ロマリア連合皇国は解体し、各都市国家は悉くガリアに併呑され、残すは宗教都市ロマリアのみ。 解放軍12万は各地に分散して治安維持にあたり、4万の軍がロマリアに進軍。 それを迎え撃つ戦力は残されておらず、戦わずして降伏することは明らかと思われた。 しかし、1000を超えるガーゴイルがロマリア上空に現れ、電撃的な奇襲を展開。 ロマリアに血の雨が降った。第十一話 パイを投げろ!■■■ side: シャルロット ■■■ ロマリア各地を巡った私達は、最後に宗教都市ロマリアに戻ってきた。 その活動の途中から“慈愛の聖女”、“銀の腕の戦乙女”、“イーヴァルディの勇者”、“赤き炎の女神”、“蒼き風の姫君”といった異名が付いていたのは間違いなくガリアの情報操作によるものだと思う。 …………………だって、私とサイトが恋仲だってことまで広まっていたから。 絶対にあの人達の仕業に違いない。 そして今、私とサイトとルイズはロマリア上空にいる。 ベリーニ卿に借りた風竜は返したので、今飛べるのはシルフィードだけ。彼は私達に頭を下げて礼を述べた。 『真にかたじけない。貴女方のおかげで、ロマリアの民は無駄な犠牲者を出さずに済みました』 彼も、ロマリア周辺に存在した略奪集団を退治するために、何度も出撃したそうだった。 けど、ロマリアを遠く離れることは出来ず、範囲が限定されていまい。彼の手が届かない部分を私達が巡っていった。 『貴女の姉君、イザベラ王女は素晴らしい方です。ロマリアの民に、救いの手を差し伸べてくださいました。ロマリアを代表し、是非ともお礼を述べさせてくだされ』 なぜか、彼は私がイザベラ姉様の妹であることを知っていた。 『一度、非公式にですが、ロマリア近郊の都市、サルーカマイに私が出陣した際に、イザーク外務卿が私に接触してきたのです。そして、ロマリアのこれからのこと、貴女方のことを伺いました』 どうやら、ハインツやイザベラ姉様の計画に穴はないみたい。 『このロマリア攻略には貴女の兄君、ハインツ殿が当たられるとか。民の血は流さず、かつ、平和的でもなく攻め落とすとのことですが』 その言葉は謎だった。 だけど、彼にはもう待つことしか出来ないので、配下の者にロマリアの治安維持活動だけを命じ、私達は自由に行動してくれて構わないと言ってくれた。 もし、ロマリア軍が彼のような人間ばかりだったら、“聖戦”なんてものは起きなかっただろう。 「さて、そろそろ作戦開始の時間だけど」 ルイズがそう言った。 「間違いないんだよな?」 サイトが確認する。 「ハインツが嘘ついてなきゃね、“デンワ”で確認はしたけど、あの馬鹿、正気であんなことやる気かしら?」 ルイズはハインツの計画が何かを知ってるみたい。 「どんな計画?」 「口にするのも難しいわ。まず、見た方が早いと思う」 まあ、ルイズが傍観に徹するということは、危険なことじゃないんだろう。 「撤退準備は済んでるんだよな?」 「ええ、コルベール先生とキュルケで『オストラント』号の整備は終えたみたいだし。三日もあればトリステインに着くから、その分の食糧はベリーニ卿が用意してくれたわ」 本当に、あの人には世話になってる。 「ま、ガリア軍が到着すれば、ロマリアの民が飢えることもなくなるしね」 それは確かにそうだ。 「あ、あれ、ガーゴイルじゃねえか?」 私は『遠目』で確認する。 「確かにガーゴイル、けど、何か背負ってる」 あれは……………樽? それに、手にも何か持ってる。あれは………………何だろう? 「ねえタバサ、ひょっとして、ガーゴイルがパイを持ってたりしない?」 パイ? 言われてみると、あの薄い物体はパイに見える。 「確かにそう、だけど、何でガーゴイルがパイを?」 まったく意味が分からない。 「そう、始まるのね、“血と肉の饗宴”が」 そのルイズの言葉と同時に、饗宴が始まった。■■■ side: outあるロマリア軍士官 ■■■ 私は、ベリーニ卿直属部隊にいる士官である。 この部隊は全員が生粋の軍人であり、ロマリア軍の武官は大半が聖堂騎士上がりなので、少数派である。 何しろロマリア軍は軍人としての技能よりも、神への信仰の強さなどが求められる軍隊だ。 異端と見れば、どこまでも徹底的に排除すること。不敬な者の拘束すること、そういったことが必須技能とされる。 