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No.8211の一覧
[0] 魔法生徒ネギま!(改訂版)[雪化粧](2019/05/20 01:39)
[132] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第零話『魔法学校の卒業試験』[我武者羅](2010/06/06 23:54)
[133] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第一話『魔法少女? ネギま!』[我武者羅](2010/06/06 23:54)
[134] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第二話『ようこそ、麻帆良学園へ!』[我武者羅](2010/06/06 23:55)
[135] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第三話『2-Aの仲間達』[我武者羅](2010/06/06 23:56)
[136] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第四話『吸血鬼の夜』[我武者羅](2010/06/07 00:00)
[137] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第五話『仮契約(パクティオー)』[我武者羅](2010/06/07 00:01)
[138] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第六話『激突する想い』[我武者羅](2010/06/07 00:02)
[139] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第七話『戦いを経て』[我武者羅](2010/06/07 00:02)
[140] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第八話『闇の福音と千の呪文の男』[我武者羅](2010/07/30 05:49)
[141] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第九話『雪の夜の惨劇』[我武者羅](2010/07/30 05:50)
[142] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十話『大切な幼馴染』[我武者羅](2010/06/08 12:44)
[143] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十一話『癒しなす姫君』[我武者羅](2010/06/08 23:02)
[144] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十二話『不思議の図書館島』[我武者羅](2010/06/08 20:43)
[145] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十三話『麗しの人魚』[我武者羅](2010/06/08 21:58)
[146] 魔法生徒ネギま! [幕間・Ⅰ] 第十四話『とある少女の魔術的苦悩①』[我武者羅](2010/06/09 21:49)
[147] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十五話『西からやって来た少年』[我武者羅](2010/06/09 21:50)
[148] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十六話『暴かれた罪』[我武者羅](2010/06/09 21:51)
[149] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十七話『麻帆良防衛戦線』[我武者羅](2010/06/09 21:51)
[150] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十八話『復讐者』[我武者羅](2010/06/09 21:52)
[151] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十九話『決着』[我武者羅](2010/06/09 21:54)
[152] 魔法生徒ネギま! [第四章・麻帆良の日常編] 第二十話『日常の一コマ』[我武者羅](2010/06/29 15:32)
[153] 魔法生徒ネギま! [第四章・麻帆良の日常編] 第二十一話『寂しがり屋の幽霊少女』[我武者羅](2010/06/29 15:33)
[154] 魔法生徒ネギま! [第四章・麻帆良の日常編] 第二十二話『例えばこんな日常』[我武者羅](2010/06/13 05:07)
[155] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十三話『戦場の再会?』[我武者羅](2010/06/13 05:08)
[156] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十四話『作戦会議』[我武者羅](2010/06/13 05:09)
[157] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十五話『運命の胎動』[我武者羅](2010/06/13 05:10)
[158] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十六話『新たなる絆、覚醒の時』[我武者羅](2010/06/13 05:11)
