ガリア、トリステイン、アルビオン、ゲルマニア。 ロマリアがガリアに併呑されたことにより、国際関係は大きく変動したが、それぞれの国との間に条約が結び直され、以前とほぼ変わらぬ体制が維持された。 しかし、トリステインとアルビオン連合し、一つの王国となることは既に宣言され、さらに、アルビオンのウェールズ王と、トリステイン女王アンリエッタの間に子供が出来ていることも広まっている。 ハルケギニアに存在する国家は3つとなり、互いに友好関係を維持しながら発展していくこととなる。第十六話 王家の終焉■■■ side:ハインツ ■■■ ガリア王国王都リュティス。 人口30万人を誇るガリア最大の都市であると同時に、ハルケギニア最大の都市。 今ここに、しかし、今ここに200万近い民が集結している。(リュティス市民含む) リュティスの東西南北には、首都に人口が集中することをさけるための4つの衛星都市、西の交易都市ネンシー、東の農業都市アヌシー、北の建築都市レンヌ、南の工業都市アラスが存在している。 さらに、それらとの間にもいくつもの街が存在しており、ガリア各地や外国からも集まった人々は、リュティス周辺に宿を取り(中には集団で野宿する者もいるが)、リュティスの祭りに参加している。 元々はロマリアとの戦争が終了したことを祝う、終戦記念の式典が開かれるという告知が1月半前にされたのだが、その間に国際関係が大きく変化したため。その題目は大きく変更された。 すなわち、終戦記念と友好条約締結記念が混ぜられ、さらにトリステイン・アルビオン連合王国が出来ることでハルケギニアは新たな体制となる。その新時代の到来を祝う式典のような側面も持つこととなった。 早い話が、色々混ざってよくわからず、とりあえず平和を祝おう、という感じになっている。 結果、たくさんの人達が集まり、騒ぎまくっているのである。 これまでのハルケギニアは、『レコン・キスタ』による反乱に始まり、アルビオン王家の消滅、神聖アルビオン共和国の樹立という出来事があり。 トリステイン・ゲルマニアの軍事同盟、さらに、神聖アルビオン共和国との不可侵条約の締結。そして、それを破っての開戦。 トリステイン・アルビオン・ゲルマニアの3国による“アルビオン戦役”の勃発、これは8か月にも及ぶ長期戦となる。 降臨祭近くに、トリステイン・ゲルマニア連合軍によるアルビオン侵攻、その失敗と、ガリアの参戦。神聖アルビオン共和国の崩壊、そして、アルビオン王家の王政復古。 これにより、トリステイン、アルビオン、ゲルマニア、ロマリア、ガリアによる5カ国同盟、すなわち王権同盟が結ばれたものの。ロマリアが発動した“聖戦”によって、その平和は破られる。 しかし、ロマリアの“聖軍”は全滅。宗教庁はその権威と戦力を失い、ロマリア連合皇国は解体。各都市は次々にガリアに併呑され、ついにロマリアは完全に滅んだ。 そのため、この聖戦は“最後の聖戦”と呼ばれることとなる。 その後、ゲルマニアのガリア侵攻と、国境における王と皇帝の対峙を経て、ガリアとゲルマニアの間に友好条約が結ばれる。 さらに、トリステイン、アルビオンとも友好条約は結ばれ。トリステインからはその証として、ロマリアの民を救うために活動した。“蒼翼勇者隊”と“水精霊騎士隊”がガリアに派遣される。 派遣というよりは、ガリアに贈られたといった表現の方が正しい。 そして、トリステイン・アルビオン連合王国が宣言され、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世、ガリア王ジョゼフは共にそれに同意し、祝いの言葉を贈った。 こうして、ハルケギニアには平和が到来し、これは、その平和を祝う式典、というか祭りとなっているわけだ。 そのため、出席しているのは人間だけでなく、“知恵持つ種族の大同盟”の方々も参加し、“エンリス”からも大使としてエルネスタさんが来ている。 「そういえば、テファと会ったんだったか」 エルネスタさんは、テファのお母さん師匠に当たる方だそうで、テファの母さんが昔どんな人だったかを知る人だ。 「これからは、テファが“大同盟”の中心になっていくだろうな」 テファの慈愛はどこまでも深い。 彼女が中心になれば、東方にいるという、さらに多くの“知恵持つ種族”とも同盟を結べるだろう。 「しかし、ふと思うと、虚無の担い手は完全に二極化したなあ」 陛下、ルイズの闇組。 テファ、リオ君の光組。 「片や、慈愛に満ち、人を愛し、他人のために尽くせる素晴らしい人達」 テファとリオ君なら、世界をいい方向に導いていけるだろう。 「片や、自らの欲望と快楽の為に“虚無”の力を使い、そのためなら何でもやり、他人に尽くさせこき使う最悪の人達」 陛下は『ゲート』で人を馬車馬の如く働かせるし、『加速』で俺をおもちゃにするし、ルイズは『幻影』でめぼしい女の子を捕食しているとか。 うん、まさに光と闇。 特に後者は、この世にいない方がいいかもしれないなあ。 「だが、その後者二名によって古き世界は崩された。そして、新しい世界の人々の心の支えになるのは前者の二人だろう」 よくバランスがとれている。適材適所というやつか。 「そして、世界を壊したことで、陛下の役割は終了した。後は最後の大仕事のみ」 陛下はあれで46歳。 ルイズ、テファ、リオ君に比べれば、一つ世代が前なのだ。 「それを言うならアルブレヒト三世や、マザリーニ枢機卿も同じだけど、ガリアは既に王がいなくても機能する」 そういう風に陛下が立案し、作って来たのだから。 実際に作ったのはイザベラや九大卿だが、それらの総指揮、さらに、制度の作成にあたったのは陛下だった。 しかもそれを、“ラグナロク”と並行しながら行ったわけだ。 「本当に、6000年に一度の逸材だ。陛下みたいな人間が生まれるのは、また、世界の在り方が変わるときくらいだろう」 6000年前、始祖ブリミルが生まれたことで、“ハルケギニア世界”は誕生した。 