超包子。 オーナーを麻帆良の最強頭脳と呼ばれる超鈴音が担当し、おそらく麻帆良有数の料理人である四葉五月がいる、超人気飯店。葉加瀬聡美や古菲、空繰茶々丸がウェイターをしているために、関係者からは超一味のアジトだともこっそり言われているのだが、これがとても美味しい。 裏世界の先生たちも、美味しいと認めざるを得ないくらい、本当に美味しい。 入手困難な材料どころか、もはや発見不可能に近い材料まで入っているのだが、どこから手に入れて来たのか気にならなくなる位美味しい。 何が言いたいのかと言えば、人気が非常に会ってほぼいつも混雑するということだ。 お昼時などはそれが顕著で、安くて健康に良くて美味しいとなれば女性客も含め非常に人の入りが激しい。必然的に、相席も多くなる。 この日、超包子ではカップルにはサービス品が付くという事で、おそらくは引っ張って来られた、只の友人や知り合い、あるいは本当にカップルであるペアも多くいた。 だから彼らが会合したのは、ある意味では当然だったのかもしれない。 世界情勢その三~麻帆良の大学生達の会話~ 「すいません。相席となりますが」 「ええ。それで良いです」 高町亮子は、尋ねて来た、おそらくは機械であると思われる少女にそう返事をして案内してもらう。傍らにいるのは、おそらく彼女が最も信頼する男子、同じ父親を持つ浅月香介だ。不機嫌そうな表情もいつもの事だ。 麻帆良に来て大抵のことでは驚かなくなった亮子である。ほとんど人間と差異の無い彼女を見ながら、席に付くと、そこではこんな会話が行われていた。 「は、はらはははん。ほれはほうやっへはべまふほ?」 「口から出して人の言語でしゃべれヒオ」 「は、原川さん。これはどうやって食べますの?」 「落ち着け、そして答える前に一つ聞かせろヒオ・サンダーソン。なぜデザートがこれほど置かれている」 「い、いえ。だってカップルはデザートが六つまで大丈夫だと言いまして」 「昼飯はどうする。俺の頼んだ料理はまだ来ていない。これ以上料理は載らない。そしてお前は食べ方のわからない物を頼んだのか」 「いえ。以前これを風見さんがそのまま口に入れて食べてまして。それが正しいと思ったら苦いだけなんです」 「ライチは皮を剥いて食え。そしてこのデザートはお前が全部食え。皮を喰いちぎれるあの夫婦を見習うなと俺は前にも言ったはずだ」 ――なんというか、良いコンビに見える。 亮子の視線に気が付いたのか、ヒオと呼ばれた小柄な金髪の少女と、原川というらしいハーフらしき長身の男は。 「――おいヒオ・サンダ―ソン。お前のおかげで俺まで奇怪な目で見られたぞ。どうしてくれる」 「ヒ、ヒオは原川さんと一緒ならば別にいいですのよっ」 「セリフは時と場所を考えて言え」 そんな会話をしていた。 隣の香介も、良く見ると笑いそうになるのを堪えているようで、微かに震えている。 メニュー表に目を通し、なるほど、確かに果物やデザートがカップル専用で今日は普段の四割ほどに落ちている。三品頼めば二割引きで、いつもの値段で合計六つだ。 セットメニューを選び、意外と甘い物が好きな香介の意見も聞いて注文を入れるため、ウェイターを呼ぶ。 亮子と香介、そして目の前の外人カップルが座っているテーブルは丸く、もう一人座ることができる。今日は一人で来る人間は少ないのではと思っていると、中国人の女の子に案内されて、最後の席に少女がやってきた。 一応、『チルドレン』の一席でもある彼女にはわかる。 ニット帽に長袖を着た、キューティクルなメイクの。 血の匂いがする少女だった。 「じゃあ、ヒオさんと原川さんは麻帆良の航空技研に?」 亮子の問いに、 「ああ。傲岸不遜な友人に行って来いと言われてな。まあ、アメリカよりはましだったから了承したんだが」 ダン・原川と名乗った青年はそう答えた。 長身で、肌は黒人か、ネイティブアメリカンの血が入っているのか黒め。髪を後ろでまとめ、サングラスを掛けている。指にタコが出来ているところを見ると、おそらくバイクに乗るのだろう。 「アメリカですか?」 「そうなんですの。えーと…伊織さん。ヒオの実家というか、保護者がそちらにありまして。心配してくれるのは嬉しいんですけれど」 香介の問いに答えたのが、ヒオ・サンダ―ソン。