技術開発局で新たなアイテムが出来上がり、俺はその性能を試してみた。 “知恵持つ種族の大同盟”の人達にも協力してもらったところ、十分な効果が確認できた。 これがある計画の布石となり、あとはこれをシャルロットに渡せばよいのだが折角なので何かやろうと思う。 俺は久々に自身の為の陰謀に頭を働かせた。第三話 悪だくみ■■■ side:シャルロット ■■■ 私は今ザビエラ村という場所に向かっている。 ガリアの首都リュティスから南東に500リーグのほど離れた場所にある人口350人ほどの村だ。 今回の任務は吸血鬼退治。 ハルケギニア最悪の妖魔と恐れられ、先住の魔法を使い、血を吸った人間を一人屍人鬼(グール)として操ることもできる。 まだ被害が一人の段階でフェンサーである私が派遣されることが決定したのも、下手な者を送り込んで返り討ちにされる危険を避けてのこと。 つまり王国の通常の花壇騎士では殺される危険性があるほど吸血鬼とは厄介な存在であり、私も油断すればあっさりと殺されかねない。 なので今回は慎重に作戦を練っていこうと思っていたのだが・・・ 「きゅいきゅい、ねえお兄様、それで、白雪姫はどうなったの?」 「ああ、白雪姫は王妃の謀略によって全てを失い身一つで隣国に落ちのびることになる。しかし、そこからが彼女の逆襲の開始となった、王妃は見誤っていたのだ、彼女の最大の魅力とはその頭脳であり美貌などは飾りでしかなかったということを。そして奇しくも余分なものを王妃自身が削ぎ落とすことで、白雪姫は本当の意味で覚醒することとなった」 なぜか隣でランドローバルに跨り、緊張感の欠片もなくシルフィードと話しているハインツがいる。 なぜこんなことになったかというと。 「おうシャルロット、また指令が出たそうだな、俺もついてく、いやー、久々に自由な時間が出来てな、たまには俺も幻獣退治とかやってみたかったんだよね」 とか言ってきた。 「今回の相手は幻獣じゃない、吸血鬼」 と私が言うと。 「吸血鬼か、懐かしいな、俺も以前退治したことがあってな、特に苦戦もしなかったけどあんときは他にもやることがあって完璧な結末とはいかなかったからな、今回はリベンジだ!」 と言って結局ついてきた。 そして今シルフィードと談笑している。 話している内容は白雪姫らしいが、確か白雪姫はあんな話じゃなかったはず、どうやらハインツが勝手に改造した話に切り替わっているようで、白雪姫が謀略で王妃に復讐戦をしかける話になっている。 実にハインツらしいと言えばらしいが、そのお姫様は間違っても王子様に助けられることはないだろう。いやむしろ、王子様を自分の策略の為に最大限活用するかもしれない。 白雪姫は夢のあるおとぎ話ではなく、どす黒い宮廷陰謀劇と化したようだ。ハインツにとってはただの日常を話すようなものだろうから作りやすいのだろう。 とりあえず放っておくことにして、私は読書を続けることにした。 それから数時間後到着、出発したのが昨日だから合計10時間近くは飛んでいたことになる。 吸血鬼は普段人間として過ごしており、村にとけ込んでいることが考えられるので村から離れた場所に着陸する。 「それでハインツ、任務はどうするの?」 私は任務をどう遂行するのかを訊く。 「ああ、簡単だ、これを使う」 そういってハインツは眼鏡をかける。 「眼鏡?」 「ああ、こうするとおそろいだ。、騎士が二人揃って眼鏡をかけてるんだから珍しい二人組だろうな」 そう言われると眼鏡をはずしたくなってくるから不思議だ。 「これは“精霊の目”って言ってな、最近新たに開発されたマジックアイテムだ」 「精霊の目?」 「ああ、簡単に言うと精霊探知眼鏡だ。これを着ければ人間にも精霊の力の流れが見えるようになる。つまり、先住魔法を簡単に見破れるし、「風石」や「土石」の力も目で見ることができる」 それは凄い、今私が着けてる眼鏡は『ディティクト・マジック』が付与されており、ほとんどの魔法のアイテムや変装などを見破れるが、先住の“変化”などは見破れない。 「つまりこれをかけるとシルフィードもただの風竜じゃなくて、精霊の力を強く宿した風韻竜に見える。そして吸血鬼はただの人間じゃなく、精霊の力を宿している亜人に見える」 つまり見るだけで吸血鬼かどうかを判断できるということ、吸血鬼の最も厄介な点は見つけにくさにある。その利点がなければ吸血鬼はそんなに怖い相手ではなくなる、むしろオーク鬼の方が厄介かもしれない。 