ネギま クロス31 第二章《福音編》カーニバル・表舞台① 午後八時。 学園内の全ての電力が、限定された一部を除いて落ち。 彼女を縛っていた封印が、消滅する。 ――そして。 それは、来た。 例え、彼女のいたログハウスより、最も離れた場所にいた魔法教師ですらも、わかる。 巨大な、だとか。 凄い、などという、そんな形容詞では言えないほどの。 圧倒的な、魔力。 それが、まるで波動のように空間に伝わり。 うねり、押し寄せ。 奔流となって、現れ。 皆の体に、叩きつけた。 ○ 女子中学校校舎内。 「こ、こいつぁ、マジで」 肩に乗ったカモ君の声も震えている。 僕でも。 いや、魔法を知り、魔力をしる物ならば――悟ってしまう。 嫌が応にも、悟らざるを得ないだろう。 エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルの、その実力を。 僕は思う。 父さんは――こんな相手に、勝ったのか。 勝って、そして自らのメンバーに加えたのか。 カモ君の調べて来た情報が、偽りなく真実であると理解する。 彼女が、真の強者であることを、理解する。 そして――今、僕の相手であることを、理解する。 「行くわよ、ネギ」 「……ええ、明日菜さん」 それでも、僕は目に進んだ。 もう、進むしか道が無い、とも言える。 ここで引いたら、それこそエヴァンジェリンさんは――僕から興味を失うだろう。 だけれども、彼女の興味だとか、あるいは自分の実力だとか、そんな事はどうでも良く。 僕は、想う。 ここが、戦場なのだから。 僕が、戦場に、ここにいるのは――自分の意思を示すためなのだから。 逃げてはいけない。 なのはさんが、かつて僕に言った。 『逃げたら――君は、二度と杖を持てなくなる』 その通りだ。 ここで逃げたら――僕は、一生それを引きずるだろう。 自分の目標を、自分で否定することになるだろう。 僕は答えた。 本当の魔法は、ほんの僅かでも良い、勇気なのだと。 ならば、僕は前に進むのだ。 その勇気を振り絞って。父さんや、目指す領域にいる人達の後を追えるように。 僕の意思は、決まっている。 エヴァンジェリンさんが、僕の前に試練として身を捧げるならば。 それに答えるのは、一つ。 エヴァンジェリンさんに、負けを認めさせること。 カモ君の言った推測が、僕も正しいと思う。 だからこそ。 ――僕は、彼女の意思を、砕いて見せよう。 自分の意思で、彼女に勝って見せよう。 そんな時。 「ケッ、随分トマア、楽シソウナ精神ヲ感ジルジャネエカ」 上から、声と共に斬撃が降ってきた。 ○ 停電時。 大浴場・「涼風」にて。 「あ~電気消えちゃったよ。……亜子、見つかった?」 「……う、いや、あらへんな」 そんな会話をしている、明石裕奈と和泉亜子。 二人がここにいるのは、ひとえに友人・まき絵の頼みの為である。 大河内アキラは何をしているのかと言えば――なにやら、大停電の日に頼まれた仕事があるらしい。ゴメンと言われて、断られたのだ。 まき絵が持っている――何でも知り合いから貰った、貴重な銀製の代物(常に持ち歩いている)を、この辺りで落としたと言う話を聞いた裕奈と亜子は――こうして、停電までそれらを探していた。 そのまき絵は、と言うと。 「………………」 一心不乱に探しており――一言も、言葉を話さない。 「まき絵~?どう?」 そんな裕奈の言葉にも反応せず。 「……まき絵?」 亜子の声にも、答えず。 一心不乱に。 否。 何も動かず。 先程までは動いていた筈の肉体が――まるで、硬直してしまったかのように、動かずに。 それは――止まっていた。 「――?……まき絵?」 流石に、おかしいと気が付いたのか。 