[159] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十七話『過去との出会い、黄昏の姫御子と紅き翼』[我武者羅](2010/06/13 05:12)
[160] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十八話『アスナの思い、明日菜の思い』[我武者羅](2010/06/21 16:32)
[161] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十九話『破魔の斬撃、戦いの終幕』[我武者羅](2010/06/21 16:42)
[162] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第三十話『修学旅行最後の日』[我武者羅](2010/06/21 16:36)
[163] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十一話『修行の始まり』[我武者羅](2010/06/21 16:37)
[164] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十二話『ボーイ・ミーツ・ガール(Ⅰ)』[我武者羅](2010/07/30 05:50)
[165] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十三話『暗闇パニック』[我武者羅](2010/06/21 19:11)
[166] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十四話『ゴールデンウィーク』[我武者羅](2010/07/30 15:43)
[167] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十五話『ボーイ・ミーツ・ガール(Ⅱ)』[我武者羅](2010/06/24 08:14)
[168] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十六話『ライバル? 友達? 親友!』[我武者羅](2010/06/24 08:15)
[169] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十七話『愛しい弟、進化の兆し』[我武者羅](2010/06/24 08:16)
[170] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十八話『絆の力』[我武者羅](2010/07/10 04:26)
[171] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十九話『ダンスパーティー』[我武者羅](2010/06/25 05:11)
[172] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十話『真実を告げて』(R-15)[我武者羅](2010/06/27 20:22)
[173] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十一話『天才少女と天才剣士』[我武者羅](2010/06/28 17:27)
[175] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十二話『産まれながらの宿命』[我武者羅](2010/10/22 06:26)
[176] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十三話『終わりの始まり』[我武者羅](2010/10/22 06:27)
[177] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十四話『アスナとネギ』[我武者羅](2011/08/02 00:09)
[178] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十五話『別れる前に』[我武者羅](2011/08/02 01:18)
[179] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十六話『古本』[我武者羅](2011/08/15 07:49)
[180] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十七話『知恵』[我武者羅](2011/08/30 22:31)
[181] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十八話『造物主の真実』[我武者羅](2011/09/13 01:20)
[182] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十九話『目覚め』[我武者羅](2011/09/20 01:32)
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[8211] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十七話『知恵』
Name: 我武者羅◆cb6314d6 ID:76577b36 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/30 22:31
 アルビレオ・イマに案内され、一番初めに目に付いたのは広々とした空間の中にぽつんと佇む円柱型の巨大な建造物だった。辺りを見回すと、四方を滝に囲まれ、頭上に視線を向ければ、天井からは無数の樹木の根が垂れ下がっている。
 和美、さよ、のどか、夕映の四人は学校の地下とは思えない不可思議な光景にしばし目を奪われた。滝壺からの水煙と天井から降り注ぐやわらかな光が幻想的な雰囲気を醸し出し、まるで夢の世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥った。
