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No.8211の一覧
[0] 魔法生徒ネギま!(改訂版)[雪化粧](2019/05/20 01:39)
[132] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第零話『魔法学校の卒業試験』[我武者羅](2010/06/06 23:54)
[133] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第一話『魔法少女? ネギま!』[我武者羅](2010/06/06 23:54)
[134] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第二話『ようこそ、麻帆良学園へ!』[我武者羅](2010/06/06 23:55)
[135] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第三話『2-Aの仲間達』[我武者羅](2010/06/06 23:56)
[136] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第四話『吸血鬼の夜』[我武者羅](2010/06/07 00:00)
[137] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第五話『仮契約(パクティオー)』[我武者羅](2010/06/07 00:01)
[138] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第六話『激突する想い』[我武者羅](2010/06/07 00:02)
[139] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第七話『戦いを経て』[我武者羅](2010/06/07 00:02)
[140] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第八話『闇の福音と千の呪文の男』[我武者羅](2010/07/30 05:49)
[141] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第九話『雪の夜の惨劇』[我武者羅](2010/07/30 05:50)
[142] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十話『大切な幼馴染』[我武者羅](2010/06/08 12:44)
[143] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十一話『癒しなす姫君』[我武者羅](2010/06/08 23:02)
[144] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十二話『不思議の図書館島』[我武者羅](2010/06/08 20:43)
[145] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十三話『麗しの人魚』[我武者羅](2010/06/08 21:58)
[146] 魔法生徒ネギま! [幕間・Ⅰ] 第十四話『とある少女の魔術的苦悩①』[我武者羅](2010/06/09 21:49)
[147] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十五話『西からやって来た少年』[我武者羅](2010/06/09 21:50)
[148] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十六話『暴かれた罪』[我武者羅](2010/06/09 21:51)
[149] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十七話『麻帆良防衛戦線』[我武者羅](2010/06/09 21:51)
[150] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十八話『復讐者』[我武者羅](2010/06/09 21:52)
[151] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十九話『決着』[我武者羅](2010/06/09 21:54)
[152] 魔法生徒ネギま! [第四章・麻帆良の日常編] 第二十話『日常の一コマ』[我武者羅](2010/06/29 15:32)
[153] 魔法生徒ネギま! [第四章・麻帆良の日常編] 第二十一話『寂しがり屋の幽霊少女』[我武者羅](2010/06/29 15:33)
[154] 魔法生徒ネギま! [第四章・麻帆良の日常編] 第二十二話『例えばこんな日常』[我武者羅](2010/06/13 05:07)
[155] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十三話『戦場の再会?』[我武者羅](2010/06/13 05:08)
[156] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十四話『作戦会議』[我武者羅](2010/06/13 05:09)
[157] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十五話『運命の胎動』[我武者羅](2010/06/13 05:10)
[158] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十六話『新たなる絆、覚醒の時』[我武者羅](2010/06/13 05:11)
[159] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十七話『過去との出会い、黄昏の姫御子と紅き翼』[我武者羅](2010/06/13 05:12)