「便利」 「そういうこと、ちゃっちゃと終わらせるぜ、見つければはい終了だからな」 そして私達は村に入っていった。■■■ side:ハインツ ■■■ 俺がなぜシャルロットと共に任務に就いているかというと当然そこには理由がある。 まず一つに“精霊の目”をシャルロットに渡す必要があったのでちょうどよかったというのもあるが、それ以前にイザベラに頼まれたからである。 ≪回想≫ 「ハインツ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」 「シャルロットのお守としてついていけばいいんだろ?」 「!、何で知ってるのよ?」 「なんでってそりゃ、シャルロットに吸血鬼退治の任務を与える為に呼び出しをかけてからずーっと、そわそわと落ち付かなけりゃ誰でも分かるっつーの」 伝令用ガーゴイル“リンダーナ”をシャルロットに送って以来、「うーん」とか「あああ」とか言いながら「やっぱ危険かしら」とか言いながら執務室内を行ったり来たりしていた。 傍から見ると実に面白い光景だったが。 以前シャルロットを『ファンガスの森』に送ったときは、"地下水"を緊急救助員としてしっかりと派遣していたが今回は単独任務。相手が吸血鬼ともあって大丈夫とは思いつつも心配なのだろう。 ちなみに『ファンガスの森』の件で、疲労のあまり倒れたイザベラは、起きて執務室に入るなり(俺が片付け忘れた)キメラドラゴンの爪を見て、もの凄い剣幕で「あの子は無事!?、大きな怪我してない!?」 と、入り口の側にいたジャンニ(参謀:27歳独身)の胸倉をつかんだらしい。どうやら愛の鞭として送ったものの死ぬほど心配だったようだ。俺が戻ったときイザベラの仕事が終わっていたのは、シャルロットへの心配を紛らわすために仕事に没頭したと言う事情もあったのだ。 あの悪魔が送ってきた仕事量は殺人的だったが、俺が手伝うのを見越しての量だったらしい。それを一人でやった背景には妹への愛があった。いい姉だ。 そんなイザベラを見ていた本部の人間は皆、微笑ましいものを見る目になったという。 「ちっ」 「舌打ちすんな、似たもの姉妹かお前ら」 シャルロットといい、少しは淑女としてのつつしみというものはないのだろうか? 「ああそうよ! シャルロットが気になるわよ、悪い!」 「逆切れするな、仕事のストレスでも溜まってるのか?」 いつにも増して短気なイザベラ。 「うっさいわね」 「そんなに気になるなら吸血鬼退治なんて任務を与えなけりゃいいだろ」 「そういうわけにもいかないわよ、あの子は七位なんだから簡単な任務ばかりじゃ他への示しがつかないでしょ」 確かに、第七位ともあろう者におつかいみたいな任務ばかりをやらせるわけにもいかない。 「かといって十二位より下だったら与えられる情報がかなり少なくなるからな、シャルロットの将来を考えると今のうちに多くの情報を与えておきたいってとこか」 十二位~六位までには実力差はない、しかし、十三位とでは権限に大きな差があり、その代り任務の困難の度合いも増す。 「まあそんなとこよ」 「やれやれ、相変わらず妹に甘いなお前は」 「それで、行くの、行かないの?」 「行きますよ、かわいい妹の頼みだ」 兄としては妹の頼みくらい聞いてやるのが筋ってものだろう。 「そう、ありがと」 「しかし、それとは別に言っておきたいことがあるんだが」 「何よ」 「その格好はどうにかならんのか?」 現在のイザベラの格好は男性用のスーツ姿。早い話がカジノのディーラーなんかが着ているような、動きやすさ重視の服装である。 彼らはサイコロを振ったりカードを操ったりと見た目以上の運動量が求められ、怒った客をぶっとばす役目なども兼ねるので、その服は戦闘服といっていいほど機能性がある。 「何か変かしら?」 「いや、似会ってるのは確かだけどな、間違っても王女様の格好じゃないと思うんだ、つーか女性の格好ですらない」 その辺違和感持とうよ。 「皆この格好よ」 「いや、ヒルダは違うだろ」 本部には36名の“参謀”達がいるがそのうち4名は女性だ、しかし全員機能性重視で今のイザベラと似たり寄ったりの格好をしている、彼女らも暗黒街出身なのでその辺は一切気にしないのである。 唯一違うのがイザベラの補佐官であるヒルダで、彼女だけは大貴族のお嬢様であり、貴族の礼儀作法や立ち振る舞いなども完璧でこっちが王女様と言われたほうがしっくりくるくらいである。 