悪魔公の反乱は、初代執政官イザベラ・マルテルが指揮する軍によって鎮圧された。 しかし、悪魔公が率いた軍団は人間が存在しない異形の軍勢であり、殲滅といった表現が正しかった。 その作戦には、軍、騎士団、保安隊、市民、そして、先住種族。全てが協力してあたり、共和制ガリアの象徴的な出発となった。 己の欲望に従い、恐怖政治の独裁者になろうとした悪魔公は、支配しようとした民の力によって敗れたのである。最終話 そして、幕は下りる■■■ side:ハインツ ■■■ 俺は、長い道を歩いていた。 長い、とてつもなく長い道のりを歩いてきたような気もする。 しかし、同時に一瞬であったような気もする。 あたりは何なのかよくわからない。 “混沌” そう表現するのが一番いい。 まるで俺そのものだが、あながち間違いじゃないのかもな。 その途中で、多くのものを捨ててきた。 どうしても荷物が多すぎて、歩くことが困難だったからだ。 俺が俺であるための、大切なものは捨てるわけにはいかない。 だから、俺(ハインツ)にとっていらないものを捨てるしかない。 俺が、かつて****であったという記憶。 父が………いたかな? 母が………これまた不明。 弟の**は、どんなやつだったか? 妹の**は、どんな子だったか? ………………………………………………………あれ? 俺に家族なんかいたかな? 前世らしきものはあった。それは間違いない。 地球という世界、日本という国、科学が異常に発達した世界。 そういったことはよく覚えている。 ハルケギニアにおいて俺が異端であり、根底から違うということを認識する。つまり、俺がハインツであるためには、それはかかせないパーツだ。 だから、なくすわけにはいかない。 ということは、それはもういらないということか。 無意識に捨てていたということは、そういうことなんだろう。 前世はもう終わったもの。俺にとっては必要ない。 異界の知識は必要であっても、俺(****)個人に関することはいらない。 うむ、思い出せないが、俺がいても、周囲に悪影響しか与えなかった気がするなあ。 何せ生粋の闇だ。秩序を壊す者、常識に縛られない者。 そんな異物が、あの法と常識でがんじがらめにされた世界で、まともに生きていけたはずがない。 多分、優生学研究でもやって、何人もの人間を生体実験して超人を作り出そうとかしてたのかな? それとも、革命軍でも組織して、人間を殺しまくっていたのだろうか。 または、国際的な大犯罪組織でも立ち上げて、全世界に喧嘩を売ってたかもな。 残っている荷物を確認してみると、医療に関する知識がやたらと多い。 人間を効率よく解体する技術、人間の身体の隅々まで、何でも詰め込んできたようだ。 やはり、人間を殺しまくってきたのだろう。 戦場か、虐殺場か、研究所か、そこまでは定かではないが、俺(****)自身に関することはどうでもいい。 しかし、そう考えると、ハルケギニアでも全く同じ人生を歩んでいるな。 ガリアの暗部を担い、6000年の闇を継承し、北花壇騎士団を率いて、暗殺と粛清を司ってきた。 そして、陛下と共に神を滅ぼした。 そのために色んな奴らと協力したし、『影の騎士団』のような同類にも会えた。もっとも、俺が一番の異端だったが。 “蒼翼勇者隊”や“水精霊騎士隊”もがんばってくれたしなあ。 そのおかげもあって、ガリア王家の闇は粉砕できた。もう、イザベラやシャルロットが憎しみ合うようなことはない。 俺が守りたいと思えるのはあいつらだ。あいつらは絶対に守らないといけない。 だが、これからはシャルロットの担当はサイトになるな。好きな女のためなら命を懸けれるいい奴だ。あいつならシャルロットを任せられる。 だから、俺はイザベラが待つ場所に帰らねば、これからはあいつと共に歩いていくと決めたのだから。 ………………………………………………………ちょっと待て? 前世と同じような人生を歩んできた? だとしたら、何で俺はあいつらを大切に思える? 俺の本質は闇だ、“輝く闇”だ。 基本となるのは己のみ、そこに他者が入り込む余地はないはず。 だから、俺は変われる存在じゃない。そういう機能はなかったはずだ。 だけど、俺は違う。 俺はイザベラやシャルロットが大切だ。