『神殿協会』と言う組織は宗教組織では無い。 神云々と説いてはいるものの、それによって魔人や人間に害をなす存在と相対する恐怖感を減らし、力を発揮させると言うことが根底にある。 ついでに言うならば、人間に仇をなす存在を殺す大義名分を造ってもいる。 別に神を信じていない訳では無い。 ただし、どう考えても世界各国の宗教組織――イギリス清教やローマ正教、ロシア成教などと比べて危険が多く、現実的な感性がまかり通ると言うだけである。 現に異端審問第二部など、銃を乱射し、金にがめつく、間違っても敬虔な信者とは言えないだろう。……ある意味では狂信なのかもしれないが。 そもそも、彼ら神殿協会にある信仰心は――魔神達と同格、あるいはそれ以上の実力を持つ生命の住む『天界』に対するものであり。 自分の心の拠り所とする、そういう宗教とはベクトルが違うのだ。全く。本当に。 まあ、どの世界においても、信仰心から人間以上の存在となることを目指す存在はいるのだが――これは仕方が無いことである。そもそも今回は関係ない話であるし。 さて。 そんな『神殿協会』。 本部の頂上に近い一室で。 にこやかに、しかし全く表情を変えずに目を瞑っている女性が一人。 白い衣装に身を包み、フードを被るその人物を。 『神殿協会』の《預言者》にして、別名を《億千万の目》マリーチという。 ネギま クロス31・世界情勢 その七 ~神殿協会(上の方)の場合~ 「あらあら、うふふふ?何だかまた世界が面白い事になっているわね」 三年前。 名護屋河鈴蘭が聖魔王の座についた際に。 彼女は、かつて人間の可能性に敗北したことを思い出した。 全ての未来を見通す「ラプラスの悪魔」を打倒したハイゼンベルグ。 クルト・ゲーデルの唱えた不完全性定理。 この世界において、決して未来は決定していないという、その証拠を思いだして。 人間の理性という名の存在に、完膚無きまでに打ちのめされて。 彼女は、敗北した。 それはもう、かつては天然ボケのメイドだったみーこのようになってしまう位に、完璧に敗北した。結局鈴蘭のおかげで復活出来たのだが。 その後は、真面目に《預言者》として鈴蘭に協力しつつも、今までのように世界を楽しんでいる。 ちなみに鈴蘭のおかげで一緒に復活出来た不良の聖騎士団長は、飛行船に乗って魔人討伐の為に世界放浪中である。楽しく殺りまくっているようだが、そろそろ帰って来る頃だ。 「でも、世界はますます混乱に向かうわね」 数少ない自分と同じ能力者、先読みの魔女セリアーナを襲った犯人が――どうやらノエシス・プログラムを狙った『魔法世界』の住人であることは判っている。 ノエシス・プログラム。 渡してあげても全然良いのだが、信じないだろうし。 一応の犯人は自殺してしまったし、こっちからそれ以上に手を出すと、とんでもなくヤヤコシイ事態になるので鈴蘭から止められているのだ。 個人でならばともかく、組織に属す魔人は基本的に『魔法世界』と『旧世界』を移動することは許可が下りない。 飛行船に設置された、ドクターの造った諸々の設備を使えば不可能では無いが……いずれにせよ無用なトラブルを引き起こすに違いない。 仕方無いから魔人達の中で、セリアーナや鈴蘭(こちらは速攻でヴィゼータにサイコロにされて、みーこに全部食われたが)を狙う不穏分子、ゼピルムから脱落した理由無く暴れる無法集団やら、悪意を持って行動する人外生物やらを倒して回る日々である。 まあ、『神殿協会』と鈴蘭の配下にいる魔人達が協力体制に移れることは良い事なのだが。 『神殿協会』のマリーチは、時折彼女達に連絡を入れて情報を伝えるくらいなので、要は暇で暇で仕方が無い。 仕方が無いから、面白そうな世界の情景を眺めている。 ここ数年のお気に入りは『全竜交渉』や『特区インパクト』、宗教と科学を巻き込んだ一大決戦に『聖魔杯』だ。実に楽しませて貰った。 その肝心要の「聖魔王」。表の優勝者の青年は、日本で怪物退治に勤しんでいて、本人の生活は充実しているが、はっきり言うと見ているこちらは全然面白くない。 一方、裏の優勝者はしばらく前から学園都市で教師だ。それも相当に混沌としている。人間の思惑が犇めき合っている。 「どうやら《福音》の宴は面白い事になりそうね」 彼女もまた、他の『億千万の眷属』のように、娯楽として観賞しているのだが。 今の彼女には。 実はそれ以外にも、興味の引く物は数多ある。 例えば。 マリーチは未来を見通し、物語を見られるが。 人間の身において。世界の物語を知ろうとする人物。 鳴海清隆と西東天。 人間における規格外。 人間においての最悪。 両者の同盟は、未だ決して、表に現れないが。 おそらく、最も小さいが――故に、最も行動を把握しにくい存在だろう。 彼らは今――世界の第一層《学問の世界》の表の領域を少しずつ統べつつある。 純粋な人間の、即物とは関係のない欲望だからこそ恐ろしい。 