[今日の日誌 記述者・佐々木まき絵 ネギ君が元気になった。 あのお風呂での歓迎会は効果があったのかもしれない。 ……いや、勿論冗談だけどさ。 でも元気になってくれて良かったなーと思っているのは本当。 私馬鹿だけど、ネギ君の授業は好きなんだよね。 楽しいし、優しいし。解らなくても質問できるし。教えてくれるしね。 ネギ君見てると、何か落ち付くって言うか。 ……いや、そう言う意味じゃ無いよ? 実はさ、図書館島から帰って来て以来、何か眼の奥が微妙にこう、ぞわぞわするっていうか、そんな感じがしてさ。 ネギ君見てると治まるんだよね。 しかも、ネギ君だけじゃなくて、エヴァちゃんとか美空ちゃんとか――ああ、瀬流彦先生とか高畑先生、学園長先生でも大丈夫なんだけど。 一回見れば、普通に一日は大丈夫なんだけれど……目のお医者さんは、何にも問題無いですよ、って言ってたし。 知らず知らずの内に、眼で追ってしまう――まさかこれは。 『変』?……て、ああ、これじゃ無いよ! こっちだよ、こっち。 『恋』? ――なのかなあ、委員長] ネギま クロス31 第二章《福音編》その三 カモが来てから二日後のこと。 携帯電話の目覚まし機能で、明日菜は目を覚ます。 「ふあ……ねむい」 だがバイトに行くために起きて、着替えなければいけない。 枕に顔をうずめて唸っているネギを尻目に、衣装棚を開けて。 「……」 無言のまま、箪笥の真ん中、下着の棚で寝込んでいるソレを掴む。いや、この場合は握るとか捻るといった表現が正しいか。 「……こうして、下着ドロのオコジョは、ゴミ箱に捨てられ、そして気付かれることなく生ゴミとして焼却される事になりました。終わり」 部屋の隅におかれたゴミ箱に放り投げる。 その際に、小動物虐待とか言っている声が聞こえたが、気のせいだ。絶対に。 一番上の下着は毛が付いている様なので退かして、念の為に上から三番目を取る。 寝ぼけたままの木乃香が、まあまあ動物相手に怒らんといてな落ち着いてな、と宥めたが知ったことでは無い。 不機嫌なままに新聞配達に行く。 感情のせいだろう、いつもよりもハイペースで走りながら思い出す。 あのオコジョ、アルベール・カモミールはネギへの助言役としては確かに優秀だが。 実際は軽犯罪動物だった。 昨日のこと。 イギリスのネギのお姉さん、ネカネさんからエアメールで連絡が来た。 それによればあいつ、何でもかつて女性の下着を五千以上も盗んだ変態だったらしい。涙ながらに、それは妹の為だと言っていたけれども。 実はそれでとうとうお縄に付き、しっかりペナルティを掛けられることになって。 そこで、ネギの卒業した学校の校長先生が――どこからか、あれがネギが助けたオコジョだという情報を入手してきたらしい。 それで、紆余曲折を経てあのオコジョをネギの元に送り――保護観察処分としたらしかった。 何やらその時の経緯を思い出したくはないようで。よっぽどキチンとネギを助けるように脅されたらしかったけれど。 まあ、妹の為~云々、という話を聞いたネギは、普通にその時点で受け入れる気が満々だったけれども。 とにかく、信頼できる味方が出来たのは良い事だ。 (……感情を出せるようになったし) 何日か前までは、ネギは死体みたいな顔色で動いていたのだから。 そんな風に考えていたら、いつもより早くに配達が終わってしまい。 普通に余裕を持って登校できた。 そうしたら。 ネギが遭遇しちゃったんだよね。 エヴァちゃんと。 ○ 学校に着いた時。 「何をそんなにきょろきょろしてるんだよ兄貴」 そう、耳元で囁いたカモ君に、僕は言う。 「いや、それが――」 エヴァンジェリンさんがいないかと、と伝えようとして。 「お早う、ネギ先生」 そんな声が背後からする。 誰の声なのか――考えるまでもない。 昇降口、靴の並んだロッカーの影だったから僕の周りには生徒はいなくて……時々視界に入るけれども、その距離からじゃ普通に会話しているようにしか見えないだろう。 エヴァンジェリンさんは怖いけれども――でも、、震えなくなった自分に活を入れて、何とか振り向いて、顔をあげて。 