世界とすら秤にかけられないくらいに。 だが、それはどうして? 前世が、俺の本質に従った殺戮や狂気に満ちたものだったとすれば、それと同じようにしか生きられないはずの俺が、あいつらを愛せるはずがない。 ならば、考えられる理由は…………… 俺は、前世で誰かを愛していた? 誰かに愛されていた? 息子、兄、孫、そういった記号としてではなく、“輝く闇”たる存在そのものを。 それを知ってなお、愛してくれた存在がいたのか? そんな存在が、いたのか? 世界を壊すほどの闇を、包み込んでくれる存在が……… ふと、周りを見ると、そこには光があった。 これまで考え込んでいて気づかなかったが、周囲には光がたくさんあった。 “混沌”としか表現できなかったそこに、光が存在している。 これは…………………思い出か? それがどんな内容かは分からないが、家族と過ごした思い出、友人と過ごした思い出、そういったものであることは分かる。 不思議だ。俺が、こんな普通の幸せに満ちたような思い出に囲まれているとは。 “輝く闇”が、平凡な、誰でも得られるはずの幸せに浸って、生きてきたということか。 どの光も輝いているが、どれも、単体では輝いていない。 全て、一つの存在から幸せを分け与えられたかのように、光を放っている。 その中心には、誰かがいた。 顔は分からない、名前も思い出せない、けど、俺にはこの人が誰か分かった。 これは…………………“彼女”だ。 かつての俺にとって、最も大切だった人だ。 「貴女が、俺を人間らしくしてくれたんですね」 この人がいたから、俺はあいつらを愛することができた。 人を愛して、人に愛されるということが、素晴らしいことであるということを知っていた。 “愛は偉大なり” そんな言葉を無意識によく言っていた気がするが、それは、何よりも俺自身に向けられた言葉だったか。 “虚無の闇”を打ち破るのも、結局は愛だった。 「ありがとうございます。貴女のおかげで、俺はイザベラを愛することができました」 シャルロットの名前は出てこなかった。これまでの“愛”とは違う意味なんだろう。 その“愛”でシャルロットを包むのは、サイトの役割だ。 彼女には感謝を、そして、別れを。 「俺はこれから、ハインツとして生きていきます。前世のことは、ここに置いていきますから」 それを、最後にこの人に伝えなくては。 「貴女の顔も、名前も、声も、何も覚えていませんが、俺を人間にしてくれた存在がいたことだけは、忘れません」 そう、それこそが、ハインツという存在にとって、基盤となるものだ。 それを基に、今の俺はある。皆を愛して、皆と一緒に生きていくことを是とするのは、その優しい土台があるからこそ。 これだけは、決して忘れてはいけない。俺がハインツであるために。 「さようなら、………………………**」 確かに、俺は最後にその名を告げたはずだ。 だけど、言葉にすると同時に、それは分からないものになった。 そして、俺は本当の意味で、ハインツになったのだ。■■■ side:イザベラ ■■■ 「目が覚めたかしら?」 ここは北花壇騎士団本部。私は、目を開いたハインツに話しかける。 「ああ、そうだけど、何でキスなんてしてたんだ? お前」 まあ、その疑問はもっとも。 「嫌だった?」 でも、あえてそう聞く。 「最高だった」 そう答えるこいつも凄いわ。 「その身体を作った人がね、目を覚まさせる条件はお姫様のキスだってぬかしたのよ」 彼女なら本当にそういう機能をつけている。どこまでもロマンチストな人だから。 「シェフィさんか、まあ、あの人がやりそうではあるけど、立場が逆じゃないか?」 そう、本来なら王子様のキスで、お姫様は目覚めるそうだけど。 「あんたの『白雪姫』はそうじゃないでしょ。死んだ王子様の死骸に白雪姫がキスして、実は『アンドバリの指輪』と同質の「水」の結晶を口移しで体内に入れて、王子様を傀儡にしたんだから」 そして、白雪姫が軍の実権を握るという、とんでもない内容だもの。 「そうだったな。当然モデルはウェールズだが、あいつには見せないほうが良さそうだ」 そういった言葉が返ってくるということは、問題ないようね。 「ハインツ、身体は問題ない?」 「ああ、自分の本来の身体じゃないものを問題ないというのもどうかと思うが、普通に動く。