小柄な金髪の少女で、日本語に独特のイントネーションがある。足の筋肉の付き方が亮子とよく似ている所を見るに、おそらくは陸上系が得意なのだと判断する。 「祖父を何年か前にヒオは亡くしていてな。以来、アメリカの伯父が彼女の保護者なんだ。学生の時は留学生扱いだった。高校を出た後、何度かアメリカに行ってるんだが、その度に、俺はヒオについて地面に叩き潰される」 「……厳しいんだな」 香介は感心したように言う。 「そうでも無い。もう慣れた」 「……ねえ、今叩き『潰される』って言わなかった?」 彼女の聞こえ間違え……では、ないだろう。 「ああ。地面にな。思いきり勢いを付けてベシャリと」 「ええっ、原川さんそんなことされてましたの!」 「お前がいない間にな。佐山もそれを知ってここに来させたんだろう。しばらくアメリカに行く必要もなくなる……と、まあ俺達は麻帆良の航空技研にいるわけだ。そっちは……」 自己紹介が回って来る。 「ああ。俺が浅月香介。大学の建築課だ」 香介に続いて、亮子も言う。 「私は高町亮子。陸上で推薦持っててね。体育課だよ。丁度知り合いが音楽教師として赴任したのもあって、こっちに来た」 「……音楽ですか?」 おそらくは義種なのだろう、と判断した亮子であるが、器用に食事をしているためそれを普通にスルー。無桐伊織と名乗った少女に返答する。 「そう。中学校の受け持ちの鳴海歩っていうんだけど」 「……どっかで聞きましたの」 「忘れてどうするヒオ・サンダ―ソン。確か、麻帆良女子中学校だったと思ったが」 「うん。丁度中学校に友達もいるしね」 「奇遇ですのね。私達の知り合いも、中学校に通っていますの――って原川さん、これ言ってよかったのですの?」 ……なるほど、どうやら彼女達も訳有りのようだ。 「なら聞くな。――すまんが、三人とも忘れてくれ」 「……ひょっとして」 香介が尋ねた。不機嫌そうな顔は変わらないが、眼鏡の奥の目はやけに真剣だ。 「2-Aか」 しばしの沈黙ののち、原川は。 「――そっちもか」 それだけを言う。 「――ああ」 返事を聞いた亮子も、嘆息する。 そりゃあまあ、これだけ多い人間のいる中だ。多少の別組織のニアミスも、時にはあるだろうが。 「……奇遇ね。五人中四人が関係者って」 「あれ、あなたたちも関係者だったんですか?」 ザザッ、と四人の視線を一斉に浴びて、ちょっとのけ反った無桐伊織を見る。 確かに、彼女からは血の匂いがしたが――亮子は思う。 一体どれほどの確立だというのだろう。 「私の妹もいるんです。名前は違うんですけど。――そうだ、ちょっと相談したいことがあったんです。お兄ちゃんに相談しようと思っても連絡が取れませんでして。関係者ならば――話してみても、良いですか?」 唐突な提案だった。 何を企んでいるのかとも思ったが、どうやら本気で相談したいらしい。 目の前の少女の性格が、いまいち把握しきれない亮子だった。 料理はまだ残っている。食べ終わるまで席を移ることは出来ないだろう。ここで騒ぎを起こせるわけでもない。 「……食べながらでも、良いなら」 亮子も、三人も――果たしてヒオさんが完璧に把握できているのかは微妙だったが――しぶしぶ頷いた。 「ありがとう」 きちんとお礼を言って、彼女は話し始めた。 「私の妹は、私に似てるんですよ」 第一声がそれだった。 「私はその……何と言うか、とある症状を持っていまして。私の人生に影響は無いんですが、妹はそれで日常を送れないかもしれなくて、お兄さんが、ええと血は繋がって無いんですが……それを抑えるために、ちょっとした心理的な制約、催眠――を架けたんです」 まあ良くある話かもしれない。勿論、亮子達の世界での話だが。 「この前、向こうは気が付いていないみたいだったんですが――その妹と遭遇しまして。直接会ったことは殆ど無かったですし、そのこと自体は良かったんです。でも話をしている時に気が付いたんですが、彼女は、昔の私に似ていました。 日常を愛していて、友達や家族を愛していて。私は今も友達はいますし、家族も、好きです。でも、一回私の人生は、完璧に壊れちゃって、その上で造り上げた物なんですよ」 神妙な顔で、ヒオさんは聴いている。