ネギま クロス31 第二章《福音編》カーニバル・裏舞台その① 停電の裏で。 人知れず、幾つもの想いと思いとが重なり合っている。 表に出る物もあれば、表に出ない物もあるだろう。 だが、世界を彩るのが人間である限り――それらは、必ず存在するのだ。 ○ 「そう言えば」 仕事場の後輩、夏目萌に声を掛けられて、明石裕也――通称《教授》明石は訊き返す。 「どうかしたかい?」 「《教授》、若い時は実は結構魔法が強かったって言う話を聞きましたよ?――何で調査関係の仕事に回ったんですか?」 今回の大停電において。 電子関係者は、全員別の場所に置かれている。 上空を飛ぶUCATの機竜からの情報整理が、そのメインだ。 中央制御室は。なにせ、人間としては文句なしに最高峰の技術者たちが――それこそ、電子精霊などを使わずとも、学園の技術者たちの上を行く人材が――本気でぶつかり合っているのだ。電子精霊も邪魔だと言われてしまった。 『下手に出して逆に相手に所有権奪われたら迷惑だし』 それが今現在中央制御室の主と化している、かつて《死線の蒼》と恐れられた、小柄な少女の言葉だった。 「ああ。……どこで、そんな事を?」 「いえ。噂……です。只の」 どうやら、本当にそれは、何かの拍子で入手した情報だったらしかった。 「――まあ、ね。事実だよ」 十年ほど前のことだ。 《闇の福音》が麻帆良にやってきた際に生じたトラブルに、魔法使い関係者に被害が出た事件がある。 実質的な被害は決して大きくは無かったが――しかし、確実に被害が出たことは事実であり、そして被害を受けた人々にして見れば、事件の大小は関係が無いだろう。 《福音》に責任はあるのか――仮にそう問われた時に。 結論から言ってみれば、関係は無かった。発端ではあったかもしれないが、しかし所詮は切欠でしかなく、彼女の来訪によって陰謀が顕在化しただけである。 むしろ、彼女がやってきたからこそ表に出た、陰謀であったと言えるのかもしれない。 世間一般では、誘拐事件と言われているが――そんな生易しい物では無い。 間違いなく――国家の勢力が、一枚かんでいた。 基本的には。 『学問の世界』は、中立である。 ER3にしても、アウルスシティにしても、そして魔法関係にしても――基本は中立である。研究成果を求める組織とは商売関係であるし、結果さえ出す事が出来るのならば――基本的に宗教には寛容。仕事を仕事として割り切ることが可能ならば、大体どんな世界とも渡り合えるだろう。 ただ――時折。本当に時折、いるのだ。 そういう、均衡やら協定やら、暗黙の了解やらを無視して行動に移り、それでいて周囲からの攻撃を受けても中々倒れずに、被害を撒き散らす組織や人やらが。 明石裕也が、前線に出る事を諦めたのが、そんな組織を相手にしての――事件だった。 十年前に行動を起こしたのは――アジア関係には影響を与える、人身売買のブローカー。 それ自体は珍しくは無い。 昨今、都会の中での行方不明者・疾走者・自殺者等の何割かはそういう関係に巻き込まれているのだから。 世界各国……と言うほどに、巨大では無かったが、少なくともアジアにある程度の影響を持っていた、新参者の組織だった。 巨大で歴史を持つ組織は、長続きしている分――人脈や、貸し借り、損得、長年の経験、協定やルールを把握している。 だが、十年前の犯人達は違った。 よりにもよって――関係者一同が、絶対に手を出さない学問・裏社会『魔法世界』に手を出したのだから。 魔法使いは、決して弱い存在では無い。 防御さえ敗れなければRPGの直撃も防げるだろうし、魔力があり、技術を持てば、たった一人で戦艦や軍隊すらをも相手にも出来るだろう。 余計な正義感さえ出さなければ、秘密裏に敵組織をゲリラ戦・潜入工作で壊滅させることも十分に可能なのだから。 結論として。 