア王の特使、ガリア最大の貴族ヴァランス公爵であり王位継承権第二位、亡国の王への特使としてはあり得ないほどの大人物が直接来たことになる。 「ふむ、しかしウェールズが亡命すれば『レコン・キスタ』共は貴国へ攻め込むことになろう、それは構わんのか?」 それはまさしくウェールズ王子がトリステインへの亡命を断った理由、しかし。 「全く問題ございません。いえ、むしろ望むところです。『レコン・キスタ』の戦力は陸軍が5万、空軍がおよそ60隻。対して我がガリアの戦力は陸軍が15万、空海軍が200隻、攻め込んできたところで返り討ちにすればいいだけの話です」 それがトリステインとガリアの決定的な違い、トリステインにとってウェールズ王子は『レコン・キスタ』の侵略理由となってしまうが、ガリアは逆、ガリアがアルビオンに攻め込む動機となる。 王権を不当に害した『レコン・キスタ』なる反逆者に制裁を与え、正統な王であるウェールズを即位させるというこれ以上ない侵略の大義名分となるわけだ。 俺の今の言葉からジェームズ王もその辺を悟ったはず、ガリアはウェールズ王子を傀儡とし、アルビオンを裏から支配することを狙っていると。 「なるほど、流石はガリアよの。しかし、それほど強大な国家ならば、わざわざアルビオン王家を助ける理由はあるまい。自国のみの力で簡単にこの白の国を落とせよう」 それも事実、『レコン・キスタ』が新政権となればウェールズ王子がいなくとも侵略の理由には事欠かない、わざわざここまで面倒な真似をしてウェールズ王子を助ける理由は無い。 裏からではなく堂々と表から支配すればよい、ガリアにはそれだけの力がある。 しかし、どこまでも貪欲にいくのが外交というもの。 「ええ、アルビオン王国の王子を亡命させる理由にはなりません。しかし、我々が真に欲しているのはアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官ウェールズ・テューダー殿とその精鋭150名です。つまり、アルビオン空軍の空の知識、艦隊運用能力、それこそを我がガリアは欲しています」 “王子”はいらない。欲しいのは“空軍司令官”である。 アルビオン空軍で最も優れた航空技術を持っているのは、彼ら王族直属の士官達である。彼らを優遇し過ぎたため陸軍の反発を生んだが、それだけに彼ら150名の錬度はガリア両用艦隊を遙かに上回る。 そんな彼らの知識、経験とガリアの魔法技術、そして艦艇の数が合わされば名実共にハルケギニア最強の艦隊が誕生する。 そのためにアルフォンスとクロードが動いてくれている。 彼らを亡命させた暁には、あの二人が中心となってアルビオン空軍との合同演習や、アルビオンの士官を講師とした実習などを行う予定なのである。 「無論、ただでとはいいません、相応の見返りをご用意しました」 その瞬間。 ざざざざああああ! “迷彩”が解除され戦艦『インビジブル』が姿を現し、その中から大量のガーゴイルが飛び出してくる。 「こ、これは!」 驚くジェームズ王。 「我がガリアの新技術によって作り上げた新型戦艦『インビジブル』です。そして飛び出してきているのは戦闘用ガーゴイルの“カレドウィヒ”と“ボイグナード”、どちらも並の戦士と同等の戦闘能力を有します。これら300体を空軍士官150名を引き抜く見返りとして進呈いたします」 現在ニューカッスル城にいるのは300名でほぼ全員がメイジ、火力は凄まじいが近接戦闘が出来る者が少ない。 従って一度城門が破られればなす術はなく多勢に無勢、あとは簡単に全滅するだろう。 しかし、メイジの護衛用に300体ものガーゴイルがいればどうか? ガーゴイルは人間と違って痛覚がないので矢を何本くらっても怯みもしない、ガーゴイルを止めるには破壊する以外に方法は無いのである。