ロマリア連合皇国は滅び、ロマリア宗教庁は消滅した。 ガリアの国土は一気に増大し、人口も1800万近くに達した。 当然、国際関係は大きく変化することとなり、5カ国で構成された王権同盟は、ロマリアがガリアに滅ぼされたことにより効力を失う。 トリステイン、アルビオン、ゲルマニアの三国は、今や巨大な軍事力を持つ統一国家と化したガリアとどのような関係を築いていくか、選択を迫られることとなる。第十二話 変動する時代■■■ side:outある青年 ■■■ 僕は目を覚ました。 見たことも無い場所だった。けど、僕はいったいなぜこんなところに? ベッドに寝かされていたようだけど、どうしてこうなっているのかがさっぱり分からない。 「あら、目が覚めたようね」 すると、とてもきれいな人が部屋に入ってきた。 長くて蒼い髪を持つ、周りを華やかにさせるような、そんな笑顔をしていた。 「貴女は?」 「私はマルグリットといいます。そして、ここはヴァランス邸。私の妹の息子、つまり私の甥に当たる子の家ね」 「マルグリットさん、ですか」 聞いたことのない名前だ。 「それで、貴方のお名前は、何て言うのかしら?」 「僕は………」 あれ、僕は誰だ? 考える。いや、本来なら考えるまでもない、だって自分の名前だ。 だけど、浮かんで来ない、それ以前に、僕についてのことが何も分からない。 「分からないのかしら?」 それでも、マルグリットさんは穏やかに尋ねてきた。 「はい、どうやらそうみたいです。自分に関することなのに、全く思い出せません」 そんな簡単に無くなってしまうほど、どうでもいいものだったのだろうか? 「そう。だったら、自分にとって大切だと思えるもののことを、考えてみるとよいわ」 「自分にとって大切なもの、ですか?」 「ええ、私にも似たような経験があってね。その時私は、娘のことだけを考えていたの。娘が無事でありますように、娘が元気でありますように、他のことが何も考えられなくても、それだけはずっと残っていたのよ」 娘………意外だ。もっと若そうに見えたけど。 「どうかしたかしら?」 「いえ、娘さんがいらっしゃるとは思わなかったもので。だって、とても若そうに見えましたから」 「あら、でも娘はもう16になるのよ」 「16ですか………」 ということは、この人は最低でも32歳を超えているのか、僕より随分年上なんだな。 ん、僕より年上? ということは。 「僕は、多分若いです」 「そう見えるわね、多分、20歳くらいじゃないかしら?」 多分そんなものだろう。 じゃあ、僕の母は………… 記憶の片隅にある姿。 とても優しい微笑み。 そして、僕の名前を呼んでくれる。 「リオ………、リオです、僕はリオです」 「リオ? それが貴方の名前なのね」 「はい、母がそう呼んでくれてました。母がリアで、僕はリオなんです」 そう、確かにそうだ。 『リオ、どうかしたの?』 『リオ、ご飯が出来たわよ』 『あらリオ、よく書けたわね』 母は、僕をリオと呼んでくれていたはずだ。 でも、父はいなかったはず。多分、病気か何かで亡くなったのだろう。父という言葉にとくに感慨は浮かばないから、僕が物心つく前に死んでしまったのだろう。 「そう、貴方にとっては、大切なお母様なのね」 「はい、自慢の母でした」 …………でした? 過去系ということは、それはつまり。 記憶が、断続的に浮かんでくる。 「貴方のお母様は、亡くなられたのかしら?」 マルグリットさんが少し哀しげに聞いてくる。優しい人だ。 「はい、そうです。でも、一人の少女を救って、亡くなったと聞いています。ですから、僕はそれを誇りに思います」 そうだ。人の為に生きれる母だった。それは、とても素晴らしいことだと思う。 「そう、素晴らしいお母様だったのね」 「はい、よく言ってくれてました。『自分のためだけに生きるだけでは意味がない。誰かの為に生きれるようになりなさい』と」 誰かの為に生きる。