ガリアに宣戦布告した皇帝アルブレヒト三世率いるゲルマニア軍は。国境にてジョゼフ王率いるガリア軍と対峙。 しかし、両者はぶつかることなく、王と皇帝のよる対談によって講和が成立した。 ここに、ゲルマニアとガリアの間に講和条約と友好的な通商条約が結ばれ、両国はこれまで通りの関係を維持していくこととなる。 そして、時代はトリステインとアルビオンにおいても動いていた。第十四話 新時代の担い手たち■■■ side:キュルケ ■■■ 私は現在トリスタニアで情報収集の真っ最中。 といっても。大半はサイトとシャルロットに関することなんだけど。 あの子達は有名人だし、しかも恋仲なのまで伝わってるから特に騒がれやすい。 現に、もう何回も民衆が集まって騒いだみたいだし。 それを観察して、周囲の状況と一緒にルイズに報告するのが私の役目。 だけどそれは容易、何しろ。 「サイトにデートスポットや、シャルロットの好きそうな場所を教えたのは、私なんだから」 これまで彼女がいなかったサイトは、当然トリスタニアのデートスポットなんて知らない。 けど、初めて彼女と色んなところに行ける機会が来たってのに、何も出来ない訳にはいかない。 で、シャルロットの趣味嗜好を知っていて、かつ、デートを熟知してる私に教えを乞いに来たわけね。 「ま、いい心がけではあるわ。シャルロットもいい男をつかまえたもんだわ」 もっとも、サイトは一目ぼれっぽいところもあったけど。 最初の頃から、あの子に対する態度は他の人とは違ったからね。 あれは絶対に浮気しないわ、シャルロットも尽くすタイプだし、組み合わせとしては最高ね。 「と、そろそろ定時報告の時間ね」 私はメッセンジャーが経営している“光の翼”という店に入る。フェンサーカードを借りてるから。ただで入ることが可能。 そして、個室に入った後、“デンワ”を起動させる。こうしないと、人形に話しかける変人が出来上がるからね。 「はいはーい♪ こちらは“勝利の女神”、応答しなさーい」 数秒後、声が返ってくる。 「はいはーい♪ こちらはいつも御馴染現金払い。本日はどのようなご用件で?」 相変わらず“参謀”の連中はノリがいいわ。 「“銀の腕の戦乙女”に繋いで頂戴」 「よしきた。十秒待ってな」 そして、きっかり十秒後。 「キュルケ、待たせたわね」 我等が司令官と繋がった。 「そうでもないわ。で、定時報告だけど」 「大丈夫よ」 「そう、動きがあったわ。今日の夕方頃、サイトとシャルロットが劇場から出てきて、通りを歩いていたんだけど」 「ふむふむ」 「それを尾行する男がいたわ。多分、貴族に雇われたんでしょうね。二人も当然気付いてたみたいだけど、気付かないふりをしてたわ」 ま、あの二人に気付かれないように尾行するのは並大抵じゃないわ。私がやってるのは先回りであって、尾行は一切していない。ただ単に二人が来る場所に陣取ってるだけだから。 「そう、ついに動きがあったか……………ちょうどいいタイミングね、こっちでもそろそろ狩りを始められそうよ」 「ということは、枢機卿の方の準備も終わったのね?」 「まあそうだけど、ゲルマニアとガリアの決着がついたのが大きいわ。徐々に貴族に焦りも出てきてるみたい」 そうか、あいつらには妬みと一緒に、サイトを生贄にすることでガリアから逃れようとする思いもあるみたいだし。 そのサイトの恋人が、イザベラとハインツの妹、シャルロット・エレーヌ・オルレアンということを、もう少し考慮すればいいのに。 そんな真似しようものなら、マジでトリステインが消滅するかもね。 「ゲルマニアとガリアの方はどうなったの?」 「予想通りよ、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世と、ガリア王ジョゼフが軍を率いて対峙。