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No.8211の一覧
[0] 魔法生徒ネギま!(改訂版)[雪化粧](2019/05/20 01:39)
[132] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第零話『魔法学校の卒業試験』[我武者羅](2010/06/06 23:54)
[133] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第一話『魔法少女? ネギま!』[我武者羅](2010/06/06 23:54)
[134] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第二話『ようこそ、麻帆良学園へ!』[我武者羅](2010/06/06 23:55)
[135] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第三話『2-Aの仲間達』[我武者羅](2010/06/06 23:56)
[136] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第四話『吸血鬼の夜』[我武者羅](2010/06/07 00:00)
[137] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第五話『仮契約(パクティオー)』[我武者羅](2010/06/07 00:01)
[138] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第六話『激突する想い』[我武者羅](2010/06/07 00:02)
[139] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第七話『戦いを経て』[我武者羅](2010/06/07 00:02)
[140] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第八話『闇の福音と千の呪文の男』[我武者羅](2010/07/30 05:49)
[141] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第九話『雪の夜の惨劇』[我武者羅](2010/07/30 05:50)
[142] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十話『大切な幼馴染』[我武者羅](2010/06/08 12:44)
[143] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十一話『癒しなす姫君』[我武者羅](2010/06/08 23:02)
[144] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十二話『不思議の図書館島』[我武者羅](2010/06/08 20:43)
[145] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十三話『麗しの人魚』[我武者羅](2010/06/08 21:58)
[146] 魔法生徒ネギま! [幕間・Ⅰ] 第十四話『とある少女の魔術的苦悩①』[我武者羅](2010/06/09 21:49)
[147] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十五話『西からやって来た少年』[我武者羅](2010/06/09 21:50)
[148] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十六話『暴かれた罪』[我武者羅](2010/06/09 21:51)
[149] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十七話『麻帆良防衛戦線』[我武者羅](2010/06/09 21:51)
[150] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十八話『復讐者』[我武者羅](2010/06/09 21:52)
[151] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十九話『決着』[我武者羅](2010/06/09 21:54)
[152] 魔法生徒ネギま! [第四章・麻帆良の日常編] 第二十話『日常の一コマ』[我武者羅](2010/06/29 15:32)
[153] 魔法生徒ネギま! [第四章・麻帆良の日常編] 第二十一話『寂しがり屋の幽霊少女』[我武者羅](2010/06/29 15:33)