そう教えてくれた。 「けど、逆のことも言えるわね」 「逆、ですか?」 「ええ、誰かの為に生きるだけでも意味はないわ。自分のためにも生きないと」 それは、その通りだ。 「そうですね、そこに僕の意思がなくては、何の意味もありませんね。僕が大切だと思える人のために生きないと」 そうだ、僕は母が大事だから、その言葉を大事に思ってるんだ。 だったら、僕は僕が大切だと思える人の為に生きないと。 「でも、まずはしばらく休んだらどうかしら。ここがどこだか分かる?」 「ヴァランス、ええっと…………ガリアの土地でしたか?」 不思議なことに、自分以外のことに関する記憶はある。 「そうよ、多分、貴方はロマリア人よね。この“聖戦”で生き倒れになっていたと聞いてるけど」 それはまた、生きるか死ぬかだったんだなあ。 「“聖戦”ですか、うーん…………記憶にありませんね」 最近のことがよく分からない。 「それなら、アルビオン戦役については分かるかしら?」 「あ、はい、それなら分かります」 半年くらい前の戦争だったはず。 「じゃあ、自分の帰る場所は分かるかしら?」 「帰る場所…………」 それはつまり、自分の心の拠り所かな? 「多分、なかったと思います。僕は、それを探していたんじゃないかと」 帰るところを探すというのも変な話だけど、そんな気がする。 「旅人だったのかしら、でもまあ、ここでしばらくゆっくりしていくといいわ。ここには色々な人達がいるから、誰も拒まれはしないわ」 「色んな人達、ですか?」 「ええ、人間だけじゃなく、ホビット、土小人、レプラコーンなどの人達も住んでるわ。それに、それよりもっと色んなお客様が訪ねてくるのよ」 それは、何とも凄い所だな。 「凄いところですね。でも、皆が仲良く暮らしていけるなんて、素晴らしい場所なんですね」 世界が皆そんな感じだったら、きっと楽しいだろうな。 「ええ、私もいいところだと思ってるわ。それで、どうかしら?」 「それはありがたいんですけど、よろしいんですか?」 あまり、迷惑はかけたくないけど。 「ええ、その代り、子供達の世話を手伝ってもらえると助かるわ。ちょっと前にたくさんの子供達がきてね、皆元気一杯なのよ」 子供の世話か。蘇ってくる記憶がある。 「それなら大丈夫です。子供達に文字や算学を教えていた記憶があります。………そうなると、僕は孤児院の手伝いでもしていたんでしょうか?」 なんか、そんなことをしていたような気がするな。 「天職のような気もするわね、貴方、子供達に好かれそうな雰囲気を纏ってるもの」 そんなものなのかな? 「じゃあ、何か手伝えることはありますか?」 「もう動く気なの?」 ちょっとびっくりした表情になるマルグリットさん。 「はい、じっとしていられない性分なんです。身体が動くなら、何か出来るはずですから」 「あらあら、元気いっぱいなのね。じゃあ、お願いするわね。それに、貴方の他にももう一人行き倒れっぽい子が運びこまれてるわ」 それで、僕はしばらくここで手伝うこととなった。■■■ side:イザベラ ■■■ 時は8月の第1週。 現在私はヴェルサルテイルにいる。 “聖戦”の発動はウルの月(5月)、ティワズの週(第4週)、イングの曜日。 そして、“ラグナロク”によって“聖軍”が全滅したのがニューイの月(6月)の第2週。 それから約1月でロマリア連合皇国は消滅し、2週間かけて全力で戦後処理にあたってきた。 ちなみに、カルカソンヌで“悪魔公”と対立して以降は、公式の場で普通に仕事するようになった。 とはいえ、このヴェルサルテイルはそんなに効率がいい建物じゃない。というより、無駄が多い。 元々、私の曽祖父にあたる(ハインツの曽祖父でもある)ロベスピエール三世が、愛妾達のために作ったなんていう、曰くがある宮殿だし。 だからまあ、仕事の効率だけで考えれば北花壇騎士団本部の方がいいんだけど、今の時期はこうするしかないのよね。 