空軍などではそれほどでもないが、やはり聖堂騎士の影響は根強く、統制こそ取れているが、指揮官も聖堂騎士上がりでは、統制を取る意味がない。 だが、それも過去のこと。 “聖戦”によって聖堂騎士団はほとんど全滅し。遠征軍で生き残ったのは更迭されていた我々のみ。 そして、ロマリア連合皇国は解体し、各都市はガリアに併呑され、今、ロマリアも落ちようとしている。 それも、ガリア軍の手によってではなく、民衆の手のよって。 「投げろ投げろお!」 「ワインはあるかあ!」 「おらおらあ!」 「いやあっほーーーーーーーーーい!!」 「歌え歌えええ!!」 「はっはーーい!」 民は皆、陽気に歌って騒いでいる。誰かれ構わずパイを投げつけながら。 辺りにはワインが散乱し、パイがあちこちにぶちまかれている。 顔面にパイを喰らったものは、辺りにあるパイを拾い、投げ返す。 やられたものはまた、投げ返す。 後はそれの繰り返し、混乱は無限に拡大し、あちこちから陽気な騒ぎ声が聞こえてくる。 僅かに残った聖堂騎士が止めようとして、容赦なくパイの一撃をくらっていた。 そして、くらった聖堂騎士も騒ぎながらパイを投げつけ始める。 もはや、神の土地は、お祭り騒ぎの馬鹿の宴会場と化していた。 聖堂にも容赦なく乱入し、神像にワインをぶっかける始末。しかも、聖堂騎士がだ。 「神がなんぼのもんじゃーい!」 「彼女が欲しいいいいいいい!」 「腹減ったあああああああああ!」 「何でもてねええんんだよおおおお!」 「ジュリオの野郎、うらやましいいんんだよおおおおお!」 「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおお!」 号泣しながらパイを頬張りつつワインで押し込む。 そしてまた暴走を始める。 その他でも。 「隣の奥さんは浮気してたぞおオオオオオオ!!」 「俺のアレは最高だああああああああああ!」 「●●ーーーーーーーーーーーーーーーー!」 「教皇の●●野郎ーーーーーーーーーーー!」 「ブリミルの●●●●ーーーーーーーーー!!」 「この●●ーーーーーーーーーーーーーー!!」 徐々に表現が過激になって来ている。 どうやらこれが都市中に広がっている模様。混乱の収束は最早不可能だろう。 なんかもう考えるのも面倒になってきたので、私もパイを片手に、馬鹿騒ぎに加わることにした。■■■ side: 才人 ■■■ それはまさしく、饗宴だった。 あちこちでパイとワインが宙を舞い、馬鹿騒ぎはどこまでも広がっていった。 「!?」 すると、シャルロットがいきなり杖を放り出して抱きついてきた。 「ど、どうした!?」 う、柔らかい、確かに大きくなってるのかも。 「で、でっかいお化けが…………」 お化け? 「こ、股間に…………」 ま、まさか。 「あれね、中々のサイズではあるわね」 隣でルイズが『遠見』の機能が付いてるメガネをかけながら論評を下す。 「うーん、いい子はそんなにいないわね。あ、あの子、食べ応えがありそう」 「こら! 何の話をしてるんだよ!」 なんつう言葉だ。 「やっぱり男は駄目ね、美しくないわ。あんなでかいだけの●●を振り回すなんて、最低ね。小さくてかわいい子が理想なんだけど………あ、あの子なんてよさそう」 「おーうい! 話を聞けえ!」 「組み敷くのはよくないから、『幻影』で脳に直接快感を与えて…………いえ、“アーガトラム”で微弱な電撃を与えるのも良さそうね、快感を与える程度に調節すれば………」 「やめろ! それ以上はやめろ!」 似合い過ぎて怖い! 「何よ」 「何よじゃねえ! なんなんだよあれ!」 「馬鹿騒ぎよ」 「んなこたあ解る!」 舐めとんのかこいつは! 「ん、んん」 あれ? 「サイト、熱い抱擁はいいけど、タバサが窒息しそうよ」 抱きしめたままだった! 「ご、ごめんシャルロット!」 すぐに放す。 「だ、大丈夫」 「サイトの熱い股間を感じることが出来たから、私のあそこももう限界で、はあはあ」 「だー! 何言ってんだお前は!」 「シャルロットの胸は大きくなってたなあ、今夜はベッドに連れ込んで思いっきり揉みしだこう。げっへっへ」 そ、そんなことは思ってない! 断じて思ってない! 「少し反応が遅れたわよ?」 「そんなことない!」 