[160] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十八話『アスナの思い、明日菜の思い』[我武者羅](2010/06/21 16:32)
[161] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十九話『破魔の斬撃、戦いの終幕』[我武者羅](2010/06/21 16:42)
[162] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第三十話『修学旅行最後の日』[我武者羅](2010/06/21 16:36)
[163] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十一話『修行の始まり』[我武者羅](2010/06/21 16:37)
[164] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十二話『ボーイ・ミーツ・ガール(Ⅰ)』[我武者羅](2010/07/30 05:50)
[165] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十三話『暗闇パニック』[我武者羅](2010/06/21 19:11)
[166] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十四話『ゴールデンウィーク』[我武者羅](2010/07/30 15:43)
[167] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十五話『ボーイ・ミーツ・ガール(Ⅱ)』[我武者羅](2010/06/24 08:14)
[168] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十六話『ライバル? 友達? 親友!』[我武者羅](2010/06/24 08:15)
[169] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十七話『愛しい弟、進化の兆し』[我武者羅](2010/06/24 08:16)
[170] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十八話『絆の力』[我武者羅](2010/07/10 04:26)
[171] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十九話『ダンスパーティー』[我武者羅](2010/06/25 05:11)
[172] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十話『真実を告げて』(R-15)[我武者羅](2010/06/27 20:22)
[173] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十一話『天才少女と天才剣士』[我武者羅](2010/06/28 17:27)
[175] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十二話『産まれながらの宿命』[我武者羅](2010/10/22 06:26)
[176] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十三話『終わりの始まり』[我武者羅](2010/10/22 06:27)
[177] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十四話『アスナとネギ』[我武者羅](2011/08/02 00:09)
[178] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十五話『別れる前に』[我武者羅](2011/08/02 01:18)
[179] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十六話『古本』[我武者羅](2011/08/15 07:49)
[180] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十七話『知恵』[我武者羅](2011/08/30 22:31)
[181] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十八話『造物主の真実』[我武者羅](2011/09/13 01:20)
[182] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十九話『目覚め』[我武者羅](2011/09/20 01:32)
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[8211] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十三話『終わりの始まり』
Name: 我武者羅◆cb6314d6 ID:76577b36 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/22 06:27
 その瞬間、私は確かに死んだ。肉を破かれた痛みも感じ無い。突如、激しい閃光を受けた様に視界は真っ白だ。全身を不思議な波が何度も何度も揺らぐのを感じる。そして、その波が強まると、白い光は更に強くなる。
 衝撃が走った。痛みは無い。ただ、その衝撃のおかげで真っ白だった視界が少しずつ緩やかに晴れていった。波が緩やかになるにつれ、じんわりと汗の浮かんだ背中がひんやりとした硬い地面に押し付けられているのがわかった。
 揺れる視界が定まるにつれ、目の前に誰かが自分を覗き込んでいるのが分かった。
「……ぁぅ?」
 喉を上手く震わせる事が出来なかった。全身が脱力しきっている。寝起きで血が巡っていない時だって、もっとシャッキリしている筈だ。
「……か、……ギ」
 耳はちゃんと機能している。ただ、言葉として認識出来ず、ただの音としてしか脳に伝わっていない。ただ、その音の響きはとてもよく知っていた。まだ声変わりを終えていない僅かに高い少年の声。耳にしただけで胸の奥がやんわりと暖かくなる。愛しい……とても愛しい。