亜子がまき絵に声をかけ。 「――っ!ダメ!亜子、下がって!」 咄嗟に――野性的な勘で、裕奈の上げたその声に。 「え?」 振りむいた亜子の首筋に――。 まき絵の八重歯が突き刺さった。 ○ 走る。 闇の中の失踪は、危険だが――魔力の供給で、眼の力が上がっているからだろう。 走るのに苦労はしないが――しかし。 体が重い。 走る明日菜にしがみ付く塊が、体の動きを拘束しているからだ。 纏わりつくのは、布と綿とが詰まったただのぬいぐるみだが。 「――こっの」 明日菜は、前方に湧き出た――影から生み出されるように現れるぬいぐるみを、蹴り飛ばす。 「邪魔!」 魔力供給された人間の蹴りは――例え素人でも、岩を砕くほどの威力を出す。明日菜ほどの体力と、今現在は彼女は走っている最中だ。加速力で、その威力は跳ね上がっている。 振りぬかれた左足が、ぬいぐるみに直撃し――簡単に吹っ飛ぶが。 ぬいぐるみは――布なのだ。 蹴られても衝撃を吸収し、空気抵抗で遠くに飛ばされる事もなく。 ある程度宙を飛んだら、そこで地面に落下し――土や砂で汚れただけで、起き上って来る。 そうして、幾度も幾度も飛びかかり。 避けきれなかったぬいぐるみが、体から離れない。 しがみ付いているだけならばともかく。 視界を塞ぎ。 髪や服を引っ張り。 そしてなにより。 「鬱陶しい!」 精神的に、凄く屈辱感を味わうのだ。 麻帆良の女子中学校と、明日菜達の住む寮、そして図書館島の位置関係は――以前木乃香が話していたが、正面から見た場合、中央・右・左の順になる。より正確には――中心角が開いた大きくVの字型に近い物だと思えば良い。 字の両端に位置するのが図書館島と寮であり――この二つを結ぶ通りの一つが桜通りである。明日菜達がいるのは中学校から寮へと向かう道路だった。 「ええいっ!」 叫ぶ明日菜は、ミイラウサギのぬいぐるみを街灯に叩きつけて振り落とし。頭上、ネギを見る。 上空ならば被害は少ないかと思ったが――しかし、相手は、そう甘くなかった。 夜空に、何かが煌く。 明日菜でも、辛うじてあることが解る位。 月にかかっているからこそ、眼を細めてやっと視認できるそれは―― 「……糸」 正確には糸では無く、絃だったが。 空中には――無数の糸が走っていた。 ○ 夜空。月光の下。 進路方向を塞ぐように張り巡らされた糸は、まるで蜘蛛の巣のようだった。 「カモ君!――これって!」 下降と上昇を繰り返し、回避する。僕の動きを拘束するためだけの糸だ。飛べない明日菜さんには人形が迫り――僕には、この無数の糸が迫る。 「ああ……確か『人形遣い』は、周囲数キロの絃を自在に操れるって、聞いたことがありやすぜ」 一本一本が、裁縫の糸より細いくらい。カモ君が言うには――本当ならばピアノ線レベルにもできるらしいので、つまりは手加減されているのだろう。 細くて軽いから、当たっても全く支障はないけれども――スピードを落とせないのだ。 なぜなら―― 「ケケッ!トロトロシテルト追イツイチマウゾ?」 壊れた笑いのまま、追いかけてくるキリングドールがいるからだ。 おそらく、僕を消耗させるための存在。 体験してみれば判るけれども――追跡される事は、凄く神経を使うのだ。疲労が貯まる。 殺されないけれども――捕まったら、おそらく相応に恐ろしい事をされるだろう……というのは、協力してくれた凪さんのコメントだった。 果たして何をされるのか、それは教えてくれなかったけれど……耳打ちされた明日菜さんが、赤くなったり青くなったりしていた以上。きっと危険なことなんだろう。 左右に飛んで、正面の糸を回避し―― 「兄貴避けろ!」 その声に咄嗟に、上昇する。 さっきまでいた空間を通り過ぎ、ダンッ!