[154] 魔法生徒ネギま! [第四章・麻帆良の日常編] 第二十二話『例えばこんな日常』[我武者羅](2010/06/13 05:07)
[155] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十三話『戦場の再会?』[我武者羅](2010/06/13 05:08)
[156] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十四話『作戦会議』[我武者羅](2010/06/13 05:09)
[157] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十五話『運命の胎動』[我武者羅](2010/06/13 05:10)
[158] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十六話『新たなる絆、覚醒の時』[我武者羅](2010/06/13 05:11)
[159] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十七話『過去との出会い、黄昏の姫御子と紅き翼』[我武者羅](2010/06/13 05:12)
[160] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十八話『アスナの思い、明日菜の思い』[我武者羅](2010/06/21 16:32)
[161] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十九話『破魔の斬撃、戦いの終幕』[我武者羅](2010/06/21 16:42)
[162] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第三十話『修学旅行最後の日』[我武者羅](2010/06/21 16:36)
[163] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十一話『修行の始まり』[我武者羅](2010/06/21 16:37)
[164] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十二話『ボーイ・ミーツ・ガール(Ⅰ)』[我武者羅](2010/07/30 05:50)
[165] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十三話『暗闇パニック』[我武者羅](2010/06/21 19:11)
[166] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十四話『ゴールデンウィーク』[我武者羅](2010/07/30 15:43)
[167] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十五話『ボーイ・ミーツ・ガール(Ⅱ)』[我武者羅](2010/06/24 08:14)
[168] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十六話『ライバル? 友達? 親友!』[我武者羅](2010/06/24 08:15)
[169] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十七話『愛しい弟、進化の兆し』[我武者羅](2010/06/24 08:16)
[170] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十八話『絆の力』[我武者羅](2010/07/10 04:26)
[171] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十九話『ダンスパーティー』[我武者羅](2010/06/25 05:11)
[172] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十話『真実を告げて』(R-15)[我武者羅](2010/06/27 20:22)
[173] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十一話『天才少女と天才剣士』[我武者羅](2010/06/28 17:27)
[175] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十二話『産まれながらの宿命』[我武者羅](2010/10/22 06:26)