「おはよう、ございます……エヴァンジェリンさん」 そうやって言う。 昨日のクラインさんの事から、考えたことの一つ。 それは、生徒が何を考えているのかを知る為に来ると言う事。 僕は教師だけれど、その義務感だけではいけない――それが一つだ。 僕から返事が返って来る事を意外に思ったのか、エヴァンジェリンさんはちょっと驚いたような顔で。 「――なるほど」 そうやって頷いた。 その表情は、一転して面白そうなものに変わる。 「まあ、多少は成長したと言う事か。私と視線を合わせられるのなら……及第点、か」 獲物を見る目付きなのは全く変わらないけれども。 でも、幾分真剣さが増して――しばらく前に見た嘲るような成分が減っている。 「良いだろう……生徒は襲わないどいてやる。ああ、しかし、だ」 ゾクリ、と寒気を覚えるような表情で。 「夜道には気をつけろよ?」 それだけを言って去っていく。 最後に。 「その隠れているオコジョからいろいろ聞くと良い……私の事をな」 やっぱりカモ君のことには気が付いていたようだった。 「ネギ、あんた大丈夫?」 教室に向かう途中で、明日菜さんがそう言ってくれる。 正直に言えば大丈夫じゃ無い。エヴァンジェリンさんが怖いのは事実だ。でも。 「昨日、カモ君に言われた事もあります……きちんと、エヴァンジェリンさんの目的を聴くまでは、大丈夫です」 学校に来たのは、そのためだけでは無いけれど。 クラインさんと話をして、考えた二つ目は……簡単なことだった。 義務感や、恐怖以外の感情を持ってくること。 単純な、僕が心に決めたはずのこと。 ――生徒に被害を出すエヴァンジェリンさんから、生徒を守らなくちゃいけない。 それは、図書館島では覚えていたはずのことだった。 怖かったせいで――すっかり忘れてしまっていた。 「今日の放課後……話をして見たいんです」 「……エヴァちゃんと?」 ――それはまだ怖い。 でも、クラインさんと同じ立場の彼女。 「いえ……茶々丸さんです」 彼女にならば話を聞けるような気がする。 四時間考えた事は、たぶんきっと無駄じゃ無かった。 怖がる前に―― 「生徒を信じないと、いけないと思ったんです」 クラインさんは。 厳しかったけれども、決して怖くは無かった。 得体の知れなさはあったけれども、話が終わってみれば――それはこちらが身構えていた事にも原因があったんだろうと思う。 「今日の放課後――茶々丸さんに会ってみます」 そう言った僕を見て。 「付き合ってあげるわ」 「付き合うぜ兄貴!」 明日菜さんとカモ君は、頷いてくれた。 ○ (茶々丸さんって……本当に良い人だ……) 放課後。 随分と印象が変わったネギに同意して、私達は茶々丸さんを追跡していたけれど。 尾行を始めてしばらくして。私達は感動していた。 泣いていた女の子の風船を取ってあげて、困っているお婆さんを背負ってあげて、川の真ん中の猫を救いに行って、子供からお年寄りに慕われて。 まさか、彼女がロボットだとは――知らなかったけど。 カモは、そういう問題じゃねーっすよ!とか言っていたけれども……まあ、本当に気が付かなかったのだ。 外見は人間と、それほど変わらないし。 確かに良く見れば、確かに関節とか人工物だったけれど。 そんな私達に気が付くことなく、彼女は広場に到着して。 そこで広げた、買い物袋から出て来たのは――野良猫と小鳥用の餌だった。 思わず私も、ネギも、さらにはカモも感動してしまったが――けれども。 本来の目的を忘れてはいけないのだ。 気持ちを入れ替えて。気合を込めて、ネギと共に彼女の方に近づいて行く。 「ネギ先生と、明日菜さん。それと――動物・該当データ検索・証合完了・オコジョ妖精と確定……ネギ先生の使い魔、ですか」 おそらく解析でもしたのだろう、茶々丸さんは私達三人に気が付いた。 夕暮れ時で、優しい空間で――間違っても、命を狙う相手と出会う場所には見えないけれど。 でも、今が絶好の機会であることは確かなんだ。 「茶々丸さ――」 私が尋ねようとした所で。 