そして、王と皇帝が一騎で会談を行ったの。ついでに“大花火”を上げたけど」 「“大花火”?」 「ええ、カルカソンヌで“悪魔公”がやった“地獄の業火”を20倍の規模でやったそうよ。ガリアの艦隊は一瞬で焼き尽くされたとか、もっとも、無人艦隊だったそうだけど」 それは、戦争する気も無くなるわ。 それに、無人艦隊を編成できる、ガリアの魔法技術はとんでもないわね。 ま、ヨルムンガントやフェンリルを作れるくらいだし。 「で、王と皇帝の話し合いで和平は成立。通商条約もその場で結ばれて、これまで通りの関係が維持されることが決定したわけね」 「随分まわりくどい手順を経たものね、もう少し簡単にいかなかったのかしら?」 結局、条約を結んだだけよね。それなら外交官に任せれば十分な気がするけど。 「そういうわけにもいかないのよ、ゲルマニアの人間だって、全部が全部あんたみたいに大局を理解してるわけじゃないんだから」 「? どういうことかしら?」 「あんたは理解してる。今のガリアがどういう国家か、どういう世界を目指しているか。そのためにはどういう風にゲルマニアと付き合っていくか。けど、大半はそうじゃないでしょ。要するに、ガリアがハルケギニアを統一するために、ゲルマニアに攻めてくるんじゃないかと不安だったのよ。仮にそうでなくとも、トリステインと違って、ゲルマニアには侵略価値があるから」 確かに、ゲルマニアの冶金技術はガリアを凌駕してる。だからこそ『オストラント』号を作れたわけだし。 そうして考えれば、ゲルマニア人がガリアを警戒するのはしかたないわね。 「だけど、ただ外交官が行き来して結んだ条約じゃあ、今一つ信用が出来ない。本気で攻め気む時は条約なんてあっさりと無視するからね。『レコン・キスタ』がいい例だけど」 なるほど。 「だから、ゲルマニアは8万もの軍勢を動員して、しかも皇帝が直々に率いて出陣した。ガリアもまた王を総司令官として堂々と進撃、国境で両軍は対峙したわけね」 「確かに、それなら」 「そう、そういった過程を経て、王と皇帝が直に話し合い、かつ、軍に挟まれた状態で結んだ条約。これならそう簡単には破りはしないだろうと、両国の民が安心できる。要は、末端が安心しないと意味がないから」 「なるほど、よく考えられてるわね」 「これで、ロマリアとゲルマニアは片付いた。残るはトリステインとアルビオンということになるわ。けど、アルビオンはやるまでもないけど」 「ガリアに野心があれば、とっくに併呑されてるものね。現に今でも南部はガリアの領土だし」 それで、ガリアに併呑されるんじゃないかと怯える馬鹿はいないわ。 ガリアとアルビオンの関係は良好だし。特に、空軍同士が仲がいい、最近では合同演習もよくやってるとか。 「だから後はトリステインだけ。条約を結ぶのは当然だけど、何か一つ保障があるといいわ」 「つまりは、人質ね」 そのための布石は打たれてる。 「そう、トリステイン代表として、“蒼翼勇者隊”と“水精霊騎士隊”がガリアに行くことを条件として条約を結べば、民は安心感を得る。英雄達がガリアにいる以上。ガリアは同盟国だとね」 「今やサイトとシャルロットは大人気だしね」 劇場ですら、“イーヴァルディの勇者”が上演されている。しかも、ただ平民の剣士が暴れるだけの三文芝居劇じゃなくて、ラブロマンス風になっている。 この前なんか、そこに本人達が現れたもんだから、大混乱になったものね。 あれを貴族が見たら、そりゃあ嫉妬に狂うでしょうね。 平民風情が貴族をどんどん打ち倒して、しかも国と民を救った英雄になって、王女様と結ばれる話なんて。 当然王女はシャルロット、“蒼き風の姫君”と“イーヴァルディの勇者”のキスシーンは感動的で有名。 しかも、アーハンブラ城での戦いがほぼ再現されてるのよね。もっとも、敵はエルフじゃないけど。 