それまで先住種族がとびとびに住んでいたそこに、人間の社会が出来あがった。 そして今、始祖を神格化し、先住種族を排斥してきた宗教庁は消滅し、新しい世界となった。 ブリミル教の最大の問題点は、基となる教えが存在しなかったことにある。 地球の宗教なら開祖の教えを基に、時代を経て、人々考え方や暮らしに合うように変化して来たのだろうが(専門家じゃないから自信はないが)、ブリミル教には基がなかった。 聖典にあたる“始祖の祈祷書”の原本が白紙というとんでもない代物なのだから、利用し放題、内容が異なる祈祷書だけで図書館を作れるくらいだったからな。農村レベルでは、日々の暮らしの中での、儀礼的な部分に利用する程度の認識でしかなかった。現在の大半の日本人にとっての仏教や神道か、中国の儒教か、もしくはヒンドゥー教に近い性質をもっていたようだ。専門じゃないが、たぶんどれかがあてはまるはずだ。しかし、都市部や、貴族の認識では、宗教の最悪の部分だけを抽出した存在となっていた。 自分達に逆らう者は“異端”、異なる者は“異端”、だから排除する。そのためには何をやっても神は許す。自分たちこそが正しい、貴族や神官に逆らう者は悉く死ねばいい。まさに、人間の負の部分の具現のような存在だ。 故に、平民にとっての“ブリミル教”と、貴族、神官にとっての“ブリミル教”は似て非なるものどころか、完全に別物といえた。しかし、その認識は薄かったようだ。ま、貴族が平民を虐げた結果、平民はより弱いものを虐げ、村社会における異端の迫害に使用されたりもしたからな。“貴族のブリミル教”はそういう形で平民に染み込んでいったわけだ。 “貴族のブリミル教”は逆らう者を抹殺し、平民を虐げ、搾取する根幹であり。“平民のブリミル教”はあくまで暮らしの中での儀礼的な部分の指標だったのだから。 要は、両者にとって、“自分達の為の宗教”だったわけで、“自分達の在り方を肯定する為の理由”とも言える。必然、社会で上位に位置する者達が、下位の者達に自分達の価値観を押し付けることとなってきた。 ブリミル教は周囲に害悪しか与えない、存在そのものが終わってる宗教であり。同時に、平民が暮らす上では、特に問題がない宗教でもある。 故に、根を絶つ必要がある。汚染源を取り除けば、治療は可能になる。 だからこそ、ロマリア宗教庁と腐った封建貴族をまとめて片付ける必要があった。それさえ済めば、最も政教分離がやりやすい宗教になり、人々のために存在する無害なものに出来る。一般の平民が暮らす上で、先住種族を異端として排除する必要など、どこにもないのだ。それを嫌ったのは、“系統魔法”という奇蹟とは異なる“先住魔法”によって、自分達の優位性が奪われることを恐れた者達なのだから。 “衣食満ちれば、礼節を知る”だったかな? 自分達の生活に不安がなく、ゆとりがあれば、村社会というのも結構おおらかで、よそ者でも歓迎するものだ。 逆に、ゆとりがないと、僅かな問題でも致命傷になりかねないので、問題を起こしそうな奴は徹底的に排除することになる。 だから、腐った貴族や神官の排除と同時に、平民の生活水準の底上げも同時に行ってきた。 ま、色々な部分で矛盾や軋轢は出るだろうが、価値観を変える以上、そこは避けられない。ティファニアやリオ君の活躍に期待したいところである。 そして、ガリアという国がその方向に進む以上、貴族の権威を支えてきた王家も、その役割から解放される。 今のガリアの平民にとっては、別に存在しても問題ないのだろうが、いいかげんこっちは疲れるのだ、そろそろ解放してほしい。 かといって、これまで散々搾取して、6000年も支配しておきながら、いきなり放り出すのは無責任の極み。だから、王家が無くとも、民がそのまま生活していけるように、王家の代わりに神官や封建貴族が台頭して支配しないように、ここまで体制を整えてきた。 ま、要は自分達にかけられた、ガリア王家という6000年の呪縛から解放されるために、ここまでやってきたのだ。 俺達にだって、自由に生きる権利があってもいいだろう。 要は選択すること、自由を代償に、王族として優雅で豪華な生活をするか。自由を得る代わりに、一個人として生きるか。 政争(シャルル)、簒奪(ジョゼフ)、憎しみ(イザベラ)、身内殺し(ハインツ)、そして復讐(シャルロット)。 それを義務付けられた、宿業の家だった。 「いよいよその最後の仕上げ、ガリア王家が滅ぶ時がきた」 宿業の血は、その呪いから解放される。 「さあ、茶番劇(バーレスク)の始まりだ」■■■ side:マルグリット ■■■ 私は今、リュティスにいる。 というのもハインツから、『式典といっても、それまでにまずはお祭り騒ぎがあります。一週間に及ぶ祭りの最後に、陛下の演説と、重大発表があるわけですから、それまでに子供達に思いっきり遊ばせてやって欲しいんです。せっかくの大宴会ですからね』ということで、皆でリュティスまでやってきた。 確かに、リュティスはお祭り騒ぎで、子供達もおおはしゃぎだったわ。 あちこちに様々な露店が立ち並び、ガリア中から行商人が集まり、さらにはゲルマニア、アルビオン、トリステインからも多くの人々がやってきている。 リオ君とアルド君が見てくれていなかったら、何人かは間違いなく、迷子になっていたでしょうね。 アルド君がたくさんの小鳥を子供達と一緒に行動させてくれていたから、一人もはぐれることがなかったけど。 そして、先住種族の方々もたくさんいて、私を治療してくださったエルフの方も祭りに参加していた。 私が礼を述べると、『いえ、それには及びません。我はハインツとの約束を守っただけですので』という答えが返ってきたわね。 エルフの方々も色んな出し物を企画していて、風の力を利用した空中遊泳体験だとか、水の力を使って作った巨大プールだのがあったかしら。 