「待って下さい、明日菜さん」 ネギが、そう言って、私の前に出た。 「僕に、言わせてください」 そう、はっきりと話した。 その瞳は――確かに怯えているのだろう。 でも、おそらくは、さっきまでの行動を見ていた茶々丸さんだからか。 彼女が、決して悪い人間では無いと言う事を知ったからだろう。 しっかりと、正面から見つめていた。 「ネギ先生……何か?」 「茶々丸さん――教えてください。エヴァンジェリンさんが僕を狙う理由を」 場の雰囲気を感じ取ったのか。 子猫や小鳥が、本能的な危機感からその場から逃げ去っていく。 「……ご自分で、お聞きください。私からお話しする事は出来ません」 静かになったその場で。 彼らが去っていった方向を、おそらく僅かに意識しながら。 茶々丸さんが言ったのはそんなセリフだった。 「茶々ま――」 「ネギ先生」 何かを言いかけたネギの口を――茶々丸さんは遮るように言う。 「私は機械です。そして、私のマスターはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル唯一人です。そして私は、その言葉を尋ねられた時に――こう言えと言われました。『茶々丸に聞きに来るような真似はしないで直接一人で来い。その場では襲わないで置いてやる』……いかがでしょう」 それは――私も同行出来ないと言う事だ。エロオコジョ位しか着いていけないだろう。 エヴァちゃんの余りにも直接的な言い方に、ネギは目を開く。 エヴァちゃんは――ネギが、茶々丸さんに接触することを、予測していたんだ。 「これは個人的な意見ですが……断言しましょう。マスターは悪人です。しかし、こうとも言っておられます。『誇りある悪は不必要な犠牲は出さない』――ネギ先生が信用するかはお好きにして下さって構いませんが……少なくともマスターの言葉は嘘ではないかと思われます。ネギ先生が訪ねて行ったのならば、その勇気に見合うだけの情報は与えてくれるのではないかと」 淡々としていて。 今ではそれがロボットだからなのだと実感する。 ネギ本人も、彼女の言葉が嘘ではないのだと解っているに違いない。 あれだけ町の皆に慕われる彼女が――そんなつまらない嘘を付くはずか無いのだ。 「今すぐとは言いません。ですが、早い方が良い事は事実かと」 その言葉に。 「……はい」 ネギは頷いた。 「茶々丸さん。ありがとう――」 ネギは、きちんと目を見つめたまま。 「――ございました。話をしてくれて」 きちんと、お礼を言った。 私は、正直に思う。 ……うん、良いんじゃないだろうか。 教師と生徒の会話にしては、あまりにも不釣り合いだけれども――戦いにはならなかった。 彼女の意見も、きちんと聞けて。 それなりにネギも、きちんと話す事が出来るのだと――それを知ることが出来た、会合だったんだろうと思って。 「それじゃあ――」 また明日――と言って、帰ろうとした時に。 「明日菜さん。一つお聞きしたい事が」 今度は、私に対して茶々丸さんが声を掛けた。 「すみません。少しお話をしたいのですが……時間を頂いてもよろしいでしょうか」 「え?……うん。ネギ、先に帰ってて良いわ」 私の言葉に、ネギも頷いて去っていく。 茶々丸さんを信じることが、出来たみたいだ。 なんとなく安心して。 小さな、背広に包まれた姿が視界から消えた後で。 ネギが返って来ないことを十分に確認した後で――茶々丸さんは口を開いた。 「申し訳ありません。……どうしてもネギ先生には邪魔されたくない状態で、お聞きしたい事だったので」 「良いわよ。何?」 「明日菜さんは――ネギ先生の側に付くのですね?」 それのどこが、時間が掛かるのかと不思議に思いつつも。 「ええ」 私は躊躇なく頷く。 「それがどういう事だか、良く理解した上でのことだと取っても、よろしいですか?」 「……ええ」 これも――本当のことだった。 エヴァちゃんが、信頼のおける優しい人だと。私は気がついていたから。 「マスターの、昨日以前の言葉を、覚えていますか?」 「えっと……選択を後悔しても、決して前に進むのを止めるな――だったっけ。