「大体こんなとこか、これで、ロマリア遠征の後始末も終了と」 だけど、そこに対立してるはずの“悪魔公”がいたりする。 ちなみに、ハインツの方はスキルニルを代わりに置いてるみたい。立場が逆転したわね。 「まったく、大変だったわよ。でもまあ、後はゆっくりやっていけばいいわ」 ロマリアの都市は基本的には従来と変わらない。 元々自治制度はあったんだから、そこにガリアの役人を派遣して、地元の議会と連携をとらせればいいだけ。 以前はその役をロマリアの大司祭や司教なんかがやってたけど、そいつらにまともな政治感覚なんてあるわけがなく、各都市の現実的な政治家達からは嫌われていた。 けど、宗教庁に逆らうわけにもいかないから、いいなりになるしかない。けど、外交戦略上では必ずしもその限りじゃない、というのがロマリア連合皇国だった。 そういうわけで、ちょっと変えればガリアの都市とそんなに変わらない。 ガリアもその都市の住民の代表でつくる議会と、王政府から派遣される太守や行政官によって都市は運営されている。 ハインツの世界で言うなら、地方自治体に、中央の役人が派遣されている。といったところかしら。 「まずは道路の整備が最優先か、都市と都市を繋ぐ道路が酷過ぎる。よく今までこれでやってきたな」 駅馬車の数も少なかったし、危険も大きい。 「そこはロアン国土卿の本領発揮ね。そういう工事をやらせたら右に出る者はいないわ。それに、労働力なら余ってるんだから、いくらでも可能だし」 あれだけの難民を、働かせずに燻らせていたなんて、正気とは思えないわ。 食糧の輸送体制は整ってるし。 「確かにな、彼に任せれば問題ないか。治安維持の方はロスタン軍務卿がやってるし、ベリーニ卿の協力もある。ガリア本国はミュッセ保安卿に任せれば問題ない」 現在ロマリアは一つの巨大な州になっているけど、まだ完全にガリアと区別されていないわけじゃないから、ガリアの24州とは少し別扱い。それに、アルビオン南部も領土になってるから、それと似たような扱い。 ま、ガリアは周囲の国家を併合しながら大きくなった国家だから、そのうち馴染むでしょうけど。 「情報網をイザークが既に構築してるのも大きいわね。あいつは外務卿だから、もうロマリア担当じゃないけど、残した成果は大きいわ」 色々な布石は侵攻前から打たれていた。その後の統治がやりやすくなるように。 「カルコピノ財務卿も大忙しだな、何せ新しい徴税システムをさっさと確立しないといけない。もっとも、今のロマリアからそんなに高い税金をとるわけにもいかないだろうな」 「だから、新規開拓に参加してる者は、当分の間免税するわ。その辺の法の調整もジェディオン法務卿が進めてるし」 ちゃんと法で保護しないと、植民地になりかねない。 これからは法でしっかりと定める必要がある。為政者の意思で何もかも決めるのは、少々危険が大きいし。 「そうか、ボートリュー学務卿やサルドゥー職務卿も忙しくなるな。新たな産業を起こすのは職務卿の管轄だし、学務卿にはロマリア各地にある神学校をうまくまとめて、平民用の学校に変革する大事業もあるしな」 「皆大忙しね、そして、ロマリアに派遣する大量の官吏を統括する、ビアンシォッティ内務卿が一番大変ね」 「いや、一番大変なのは彼ら九大卿をまとめるお前だろ」 そういやそうね。 「まあ、後は外国関係だな、王権同盟が破られたから、新たな条約を結ぶ必要がある」 「トリステインとアルビオンは、イザークに任せれば問題ないわ。向こうは外交で済むから」 それに、今のあの二国の状況じゃガリアに対抗できない。 「後はゲルマ二アか、既にウィンドボナに6万近い軍勢が集結してるみたいだ。大義名分は、王権同盟を破って同盟国を併呑したガリアの専横を許さないとか、そんなとこか」 「まあ、何にせよ、60万もの大軍を動員して“聖軍”を全滅させて、それからたった1月後に12万もの遠征軍を派遣して、あっさりとロマリアを滅ぼしたわけだからね。