――――殺してしまいたいくらいに。


魔法生徒ネギま! 第四十三話『終わりの始まり』


 ネギは朝、目を覚ましても中々ベッドの中から出る事が出来なかった。頭の中で何度も昨日の自分を罵倒している。あの時はあの行動が確実に正しい事だと確信していた。だと言うのに、朝起きて、頭が冷えた状態で思い返すと後悔の波がドッと押し寄せて来た。自分が男である事をよりにもよって小太郎にバラしてしまうなんて、昨日の自分は頭がどうにかなってしまっていたのではないだろうか。
 ベッドの中で頭を抱えているネギにアスナと木乃香は様々な想像を楽しんでいたが、さすがに学校に行くまでに時間が無くなり、アスナがネギを叩き起こした。布団を無理矢理引き剥がされたネギは恨みがましい目でアスナを見た。今日は外に出たくなかった。外に出れば、きっと小太郎に会う事になるだろう。今は小太郎に会いたくなかった。一晩明けて、頭が冷えてやっぱり男なんて好きになれないと言われるのが怖かった。それが当然の事なのだと理解していても、一度受け入れられたからこそ、聞いたら自分の中の何かが壊れてしまいそうだった。
 アスナに怒られて渋々といった様子で起き上がると、ネギはノロノロと洗面所に向かった。何度目か分からない溜息を吐きながら支度をして居間に行くと、美味しそうな朝食が並んでいた。それを見た途端に申し訳なさが込み上げて来た。自分の事で頭の中がいっぱいになっていて、木乃香が朝食を作るのを手伝いもしなかった事に深い罪悪感を覚えた。
「ごめんなさい、お手伝いもしないで……」
 小太郎の事を頭の隅に置いて――それでもザワつく気持ちを抑えきれずに居たが――木乃香に謝りながら腰を下した。木乃香は思った通り、笑顔で許してくれたが、余計に罪悪感が膨らんだ。そもそも、朝食の手伝いは自分から言い出した事だった。なのに、それを自分で放棄するなど無責任にも程がある。
 アスナはそんなネギを見て大きな溜息をもらして自分の場所に腰を下して、新聞を広げた。普段、新聞など読まないアスナが一体どうしたのだろうか、ネギは不思議に思った。
「アスナ、食事中に新聞を読むんはアカンで」
 木乃香は不機嫌な顔になってアスナに注意した。
「ごめん、ちょっとだけ」
 アスナは顔を上げずにご飯を口に運びながら新聞を読み勧めた。ますます不機嫌な顔になる木乃香にネギは居た堪れなくなり、アスナに新聞を置くように言ったが、夢中になって読み続けるアスナに木乃香がついに耐え切れなくなり、アスナから新聞を取り上げてしまった。
「あ、何するのよ、木乃香!?」
 アスナが頬を膨らませながら木乃香に対して不満を口にすると、木乃香は冷ややかな笑みを浮かべて言った。
「食事中に新聞はアカンで、アスナ?」
「……ひゃ、ひゃい」
 木乃香の笑みのあまりの恐ろしさにアスナは瞳を潤ませながらコクコクと頷いた。アスナと木乃香のやりとりに思わずクスリとネギは笑みを浮かべてしまい、慌てて謝った。
「ご、ごめんなさい」
「やっと、笑顔になったわね」
「暗い顔なんて、ネギちゃんには似合わへんからな~」
 木乃香とアスナはさっきまでとは打って変わって、ニッコリと明るい笑みを浮かべて言った。眼を丸くしたネギは直ぐに二人のやりとりが自分を元気付けるための演技だと気が付いた。
「……ありがとうございます」
 少しだけ気分が落ち着いた気がした。焼き魚を頬張りながら、麦茶をゴクゴクと飲んで、食器を洗うのを手伝っていると気が紛れて木乃香と冗談を言い合えるくらいには回復した。それでも、エレベーターに乗って、一階に降りて、玄関に向かうに連れて、気分が重くなる。後悔や焦燥が入り混じった妙な気持ちになって、溜息が何度も零れた。
 ところが、寮の玄関口を出ると、奇跡が起きた。その顔を見た途端に鬱々とした気持ちが吹き飛んでしまった。まるで魔法のようにネギは小太郎の顔に惹き付けられた。
「え、あれ? どうして小太郎がここに……?」
 隣でアスナと木乃香も不思議そうな顔をしている。すると、小太郎は照れた表情を浮かべながら言った。
「……えっと、その」
 小太郎は言い辛そうな顔をしながらアスナと木乃香をチラチラと見た。心がザワついた。浮上した心が一気に沈み込んだ。どうして、自分が居るのにアスナや木乃香ばかりを見るのか、そんな事を自分が考えている事にネギは驚いた。
 違うだろう、気にするべきなのはそうじゃないだろう。自分の馬鹿な思考を振り払うようにネギは小太郎に声を掛けた。
「えっと、おはよう、小太郎。それで、どうしてここに?」

 小太郎は深く後悔していた。昨夜、ネギにいろいろと衝撃的な告白をされてから一晩が経ち、それでもあの時の気持ちが揺らぐ事は無かった。その事に酷く安堵した。
 ネギは自分の事を好きだと言った。思い出しても、その場で踊り出したくなる程に舞い上がった気分になる。好かれているなら、少しくらいそういう関係の気分を味わってみたいと思うのが自然というものだ。だからこうしてネギを迎えに来るなんて行動に出てしまったのだ。付き合っているガールフレンドと一緒に学校に行く、そんな気分を味わう為に。
 小太郎は大事な事を忘れていた。ネギは学校に行く時、いつもルームメイトと一緒だという事だ。その事に気が付いたのが、ネギがアスナと木乃香を引き連れて寮から出て来てからだというのだから間抜けな話だ。
「どうしたの、小太郎?」
 ネギの声は言葉とは裏腹に何故か底冷えするような妙な棘があった。ネギの背後ではアスナはニヤニヤと、木乃香はほんわかと笑みを浮かべている。忌々しい思いに駆られながら、溜息をもらした。
「一緒に学校に行こうと思ったんや」
 諦めた。自分の考えはアスナや木乃香にはすっかりお見通しなのだと悟り、小太郎は正直に白状した。すると、それまで翳っていたネギの表情が劇的に変化した。思わず抱き締めたくなるほど可愛く笑みを浮かべるネギに小太郎は頬を緩ませた。
「な~に、鼻の下伸ばしてるのよ、小太郎?」
 ニヤニヤしながら小太郎の肩を小突くアスナを小太郎は苛々した調子で振り払った。
「ったく、おばはんくさいで?」
 小太郎が毒づくと、突然、脳天に衝撃が走った。
「誰がおばはんよッ!」
「痛ッテェェエエエエ!!」
 アスナの拳骨で頭に大きなタンコブを作った小太郎はあまりの痛みにその場で蹲った。
「何すんだ、ババ――――ッ!?」