情報源は考えるまでもないわ。何しろ、トリスタニアで上演される前に、ガリアの各地で上演されたそうだけど、その劇場の出資者が、ヴァランス公だったそうだし。 てゆーか、脚色しなくても普通に物語になるわ、二人の恋愛は。 ある場面では、“スレイプニィルの舞踏会”での二人が再現されている。 陰謀によって母を人質にとられ、愛する勇者に魔法を放たなくてはいけなくなる王女。 しかし、勇者はそれでも王女に好きだと言い切り、それが故に王女は戦えなくなる。 そして、陰謀によって母と共に囚われた王女を救いに、勇者は仲間と共に敵地に向かう。 最後に、強敵をやっつけて、王女様を救いだし、キスシーンを経て結ばれるという物語。 うん、完璧だわ。 これ以外にも、色んな要素が付け加えられて、最終的に救国の英雄になって、王女様と結ばれるのよね。 「まあそういうわけよ。で、それまでの間に、害虫は叩き潰すわ。その後はマザリーニ枢機卿に任せるけど」 「了解よ。だけど、ここにいるのもあと僅かね」 「感慨深いかしら?」 「うーん、そうでもないわね。どこだろうと生きていける自信はあるし」 それが、仲間と一緒なら尚更ね。 「多分、全員同じ気持ちよ。彼女持ちは諦めることになるけど」 「とはいっても、シャルロットとモンモランシーも行くんだから。水精霊騎士隊の連中に彼女持ちがいたかしら」 いなかった気がするわ。 「好きな子程度はいても、将来を誓い合った中とか、ヤッて孕ませた子とかはいないはずよ」 相変わらず過激な表現ね。 「そう、じゃあ、引き続き任務にあたるわ。そろそろ舞台劇も終わりそうね」 そう、これは、ハインツ達が脚本する巨大な舞台劇。 「ええ、だけど、終わりだからこそ、はっちゃけましょう」 「同感だわ」 そして、通信を終え、私はチクトンネ街に向かう。■■■ side:マチルダ ■■■ 私がいるのは北花壇騎士団トリステイン支部。 けど、今ここはトリステイン王国の裏組織、“水底の魔性”のアジトにもなっている。 「支部長、情報は集まりました。やはり黒です」 「枢機卿から連絡です。“モグラ”がかかったとか」 そんな感じの会話がやり取りされている。 私の役目は当然実行部隊。 要は、怪しい貴族の屋敷に潜入して、証拠を奪ってくることね。北花壇騎士団トリステイン支部がトリステイン王国の暗部と協力することは、団長イザベラ、副団長ハインツと、マザリーニ枢機卿が直に話して決定したとか。その会談のセッティングをしたのが“博識”で、その際に未来のハルケギニアの大構想について話し合ったとか。 「凄いもんだよ、あの子は」 「そうね、そう思うわ」 と、そこに現れたのは“水底の魔性”の司令官代行をしてる“香水”のモンモランシー。 「王制ラグドリアン、帝政ゲルマニア、共和制ガリアの三国体制。よくまあそんな大規模な構想を実現させるものよ」 この子もそれについてもう知っている。 「知った時には、もう実現間近というのが凄かったね」 私が知ってたのは、ロマリア宗教庁を滅ぼすとこまでで、その後の展開は知らなかったからね。 「まあ、そのために邪魔な害虫がいるのは事実だから、それくらいは自分達で排除しないと駄目ね」 そう言って笑うこの子の笑みは、ルイズとよく似ているわ。 やっぱ、類は友を呼ぶもんなのかね。 「だけど、貴女の経歴も複雑よね」 「そういやそうだね」 怪盗“土くれのフーケ”として貴族達から財宝を奪い、トリステイン王国のお尋ね者だった私が、今やトリステイン王国に害をなす貴族を捕えるための、裏組織に所属しているんだから。 しかも、やってること自体は大差ないときてる。貴族の屋敷に押し入って奪う、それだけ。 「世の中わからないもんだねえ」 「それを言うなら私もそうよ。