 タカミチはまるで魔法世界の遺跡のようだと感じて天井から垂れ下がる樹木の根を興味深げに見つめていたが、時折腕に感じるエヴァンジェリンの胸の感触にどうしても意識が向いてしまう。
「エヴァ、どうしたんだい?」
「何がだ?」
「いや、何がだ? じゃなくてさ」
 エヴァンジェリンは元々綺麗な顔立ちをしている上に今は魔法で大人の女性の姿に変身している。腕に当る豊かな胸の柔らかさにいけないと思いながらも意識が向いてしまう。
 タカミチがエヴァンジェリンと初めて出会ったのはこの麻帆良学園だった。師匠であるガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグに学校に通えと勧められて入学したら、同じクラスに彼女が居た。
 当時、エヴァンジェリンは酷く荒んでいた。ナギに置いて行かれ、その上厄介な呪いまで掛けられたのだから仕方の無い事だ。特に初めの三ヶ月は酷かった。外国人の少女が転入して来たという事で皆が浮き足立ち、ただでさえ苛立っていたエヴァンジェリンはたまに言い寄ってくる男子には暴力を振るい、話しかけられると辛辣な返事を返した。
 エヴァンジェリンはあっと言う間に孤立してしまった。そんな時、学園長である近衛近右衛門がタカミチに一つの提案をして来た。
『エヴァンジェリンに教えを請うてみんかね?』
 初めは極東最強の魔法使いと謳われる近右衛門に教えを請おうと考えていたタカミチは最初は渋ったが、エヴァンジェリンが孤立している事を知っていた為に近右衛門の提案を渋々承諾する事にした。
 結果的にはその判断は大正解だったとタカミチは思っている。エヴァンジェリンは師匠としての才能があり、彼女の持つ魔法具――ダイオラマの魔法球のおかげもあり、才能が人並み以下の自分でも師匠の咸卦法を修得する事が出来た。
 今思うと、あんなに長い時間を一緒に過ごした女性はエヴァンジェリンが初めてだったと思う。あの頃はとにかく皆に追いつきたくて必死だったから色恋事に感心が向かなかった事もあって、彼女を作ろうとも思わなかったし、そもそも一般人とあまり仲良くなるべきじゃないと思い壁を作っていた。
 厳しい修行の日々だったけれど、充実していたと思う。エヴァンジェリンは嫌々な様子だったけれど、決して手は抜かなかった。長く一緒に過ごす中で凝り性な一面がある事を知った。背はあの当時も自分の方が高かったけれど、時折見せる年上の雰囲気に翻弄された事が何度もある。
 あれから本当に長い付き合いになった。ダイオラマの魔法球――エヴァンジェリンは別荘と呼んでいる――の中は内と外とで時間の流れが違い、何度も使っている内に自分はすっかり老けてしまった。
 エヴァンジェリンの態度が冗談の類で無い事はなんとなく分かる。お互いの気持ちをそれとなく感じ取れるくらいには一緒に過ごして来たからだ。だからこそ分からない。どうして、こんな事を自分にするのかが。エヴァンジェリンはナギ・スプリングフィールドが好きな筈だ。長い月日を生きて芽生えた恋心がそう簡単に枯れる筈が無い。
「そ、そういうのは恋人とするべき事だよ」
「そういうの?」
 ニヤニヤと意地悪そうに笑みを浮かべながら言うエヴァンジェリンにタカミチは腹立たしさを感じた。
「とにかく、ちょっと離れてくれ。仮にもレディーなんだからさ」
「仮にもとはなんだ!」
「仮って付けられたくないなら、もっとお淑やかにね」
 タカミチはなんとかエヴァンジェリンの腕から抜け出してアルビレオに声を掛けた。
「どうしました? お話なら中に入ってからゆっくりと――」
「どうしても、聞きたいんです。アル、貴方なら知っているのでしょう?」
「何の事ですか?」
「ナギの居場所です」

第四十七話『知恵』

 タカミチの言葉に空気が凍りついた。ナギ・スプリングフィールドの名前は全員が知っている。エヴァンジェリンの過去の思い人であり、大切な友人であるネギ・スプリングフィールドの実の父親。現在は行方不明となっていて、既に亡くなっているという噂もある嘗ての大戦の英雄。
「……まずは中に入りましょう。長くなると思いますので……」
 アルビレオは中央の建物の中へとタカミチ達を招きいれた。中は本棚が所狭しと並べられていて、奥の方に階段が見えた。
「本がたくさんあるですね」
「この本、表紙が綺麗ですー」
「ああ、あまり弄らないで下さいね? 全て一級品の魔導書なので、全てに並みの魔法使いを即死させる呪が掛けられていますから」
 綺麗に並べられた上等な皮の表紙の分厚い書物に瞳を輝かせながら触れようとする夕映とのどかにアルビレオは慌てた素振りも見せずに言った。
「即死っ!?」
 和美が慌てて本棚から夕映とのどかを遠ざけた。さよは恐怖に引き攣った顔で和美に抱きついている。
「お、おい! もっと早く言え!」
 エヴァンジェリンが怒鳴りつけるとアルビレオはにこやかに微笑みながら言った。
「人様の家の物を勝手に物色するのならば、それなりの覚悟を持ってしかるべきですよ」
「お前……」
 危うく夕映とのどかが命を落としそうになったというのに態度を変えないアルビレオにエヴァンジェリンは怒気を篭めた視線を向けた。
 アルビレオはそんなエヴァンジェリンの視線を意に返さず、逆に失望したような視線を向けた。
「昔の貴女なら、私が言う前に気付いたと思いますがね。ここの魔導書がどういうモノであるかが……。あの仔に負けた事といい、弱くなりましたね、キティ」
「アル――ッ!」
 アルビレオの言葉にタカミチは眉間に皺を寄せて言い返そうとしたが、エヴァンジェリンに止められた。
「実際、魔導書の危険度が判らなかった私の落ち度だ。前も思ったが、やはり衰えているらしいな……いろいろと」
「キティ」
 部屋の奥の階段を登りながらアルビレオはエヴァンジェリンの名を呼んだ。
「このまま、麻帆良を出れば貴女は死ぬ事になりますよ?」
 アルビレオの言葉にエヴァンジェリンは黙り込んだ。タカミチは反論しようとしたが、現実的な考えが頭に浮かび、反論する事が出来なかった。