今度は自分達が狙われるんじゃないかと心配なんでしょ」 だから、ゲルマニアは動いた。 「やられる前にやれか。その考え方は好きだな」 「確かに、分かりやすくていいわ。一戦で全部決める覚悟でしょうね」 ゲルマニアらしいけど、自信と野心が混合したような国だから。 「だが、チャンスでもあるからな。未だにロマリアには6万近い兵が駐屯してるわけだし。元貴族領に王軍は散らばってる。だから、今ゲルマニアが侵攻してきても、迎え撃てるのは少ないな」 武器の性能は完全にこっちが上。 魔銃や魔砲で武装した軍隊は、従来とは比較にならない攻撃力を持つから。 「それに、空海軍の120隻も改装整備中だしね。実質動けるのは80隻だけ。確かに、今ならゲルマニアと互角の勝負になりそうね」 ま、ヨルムンガントを動かせば、そもそも戦争にならないんだけど。 あれは、あの青鬚が作り上げた“俺が考えた無敵の騎士人形”だし。とんでもない反則性能なのよアレは。 「ま、そこは俺と陛下で何とかする。そのために“大花火”計画が進行中だからな」 「青鬚の親衛隊とシェフィールドが進めてるあれか」 盛大な茶番劇(バーレスク)にする予定。 「最近は“知恵持つ種族の大同盟”の人達も参加してくれてる」 「皆結構ノリノリねえ」 ラグナロク発動以来、先住種族の対する偏見は薄れてきてる。 何より、先住種族は税を取らない、この事実が大きいわ。 自分達の生活に害を与えなければ、受け入れるのが民衆というもの。それに、公衆浴場とか、その他様々なところで彼らの技術が使用されていることも広まってるから、自分達の益になるという認識もある。 要は、排斥するよりも互いに協力したほうが、生活が良くなるということを民が認識すればOK。 別に先住種族の人達が、都市で暮らしたいと思ってるわけじゃないし、彼らの生活域を無用に侵さず、礼節を持ちながら付き合っていけばいいだけ。 ま、たまには変わり者もいるでしょうけど、そこはケースバイケース。ジェディオン法務卿は色んな法を考える必要がある。 特に、翼人の女性にはきれいな人が多いから、別に意味で心配だわ。 シーリアみたいのだったら、ショートアッパーを喰らって返り討ちにされておしまいでしょうけど。大抵の翼人は穏やかだからナンパに弱そう。 「じゃあ、ゲルマニア対策は任せたわ、こっちはガリアとロマリアに専念するから」 「ああ、トリステイン、アルビオンはイザークに任せる。それ以前に、向こうから接触してくるだろ」 まあ、彼女たちがいるわけだしね。 「“栄光の英雄達”ね。そういえば、ロマリアで“ティファニア教”みたいのが出来そうよ」 彼女の呼びかけは、神を失って心が彷徨ってた人々に希望の火を灯したみたいだから。 「“ティファ二ア教”か、何とも平和そうな宗教だな」 ま、何かに縋りたくなるのは当然なんでしょう。 「だがまあ、ロマリア宗教庁は消滅したが、ブリミル教が無くなったわけじゃない。トリステイン宗教庁は普通にあるし、アルビオンも健在。ま、ここからがポイントなんだが」 「そうね、“悪魔公”はブリミル教を根絶すべきだと主張。私は、排他的考えを改めれば、ブリミル教自体に害はない、人々の生活の規範として残すべきと主張。当然、政治とは切り離すけど」 ここは重要。 「政教分離だな。それさえ出来てれば宗教も悪いもんじゃない。というか良いのものだ。権力と結びつかない宗教は普通に人々の支えになるからな」 「まあ、その辺の調整は長丁場になるわね」 10年くらいはかかるでしょう。 「そう考えると“ティファニア教”も結構良さそうだが。それや古いブリミル教、そして先住種族の精霊信仰。そういったたくさんの考えが合わさった、新しい宗教を作る人物がいるように思えるぞ」 ああ、彼か。 「あんたにしては意外だったわね、彼を生かすなんて」 教皇聖エイジス三十二世は、“悪魔公”によって殺された。 