ほんの1年半前だったら、こんなことしてるなんて、思いもよらなかったわ」 ただの魔法学院の生徒だったのが、今やトリステイン王国秘密諜報機関、“水底の魔性”の司令官代行。 もっとも、司令官も魔法学院の生徒なんだけど。 「けど、“水底の魔性”は戦闘部隊というよりも、毒で情報を吐かせたり、薬で記憶を操作したりが主流だから、私の領分ではあるのよね」 それを平然とやるあんたが凄いよ。 「まったく、『ルイズ隊』の女性でまともなのはタバサくらいだね」 私とテファは『ルイズ隊』のメンバーというわけじゃないからね。 「確かに、ルイズ、キュルケ、私と。皆腹黒だけど、あの子だけは純粋ね」 自覚はあったんだね。 というか、『ルイズ隊』は皆そう。自覚はあっても、今の自分が好きだから変えようとしない。 凄く自由、そして心が強い。まったく、ハインツの影響を受けたのかねえ。 「さあ、私達も行くわよ。今日の夜にお邪魔する屋敷は決まってるから」 「あら、今回はあんたも行くのかい?」 「ええ、シーカーにある薬を渡してあるから。彼女が行動を開始したら、貴女が行って。そのタイミングが分かるのは私だけだから」 実に人材の使い方が上手いね。 「了解、任せな」 そして、私達は夜を駆ける。■■■ side:ルイズ ■■■ 「御苦労さまアニエス、準備はいい?」 「ああ、完了している」 アニエス隊長と銃士隊20名が頷く。 今回は罠にハマった害虫を一斉に駆除するための作戦。これが済めば半分は掃除が完了する。 私の方も準備は済んでる、“アーガトラム”の調整は済んでるし、精神力も結構溜まっている。 もっとも、そんなに準備が必要な相手でもないんだけど。 「じゃあ、作戦だけど、基本的に私とアニエス隊長で片を付ける。残りの隊員は、一般客が混乱しないように入口の警備と、万が一に備えて、各出口の封鎖をお願い」 「了解」 「「「「「「「「「「 はは! 」」」」」」」」」」 そして、作戦は展開される。 タニアリージュ・ロワイアル座。 トリスタニアのある劇場であり、貴族も利用するけど、平民も多く利用する。 当然、貴族席と平民席は区別されており、その中でも、“ボワット”と呼ばれる特別の観覧席が二階にある。 そこには十席ほどが並び、そこを利用できるのは国内でも有数の大貴族のみ。 けど、今ではその大貴族は皆ゴミばっかりなんだけど。 で、今そこには害虫が集合している。一網打尽にするチャンスね。 こいつらは臆病者だから、一人だと何もできはしない。 だから、群れる。 そこを一気に潰せば、残りの害虫も少しはおとなしくなるでしょう。 「護衛がいるな、どうする?」“ボワット”の入口は二階にあるから、そこには専用の大きな階段で向かう。そして、そこは護衛の騎士達の駐屯場にもなっている。 “ボワット”に入るのはいずれも大貴族ばかり、故に、お忍びとはいえ一定数の護衛は付けるもの。 一人につきおよそ三人。合計30人がそこには存在していた。 彼らの中には御前試合で優秀な成績を残した者さえいる。いずれも、名のある使い手で、あまたの決闘を潜り抜けた猛者ばかり。 と、馬鹿貴族は思ってるわけね。 一度も人を殺したことがない、一度も戦場に行ったことがない。 あの地獄を知らない、血と狂乱の果てしない煉獄を経験していない。 アルビオン戦役でも、大貴族の護衛の彼らが戦場にいったはずはなく、後方の安全圏にいたに過ぎない。 そんな者達でも、家柄が全て。それさえあれば、名誉を与えられる。 魔法学院のギトーという教師のように、完全な才能の無駄としか言いようのない男もいる。あんなのでも「風のスクウェア」なんだから。 トリステインにはそんなのばっかり、だから、ニコラ・ボアロー将軍は『レコン・キスタ』に参加し、今ではアルビオンの四将軍の一人に数えられている。 彼みたいな優秀な人材を登用せず、“決闘ごっこ”しかしたことがない奴が登用される。 