相手組織は壊滅した。 壊滅して、その利益は――大陸各国の由緒正しい闇社会に分配され、中にはきっと吸血鬼の餌になった物もいただろう。 だが――しかし。 誘拐事件の被害者の内、帰って来なかった者がいる。 人身売買の名の通り――幾人かは、すでに大陸に消えていた。 その瞬間のことを、彼は――今でも覚えている。 本気で、人間に殺意がわいたのは、後にも先にもあれきりだった。 なぜならば。 被害者の中には――彼の娘の名もあったのだから。 結局のところ――彼女が発見されたのは、事件から半年程後のことだ。 世界で最も治安が悪いと言われる――死にぞこないの集まる街でだ。 発見したのは、タカミチだった。 タカミチ以外の人材では、おそらく危険だったのだろう。 親切……では無かったものの、それなりに義と情とをわきまえた組織に拾われて。 そこで、彼女は――たったの半年間で、彼女は変わっていた。 徹底的に、変わってしまっていた。 普段の中では決して窺い知ることが出来ないが――彼女の眼は、もはや生者の目ではなくなってしまっている。 地獄を見た……歪んだ死者の目だ。自分の生に、そして命に興味を持たなくなってしまった。 日常に生きていても――その性質は、もはや変わることが無いだろう。 心の内に――拭いようのない、決して消える事のない、闇夜に潜む地雷の様な、圧倒的な煉獄を宿してしまっている。 龍宮真名と同じように。彼の娘もまた、戦場を知っているのだから。 (本当に) 彼は、眼鏡で表情を隠しながら、息を吐く。 ――因果な世界だと思う。 今が停電中では無く、手元に煙草があったら、間違いなく吸いつくしていただろう。 人間が存在し、そして闇が存在する以上。何処かで誰かがその闇の犠牲となるのは、どうしようもないことなのだと、理解している。 だからこそ――彼もまた、もはや『魔法使い』という存在の正義を信じてはいない。何所まで言っても、人間である以上――そこには、正義も悪も、人間の数だけ存在すると言う事を――心に、刻み込まれたのだから。 『魔法使い』の存在を、否定する気はない。そこまで偉いとも思ってはいないが、正義などは――もはや信じられなくなった。 大事な娘が壊れてしまったそのことに。 もはや、取り戻すことの出来ないその思い故に。 そしてそれを知ってもなお――娘の境遇に、同情し手を差し伸べることしかできない自分自身に。 自分自身の正義が、保てなくなった。 明石は、想う。 自分は――弱いのだ。 《赤き翼》どころでは無く――タカミチ・T・高畑や学園長のように、世界の闇を知ってもなお、自分自身の為につき進めるほどに強くなかった。 妻を亡くし、娘が変わってしまって以来。 彼に出来る事と言えば――せめて、今のこの学園を。娘の住む、この地の短い安息に協力することしか出来ないのだから。 「《教授》?」 黙りこくってしまった彼に、後輩の眼鏡の少女が尋ねたその声で。現実へと引き戻される。 「いや……昔のことをね」 思い出していたよ、と言って――彼は、寂しそうに笑う。 眼鏡で表情を隠したまま。 彼は、娘を想う。 (あの子は、二度と元には戻らないだろう……) 今でも時折、闇を孕んだ目をすることがある。 クラスメイトとなった時のことだ。あの《闇の福音》に、彼は言われた事がある。 『明石はまだ青い。……覚悟や経験とは、まったく別の――命の価値に関する部分でな』 まあマシな人間だ、と彼女から評価を受けた明石は。 『精々、鍛えさせて貰う――文句は無いな?』 そんな風に言われて、頷いた。 少なくとも自分には不可能なのだ。 そして――彼女が、決して無慈悲で冷酷な存在では無いと、彼は知っている。 だから、今とは言わない。 ネギ・スプリングフィールドと共にいること一年で、何かしらの変化が合ってくれるのならば。 それは、きっと歓迎すべきなのだろう。 