 小太郎が最後まで言う前に再びアスナの拳骨が小太郎の脳天目掛けて振り下ろされた。火花が飛び散ったような感覚に小太郎は声も出なかった。障壁も何もかも貫通してくるから、アスナの拳は本気で痛いのだ。
「えっと、大丈夫?」
 呆れた様にネギが小太郎に声を掛けると、小太郎は「な、なんとかな」とヨロヨロと立ち上がった。そんな姿に苦笑しながらネギは小太郎に手を貸した。
「でも、あんまり失礼な事言っちゃ駄目だよ、小太郎」
「言葉より先に手が出るんはどうなんや」
「小太郎……」
 ネギは街路樹に突っ込んだ小太郎に溜息をもらした。どうして余計な事を口にするんだろう、ネギは小太郎に手を貸しながら呆れていた。
 そう言えば、最初に会った時も口が悪かったな、とまだそんなに時間は経っていないというのに妙な懐かしさを覚えながら、時計を見てもうあまりゆっくりはしていられないと三人を促して歩き始めた。

 この日の麻帆良学園はいつもとどこか違った。いつも以上に活気が溢れ、燦々と降り注ぐ太陽の光をその身に浴びながら、老若男女を問わず、誰も彼もが浮かれた気分になっていた。
 ネギと小太郎はあまりの光景に眼を瞠った。見上げるほど大きな恐竜が、妙な飛行機に乗った男が、宇宙服に身を包んだ者が、新撰組の袴を纏った少年が、周りを見渡すとそこかしこに奇妙奇天烈な格好をした人々が駆けずり回っていた。
「なな、なんやコレは?」
「ヘンなのがゴロゴロ登校風景の中に……」
 小太郎は女子寮に向かう時は見なかった奇妙な集団に頭を抱えた。ネギもいつもと違う学園の風景に戸惑った。
「さすが大学部の人達は気合が入ってるわね」
 すると、後ろからおっとりとした女性の声がした。振り返ると、そこには千鶴とそばかすがコンプレックスの村上夏美が居た。
「あ、千鶴姉ちゃん。おはよーさん」
「おはようございます、那波さん、村上さん」
「あ、おっはー、二人共」
「おはよーさん」
 小太郎、ネギ、アスナ、木乃香がやって来た千鶴と夏美に挨拶をすると、二人も挨拶を返した。夏美は小太郎が居る事に首を傾げていたが、しばらくすると、素っ頓狂な声を上げた。
「あーっ、ネギちゃんの彼氏だー」
 夏美の言葉に思わずネギと小太郎は咳き込んでしまった。小太郎はアスナがあの忌々しいニヤニヤ笑いを浮かべている事に顔を引き攣らせた。木乃香と千鶴はあらあらと穏かに微笑んでいる。
「誰やねん、アンタ」
 アスナのニヤニヤ笑いにイラついた小太郎はギロリと鋭い目付きで夏美を睨み付けた。睨まれた夏美は蛇に睨まれた蛙のように縮こまった。
「小太郎、夏美さんを怖がらせないで!」
「なっ!? わ、わいは別に……」
 ネギにジロリと凄まれて、小太郎はたじろぎながら言い訳染みた事を言った。ブツブツと言う小太郎を尻目にネギは突然目の前に降り立った少女に目を丸くした。
「ザ、ザジさんっ!」
 空から降ってきたとしか思えない登場の仕方で現れたのは褐色の肌の顔にフェイスペイントのある金髪の少女だった。クラスメイトのザジ・レイニーデイだ。
 ザジは露出の多いピエロの様な衣装に身を包んでいた。ネギ達はザジにチラシを渡された。何だろうとチラシに目を向けると、上空を浮かぶ巨大な飛行船から放送が聞こえた。
『麻帆良曲芸部【ナイトメア・サーカス】、開催は全日程全日午後六時半より!! チケットは大人千五百円! 学生割引千円です! よろしくお願いしまーす!』
 チラシに記されているのと同じ内容だった。
「皆さんも……よろしければ……我がサーカスへどうぞ……」
 ザジはニコリと微笑むとネギ達にチケットを渡して飛行船から垂れ下がっている空中ブランコに向かって飛び上がって去って行ってしまった。
「あ、ありがとうございます!」
 ザジの動きにどよめきが起こる中、ネギ達は大声でザジにお礼を叫んだが、聞こえたかどうかいまいち不安だった。
「そっか、いよいよ始まるんやな」
 小太郎は目の前に立ちはだかる昨日までは無かった巨大な木造の建築物を見上げながら呟いた。パリのエトワール凱旋門をモデルにしているらしい大学の土木建築研究会が建築した学祭門だ。巨大な垂れ幕には『麻帆良祭まであと15日』と書かれている。
「麻帆良祭、楽しみだね」
 いよいよ準備の始まった年に一度の麻帆良祭にネギは胸を躍らせながら小太郎に言った。小太郎は「おう!」と言うと、学祭門を再び見上げた。
「にしても、門でこれか。実際に始まったらどんな規模なんやろうな……」
 学祭門を通ると、その向こうには様々な部活や同好会の本番前の宣伝やデモンストレーションがあちこちで行われていた。いつもとは全く異なる風景にネギと小太郎は完全に圧倒されてしまった。
「十五日も前からえらい活気やなー」
 小太郎が辺りを見回しながら言うと、千鶴がクスリと微笑んだ。
「全学園合同の学園祭よ。大学の人達は部費の殆どを学園祭で稼ぐサークルばかりだから気合が入ってるわー。開催期間中は色んな出店やイベントが目白押しの大騒ぎという訳」
「凄く楽しそうですね」
 瞳を輝かせて言うネギと同じく胸を躍らせている小太郎に千鶴は悪戯心に火をつけてしまった。
「そうでもないのよー。学園の人達、人数多い上にお祭り好きでしょう? 歯止めが効かないから去年のクライマックスに行われた『学園全体鬼ごっこ』では何と一万人の死傷者が……」
「一万人!?」
 フフフと笑みを浮かべながら怪しく言う千鶴の言葉にネギと小太郎はショックを受けて呆然としてしまった。
「コラコラ、嘘を教えない」
 呆れた様に言うアスナの言葉に千鶴の言葉が嘘だと分かり、二人はホッと胸を撫で下ろした。
「おっ、格闘大会もあるんやな。出てみっかなー」
「それなら応援に行くよ?」
「ホンマか!? 絶対に優勝するで!」
 ネギと小太郎はお祭りの雰囲気にすっかりと呑まれてしまい、男子中等部と女子中等部に道が別れるまで大はしゃぎだった。アスナと木乃香はネギの楽しそうな姿に顔を綻ばせながら、自分達も麻帆良祭に向けて気持ちを盛り上げた。

 教室で担任であるタカミチが来るのを待っている間、ネギはしきりに隣の席に視線を向けて首を傾げた。もう直ぐホームルームが始まるというのに、エヴァンジェリンと茶々丸がいつまで経っても来ないのだ。エヴァンジェリンや茶々丸に限って、何かあったとは思えないが、それでもネギは不安になった。
 チャイムが鳴って、ホームルームの時間になったというのに、タカミチが現れず、教室中がざわついた。エヴァンジェリンや茶々丸が来ていない事と合わせて、ネギは一層心配になった。