「よかったわねタバサ、貴女の努力は確実に実ってるわ」 「…………♪」 いや、そこで幸せそうに顔を赤らめないでくれ、シャルロット。俺の理性が持たないから。 「ま、冗談はここまでにして」 嘘だ。特に女の子に関しては絶対に本気だ。 「人の趣味に口出すのは野暮よ」 「だから何で心を読むんだよ」 「虚無に不可能はないわ」 何でだ? 何でハインツさんと心が通じた気がするんだ? 「あれは、ハインツが起こした馬鹿騒ぎね、しかも、とんでもなく馬鹿な」 「馬鹿が重なってる」 シャルロットが突っ込む。 「それくらいしょうもないってことよ。よくまあ、あんなの正気でやる気になったわ」 「あれをやったのか………」 下は惨劇。 暴走する馬鹿軍団は何でもやり出してる。 俺も『遠見』が付いたメガネで見てみる。パンを尻に挟んで、右手の指を鼻に入れて、左手でボクシングをしながら叫んでる馬鹿がいる。多分『命を大事に』と叫んでる。 自分の股間の●●と、山羊の髭をロープで結んで、引っ張り合いを始める馬鹿がいる。 全裸で頭にズボンを被って、コサックダンス風に走る回る馬鹿がいる。 恐らく、肥え桶らしきものを、神像の代わりに据えて拝んでる馬鹿がいる。 どういうわけか、ギニュー特選隊のポーズをとってる馬鹿がいる。なんでだ? 「あれを、ハインツとその仲間たち、『影の騎士団』でやったらしいの」 「どうやったんだ?」 何をすれば、あんな馬鹿が出来上がるんだ? 「簡単、大量に用意したパイとワインに、ハインツ渾身の毒を混ぜたらしいわ。そして、それをガーゴイルに運ばせた」 「ガーゴイルへの命令は?」 シャルロットが尋ねる。 「“ワインをぶちまけ、パイを投げろ”だそうよ、それ以外の命令は皆無」 なんちゅう命令だ。 「確か、あんたの世界じゃ、パンは神の肉で、ワインは神の血だったかしら?」 「ああ、そういやそんなんだったかな?」 確かキリスト教の聖体拝領だったか。 「ブリミル教も似たようなもんよ、食前の祈りで、始祖ブリミルに糧を与えてくれたことを祈るのは、魔法の恩恵で授かった作物に対する感謝の表れ。特に自然の恵みが少ないロマリアじゃあ結構神聖な儀式にもなる」 ふむふむ。 「その際に使われるのは、やっぱりパンとワインなの。パンは食べ物の基本だし、ワインには浄化の意味もあるから」 「てことは、始祖ブリミルの血がワインで、肉がパンってことか」 「ま、ブリミル=魔法=糧、ていう繋がりね。トリステインですらそういう考えはもう半ば忘れられてるけど、このロマリアじゃあ今でも一般的よ」 「だから、“血と肉の饗宴”」 とんちだな、完全に。 「で、ロマリアの難民がいきなりパイなんて投げられたら、間違いなく食べるでしょ」 「だろうな、“聖戦”の前ですら一日スープ一杯みたいな感じだったし」 御馳走だろう。 「しかも、ワイン付き。まさに天からの恵み。おお神よ、貴方は我々をお見捨てにならなかったのですね。ところが、それを用意したのは悪魔だったわけよ」 最悪だ。 「ハインツらしい」 実に皮肉が効いてるな。 「で、肝心の効果だけど、簡単にいえば、抑圧開放薬ね。普段、心の奥底に秘めていることをやろうとするの」 「それが、あれか?」 あの馬鹿騒ぎになるのか。 「ええ、例えば、日頃からむかつく神官や貴族の顔面にパイを叩きつける。頭にワインをぶっかける。平民なら一度はやりたいと思うでしょう。もしやったらどうなるかは分かりきってるけど」 「それは分かる」 あれだ、日本でも総理大臣とか政治家にそれをやってみたい気がする。 「それをやってしまう薬なの、さらに、全裸で街中を走り回る。尻にねぎを刺したまま、犬の真似してわめきたてる。フォルサテ大聖堂のステンドグラスの下でう●こするとか。一度は心の奥底でやろうかと思うけど、もしやったら人間の尊厳を失うこと間違いなしのこととかね」 「悪夢だな」 「最悪」 俺達の気持は一致した。 「しかも、日頃から抑圧されてる人ほど効きやすい。私みたいに、日頃からやりたいことやって、唯我独尊な感じだったら効果は薄い。けど、ロマリアの難民みたいに、その日の食事にすらこと欠いて、しかも、糞ムカつく聖堂騎士が威張りながら、たらふく食っている状況だと、爆発するのよ」 自分が横暴だって自覚はあったのかよ。 「つまり、これまで、宗教庁の奴らがやってきたことで溜まってた不満が、爆発したのか」 「因果応報」 「だから、あそこまでの馬鹿が量産されるのよ。