序章・吸血鬼の夢 夢を見ている。 懐かしい夢。恐れられることもなく、ただ気ままに、楽しく過ごせた過去の記憶。 少女の人生の、ほんの百分の一にしか過ぎない短く……眩しすぎる思い出。 かつて自分が、彼らと足を並べて歩んでいたころ。 孤独を忘れていた頃の、記憶。 そこは戦場だった。 味方は僅かに十二人。敵の数は数え切れないほど。だがそれでも歩みを止めず、戦いを止めず――『彼ら』は抗い続けていた。 恐怖はなかった。死を覚悟するのは当然で、それでも決して諦めはしなかった。 自身の魔法でも、鍛え上げた肉体でも、自身の体質でもなく。 信頼などというのも生温い「何か」を――彼らは信じていたのだから。 『世界最強の十二人なのであろう?』 そう評した姫がいた。 そしてその言葉の通り――『彼ら』はどんな死線をも潜り抜け、生き伸び。 後に『魔法世界』最高の英雄。 伝説――《紅き翼》と呼ばれるようになる。 真祖の少女は夢を見る。 戦場という場で、肩を並べて伝説を生み出したその記憶を。 「さーってと」 眼下。崖の上から戦場を見渡したのはまだ成人前の青年である。赤い髪。口元には不敵な笑み。まるで子供のような、それでいて世界を知った眼の光。 「目の前の奴らを、ぶっ飛ばしちまって良いんだったな?」 「ああ」 答えたのは白いスーツに身を包んだ男。咥え煙草が目を引く壮年の男だ。 「片方は黒幕の息がかかった部隊。もう片方は私腹を肥やす高級官僚の施設部隊だ。部隊の人員も確認済み。無関係な人間は無しだ」 「つまり……目の前の相手は、殆どが『敵』――ということですね」 金髪で華奢な体躯の娘が言う。西洋風の豪奢な長剣を腰に差した、高校生ほどの少女だ。その瞳には強い意志を秘めている。 「はっ。分かり易くて良いじゃねえか」 銀髪の巨漢がふてぶてしい笑みを浮かべた。周囲にいる者の中では最も背が高く、鍛え上げられた肉体が見て取れる。 「そういう方がゴチャゴチャ考えないで済む」 「なんというか……」 同じく銀髪の、しかしこちらは最も小柄な少女が言った。外見は小学生ほど。長い髪が白い肌に映えるその少女は、巨漢の肩に座っている。 「らしいセリフだね。ね?」 同意を求められたのは、ローブの人物だった。顔に欠けたフードの為顔ははっきりと見えないが相当に整っていて、束ねた長髪が端から覗いている。性別の判断も付きにくい。 「ええ。……まあ、そもそもこの部隊の大半は、考えるのは得意ではないですがね」 「同意するわ」 そこに賛同したのは成人前後の黒髪の美女だ。長い髪をツインテールにして縛っており、腰には精緻な細工の宝剣を刺している。 「確かに楽であることも事実だけど……ね」 戦況は一進一退といったところだろうか。幾多の咆哮と閃光が乱舞し、粉塵とともに血潮が辺りを覆っていく。片側からは巨大な鬼神兵が降り立ち、それに対して迎え撃つのは艦隊の一斉砲撃だ。互いの余剰戦力はまだ十分にあるのだろう。終わる気配は欠片もない。 「無意味じゃの」 眺めていた白髪の少年がいう。 「戦場に意味を見出すのは嫌いじゃが……ここもそうじゃ。この大戦の大半のように、利権と欲望が渦巻いておる。おかげで人間の想いなぞちっとも見えん」 訂正しよう。外見だけは少年の、老成した人物だった。 「くすっ――本当に……闇しか感じませんよ?」 ポツリ、とそこに付け加える声が一つ。妙に存在感の薄い――否、隠れているような気配の少女だった。優しげな風貌だが、その体と影からは漆黒の『何か』が生まれ、蠢いている。闇を纏っている……そんな雰囲気だ。 「分かるんですか?」 集団の中、おそらくは最年少の少年が尋ねた。その身のこなしは年齢に似合わないが……周囲の人間のレベルが違う。おそらくは弟子なのだろう。 「感覚的なものですよ」 日本刀を持った細身の男が答えた。細面の眼鏡の、まだ若い青年は、理知的な光を湛えている。 「雰囲気です」 「そう。戦場には熱気がある。独特のな」 集団の最後。黒いドレスの美女が話す。 「規模はどうであれ、人の思いが集う戦場は思いの力が感じられる。百年戦争しかり、独立戦争しかり、太平洋戦争しかりだ。だがここにはそれが無い。自分の意志では無く、即物的なもので動いているのさ。だから暗い。そして淀んだ空気しか感じられない。……まあ、経験を積めば分かるようになる」 その眼で人の歴史を見て来た、およそ六百歳の吸血鬼の言葉だった。 集団の数は十二人。 もしもここに、およそ十年後の魔法世界の関係者がいたら、眼の色を変えるに違いないであろう面子が――そこにいた。 「で、どう行動します?」 アルビレオ・イマ。 「良いんじゃねえの?いつも通りで」 ジャック・ラカン。 「では。そのように」 アルトリア・E・ペンドラゴン。 「お互いの技に巻き込まれないようにな」 ガトウ・カグラ・ウェンデンバーグ。 「その辺は、各自フォローだよ!……必要ないけどね」 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。 「くすくす――油断しないように、しましょうか」 間桐桜。 「じゃのう……」 ゼクト。 「ええと、集合場所はどうしましょうか?」 近衛詠春。 「うーん……ここで良いんじゃない?」 リン・遠坂。 「……えーと」 タカミチ・T・高畑。 「まあ、そう気負うな、タカミチ。自分の思う通りに行動すれば良い」 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。 「っし。それじゃあ――」 ナギ・スプリングフィールド。 「《赤き翼(アラルブラ)》突撃!」 そして伝説は、新たな伝説を作り上げる。 吸血鬼の少女は夢を見る。 かつての大戦で、共に歩んだ記憶を思う。 伝説の血を引く少年と相対する、ほんの数日前の夢。