それが、トリステインが衰退した最大の原因。 今回の掃除で、上にいる腐った連中を排除すれば、下にいる中級、下級の官吏や士官たちが、本領を発揮できるようになる。今迄家柄や身分が理由で発揮できなかった能力を、充分に生かすことが出来る。 そうすれば、トリステインも以前の活気が戻るようになるだろう。 「簡単よ、一人一人おびき寄せて片付ける」 私は『幻影』の詠唱を始める。 改良型で直接苦痛を刻んでもいいけど、声が響く。 劇場の観覧席だから『サイレント』はかかってるでしょうけど、衝撃までは遮断できないし。 まずは全体を軽い霧で包む。 同時に、モンモランシー製作の忘我薬、早い話がボーッとする薬を投擲。 そうすることで、思考能力をある程度奪う。 さらに『幻影』で見せるのは上半身裸の美女。 もの凄い古典的だけど、効果は抜群。 まずは一人目。 少し、きわどい感じでそれを見せる。 馬鹿が階段を降りてくる。 私は近づいて、“アーガトラム”の電撃を叩き込む。 二人目。 アニエスがひざ蹴りを叩き込む。 三人目。 刃で片足を切り落とす。 四人目。 片手を切り落とす。 五人目。 腹に銃弾を叩き込む。(消音機能付き) 後はそれの繰り返し。 「片付いたわね」 「あ、ああ………そうだな」 なんか、反応が鈍いわね。 「どうかしたの?」 「いや、一切容赦なくやったなと」 周りには負傷者の山。死体はないけど、近いうちにそうなるかもね。 「一応傷口は縛っておいたわよ、今後の処置が悪ければ化膿して死ぬかもしれないけど」 そこは運命ね。 「やりすぎではないのか?」 「まさか、戦場はこんなもんじゃないわ。シティオブサウスゴータでも、虎街道でも、ロマリアの各都市でも、もっともっと厳しかったわ。躊躇することは最悪の手よ。油断なく、容赦なく、最善手を叩き込む」 特に、フェンリルなんて洒落になんなかったし。 「流石は、“銀の腕の戦乙女”だな」 「そうかしら? 当たり前のような気もするけど」 「しかし、その腕はもの凄いな、普段の腕とはまるで違う」 ああ、普段は本物と遜色ない腕をつけてるからね。 「ええ、これは戦闘用の義手だから、性能は段違いよ」 「…………それを着けて、実家に戻ったのか?」 「ええ、報告する必要があったからね。もっとも、もの凄いびっくりされたけど」 ちい姉さまだけは、かっこいいと喜んでくれたけど。 「それはそうだろう。娘がロマリアから帰ってきたら、右腕が金属になっていれば誰でも驚く」 「ま、それはそうよね。そんなもんだから、ガリアに行くことに反対されてね」 もう危険は無いと説得はしたんだけど。 「だろうな、もう離したくはないだろう。何をしでかすか分からん」 だけど、私にはやりたいことがある。 「だから、条件をつけてもらったの」 「条件?」 「ええ、私と母様が一騎打ちで戦って、私が勝ったらガリアに行くのを認めるって」 母様に勝てるのなら、どんな危険でもものともしない。ということね。 「確か、貴女の母は、前マンティコア隊隊長“烈風”カリン殿ではなかったか?」 「そうよ」 「勝ったのか?」 「勝ったわ」 私は誇らしげに言う。 私の『加速』じゃあ母様の速度に追いつけないけど、『幻影』で大量に分身を作り出せば話は別。 後は、予想外のタイミングで「イグニス」を叩き込み、その隙に一気に間合いを詰め、「ヴァジュラ」を決めた。 母様相手に『爆発』は意味がないから、それを囮に上手くたち回った結果ね。 私の魔法は『爆発』という先入観が母様にはあった。だから、あえて接近戦を切り札にした。 “虚無”ではなく、最適な戦術を構築する“博識”の勝利だったわ。 ま、何よりも、いくら母様とはいえ、ヨルムンガントやフェンリルに比べたら、組みしやすい相手だったわ。 “反射”で攻撃を弾いたりしないし、魔砲“ウドゥン”を撃ったりしないし、圧縮炎弾を撃ったりしないし、身体をバラバラにしても再生したりしないし。 「勝ったのか……トリステインの生ける伝説に」 「これからは過去よりも未来よ」 それに、母様は私の憧れの形でもあったから、ガリアに出立する前に、越えたかった。 「ま、そろそろ劇が始まるは、害虫駆除を始めましょう。こいつらは貴女の部下に命じて片付けておいて」 「わかった」 そして、害虫駆除開始。■■■ side:アニエス ■■■ 私とルイズは“ボワット”に忍び込んだ。 この“不可視のマント”というアイテムは便利なものだ。 そこには仮面を着けた大貴族が10人程いる。 劇の内容は“イーヴァルディの勇者”。 今は、剣士が次々にメイジを切り伏せていくシーンだ。 「昨今は……………、歌劇もつまらなくなったものですな」 「このようにくだらぬ剣劇が、伝統あるタニアリージュ・ロワイアルで上演されるとは………まこと、世も末ですな」 伝統にすがるしかない能無しはお前達だろう。 「つまらないのは歌劇だけではありません。昨今の陛下の治世…………。下賤な成り上がりを近衛に取り立てるばかりのみならず、王都防衛司令官などに任ずるとは」 「私は先々代の頃を思い出しますよ。貴族が貴族らしかったあの時代………。良い時代でしたな! だが、最近では平民どもまでが調子に乗り始めているというではありませんか」 「まことにさよう。我等がしっかりせねば、祖国の土台が揺らぐことにもなりかねません」 まったく、能無しの極みというべきか。その祖国を腐らせているのはお前達だろう。 それに、この会話は全てルイズが“テープレコーダー”とやらで保存している。自分達の破滅をわざわざ口にするとは。 「だからこそ、私は皆さんにお集まりいただいたのです」 灰色卿と呼ばれた男が語り出す。年はかなりいっている。まあ、大貴族を集めたのだから当然だが。 「さて、こうして集まっていただいたのは他でもありません。それぞれが名のある。いえ、あり過ぎると言っても過言でない王国にとって重要な方々です。ハルケギニアでも有数の古く尊き祖国の、伝統と知性の守護者であるあなたがたに、是非とも私の話を聞いていただきたく、手紙をしたためた次第」 その手紙とやらは、“水底の魔性”が回収し、奴らが持つのは複製品。 公式文書ではないが故に、偽造を見破る方法も存在しない。 「今現在…………。祖国の状況は目を覆わんばかりです。お若い陛下は、その衝動の赴くままに、全てを破壊しようとしている。祖国がこれまで培ってきたもの………、伝統、制度、そして名誉。そういったもの全てにつばを吐こうとしている」 腐った伝統、老朽化した制度、そして、何の役にも立たない名誉。 よくまあそんなものに縋る気になるな。 「では、卿は陛下に諫言されるというのか?」 灰色卿は首を振る。 「まさか、我等に反乱をけしかけるつもりではあるまいな?それはあなた、大逆罪というものですぞ!」 文句は言っても、諫言はせず。反乱を起こす度胸もない。まさに屑だな。 「では、あなたがたに問いたい。我等貴族の名誉を保障してくださるのは誰か?」 そのまま間をおかず続ける。 「陛下です。この国の王たるあの方が、私たちの名誉を保障して下さるのです。陛下あってこその我等。そこに、いささかの曇りもない」 集まったのもが安堵する。根性無しだな。 「つまり、陛下の名誉にこそ、いささかの穢れも許されませぬ。それはひいては、我ら全体の曇りに繋がるのですからな」 「では、灰色卿、貴方は………」 「そうです、陛下の穢れを取り払って差し上げたい。この国の伝統を守るべき、旧い貴族の我々の手でそれを行ってこそ、忠義と申すものではありませんか?」 「その穢れとは?」 「御存知でしょう? あの平民の小僧です」 ちょうど、“イーヴァルディの勇者”が佳境に入っている。 