流石はミョズニトニルンの最高傑作。父から娘への“プレゼント”」 今のハインツの身体は『デミウルゴス』。 アルビオンでゲイルノート・ガスパールが死んだときに使用した、あれの最終型。 「もう終わってるあんたの身体を放棄して、魂の大半をこっちに移す。まさに、規格外の荒業ね」 ハインツ自身の肉体は、ヴェルサルテイルで炎に包まれ燃え尽きた。 この『デミウルゴス』は人間の身体を完全に再現している。だから、年もとるし、その他あらゆる機能が人間と変わらない。 まさに、“デミウルゴス(偽りの創造主)”の名を冠するに相応しい。 「まあな、だが、本来“聖人研究所”が目指していたのは不老不死、要は死なないことだ。これはその希望だったはずなんだが」 6000年の闇の妄執ともいうべき代物だけど。 「でも、駄目だったのね。まず第一に、老いた自分の身体から、作り上げた若い身体に移る際に、どうしても拒否反応が出る」 それは、どうしようもないこと。 「そう、だから、転移先は若い自分じゃなきゃいけない。だが、それは完全ではないにしろ、十分許容範囲内の代物が出来ていたそうだ。しかし、それでも駄目だった。上手くいっても、結局死んだ。人間の魂ってのは、どうしても100年くらいを過ぎると死にたがるもんらしいな」 人間の寿命。それに抗うことは出来なった。 「だから、異なる種族との掛け合わせを始めた。オーク、サイクロプス、翼人などなど、そして何よりエルフ。長命で人間と近いエルフとの掛け合わせは希望でもあったのね」 「ま、結局は全部失敗。そのうち暴走して、“魂の双子”だの、“レスヴェルグ”だのの開発すら始めた。その果てが“フェンリル”になったあの怪物だな」 ああ、シャルロットの分身にさせられた少女もいたんだった。 「“魂の双子”の解除は出来るの?」 「出来る。水中人、エルフ、そして虚無、この3つの技術が合わさればな。解毒自体は簡単なんだ、人間でも調合可能なんだが、一度秘密裏にビダーシャルさんに診てもらったところ、残った“へその緒”が何か悪影響を及ぼす可能性があるらしい。そこで、虚無の出番だ。あれなら対象だけを消滅させることができる。彼女の体内に今も存在するシャルロットの“へその緒”を消し飛ばし。その影響を水中人とエルフで抑える。これなら万全だ」 ルイズなら簡単にやってのけそう。 「まさに、今だからこそね。エルフと虚無の担い手が力を合わせるなんて、あり得なかったもの」 本当に、世界は変わった。これまでだったら救えなかった者を救えるようになった。 「ジョゼットという少女の顔はそのままがいいと思う。16年もそうだったんだから、今更変えると精神に異常が出る。仮に、ロマリアの傀儡になっていたら、自分というアイゼンティティを失って、何かに縋るだけの人形が出来上がっていただろうな。ま、ジュリオを妄信するというか、彼の意向に沿うだけの人形の出来上がりだな」 「そのジュリオもあんたの拷問で精神を破壊されましたと。そして彼は、顔が無い神官ではなく、アルドという一人の少年に戻り、自分の意思で、自分の人生を歩むことになる。大団円のはずなのに、過程がとんでもないわよ」 拷問で精神を破壊したんだから。 「ジュリオはむかつく野郎だったからな、あれくらいでちょうどいい。アルドは普通にいいやつなんだが、それで、『デミウルゴス』の原型の話に戻るけど、これには最大の問題があった」 「魂を移す際にどうしてもロスが出るのよね。つまり、魂が削られる。その苦痛で普通の人間なら死ぬか、心が壊れるのね、ジュリオのように」 ハインツはそれを乗り越えた。 「アルビオンでゲイルノート・ガスパールが死んだときも、とんでもない苦痛だったからな。あれの痛みを知るのはルイズくらいだろう。あいつも“ネームレス”が刻まれてるフェンリルにルーンを刻む際、魂を極一部だが、“ネームレス”に削られてるはずだ」 よくまあ、彼女は正気でいられたわね。 「だから、この方法でルイズの姉さんを治すわけにはいかないだろうな。この苦痛を知るものが、姉にこれをやらせるわけがない」 「なるほどね、あんたは今回どうだったの?」 「あったんだろうけど、そこは覚えてない。