とはいえ、頭の切れは尋常ではなく完璧な家出計画を立てて実行に移すほど、しかも12歳の時にそれをやり、13歳のときにリュティスの宝石店で働いてるところをイザベラの補佐官に推薦した。 外見と服装と丁寧な言葉遣いなどは完全に貴族のお嬢様なのだが、やってることはお嬢様とは程遠く、結局この本部に普通の人間などは皆無なのである。 「そうだけど、それは私がこの格好じゃダメな理由にはならないわよ」 「そりゃそうだが」 キャリアウーマンには見えるが王女には見えん、一応まだ王女なんだからその辺どうよ。 「それにドレスなんか着てらんないし、スカートは走る際邪魔になるし、この格好が一番効率的よ」 フェンサーのシャルロット以上に自分の格好に無頓着だなこいつ、発想が戦闘技能者のそれに近い。 「それにあんたも人のこと言えないでしょ」 俺が来てるのは黒を基調とした近衛兵とかが着てる服をさらに真黒に染めたもので、全身を無駄なく覆っている。 「これはこれで利点がある。一つ、黒は正装の色だからこれで宮廷に行ってもなんとかなる。二つ、夜になれば完全に迷彩色になる。三つ、血の色が目立たない」 『毒錬金』で殺す場合は問題ないが、“呪怨”で首を刎ねて殺す際には大量の血が噴き出るので返り血を浴びる場合がある。 黒だと血の色がほとんど目立たないのである。 「でも、分かる人には分かるでしょ。そんな恰好で宮廷に出るから“悪魔公”の渾名に磨きがかかるのよ」 「うーん、便利なんだけどな」 要は似たもの従兄妹ということだった。 「まあいいか、俺はそろそろ行くから、これ飲んどけ」 そう言って薬を投げ渡す。 「何これ?」 「生理痛抑制薬。以前煎じた奴と同じ、水に溶かして飲むべし」いつにも増して短気な原因はそこだろう。 「だから何であんたが知ってんだーーー!!」 怒れる大魔神を背後に脱兎の如く逃げる俺。≪回想終了≫ そういうわけでシャルロットの吸血鬼退治に同行したわけだが。 マジであっさり終了した。 “精霊の目”を使うとアレキサンドルという男性が屍人鬼で、村長の孫のエルザという少女が吸血鬼であることが丸分かりだった。 何万人も住む大都市ならともかく人口350人ほどの村では見つけるのは簡単である。 夜になったところで“不可視のマント”で姿を隠しながらエルザに近づき、『スリープ・クラウド(眠りの雲)』で眠らせ森まで連行した。 客観的に見ると完全に幼女誘拐犯である。 「ようシャルロット、お待たせ」 森で『サイレント』を張って待っててくれたシャルロットに挨拶する。 「別に」 相変わらず短いシャルロットの返事。 「さて、おーい、こら、起きろ」 ぺシぺシ。 軽く叩いてみるが起きない。 ゴンゴン。 シャルロットが杖で叩く。 「それは痛いと思うんだが」 「起きない」 確かに起きない、少し強力にかけ過ぎたかな? 「しゃあないな、ここは」 バリバリバリバリバリ! 『ライト二ング・クラウド』を死なない程度に加える。 「ぎにゃあああああああああああああ」 「起きた」 「見たいだな」 人でなし兄妹ここにあり。 「な、な、なにあんたら!?」 生きてる、流石は吸血鬼。 「お早う吸血鬼。まずは自己紹介から、俺は北花壇騎士団副団長のハインツだ」 「同じく北花壇騎士団フェンサーのタバサ」 名乗る俺達。 「き、北花壇騎士!?」 「お、流石に吸血鬼だけあって長生きしてるようだな。知ってるなら話は早い、君を処分しに来たのだよ我等は」 コクコク。 頷くシャルロット。 「しょ、処分って、私悪いことしてないわよ!ただ生きるために人間の血を吸ってただけ、貴方達だって生きるために他の生き物を食べるでしょ、それのどこがいけないの!?」 「はっはっは、何を言っているのかな君は。君が吸血鬼であろうがなかろうが、人の血を吸おうが吸うまいがそんなことは関係ない。君はガリアの一般国民を殺した。それはガリアという国に仇なす行為だ、だから処分される。それだけのことだよ」 「・・・」 絶句するエルザ。 「理解したかい、例え君が普通の少女でも国家に害をなしたなら排除する、人間とはそういう生き物だ。そこに善悪は関係ない。益か害か、ただそれだけ。君が生き残るためには国家に益になるしかないわけだ」 「どういうこと?」 「早い話が歓誘だ、北花壇騎士団フェンサーとして生きる気はないかな? もっとも断ったらその瞬間に死ぬことになるが」 「それって脅迫っていうんじゃ・・・」 その通り。 「さっきも言っただろ、別に君が国家に害を与えない限り問題ない。