それには水中人の方々も協力なさっていたみたいだし、翼人やリザードマン、その他の種族もそれぞれの特性を生かした出し物を考えてきたみたいだったわ。 特に、巨人族の肩に乗って歩き回る、“巨人体験”に子供達は夢中だったわね。 「本当に、皆が笑い合える平和な国になりました」 夫が夢見た、平和なガリアがそこにはあった。 そして今、その大宴会もたけなわとなり、王の演説を残すのみ。 子供達はティファニアさんとマチルダさんに預け、私は今、王族の特別観覧席にいる。 今は私もシャルロットも、ここにいることが許されている。もっとも、あと数時間で意味がないものになるけれど。 シャルロットはサイト君と一緒に、“蒼翼勇者隊”の皆さんと共にこの式典に参加しているから、ここにはいない。 だから、ここにいるのは私とハインツだけとなる。イザベラは宰相としての場所にいるから。 「だけど、貴方はここにいていいのかしら?」 「大丈夫ですよ、俺の公式的な立場はヴァランス領総督、宮廷監督官、陛下の近衛騎士団団長、その他多数、そんな感じですから。どこにいればいいのか誰も分からないんです。ですから、どこにもいなくても大丈夫です」 「だから、王族としてここにいるのね」 「ええ、貴女もそうでしょう? この式典だけは、王族として参加する必要があった。未来に生きるイザベラと、シャルロットには必要ありませんが」 流石ね、人の心情を察知することに優れているわ。 「ええ、これだけは、果たさねばなりません」 特に意味があるわけでもないけど、それでも、ここにいなければならないでしょう。 「ですね。ガリア王家が消滅するこの日だからこそ。オルレアン公は、どう思っているでしょうか」 「あの人なら、きっと微笑んでいるでしょう。だって、民が笑顔でいるんですから」 あの人はそういう人だった。民の笑顔を見ることが何よりも好きで、いつも民のことを考えていた。そして、同じくらい、私とシャルロットを愛してくれた。 「彼の犠牲は、決して無駄にはしません。その思いが一番強かったのは陛下でしょう」 「ええ、そうでしょう。ジョゼフ殿はそういう方です」 責任感が強い方だった。 そして、誰よりも夫のことを理解していた。おそらく、妻の私よりも。 私には、彼らの会話の内容が分からないことが多かった。両者共に卓越した知性と才能を持つが故に、対等に話せるものに会えること自体が珍しかったのでしょう。 特に、陛下はその傾向が強かったはず、陛下を理解できるのは夫しかいなかった。 だけど、魔法以外のどの面でも、陛下は夫の上をいかれた。そしてそのことに陛下自身が気付いていなかった。 それが、最大の悲劇だったのでしょう。 「王家の宿業は、ここで終わります。俺達で終わらせます。もう、イザベラやシャルロットが、身内で争うことはありません」 「はい、それだけで十分です」 たったそれだけのことが、6000年もかけないと実現できなかったなんて。 本当に、宿業の家だったのですね。 『よくぞ集まってくれた。この平和を祝う式典にこれほど多くの民が参加してくれたことを、心から嬉しく思う』 そして、陛下の演説が始まった。■■■ side:ハインツ ■■■ 陛下の演説は、静かで、流れるように続いた。 平和のために存在した犠牲、だからこそ、平和は尊いものであるということ。 この“聖戦”から始まる戦争がなぜ起こったか、宗教というものが権力と融合した時、何をもたらすか。 他者を排斥し、聞く耳を持たず、自分の価値観を他人に押し付け続けることが、以下に危険であるか。 だが同時に、人は話し合うことが出来る。だからこそ、“知恵持つ種族の大同盟”の方々がガリアの民を狂信者から救うために協力してくれたこと。 皆で話し合い、理解し合い、協力し合えば、世界をよりよくできること。 その“世界”というのは、何もこのハルケギニアやより広大な世界を指すのではない。 自分の生活、自分の家族、親しい友人、隣の家に住む人達。そういったものが“世界”であり、それが繋がることで、村、街、都市、国家、世界が出来あがっているということ。 陛下の演説は素晴らしかった。 これまで学問に触れたことがない者でも、家族や友人、隣人はいる。その例えなら、誰でも理解できるだろう。 それを、誰もが理解できるように、その演説にはあらゆる工夫がされていた。 陛下が地球の思想書や、精神理論、統合無意識や、大衆心理など、そういった本を収集し、全てをその頭脳に収めたのは、この日のための布石だったのだろう。 俺以上に、陛下はこれまでずっと活動を続けてきた。 虚無研究、ルーン開発は全てが陛下の管轄。“魔銃”やヨルムンガント、“着地”や“迷彩”なども、構想を練ったのは陛下だった。 同時に、九大卿を頂点とする中央省庁の編成、新たな国家制度の確立。ロマリア宗教庁が崩壊した後のガリアにおけるブリミル教をどのように扱うか、トリステインやアルビオンの宗教庁とどのような関係を築くか、“平民のブリミル教”を、政教分離をしつつ、人々の生活の指標となるようにすること。そのための政策。 トリステイン・アルビオン連合王国への対応、アルビオンの飛び地をどのように返還するか、ゲルマニアとの今後の関係、“ネフテス”、“エンリス”との交流、そして、“聖地”を今後どうするか。 具体的には、人間とエルフだけだと揉め事になりそうなので、ここはあえて他の11種族に管理をお願いする。 そして、6000年の歴史を持つ観光名所として、いつでもハルケギニア人も、エルフも、東方人も訪れることが出来るようにする。『シャイターンの門』なる危険区域には、先住種族の方々が協力して、亜硫酸ガスなどが吹き出るようにして、近づく者が出ないようにする。 これからは、行きたい者はいつでも“聖地巡礼”に行けるようになるし、純粋に異国情緒を楽しむ観光ツアーとしても十分機能するし、さらには“エンリス”や東方との交易の中継地としても活用できる。 