魂が削られる際に、いらないものと一緒に置いてきた」 そう言うハインツの顔は、とても穏やかだった。 「そう、何にせよ、あんたは今、普通の状態に戻ったわけね」 「だな、お前にキスされて身体が反応してる。なんか違和感あるけどな」 ようやく種無しと不感症も治ったわけか。まったく、随分待たされたわ。 「そこに違和感を持つのがそもそもおかしいのよ。ともかくこれで、“悪魔公”は滅んだわけね。もっとも、北花壇騎士団副団長、“毒殺”のロキが死んだわけじゃないけど」 主要な人物や、裏側の人物は大体真相を知ってる。 「だが、ハインツ・ギュスター・ヴァランスは死んだ。今の俺はただのハインツだ。幼い頃の目標だった、ヴァランスの姓に縛られず生きるという家出計画は、ここに完遂されたわけだ。ずいぶん長い道のりだったが」 ああ、そういえば以前、そんなことも言っていたわね。 「だけど、それも駄目よ。あんたはこれからハインツ・マルテルとして生きるのだから。家の代わりに私に縛られなさい」 私の夫になるんだから。 「だな、俺はお前になら縛られたいぞ」 うん、聞く人が聞くと、変態プレイに聞こえそう。こいつ美形だし。 「でもまあ、ヴァランス領の総督は続けなさいね。誰でも務まるくらい統治システムが完成してると同時に、色んな先住種族が集まってる上、様々な政策の実験場にもなるから、あんたくらいしか最高責任者は務まらないわ」 ただ単に統治するなら誰でも出来る。 けど、今のヴァランス領の役割をそのまま続けるなら、こいつが必要だわ。 「そうなるか、名前はヴァランス領じゃなくなるだろうけどな。もっとも、ヴァランス邸ですら俺のものじゃなくなってたからな。色んな先住種族や、ウェストウッド村の子供たちとか、そういう人達が住む場所にしたから、最早俺の部屋すら存在してなかった」 「確かに、ヴァランス邸とは言えないわね」 その当主のための屋敷だからこそ、その名前を持つんだもの。 「だから、これからはオルレアン邸に変えよう。ビダーシャルさんとシャルロットの戦いで壊れちゃったから、あっちをオルレアン邸にすればいい。俺の母の姉であるマルグリット様が管理者になるのに何の問題もないし、現在でも使用人をまとめてるのはあの人で、執事がペルスランだからな。それに、様々な種族の交流の場であるあそこは、“ガリアの勇者”と“ガリアの姫君”の実家にちょうどいい」 「それ以前からそうなってたわ。行政機能はヴァランスの街の中央に移ってたし」 後は、“ヴァランス公”の代わりの総督を中央政府から派遣すればいいだけ。 「新たに派遣する総督は、内務省の重鎮である、ハインツ・アーバレスト」 「まあ、そのために用意した役割だしな。ハインツって名前自体はガリアにいくらでもいるし」 ハインツ・アーバレストは、ゲイルノート・ガスパールと同じく、ハインツの顔の一つ。 最終作戦後、ハインツ・ギュスター・ヴァランスが表側に現れるわけにはいかないから、そのために用意しておいた顔。 最初はこいつが兼任してたそうだけど、アルビオンでゲイルノート・ガスパールが『レコン・キスタ』の活動を開始してからは時間がなくて、“スキルニル”にホムンクルスと同じ要領で『魂の鏡』でコピーした魂を付与していたとか。 もっとも、一ヶ月程度しかもたないから、その都度作り直す必要があったんだけど。 「でも、今思えば、あれもあんたの肉体を削っていたのね」 「確かにな、一ヶ月に一度、別人の人生経験をまとめて脳に詰め込んでたようなもんだからな。そうしないと、話を合わせることが出来ないし、相当な負担になってなったんだろうな。自覚はまったく無かったが」 そこで自覚が無いのがおかしいのよ。 「というか、それ以前に自分が一ヶ月しか生きられない“ハインツコピー”に過ぎないって認識しながら普通に活動してたあれがもの凄いわ。まあ、ホムンクルス全員にも言えたけどさ」 普通なら自死衝動に取り付かれるか、オリジナルを殺そうとしたりとかしそうだけど。 「だが、俺のコピーだからな、そんな些細なことを気にするたまじゃない」 オリジナルがこいつなのがポイントよね。何せ、本当に身体が崩壊するまで走り続ける馬鹿なんだから。(享年21歳、死因、自業自得の暴走) 「まあとにかく、あんたは表向きハインツ・アーバレストとして活動しなさいね。