……うん、覚えてるよ」 「そうですか――ならば結構です」 私の言葉に――茶々丸さんは頷いて。 次の瞬間、彼女の膝が私の鳩尾に食い込んでいた。 ○ 「――!」 何か言おうにも、声が出せない。 口がそう動くだけで、息が吐けないのだ。 息苦しさを。 体の重さを。 何よりも困惑を感じて。 視界が揺れて、私は前のめりに、膝を付く。 「理解できずとも、お聞きください。明日菜さん」 茶々丸さんは、そう言って。 呼吸困難に陥り、左手で鳩尾を、右手で体を支えて蹲る私の肩を。 思い切り――蹴り飛ばした。 その行為に、微塵も躊躇が無かった。 重い体重の乗った一撃は、それなりに上背のある私をあっさりと地面から引き剥がして――仰向けに叩きつける。 「お聞きください」 ゆっくりと近づき――再び腹部に一発。 この衝撃で、息が吸えるようになり――同時に、鈍痛が這い上がって来る。 わけがわからない。 混乱する中、それでも。 「いき、な、り――!」 なにするのよ、と体を起こそうとして。 ドガリ、と胸を足で踏まれ。 再び、地面に後頭部をぶつける。 ギリギリと、ゆっくりと掛かる体重に、私の体が悲鳴を上げて。 「お聞き、ください」 彼女は――決して重くは無い。 けれども、ずっしりと掛かる体重に、私は体を起こせないでいる。 そのまま、茶々丸さんは――瞳を、こちらに向けて。 私と顔を合わせながら、言う。 「これは私の意思です。ですので、これにはマスターは関係がありません。そのまま黙ってお聞きください。話せないでしょうから、返事はしなくて結構です」 茶々丸さんは。 変わらずに表情が見えないままだ。 「明日菜さん。苦しいですか。痛いですか。怖いですか。あるいはそれ以外のどれかかもしれませんが」 グリ、と胸を踏まれ。 「あなたは選択しました。マスターの敵になることを。そして、即ち私と戦う事を。無論これは、ここで決着をつけようと言うのではありません。明日菜さん。あなたにご自分の立ち位置を。そして立場を教えるためのものです」 ゆっくりと胸から足をどけて。 今度は、襟首を掴んで片手で持ち上げる。 強引に、持ちあげられて。 苦痛と。 息苦しさと。 動かない肉体と。 それでも、声は聞こえている。 「意味が分からなくても、お聞きください。どう理解して頂こうと構いませんが、しかしそれでもです。――私はあなたに付いて、何一つも情報を得てはおりません。しかし、マスターがあなたを大事にしている事は理解できます。マスターは貴方が戦場において相対することを、本来ならば望まないのでしょう。しかし――自身にそれを止める権利が無い事もまた、十分に知っておられます」 ギリ、とさらに首元に手が食い込んで。 ゴホッ――という咳と音と共に、さらに息が苦しくなる。 彼女の腕を掴んでみるけれど……それでも、茶々丸さんの腕は緩まない。 「ですから覚えておいて下さい。この先にも、ずっとこのような事が続く可能性もあるのだと。マスターがネギ先生に恐怖を与えるのであれば、私は明日菜さん、あなたに同じことをいたしましょう。たとえその結果、マスターが私を許さずともです」 ほんの少し、右の指が緩んで。 顎で支えられる状態になって、呼吸が楽になるけれども。 今度は、頭に血が行かなくなって、苦しくなる。 宙釣りのまま、左手でもう一回、腹部に一発。 体が、ずしりと重くなる。 「マスターは決して手を抜きません。貴方が敵対した場合、マスターは心を殺して、あなたにネギ先生と同じことをするでしょう。苦しむ、明日菜さん――貴方へと罵詈雑言を浴びせ、心に恐怖の楔を打ち込み、おそらく殺しはしないでしょうが、徹底的に先生と同じことをするでしょう。私は――」 再び。 腕の力が強くなる。 「――マスターのその姿は見たくありません。自分の大事なものに危害を加えるマスターを、従者としてあるいはマスターの家族としても、決して見たくはありません。マスターは貴方の選択により、貴方を傷つける事になったとしても、決して手を止めはしないでしょう。