そして――今の娘に、情報を送る。 侵入した何者かに操られた、佐々木まき絵を止めるべき奮闘する、娘に向かって。 父親として出来る事など、もう彼には、それ以外には殆どないのだから。 ○ 麻帆良の上空で。 闇の中、迷彩を展開して飛行する一体の龍がいる。 青い色に、鋼の体を持つ、巨大な竜。5-thGの生き残り――《雷の眷属》である。 [――ヒオ。西方十時の方向に侵入者を発見した] 『はいですの。……原川さん』 「ああ。今連絡をいれた。ガンドルフィーニが向かうらしい」 彼らの仕事は――役に立たない電子系監視システムの代役である。 なにせ、この《雷の眷属》はもはや数少ない5-thGの生き残りだ。機竜の名に恥じぬ性能を持っている。 内蔵された機構を稼働させれば、例え概念空間だろうと結界が展開されていようと、ある程度以上の情報を手に入れる事が出来る。 あの7-thGの四龍兄弟を相手にしたときでもそうだった。 現状、この機竜は、おそらく今現在駆動している麻帆良の機械の中で、トップクラスに有効な物だろう。 夜空を、自在に――とまではいかないが、それなりに自由に飛び回っている機竜は――。 [ヒオ] そんな風に、声を掛ける。 『なんですの?サンダーフェロウ』 [麻帆良の女子中学校周辺で概念空間が展開されたぞ。3-Aの彼女だと思うが] 『そう……ですか。――どうしましょう、原川さん』 「任せておけ」 原川の言葉は簡潔だった。 「心配ならば映像くらいは見ても良いだろうが、あちらは彼女達に任せておけ。――下手に内部に介入してUCATの立ち位置を危険に晒す訳にもいかない。それに」 原川は、一回言葉を切る。 『それに――なんですの?』 「いや。……譲れない仕事は、誰にでもある物だろう」 『はあ、例えば?』 「お前の世話をするのが、俺の仕事であるように――彼女達の仕事をするのが、あの流氷と牢獄の担い手だろう」 [原川。……お前は時折、殺し文句をさらりと言うな] 「そうか。気にするな」 ヒオからは悶えている感覚が伝わってくるが、原川は無視をする。この程度以上のこと。具体的に言うならばロリコンの謗りを受ける事を覚悟した上での「夜」のアレヤコレヤなど出来る訳もない。まあ、あの全竜交渉での面々の中では、最もまともなカップルだろうと思っている原川であるが。 それはともかく。 「もしも俺ならば、そこで手を出されたくはない。それはお前もそうだろう?ヒオ・サンダ―ソン」 『そうですね。……はい、そうです。同じ目的の人以外には、あまり出しゃばって欲しくないですのね』 そういうことだ。 何も――そう、言い方は悪いが、事情を知らない部外者が口を出しても良いのは。 それ相応の覚悟を持っている者だけなのだから。 そして、今の彼らは、それが出来る状況にはない。 映像を見ながら、ヒオが言う。 『これは……水、ですのね』 「ああ。吸血鬼の弱点だな」 《雷の眷属》は策敵を続けている。 『P-rzって……プリズン、の意味でよろしかったのですのよね?』 「ああ。そうだな。純粋に相性が良い。彼女が展開した2ndGの概念は――名前が力を持つ世界。――彼女の名前から考えれば、水を操って当然だろう」 何せ彼女は――大河を冠しているのだから。 例えば。 会話こそ少ないが、彼女の父親が技術者だということは知っている。 前線では無かったが、中線とも言うべき部分で、彼女はあの最終決戦を生き抜いたのだから。 だから、特に心配することもない。 原川は、映像を消して《雷の眷属》からの情報を整理する。 全竜交渉部隊とは――言わずとも良い。そう言う、仲間だ。 ○ 前衛を葛葉刀子に任せ、後衛で砲撃を放つ。 「メイプル・ネイプル・アラモード」 佐倉芽衣にとって――魔法とは、即ち道具である。 