[176] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十三話『終わりの始まり』[我武者羅](2010/10/22 06:27)
[177] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十四話『アスナとネギ』[我武者羅](2011/08/02 00:09)
[178] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十五話『別れる前に』[我武者羅](2011/08/02 01:18)
[179] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十六話『古本』[我武者羅](2011/08/15 07:49)
[180] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十七話『知恵』[我武者羅](2011/08/30 22:31)
[181] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十八話『造物主の真実』[我武者羅](2011/09/13 01:20)
[182] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十九話『目覚め』[我武者羅](2011/09/20 01:32)
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[8211] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十一話『天才少女と天才剣士』
Name: 我武者羅◆cb6314d6 ID:87b1fc72 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/28 17:27
魔法生徒ネギま! 第四十一話『天才少女と天才剣士』


 麻帆良学園の科学技術は外の世界の数十歩程先を行っている。外の世界の最先端ロボットが出来る事と言えば、二足歩行をして、決められた行動をする程度だ。麻帆良のロボットは人工知能によって、自身で考え、行動し、空を飛び、武器を扱える。後の世の人は、麻帆良の科学技術を【時代錯誤遺物(オーパーツ)】と呼ぶだろう。この時代にありえてはいけないクラスの技術だからだ。
 そもそも、麻帆良という地は魔法使いによる、魔法使いの為の学び舎だ。科学技術が発展するには、どう考えても相応しくない場所だ。何故これ程までに、異常な技術の発達が起きたかと問われれば、麻帆良の技術者は口を揃えて、とある一人の少女の名前を口にするだろう。
 天才という単語がこれ程までにピッタリと当て嵌まる人間が他に居るだろうか、と誰もが言う。本来ならば、複雑に入り組んだ迷宮を、少しずつ攻略する事で、科学は発展を見せる。だが、彼女はその行程をアッサリと跳び越えてしまうのだ。その発想に至る為に必要な過程を無視しているのだ。今世のレオナルド・ダ・ヴィンチの名は――――超鈴音。
 彼女は今、麻帆良中の最先端技術が集まる地に来ていた。大学部の直ぐ隣にあるこの場所は、ある種の異次元空間の様だった。百発百中の天気予報に、立体映像の案内板。他にも、このエリアを動かす為に必要な膨大な電力を賄う為の風力発電システムや太陽光発電システムなどなど。見えない所にも多くの発電システムがある。道端には、道路を清掃するロボットが徘徊し、店舗には最先端の技術が詰め込まれた商品が売られている。
 エリアには、幾つも巨大な建物が建っていて、その内の一つに超は入って行った。このエリアを統括している理事会の面々が待つ会議室へ、超は足を運んだ。会議室には、既に老若男女入り乱れた総勢十人の理事達が揃っていた。
「それじゃあ、報告を聞くネ」
 会議が終わり、ビルを出ると、超は疲れた表情のままフラフラと歩いていた。週に一度の報告を聞くのは、このエリアの生みの親とも言える超の重要な仕事だ。僅か三年で、数百年分の技術をこの地に提供した稀代の天才は、五時間にも及ぶお客様からの不平不満に対しての対処法に関する会議にグッタリしていた。
「こういうのは向いてないヨ……」
 自分は技術屋なのだ。好き勝手に研究をしている方が性に合っているのだ。超は内心で愚痴を零したが、仕方の無い事なのだと理解もしていた。超の持ち込んだ技術は、この時代の人間には完全に使いこなせないのだ。だからこそ、問題を解決できるのも自分だけなのだ。
「お疲れのようですね」
 自分の研究室に戻ると、クラスメイトであり、大事な研究仲間である葉加瀬聡美がコーヒーを片手に小さな機械を弄っていた。
「ハカセ……“カシオペア”を弄る時は慎重になってほしいヨ」
 通り際に葉加瀬の手から見事な細工の時計を奪い取りながら超は唇を尖らせた。
「ごめん。ちょっと見てただけ」