 しばらくして、教室の扉が開くと、現れたのはタカミチではなく、源しずなだった。
「しずな先生、高畑先生はどうしたのですか?」
 あやかが尋ねると、しずなは顔を翳らせた。
「落ち着いて聞いてね、みんな。実は、昨夜、高畑先生とみんなのクラスメイトのエヴァンジェリンさんが事故に遭ったの」
「事故!?」
 教室が一気に静まり返った。当然、ネギやアスナ、木乃香といった、タカミチやエヴァンジェリンの実力を知っている者は誰一人信じていなかった。だが、何かが二人に起きた事は疑う余地が無かった。
 ショックを受けた表情を浮かべる少女達を元気付けるように、しずなは微笑みながら言った。
「事故といっても、命に別状は無いそうなの。ただ、今日は検査入院で学校に来れないそうだから、代わりに私が来たのよ。明日には、二人共退院出来るそうよ」
 クラス中に安堵の空気が流れた。
「茶々丸さんはどうしたんですか?」
 裕奈が尋ねた。
「絡繰さんはエヴァンジェリンさんの付き添いで今日は学校を休んで病院に居るわ」
「あの、お見舞いに行きたいんですけど、病院はどこに?」
 和美が尋ねた。
「麻帆良総合病院よ。場所は分かるかしら?」
「えっと、中央区にある病院ですよね?」
「ええ、あまり大人数で押しかけるのは迷惑になってしまうから、行く人は四人程度代表を決めて行くようにしてね」
 ホームルームが終わり、しずなが教室を出た後、一気に教室は騒がしくなった。騒ぎはあやかが教卓に立って手を叩くまで続いた。
「とにかく、お二人のお見舞いに誰が行くかを決めましょう」
 行きたい人の希望を募ると、ほぼ全員が手を挙げた。皆、担任であり、いつも頼りにしているタカミチやクラスメイトのエヴァンジェリンが心配なのだ。
「部活などがある方はそちらを優先して下さい。四人程度の代表を決めて行くよう言われたのですから」
 あやかが言うと、渋々といった感じで殆どの手が下がった。ネギは幸い、ダンスパーティーの翌日という事で休みだ。
 最終的にクラス委員としてあやか、エヴァンジェリンと特に仲が良く部活も休みという事でネギ、顧問がタカミチである美術部員の代表も兼ねてアスナ、報道部で身の軽い和美の四人が代表としてタカミチとエヴァンジェリンのお見舞いに行く事になった。
 帰りのホームルームの後、ネギはアスナ、あやか、和美の三人と共に麻帆良中央区にある麻帆良総合病院に向かった。空を見上げると、少し雲行きが怪しくなって来ている。
「うーん、傘持って来た方が良かったかな?」
 アスナが空を見上げながら呻く様に言った。
「いざとなれば迎えを呼びますわ。さすがに、今から寮に傘を取りに戻っていたら遅くなってしまいますし」
 あやかは高級そうな腕時計に目を落としながら言った。
「あ、病院見えて来たよ」
「大きいですぅー」
 麻帆良中央区は様々な企業のビルやホテルなどが密集している地区だ。麻帆良学園内には幾つかの病院があるが、麻帆良中央区の麻帆良総合病院は特に巨大で、ありとあらゆる治療を受ける事が出来る。
 真っ白な巨大建造物を視界に捉え、和美はネギ達に言った。和美の腕の中で抱き抱えられているさよはそのあまりの大きさに仰天している。
 病院のエントランスホールに入ると、中はいかにもな病院的なイメージとは少し違った。淡い色の壁紙と美しい風景の写真や絵が飾られている事で落ち着いた雰囲気を漂わせている。
 受付はまるでホテルのようで、後ろの壁の大きな液晶モニターには催し物や治療法などの最新情報が絶え間なく流れている。あやかが受付を済ませて戻って来ると、ネギ達はあやかが持って来たお見舞い用のバッチを胸に着けてエレベーターに乗った。
「なんか、大きなエレベーターだね」
 和美が言うと、あやかは当然ですわ、と言った。
「このエレベーターは移動式ベッドに乗せられた患者さんを移動させる目的もありますから」
「あやかさんは物知りですね」
 あやかの博識に感心したようにネギが言うと、あやかは少し寂しそうな顔をした。
「昔、聞いた話ですわ」
 あやかは少しだけ昔を思い出した。前にもこの病院に通った事があった。弟が産まれる事を夢見て、何度も通ったのだ。そんなある日にこの話を聞いたのだ。
 チン、と音がして、エヴァンジェリンとタカミチが入院している部屋の階層に到着した。ナースステーションの前を通り、角部屋の名札を確認して中に入ると、そこには四人の人間が居た。ベッドの横の椅子に座っているタカミチとベッドに上半身だけ起して座っているエヴァンジェリン、エヴァンジェリンのベッドの隣で立っている茶々丸、そして、入口の前で立ち尽くしている小太郎だった。
「あれ、小太郎? 小太郎もお見舞いに来てたの?」
 ネギは小太郎が居た事に驚きながら尋ねた。だが、小太郎はネギに応えず、フラリとネギ達の横を通り過ぎて出て行ってしまった。
「小太郎?」
 ネギは去って行った小太郎の後姿を呆然と見ていると、エヴァンジェリンが咳払いをした。
「アイツは見舞いに来たわけじゃない。ちょっと話があってな。私が呼んだんだ」
「話……ですか?」
「彼の父親がこの地に現れたんだよ」
「小太郎のお父さんが!?」
 ネギはタカミチの言葉を聞いた瞬間に病室を飛び出そうとした。小太郎の父親、それは同時に小太郎にとって、村を滅ぼした仇でもある。病室を出て行く時の小太郎の様子は尋常では無かった。小太郎を愛おしく思っているネギが放っておくなど出来る筈もなかった。
 もしも、頭を大きな手で掴まれて押し留められなければ、迷わずに小太郎の下に駆けつけていただろう。
「待て」
 いつもの軽薄そうな雰囲気を微塵も感じさせず、突然現れた土御門は病室の扉を閉めると、エヴァンジェリンのベッドに近寄った。
「エヴァンジェリン、お前を襲った男はこの男で間違いないか?」
 土御門はシャツの胸ポケットから一枚の写真を取り出してエヴァンジェリンに見せた。写真には、長い黒髪の男が写っていた。
「ああ、間違いない。この男だ」
「どういう事?」
 襲ったという言葉にアスナが口を挟んだ。
「昨夜、エヴァンジェリンとタカミチはこの男に襲われた」
 見た瞬間に分かった。この男が小太郎の父親だという事を。前に年齢詐称薬を飲んだ時の小太郎ととても似通っていたからだ。
「この人、もしかして小太郎の?」
 和美が写真を覗き込みながら聞くと、土御門は頷いた。
「アイツの父親だ」
 土御門は写真をポケットに仕舞い、廊下に出た。
「ネギ、小太郎に会うのは明日にしろ。事情が少し複雑だからな」