早い話が、“お祭り騒ぎの馬鹿”量産薬。ハインツ渾身の作品よ」 何でそれを全力で作るんだろう? 「人が人であるが故に自由に生きられない。これは原罪そのもの、それを破壊する悪魔の毒。故にその名を、“ハインツ”。この世で最悪の悪魔の名を冠した、最悪の毒よ」 「それに自分の名前を付けるか普通?」 「ハインツならやる」 とんでもない人だな。 「でも、大丈夫なのか、あのままじゃあ怪我人とか、建物の被害と出そうだけど」 「まあ、怪我人は出るでしょうね、でも、死人は出ないと思うわ。何せ“ハインツ”なのよ。破壊衝動、性欲、殺人衝動、そういった普通の人間が暴走した時に巻き起こるものは全部抑えられる。代わりに、ある衝動が沸き起こる」 「その衝動とは?」 「上手く言えないけど、あえて言うなら“ハインツ衝動”。要は、馬鹿げたことばっかやりたくなるのよ。あの馬鹿も“切腹”なんてアホな隠し芸を諸国会議でやったとか」 「“切腹”か。洒落になんないことを、洒落でやったんだな、あの人」 「なんて恐ろしい毒」 確かに、これほど怖い毒はねえ。 「ま、“切腹”はハインツのスペックがあってこその隠し芸だから。あの毒にやられた人間は、あくまで人間範囲の馬鹿げたことをやるわ」 うーん、なに考えてんだろあの人。 「しかし、あのパイとワインはどこから持って来たんだろ?」■■■ side: ハインツ ■■■ ロマリアから数リーグ離れた地点、ここで馬鹿7人が共同作業を行っていた。 「焼け焼けえ! どんどん焼けえ!」 「火力が弱いぞアドルフ! もっともっとだ!」 「混ぜろ混ぜろお!!」 「運べ運べえ!!」 「練って練って練りまくる!」 「潰せ潰せえ!」 「ぶちまけろお!」 俺達7人は、パイを焼き続けていた。 役割分担は単純。 エミールとアラン先輩は生地をこねる役。当然、強大な石の手を大量に使って。 アルフォンスとクロードは生地を切って形にし、巨大窯まで運ぶ役。 そして、アドルフとフェルディナンは言うまでもなく、焼きまくる。 俺は毒を混ぜたり、 生地の材料を補充したりなどの、その他を担当している。 ワインは用意したものに毒を混ぜるだけで終了。 そして、出来上がったパイとワインは空中型ガーゴイルが持っていき、ロマリア中にばら撒く。 空中からぶちまける場合もあれば、直接ぶっかける場合もある。 そして、樽は置いてくる。パイも一緒に。 当然、ワインとパイの材料を、大量に確保したのはエミールとアラン先輩。 アルフォンスとクロードが、それとガーゴイルを運んできた。 陸軍の二人は準備には参加していない。ロマリア侵攻で忙しかったからな。 そして、俺の役割は、お祭り騒ぎの馬鹿量産薬“ハインツ”の準備。 我等『影の騎士団』が力を合わせることで成し遂げた。奇蹟の作戦である。 「焼き上がった! 持ってけー!」 「了解した!」 クロードの「風」がパイを吹き上げ、その先にはガーゴイルがいる。 「どんどんこねろエミール! まだまだ焼けるぞ!」 「わっかりましたあ!」 「アラン先輩! もっと潰してください!」 「任せろ!」 うん、素晴らしい連携だ。 俺はパイの材料に水とか牛乳とかを混ぜる。この辺の調合は俺の得意分野だ。 ちなみに、残りの兵士はあいつらの副官とかが率いて、ゆっくりとロマリアに向けて前進中。 この“血と肉の饗宴”作戦だけは、俺達だけで展開している。 流石にあいつらといえど、この量のパイが相手では精神力が持たないので、全員が“ピュトン”を使用している。 寿命を削ること間違いなしの劇薬だが。一人も躊躇しなかった。 やはり、あいつらも真正のお祭り好きの馬鹿だったのである。 「燃えてきたああああああああ!」 「焼けろおおおおおおおおおお!」 「吹きとべえええええええええ!」 「切れろおおおおおおおおおお!」 「混ざれええええええええええ!」 「潰れろおおおおおおおおおお!」 “ハインツ”の影響下にあるわけではないはずだが、テンションはどこまでも上がっていく。 「いけいけえ! どんどんぶちまけろお!」 とはいう俺も、絶賛おおはしゃぎの真っ最中である。 饗宴は果てしなく続いた。■■■ side: イザベラ ■■■ 「あの馬鹿、いえ、あの馬鹿達は、正気でこれをやったのね」 私は“アーリマン”を通して、ヒルダが見せてくれている映像を見ながら頭を抱えていた。 