と音を立てて、路上に大きなナイフが突き刺さる。 気を抜けない理由がこれだった。 時折、捕まるのとは別の意味で危険な、大振りの刃物を投擲してくるのだ。 遠くから、じっくりと――獲物をいたぶるように。 「――はあっ……カモ君、明日菜さんは」 息を吐いて、尋ねる。 糸が――きちんと集中すれば、回避できるように張ってあるのが、巧妙だった。左下から抜け、右下へ上昇し。 「ラス・テル・マ・スキル――」 前方、魔法の矢を射出し。 それぞれを互いにぶつけて相殺させ。 その余波で、糸を切断し。 乱れた空間を、一気に渡り――上昇する。 建物は、つまり糸の接地面が多い。 できれば障害物の無い、空が良いのだが。 あまり離れると――今度は、明日菜さんに全ての目が向くのだ。 息を整えるくらいしか、高く飛んでいられない。 ――違う。 息を整えるくらいの時間を、与えているのだ。 遊ばれているのである。 「……っ無事でさあ」 前方と左右を僕が、後方と明日菜さんを見るのがカモ君の役目だ。 身体能力が上がっているし、運動能力が高い明日菜さんだ。僕は一瞬、安堵するけれども―― 「気イヌイテンジャネエヨ、ガキ」 その一瞬の緩みを狙って、人形が数十もの刃物を投擲する。どこから取り出したのか分からないけれども――。 殺到する銀色の群れは下から伸び――。 「――っく!」 回避した僕は、いつの間にか巻き付いた数十以上の糸で、強引に地上に牽引され。 下降を余儀なくされる僕に――。 今度は、先ほどの刃物が落下し、雨のように降り注ぐ。 「《風よ――》!」 「ネギ!」 僕に並走する明日菜さんの、二人に。 「《我らを!》」 突風を与え。 刃の群れを吹き飛ばし。 強引な加速で、引き離すが――再び、糸とぬいぐるみの攻撃だ。 そうやって何回か繰り返す。 何回目だったか。 桜通りに並行する、道路の一本で明日菜さんと並走した際に、 「ちょ、っと……これ、本格的に、やばい、わよ」 そんな風に、言われる。 体力では無い。 千日手の様な。そんな、精神的な攻撃が大きいのだ。 僕はまだしも――明日菜さんには、特に。 喧嘩でも無く、そもそもこれは――エヴァンジェリンさんにとっては――ただの前座なのだろう。 搦め手で、精神を消耗させる……やることに、容赦が本当に無かった。 寮が見えてくる。 ようやっと――だ。 ここまで来るのに、十五分以上かかってしまった。 「マア、ココマデハ来タカ」 後ろで、人形が凶悪そうに笑って。 おそらく、ケラケラと笑っているのが、雰囲気で判る。 そして。 「ソレジ――」 フッ――と。 人形の声が消えた。 振りむいた先にあるのは、ただの夜の空だけ。 さっきまで何かを話していたあの存在は――居なくなっていた。 ○ チャチャゼロの現状を、最初に状況を正しく認識したのは、ウィル子だった。 「マスター」 『……何が』 通信から聞こえる声に、ウィル子は簡単に一言を言う。 「チャチャゼロさんが、生徒と対峙しています」 『……生徒。――3-Aの?』 「ええ……」 『……状況は』 「今、ルルーシュさんにも送ってますが――これは……絃ですね」 エヴァンジェリンが生み出した糸を、逆に利用している存在がいると言う事か。 『――誰、が?』 その問いに答えようとしたウィル子の耳に――聞こえてくる、曲。 チャチャゼロに、ネギの追跡を断念させた――否。 おそらくは――相手が、チャチャゼロを糸で引っ張り上げ、そして糸を利用された事で――チャチャゼロが、邪魔をするなとその相手に言ったのだろう。その相手が、笛を吹いているのだ。 「これは――」 ネット上でも、噂として流れている、死神の伝説があった。 