色んな種族が協力すれば、戦争などせずとも、いくらでも平和的な落とし処は見つかるものだ。 そういった新世界の構想を練ったのも全て陛下であり、そのために既にイザークが活動している。 オルレアン公が亡くなってから、陛下はずっとこの国の為に働いてきた。まるで、彼の分も担うかのように。 それをずっと支えてきたのはシェフィールドさんだ。そして、その手足となってきたのが俺なわけだが。 “知恵持つ種族の大同盟”も、立ち上げたのは俺だが、それを考え、実行させたのは陛下。何か問題が起こった際、対応策を既に練ってあったのも陛下だった。 他のどんな事でも、俺はあくまで実行者であり、演出家に過ぎなかった。脚本家は常に陛下だったのだ。 まったく、あの人はどこまで凄いんだろう。 そして、流れるように続いた演説も、いよいよ終わりを迎える。 『今のガリアはそういった新しい国家を目指す。故に、もう王家は必要ない。これからは、民が選んだ指導者が国を導いていく、そして、貴族ではなく、国家に仕える者達がそれを支えていく。まあ、要は現在と変わらんということだ』 最後の一言は重い。 今のガリアは王がいなくとも機能出来る。貴族は既になく、法衣貴族は最近では“お役人さん”や“軍人さん”、もしくは保安官などとしか呼ばれていない。 司法特権を持たない彼らは、自分の仕事に関する部分以外では、平民と同じ権利しか持っていないからだ。 だから、王家がなくなっても、平民にとっては何も変わらない。意識は変わっても、実生活に影響が出なければ問題はない。 日本でも、総理大臣が死んだり、天皇が崩御したりすることよりも、消費税の引き上げの方が一般国民にとっては余程大問題だろう。 というより、日本ですら、今の首相の名前を知らない者はいるのだ。いくらでも知れる機会があるにもかかわらず、民主国家であるにもかかわらず。 だから、そういった考えがまだ浸透していないハルケギニアならば尚更だ、才人には違和感があるかもしれないが、そんなものなのだ。 『トリステイン・アルビオン連合王国は世襲によって指導者が定まる王制国家。ゲルマニアはその時代における最も有力な貴族が次の皇帝となる、実力主義の帝政国家。そして、ガリアは民が自分達の手で指導者を選出する共和制国家となる。もっとも、それが実際に機能し始めるのは後30年近くは先になろう。焦ることはない、少しずつ変わっていけばいい』 まずはそんな感じだ。少しずつだ。 『異なる制度の国家でも、共に繁栄することは出来る。なぜならば、異なる種族とでも協力出来るのだから。そして、世界は多様であるからこそ意味がある。そこには未知なるものが溢れ、様々な交流がある』 人は分かり合える。それを示したのはティファニアだったか。 『故に、ここに宣言する。本日をもって王制は廃止し、ガリアは共和制国家となる。ガリア王家は、ここに6000年間の歴史を終えることとなる。始祖ブリミルが願ったことは、民の安全と繁栄である。そのために自らの血を王家として残した。だが、今のガリア王家は、その役目を終えたのだ』 そう、役目は終わった。民が安全に暮らせる機構が出来るのであれば、もう、王族が国に縛られる必要はない。 『しかし、いきなり全てが変わったのでは、諸君らにも不安が残ろう。我々とて、民を見捨てるわけではない。故に、共和制の最初の指導者、すなわち執政官だけは俺が選ぶ。イザベラだ。今も宰相を務める我が娘を。次代の指導者となす』 そして、王に最も近い席に座っていたイザベラが立ち上がり、王に向かって歩を進める。 『これからは、己の権威を示すための王冠は必要ない。民を守る力、民を導く指標として、杖を持ちて統治せよ』 そう言いながら、陛下は王冠を取り。杖をイザベラに投げ渡す。 イザベラは杖を受け取り、高く掲げる。 系統魔法が使えないイザベラが、杖をもって統治する。それこそが、次代のガリアを象徴する。 ここに、指導者の交代は果たされた。 『王として、最後に全ての民に命ずる。執政官を頂点とした共和制国家を実現し、幸せに暮らすのだ。もう、ガリアに王は必要ない』 そして、陛下は腰に下げた剣でもって、王冠を真っ二つに切り裂いた。 王が、王冠を捨てるのではなく、破壊した。 ここに、ガリア王家は、終焉を迎えたのであった。■■■ side:シャルロット ■■■ 式典は終わり、リュティスは祭りの後の静けさに満ちている。 私は今、グラン・トロワに居る。 その理由はあの人に会うため。あの人に会って話をしなければ、私は前に進めない。これは私にとって必要不可欠な儀式。 一年前の私なら、きっと杖を握り絞め、殺意を抱きながら、あの人の姿を探したに違いない。 でも、今の私は違う。あの人がどういう思いで、どういう考えで、今まで生きてきたかを、全部じゃないけど知ることができた。 だから私の心は静かなままで、あの人の許へ行く事ができている。 そして、私の足はあの人が居る場所へと、たどり着いた。 そこはグラン・トロワの西側にある庭園だった。 この西側の庭園は、他の庭園と異なり、美しい花や噴水といったものは無い。ここは芝草がほとんどで、ところどころに木々が生えている、草原のような場所。この場所は、王族や貴族が、王宮内で屋外の遊戯――乗馬や魔法の模擬戦――をするための場所で、子供の、特に遊び盛りの少年たちの遊び場でもあった場所。 だから、今から数十年前の日々に、ここで青い髪の少年が2人、とても仲良く遊んでいることもあった。 自分たちの未来のことなど考えず、ただ無邪気に遊ぶ少年たち。いや兄弟。兄は弟を気遣いながらも引っ張りまわし、弟は一生懸命兄についていこうとする。兄弟は互いのことが誰よりも好きだった。 この庭園に入った瞬間、私はそんな幻を見た。 その人はそこにいた。 彼はただ黙って芝草に立ち、庭園を眺めていた。