けど、その死体はこいつお得意の改造品。本人は信仰や虚無に関する記憶を無くしただけみたい。ついでにヴィンダールヴも。 「ああ、あの人の本質は正、つまりは秩序を守り、維持する側だ。ラグナロク以前の世界、つまり、宗教庁の価値観を知らない状態で生きれば、新しい秩序を守ることに力を発揮してくれる。本人の意思がなくてもな。そういう稀有な人なんだよ」 「そう聞くと、まさに聖人みたい」 素晴らしい人間にしか聞こえないわ。 「そう、聖人だ。あの人は根本を間違えなきゃ、世界をよりよいものに変えていける力を持ってる。“特性”と言った方がいいのかもしれないけどな。俺や陛下が力の大小に関わらず、秩序を壊すように、彼みたいのは、自分の力が及ぶ範囲で、秩序を守る。そして、彼は極大の正、つまり、ハルケギニア全体の秩序を守るくらいできるはず」 「それが、過去の亡霊にとり憑かれると、ああなるのね」 “聖戦”なんてものを起こし始める。 「けど、それはそれとして、あんただったら罪に関する記憶を残してるかと思ったわ」 けじめはつけそうだし。 「普通ならそうなんだがな、あの人には罪の意識が必要ない」 「それは、彼の意思がなかったからかしら?」 あくまで“理想の教皇”がやったことで、そこに、ヴィットーリオ・セレヴァレの意思はなかったようなものだった。 「いいや、それともちょっと違う。例えば、コルベールさんがいい例かな。コルベールさんは本来研究家タイプだ。けど、彼は今贖罪のために、人々の為に生きている。これは、彼が過去に犯した罪によるもの。それに準じた生き方だな」 それが出来る人も案外少ないけど。 「でも、あの人は違う。別に罪の意識なんかなくても、他人の為に生きる。まるで、贖罪のような人生だろう。彼にとってはそれが当たり前なんだろうな。俺が先天的な異常者なように、彼も逆のベクトルで異常者なんだろう」 「確かに、人間の在り方とは少し違うわね」 でも、こいつが普通に人間に混じって生きているように、共に生きれないわけじゃない。 「俺の世界のキリストという聖人は、この世の全ての人間の罪を背負って死んだという。彼も似たようなものなのかもな。だから、彼に贖罪の念は必要ない。いや、逆効果になりかねない。彼は他の念に縛られるべきじゃない。自由な心を持ったまま、自分の目で世界を感じれば、自然にいい方向に世界を導いてくれるさ。それこそ、ティファニアのようにな」 「彼は、今生まれたわけね。顔が無い青年は死んで。自分の足で歩いて、自分の目で世界を見る、一人の人間が生まれたわけか。随分な遠回りになったものね」 「今はマルグリット様が一緒にいてくれている。でも、そのうち旅立つと思う。ちょっと寄って見に行こうとも思うけどな」 じっとしてらんないのは、彼の性分なのかしら? 「まあ、そこはあんたに任せるわ。こっちも忙しいし」 しかし、それにしても。 「今の時代は凄いわね」 「歴史の進む速度のことか」 「“聖戦”以来、どんどん加速してるわね。ロマリアが滅んだのに、それと並行するようにゲルマニアは動いていた。そして、それと並行しながら、“彼女達”も、トリステインで活動している。ハルケギニア中がお祭り騒ぎみたいよ」 まるで、こいつの速度が溢れ出してるみたい。 「何せ、6000年に一度のお祭りだからな。皆盛大にやりたいんだろ。そういう時代にはそういう人間が集まる。ウェールズ王も、アンリエッタ女王も、アルブレヒト三世も、新時代の担い手達だ」 「面白くはなりそうね、活気があっていいことだわ」 停滞をずっと続けてきた反動かしら。 「そんじゃ、それをさらに加速させるために、俺は出陣するぜ」 「少しは緩めなさい、あんたは」 どこまでも暴走するから、それが少し心配。 「いや、ここは走り抜けた方がいい。もうこれ以上走れないまで暴走すれば、お前と一緒に歩けるようになるさ」 「まったく、前提条件が異常過ぎるわ」 そして、ハインツは床の扉を開けて去って行く。 