その心の中でどれだけ悲しんでいようと、涙を流していようとも。なぜならば、マスターは自分の選んだ選択を――決して戻ることは出来ないと知っているからです」 それは、私にとって――とても悲しい事です、と彼女は言う。 「ですから。マスターが優しさを、敵となった貴方に与えるのであれば、私は敵である貴方に厳しさと恐怖とを与えましょう。マスターが貴方を傷つけたくないと思うのならば、私がその責を追いましょう。ですので、お聞きください。明日菜さん」 ゆっくりと左手を振りかぶり。 「貴方を傷つけるのは私の役目です。たとえマスターに壊されることになったとしても、これは私が行った所業です。私がマスターの為に、起こした行動です。これに怒りを覚えるのならば、私のみを――お怨みください」 もう一発。 鳩尾に食い込んだ攻撃で――私は意識を失った。 ○ 明日菜さんと別れた僕は、一人でゆっくりと歩いている。 そんな時だ。 さっき茶々丸さんが面倒を見ていた猫だろう、その子猫に手を出している女の人がいた。 二十を少し越えた位のお姉さんで、なんとなく修道女っぽい服装をしているけれど――あくまで雰囲気だ。 道端。教会のような建物の近くで、しゃがみこんでいる。 黒い子猫に手を出して、懐かれようと思っているようだけれども難しいらしかった。 通り過ぎようとした僕は。 なんとなく――目が合ってしまって。 「こんにちは」 「あ、えっと、こんにちは」 そうやって挨拶をしてきたその人に、僕も挨拶を慌てて返した。 お姉さんは――外国の人。奇麗な金髪をしていた。 なんとなくそのまま、僕達は会話をする。 とりとめのない、と言うのが一番正しいのだろう。 気が付いたら仲良くなっていた。 自己紹介をして、友達になった。 「黒猫がね」 「はい」 「昔、お世話になった人が飼ってたんだ……だから、ちょっと思い出しちゃってね」 そんな会話だったり。 「じゃあ、ネギ君は先生なんだ」 「はい」 「凄いね……私が初めて日本に来たのは、十四歳だったよ」 そんな、何の変哲もない会話で。 でも、僕はシスターさんを見ていて気が付いた。 気が付いてしまった。 (……この人の、歯) チャームポイントと言えばそれだけなんだろうけれど――八重歯が鋭かった。 だから、もしかして、とも思ってしまう。 彼女もひょっとして、エヴァンジェリンさんの仲間なのかもしれないと。 「あの……」 「何かな」 にっこりと笑ったシスターさんだったけれども……僕は、なのはさんのように、笑顔のまま行動できる人を知っていたから、油断しないで聞いてみた。 「エヴァンジェリンさん、って――知っていますか?」 答えが悪い方ではありませんように――と、祈る僕に。 「え?うん。知ってるよ」 あっさりとシスターさんは頷いた。 「……それは、えっと生徒では無くて」 その言葉で、シスターさんは状況を理解したのだろう。 そうだよ、と頷いて。 「勿論吸血鬼の彼女をね。……ごめんね、実は君に話しかけられる前から、私は君を知ってたんだ」 頭を下げるシスターさんだったけれども……僕は、緊張を解かなかった。 カモ君も、ポケットから顔を出して警戒をしている。 何日か前までは、きっと震えているだけだったんだろうけれど――今は違う。 そんな僕の目を見て、シスターさんは。 「大丈夫……私は、危害を加えないよ。エヴァンジェリンさんに協力している訳では無いからね」 そう言う。 「そっちの……オコジョ、君も――かな」 カモ君は、鋭い目線のまま。 「あんた一体どう言う立場なんで!」 そう詰問する。 「うーん……監視役?」 そんな返事をした。 何でも彼女は、エヴァンジェリンさんの監視をしているらしい。ただしそれは、学園側の協力者と言う訳でも無く――中立な立場なのだそうだ。 「だから、特に君には危害を加えません」 丁寧に説明してくれたシスターさんの目を見る。 うん……断定はできないけれど、本当のことを言っているような気がする。 「……大丈夫、だと思うっす。俺も」 カモ君は――人の嘘を見抜くのがすごく上手だ。 だから僕は…… 「ごめんなさい。