 エヴァンジェリンは弱くなった。その事をタカミチはもう随分前から思っていた事だった。嘗てのエヴァンジェリンならば魔力無しでもそれこそ一騎当千の力を有していた。600年に及ぶ戦闘経験はそれだけで力だった。
 だが、この十数年の間の平和な時間がエヴァンジェリンから牙を抜き去った。人に対する情けや油断を覚え、戦闘者としての勘を鈍らせた。だからこそ、タカミチはエヴァンジェリンがネギを襲った時に止めに入らなかったのだが……。
 タカミチはそれでもと思った。この十数年……タカミチの修行期間、エヴァンジェリンもダイオラマの魔法球に入って指導をしてくれたからそれも加えれば二十数年がただエヴァンジェリンを弱くしたとは思えなかったし、思いたくなかった。
 エヴァンジェリンは優しくなったのだ。それがタカミチの考えだった。人を教え導く楽しさを知り、人を護る難しさと尊さを知り、人を慈しみ、愛する大切さを知り、人として大切な“心”を育てたのだ。それは強さになる筈だった。誰にも負けない最強最悪の吸血鬼は誰にも負けない最強無敵の人になる筈だった。あと少し、時間があれば……。
「ちょっと、貴方が誰か知らないですけど、エヴァちゃん、馬鹿にしてんなら怒るよ?」
「エヴァンジェリンさんを馬鹿にしないで欲しいですぅ!」
「エ、エヴァンジェリンさんは弱くないです!」
「エヴァンジェリンさんはとっても強いんですー!」
 ぷんぷんと怒る少女達にアルビレオは笑いを噛み殺しながら言った。
「馬鹿にしているわけではありませんよ。ただ、これは事実です。このままでは、貴女達の大好きなエヴァンジェリンさんは敵に情けを掛けて殺されてしまうでしょう。彼女の敵はそういうい存在ばかりなのですよ。なにせ、大抵が根が善なる者である場合が多いですから」
「どういう事?」
 和美が尋ねた。
「キティと敵対する者は幾つかのタイプに別れます。賞金稼ぎ、復讐者、退魔師、吸血殺し、吸血鬼ハンター。今のキティは賞金を外されていますが、復活する可能性はありますし、賞金を取り消された事を知らない賞金稼ぎが狙う可能性もあるでしょう。そう言った者達にならばキティも情けを掛ける事は無いでしょう。しかし、復讐者が相手ではその限りでは無いでしょう。それに退魔師や吸血殺し、吸血鬼ハンターというのは基本的に善人です。己が胸に正義を抱き、世に災いを起す元凶を退滅せんとする者達に今のキティが容赦無く排除出来るかと言えば、頷く事は出来ませんね」
 階段を登り終え、扉を開き中に入りながらアルビレオは言った。
「でも、エヴァンジェリンさんは災いなんて!」
 のどかはキッとアルビレオを睨みながら声を荒げた。
「のどか……」
「のどかさん……」
 和美とさよは滅多に見ないのどかの怒っている姿に戸惑った。
「申し訳ありません。ですが、誰もが貴女のような視点で彼女を見る事が出来るわけではない事も覚えておいて下さい。一つの視点に縛られる事は無用な争いを招く事もありますから」
「はい……」
 アルビレオに諭す様に言われ、のどかは暗い表情で頷いた。夕映達は何度言葉を掛ければいいか分からず、そっとのどかに寄り添った。
 しばらく歩いていると建物の屋上に出た。屋上は広場になっていて、大きなドームがある。その手前、広場の丁度中央に位置する場所に一冊の本が浮んでいた。
「これは……」
「あなた達の探し物ですよ。元々ここはこの本の保管場所だったのですが、私が住むにあたって私が保管する事になったのです」
「『世界図絵』か、こんなにアッサリ見つかるとはな」
 エヴァンジェリンが浮遊する世界図絵を手に取ろうとすると、ビリッと痺れが走った。
「――ツッ、なんだ!?」
「世界図絵もまた、持ち主を選ぶ魔法具の一つなのですよ」
「人を選ぶ……?」
「ええ、まあ正確には番人に選ばれると言った方が正しいでしょうね。のどかさんには覚えがあるのではありませんか?」
「あの、それってもしかして……」
 アルビレオの言葉にのどかは三ヶ月前の事を思い出した。初めは夢だと思っていた不思議な体験。ネギに麻帆良学園の部活について教えるために一緒に図書館島を歩き、不思議な空間に迷い込んだ。あれが全ての始まりだったのだと思う。
 不思議な空間。巨大な塔。宙に浮くクリスタル。そして、紅蓮の炎を纏うアイトーン。
「確か、アイトーンって、ネギさんは言ってました」
「そう、彼女もまた番人です。彼女が認めたからこそ、貴女は魔導書――光輝の書(ゾーハル)の主となった。それが幸いであるかは分かりませんが……」
「どういう事?」
 アルビレオの意味深な言葉に和美が問い掛けた。
「魔導書というのは大抵が危険物ですから」
「危険物ですぅ?」
 実体化を解き、和美のポシェットに入った人形に憑依し和美の頭の上にちょこんと乗っかったさよが尋ねた。
「持ったら死んだ。開いたら本の中に引き込まれた。読んだら気が狂った。そんな事例が数多く存在します」
「た、確かに危険ですね……」
 アルビレオの物騒な言葉に夕映は眉を顰めた。ゾーハルは大丈夫なのだろうかと疑問を持った。本なのに言葉を口にし、そのどこか人間味がある話し方に今迄警戒心をあまり抱かなかった。
 ゾーハルがとても稀少でとても強力な魔導書であるとエヴァンジェリンや土御門から聞き、ただ凄いんだなと思っていただけだった。だが、今のアルビレオの言葉を聞いて、そんな凄い魔導書が本当に危険を孕んでいないとはとても信じられなかった。
「ゾーハルは大丈夫ですよ。番人がのどかさんを認めていますから」
 夕映のそんな思いを表情から読み取り、アルビレオは安心させるように言った。
「あのお馬さんですか?」
「ええ、彼女が常に貴女を護ってくれていた筈ですよ?」
「それってどういう……」
 アルビレオの言葉の意味をのどかが尋ねようとした時、アルビレオの言葉に呼応するようにのどかのポケットから光が溢れ出した。驚いてのどかがポケットに手を入れると、仮契約のカードが輝いていた。
「出してごらんなさい」
「は、はい。……アデアット」
 アルビレオに導かれるようにのどかは呪文を唱えた。カードから光が更に強まり、のどかの目の前に分厚く高級感の溢れる装飾の施された本――ゾーハルが現れた。
「夕映さん、こちらに来て頂けますか?」
「私ですか?」