人間が一番攻勢を誇っているのも、彼らの力が大きいからこそである。 小さき人間を侮り、破れて消えて行った同朋は多いのだから。 例えば。 《福音》の監視をしている「カンパニー」の『調停員』。 彼女は、別の物語で見た事がある。 「魅月」という名を持っていた《古血》の吸血鬼と、それに纏わる物語で。 彼女は、どうやら――吸血鬼と人間の共存では無く。自らのような犠牲者を減らすために行動している。 「カンパニー」の代表、あの《乙女》もそれを知ってあえて派遣したのかもしれない。 彼女に他の選択を示し、過去の想いを思い出させるために。 どうやら《福音》の宴にも、『調停役』は参列しそうだ。 とても。 そう……とても期待している。 ハーフの少女の行く末が、宴をどう左右するのかを。 例えば。 突如世界に現れた、ここにはいなかった放浪者達。 魔眼を持つ青年と、不死の体質の女性と。あるいは異なる魔法を使う母娘と。 しばらく前にも、流れついた女性がいたし。 彼、あるいは彼女達が来たのには明白な理由がある。 それは、おそらく「――」―――だ。 これは、予想でしかない。ないが。 おそらく正解だろうと思っている。 彼女の知覚できる世界の『外』。 それは、彼女にもわからない、未知の領域であり、言葉通り次元が違うのだが。 突然出現する咒式具と呼ばれる兵器と。 《大禍つ式》と呼ばれる存在すらも現れ。 理解の範疇にあり、やって来るまで決して分からないからこそ――面白い。 見えない未来を見る事も、今の自分には楽しめるのだ。 例えば。 人間の中において、最も強い《赤き翼》。 《福音》の奏でる物語において、決して外す事の出来ない彼ら。 どうやら――物語の陰で、様々な行動を起こしている。 『魔法世界』の宝石剣の女性。 どうやら、彼女が結んだ縁は、一匹のオコジョに干渉した。 龍の血を継ぐ華麗な剣士。 どうやら、彼女が、縁を利用し、《福音》の封印を完全に解き放とうとしている。 森の中に潜む人工の少女。 闇に身を隠す虚無の少女。 二人の策動は、未だ形には現れないが。 しかし、いずれ現れる。 自分たちですらも乗り越えて行く、あの強い輝きを放った集団は。 きっと物語はより彩るだろう。 例えば。 今なお表に出てこない『螺旋なる蛇』と『完全なる世界』。 どうやら、あの両者が手を結んだこと。 こちらの世界・『旧世界』の本部《協会》も、そろそろ動きだすだろう。 物語の中心にいる少年に――何をするのかは知らないが。 しかし、世界は手を結びつつある。 個別の組織が、少しずつ。 自分に害のない組織と、手を結びつつある。 『大英博物館』が『ミュージアム』と手を組んだように。 ゆっくりと裏舞台は胎動している。 イギリスの女王など、相当大変に違いない。 例えば。 『統和機構』のような――決して失われることのないシステム。 世界の進化を促す彼らとて、時代の趨勢によって錯綜するだろう。 システムであり、組織では無いからこそ。 一部は離反し。 一部は抑制し。 そして一部は、物語を支える役を担うに違いない。 敵でもあり、味方でもある。 そんな存在は――きっと大きな力を持つ。 大きな力は、波紋を呼ぶのだ。 それが、意識的にしろ、無意識的にしろ。 集合体が見る《悪夢》や、自動的に湧きあがる抑止力の都市伝説ように。 「うふふふ、本当に、良いわね。今の世界は」 《億千万の目》。 視姦魔神とも呼ばれる、魔王の左腕は――笑う。 「ネギ・スプリングフィールドとそのクラスの進む先は、厳しいわねえ」 偶然か必然か。 あのクラスには、世界の全てが集まっていると言っても過言では無い。 仮に――仮にだ。 世界の全ての組織が、自分の組織以外が敵というバトルロイヤルをした場合。 あのクラスは――極一部を除き。 自分以外の全員が敵に所属するという、そんな恐ろしい事態にもなりかねない。 「まあ、それでもきっと壊れないのでしょうけれど」 各個人を覗き見ればそれくらいは解る。 あのクラスは、全員が全員、あの場所を大事にしているようであるし。 逆に言えば、一致団結して世界に対して喧嘩を売る可能性もあるのだが――それも、おそらく無いだろう。 確証はないが、なんとなくそんな気がするのである。 「とりあえずは、あの《福音》の舞台かしら」 彼らの行く末には、多くの困難が見えているが。 今は、何はともあれ麻帆良の地。 《福音》の大祭は、これからもっともっと華やかになるだろう。 そうなるに違いないという確証がある。 今はもはや不完全と知っているが、それでも大体の運命を見据える、この自分の勘だ。 傲慢や性悪などという言葉には気に留める事は無い。 彼らは――ただ怠惰な日常に飽きて、娯楽を求めているだけなのだから。 自分の同族。《億千万》の皆も、そうやって見物しているに違いない。 「ふふ、さあ、ネギ君はどんな行動を見せてくれるのかしらね……」 その顔は、正しく人間を、暇潰しの道具と見る魔神の顔だった。