「え、土御門君!?」
 次の瞬間に土御門の姿は廊下のどこにも無かった。
「今の方は?」
 まるで、初めから居なかったように瞬く間に姿を晦ませてしまった土御門にあやかは目を丸くした。
「どうして、会うなって……」
 本当なら、今すぐにでも小太郎を追いかけたい。追いかけて、声を掛けてあげたい。そう、強く思った。なのに、明日まで待てと言われ、ネギは不満を零した。
 小太郎は今まで、何度も自分の力になってくれた。初めて会った時も、修学旅行の時も、その後も何度も何度も小太郎に助けられた。きっと、小太郎は今、とても苦しんでいるに違いない。故郷を滅ぼした元凶である父親が直ぐ近くに居るのだ。助けになってあげたかった。
「……ギさん、ネギさん」
「え?」
 思考の海に埋没していたせいで、茶々丸が声を掛けていた事に気付かなかった。慌てて顔を上げると、エヴァンジェリンが大袈裟な溜息を洩らした。
「ったく、お前は私のお見舞いに来たんじゃなかったのか?」
 エヴァンジェリンはつまらなそうな表情で言った。
「マスター、ネギさんが構ってくれないからと言って駄々を捏ねるのは……」
「捏ねてないだろ!」
「はえ?」
 いつの間にか、あやかと和美は姿を消し、アスナはタカミチと話していた。
「あれ? あやかさんと和美さんは……」
「お二人はお見舞いに持って来てくださった花束を花瓶に移してくると先程」
「そうだったんですか、何時の間に……」
「お前がボケッとしてるからだ。ったく、最近のお前と来たら、小太郎の事ばっかりじゃないか……」
「マスター、嫉妬は見苦しいですよ?」
「誰が嫉妬しとるか、この馬鹿ロボ!」
「どう見ても嫉妬じゃないの」
 呆れた様にアスナが言った。
「べ、別に小太郎の事ばっか考えてるわけじゃ……」
「嘘吐け! じゃあ、私が最終日にお前を誘ったら私と麻帆良祭を周るか?」
 ネギはエヴァンジェリンと目を合わせる事が出来なかった。視線を泳がすネギをエヴァンジェリンはジトッとした目で見た。
「おい、何故に即答しない?」
「あ、あはは……。それより、さっきの土御門君の言ってた事ですけど」
「おい、流して誤魔化す気か?」
「小太郎のお父さんがエヴァンジェリンさんを襲ったっていうのは……」
 本気で流して誤魔化す気だ、エヴァンジェリンや見ていた茶々丸、アスナ、タカミチは顔を引き攣らせた。
「……たく、まあいい。昨夜の事だ――」
 エヴァンジェリンは昨夜起きた出来事を掻い摘んで語った。
 佐々木小次郎、吸血鬼、話し手がエヴァンジェリンとタカミチでなければ、あり得ないと一笑に付すのが普通な荒唐無稽な話だった。
「佐々木小次郎が史実上の宮本武蔵の好敵手と同一人物かは分からん。だが、吸血鬼であるのは事実だ。そして、小太郎の父親である事もな」
 何を口にすればいいのか分からなかった。逃げ道を探す様に、ネギはタカミチを見た。難しい顔をしている。その顔がこの話が真実なのだと語っていた。
「エヴァちゃんは大丈夫なの?」
 アスナが言った。ハッとなった。小太郎の事にばかり意識が向いてしまった。エヴァンジェリンも危機的状況に陥っているというのに――。
「問題は無い。いざとなれば、この地を去ればいいだけの話だ」
 淡々と言ったエヴァンジェリンの言葉にアスナとネギは絶句した。
「そんなの駄目ッ!!」
 ネギは叫んでいた。エヴァンジェリンがこの地を去る。それは別れを意味している。
 エヴァンジェリンの手配を取り下げられたのはこの地で力を封印されているからだ。封印が解かれている事が知られ、この地を去れば、その時点で再び手配されてしまう。そうなれば、エヴァンジェリンは姿を晦ますだろう。生きている間に再び会えるかどうか分からなくなってしまう。恐怖のあまり、体が震えた。
 ネギの様子にエヴァンジェリンは愉快そうに笑みを浮かべた。
「まあ、最悪の場合はという事だ。封印が解けている事はバレても、付け込む隙を与えなければどうとでもなる」
 エヴァンジェリンの言葉にネギは足がくだけてしまった。安堵のあまり大きな溜息を吐いた。
「ネギ、ちょっと飲み物買って来てくんない? コップあるみたいだし、ペットボトルのお茶かジュース適当にお願い」
 ネギに手を貸して起したアスナはポケットから財布を取り出して中から小銭を出しながら言った。
「あ、はい!」
 ポカンとした顔で小銭を受け取ったネギはコクリと頷いた。
「あ、大丈夫だよ。さっき茶々丸君が……」
「ああ、出来ればお茶で頼む。一階の自販機に大きいのがあった筈だ」
 タカミチの言葉を遮り、エヴァンジェリンは言った。
「分かりました。じゃあ、行って来ますね!」
「マスター?」
 それまで黙っていた茶々丸はネギが出て行った後に訝しげにエヴァンジェリンを見た。
「で、状況はどこまで緊迫してるわけ?」
 アスナはネギが廊下の角を曲がったのを確認してから何気ない調子で尋ねた。
「何の事だ?」
「ネギを追い払うの手伝っといて、それは無いでしょ?」
「まったく、タカミチといい、昔はもっと素直だったのにな」
 忌々しいといった顔で肩を落としながらエヴァンジェリンは言った。
「正直、この地に長々と留まれなくなったのは確実だ」
 エヴァンジェリンは言った。そのあまりの淡々とした調子にアスナは一瞬理解が遅れてしまった。
「……どうにも、ならないの? エヴァちゃん……」
「時間の問題だ。遠からず、上から私の排除命令が爺ぃに下されるだろうさ。ま、その前に逃げるよ。そうさな……、夏まで居られれば上等か」
 アスナは息を呑んだ。予想以上に時間が無かった。危機的状況だろうとは察する事が出来たが、そこまで事態が困窮しているとは思って居なかった。
「夏っていつまで……?」
「夏休みまで居られたら上等。ま、麻帆良祭までは少なくとも居られるだろうさ」
 アスナはさっきのエヴァンジェリンの言葉を思い出した。
『私が最終日にお前を誘ったら私と麻帆良祭を周るか?』
 ネギと小太郎は好き合っている。今の二人の間に割り込むのは誰であっても無理だろう。男女の恋愛というのはそういうものだ。そんな事、分かっている筈なのに、自分を優先させてみろとエヴァンジェリンは言った。
 冗談だと思った。ただ、嫉妬して言った軽口だと思った。エヴァンジェリンは最後にネギと思い出を作りたかったのだ。小太郎と一緒の思い出を邪魔してでも、作りたかったのだ。大切な友達との楽しい思い出を最後に――だけど、ネギにエヴァンジェリンが居なくなる事は言えない。そんな事を言えば、ネギは笑顔を作れないだろう。エヴァンジェリンと居るだけで涙を流すだろう。そんなネギと楽しい思い出など作れる筈が無い。ネギが笑顔で無ければ、意味が無いのだ。