かつては、確かに先輩である高音・D・グッドマンのように、魔法使いという存在に憧憬を覚え、そして人を救うべくあるのだと言う考えを持っていた。 だが――今は違う。 確かに、救える人を救おうとするのは人間として当然であるだろうし、救わずに逃げるのはどうかとも――思うのだが。 今の芽衣にとっては、魔法と言うものが便利で会っても、しかし依存をして良いものであるとは思えなくなっている。 詠唱をし、発動する。 「赤き焔」 紅蓮の光球が相手に直撃し、爆発と共に吹き飛ばす。加減はしてあるから死にはしないだろう。 卒業をした、アメリカでのこと。 ジョンソン魔法学校において――魔法使いという存在が、決して正義の味方では無いと言う事を、教えられたのだ。 偶然、偶然にやってきた――アメリカの対妖魔特殊部隊。エンジェルセイバーの青年。 リュータ・サリンジャーに。 魔法学校は基本的に安全だ。 だが――しかし、全てが全て清廉潔白と言う訳では無い。 麻帆良とてそうなのだから、アメリカの状態とて、推して知るべきであろう。 芽衣が、リュータに出会ったのは――とある事件でのことだ。 いや、言い方を変えるのならば、それは事故か、あるいは災厄と言うべきか。 アメリカの魔法学校を襲ったのは――人為的な災害だった。 実地研修中の魔法学校生、芽衣達のいたクラスはその日――たった一体の魔神によって壊されたのだ。 クラスメイト30人の内、生存者は僅か三分の一。 だが何よりも芽衣の心に傷跡を残したのは。 魔法学校を存続させるために、魔神の襲来があったことがごく一部を除いて秘匿され、そして――無かったことにされたと言う事だった。 芽衣は腰元から、一丁のサバイバルナイフを取り出す。 これは、その魔神を退治してくれたエンジェルセイバーの備品だ。あちらを経つ時に、こっそりと渡されたものである。 事件以降。 芽衣は――現実を知った。 考えてみれば当然のことだ。魔法使いや其れに類するものが、秘匿されると言うならば――そこで、仮に事故・事件等で死者が出た場合、極普通に情報操作をされ、そして始末されるのだと。 魔人や吸血鬼、そして魔神――そういった、人間以上の存在が関わった事件は、特に厳重に。まるで封印されるように、片付けられる。 現に。この学園において、ジョンソン魔法学校での事件を、きちんと把握しているのは――学園長と、タカミチ・T・高畑と。そして、彼女自身が話した……例えば、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルであったり、ルルーシュ・ランぺルージであったりのみだろう。 芽衣は、それ以来――魔法を手段・道具として見るようになった。 死んでしまったクラスメイト達は――交通事故で死んだと発表されている。彼らの家族でさえも、それ以上のことを語ろうとはしない。 表に出そうとしないのことを、至極当然であると受け入れている。 芽衣にとって、それは――気味が悪かった。 芽衣とて、もはや中学生だ。理屈はわかる。表に出すわけにいかないと言うのも、十二分に把握している。 だが、しかし。 ならば――そうやって死んで行った者たちの意思は、どうなるのだ。 どこに、消えて行ってしまうのだ。 運が悪かったのはそうだろう。実力が無かったのも、仕方が無かったのだろう。 だが、事件そのものすらも隠蔽してしまう意味は、何所にある。 芽衣が今、ここで生きているのは――本当に、運が良かっただけなのだ。 死ぬ前に、エンジェルセイバーがやって来てくれたと言う、ただそれだけの話なのだ。 無謀にも魔神に向かって行った男子も、逃げまどい泣き叫び死んで行った少女も、囮になって時間を稼いでくれた教師も、皆。芽衣にとって――大事な友人だったのだ。 その死が隠されてしまう。 消され、失われてしまう。 彼らのいた意味は、意思は――生き延びた芽衣にしかもはや解らないだろう。 