当然ここも、本部直通。■■■ side:ハインツ ■■■ 俺は久しぶりにヴァランス本邸に戻った。 とはいえ、カーセ、アンリ、ダイオンは現在ヴァランスの街や、その他の都市で活動中。 要するに、留守をマルグリット様に押し付けてしまったのだが。 「あらハインツ、お帰りなさい」 「ただいまです、マルグリット様」 彼女に任せれば安心なので、好意に甘えている。 「シャルロットは元気ですよ」 まずはそれを伝える。 「知ってるわ、この前手紙が来たの。だけど、愛しの君とのキスした時の気持ちを書くなんて、あの子もやるわね」 「あいつは意外とロマンチストですからね」 そして、一途、もし才人が浮気なんかしても、どこまでも才人に尽くすだろう。 それ故に、限界を超えると暴走しそうだが。 ま、才人は浮気できる程器用じゃないが。 「貴方も、イザベラと上手くいっているのかしら?」 「はい、順調ですよ」 「あの子達姉妹は幸せね、誰よりも自分のことを考えてくれる、素敵な男の子に出会えたんですから」 そう言って微笑むマルグリット様は、まるで、過去の夢を見ているようだった。 「貴女の夢だったのですか?」 「ええ、家族仲良く。そして、あの子達が幸せに過ごせること。それだけが私の望みでした」 だが、王族にはもっとも困難な夢だ。 「これからはそれでいきましょう。もう、闇は必要ありません」 「はい、夫もそう望んでいるでしょう」 オルレアン公。今のガリアは、彼が願った姿に近づいているだろうか。 「ところで、会っていきたい人物がいるんですが」 「あの子達ね、片方は厩舎の方に、もう片方は子供達と一緒にいますよ」 「ありがとうございます」 俺は聞いた方向に駆けていく。 「こらこら、そんなに慌てるな。ちゃんと皆の分はあるから。こらそこ、横入りしない」 そこには、馬だけじゃなく、色んな生き物に囲まれて笑ってる少年がいた。 「やあ、楽しそうだね」 「うん、楽しいさ。ところで、君は誰だい?」 「俺はハインツ。マルグリット様の甥に当たるな」 これは誇れることだろう。 陛下の甥にも当たるのは悲しいことだが。 「へえ、確かに髪の色が同じだね。見る人が見れば、男に好かれそうだよ君」 初対面の人間になんちゅうことを言う奴だ。 「あいにくと、同性愛の趣味はないな」 「それは結構、僕も御免だね」 ま、特殊な趣味を持つ人間もこの世には多い。 「で、そっちの名前は?」 「僕はアルドという。もっとも、両親じゃなくて、孤児院の院長先生に付けられた名前だけど」 アルド、それが彼の名前か。 「いいんじゃないか、本人が気に入っていれば」 「そりゃそうだ。はっはっは!」 爽やかに笑うなあ。 「ところで、君は動物と話せるのか?」 「まあそうだけど、別に珍しくもないだろう」 普通はそうじゃないが、ここならそうか。 このヴァランス邸には“他者感応系”のルーンマスターが多くいる。 ヴィンダールヴの力は、神から授かった偉大な力ではなく、皆と同じ力というわけだ。 「“他者感応系”のルーン、だったかい。誰が開発したんだか知らないけど、便利なものだね」 うん、あの青髭。 「でもまあ、随分楽しそうだな」 「ああ、色んな動物と話せるのは楽しいよ。それに、色んなことがわかる。誰が誰を好きだとか、そういったことが、動物は意外と耳がいいのさ」 こういうところは、こいつの地だったのか。 「まあそれはいいとして、リオさんはいるかい?」 「ああ、あの人なら子供達と一緒にいるよ。何せ、あの人も子供みたいだからね」 それは分かる。 「でも、だからこそ慕われるんだろうね」 「君も慕ってるのかい?」 「男色の意味じゃないならそうだよ。以前ここのメイドさんが思いっきり誤解してくれてね」 まあ、超美青年と、趙美少年のコンビだ。そういう妄想に走るのもいるだろう。 「そうか、じゃあ会ってくるわ」 「行ってらっしゃい。僕はこいつらと遊んでるよ」 そして、もう一人の方に向かう。 