その“平民の小僧”を主役とした演劇すら今では作られているのだから。 「いいえ、その穢れとは、貴方達のことですわ」 そこに、“銀の腕の戦乙女”が降臨する。 “不可視のマント”を取り払い、光輝く右腕をもつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールがそこにいた。 「な、何やつ!」 「この腕を見てわからないかしら? ゴンドラン卿?」 ルイズがその名を呼ぶ。 「な、なぜそれを!」 「滑稽ね、呆れるほどに滑稽ね、あんたらの名誉? 誇り?そんなものあるわけないでしょ、この●●貴族が」 凄まじい言葉を吐くルイズ。 「大体ねえ、あんたらなんかいない方がトリステインのためなのよ。ここはそのための処刑場。国家を腐らせている害虫を排除するためのね」 「貴様!我等が害虫だと!」 「害虫以外の何だというの? そうね、あえて言うなら………ダニ、ゴミ、クズ、そんなところかしら。でも、あんたらと比較したら、ゴミに失礼ね」 「小娘があ!」 一人が杖を抜く。 「イグニス」 しかし、その前にルイズの銃から炎が飛んだ。 あれが、魔弾「イグニス」か。 「な、なんだそれは!」 「銃から魔法が飛んだだと!」 「これはねえ、平民でも撃てるのよ。つまり、あんたらなんかいなくても、治安を守るのにも、国家を守るにも苦労はしないの。もうあんたらは用無しなのよ、時代遅れを遺物が」 ルイズがあらかじめ詠唱を終わらせていた呪文を放つ。 「う、うわああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 「た、たすけてくれええぇぇぇぇ!!!!」 「ば、化け物だああぁぁぁぁぁぁ!!!!」 「お、置いて行かないでくれ!!!!!」 「ひいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!」 その途端、我先に逃げ出そうとする貴族たち。しかし、足がもつれたり、座席につまずいて転んだりと、無様この上ない。 「いったい何をしたんだ?」 なんとなく予測は付くが、私はルイズに聞いてみる。 「『幻影』よ、今回は本当に幻を見せてるだけ。」 「どんなものを見せてるんだ?」 「”レスヴェルグ”、ロマリアで私たちが戦った化け物のひとつよ。それがこの劇場内に入ってきて、暴れてる光景を見せてるの。こいつらが口だけでなく、本当に、己こそがトリステインを支えてる、っていう誇りがあれば、立ち向かえるはず。なにせ、こいつらが敵視してるサイトは立ち向かったんだから。でも結果はこれ」 ほとんどが狂乱して逃げ出そうとしている。中には腰が抜けて立てない者や、あまつさえ失禁して気を失う者までいる。 立ち向かうどころか、杖を抜こうとする者さえ居ない。 「もともと、1%の期待もしてなかったけどね。ただ、せめて立ち向かう気概だけでも持ってる者がいれば、何らかの処遇を考えていたけど、予想通りになったわ。トリステイン人としては情けない予想通りだけど」 確かに、考えの根底が間違っていても、民を守るという貴族の気概があれば、この先のトリステインでも、有用な人物になりうるかもしれない。 しかし、そうした者はいなかった。もともとそういう者たちを集めたとはいえ、1人も居ないとは本当に情ない。 「見るに耐えないわね。これ以上無様を晒させるのも哀れか」 そして、次々に『爆発』が襲う。 「さて、後はあんた一人ね、ゴンドラン卿?」 「ひ、ひい!」 今はもう、ただの怯えた老人か。 「確かあんたは、エレオノール姉様の上司にあたるのだったかしら?」 「そ、そう、そうだとも! ミス・ヴァリエールは、優秀な研究員だ!」 哀れだな。自分の死を自分で決めるとは。 