「ええ、信じられないことですが、正気でやったようです」 さすがにヒルダも呆れてる。 「すげえすげえ! 流石はハインツ様だ! やることが違う!」 「それに、『影の騎士団』の方々も流石です! あれは僕たちじゃあ無理ですね!」 こっちの二人は目を輝かせてる。ハインツ2号と3号といっていいだろう。 「これ、歴史にどう残るかしら?」 お祭り騒ぎの馬鹿が大量発生して、ロマリア宗教庁は滅びました。と書けるのかしら? 「多分、歴史の汚点として抹消されるのではないかと」 うん、その方が良さそう。 「いや、これは残すべきでしょう」 「そうです、これこそは人類が神を捨てた証拠。輝かしい歴史の第一歩です」 馬鹿二人、あんたらの脳はハインツと同じか。 「まあ何あれ、ロマリア宗教庁は滅びましたね」 「確かにね、これ以上なくとんでもない方法でね」 「あ、すげえ聖堂の壁が剝されてる」 「しかも、そこに小●をかけてますね」 「おお、向こうでは聖像の上で、うん●してるぜ」 「ワインがあちこちにぶちまけられてる。祈祷書も全部ワインまみれ」 まさに惨劇。しかも滑稽。 「あいつに脚本やらせたら、碌なことにならないわね」 ラグナロクを含めて、脚本は全部あの青髭の役目。 ハインツはあくまで演出家だった。 「確かに、お祭り騒ぎにしかなりそうにありません。流石は“ロキ”ですね」 善でも悪でもないトリックスターだったかしら。 この場合、ただの馬鹿だけど。 「神は、馬鹿によって滅んだのね」 でも、神の世界の終わりにはちょうどいいかも。 神を信じて、質素な生活、というか難民生活を続けるうちに溜まった不満は。馬鹿の囁きによって爆発した。 「結局、神を滅ぼせるのは人だけなんですねえ」 「おお、すげえ! パンを尻にはさんだまま、人間タワーが出来てる!」 「大聖堂の塔よりも迫力ありますね! よく尻に力をいれたまま、あんなことが出来るものです! 人間に不可能はないんですね!」 不可能なままの方が、よっぽどよかったわね。 何てしょうもない不可能への挑戦かしら。 私は頭を抱えたまま、馬鹿達の饗宴を眺めていた。■■■ side: シェフィールド ■■■ 「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」 陛下がお腹を抱えて大笑いしている。 「流石だ! 流石だハインツ! いやいや、俺もこれは思いつかなかったぞ! よくまあこれほど馬鹿げたことを考え付く! 素晴らしい! 素晴らしいぞ!」 私が操作する“アーリマン”からの映像では、ロマリアはお祭り騒ぎの馬鹿の巣窟と化していた。 神の家は、馬鹿の宴会場になり果てた。 「しかし、『影の騎士団』の流石というべきでしょうか。ラグナロクの準備をしながら、あんなことを計画しているとは」 どこにそんな時間があったのやら。 「くくく、あいつらは馬鹿騒ぎのためならなんでもする。それこそ“ヒュドラ”だろうが“ピュトン”だろうが使うだろう。何せ、ハインツと同類の連中なのだ。くくくく、よくまあ、あんなのが6人も同じ時代に生まれたものだ。これも、抑止力の結果なのか、だとしたら、完全に逆効果だったわけだな」 陛下が見ているものは世界そのもの。 人間社会の動きだけでなく、もっと大きなものの流れを見ることで、大局を探るのだとおっしゃっていたけど。私ではそれを理解するのが精一杯で、とても実行は出来なかった。 「いやしかし、面白い出し物だ。これ以上はないな、恐怖劇(グランギニョル)もこれにて終焉。いよいよ最終幕、茶番劇(バーレスク)へと移るのだ。その先駆けとしては申し分ない」 「確か、恐怖劇の先陣もハインツが担っていましたね」 「そうだ、突っ走ることに関してはあいつに並ぶ者はいない。なればこそ、どの幕も序章はあいつが飾るのだ。英雄譚(ヴォルスング・サガ)も、恐怖劇(グランギニョル)も、茶番劇(バーレスク)もな」 英雄達に最初に接触したのもあいつだったわ。つまり、そういうことなのね。 「さあ、いよいよこのハルケギニアを舞台とした壮大な舞台劇も終幕だ。幕を飾るは全ての者を巻き込んでの茶番劇。トリステイン、アルビオン、そしてゲルマニア。全部だ」 「そういえば、ゲルマニアにも動きがあるそうですね」 北花壇騎士団情報部が察知したとか。 