顔が一個減るから、これまでよりは大部楽になるでしょ」 「ま、周囲の人から見れば、ハインツの後釜がハインツで、雰囲気も似てるってことになるが、今回は総督の任務だけだから、“悪魔公”と違って中央政府との接点が無い。気にするのは少ないだろう。何せ、中央政府の人間以外は“悪魔公”を噂でしか知らないからな。カルカソンヌ市民は少し違うけど」 そう、そして、最大の仕込みがある。 「けど、あくまで“悪魔公”なのよね。やったことのインパクトが大き過ぎて、彼自身がどういう人間だったかについては全く伝わっていない。教皇と同じ、彼が光の仮面なら、“悪魔公”は闇の仮面、顔が無い悪魔。誰でもが思い描ける理想の悪役、自分達にとって都合が悪いこと、国家の負の側面、そういうものを全部押し付けることができる存在。まさに、悪魔ね」 だから、ガリアにおいて、ハインツ・ギュスター・ヴァランスという存在は、実は知名度が低いとも言える。 ロマリアの民が、ヴィットーリオ・セレヴァレという存在を知らなかったように。 「“無貌の悪魔”ってとこか、トリックスターはそういった側面を持ってるからな、“ロキ”にはちょうどいい。俺の本当の顔、“ハインツ”を知っているのは一部の人間だけで十分さ」 「国家において上位になるほどその割合は多くなるわ。マザリーニ枢機卿や、アルブレヒト三世も知ってる。ガリアにおいては九大卿を筆頭に、重要な役職にいる連中は知ってるし」 だから、その辺は問題にならない。ハルケギニアの中枢が全員知っているんだから、秘密にならない。 「これからはそれが一種のパラメータになりそうだな。大局を見て、“悪魔公”の正体に気づけるような奴は、国家の重責を負うに足る能力を備えている。それを中央政府で口にするものがいたら、北花壇騎士団に察知されて、内務卿に呼ばれるわけだ」 「そして、真相を知らされて国家の重職に就くわけになる。本当に、あの青髭の計画には無駄が一切ないわね。どの部分も余さず利用してるわ」 よくまあ、あんなに悪知恵が働くもんだわ。 「まあ、これまでとそんなに変わらないってとこか。サイトやシャルロットも元気だろ?」 「ええ、今はリュティス全体でお祭りをやってて、その中心にいるわ。“悪魔公打倒記念パーティー”。皆の力を合わせることで、一人の死者も出さなかったその奇蹟を祝ってね。悪魔公を倒したあの二人は、まさにガリアのヒーローとヒロインね。“ガリアの勇者”と“ガリアの姫君”を称える歌が街中に響いてるわ」 ここんとこ、お祭り騒ぎばっかりね。 「当然、必要な物資を用意したのはアラン先輩とエミールだな。あの二人が何よりも得意とするのは宴会の準備だからな。その場合は空海軍の機動力や、陸軍の労働力も動員される。ことお祭りに関してなら、あいつらの右に出るものは存在しない」 空海軍の馬鹿二人と、陸軍の馬鹿二人も手伝った。まさに”類は友を呼ぶ”の象徴みたいな奴らなんだから。 「そろそろ私も戻らないと駄目かしらね。総軍を指揮した初代執政官が、いつまでも抜けているわけにもいかないし」 私が指揮して、シャルロットが“悪魔公”を倒した。 私達が王家を捨てた、何よりの証。 「そうか、流石にその場に“悪魔公”が混ざるわけにもいかないからな。もう少したったら、『転身の指輪』でも着けて俺も行くよ」 「そう、じゃあ、先に行って待ってるわね」 「ああ、そういえば”呪怨”はどうした?」 「アレなら、ウチの親父は回収したわ。後で返してもらえば?」 「いや、アレは何かに使うかもって言ってたからそれでいい」 「そ、ならいいわ」 そして、私は中央広場に戻る。 平民、貴族、先住種族。 かつては分かたれ、差別され、殺し合う関係にあった。 でも、今は平民と貴族の区別も無く、先住種族といがみ合うこともなく、皆一緒に騒いでいる。 これからのガリアと、新しい世界の始まりを祝う祭りを楽しみながら。■■■ side:ハインツ ■■■ 新世界の到来を祝う祭りに向かう前に、俺はとある場所に向かった。 ヴェルサルテイル宮殿のグラン・トロワ。 今はもう全てが焼け落ち、何も残ってはいない。 もう、王家は必要なく、全ての闇は払われたのだから。 そして、そこでその人が待っていた。 