「そう、だったら、貴方が死ねば、姉様はこれまで以上に、高い地位に就けるかもしれないということね?」 「ひ、ひい!」 「さようなら」 「ま、待ってくれ! 私の口添えがあれば! 君の姉の地位を上げることがっ」 「異端魔法その3」 「ごぐぎゅるああらああああああああああああああああああああああああああああ!!」 凄まじい叫び声を上げるゴンドラン卿。 「あらあら、軟弱ねえ、この程度で悲鳴を上げるなんて、くすくす」 ルイズの笑顔は凄まじい、まさに、魔女の笑み。 「あ、ああああ………」 「さてと、次は、もう少し強くしようかしら?」 「た、助け………」 「許して欲しければ、靴の裏を舐めなさい」 そう言いつつ、足を出すルイズ。似合いすぎる。 「はあ、はあ」 舌を出すゴンドラン卿、この上なく惨めだな。 「汚れた舌で触るんじゃないわよ」 しかし、その舌を踏みつける。 「ぎゅび!」 「全く、害虫の分際で私の靴を舐めようとするなんて、不敬罪ね」そこまで言うか。 「んん、んぐううう!」 「『幻影』」 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 そして、ゴンドラン卿は動かなくなった。 一応生きてはいるようだが、いっそ死んだ方がましだっただろうな。 まあ、自業自得だが。 「ちなみに、コイツにも同じものをみせたのか? ”レスヴェルグ”だったか」 「いいえ、こいつは一応の親玉だもの、こっちも親玉を見せてやったわ」 化け物の親玉、もしかして彼らが死闘の末に倒したという… 「”フェンリル”か」 「正解、せっかくだから、貴女にも見せてあげる」 そう言うと、ルイズは「えい♥」なんて可愛い声とともに、私に向って杖を振った。 その途端、逃げる軍隊に向って、大砲とも言うべき火炎を吐出す、途方もない怪物の姿が視えた。 「君達は、これに勝ったのか… なるほど『烈風』殿に勝つのもうなずけるな」 十代の少年少女ばかりで、いや彼もいたか、しかしそれでもすさまじい。 「ええ、で、こいつにはその怪物が、仲間を肉塊にしながら自分に向ってきてる光景が写ってるわけ」 なるほど、この腑抜けではこうなるな。 「アニエスは綺麗だから、サービスで他のやつらも見せてあげる」 そう言って、再び私に杖を振るルイズ。今度は首なし騎士や合成獣が視えた。 彼らの戦いの凄まじさがわかるのはいいが、それを私に視せた理由が”綺麗だから”というのが気になる。 そういえば、ルイズに関する噂に、彼女は”あっち”の趣向がある、というのがあったような… まさか私を… い、いや、確か噂によると、彼女の好みは可憐な少女だったはず! ならば私は守備範囲外… 「菜食主義者でも、たまには肉を食べたくなるのよ」 そう言って妖艶に微笑み、身体を寄せてくるルイズ。この娘は私の心が読めるのか!? ま、マズイ! なにやら貞操の危機を感じる! いまの私ではこの娘には勝てない! 「ふふ、冗談よ。さて、これで任務完了と、アニエス、後は任せていいかしら?」 「あ、ああ、こいつらは地下牢にブチこんでおく、罪名は大逆罪でいいな」 実際には違うかもしれんが、例の手紙がある以上、そうされても文句は言えん。 というか、いきなり話を戻さないでくれ。 「ええ、いざとなれば、手紙の内容を変えてもいいしね」 うむ、“戦乙女”よりも“魔女”の方が似合いそうだ。「魔性の女」で魔女。ぴったりだ。 「じゃあ、私は枢機卿に報告に行くわ、あとよろしく。それと、睦み合いは、また今度にしましょうね」 そして、ルイズは詠唱を始める。 詠唱が終わった時、そこには誰もいなかった。 「確か、『瞬間移動(テレポート)』だったか。もう何でもありだな」 私はため息をつきつつ、後始末を始めた。 …私の隊の中に、彼女の毒牙にかかった者がいないか、急激に心配になってきた。