「どうしたの、アスナ?」
 背後の扉が開き、あやかと和美とさよが入って来た。和美は地面に座り込んでいるアスナに怪訝な視線を向けながら首を傾げた。
「ちょっと病院に纏わる怪談を話してやったら腰を抜かしたんだよ」
 エヴァンジェリンは呆れと嘲笑の入り混じった表情を巧みに作り出して言った。アスナは哀しみを必死に押さえ、怒りの感情だけを僅かに顔に滲ませた。
「エヴァちゃんのはリアリティーがありすぎるのよ!」
 憤慨するアスナにあやかと和美は呆れた顔で肩を竦めた。
「うう、この病院に怪談なんてあるですかぁ? お化け、怖いですぅ」
「本物が何を言ってるんだか……。にしても、ちょっと興味あるかも! ねね、どんな話だったわけ?」
 和美は興味深そうにメモ帳を開いた。

「ねえ、ネギっちはどこ行ったの?」
 窓を雨粒が打ち始めた頃、和美は戻って来ないネギの事に首を傾げた。
「そう言えば、お茶に買いに行かせてもう一時間……。もしかして、病院内で迷子?」
「お茶を買いに? ですが……」
 アスナの言葉にあやかはタカミチのベッドのサイドテーブルの上の茶葉の缶を見て首を傾げた。
「ちょっと込み入った事情があるのよ! それより、迷子になってるなら探しに行かないと」
 アスナは足早に廊下に飛び出した。和美とあやかが出て来る前に顔をピシャリと叩き、気持ちを切り替えた。
 アスナ、和美、さよ、あやか、茶々丸の五人は病院内を探す事にした。エヴァンジェリンとタカミチも探すのを手伝おうとしたが、あやかが断固として受け付けなかった。ネギの事も心配だが、怪我人に無理をさせる事は出来ないと。
 麻帆良市中央区麻帆良総合病院は複雑な構造の上、とても広い。ネギを捜しながら、迷子になっているのだとしたらかなり不安になっているに違いないとアスナは初めてネギと出会った時の事を思い出していた。
「泣きべそかいてないといいけど……」
 誰かに道を聞こうともせず、一人で泣きべそを掻いていたネギ――実際にはカモが一緒だったのだが――ああいう姿は見たくない。
「やっぱり、ネギに何とかエヴァちゃんと心に残る思い出を作らせないと……」
 二人に悔いの残る真似はさせたくなかった。その為にはネギにエヴァンジェリンが去る事を伝えずに麻帆良祭で最高の思い出が残るように楽しませないといけない。

 病院内にネギの姿が無い。その事を理解したのは病院中をくまなく探し回り、五人が玄関口に集合した時だった。あやかが受付で院内放送で呼び出してもらえないか尋ねると、あやかの語る容姿に酷似した少女が血相を変えて院内から外へ飛び出すのを見たというのだ。
 留学生の多い麻帆良といえど、外国人はそれだけで目を引く上に、ネギの鮮やかな赤い髪と可愛らしい容姿はどうしても人の視線を惹き付ける。院内を走って出て行ったというのだから尚更だろう。
「血相を変えて、というのが気になりますわね」
 あやかは窓から雨の降頻る外を見つめて言った。傘を持っていない筈だから今頃困っている筈だ。あやかはエントランスホールの隣の部屋にある売店でビニール傘を四人分買った。
「とにかく、この激しい雨ではどこかで立ち往生しているでしょう」
「んじゃ、ネギっち捜索と行きますか」
 和美はあやかから傘を受け取ると、さよを肩に乗せたまま玄関口に向かった。その和美を止める声があった。茶々丸だ。止められた和美は怪訝そうな顔で茶々丸を見る。外は大雨だ。傘を持っていない筈のネギはどこかで立ち往生しているだろう事は簡単に想像出来た。血相を変えて走って出て行ったというのも気になる。何かあったのではないだろうか。そう考えると、すぐにも探しに出るべきだと、つい批判的な視線を向けてしまった。
 茶々丸は和美のそんな視線を無視してアスナに顔を向けた。
「アスナさん、|仮契約(パクティオー)のカードを出して下さい」
「仮契約の? あ、そっか!」
 茶々丸の言おうとしている事がアスナには直ぐに理解出来た。むしろ、ネギが迷子になっていると考えた時点でそれをするべきだったのだと、アスナは自分の愚かさに嫌気が差した。
「え、どういう事?」
 仮契約について詳しく知らない和美とさよ、あやかの三人は一様に首を傾けた。
「仮契約カードとは、アスナさんとネギさんが交わされている契約の印です。魔力のラインを結んだり、アーティファクトの召喚を可能にするなど、様々な能力があるのですが、その中に|念話(テレパティア)という機能が存在するのです」
「テレパティアとは?」
 聞きなれない単語にあやかが尋ねた。
「念話という意味です。簡潔に言えば、契約を結んだ互いの思考をリンクさせて離れた場所でも会話する事を可能にするのです」
 和美は既に念話というものを知っていたが、魔法に触れたばかりのあやかにとっては驚きだった。
 あやかがその利便性について考えている間にアスナは手早くポケットから仮契約カードを取り出して、周囲に人が居ない事を確認し、受付に見えないようにこっそりとカードを額に当てた。
『ネギ、聞こえる?』
 心の中でネギに呼び掛けた。しばらく待ったが、反応が無い。念話が通じていないのかと焦燥に駆られ、アスナは何度も繰り返し心の中で叫んだ。
『アスナさん……?』
「ネギ!」
 思わず声に出てしまった。受付の人が訝しげな眼を向けているのが分かる。和美とあやかが気を利かせて適当に会話を始めた。受付の人の視線が逸れたのを確認してからアスナは改めて念話を送った。
『ネギ、大丈夫なの? 今、どこに居るの?』
『え!? その、ちょっと……』
 歯切れの悪いネギにアスナは焦れた。
『何かあったのね!? 敵なの!? それならさっさと私を召喚しなさい!』
 しばらく間があった。嫌な予感がする。まさか、ネギは自分を召喚しないで再び自分だけで危機に立ち向かおうとしているのではないか。怒りが湧き起こった。何度目だろう、ネギがパートナーである自分に助けを求めなかったのは……。
 思わずカードを握りつぶしてしまわないようにしながらネギの返答を待つのは並大抵の忍耐力では無かった。返答次第ではすぐ横の壁に大穴が空いてしまうかもしれない。
『えっと、戦いとかじゃなくて……その、探してて……』
『探し物? 何か失くしたの? それなら手伝うわよ』