 超は小さな時計を丁寧に机の上に置くと、研究室内にある小さな小部屋に向かった。
「マイスター、戻られたのですか?」
 そこには、手術室の様な光景が広がっていた。中央の手術台の様な物には、珍しい緑の髪の背の高い少女が寝そべっていた。耳や関節に、人工的な物が見える。彼女は、超と葉加瀬がエヴァンジェリンの協力を得て作り出した人工知能によって、自分で考え行動するガイノイドと呼ばれる存在だ。
「茶々丸、具合はどうネ?」
「問題ありません。各機能、正常通りに稼動します」
 茶々丸の返答に、超は満足そうに笑みを浮かべた。
「マイスター、メンテナンス中にダウンロードされたデータの内にパスの掛かったファイルがあるのですが……」
 不快そうな表情をする茶々丸に、内心で表情が豊かになってきた己の娘とも呼べる茶々丸に喜びを覚えつつ頭を下げた。
「すまないネ。そのファイルは現在開発中の新武装の為のファイルだヨ」
「どういった武装なのですか?」
「まだ、説明出来ないネ。けど、かなり特殊な武装とだけは言えるヨ。同時に、恐ろしい力を秘めてるネ」
 説明されないまま、得体の知れない情報が己のメモリーに存在する事が不愉快だったが、茶々丸は超に何か考えがあるのだろうと思い、仕方なく我慢する事にした。
「分かりました。では、マスターの下に戻ってもよろしいでしょうか?」
 茶々丸が尋ねると、超は頷いた。
「戻っていいヨ。…………茶々丸、エヴァンジェリンはよくしてくれるカ?」
 超の言葉に、思わず茶々丸は目を丸くした。茶々丸の眼に映ったのは、紛れもなく娘を心配する親の顔だった。
「アレは我侭だからネ。愚痴があったら聞くヨ?」
 茶々丸はフッと笑みを零した。
「不満などありません。マスターは、よくしてくれますよ。だから、安心して下さい――“お母さん”」
 お母さんと呼ばれ、狼狽する超に、茶々丸は意地悪な笑みを浮かべた。それを見た超は、本当に安心していいのか迷った。超は溜息を吐くと、茶々丸の頭を撫でた。
 茶々丸が研究室を去ると、葉加瀬がクスクスと笑っていた。
「超さんがお母さんなら、私はお父さんって所ですかね?」
 葉加瀬が愉しげに言うと、超は微妙な顔をした。コーヒーを淹れて自分の椅子に座ると、超は突然、ガタンと音を立てて立ち上がると、ツカツカと窓辺に向かった。
「どうしたんですか?」
 葉加瀬が尋ねると、超は険しい表情を浮かべてカーテンを一気に開いた。
「カシオペアの始動実験には丁度いいかもネ」
 超は窓の外を眺めながら意地の悪そうな笑みを浮かべた。
 葉加瀬はカシオペアを握って、外に出ようとする超に一言だけ言った。
「いってらっしゃい」
「いってくるネ」
 超が研究室を出て行って、しばらくしてから研究室の電話が鳴った。
『ハカセですか?』
 受話器を取ると、電話の主はさっきまで居た茶々丸だった。
「はい、お父さんですよ」
 ちょっと巫山戯てみたら、茶々丸は底冷えする様な声で葉加瀬の名前を呼んだ。
「ちょっとしたジョークだよ。それより、どうしたの?」
『問題が起きました。対吸血鬼用の装備をお願いします』
 その瞬間、葉加瀬は冷水を浴びせられた様な気がした。受話器を取り落としてしまった。対吸血鬼用の装備は存在する。当然だろう。茶々丸は、葉加瀬や超を含め、殆どの人間はそうは思っていないが、事実として学園都市内で魔法使いを除けば最強戦力である“兵器”なのだ。
 そんな危険物を真祖の吸血鬼という恐るべき怪物の傍に仕えさせる理由はエヴァンジェリンの護衛だけではない。確かに、匿っている以上は護らなければならない。内にも外にも敵の多過ぎる彼女を――。
 絡繰茶々丸という機械仕掛けの人形は実に都合の良い存在だ。吸血鬼の護衛など、何時命を落とす事になるか分からない。だけど、人間で無いなら、危険な事をさせる事に躊躇いを感じる必要も無い。
 彼女をエヴァンジェリンの傍に仕えさせるもう一つの目的は、エヴァンジェリンを始末しなければならなくなった時に始末させる為だ。匿っているからと言っても、彼女がそれに対して恩を感じるか? と問われれば、断言は出来ないだろう。元々、サウザンドマスターが強引にこの地に縛り付けたのだから――。
 茶々丸なら、エヴァンジェリンを最も巧みに殺す事が出来るだろう。長い間、一緒に暮らしていればエヴァンジェリンに茶々丸に対する情を抱かせる事が出来るかもしれない。そうなれば、彼女は茶々丸に簡単に手を出す事が出来なくなるかもしれない。逆に、茶々丸は機械だ。いざとなれば、感情を第三者がコントロールする事も可能なのだ。
 茶々丸に対し、冷酷で居られるとしても、エヴァンジェリンに対して茶々丸は圧倒的に有利に戦闘が行える筈だ。その時の為に、茶々丸は常にエヴァンジェリンのデータを収集しているのだから――。
 そして、その時の為に用意されているのが対吸血鬼用の装備だ。つまり、“対エヴァンジェリン用”の装備なのだ。その装備を用意しろという事は、何らかの理由で茶々丸がエヴァンジェリンを殺害しなければならなくなった場合だ。