その姿は神に贔屓されたように美しい。けれどこの人はその神を滅ぼした人。だけど、その姿は凪のように穏やか。 今見た幻は、この人が、今心に想っていることかもしれない。馬鹿な考えかもしれないけど、私にはそう思えた。 私はその人に近づいていく、彼も私に気づいた―いや、初めから気づいていただろう―ようにこっちを向いた。 その人の顔はやはり穏やかだった。 「来たか、シャルロット。来ると思っていた」 声も穏やか。私がここにこの人が居るのがわかっていたように、この人も私がここに来ることがわかっていた。 でも少し違う。この人がここに居ることがわかっていたのは私じゃない。別の誰かが私をここに連れてきた。それはきっと… 「シャルルが… お前をここに、連れてきてくれたのだろうな」 きっとそう。父様に導かれて私はここに来た。 そして私は口を開く、以前の私なら、やはりすぐさま魔法を放っていたことだろう。でも今は違う。そんな真似はできないし、したくない。 「貴方に、言っておきたい事がある」 「聞こう」 私は、少し息を吸って吐き出す。心の中は平静、大丈夫、ちゃんと言える。 「私は、貴方のことを憎んでいた。父様を殺したこと、母様の心を狂わせたこと、そして何より父様を裏切ったことで」 最後にひとつは、私自身もすぐには気づかなかった。でも、ハインツとイザベラ姉さまと接しているうちに、その憎しみの理由に気づいた。 「裏切る、か」 彼の声に少しだけ疑問の響きが混ざる。きっと、わかってはいるけど確信はできないのだろう。 「そう、父様はよく私に『僕の兄さん、つまりシャルロットの伯父さんは、とってもすごい人なんだよ』、『兄さんならきっといい王になれる』、『僕は兄さんの横で支えていきたい』と言っていたから。私は貴方が、そんな父様の想いを裏切ったことが、父様の心がまるで通じてなかったことに怒りを覚えた」 今思えば、あれは私じゃなくて、父様が自身に言い聞かせた言葉なんだ、ということがわかる。 父様を支持していた貴族が、この人の悪口を言うたびに、いつもそれを窘め。時には厳しく注意していた。それもすべて、父様自身への訓戒だった。 「でも、違った。裏切ったのは父様のほうだった」 この人を廃嫡にし、王になろうとしてしまった。 「そうだな、あいつもまた闇に心を囚われた。純粋なあいつはなおさら深く呑まれたのだろう。だがそれだけではない。あいつの立場では、そうとしかなれなかったのだ」 確かにそう。あのときの私は、箱庭の中の幸福に浸かっていたから、外界のことは知らなかった。当然、父様の苦悩も知らなかった。でも今はわかる。 父様は、自分を支持している人たちを見捨てることができなかった、自分の欲と権力のために動いてた大貴族たちではなく、純粋に父様の人柄を慕ってきている人たちを。その人たちへの責任と、子供のころからの“兄に勝ちたい”という思いが合わさり、ただ一度の、そして最大の過ちを犯してしまった。 だから、二人は王族じゃなければ、そして“魔法絶対”なんて価値観が無ければ、兄が先頭に立ち、弟が後ろで支える、互いが足りない部分を補い合うという、理想的な形で国家を盛り立てることができたのに。 なんて残酷な運命。互いは誰よりも深く愛しているのに、周囲と立場がそれを阻む。神なんてものがいたら、そいつの性格は最悪だ、許せない。だからこの人は滅ぼしたのだけど。 「私は貴方を赦します。父様を失って、私は心を閉ざしたけれど、貴方は失ってしまったのだから」 今の私はこの人を憎むことはできない。母様も治ったこともあるし、そのためにもっとも尽力したのは、実はこの人だったから、ハインツがそう教えてくれた。 失ったこの人の心を戻したのはハインツ。闇に呑まれて虚無に陥ったこの人を、闇の極光で虚無の底から弾き出す、みたいな方法だったけど。 私に言葉に、彼は少しだけ驚いたような表情をした。 「あいつから聞いたのか」 “あいつ”とはきっとハインツ。いつも色々教えてくれたのはハインツだけど、今回は違う。 「いいえ、私たちのリーダーのルイズから。ルイズはイザベラ姉さまから」 「イザベラか、なるほどな」 彼はフッ、っと笑った。 「閉じていた私の心を開いてくれたのはハインツ。有無を言わさず強引に、だったけど。そして、その心を暖めてくれたのはイザベラ姉さま」 いつも二人に守られてた。でも、そうするように見守ってたのはこの人。 「ハインツは、そばに居ようとしても、いつの間にかいなくなってるような人だから、支えることができないと思う。だから、私はこれからイザベラ姉さまを支えていきたい。いままで、ずっと支えられてきたから」 それが私の望む、これからの自分の生き方。それをこの人に告げなければいけないと思う。■■■ side:ジョゼフ ■■■ 「私はこれからイザベラ姉さまを支えていきたい」 シャルロットのその言葉を聴いた瞬間、自分の中にひとつの情景が浮かんだ。 過ぎた日の中で交わした幼い誓い。けれどそれは絶対だったもの。何者にも譲れなかった想い。 場所はやはりこの場所、青い空の下、緑の芝草が風にふかれている中で、2人の子供が遊んでいる。 自分と弟。まだ10を越えたばかりのころ。あのころは、自分たちの未来は明るいものだと理由も無く信じていれた。 『ねえ、兄さん。兄さんが父さんの後を継いで、王様になったらさ。僕に兄さんの手伝いをさせてね』 『何言ってるんだシャルル。俺は魔法が使えないんだぞ、王になれるわけ無いだろ』 『そんなことないよ! 兄さんはとっても頭が良いじゃないか。それに、父さんだって”王たるもの、魔法だけが優れていては駄目だ。あらゆる…”え~と」 『”あらゆる分野において長じていなければならない”、だろ』 『そう、それ。だからさ、兄さんが魔法ができないなら僕がいるよ、2人がそろってれば問題なし、でしょ?』 『そうだな、お前がいてくれれば心強い。