 いつもと様子の違うゾーハルに驚き戸惑っていた夕映にアルビレオが声を掛けた。首を傾げながら夕映がアルビレオの下に行くと、アルビレオはおもむろに浮遊する世界図絵を手に取ると、世界図絵を夕映に差し出した。
「アルビレオさん……?」
「これを貴女に差し上げます」
「え、でも!」
 突然の申し出に夕映は困惑の表情をアルビレオに向けた。
「大丈夫ですよ。この本の番人として、貴女をこの本の主と認めましたから、先程のエヴァンジェリンのようにはなりません」
「どうして、私に?」
「貴女がのどかさんに一番近しく、私やキティを除いて最も魔法の才に恵まれているからです」
「私が魔法の才に……?」
「ええ、貴女の才は大したモノです。それに貴女ならばこの書を悪用する事は無いでしょう」
「悪用ですか?」
「この世界図絵という魔導書は膨大な情報量を持っています。秘密や暗部、極めて危険な力を秘める魔法、人の業。それらを冷静に感じ取り、操る事が出来ると貴女の“人生”が教えてくれました」
「人生?」
「お前、何時の間に……」
 アルビレオの言葉に夕映が首を傾げると、エヴァンジェリンが呆れた様に口を挟んだ。
「どういう事ですか?」
 夕映がエヴァンジェリンに聞くと、エヴァンジェリンは肩を竦めた。
「こいつの悪趣味なアーティファクトだ。“イノチノシヘン”と言ってな。他人の半生を詩篇形式で記す魔導書だ。だが、あれは本人の目の前で真名を聞き出すという手順があった筈だろ? いつの間に……」
「貴女がタカミチ君とイチャイチャしている間に自己紹介をしてもらったんですよ。儀式は一瞬で完了しますからね」
「イチャイチャとか言うな!」
「いやいや、年甲斐も無くタカミチ君に甘える姿は実年齢はともかく、見た目相応で実に可愛らしかったですよ」
「喧嘩売ってるのか!?」
「まさか。それよりも! さあ、夕映さん」
 夕映はアルビレオから差し出された世界図絵を触って大丈夫なのかとエヴァンジェリンに視線を向けた。
 エヴァンジェリンはアルビレオを鋭く睨むと溜息を吐いた小さく頷いた。
「大丈夫だろう。性格はこの通りだが、無闇に女子供を傷つける趣味は無い……と思う」
「ふ、不安になるからそこは断言して欲しいです……」
 恐る恐るアルビレオの手から夕映は世界図絵を受け取った。ビリビリするのではないかとおっかなびっくりだったが、触っても問題無いと分かり安堵の溜息を吐いた。
「早速開いてごらんなさい」
「は、はいです」
 梟の絵が描かれている分厚い書物――世界図絵を夕映はゆっくりと開いた。ところが……。
「真っ白?」
「どういう事だ?」
 中は真っ白だった。更にページを捲ってみるがどこにも何も書かれていない。横から覗き込んだエヴァンジェリンが首を傾げながらアルビレオに尋ねるとアルビレオは言った。
「世界図絵はあらゆる疑問に答えます。そうですね……例えば、何か知りたい事を頭に浮かべてごらんなさい。出来るだけ荒唐無稽の疑問がいいですね。その方がその書の力が分かり易いでしょう」
「荒唐無稽ですか……。で、では、そうですね……」
 夕映はコホンと咳払いをすると、僅かに頬を赤らめながら口を開いた。
「アメリカ合衆国ネバダ州リンカーン郡に存在するエリア51について教えて欲しいです」
「エリア51ですぅ?」
 夕映の言葉にさよが首を傾げた。
「確か、UFOが墜落したとかいう場所だっけ?」
「それはロズウェル事件じゃ――」
 和美とのどかが話していると世界図絵のページが次々に勝手に捲れた。開かれたページはやはり何も書かれていなかったが、突然光を発したかと思うとまるでSF映画に出てくるような立体画像が飛び出した。同時に白紙のページにびっしりと絵や文字が浮かび上がった。
『エリア51はアメリカ合衆国に存在する“魔法世界(ムンドゥス・マギクス)”への入口である(図A,B,C)。現在、アメリカ合衆国に存在する“門(ゲート)”はエリア51を除き全て封印状態になっているがエリア51の門は厳しい監視体勢にあり、一般人や一般の魔法使いの立ち入りは厳しく制限されている為、アメリカ合衆国在住の魔法使いはカナダ、もしくはメキシコの門を使う事が一般的である』
 序文の下にはエリア51に纏わる情報が大量に記載されていた。その一つ一つを指でなぞると次々に空中にパネルが表示され、なぞった情報の詳細なデータが表示されていた。
 情報は事細やかで掘り下げても掘り下げても終わりが無く、様々な一般には知られていない情報が次々に飛び出した。
 アルビレオの言葉の意味を夕映は理解した。この本は恐ろしい力を秘めている。国家の最重要機密を意図も容易く手に入る。下手をすれば国家がゆらぐ程の恐ろしい情報まで存在している。こんな物を本当に自分が持っていていいのか夕映は不安に駆られた。
「その本の力が理解出来たようですね」
「……はい。エリア51の情報は一般には公開されていないです。だからこそ、憶測が飛び交い、映画などのネタとしても使われているです。なのに、こうも容易く……。いえ、内容は驚くべきものですが、魔法関係という事ならば……」
「エリア51の門は魔法使いでも知っている者は限られていますよ。他の門とは違い、魔法世界側から干渉が一切起せない唯一の旧世界側からの一方通行……普通の人間達によって管理される唯一の門なのですから」
「つまり、魔法使いが管理していないという事ですか?」
「そうです。かの地の門が出来たのはある種事故のようなものなのですよ。通常、門は儀式を行うか、一定の条件下でのみ開くように設定されています。ですが、エリア51の門は違います。常に解放状態にある。故に他のどの門よりも厳しい警戒態勢が引かれています。その戦力は魔法使いであっても辿り着く前に確実に息の根が止まるほどです。何故なら、本来はあってはならないものだからです」
「あってはならないもの?」
「ええ、合衆国は魔法使いを認めていないのですよ。表向きにはそうでもありませんがね。故に合衆国に入国する際、魔法使い及び魔道に属する者は皆魔力や気の封印処理を施され、厳しい検査を受けなければなりません。もしも、合衆国内で魔法を犯罪に用いた事が判明した時は問答無用で投獄され、数年は決して出て来れなくなりますから、注意してくださいね?」