『初めまして、ハインツ・ギュスター・ヴァランス公爵、ガリアの暗部を統括し、あらゆる者を抹殺する影の処刑人、闇の公爵よ』 『初めまして、ジョゼフ・ド・ガリア陛下、ガリアの全てを支配し、そして全てを破壊し灰燼に帰す虚無の王よ』 闇の公爵と虚無の王として、初めて邂逅したその場所で。 『あの時と同じだ、お前はこれより俺の忠実な配下となり、俺の為に働け』 『承りました。これより我が身は貴方の杖となり、この世界を破壊することに全てを捧げることを誓います』 『大義、その忠誠ゆめゆめ損なうな』 世界を滅ぼす悪魔が二人、虚無と闇の主従が誕生したその場所で。 「これで終わったな…」 彼はそう切り出した。 「ええ、終わりました。どうしました、やけにしんみりしてますね」 「雰囲気と言うものを考えろ、全くお前と言うやつは、場の空気を読まんな」 そりゃあ俺はいつも自分本位だからなあ。 「性分なもんで、それは貴方も同じでしょう」 そういって、まあそうだな、といって苦笑する陛下。 「それで、お前はどうするのだ、ハインツ」 いつに無く静かな口調で陛下が聞いてきた。いや、もう陛下ではないのか。 彼の質問の意図はなんとなくわかるし、俺の中でその答えは出ているが、あえて俺は聞き返す。 「そうですね、貴方はどうなさるんですか」 「ふむ……」 しばし目を閉じて考えるジョゼフ様。王ではなくなったが、俺はこの人個人に対しての敬意を込めて”様”をつける。 「ハインツ、コレは以前にも言ったことだが、俺とお前は個々人としてだと、世界に悪影響しかもたらさん、言ってみれば害獣のようなものだ」 俺とジョゼフ様は”負”の性質、すなわち世界の秩序を乱す者。それも強大な。 「俺は周囲を自らの虚無に引きずり込み、お前は周囲のものを巻き込んで破滅させる、そういうものだ。互いが出会う前には、俺は近しい者がシャルルしかいなかったし、お前は周りの近しい者が幾人か死んでいただろう」 確かに、父、母、ドル爺、彼らは関係上と精神上の違いはあるが、最も俺に近い者たちだった。 「最も、その頃は互いに己の本質に気づいていなかったから、周囲の影響もまだ軽いものだったといえるか」 カーセ、ダイオン、アンリ、それに『影の騎士団』までは影響が出なかった。 俺と彼が互いの本質に気づいたのは、おそらくあの頃。俺はジョルジー男爵邸の地下で、彼は王座に就いたときに、自分が究極の異常性を持つものだと自覚した。 闇と虚無、それを何の抵抗も感慨も無く受け入れた、という異常性を。 「だが、そんな2人が交じり合うことによって、結果として世界に良い成果をもたらすことができた」 「あくまで、俺たちの主観で、ですがね」 俺は茶化すように言う。 「まあ、それでも最大公約数的にはそう変わるまい」 そう返すジョゼフ様、異世界の数学理論を混ぜるあたりは、彼の洒落っ気だろう。 「そうですね、そうだといいです」 「ああ、だがそれも終わった。共通の目的が果たされた以上、俺とお前が交わる必要は無い。なかなかに長かったお前との縁もここで切れる」 そういって微笑むジョゼフ様。彼のこういう表情は初めてだ。 「だから、俺はこの先ミューズと歩んでいこうと思うのだ」 彼の考えは良く分かる、しかし俺は再びあえて聞き返す。 「今までも、シェフィールドさんとは一緒にいたのではありませんか?」 「主従として、な。あくまで上下関係だ、それでは交じり合うとはいえん。だが、これからは対等だ、夫婦とはそういうものだろう?」 穏やかな瞳と穏やかな表情。それはいつか見たオルレアン公に良く似ていた。ああ、やはり2人は兄弟だったのだと、深く感じた。 シェフィールドは彼の全てを受け入れる。彼女といれば、彼は無害。これは以前彼が俺に話したことだ、マイナスにゼロを掛ければゼロになると。 「だから聞くのだ、お前はどうするのか、と。お前には俺にとってのミューズはいない」 そう問う彼も、俺の答えはきっと分かっている。しかし俺の口から聞いておきたいのだろう。なにせ… 「常に走り続けていないと壊れてしまう、という異常極まりない男だ。お前はこれからどこに向かって走る気なのだ?」 彼の言うとおり、俺は常に立ち止まっていられない男だった。ドル爺が殺されて、復讐を果たすまでの間はその歩調を緩めていた。