あの事件で生き延びて、それでもなお、魔法世界に関わっている人間は――彼女一人なのだから。 佐倉芽衣にとって。 故に、もはや魔法とは道具である。 自分自身が生きるための、手段である。 正義の味方であるつもりはない。ただ、自分と、自分が本当に守りたい人間だけを――守れるようになれれば、それで良い。 そうやって生きる事が出来るように、助けてくれた彼らにこっそりと、しかし容赦なく鍛えられて。 その選別として、このナイフを譲り受けた。 塚の部分には、確かにサインが刻まれている。 リュータ・サリンジャーと、ジョージ・レッドフィールドの名前が。 「メイプル・ネイプル・アラモード」 芽衣は呪文を唱える。 これを決めたのは、向こうの学校だった。 それを知る者は、もはやいない。 ○ 学園の一角で。 「♪~~」 フンフン、と鼻歌を歌いながら、たたずむ女子が一人。 周囲には無数の流血。 散乱した屍。 そして、鋏であったり、ホチキスであったり、コンパスの針であったりがある。 ザクザクと、幾つもの死体に突き刺さっている。 その内の何体かは、頭と体が分かれてしまっている。 それを行った凶器は、彼女の人工の手の内でクルクルと回転していた。 この鋏が何であり、そして彼女がどのような存在であるかを知る者ならば――殆どが近付かないだろう。 近づくとしたらそれは、彼女よりもよほど腕の立つ存在か、あるいは彼女の同族か。 それか、鋏の名の通り――《自殺願望》の者だけだろう。 少女の名前は零崎舞織。 徹頭徹尾、理由無く人を殺す性質を持つ、最も忌み嫌われる殺人一家の最新の娘である。 「えらく汚れてますが、大丈夫ですか?ゼロさん」 そんな風に、彼女の見る先には――《泡》によって飛ばされた、一体の人形がいた。 《福音》の配下・殺戮人形そのままのチャチャゼロである。 「マアナ」 同じように、ファルシオンを楽々と振り回す人形である。 ブンブン、クルクルと二つの音を交差させながら、二人は麻帆良と外の境界線付近を、ふらふらと歩いている。 目的は――まあ、あえて言うならば侵入者の排除なのだが。 しかし、そう簡単には出会えない。 「暇ですね~」 「ソウダナア」 両者とも。 チャチャゼロは当然として舞織も、自分自身が人間であるとは思っていない。 舞織は――あの人類最強に、存分に完膚無きまでに叩きのめされて以来(それはもう橙色のおかげで満足に動けないくせに、顔面入れ墨の兄と二人で責めて行って、片腕で戦闘不能に追い込まれたくらいに負けたのだ。)己の為に殺す事は無くなっている。しかし、そこは零崎。あの最強も、ある程度までは事情を知って、組んでくれている。 正当な理由がある場合のみ――まあ、何とか許可を出してくれた。 それは例えば、家族に手を出された時だとか、正当防衛であったりだとか――もしくは、きちんとした契約の上であったりだとか。 そんな物に制限されているのは、正直――殺す事が無いと息苦しい、生粋の殺人気にとっては不服なのだが。しかし、家族を危険にさらし、そして一賊全滅の危機を自分たちから呼び出すのもどうかと思う。 「あ、化け物発見ですね」 「ソウダナ」 目の前に――召喚されたと思しき、鬼がいた。 外見と言い体格と言い、普通の女子……いや男子であっても戦慄を覚えずにはいられないだろうが、あの人類最強や、そこまでとは行かなくとも『殺し名』の人材と比較して見れば、全然ザコである。 「♪~~♪」 「ケケケケケ」 軽い鼻声と、笑い声で――共に、簡単に始末していく。 舞織の――細い足から飛び出た大鋏が、容易く鬼達を切断し、チャチャゼロの刃が切り刻んでいく。 ザシュリザシュリと血飛沫が舞う。 ドスリドスリと突き刺さる。 クルクルと鋏が回る。 グルグルと大刃が踊る。 月下の元、舞い踊る二人は――鬼たちよりも、ほよど恐ろしい怪物だった。 