「は、犯罪などに使ったりしません! ですが、理解しました。確かにこの世界図絵はとてつもない力を秘めているようです」
 ほんの僅かな好奇心でアメリカ合衆国という大国が秘匿している情報を意図も容易く手に入れてしまった事に夕映は恐怖を覚えていた。これは本当に恐ろしい本だ。下手に使えば世界の暗部を見てしまい心が壊れるかもしれない。知ってはならない事を知ってしまうかもしれない。
「この本を使うのは注意が必要ですね……。あまりに恐ろしい……」
「それが理解出来る貴女だからこそ、この魔導書は貴女に相応しい」
「この本は本当にコメニウスが執筆したのですか?」
 夕映は疑問を抱いていた。コメニウスは戦争に反対する平和主義者の筈だ。このような下手をすれば存在するだけで戦端を開くような危険な魔導書を作るなど考えられない。
「執筆者は紛れも無くコメニウスですよ。コメニウスは確かに教育者であり、宗教家であり、魔法使いであり、平和主義者でしたが同時研究者でもありました。ただ一冊のみ作り上げた彼の者の人生の集大成たるマスターピース」
 アルビレオの言葉に夕映は納得出来なかった。この本の力はただの好奇心で作っていいレベルを遥かに越えている。少し使っただけで下手をすれば歴史上の偉人の異形を犯罪者の蛮行として塗り替えられる情報まで出て来た。
 使い方次第では人を破滅させ、国家を揺るがし、歴史を破壊する力を持っている。
「確かにこの本は使い手次第では世界を混沌の闇に堕とす事も出来るでしょう。ですが、逆を言えば使い手次第では人を……世界を救う事が出来る力も秘めています。故にこそ、この本は番人が認めなければ決して触る事が出来ない古代の強力な呪が掛けられていたのです」
 さて、とアルビレオは間を置いてから未だ光り輝くゾーハルに目を向けた。
「世界図絵を使い、ゾーハルを本来の姿に戻してあげてください」
「本来の姿ですか?」
「どういう意味ですか?」
 夕映だけでなくのどかも戸惑った顔で尋ねた。
「ゾーハルという魔導書がどういうモノかは知っていますか?」
 アルビレオの問いに夕映が答えた。
「1280年頃に突如スペインのカタロニア地方に現れた謎の多い魔導書だと聞いてるです。幾つ物小冊子として発見され、それらを纏めたのがゾーハルだとか。内容はとにかく膨大で寓意や暗喩に満ち読み解く事が非常に困難だとか……」
「その通り。それが世間一般で知られるゾーハルです。一般人でも少し調べれば分かるほど有名な一冊です」
「確か、カバラの秘奥について記されているとか……。正直、実際に見るとイメージと大分掛け離れている気が……」
「大正解ですよ。さすがですね」
「え?」
 戸惑う夕映にアルビレオは言った。
「そう、そのゾーハルは本物であって本物ではありません」
「ど、どういう事!?」
 和美が聞いた。
「そのままの意味ですよ。夕映さん、世界図絵でゾーハルにアクセスして下さい」
「え、で、でも」
「説明するよりも早いですから、さあ」
「わ、わかったです……」
 アルビレオに促されながら夕映は気を落ち着けて世界図絵をゾーハルに向けた。どうすればいいのか分からなかったが、とりあえずさっきエリア51を調べた時のように言葉にしてみる事にした。
「ゾーハルに接続」
 その瞬間、再び世界図絵のページが捲れた。そこには既に文字が浮んでおり、次々にパネルが空中に飛び出した。次々にパネルが現れては消えていく。何か拙い事をしてしまったのではないかという不安に駆られながら、夕映は世界図絵が静止するのを只管に待ち続けた。
 しばらくすると、世界図絵の動きが止まった。空中にはパネルが一つだけ浮び、そこには接続完了の文字が浮んでいた。その瞬間、ゾーハルが更に眩しい輝きを発した。
『Aランクのアクセス権により全てのロックが解除されました。ご用件をどうぞ』
 ゾーハルからいつも以上に機械的な女性の声が響いた。
「えっと、この後どうすれば……」
「簡単ですよ。“憑依兵装(オートマティスム)”を解除するだけです」
「オートマティスム?」
「簡単に言うと、霊魂や精霊を己、もしくはその魂と同調可能な物質に憑依させ、その力を発揮させる古代より伝わる術法です」
「ゾーハルに幽霊が憑りついているという事ですか?」
 夕映が恐る恐る言うと幽霊が苦手なのどかは悲鳴を上げた。
「どちらかと言えば精霊ですね。のどかさんは一度既に会っています。さあ、夕映さん」
「……わかったです。ゾーハルを対象に憑依術式・“憑依兵装(オートマティスム)”の解除を申請」
 夕映が呟くと世界図絵から眩い光と共に無数の光の文字が飛び出した。光の文字はゾーハルを覆い隠すように光球を形成し、一際眩く光り輝いた。
 光が収まると、ゾーハルは一変していた。揺らめく青銀の表紙は桜色に染まり、銀の装飾は金色に変わり、表題は『סֵפֶר־הַזֹּהַר』から『DIARIUM EJUS』と変化していた。
 表題を見た瞬間、エヴァンジェリンとタカミチは目を見開いた。
「馬鹿な……『いどのえにっき』だと!?」
「ゾーハルがどうして……」
「なに、これってやばいの?」
 顔を引き攣らせる二人に和美は不安そうに尋ねた。
「やばいな。伝説クラスの宝具だ。これと並ぶアーティファクトと言ったら、アスナのエクスカリバーやラカン――紅き翼のメンバーの一人の『千の顔を持つ英雄(ホ・ヘーロース・メタ・キーリオーン・プロソーポーン)』くらいなもんだ」
「アスナさんのエクスカリバーと同等!?」
 夕映は驚き声を上げた。のどかや和美、さよも目を丸くしている。
 アスナのエクスカリバーは文字通り、嘗てブリテンの王であった英雄・アーサー王が握っていたという聖剣中の聖剣だ。アスナの放つあらゆる魔法防御、物理防御を突破する斬撃は恐怖すら抱く。
「ちなみに、そのホ・ヘローなんたらってのはどんなのなの?」
 和美が聞いた。
「ホ・ヘーロース・メタ・キーリオーン・プロソーポーンだ。無敵無類の宝具と名高き魔法具でな、この世に存在するあらゆる武器、防具を複製する事が出来る反則的なものだ。それこそ、一人で戦争出来る程の火力がある」