疑ってしまって」 きちんと頭を下げて謝ることにした。 「ううん。こっちもごめんね。黙っていて」 シスターさんも、頭を下げてくれる。 茶々丸さんが現れたのは、そんな時だった。 ○ 最初は、判らなかった。 理解をしたくなかったというのが正しい。 でも。 視線の先。 茶々丸さんは。 ――気絶した明日菜さんを抱えていた。 「――ッ何が!」 一体、二人に何があったのか。 それを訊こうと思ったけれども。 それより早く、たった一言、茶々丸さんは言った。 「私が気絶させました――しばらくすれば目を覚ますでしょう」 それは。 彼女が――明日菜さんを傷付けたと言う事だ。 「な、んで」 僕は、判らなかった。 親切な彼女が、なぜ明日菜さんにこんな事をしたのか。 先程までの態度は、全部嘘だったのか。 本当は、明日菜さんを傷つけるためだったのか。 言葉を探す僕に、茶々丸さんは言う。 「どうぞお怨みくださいネギ先生――私が自分の意思で、彼女に傷を与えたのですから」 淡々としたその表情は。 やっぱり考えが読めなくて。 でも、それよりも――僕はその瞬間、彼女が許せなくて。 反射的に杖を構えて―― 「ストップだよ、二人とも」 シスターさんが、割り込んでいた。 彼女の手には十字架が握られていて。 そこには、魔力が込められている事がわかる。 シスターさんは、さっきまでの優しい顔を、厳しい顔に変えて。 「ネギ君。その杖を下げてくれるかな」 彼女は僕にそう言って。 次に、茶々丸さんを見て。 「茶々丸さん。貴方の抱えているその子に関して、何か述懐はありますか?」 シスターさんは――茶々丸さんの名前を知っているようで。 「いえ。何もありません……『調停員』様」 茶々丸さんは、シスターさんの事をそう呼んだ。 『調停員』。 僕にはそれが何の意味を持っているのか分からなかったけれども――とにかく、茶々丸さんが礼儀を尽くすような人間であることは確かなのだろう。 「そう……貴方だけの、責任なの?それとも、これはエヴァンジェリンさんが?」 「私の独断です」 きっぱりと言う茶々丸さん。 その表情はやっぱり読めなくて。 でも、シスターさんは何かを感じ取ったのだろう。 「……その彼女は、私が運びます。――良いですね」 「ええ」 そんな短い会話をして、明日菜さんを受け取った。 僕は茶々丸さんを睨む。 茶々丸さんは、僕と視線を合わせない。 黙ったまま時間だけが過ぎて、そして茶々丸さんは。 「…………」 何も言わずに、飛び去って行った。 結局その後。 明日菜さんはシスターさんに背負われて寮に辿り着いた。 カモ君が、何かを僕に言っていたけれども……それが耳には、入らなかった。 明日菜さんへの治療も、全部シスターさんがやってくれて。 運良く、木乃香さんは学園長に誘われて今日の夜は居なかったから――明日菜さんを寝かせて、電気を消す。 明日菜さんに触ってもいけないし。 特にすることも無いのに、でも。 ……眠れるはずが無かった。 シスターさんが言うには、明日菜さんは明日の朝には治っているらしい。 一回だけ目を覚ましたけれど――何か、大きなショックがあったらしくて、そのまま眠ってしまった。 明日は土曜日で、学校が無いのは――幸いだった。 どれ位の時間が経ったのだろう。 ……ロフトに敷いた布団の中で。 僕は考える。 エヴァンジェリンさんのこと。 茶々丸さんのこと。 自分のこと。 『魔法使い』のこと。 明日菜さんのこと。 父さんのこと。 カモ君に言われた、自分の悩み。 クラインさんに言われた、自分の行動。 考えて導いた、自分の中の結論。 でも、段々何を考えるのかもわからなくなって。 心の中に、悔しさや、情けなさや、義務感や。 その他の色々な物が混ざり合って。 最後に何を考えていたのかもわからなくなって。 意識が眠りに引き込まれる瞬間に思い出したのは――今日新しくできた友達。 シスターさんの名前だった。 「よろしく、ネギ君。私は――」 彼女は柔らかな笑みで、こう言っていた。 「――――レレナ。……レレナ・パプリカ・ツォルドルフだよ」