そうか、それなら俺も王になれるか』 『うんうん、それに、兄さん飽きっぽいところあるから、そういうところも僕がしっかりしないとね』 『おいおい、さっき褒めたばかりなのに、もう貶すのか』 『違うよ、事実さ。兄さんのことは僕が一番知ってるからね』 『お前には敵わんな。だが、ガリアは簒奪の国で、兄弟は争うもの、なんて言われてるが、そんなものは俺たちでひっくり返してやろう』 『もちろんさ、僕と兄さんで出来ないことなんか無いよ』 『ああ、俺たちでガリアを良くしていこう。きっと出来る。俺と、お前、2人で作る新しいガリアだ』 『きっと世界一の国にできるよ。だから頑張ろう、いつまでも、2人、一緒に……』 シャルル……見てるか、俺たちが取り落としてしまった夢を、今、俺たちの子供が果たそうとしてくれている。 なあ、シャルル。俺は今幸福だ。お前と遊んだあの頃と同じくらいにな。もう二度とこれほどの充足感を味わうことは無い、と思っていたんだが。 今の俺を見てお前はどう思う? 祝福してくれるか? それとも『自分ばっかり』と文句を言うか? いや、シャルロットを連れて来てくれたのだから、お前も喜んでいるのか。 だがこればかりは、本人に聞かないとわからんからなぁ。 なあ… どうなんだ… シャルル……■■■ side:シャルロット ■■■ 私の言葉に、彼は少しの間、目を閉じて黙っていた。きっと父様との想い出を浮かべているのだと思う。理由は無いけどそう感じる。 そして、目を開けて彼は言う。変わらず、穏やかな声のままで。 「そうか、そうしてやってくれ。イザベラはしっかりしてるが、何でも背負い込もうとするからな、そのいくつかを持ってやってくれ」 きっとハインツが姉さまの支えになってくれるだろうけど。私も姉さまを支えたい。これは私がしたいから。私の意志。 だから、胸を張って言おう。この言葉を言うのは、少し勇気が要るけど大丈夫。今のこの人は父様と同じ雰囲気がするから。 「はい、任せてください、伯父様」 言った。言い切った。言ってからすこし、いやかなり緊張してきた。 伯父様は、私の緊張よりも、はるかに大きな衝撃があったようで、かなり驚いている。この人でも読みきれないことはあったよう。 そして、優しく笑い私に言う。この笑顔は父様と同じだ…… 「伯父、か。そう呼んでくれるか」 「はい、父様の兄様だもの」 「たしかにそうだな」 伯父様はククっと笑い、そして真剣な表情になって言う。 「シャルロット。俺はガリアの王として、お前に謝罪は出来なかった。してはいけなかった」 それはわかる、今ならわかる。父様を殺したことを“過ち”として認めれば、ガリアは不安定になり、きっと内乱が起こる。ちょうどアルビオンモード大公の件の時のように。 「だが、今の俺は王ではない。それは捨てた。だからお前の伯父、いや、一人の人間としてお前に謝ろう。すまなかったな、お前の家族の平穏を奪ってしまった」 きっとこれはけじめ。私と伯父様の間のけじめだ。これをすることで、私たちはそれぞれの未来へ進める。 「ありがとう。私は貴方の謝罪を受けます。それに、私はもう貴方を憎めません」 「それは少し違うな、シャルロット。憎めない、では無く憎まないのだ。相手にどんな事情があろうと、復讐を完遂させる者もいる。お前がそれをしないのは、おまえ自身の優しさによるものだ。シャルルによく似ている…」 私の言葉に、すぐさま返す伯父様。少しびっくりした、それとちょっと照れくさい。 「ああ、すまん、俺の悪い癖だ。どうも理屈っぽくなっていかんな」 これは伯父様の性分。きっと、この人の理屈や議論に付き合えるのは、ハインツだけなんだろうな、って少し思った。 私から伝えるべきことは言ったし、伯父様から聞くべきことも聞いた。 シャルロット・エレーヌ・オルレアンが、この場ですべきことは全てした。 私たちは通過すべき儀礼を終えた。だから、聞きたいことは後ひとつだけ。 「貴方はこれからどうするの?」 私がそう問うと、彼はすこし悪戯っぽい顔をした。 「まずはミューズ、ああ、ミョズニトニルンのことだ、の故郷へ行くことにした。まあ、4年遅れのハネムーンと言ったところか」 「ガリアには戻らない?」 「いや、戻る。だが、もう王ではないから、悠々自適の日々を送るな」 むう、それはずるい。姉さまはきっと凄く忙しくなるのに。 「まあ、理由は色々あるが… それは良いだろう。だが、連絡手段は伝えるから、何か困ったことがあれば言え。相談くらいは乗ろう」 少し以外だった。でもすぐに納得。この人は一見無責任だけど、しっかりと責任は取る人だから。 何せ父様の兄だもの。 「わかりました。じゃあ、これで一度お別れを」 「そうなるな、元気でな、シャルロット。いい子を産めよ、シャルルの孫の顔を早く見たい」 !? な、なにをいきなり? どうして私とサイトのことを!? 「お前のことを何でも知ってる陽気な道化が言ったのだ、近い将来そうなると」 よし、殴ろう。サイトと一緒に。 「まあ、なんにせよ良きことだ。幸せにな、シャルロット」 最後にそういって伯父様は笑った。その言葉は伯父様一人のものではないと、私は感じた。 けど、その前にひとつ。 「伯父様、最後にひとつ良いですか」 「む、何だ」 「いえ、これから私がする行為を、黙って受けてほしい」 「まあ、かまわんが」 と、伯父様が言った瞬間、私の左ストレートが炸裂していた。 「…?」 綺麗に入ったけど、ダメージはほとんど無し、きっと普段から鍛えてるんだ。侮れない。 「これはシャルロットではなく、『ルイズ隊』の遊撃兵・タバサとして行動です。隊長の“いままで散々人の悪い脚本で、人を振り回した野郎の顔面に、思いっきり私たちの思いの結晶をぶつけてやってきなさい”という命令を実行しました」 多少すっきり、“タバサ”としても文句はたくさんあったんだから。 