 葉加瀬の頭は真っ白になった。エヴァンジェリンの事は嫌いではないし、何よりも、娘同然の茶々丸に、三年も連れ添った大切な主を殺させるなど、自分を“科学に魂を売った研究者(マッドサイエンティスト)”であると自負する葉加瀬であっても出来なかった。
 受話器の向こうから茶々丸が何か言っているのが聞こえたが、葉加瀬は聞かなかった事にした。茶々丸を開発した責任のある葉加瀬は、この事態に最善の行動が何であるかを理解しながら、責任を放棄した。その事に対して、どんな罪に問われたとしても、行動に出る事が出来なかった――。

 研究所を出た超はその手に不思議な物体を持っていた。科学の天才・超鈴音が持つには相応しくないオカルト的な六壬式盤という名のアイテムだった。
「玉帝有勅、神針霊々、居所雲霧、上列九星、神墨軽磨霹靂叫粉、急々如律」
 超鈴音には、過去であり現在であり未来の偉大な魔法使いの血が流れている。その血は幾度も代を重ねる毎に薄まっていったが、それでも多少の魔法を行使する事は出来た。今、超が使っている魔法は陰陽道に属する術だ。
「うむ、ここより西カ」
 六壬式盤を見つめながら呟くと、超の姿は忽然とその場から掻き消えた――。

 時間を少し遡り、時刻は十時を少し回ったところ。学園都市である麻帆良には珍しい居酒屋などがあつまるエリアにエヴァンジェリンとタカミチは居た。エヴァンジェリンは大人の姿に化け、タカミチとお互いに酌をしながらお酒を楽しんでいた。小太郎の代わりにタカミチを誘って小太郎の友人である悠里が予約したレストランで食事を楽しんだ後、そのまま縺れ込んだのだ。
 二人はエヴァンジェリンの弟子である少女達の話で盛り上がっていたが、次第に話す事も無くなってきて、タカミチは話題を変えた。
「そう言えば、つい最近になって昔の知人から手紙が来たんだ」
「手紙?」
「うん」
 エヴァンジェリンはタカミチが取り出した手紙の差出人の欄を覗き込んだ。
「メガロメセンブリア信託統治領オスティア総督クルト・ゲーデル・メガロメセンブリア元老院議員……。随分な身分の人間じゃないか」
 エヴァンジェリンは差出人の仰々しい肩書きに目を丸くした。
「昔の仲間なんだ」
「昔と言うと…………、『紅き翼』のか? だが、私は会った事が無いぞ」
「エヴァと僕等が会う前に、彼は『紅き翼』を抜けたからね」
「昔話か――。そう言えば、あんまり聞いた事が無かったな」
 長い付き合いの中で、エヴァンジェリンは驚くほどタカミチや『紅き翼』の過去を知らない事に気がついた。麻帆良に閉じ込めるまでは、何時でも聞ける事だから、と聞き損ねてしまい、麻帆良に閉じ込められてからは、恨みや悲しみで聞こうともしなかったのだ。
「僕も、あんまりエヴァの過去を知らないからね。いい機会だし、お互いに昔話でもしないかい?」
「って言われてもな…………。私の過去なんぞ、あんまり聞いて楽しい思い出は無いぞ?」
「それでも、僕は聞きたいな」
 お猪口を傾けながら、タカミチは屈託の無い笑みを浮かべながら言った。渋みを帯びた、昔少年だった青年の笑みに、エヴァンジェリンはほんのりと頬を染めた。
 子供の頃から知っている彼の笑みに動揺するなどどうかしている。エヴァンジェリンは誤魔化す様にお酒を口に運んだ。
「先にお前が話せ。面白い話なら、少しは私の話も聞かせてやってもいいぞ」
 顔を背けながら言うエヴァンジェリンに、タカミチは素直じゃないな、と思い苦笑した。
「そうだなぁ、じゃあ大戦の頃の話を――」
 そう、タカミチが口を開き掛けた時だった。突然、エヴァンジェリンが立ち上がった。
「馬鹿な――ッ!? どうして、今まで気付かなかった!?」
「どうしたんだい!?」
 血相を変えるエヴァンジェリンに、タカミチは面を喰らった表情で尋ねた。エヴァンジェリンはタカミチと裏の話をする為に張っていた認識阻害の結界を一気に広げた。結界内に入った人々が酒に酔ったかの酔うなトロンとした虚ろ眼になった。
「一直線に向かって来ている――ッ!! タカミチ、咸卦法を発動しておけ」
 次々に転移魔法で周囲の人達を離れた場所に転送しながらエヴァンジェリンが言った。エヴァンジェリンの真剣な瞳に、タカミチは疑う事無く咸卦法を発動し、全身の感覚を研ぎ澄ませた。
「エヴァ、どこからだい?」
「あそこだ――ッ!!」
 月をバックに小さな影がエヴァンジェリンとタカミチの居る屋台に向かって飛んで来た。エヴァンジェリンは何も無い目の前の空間に一瞬で呪文を唱えると、無数のボーリングの球程の大きさの魔弾を放った。周囲の居酒屋や建物を巻き込みながら“ナニカ”を魔弾は阻んだ。
「ここは狭すぎる。タカミチ、移動するぞ」
 タカミチが返事を返す暇も与えず、エヴァンジェリンはタカミチと自身を自分の影から立ち上がった闇に喰らい付かせた。一瞬の暗闇を通り抜けると、そこは世界樹広場だった。