「あー! ハインツの兄ちゃんだ!」 「久しぶり!」 「おー! お前ら! 元気にしてたか!」 ウェストウッド村の子供達は相変わらず元気だ。 「元気元気!」 「テファ姉ちゃんやマチルダ姉さんも元気!?」 「ああ、元気もみたいだぞ、二人とも」 うん、いい子達だ。 そして、その向こうに、リオという青年がいた。 「貴方が、ハインツ兄ちゃんですね。この子達がよく話していますよ」 「初めまして、こいつらが世話になってるようで」 俺は礼をする。 「いえいえ、僕がやりたくてやってることですから」 そう言って微笑むリオ。 自然な笑みだ。教皇のような顔が無い微笑みじゃない。人間に対する笑みになっている。 「とはいえ、こいつらの相手は大変でしょう」 「まあ、元気一杯なのは確かですね。アルド君にもよく手伝ってもらってますよ」 ああ、あいつも手伝ってたのか。 「今は、字を教えてたんですか?」 「ええ、僕はそういうことが得意なようなんですが、一つ、問題がありまして」 問題? 「問題とは?」 「これです」 そう言って彼はあるものを差し出す。 『赤ずきん (そして黒ずきんへ)』だった。 「問題ありましたか?」 「少々子供の教育によくないかと、狼と心を通わす少年の話はいいのですが………。アルド君がそのモデルになってくれたりもします」 そういえば、能力は同じだな。 「しかし、“闇の支配者”、黒ずきんのくだりは問題があります。特に、人間を解体し、その皮膚で服を作るあたりや、腸でネックレスを作るシーンは洒落になっていないかと。しかも、絵がやたらとリアルなんです」 渾身の作品だったんだがな。 「しかも、子供達がそれを楽しそうに読んでいるのが一番の問題です。なんとかしなければ…………」 どうやら、使命感に燃えている模様。 頑張れリオ! 子供達を悪魔の洗脳から救うのだ! いや、俺が悪魔なんだけど。 「頑張ってください、あいつらの将来の為に」 「はい、全力を尽くします」 そんな感じで、俺は彼と別れ、ヴァランス邸を離れた。 「近いうちにテファも連れてこれそうだし、説明しておいたほうがいいかな?」 ≪そうしておけ、以前説明不足だったから、アドルフが暴走したのだから≫ ランドローバルがツッこむ。確かにあれは失敗だったな。 「しかし、いい人だよなあ。それが信仰に狂えばああなるのか」 ≪ロマリア宗教庁は、本当に碌でもないものだったのだな≫ 良いところが一つもないという、素晴らしい機構だった。 別に民の生活の規範になるためには、宗教庁も、寺院税も必要ないし。 排他的なところを除けば、教義自体は無くす必要は無い。利用する権力者が居なくなれば、教義の改良に口を挟む輩も居ない。 葬式やる際の費用や、結婚式の費用とかをやりくりするだけでも、結構生活できそうだしな。 それに、神官が平民の数倍以上、豪華な生活をしてるというのが最大の問題だ。 せめて平民と同じ水準で生活しろといいたい。 ≪さて、いよいよ向かうのだな≫ 「ああ、ちょっとした寄り道だったからな。ゲルマニア軍はそろそろ全軍がウィンドボナに集結するはず。開戦は近い」 だからこそ、この時期に彼と会わねば。 ≪本当に、歴史が動いているな。ガリアが変わると同時に、ゲルマニアも動いている≫ 「ついでに、トリステインやアルビオンもな。トリスタニア支部の話だと、“博識”殿は大活躍中らしい。それに、“白髪の賢者”殿もな」 ルイズとマザリーニ枢機卿のコンビネーション。 うむ、凶悪だ。 ≪主殿と同じことをトリステインでやるわけか≫ 「ま、方法はトリステイン方式だろうけどな、流石に火あぶり、串刺し、虫蔵の刑、はトリステインじゃまずい」 ≪ガリアでもまずいとは思うが≫ それもそうか。 「ま、あいつらの活躍に期待しよう」 ≪最近、他人任せになってきたな≫ 「その方がいいんだよ。俺の担当はあくまでガリアだからな」 そして、俺達は向かう。 ゲルマニアへと。