ルイズは「人数分殴って来い」って言ってたけど、タバサは良くても、シャルロットとしては、これ以上伯父様は殴れないので、みんなには申し訳ないけどやめておく。 「ではこれで」 ペコっとお辞儀をして私は庭園を去る。 背後で、「これは予想してなかったな」という苦笑が聞こえた。■■■ side:イザベラ ■■■ こうして、一つの幕が下り。最後の幕が上がる。 式典から1週間が経過、ガリアは表向き平穏そのもの。 「しかしまあ、あの青髭もよくこんなこと考えるわよね」 逆転の発想というか、なんというか。 「“絶対的な力を持つ専制君主による共和制の強制”か、確かにとんでもないな。俺の方の歴史でもそんな馬鹿げたことはなかったな。というか矛盾している」 ハインツも同じ感想みたい。 事前に知ってはいたし、あの杖を投げるシーンは何度も予行演習を繰り返したけど。 「専制君主は、共和制に移行した時点でその力を失う。だから、元王の言葉に従う必要なんてないんだけど」 「あにはからんや、“ガリア王”ではなくなっても、“虚無の担い手”であることは変わらない。彼の力はその権力ではなく、60万もの軍勢を一瞬で転移させたその奇蹟。圧倒的な力を持つ巨大騎士人形。そして、艦隊を一瞬で焼き尽くす直系20リーグもの巨大な炎。そういったものだ。故に、王でなくなっても、その気になればガリアを焼き尽くす程度は容易い」 とんでもないことだけど、その通り。 「だから、国民は彼の言葉に従わざるを得ない。まあ、それがなくともそうなるでしょうけど、なにせガリアの民にとっては“理想の王”だったからね」 「俺らにとっては“最悪の悪魔”なんだけどな、世の中理不尽だ」 そうなのよね。 「まあ、民衆にとっては何も変わらないわ。実験はアルビオンで済ませてるし、指導者が変わろうが、共和制に移行しようが、実生活に影響がなく、治安が良くて税金が安ければ問題ない。ってのは実証されてるからね」 「だな、それに、共和制の理念を肌でわかるのは、これから生まれてくる子供の世代が大人になった頃、後30年くらいは経ってからだ。それまでにゆっくりと変えていけばいいさ」 確かに、焦っても意味はない。 「ってことは、4代目執政官のあたりかしら?任期は10年だし」 あまり短いと長期的な政策が実行できない。しかし、あまりに長いと、政治が淀む可能性もある。 ま、その辺は状況をみながら、臨機応変に変更していくしかない、けど、変えるのは民意によって、この大前提を守りつつだけど。 「ま、そんなとこかな。共和制ローマは何年だったかな? 近代国家の民主制よりも、むしろあれに近いからなあ」 ああ、地球の政治体制だったかしら。 「こっちとは大きく違うのかしら?」 「そう変わんないかもしれないが、絶対的に違う部分がある」 「それは?」 「魔法はおろか、超常的な力が一般的じゃない。つまり、簡単に言えば人間の力が弱い。だから、向こうの人間には絶対にこっちの感覚を理解できない。ルーンを刻んでルーンマスターになりでもしない限りはな。才人がこっちの感覚を理解できたのは、彼自身が超常的な力を持ったからだ。だから分かる、メイジが威張る理由が。そして思う、これは間違ってると」 確かに、ルーンの力を持たない平民しかいなくて、エルフやその他の先住種族が存在しない、グリフォンや竜といった幻獣も存在しない、精霊も存在しない。そういう世界を私が理解するのは不可能だわ。 「ここはハルケギニアであって地球じゃない。ハルケギニアにはハルケギニアに合った政治体制が必要だ。だから、向こうの政治体制とかは参考にはなっても、こっちに合うように改造する必要がある。ま、そんなことが出来るのは陛下くらいだし、そんなとんでもないのは6000年に一度くらいだろう。何せ、今の俺よりも地球について理解してるぞ、あの人」 「ほんと、よくあんなのが生まれたわね」 我が父ながらそう思う。そして、どうしてあそこまで性質が悪いのか。 「けど、そんなのは普通いない。特殊な力を持たない地球人にはこっちの世界は理解できない。向こうの世界の考えじゃあこっちの世界は計れない。同時に、こっちの世界の人間には向こうの世界は理解できない。何せ、“異界”だからな。何もかも自分の常識にあてはめて考えること自体が間違いだ」 「あんたも十分異常だしね」 「今となっては結構昔のことだからちょっと断言はできんが、地球人には個人で生き抜く能力を持つ奴はまれだ。国家や社会に守られていないと、生きることは難しい。だから、こっちよりも何倍も複雑な法で社会をがんじがらめにして生きている。今の才人が戻ったら、息苦しさを感じるだろうな」 成程、力が無いが故に、集団で生きる。だから、その秩序を乱す者を許さないのか。 「こっちの平民もそういう存在だった。が、メイジはそうじゃない。魔法一つあれば、どこでも生きることが出来る。つまり、生きることに自信があるんだな。それこそが、メイジと平民の決定的な違いであり、メイジが支配階級として君臨してきた理由だ。平民は互いに連合して、複雑な法で縛りあげる道ではなく、メイジに保護してもらう道を選んだ」 「最初期はそれでよかった。貴族は平民を魔法で守り、平民はその代りに貴族に尽くす。それが、始祖ブリミルの時代のハルケギニア世界だった」 もっとも、始祖ブリミルの子供の世代、と言うべきでしょうけど。 「ああ、だがそれは時代を経て腐った。あのロマリア宗教庁や、ガリア王家の闇なんかがその象徴だな。“貴族のブリミル教”は最悪の存在になり果てた。だから、ぶっ壊したんだけどな」 「今なら、平民はルーンマスターになれる。つまり、メイジと同じように、自分の能力で生き抜くことが出来る。つまり、生きることに自信が出来るわけね」 それが、新しい世界。 「ああ、他人に気を配ってやれるのは、自分のことを自分でこなせる奴だ。自分のことで手一杯の奴に、他の人のことも考えろってのは無茶だからな」 それこそが、他者を排斥する価値観の根柢だった。