だからこれからは北花壇騎士団から命令された抹殺対象だけから血を吸うと良い、もし足りなかったら死刑囚の一人か二人くらいは融通してやるから」 実はいくつかの監獄の獄長もやってる俺、人体実験にはそこから材料を調達するのである。 「・・・」 また絶句するエルザ。 「拒否するならそれも構わんがその場合君は研究所送りになるな。吸血鬼の血液はいい実験材料になるし、その生命力を上手く利用する実験もできる。どの程度皮膚を焼いても自己再生できるかとか、その他様々な実験の材料として生かされ続けることになるな。最悪オークとの交配実験をやってみたり」 「死んでも御免よ!」 ちなみにこれらは6000年の闇の歴史の中で“聖人研究所”が既に行っていることなので、今更やっても何の意味もなかったりする。 「それじゃあ交渉成立と、これからは馬車馬の如く働くように」 「ううう、この世にこんな悪魔がいるなんて・・・」 泣き崩れる吸血鬼の図、かなり珍しい絵だ。 「・・・」 「どうしたシャルロット?」 「悪魔に捕まってこき使われる吸血鬼?」 「言いえて妙だな」 なかなか良い才能を持っているようだ。 「なんでこんなことに・・・」 未だ立ち直れないエルザ、哀れ。 とまあこうして俺達の吸血鬼退治?は終了した。 そして本部に帰還する俺達。 「いいかシャルロット、これ被って隣に立ってろ」 そう言って“不可視のマント”を渡す。 ちなみに“精霊の目”はもうあげた。 「なぜ?」 「いいから、副団長命令」 「・・・」 そして俺達はある部屋に入る。 「おーすイザベラ、帰ったぞ」 書類から目を離してこっちを向くイザベラ。 「妹大好きイザベラちゃんに帰還報告に参りました」 「誰がイザベラちゃんよ、誰が」 イザベラに報告書を渡す。 「ふーん、吸血鬼をフェンサーに編入したわけね。かわいそうに、いっそ死んだ方がましだったかもね」 哀れむイザベラ。 「なーに、生きてりゃいつかいいことあるさ、例えそこが地獄の底でもな」 「地獄に放り込んだ張本人が言うんじゃないわよ」 「大丈夫、エルザを引き取ってた村長さんにはエルザの親戚を知っているからってちゃんと話したし、普通にエルザと一緒に村を出てきたから」 「そういう問題じゃないと思うけど」 考え込むイザベラ。 それに屍人鬼も問題ない、一般的にはもう戻せないとか言われているが、吸血鬼が遠く離れさえすれば戻す必要がないのである。 『アンドバリの指輪』で操られる人形に似ているが、吸血鬼は死者を使役するほどの精霊の力の使い手ではない、もしそれを出来るとしたらエルフくらいである。 なので屍人鬼は操られている“生者”であって、吸血鬼さえいなくなればただの人間になる。 「吸血鬼は退治したと伝えてきたし、まだ被害も一人だったからこれから犠牲者が出なくなれば村人も落ち着くはず。一件落着ってやつだ」 「そう、ありがとね」 「まったく、本当に妹に甘いんだからな、そんなにシャルロットが大事か?」 「当然でしょ、あの子は私の妹なんだから命に代えても守るわ。それに、私の人間の家族はあの子と叔母上くらいしかいないもの」 て、ちょっと待て。 「おい、陛下と俺はどうなった?」 「人間の、って言ったでしょ、悪魔は別よ」 「ひでえ、シャルロットには甘いくせに、差別だ」 「かわいいあの子とあんたじゃ天と地の差があるわよ、つーかあんたは自称兄でしょうが」 くくく、計画に嵌っているとも知らずに。 「まあ、そんな兄からお知らせがあります」 「何よ?」 『エア・ストーム』 ゴオオオオ! 風が吹き、“不可視のマント”がとんで顔を真っ赤に染めたシャルロットが現れる、どうやら照れているようだ。 「あ、あ、あ」 イザベラの顔も見る間に真っ赤になる、先程の自分の言ったことを思い出したようだ。 「謀ったわねーー! ハインツーーーー!!!」 「くくく、げひゃははははははは!! 甘い! 甘いのだイザベラよ! この俺を顎で使おうなどと20年早い!貴様もシャルロットもまだまだ悪魔の掌で踊る道化に過ぎんことを知るがいい! ききき、かーかっかっかっかっかっか!!!」 俺は“不可視のマント”を回収しつつ逃走する。笑い方を意図的にありえないものにして挑発しながら。 後ろから姉妹仲よく追いかけて来るが所詮は女子供、この俺の逃げ足に敵うはずもない。 本部はもの凄く騒がしくなったがこんなことは日常茶飯事、誰も気にしたりはしないし、どちらが勝つか賭けを始めるくらいである。 要は誰も暴走を止めないということだ。 こうして俺の陰謀は成功したのであった。追記 8/31 一部追加