その手は杏仁豆腐のスプーンが握られているけれど。 「私はもう、例えば死者には憐憫の情は覚えませんし、他人と相対するとついうっかり傷付けそう――じゃ済まないくらい、行動しそうになります。あ、でも初対面で、会話をしたことのない通りすがりの人とかが一番そういう対象ですので、あなた方は心配しないでも良いですよ?」 原川さんはサングラスで目元を隠し、表情を見せないで淡々とシュウマイを食べている。 「私は昔、その症状…というか、性質に、絶望しませんでした。否応なしに発動する性質を、恨みませんでした。この腕を失くした時も、自分を諦めませんでした。昔から壊れていたことをようやっと自覚しただけ…と言いますか、そんな感じで。でも、妹がそうだとは限らないんですよね」 香介はしかめっ面のまま肉まんを頬張っていた。 「話をしてみると、どうやら親友がいるらしいですし。妹は割とその、症状を我慢できるといいますか、対象を選べると言いますか、見たいで。きっと妹は、その親友と一緒に居たいだとか、日常を壊さないようにしたいだとか、そういう願いを持っていてくれています。でも、それを壊す相手には、きっとその制約が聞かないようなんです。 『友達』が『自分が原因』で『傷ついた』時。 その三つが、彼女の制約が外れる条件です。妹は、そのまま相手を、殺すと思います。でも、それが終わった後に、彼女の日常は、きっと壊れてしまうんですよ。 妹が絶望して、諦めてしまうことが―――姉として、一番の心配なんですよ」 そこまで言って、彼女はゴマ団子を口に運ぶ。 「皆さん……人、殺したことありますよね?」 「私は――直接は――無いけどね」 その言葉を、呑み込む。 亮子は確かに殺していないが、しかし香介が彼女の分まで殺していると――言えるだろう。 「……それで、何を言えと言うんだ。お前は」 口の中の肉まんを飲み込んだ香介が伊織さんに言う。 「いえ――姉として……何をしてあげられるかなあ、と思いまして」 原川さんは沈黙して答えないし、私達は兄弟姉妹と言う物は、生まれ故に一般常識として語ることは難しい。 「参考になるかどうか、判りませんけれど」 ヒオさんが口を開いた。 「私は昔孤独でしたの。最初は皆優しくて、でも、私の持っていた呪いのせいで離れて行って。御爺様が死んだ後も、私は孤独でした。でも、今は違うんですの。呪いは味方になり、力に成り、そして一緒にその力を持ってくれる人がいますの」 その人物がこの原川なんだろう、とは、全員が理解していた。 「ですから、必要なのは…その人が絶望しても、受け入れてくれる人が、いることではありませんの?そしてそれは、きっとお姉さんが一番できますのよ」 日本語は決して流暢では無かったが――しかし。 その言葉は、おそらく伊織さんに届いたのだろう。 彼女は箸を置き、口元を紙ナプキンで拭ってから言った。 「お兄ちゃんなら」 私達を見て、 「きっと、合格です、って言いますね」 にっこりと笑う。 「なんとなくわかりました。つまり、お兄さんたちと同じになるだけですよね。とりあえず……覚醒したら、きちんとお姉さんとして挨拶をしに行って、その後で考えます」 それがどんな意味なのかはっきり解った訳では無いけれども。 歪んでいる事ははっきりしていた。 ……本当に、持ったいないと思う。勿論私達が言えた義理ではないけれども。 もしも彼女の人生を壊した性質が無かったら、きっと彼女はそこそこ平穏に生きられただろう。 同情でも憐憫でも無く、そう思う。 けれども、それはもはや無意味な過程で。 それでも、壊れた自分が孤独にならないように、一生懸命にお姉さんとして生きている。 それは、悪いことなのだろうか。 「それじゃあ、ごちそうさまでした。次に会う時は、殺さないように気を付けますね」 彼女は頭を下げて、席を立ち、去っていく。 ニット帽は、すぐに見えなくなった。 なんとなく、四人とも箸を置く。 テーブルの上の点心はほぼ空になっていた。 「……どうする」 原川さんが唐突に言った。 「何がだ?これからも仲良くしようとか、そう言うことか?」 「違う」 香介の言葉に溜息を吐いて、一言。 「無桐伊織の分の食費は、誰が払うんだ」 ………あれ?