「ところで、ゼロさん……。私と一緒に行動して、楽しいですか?」 「マアナア……オ前ト一緒ダト、妙ニ獲物ガ多イカラナ。……アア、ゴ主人カラノ許可ハ貰ッテルカラナ。今日ハモウ、スキ勝手ニ遊ンデ良イトサ。……サア、次ハドッチニ行ク?」 「じゃあ……右に曲がりましょうか。なんとなく相手が多くなりそうです」 「ヨシ」 おそらく。この大停電においても、普段とやっていることが最も変わらない一人と一体であった。 ○ レレナ・パプリカ・ツォルドルフは、視界の中で、少年と《福音》とがぶつかり始めたのを確認する。 同時に、神楽坂明日菜と、絡繰茶々丸の戦いが始まったことも。 勝ち目は――正直、薄いだろうと思っている。 だが、どんな結果になるにせよ、あの少女と少年には――大きな経験となるだろう。 「頑張ってくださいね」 呟く。 レレナの役目は、見届ける事だ。 そして《福音》の意思と行動を――伝える事でもある。 それが仕事である以上、介入することは出来ないし、してはいけないだろう。 女子寮の屋根から、飛びあがった少年達を見る。 彼女がいるのは、女子中学校校舎の屋根の上だ。夜目が効く彼女ならば、支障はない。 彼女が麻帆良にきて――十日間。 長い様で、短い期間だった。 これが終わった後――どうなるのかは、まだ判らないが。 しかし、とても、楽しい十日間だった。 エヴァンジェリン、茶々丸、ネギ、明日菜、霧間凪……この十日間で、色々な人に関わった。レレナは、ほんの僅かに懐かしみ。 そうして。 「あれ?」 彼女は、そこで気が付いた。 おかしい。 彼女の役目は、基本的に監視だったはずだ。 ハーフではあるけれども、「カンパニー」から送られてきた調停役であり、基本的に中立の立場にあり……そして、この事件を見届ける事こそが、仕事だったはずだ。 学園の誰からも攻撃を受ける義理は無いし、よしんば恨みを買った覚えもない。 まして――いまは、吸血鬼の性質もあるのだ。 「……え?」 あまりにも、それは唐突だった。 軽い、あまりにも軽い衝撃故に、何か起きたのかはさっぱり分からなかった。 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ。現在は「吸血鬼」と「人間」と関係を結ぶ、「カンパニー」の調停役に就く女性。 「な、んで」 ならば何故―― 私が、背後から刺されているのだ? ゴボリ、と血がせり上がり、口元からこぼれて行く。 わからない。 体の中心を貫通するそれは、おそらくはナイフだろう。 黒の僧服に、鮮血が染み込んでいく。 「どう、や、って?」 もう一度言おう。 彼女は――吸血鬼の性質でもあるのだ。 ハーフの性質故に、吸血鬼の弱点は効果を大きくはもたらさず、そして肉体や感覚器官は――人間よりも向上している。 それなのに。 相手は、レレナに気が付かれることなく――行動を終わらせていた。 傷口は熱く。 刃は、ひどく冷たく。 足から力が抜ける。 解らない。 判らない。 「誰、が」 こんな事を、したと言うのだ。 ドサリ、と地面に倒れたレレナは、チャリン……と、胸の十字架が鳴った音を聞く。 横づけになった顔が、地面に付く。 右目で、自分の背後にいるであろう人物を見る。 「!?」 その人物の――顔を見る。 (何、で!?) なぜだ。 わからない。 頭の中が、混乱する。 何故。 どうして。 何故、ここにいるのだ。 レレナを後ろから刺したその人物は。 そこにいるはずのない人物だったのだから。 何が起こっているのか。 分からない。 ワカラナイ。 ドクドクと、倒れた体から、赤い血が流れ出て行く。 閉じかけ、霞む視界の中――レレナを刺したその人物は。 にこり、とレレナの知るそのままの顔で笑った。 そしてレレナは意識を失った。 停電の裏で。 陰謀が、動き始める。