「世界樹広場を選んだ理由は?」
「特に無い。それより、来るぞ!」
 エヴァンジェリンの声に反応するかの様に、黒い霧の様な物が周囲の建造物を薙ぎ倒しながら迫って来た。大砲が叩き込まれたかの如く、黒い霧が大地に落下して凄まじい衝撃を走らせた。世界樹広場にあるスペイン階段をモデルに作られた広い階段が見る影も無く無残に崩壊した。
「何者だろう……」
「何者だろうと関係無い! 先手を取るぞ!」
 エヴァンジェリンは素早く呪文を唱えて氷の魔弾を放った。豪雨の如く、未だに土煙の蔓延する巨大階段に降り注ぐ氷の魔弾はそのまま空気を凍結させていく。
 タカミチも咸卦法で強化された劣化版の無音拳、『居合い拳』の強化版である『豪殺・居合い拳』を敵と思しき存在の立つ場所に放った。
「問答無用とはこの事ですね」
 エヴァンジェリンとタカミチは思わず凍り付いてしまった。手加減しているつもりは無かった。勿論、殺すつもりは無かったが、確実に戦闘不能にするつもりで技を放ったのだ。だというのに、愉快気な声の主は煙が晴れると、何事も無かったかの様に無傷でそこに君臨していた。僅かに欠けた月が、男の顔を闇夜に照らし出した。月明りに濡れた長い黒髪に切れ長の黒い瞳――日本人だった。
 背中には桜咲刹那の愛刀・夕凪以上に異様な程の長さを持つ黒い柄の刀が背負われている。腰にも小太刀が差してあり、着物姿の男は優雅な足取りでエヴァンジェリンとタカミチの居る方へと足を向けた。
「何者だ?」
 エヴァンジェリンの問いには答えず、男が腰の脇差に手を添えると、脇差は溶ける様に消えてしまった。そして、背に担ぐ長刀の柄に手を掛けた。
「我が秘剣の披露と共に名乗らせて頂こう」
 唇の端を吊り上げ、男はタカミチに距離を詰めた。タカミチは瞬時に男の握る長刀の長さを目算し、ギリギリの間合いを取ろうと背後に跳んだ。
 それが間違い――。間合いとは、より長い武器を持つ方を中心に据えられる。確かに、徒手空拳のタカミチと三尺余りの長刀を持つ目の前の男では一見すると長刀を持つ男の方が間合いが広い様に見える。だが、タカミチの場合はそれが当て嵌まらない。居合い拳という遠距離からの攻撃方法があるのならば、長刀の届く間合いのギリギリに留まる必要は無いのだ。
 一瞬にして、長刀の届く間合いを見極めたのは見事。武器を持っていたとしても、並の者ならばタカミチが勝利するだろう。振り下ろされる銀の刃――。月明りを鏡の如く反射させる刃は、男の踏み込みと共にタカミチの体に到達した。
「甘いね」
 タカミチはソレを半歩退がる事で回避した。そして、躊躇う事無く反撃に転じる。大上段からの斬撃は、剣術に於いて基本とされ、単純であるが、人間は目線よりも上が見え難く、受けに回れば体勢を崩してしまい防御の難しいモノなのである。だが、振り下ろした斬撃を回避すれば、一瞬だけ隙が出来る。そして、タカミチはその一瞬に反撃に転じたのだ。
「秘剣――――」
 それも間違い。最初の魔弾と豪殺・居合い拳を防いだ時に理解するべきだったのだ。三尺余りもある長刀を振り下ろせば、確実に生じるであろう硬直時間は無く、あろうことか、次の瞬間には長刀は振上げられていた。
 直感にも近い感覚で咄嗟に後ろに退がったタカミチだったが斜めに一直線に切り裂かれていた。辛うじて、即死を免れたものの、バックリと切り裂かれた場所から夥しい血潮が噴出し、タカミチは意識を失った。
「――――燕返し」
 気を失い、倒れるタカミチに男はありえない秘剣の名を紡ぎながら長刀を振り下ろした。だが、長刀はタカミチに止めを差す事無く、虚空を切り裂いた。
「タカミチ、しっかりしろ! タカミチ、死ぬな!」
 取り乱しながら必死に叫ぶエヴァンジェリンが慣れない回復魔術を男から遠く離れた場所で掛けていた。
「い、嫌だ! 死ぬな、タカミチ!」
 不死の吸血鬼であり自分を癒す必要など無く、同時に、誰かを癒す経験など一度も無かった上に取り乱してしまったエヴァンジェリンの魔法は殆ど力が無かった。必要以上に魔力を練り込み、タカミチの大き過ぎる傷を必死に塞ごうとするが、僅かに血の吹き出る量が少なくなった程度でしかなかった。
 あの瞬間――タカミチが切り裂かれるあの瞬間まで、エヴァンジェリンは動かなかった。動く必要など無いと思ったのだ。タカミチが未だ少年だった頃から知っていたエヴァンジェリンは、タカミチの勝利を信じ切っていたのだ。ギリギリの所で、タカミチを救い出したが、タカミチの体はどんどん血を失い青褪めていく。
 涙が溢れ、悲鳴にも近い叫び声を上げ続けるエヴァンジェリンに、男は笑みを浮かべて長刀を鞘に納めると、一歩一歩エヴァンジェリンに近づいて来る。だが、耳元に微かに人の声が届いた。エヴァンジェリンはタカミチの傷を癒そうと必死で気付いていないらしい。
 自分は気配を断ち切っている。恐らく、自分に気付いているのはエヴァンジェリンだけだろう。男はそう考えると悪辣な笑みを零した。もしも、ここで自分が姿を消して、彼等がこの状況を見たらどうなるだろう? そう考えると、男は闇に溶ける様に姿を消した。