その間の俺は今思い起こすと、とても危うい存在に思える。暴走気味だった、といってもいい。 けれど、今は前のように掻きたてられる様な感覚は無い。完全に無くなったわけではないが薄まった。体が変わったからか、それとも一度壊れるまで走り抜けたからだろうか。今の俺と以前の俺とでは、本質的にどこか違っている。 俺の最大に異常性、常人の数倍の自滅因子(アポトーシス)、自らが壊れるまで走り続けるその生き方。それが変わった。 そういった意味でいうなら、ハインツ・ギュスター・ヴァランスという男は、確かに死んだのだ。 だから今の俺なら。 「常に全力で走る気はありませんよ。俺はこれからイザベラと一緒に歩いていくつもりです。時には走りますけどね。というか、属性云々の問題はどうあれ、壊すだけ壊したから後は知らん、っていうのは、俺の流儀に反します。イザベラはこれからガリアを支える柱になるんですから、俺はあいつを公私共に支えてやれる柱になるつもりです」 やりっぱなしで放置なんていうのは、問題外だ。俺が持ちうる全能力を以って、イザベラを支えたい。あいつは、俺にとって一番大事な存在なのだから。 ……こうした感情も前の身体のときは薄かったような気がする。 そう言うと、彼はフッっと笑う。 「そうか、まあそうだな。今の欠けたお前ならば、手綱を取ることが出来るだろう。何しろ、あいつは俺の娘だからな。それに、今のお前に以前の狂躁感は感じられん」 その口調はあくまで穏やか、しかし少し自慢げな響きがある。そういえば、彼がイザベラを褒めたのは初めてかもしれない。 すると、彼の顔が人の悪い笑みになる。 「しかし、自分の流儀に反する、か。そういうところは変わらんな。やりたいことをやり、その後始末に走り回るのがお前という奴だったか」 ひょっとすると、彼が俺に過労死寸前まで、働かせていたのは、狂躁する俺を抑えていてくれていたのだろうか。けど、1割くらいの理由だなきっと、残りの9割は純粋に楽しんでいたに違いない。まあ、なにはともあれ。 「ええ、それが俺のやり方です。こればっかりは変わりませんよ。俺の答えは分かっていたのでしょう? やはりあいつが気がかりでしたか」 彼があえて俺に言わせたのはそれが理由だろう。 「まあな、無責任の塊のような俺でも、娘が片付くまでは離れるわけにはいかんさ」 何て言って苦笑する彼。冗談めいていった言葉だが、本心と異なるわけではないだろう。 「娘を頼んだ」 「はい、お任せください」 そうして、穏やかな沈黙が流れた。 ややあって。 「俺とお前はこの先また出会うことはあるかも知れんが、その道が合わさることは無い」 「ええ、ではこれでお別れですね」 「そうだな、明確な別離の形は示しておこう」 「はい、さようなら、ジョゼフ様」 「ああ、さらばだ、ハインツ」 そうして、闇の公爵と虚無の王として道を交えた二人は、 ただのハインツとジョゼフという、互いに一人の人間として別れを告げた。-------------------------------------------------------------------------------------------あとがきこれにて、ハルケギニアの舞台劇は完結となります。これまで読んでくださった方々、感想をくださった方々に深く御礼を申しあげます。この後、登場人物のその後を箇条書きでまとめたエピローグや、小ネタを投稿する予定となっています。しかし、これまで突っ走ってきた反動で、大学のレポートやテストが大分忙しくなっており、最悪単位を落としかねないので、しばらくは学業に専念する必要がありそうです。ハインツを主人公とする本編は終了ですが、語られなかった部分や、原作の1~4巻にあたる部分のサイト視点などの話を、いつになるかはわかりませんが、書こうかとも思っております。(半年以上は先になりそうですが)とりあえず、ここで一区切りはついたので、これからはのんびりと書いていこうと思います。私の処女作であり、文章としては未熟な部分が多すぎた作品ではありますが、これまで読んでくださった方々に、もう一度御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。