 のどかは顔を引き攣らせながら“いどのえにっき”を見つめた。すると、いどのえにっきから赤い炎が燃え上がった。驚きふためくのどかをエヴァンジェリンが咄嗟に引き寄せていどのえにっきから遠ざけた。
 炎の中から何かが飛び出した。エヴァンジェリンとタカミチがのどか達を庇う様に立ちはだかった。炎の中から現れたのは巨大な馬だった。普通の馬の二倍以上もある真紅の巨体に炎の鬣が靡いているのを見て、のどかは大きな声を上げた。
 吃驚したエヴァンジェリンとタカミチをすり抜けて、のどかは馬の前に立った。エヴァンジェリンとタカミチが慌てて引き戻そうとするが、のどかはゆっくりと馬に近づいた。
 馬が低く嘶くと鬣が炎から普通の黒い毛に変わり、肌の色が真紅から白に変化した。
『この姿で会うのは三ヶ月ぶりですね、のどかさん』
 その不思議な響きを伴う女性の声はゾーハルの声と同じものだった。
「ゾーハル……?」
 戸惑いを隠せない様子でのどかが恐々と問い掛けるようにゾーハルの名を呼ぶと、白馬はゆっくりと首を振った。
『私は“光輝(ジハラ)”の断片。“光り輝く者(バルベーロ)”より分れしアイオーンの一つ。知恵のソフィア。“いどのえにっき”の番人です。Aランクのアクセス権により偽装モードが解除されました』
「あ、あの、ゾーハルじゃないんですか?」
『正確には“光輝の書(ゾーハル)”という魔導書は存在しません』
 のどかはわけが分からないという顔でエヴァンジェリンに助けを求めた。エヴァンジェリンは思案顔で顎に手をやりながら視線を横に流し、口を開いた。
「存在しない……、それは実在しないという意味か? それとも、元々お前はゾーハルではなかったという意味か?」
『両方の意味です。一般的に“光輝の書(ゾーハル)”と呼ばれる魔道書は存在します。ですが、それはあくまでも様々な情報が記されているだけの魔道書であり、発動体としての力を持つ魔導書ではありません』
「なら、お前は何だ?」
 エヴァンジェリンは険しい視線を白馬――ソフィアに向けた。それまで信じていた考えが覆されたのだ、途端に目の前の存在が得体の知れないものに変わった。
『私はバルベーロ――魔術師が滅びの際に彼の所有していた魔道書に封印した魔術師自身の力や記憶、知識、考えといったものの断片です』
「バルベーロだと……」
 バルベーロ。その言葉の意味を理解出来たのはエヴァンジェリン一人だけだった。辛うじて、話の流れからそれが魔術師の名前である事だけは理解したが、タカミチをはじめ、エヴァンジェリンとアルビレオを除く五人は首を捻った。
「バルベーロ……、神が霊の泉に写った鏡身から作り出した存在。そんなものが実在するだと?」
 あり得ないと吐き捨てるエヴァンジェリンにソフィアは言った。
『正確には“造物主(ライフメーカー)”の生み出した最初の人です』
「ライフ……メーカーだと?」
 その名前を聞いた瞬間、全員に緊張が走った。
 “造物主(ライフメーカー)”―― 嘗て、魔法世界での大戦を裏で操り、ナギ・スプリングフィールド率いる紅き翼によって滅ぼされた筈の組織、“完全なる世界(コズモエンテレケテイア)”のトップ。
 どうして、ここでその名前が出るんだ。誰もが言葉を失っていた。
『創造神により生み出された造物主は創造神が作り出した惑星結界内に当時迫害を受けていた魔法使いを受け入れる為の環境を作る為、魔素を編み、七人の強靭な肉体を持つ“王”を造り出しました。同時に自身の鏡身から“人(アントローボス)”を生み出し、自身の娘として七人の王の上に君臨させました』
 創造神、造物主、惑星結界、七人の王、次々に飛び出す単語に周りが言葉を失くす中でエヴァンジェリンは冷静に考えをまとめていた。
 壮大な話ではあるが、その中で分かる内容が幾つかある。造物主の存在。惑星結界は恐らくは魔法世界の事だろう。そして、七人の王とアントローボス。この二つがどうしても気に掛かった。眉間に皺を寄せながら記憶を手繰り寄せ、エヴァンジェリンは「そうか」と顔を上げた。
「ボイマンドレースか……」
「ボイマンドレース?」
 聞き慣れない言葉に和美が首を捻った。
「遥か古の時代、ヘルメス・トリスメギストスという錬金術師が居た。ボイマンドレースというのは彼の錬金術師が記した“ヘルメス文書”の第二巻の事だ。そこには様々な知識と共に造物主(デーミウルゴス)が世界を造り、人を造り出す内容が記されている。初めに造られた七人の支配者、一人の鏡身――アントローボス。そこの馬が言った内容と合致する」
『“造物主(ライフメーカー)”は彼の偉大なる賢者を崇拝していました。創造神により生み出され、現代で云う所の“魔法世界(ムンドゥス・マギクス)”の創造を命じられた際、彼はヘルメスの著書をモデルにしました』
 エヴァンジェリンは「なるほど」と一人納得した。突拍子も無い話だったが、モデルとしたのならばその類似性は納得がいく。ただ、疑問は数多く残っている。
 創造神の存在や惑星結界といった超常の内容以上にエヴァンジェリンの脳裏を満たしているのは白馬――“知恵(ソフィア)”の存在だ。聞いている内容を整理すると、ソフィアは“造物主(ライフメーカー)”の生み出した鏡身が分化した存在という事になる。
 そんな存在が何故“いどのえにっき”の番人をしていたのか、何故、のどかを選んだのか、何故、アルビレオ・イマはこの事を知っていたのか……。
 一番の疑問はそこだった。何故、アルビレオ・イマはこの事を知っているのか。アルビレオは夕映が“いどのえにっき”の封印を解き放つ方法を知っていた。それに先程からソフィアの話を聞いても驚いた様子を一切見せない。ソフィアの語る内容を初めから知っていたかのようだ。
「えっと、そもそもヘルメスってどういう人なの?」
 思考の海に沈むエヴァンジェリンに和美が尋ねた。急激な状況の変化や内容の壮大さに呆気に取られていた和美は漸く頭が冷えてきた所だった。
 少しでも話の内容を理解しようとするが、理解出来ない内容があまりにも多過ぎた。見れば夕映やのどか、さよもチンプンカンプンとはいかなくても、内容を上手く呑み込めずに戸惑った表情を浮かべている。仕方なく、代表して尋ねる事にしたのだ。
「歴史上で最も偉大な魔術師の一人だ」
 エヴァンジェリンは思考の海から一端浮上して語り始めた。語る事で自身も頭の中を整理しようと考えたのだ。