『あ、いえ……。手伝ってもらうほどの事じゃなくて……え?』
『どうしたの?』
『あれ……小太郎? じゃ、ない……あれ……え?』
 それっきり、ネギの声が聞こえなくなってしまった。
『ネギ!? ちょっと、返事をして! どうしたの!?』
 アスナは只事では無い気配を感じ、何度も何度も怒鳴るように念話を送った。だが、一向に返事は返って来なかった。
「ちょっと、どうしたの!?」
 アスナの様子がおかしい事に気が付いた和美が声を掛けた。
「ネギが……たぶん、誰かに襲われたんだと思う」
「なんですって!?」
 あやかは険しい顔でアスナに事情を説明させた。アスナは語っていく内に頭の中で何かが引っ掛かった。ネギの発した言葉の中にヒントがあった気がする。
「アスナさん、もしかするとネギさんはさっきの病室での会話を聞いてしまったのではないですか?」
 茶々丸が言った。
「どういう事? 会話って何の事?」
 和美が聞いた。
「……この件は出来るだけ内密にして頂きたいのですが――」
 茶々丸は病室での会話をあやかと和美とさよに話して聞かせた。話を聞く内に感の良いあやかと和美には茶々丸の考えが理解出来てしまった。
 あやかは直ぐに行動に出た。携帯電話を使い、伝手を頼りネギの捜索隊を出してもらった。
「え、どうしたの!?」
 ネギへの怒りとネギが襲われたことに対する恐怖と不安で頭の中が混乱し、戸惑った顔をしているアスナに和美は言った。
「もし、アスナ達の会話をネギっちが聞いてたなら、エヴァっちが居なくなるって聞いて黙っていられる性格だと思う?」
 思わない。思わないが、アスナにはそれが今のネギの行動とどうにも結び付かなかった。
「わかんない? エヴァっちを学園に居させるには方法は一つしかないじゃん。ネギっちは多分……」
「小太郎のお父様を探しに行った。そして、念話の途切れ方から推測しますと……」
 和美とあやかの言葉にアスナは漸く事態を理解した。アスナとエヴァンジェリンの話をネギは聞いてしまった。そして、エヴァンジェリンが麻帆良を出て行かずに済む方法を考えたのだろう。犬上小次郎がエヴァンジェリンの封印の件について報告してしまう前に見つけ出し、口封じをするという方法を……。
 アスナは思わず噴出してしまった。なんて馬鹿げた発想をするのだろうと。ネギが口封じの為なんて理由で誰かを殺めようとするなんて、そんな事ある筈が無い。だが、どうしても気になる事があった。念話の先で、ネギは誰かを小太郎と見間違えたような事を言っていた。以前、小太郎のダンスパーティーの練習の為にカモが取り寄せた年齢詐称薬によって、ネギは小太郎の大人になった姿を見ている。小次郎の容姿がその小太郎の大人になった姿に似ていたとしたら……。
「さすがに口封じとかは無いと思うわ。けど、小次郎に遭遇した可能性は否定出来ない。いいんちょ、アンタは小太郎と刹那さんに連絡して。和美はエヴァちゃんとタカミチに知らせて来て。茶々丸さんは私と一緒に来てくれる?」
 アスナは手早く指示を出した。相手はエヴァンジェリンやタカミチをも倒した強力な力を持つ吸血鬼だ。時間は無駄に出来ないし、人でが少しでも欲しい。
 あやかと和美はアスナの指示にすぐに従った。あやかは小太郎と刹那に携帯電話で連絡し、和美は走りはしないものの、大急ぎでエヴァンジェリンの病室に戻った。二人共裏の異常事態に関しては自分達よりもアスナの方が的確な指示が出せる事を理解していた。
「アスナさん、恐らくネギさんを発見すればそのまま戦闘になります。私は一度対吸血鬼用の装備を用意しに行きます」
「待って下さい」
 茶々丸が玄関口に急ごうとした時、あやかが待ったをかけた。一刻も早く行動すべき時になんだ、とアスナは思ったが茶々丸は既に安心したような笑みを浮かべていた。
「なるほど、犬上小太郎はネギさんのマスターになっていましたね。ですが、万が一に備えます。犬上小太郎は……ここより北西の商業地区にある倉庫街に居るようですね。アスナさんは先に行っていて下さい」
 段々と落ち着きを取り戻してきたアスナは漸く理解する事が出来た。数日前、ネギが襲撃された時、小太郎とネギは仮契約を交わした。その時にネギの延命の為に小太郎がマスターになったのだ。
「そっか、小太郎ならネギを召喚出来るんだ……。了解、先に行って合流する。いいんちょ、小太郎に可能ならネギに私を召喚させるように言っておいて。なるべく人を避けて行くからタイミングは気にするなって」
「わかりましたわ」
 アスナは茶々丸と頷き合い、あやかにバッジを渡して外に出た。タクシーを拾おうとも思ったが、咸卦法を使えば走った方が速い。傘を差して人気の無い場所まで来ると、アスナと茶々丸は高層ビルの屋上に跳んだ。茶々丸は背中のブースターがあるがアスナは何度か壁を蹴ってどうにか屋上に辿り着いた。
「傘は……差してたらさすがに壊れちゃうよね。それじゃ、先に行ってるね」
「はい。ただし、万が一にも犬上小次郎と遭遇した場合には無理はしないで下さい。直ぐに撤退、出来なければ足止めのみで、可能な限り早く駆けつけますから」
「了解……」
 エヴァンジェリンとタカミチが同時に掛かって敵わなかった相手。勝とうとは思ってはいけない。それを肝に銘じながら茶々丸と別れ、アスナはビルの屋上を飛び移りながら商業地区を目指した。雨の中、傘も差さずに空を見上げる人間はそうは居ない。おかげでビルの上を飛び跳ねるアスナの姿が目撃される事は無かった。そうでなくとも、余程目の良い人間でも今のアスナの速度を眼で追う事は不可能だっただろう。
 商業地区にはものの数分で到着した。地面を蹴る度にビルの屋上に大きなヘコミを作ってしまったが、そこは後でタカミチに相談する事にしようと考えながらアスナは小太郎がどこにいるのかを探した。雨で視界が悪く、目で探すのは早々に諦め、アスナは小太郎とネギの魔力を探った。二人の魔力は直ぐに察知出来た。二人の居る場所に向かって跳び、地上に降り立つと、アスナは我が目を疑った。
「ネ……ギ?」
 瞳を赤く輝かせ、蕩ける様な笑みを浮かべ、ネギはその華奢な両手を小太郎の首に沿わせていた。小太郎が驚きと苦悶の表情を浮かべていなければ、小太郎の体が僅かに浮いていなければ、それは官能的な場面に見えたかもしれない。
――――ネギは小太郎の首を絞めていた。


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