神出鬼没、その人が最も美しく輝いている時に殺しに来ると言う存在は――例え夜でも、口笛を吹く。 どこか物悲しい――アレンジされた。 ニュルンベルグのマイスタージンガー。 ドイツが作曲家ワーグナーの超大作を象徴する、名曲。 それを聞きながらもウィル子は、ヒデオに、口笛を吹く「彼女」の名を言った。 ○ あの人形が消えたあと。――僕と明日菜さんは大浴場を目指す。 いきなり消えた理由は分からない。 でも、息を整えるのにも――冷静さを取り戻すにも、都合が良かったのは確かだ。 エヴァンジェリンさんの膨大な魔力にかき消されていて、ほとんど分からないけれども。 あちこちから、普段は抑えられているだろう魔力が感じられる。 これも――停電の、影響なのだろう。 他にも思う事はあるけれども――今は、エヴァンジェリンさんの事が、最優先だ。 そんな風に考えながら。 僕は箒を、女子寮の外を回るように露天風呂に向ける。 明日菜さんを乗せて飛ぶのは……何故だか難しいけれども、とにかく浴室に向かう.。箒に乗せてゆっくりと上昇し――開いた廊下から中に入り、音をたてないように。 ――いや。 そうじゃない。 冷静に注意を払えば、わかる。 明日菜さんが、息をのんで。 「ネギ……ここ、もしかして」 静かすぎる。 そう言う事を言いたいのだろう。 「大丈夫、です」 やったのが誰なのかは分からないけれども――以前の、桜通りの様な不気味さでは無い。むしろ、もっと静かな、眠りに誘うような静けさだ。 明日菜さんを床に下ろし、僕も歩く。 明かりの消えた建物は、皆寝静まっているのか――それともこの結界の効果によるものなのか、異様なほどに静かだった。 涼風の湯までは、ほんの数分のはずなのに。まるで迷宮に入ってしまったかのように、長く感じる。 その時。 「 」 遠く響く、澄んだ――。 子守唄が。 聴こえた様な気がして――。 とっさに振り向くけれども。 一瞬。 小柄な、臙脂色のケープを纏った女の子が見えた――。 気がした。 よく見たら、誰もいない。 誰も、いなかった。 気の勢ではないのだろうけれども――僕には、見えない。 明日菜さんも――気が付いたのだろう。僕と同じ用に反応したけれども彼女も、やはり何も見えなかったようだった。 「……あまり長居しない方がいいわね。……行くわよ」 「……ええ」 今の歌声が――きっと、この結界を生んでいるのだろう。エヴァンジェリンさんの仲間かどうかは分からないけれども……これは、きっと無関係な人に被害を出さないための方法だ。 階段を上がり、大浴場に。 引き戸に手を掛ける。 この中に、エヴァンジェリンさんがいる。 一瞬、躊躇したけれども――明日菜さんが、僕に手を重ねてくれる。 そうして。 目で、互いに合図をして――中に入る。 その時。 図っていたかのように、タイミングよく。 バリィィン――と扉の一枚ガラスが砕けて。 僕も明日菜さんも身構えるけれども。 入り口にいた僕と明日菜さんの前を横切り。その影が――飛んでくる。 視界、右から左に横切ったそれは、紛れもなく人の形をしていて。 脱衣所の壁に激突し、どう考えても破壊したという表現で、籠を巻き込みながら埃を飛ばし。 続けて、その影に重なるように、飛んできて追突するもう一方の影。 起きあがりかけた、最初の影に追突し、二人揃って木の山に埋もれる。 僕も明日菜さんも、油断をせずに構えているけれど。 壊れた木材の山の中から。 「……ったあ」 頭に手を当てて、軽く振って。 予想外の人物に。僕と明日菜さんは動きを止めた。 よろよろと、起き上ったのは――。 「ゆ、ゆーな、……さん?」 出席番号二番の――明石裕奈。 そして。 「……まき絵、力……強すぎるねん」 出席番号五番の――和泉亜子だった。