まあ、力があるくせに他者を排斥する奴もいたし、先住魔法という、より大きな力に怯えて排斥してたのもいるんでしょうけど。 「ものが豊かになることで、物質的なゆとりを。力を得ることで精神的なゆとりを。それぞれ得れば、自分自身を生きる拠り所に出来る。神に縋る必要はなくなる。『ルイズ隊』や水精霊騎士隊なんかがいい例だが、あそこまでは無理としても、それに近づければ、もうちょっと互いに歩み寄れるようになるんじゃないか?」 「そこが確定的じゃないのね」 「当たり前だ、それが分かったら神様になっちまうさ。人間がどう生きたら一番いいか何て、答えは永久にでないだろ。俺達に出来るのは、よりよい世界を目指してあがくことだけだろ」 それもそうね。 「確かに、私達が立ち上げたものも後2000年もすれば、ロマリア宗教庁みたいに腐り果てて、いいところがどこにもない害悪として排除されるかもしれないしね」 「そればっかは歴史任せだな、次代に期待しよう」 私達は、私達に出来ることをやるだけ。 「で、その歴史の為の、最終演目があるわけね」 「ああ、最終幕、“悪魔公反乱”だな」 随分楽しそうに言うわま、こいつは全く。 民にとっては王がいなくなっても特に変化はないけど、法衣貴族はそうはいかない。 彼らはあくまで王に仕えていたから、私に仕えるかどうかは別問題。 「王政府に仕える者は選択を迫られる。というより迫られた。私につくか、“悪魔公”につくか」 「やっぱり王家があったほうがいいと考えるのも少なくないだろうからな。しかし、お前は共和制の旗頭。王が自ら王冠を破壊した今、その代りになれるのはただ一人」 「よりにもよって、“悪魔公”しかいないわけね。そりゃあ、誰も従いたくないわ」 こんな危険人物に自分の将来を懸けたい馬鹿はいないでしょう。 「悪魔公が望むのは独裁制だから、必ず執政官とぶつかる。だから、どっちかにつかなきゃいけない。心情的には全員お前につきたいが」 「それは、“悪魔公”を完全に敵に回すことを意味するわね。敵に対してはどこまでも容赦がない男を。だから、どっちが勝つか鮮明になるまではどっちつかずでいて、勝った方に忠誠を誓う」 「なんていう腰ぬけは、今の王政府には一人もいねえ。全員、執政官についた」 そう、それは既に過去系。たった5日程で、全員が私に忠誠を誓った。 自分で考え、自分で行動する。そういう連中ばかりをハインツが集めたし、内務卿もそういう方針で人事をしていた。 「だから、今や悪魔公は追い詰められている。つい1週間ほど前まで、王位継承権第二位であったというのにね」 「“悪魔公”にとっては悪夢というわけだ。そして、三日後の執政官就任式、これが行われれば全てが終わる」 ま、全ては茶番なんだけど。 「そこに、最後の火の手が上がるわけね。古い王家の象徴、自分の欲の為に民を顧みず反乱を起こす。そして、用いるは闇の外法」 「そして、執政官に従った王政府軍と民衆達、さらには先住種族によって“悪魔公”の異形の軍勢は破られる。要は、悪魔公は絶対君主としての恐怖政治の具現。執政官は、民の支持によって成り立つ共和政治の具現。その二人が次代のガリアの指導者の座を巡って争い、勝った方が残る。というわけだ」 それが、舞台劇の最終幕。 「まあ、分かりやすくていいわ」 「勝った者が支配者になる。これは生き物の鉄則だからな。アルビオンでもそうだったけど、勝つことが指導者の最大の条件だ。最後の王ジョゼフから杖を引き継いだからガリアを治めるんじゃない。ガリアに仇なす存在である悪魔公を倒し、民を救ったから、ガリアを治めるんだ」 「盛大な茶番劇(バーレスク)になりそうね」 敵も味方も全部仕込み、予定調和。 「ま。その為の役者は向こうで張り切ってるけど」 実はこの場には全員集合していたりして、皆好き勝手に話してる。 「ハインツをぶっ殺すのは俺の役目だろ、俺の槍で心臓をぶち抜いてやるぜ」 アドルフ。 「いいや、俺の大剣で首を切り落とす。これで決まりだ」 フェルディナン。 「それはねえな、だって、俺の双剣で、胴体と下半身が泣き別れになるのは決定事項だからな」 アルフォンス。 「何を言っているアルフォンス、特殊ボウガンで眉間を貫く。これがスマートというものだ」 クロード。 「まさか、僕の鋼糸で首を括った上になます切り。ここは譲れませんね」 エミール。 「まったく、何もわかっていないな。俺の拳で頭蓋骨を叩き潰す。これが運命だ」 アラン。 「さあて、今回は戦闘不能じゃなくて、息の根を止めた方が勝ちか」 アヒレス。 「うむ、なかなか無い機会だ。思いっきり燃やすとするか」 ゲルリッツ。 「あの、皆様? 今回我々の役割は市民を保護し、守ることにあって、戦うのは別の方々の役割ですが………」 「「「「「「「「 任せた、る、ました、 カステルモール、殿、さん 」」」」」」」」 全員同時に言った、常識人は哀れだわ。 「もてもてね、ハインツ」 「あのもて方だけは、したくないな」 流石のハインツですら引いてる。 「ここは、早い者勝ちよ、ハインツの首を上げるのは自由ってことでいいわね」 「絶対俺がやるぜ」 「私は、ハインツを超える」 「うーん、私は遠慮しておこうかしら」 「僕達じゃ無理だろう」 「だろうね」 「あの異常者に挑むことはないわ」 『ルイズ隊』でも首を狙ってるのはいそうね。 「もてもてね、ハインツ♪」 「凄いことになってきたな、まあ、今の俺はそう簡単には倒せん。返り討ちにしてやるさ」 「でも、総指揮は私よ」 「それはそうだ。何せ、“ラグナロク”の終幕だからな。“ロキ”は“百眼(ヘイムダル)”によって討ち取られるのが宿命だ。ま、相打ちにはならないけどな」 「頑張りなさい」 「気張るぜ」 そして、最後の幕が上がる。 最終演目、“悪魔公反乱”。 ハルケギニアの舞台劇もついに終わり、新しい歴史へと至る。