「当然だ。あの国は変動を好む。ならば、歴史が大きく動いているこの時代に動かぬわけがない。動かずにはいられんのだ。アルブレヒト三世も、ただ傍観者でいられるほど貞淑な人物ではない。どちらかというと、ティエールやアヒレスなどに近い気質の持ち主だ」 陸軍大将に、西百合花壇騎士団長。どちらも豪気で大雑把。けど、部下からは慕われる人物ね つまり、ゲルマニア国民からはそういう感じで慕われている指導者ということ。 「あれもまた一つの王道だ。民を率い、その意思を束ね、己が意思の下で収束し、国を動かす。実力主義、千変万化、全力疾走、この3つが基本であるゲルマニアの君主に求められる在り方だな」 陛下は絶対者。故に、並び立つものがいない。 「さあ、ここから終点までは早いぞ、息をつく暇もない。どんどん歴史は加速していく。面白くなるな」 そう言って笑う陛下は、子供のように楽しそうだった。■■■ side: ルイズ ■■■ 「さあ皆! トリステインに帰るわよ!」 シルフィードで『オストラント』号に戻った私達は、いよいよトリステイン向けて出発する。 「なあルイズ、ここは僕らも混ざるというのはどうだろう?」 「そうだよ、あれを見て参加しないのは嘘だろう」 ギーシュとマリコルヌの馬鹿二人組がそうほざいた。 「却下。あれに参加したら三日三晩くらい戻れないじゃないの。もう私達の役目は終わったんだから、引き際が肝心よ。それ以前に、あんな馬鹿騒ぎに混ざろうとするんじゃないわよ」 まあ、こいつらが我慢できるはずもないけど。 「だがしかしだね! 血が騒ぐんだよ!」 「そうとも! ここで引いては男がすたる!」 「異端魔法その3」 「ぎょるぐべばあああああああああああああ!!」 「あんぎゃらあああすうううううううううう!!」 馬鹿には制裁を。 「ルイズ、やり過ぎじゃ………」 テファがちょっと引いてるわね。 「まあ、この辺にしときましょうか」 制裁は完了。 「お前、テファの言うことになら応じるのな」 「前にも言ったけど、むっさい男の頼みより、かわいい女の子の頼みを聞きたくなるのが人情でしょ」 「だから、それ女の台詞じゃねえと思うんだが」 「うるさいわよ幼女趣味(ロリコン)」 「俺はロリコンじゃねえ!」 分かりやすい反応、そしてそれ故に操作しやすい 「じゃあタバサは嫌いなの?」 「シャルロットは大好きだ!」 「………❤」 うん、こっちもかわいい。 「はっ!」 今更気付いたみたいね、自分がなんて叫んだか。 「相変わらずねえ、あの二人は」 「初々しいわ」 そこにキュルケとモンモランシーが登場。 「準備OK?」 「ええ、いつでもいけるわ」 「食糧、水、いずれも問題なし、衛生管理は任せなさい」 こういった点でもモンモランシーは優れてる。団体行動にはこういった才能がある者が不可欠。 「そう、なら出発ね、それからモンモランシー。ギーシュが欲求不満のようだから、慰めてあげるといいわ」 「あら? じゃあ200エキューくらいで」 「惜しい、もう一声」 なぜか、キュルケとの値段交渉が始まってる。 向こうで見つめ合ってる二人は、シルフィードでいつでも追いつけるから置いとくとして。 「誰か、馬鹿二人を運んで頂戴」 倒れてる馬鹿二人をどうにかしないとね。■■■ side: ハインツ ■■■ 夜中になっても饗宴は続いたが、残りは『影の騎士団』に任せ、俺にはやることがあった。 “不可視のマント”をはおり、俺はロマリア宗教庁内部を歩く。 “ピュトン”の影響下にある俺は「遍在(ユビキタス)」を使えるので、何体か放ち、効率化を図る。 それに“影”を15体程動員しているので問題ない。 彼らの任務は宗教庁の高位聖職者の抹殺。 大司教、枢機卿、そういった者達を血祭りに上げることである。 そして、俺はある人物の下に向かう。 「お久しぶりですね、アロンド・ピリッツィア・ベリー二卿」 「ハインツ殿か、早い到着だな」 ロマリア軍総司令官、“高潔なる騎士”と呼ばれる偉人がいた。 俺は彼に、一度会ったことがある。 「ロマリア宗教庁は滅びました。ここもガリアに併呑されることとなります」 俺はただ事実を告げる。 「構わんさ、こうなってはそれが最善だろう。そもそも、ロマリアには矛盾が多過ぎた。