 男の姿が無い事にも気付かず、エヴァンジェリンは声を震わせながら癒しの呪文を唱え続ける。エヴァンジェリンの頭の中からは長刀を握る男の存在が完全に消え去ってしまっていた。
「エヴァン……ジェリン…………」
 そして、この場所に向かっていた者達が到着した。浅黒い肌のガンドルフィーニに線の細い瀬流彦、太り気味でメタボリックが心配な弐集院。エヴァンジェリンはその姿を見たと同時に、タカミチを斬った男が居ない事に気が付いた。そして、彼等にこの状況がどう見えるかを考え、絶望した。
 血に飢えた吸血鬼が同僚であり、魔法世界では有名な“英雄(タカミチ)”を手に掛けた。そう映っている筈だ。否定しようとした。違う、私じゃない、と言おうとした。だが、彼等に拒絶される事への恐怖によって喉がカラカラに渇き、エヴァンジェリンは声を出せずに力無く首を振る事しか出来なかった。ガンドルフィーニが近寄って来る。唇を一文字に噛み締め、硬い表情をしている。ガンドルフィーニの手が頭上に伸びた時、思わず体を震わせてしまった。
「遅くなってしまって申し訳ない」
 だから、そんなガンドルフィーニの言葉に目を丸くした。ガンドルフィーニの大きな手は気遣う様に優しくエヴァンジェリンの頭を撫でていた。
「弐集院先生、ガンドルフィーニ先生、僕が治療しますから警戒をお願いします」
 キョトンとしているエヴァンジェリンの近くに瀬流彦がやって来て言った。エヴァンジェリンの頭から手を離し、ガンドルフィーニは小さく頷くと懐から銃とナイフを取り出した。右手に銃を握り、左手にナイフを握る。接近戦、中距離戦、遠距離戦のあらゆる場面に対応出来る様にガンドルフィーニが導き出した答えがその戦闘スタイルだ。
「なんで…………」
 エヴァンジェリンは頭が追いつかなかった。
「なんで、私を疑わないんだ?」
 普通、この状況を見れば自分が凶行に走り、それを止め様としたタカミチが返り討ちにあったと考えるのが普通ではないだろうか? エヴァンジェリンは三人の男達の顔を見た。するとどうだろう、三人の顔に浮かんでいたのは苦笑だった。
「な、何がおかしいんだ!?」
 エヴァンジェリンが激昂すると、瀬流彦がタカミチの傷口に向けて回復魔法を発動させながら言った。
「あんまり、見損なわないでほしいな」
 瀬流彦の言葉に、エヴァンジェリンは困惑した。
「大丈夫だよ、エヴァンジェリン君。瀬流彦君は優秀だ。きっと、タカミチ君を助けてくれる」
 弐集院の柔らかい笑みに、エヴァンジェリンは瞳を揺らした。
「どうしてだ? 自分で言うのも何だが、こんな状況じゃ疑われて当然だと思うんだが…………」
 エヴァンジェリンの不安そうな顔を一掃するかの様に三人は破顔した。
「君、エヴァンジェリン君、君は今どんな顔をしているつもりなんだい?」
 油断無く周囲を警戒しながら、ガンドルフィーニが尋ねた。
「私達が君と一緒に過ごした時間が無駄な事だと思うのかい?」
 思わず噴出しそうになる始動キーと共に弐集院が問い掛けた。
「僕達は、君を大事な友達だと思ってるんだ。その友達が泣きながら慣れない筈の治癒呪文を必死に唱えてるんだよ? どうして疑えると思うんだい?」
 瀬流彦はどこか憤慨した様に言った。
「お前達――」
 エヴァンジェリンは感極まった様に声を無くした。何と嬉しい言葉だろうか。彼らは、本当にこれっぽっちも疑っていないのだ。友情を利用する者も居るだろう、それでも、エヴァンジェリンにとって彼らの“友達”という言葉はとても単純で、そして最高に信頼の置ける崇高な言葉に聞こえた。
「敵は、正体不明だ。だが、タカミチを斬った時に放った技の名前は聞いた事がある」
 立ち上がると、一瞬だけタカミチを見た。瀬流彦は優秀な魔法使いだ。性格は温厚で、教師としても半人前。だが、魔法使いとしてならば多彩な術を知り、無詠唱で高威力の魔法を扱える、この中ではエヴァンジェリンに次ぐ実力の持ち主だ。
 その証拠に、タカミチの傷口は徐々に閉じていっている。顔色は悪いが、希望が見え始めた。それで覚悟は決まった。得体の知れない相手だが、敗北する気は無い。このメンバーならば、例えどれほどの脅威であろうと問題にならないだろう、そう確信を持った。
「奴が放ったのは、秘剣・燕返しだ」
 エヴァンジェリンの言葉に、三人は面白い様に凍りついた。当然だろう、日本人だけでなく、世界中の人々がその名を耳にした事がある。秘剣・燕返しと言えば、歴史上最強の剣聖・宮本武蔵に唯一匹敵したと謳われる天才剣士のみが使える必殺の剣技の名だ。
 だが、それはありえない事だ。元々、秘剣・燕返しの使い手たる佐々木小次郎に関しての文献すら曖昧な物が多いのだ。そんな彼の秘剣を扱える人間など存在する筈が無い。
 ならば、あの技は彼の天才剣士の秘技の名を騙った偽者か? それとも、彼は本当に佐々木小次郎本人なのか?