(それ故に俺の『毒錬金』とは相性最悪) つまり、城内の狭い廊下でガーゴイルと戦うことは平民にとっては悪夢である。 ガーゴイルを破壊するには槍で突くのではなく、薙ぎ払う、叩きつけるといった動作が必要になり、鉄砲や矢はほとんど役に立たない。 しかし狭い城内の廊下でそんな大きな動作を素早くできるはずもなく、逆にガーゴイルに切り込まれておしまいだ。 なのでヴェルサルテイル宮殿では警護用にガーゴイルも使用しているのである。 「いかがでしょうかジェームズ陛下、ウェールズ王子のガリアへの亡命を認めていただけませんでしょうか? それに我がガリアの医療技術以外ではウェールズ王子をお救いする手段はございません」 既に“ビデオカメラ”の映像は見せており、ウェールズ王子がヒゲ子爵にやられたことを王は知っている。 つまりこのままではウェールズ王子はコショウにやられたヒゲ子爵にやられて死んだことになる。 それを回避するためにはガリアの技術開発局の医療技術しか方法は無い、ということにしている。 そしてもし王が拒否してもその時はガーゴイルに命じて力ずくで連れていくだけだ。 つまりこれは依頼ではなく事後承諾、王に拒否権は無いのだ。 王はしばらく考え込んでいたがやがて。 「了解した、このアルビオンの未来はウェールズやそなたら若者に託そう。この老いぼれには未来を切り開くことは無理じゃ、せいぜい派手に散る程度しか出来んじゃろう」 そして老王は決断した。 これにて任務は大半が完了、後は撤収を急ぐのみである。 2時間後。 『インビジブル』に150名の親衛隊員とウェールズ王子が乗り込みニューカッスル城を離れていく。 後のことはアルフォンスとクロードに任せてあるので問題はない。 ウェールズ王子には俺が出来る限りの処置をしておいたので後はシェフィールド任せである。 そして俺はランドローバルに乗って帰ることになるが、その前に一つだけやることがある。 既に『レコン・キスタ』の砲撃は再開され、戦列艦程ではないが次々と城壁に砲弾が叩き込まれていく。 しかし、守備兵が150名のメイジと300体のガーゴイルとなったニューカッスル城は堅牢で、いっこうに落ちる気配を見せない。 逆に俺が流した無能貴族共の司令部の場所の情報をもとに奇襲部隊が特攻をしかけ、司令官を討ちとったりもしている、これで労せず『レコン・キスタ』から無能な貴族を排除できたわけだ。 「ジェームズ王、よくぞご決断くださいました」 俺は再び王の前に訪れる。 既に全ての人員が迎撃のために出ているのでここにいるのは王一人である。 「ヴァランス公、お主まだおったのか」 意外そうに答えるジェームズ王、まあそれは当然だ。 「ええ、貴方には最後に果たしていただくお役目があるのです」 そして俺はある書類を彼に差し出す。 「これは!?」 驚愕する王。 「それに王印を押していただきたい。知っての通り王印を押せるのは本人かその子か親のみ、貴方が亡くなれば必然それを押せるのはウェールズ王子のみとなる。なので今、貴方に押していただきたいのです」 確認するのはウェールズ王子で構わないが、これを認めるのはジェームズ王でなければならない。 「お主、この者達を知っておるのか?」 「ええ、ハインツさんと呼んでくれますよ。とても穏やかでいい子です。貴方の命令で母親を無残に目の前で殺されたにも関わらず、憎しみに染まることなく純粋に育っています。そしてその姉も、彼女を守り続けています」 「そうか・・・」 沈黙する王、この老人もまたガリア王家程ではないにしろ、王家という闇を背負ってきた身なのだろう。 「それで、お主はこの者らをどうするつもりじゃ?」 「別にどうもしません。テファはこのような闇には関わらず、光の中で笑っている方が余程似会います。闇に生きるのは我らだけで十分でしょう」 これは俺の本心。 「そうか」 そして王は印を押す、その書類には。 ≪エドワード・オブ・モード大公の息女であるティファニア・オブ・モード、ならびに前サウスゴータ太守エドガー・オブ・サウスゴータの娘マチルダ・オブ・サウスゴータ、この両名に対してアルビオン王家があらゆる危害を加えることを禁じ、両名に対して害意あるものから守るためにあらゆる援助を惜しまないこと、これをアルビオン王ジェームズの名において誓う≫ とまあ、こういった内容のことが公式文書の形で書かれている。 つまり、モード大公の投獄とサウスゴータ太守の処刑はアルビオン王家の過ちであったことを王自身が認めたのである。 アルビオン王家が健在ならば貴族への建前上これに印を押すことは出来なかったであろうが、王家が滅ぶ瀬戸際なればこそ出来ることもあるのだ。 「これでよかろう」 「ええ、ありがとうございます」 俺は書類を受け取る。 「しかし、お主はそれを一体どこで?」 王にとっては最後の疑問だろう。 「まあ色々と事情はあるのですが、そのためにあることをやったと言えばいいですかね」 「?」 怪訝そうな顔をする王。 「分かりやすく説明するとこういうことです」 そして俺は先住の“変化”が付与されたマジックアイテム『転身の指輪』を起動させる。 身長こそ変化が無いが、髪の色は紫色となり、顔の形も大きく変わり、割と細身の俺の体は筋肉質でがっちりした体格になる。 190サントも身長があるのは各種人体実験の恩寵だが、これにがっちりした筋肉が加わればまさに“軍神”と呼ぶに相応しい巨躯の武人が出来上がる。 その男の名を、ゲイルノート・ガスパールという。 「き、貴様は!」 忘れていないようだ、かつて自分から王冠を奪った男の顔を。 「つまりはこういうことさ爺さん。テファ達が平穏に暮らすには今のアルビオン王家は邪魔だった、それだけさ」 故に俺は一度アルビオン王家を滅ぼそうとしている。まあ、理由は他にもたくさんあってこれはその一つに過ぎないのだが。 それでも、このジェームズ王の過去の失政の中で王家滅亡に直結しているのはこのモード大公投獄事件をおいて他にないのである。 ここからアルビオン王家の転落が始まった。(転落させたのは全部俺) 「では『レコン・キスタ』とは!!」 「大体想像どおりかな。まあ、もうちょっと複雑な事情もあるが。、それに、総司令官のクロムウェル、あいつも例の事件の際モード大公縁の司教だったって理由だけで不当に追放された男さ。結局は因果応報、自業自得ってやつかね」 ちなみに声も相応に変化している。口調は意図的に変えている。 自業自得の具現である俺に言われるのはさぞ屈辱だろう。 「ウェールズ!」 「安心しな爺さん、あの王子様には危害は加えねえよ。まあ、利用はさせてもらうがな。さて、そろそろお別れの時間だ。名もない兵士の手にかかって殺されるよりは『レコン・キスタ』軍司令官ゲイルノート・ガスパールの手にかかって死んだ方がましってもんだろ?」 ザシュッ! 俺の手の先から発生した『ブレイド』によってジェームズ王の首が飛ぶ。 これにて任務完了。 『レコン・キスタ』の無能な司令官は死んだから、そろそろ軍人の司令官に代わったはず、ならばここでのこれ以上の犠牲は意味が無い。そのために老王の首を刎ねた。 王家の誇りだか何だか知らんが、そんなものに付き合って被害を大きくする必要はない。誇りに比べればまだ役立たずの傭兵の命のほうが重い。 ゲイルノート・ガスパールがジェームズ王の首を持って現れればその瞬間に勝負は決まる。 王党派にとっては自軍の大将の死を意味し、『レコン・キスタ』にとっては自軍の大将の勝利となる。。 「さて、『レコン・キスタ』の勝利を決めに行くとするか」 ガーゴイルを配置したのは俺とアルフォンスとクロード、つまりどこからなら無傷で城外に出られるかは把握済み。 俺は全ての計画が問題なく成功したことを確認しながら、ジェームズ王の首を片手に歩き始めた。