こうなるのは必然だったのだろうな」 「幾度もの“聖戦”のたびに、ロマリアはこうなってきたと歴史は伝えていますね。しかし、多くの兵力を失っても、神の信仰だけは続いたが故に、これまでロマリアは存在してきた。多くのものを代償として」 異端審問で殺された者は数知れず、新教徒狩りなどは最たる例だろう。 「遅かれ早かれ、こうなっていたのだろう。ならば、早い方が良い。そして、民のことを慈しんでくれる者が統治してくれるのならば、なおよい」 「そのために、貴方の力もお借りしたいのです。このロマリアを治めるには、貴方のような生粋のロマリア人でありながら、現実を見て、民の為に最善の方策を選ぶことが出来る人物が不可欠ですから」 ガリア人だけでは不可能だ。絶対に、地元の人間の協力がいる。 「ふむ、現実を見るか。マザリーニもよくそのようなことを言っていたな。民を治める者は、理想ではなく、現実を見るべきだと」 「お知り合いだったのですか」 そういえば、ベリーニ卿とマザリーニ枢機卿は年齢がほとんど同じだ。 「まあ、古い馴染みではあるな。共にここロマリアでは異端紛いであったからな」 国を想って行動できる人物が揃って異端紛いか。 「まあ、それでも奴は教皇選出会議に推薦されるほどには人望を集めていた。その辺の駆け引きは私より数段上手かったよ。私は軍人故に、融通がきかなかったのだな」 「ですが、それ故に貴方は“聖戦”を生き延びました。せっかくの命ですから。大事にしてください」 いつでも真っすぐということが、彼の命を救ったのだ。 「ふむ、そうさせてもらおうかな。私にもまだ、ロマリアの民の為に出来ることがあるならば」 「いくらでもありますよ、というか、ガリアの宰相殿は厳しいですよ。それに、軍務卿も貴方を何としてもお迎えしろと叫んでましたし、期待されてますよ」 「それは大変だ。若い者をこき使って、頑張るとしよう」 若者が活躍できるのなら、それに越したことはないな。 「では、俺はこれで」 「ハインツ殿、最後に聞きたいことがある」 俺は振り返る。 「何でしょう?」 「教皇聖下は、逝かれたのか?」 流石、彼がもう助からないことは分かっているか。 「恐らくはまだ、ですが、“悪魔公”が教皇を殺す。そして、その死体をリュティスまで掲げて持ち帰る。これは決定事項です。掲げる際には、聖戦旗と共に」 「彼は悪人ではなかった。いや、究極的な善人であった。しかし、それは民のためにはならなかった。悲しいものだな」 彼にも、やりきれない思いはあるのだろう。 「彼の愛は、神の世界しか救いません。人間を救うことが出来なかったんです」 「そうか」 そうして、俺は彼と別れた。 そして、ある部屋の前にたどり着く。 ロマリア教皇、聖エイジス三十二世、ヴィットーリオ・セレヴァレの執務室。 ここで彼はよく、街の子供達に文字と算学を教えているという。 そして、その扉の前にはヴィンダールヴが立っていた。 「教皇聖下とお話しがしたいのですが、取り次ぎをお願いできますか?」 「いいえ、聖下は既にお休みになられています。お引き取り下さい」 あくまで聖堂騎士らしく、優雅な礼で応えるヴィンダールヴ。 「はて、国は消滅、街は大混乱、そして神は滅んだ。この状況で寝ているのですか、貴方の主は」 「神は滅びません。人が神を信じる限り」 それが答えか。 「だが、滅びた。人が神を捨てることで」 「そうさせたのはどこのどいつだ」 敵意がむき出しにされる。 「さあなあ、お前達じゃないか? 度重なる異端審問、高い寺院税、傲慢なる神官、驕り高ぶる聖堂騎士、決まり文句はいつもこう、“我等に逆らう者は異端とみなす”。これで不満が爆発しない方がどうかしてる」 「聖下はそれを変えようとしておられた! どれだけ苦労なさったかお前は知っているのか!」 「知っているとも、だがな、それが実を結ばねば意味がないのだ。為政者とはそういうものだ。民のことをまったく考えない者であっても、その政策が上手くいけば名君。どれほど民を慈しもうが、政策が失敗すれば暗君、戦争に失敗した教皇は暴君だな」 「知ったような口を利くな! 聖地奪還の大義を知りもしない癖に!」 「だから知っていると言っている。何せ、お前から散々聞かされたからな」 そう、その口から。 「何だと?」 「なあ、不思議に思わなかったか? なぜ、我等ガリアはロマリアの動向を正確に察知できたのかを。