「ヘルメスは“三重に偉大な”という意味のトリスメギストスと呼ばれた。これには様々な意味がある。三度転生した偉大な賢者であったから、偉大な預言者にして王であり賢人であったという三つの顔からなどな」
 エヴァンジェリンはいつもの魔法の授業の時のように左手に右腕の肘を乗せ、人差し指をピンと立てて語り聞かせるように語り続けた。
「錬金術の礎を築き、36525冊という膨大な書籍を執筆した。それらをまとめた全四十二巻が俗に言うヘルメス文書だ。その中には“エメラルド・タブレット”や“ボイマンドレース”と云ったものがある。他にもピラミッドの建設や様々な予言を行ったと言われている」
 ヘルメスの説明を続けながらエヴァンジェリンは頭の中を整理していた。
 疑問は無数にあるが、一度素直に全てを受け入れて考えてみる事にした。すると、気になる事があった。
 嘗て魔法世界で栄えていた王国があった――――ウェスペルタティア王国。その国の最初の女王『アマテル』には様々な逸話が存在する。その中でエヴァンジェリンが気になったのはアマテルが創造神の娘であるという逸話だ。
 創造神の娘。ソフィアの話の中に創造神の単語があった。偶然とは思えなかった。
「なんか、突拍子も無い話だね……」
 和美は頭を抱えた。魔術の世界に足を踏み入れ広がった常識の概念を遥かに越えた話に理解が追いついていなかった。
「えっと、ゾー……ソフィア……さん?」
『さんは要りませんよ、のどかさん』
 ソフィアは穏かな声で言った。のどかは掠れた悲鳴をあげ、おどおどとした様子でソフィアを見つめた。白馬の澄み渡った漆黒の瞳に吸い込まれそうになりながら顔を引き締めてのどかは口を開いた。
「どうして……私を選んだんですか?」
 不思議で仕方がなかった。のどかは今でこそ魔法の世界に足を踏み入れているが、元々はただの一般人だった。人より特別何かが秀でているわけでもない。魔法の才能があるわけでもない。
 本当にただの一般人であるのどかが選ばれた理由がまったく思いつかなかった。
『運命です』
「うん……めい?」
 ソフィアの言葉にのどかは目を丸くした。
『運命です。貴女があの日、あの空間に迷い込んだ事も、貴女が条件に該当した事も、貴女が最後の問いに正解した事も、全ては必然でした』
「どういう……事ですか?」
『あの空間はある一定の条件を満たした者のみが招かれます。貴女はその条件を満たし、あの空間に招かれました。そして、“いどのえにっき”を持つに相応しい条件を持っていました。だからこそ、貴女は私の最後の問いを受けるに値したのです』
「相応しい……条件?」
『“いどのえにっき”の誘惑に打ち勝てる清純かつ強い心を持っている事です』
「つ、強い……、私が……ですか?」
『貴女はあの塔を魔力の助け無しに登った。あの塔は貴女の心の強さや清純さを試す試練だったのです。貴女は見事に乗り切った』
「でも、あの時はネギさんも一緒でした」
『あの者は“いどのえにっき”を持つに相応しくない』
 ソフィアの口調が変わった。重く険しい声色にのどかは戸惑った。
「ソフィ……ア?」
『あの者は――』
「そこまでです」
 ソフィアが何かを言おうとすると、アルビレオが口を挟んだ。ソフィアは口を動かそうともがいているがまるで見えないロープで縛られているかのように口が開かなかった。
 ソフィアはアルビレオを険しい目付きで睨みつけたがしばらくすると諦めたように目を伏せた。
「この馬は私が預かりましょう。魔法生物の飼育には特別な免許が必要ですから」
 そう言うアルビレオにのどかは鳥肌が立った。穏かな笑みを浮かべているのに得も知れぬ恐怖が沸き起こった。
 アルビレオは懐から一枚の細長いカードのような物を取り出すと、小さく何かを呟いた。すると、ソフィアは突然暴れだした。アルビレオはのどかをソフィアから引き離すとカードをソフィアの額に当てた。ソフィアはカードの中に吸い込まれる様に消えてしまった。
「ソフィア!?」
「大丈夫ですよ。このカードに一時的に封じ込めただけですから」
 アルビレオはカードをのどかに見せた。そこにはまるでパクティオーカードの様な装飾の施された絵の中にソフィアが居た。
「さあ、中に入るましょう。色々と質問をしたい人も居るようですからね」
 アルビレオはチラリとエヴァンジェリンに視線を走らせながら言った。
「その前に答えろ」
「何をです?」
「どうして、ソフィアの言葉を遮ったんだ?」
 エヴァンジェリンの問いにアルビレオはクスリと微笑みながら言った。
「人の悪口は聞くだけ毒だからですよ。ネギ君には過去に色々とありましたから、“いどのえにっき”の所有者の条件に該当しなかったのでしょうね」
「……そうか」
 エヴァンジェリンは眉間に皺を寄せた。
「その馬にはまだ聞きたい事がある。後で貸せ」
「お断りします」
「なんだと……?」
 即答するアルビレオにエヴァンジェリンは目を細めた。
「貴女は魔法生物の飼育の為の免許を持っていないでしょう? それ以前にソフィアクラスの魔法生物となると一般人の生活区域の近くでは飼育は禁止されています」
「別に地上に連れて行くとは言っていない。帰る前に貸せと言っているんだ」
「……いいでしょう。まあ、貴女ならば」
「どういう意味だ?」
「一つありがたい忠告を差し上げましょう」
 アルビレオは困惑した表情のエヴァンジェリンの耳元に口を寄せ、囁くように言った。
「知りたいという欲望は使いどころを間違えれば絶望が降りかかりますよ?」
「どういう……」
 エヴァンジェリンが問い質そうとするとアルビレオはエヴァンジェリンに背を向けた。
「さあ、中に入りましょう。自慢の紅茶をご馳走しますよ」
 その様子にエヴァンジェリンはこれ以上は問い質しても無駄かと舌を打った。ソフィアの事に関しては後でソフィアと話せばいい。それよりも、今は他にも聞きたい事が山ほどある。
 エヴァンジェリンは問い詰めるのを諦め、巨大なドーム状の部屋へ足を踏み入れるアルビレオの後を黙って追いかけた。


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