確かに、ガリアの外務卿、イザークは優秀だ。ロマリアの高位聖職者達がどう考え、何をしようとしているかなど簡単に調べ上げる。だが、教皇はそうはいくまい。彼の考えを我等が正確に知ることが出来たのはなぜだ?」 それを知っているのは限られた腹心くらい。しかし、それですら全てではない。 「ま、まさか」 「教皇が何もかも明かすとすれば、それはただ一人。自分の使い魔くらいだろう。何せ、使い魔とメイジは一心同体だからな。そして都合がいいことに、虚無の使い魔と主人の間に感覚共有を任意に発生させることは出来ない」 故に、シェフィールドは魔法具を使って陛下と連絡をとっている。 まあ、主人が危機に陥れば、使い魔はそれを察知することが出来るそうだが。 「使い魔が危機に陥っても、主人がそれを察知することは出来ない。お前はガリアの修道院を不用意に渡り歩いた。あのセント・マルガリタ修道院に、俺が何の仕込みもしていなかったとでも思ったか?」 例えばそう、ジョゼットという少女の服に、遅効性の睡眠薬を仕込んでおく。その少女を抱きしめた人間は、帰り道の途中で強力な睡魔に襲われる。など。 「貴様!」 「そして、面白い薬がある。ある記憶を任意に消すことが出来る薬だ。つまり、とっくの昔に拷問によって精神と記憶を破壊され、ある条件によってのみ、特定の場所にヴィンダールヴの能力を使って伝書フクロウを送り込むように仕組まれる。当然、内容は主についての全てを。そして、そうされた記憶を無くされているとしたら?」 精神が破壊された記憶を奪われれば、一時的に元に戻る。裏の裏は表というわけだ。 それこそが、俺達が教皇の考えを全て察知できた最大の理由。何もかもを知りつくす、最適のスパイがいたのだから。 「ば、馬鹿な………」 「そして、お前はもう用済みだ。消えろ」 そして俺は呪いを発動させる。 「“思い出せ、お前が誰かを”」 「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」 神の右手、ヴィンダールヴ。顔の無い神官、ジュリオ・チェザーレはここに終わった。 俺は教皇の執務室の扉を開ける。 「こんばんは、教皇聖下」 「ええ、こんばんは、“悪魔公”殿」 それでも、微笑みを絶やさない、“理想の教皇”がそこにいた。 「貴方の理想は終わりだ。神の世界は滅びた」 「そうですね、私は、神から託された使命を果たすことが出来なかった。教皇失格ですね。これでは」 そう、彼にとっては、神から託され使命を果たせなかった。ただそれだけ。 「全ては私の力が及ばなかった故。この上は、神の下に赴き、許しを請うしかないでしょう」 この人は気付かない、そもそも、神だけを盲信したことが最大の過ちだったことを。 神の為に生き、神の世界をこの世に具現させるだけの、顔の無い青年。それがこの人だ。 それはとても純粋、だが、純粋であるからこそ、人と混じれない。 この人に、どんな言葉をかけても無駄だ、鏡に何を言っても意味がないように。 「教皇、貴方はここで死ね」 俺は『毒錬金』を発動させる。 そして、最後まで笑みを絶やさぬまま、教皇、聖エイジス三十二世は、“理想の教皇”として死んだ。 「さて、これにて恐怖劇(グランギニョル)は終幕。いよいよ最終幕、茶番劇(バーレスク)に至る」 古き偽りの神は滅び、その偶像は砕かれた。 ガリア軍は宗教都市ロマリアを制圧。 フェルディナン・レセップス大将。クロード・ストロース大将。アラン・ド・ラマルティーヌ大将はロマリアに残り、治安維持と秩序の回復に勤める。 それには、アロンド・ピリッツィア・ベリー二卿が全面的に協力し、数日後に到着したロスタン軍務卿が総指揮にあたった。 アドルフ・ティエール大将、アルフォンス・ドウコウ大将、エミール・オジエ大将は義勇軍を率いてガリアへ帰還し、諸侯軍は引き続きロマリアの各都市の治安維持を継続することとなる。 そして、“悪魔公”、ハインツ・ギュスター・ヴァアンス公爵は、教皇、聖エイジス三十二世と、高位聖職者の死体を聖戦旗に掲げ、リュティスまで凱旋した。 かつて、ヨルムンガントを打ち破った戦車に掲げられた、黒地に白抜きで聖具が描かれた聖戦旗は、血によって赤く染まっていた。 ここに、ロマリア連合皇国は、完全に消滅したのである。