「可能性として、零じゃない」
「どういう事だい?」
 エヴァンジェリンの言葉に取り乱しそうになる自分を必死に抑え、ガンドルフィーニが尋ねた。
「少なくとも、アイツは見た目より年寄りだぞ」
 頭が冷えてくると、男の正体が分かった。丹念に気配を消していたのだろうに、エヴァンジェリンにだけはバレた。それは、エヴァンジェリンが卓越した魔法使いだから、だけではない。
 エヴァンジェリンの言葉に呼応する様に、夜闇の中から男は姿を現した。心底詰まらないものを見る眼を向けながら。
「ああ、友情というものですか…………。美しいですね」
 心にも無いとはこの事だろう。男は硬い表情のまま、冷たい視線をエヴァンジェリン達に向けていた。
「君が、タカミチ君をあんな風にしたのかい?」
 ガンドルフィーニは平淡な口調で尋ねた。内心で爆発しそうな程の怒りを感じているのだろうが、それを面に出していない。あるいは、怒りが強すぎて感覚が麻痺しているのかもしれない。
「まったく、変わり者というのは居るものですね。少し羨ましいですよ、闇の福音」
 ガンドルフィーニと弐集院は咄嗟に瀬流彦とタカミチを庇う様に動いた。凄まじい殺気が物理的な力と共に襲い掛かる。目に見えない空気の塊が二人を吹飛ばした。二人共、軽やかに着地したが、その顔は驚愕に彩られていた。
「今のは…………?」
 弐集院は信じられない目付きで男を見た。
「そんなに驚く事は無いでしょう? ただの念力ですよ」
 念力とは超能力の一種だ。珍しくも無い。魔法使いでもない一般の思春期の少年少女ですら時折無意識に使う事もある。
「これが、超能力――」
 ガンドルフィーニは忌々しげに舌を打った。魔力も気も感じない力は厄介だった。
「だが、その程度で勝てると思わないでもらおう」
 銃を構えるガンドルフィーニに、男は一気に距離を縮めた。
「ガンドルフィーニ! 全力で後ろに跳べ!」
 エヴァンジェリンの怒号にガンドルフィーニは咄嗟に後ろに跳んだ。振り下ろされる太刀は虚空を斬り、男は小さく息を吐いた。
「秘剣とは即ち秘する剣の事――。やはり、一度見られてしまえば二度は通用しませんね」
 己が必殺の剣技を破られたというのに、男は涼しげな表情を浮かべて言った。
「さっきのは?」
 ガンドルフィーニは直ぐ近くに立つエヴァンジェリンに小声で尋ねた。言われるがままに後退したが、目の前の男の技を見る事が出来なかった。
「タカミチを斬った技だ。上から下に振り下ろす一段目を囮に、通常ならば出来るであろう一瞬の隙を突こうとする敵を雷光の如き二段目の振上げで斬り裂き、三段目の斬撃にて止めを差す――。こんな所だろう?」
 エヴァンジェリンは挑む様に男を睨んだ。男は応えずに肩を竦めた。
「たった、それだけ…………?」
 治療を続けていた瀬流彦が呆気に取られた様に呟いた。タカミチを下したという剣技、瀬流彦はどれほど凄まじい奥義なのかと考えていた。だが、エヴァンジェリンの言葉を聞くと、あまりにも単純な攻撃に聞こえた。
 振り下ろして、振上げる。たった、それだけの動作でタカミチを瀕死に出来るものだろうか? 瀬流彦は信じられない気持ちだった。
「秘剣・燕返しとやら、その真髄は二撃目の振上げだろう。振り下ろした、と思った瞬間には既に振上げられていた。まさに、雷光の如きスピードだ。貴様が何者であれ、なるほど、アレならば燕を斬る事も出来るだろうさ」
「剣士でもないのに、一度見ただけでよくそこまで――」
 男の称賛を含んだ声を疎ましげに思いながら、エヴァンジェリンは再びタカミチに顔を向けた。瀬流彦の実力を侮っていたつもりは無かったが、それでも舌を巻いた。複雑な回復呪文を幾つも重ねて、タカミチの傷は殆ど塞がっていた。
「お前は佐々木小次郎なのか?」
 エヴァンジェリンは拳を握り締めながら言った。ガンドルフィーニや弐集院、瀬流彦は気まずそうな表情を浮かべた。幾らなんでも、存在自体が不確かな数百年前の剣士が目の前に居るなど、在り得ないからだ。
「ええ、その名を名乗っていました。ですが、今は犬上を名乗っています。犬上小次郎――とね」
「なんだと――ッ!?」
 目の前の男がアッサリと己を佐々木小次郎だと認めた事以上に、小次郎の名乗った姓にエヴァンジェリンは声を失った。
「私の名は犬上小次郎ですよ。我が“息子”がお世話になっていますね、闇の福音」
「息子だと…………?」
「お分かりなのでしょう? 小太郎は、私の実の息子ですよ。まあ、彼は私を父とは思っていないでしょうがね」
「そんな話――ッ!」
 戯言と共に小次郎を斬り捨てようと小次郎が現れた時に破壊した階段の瓦礫を瞬時に気体に変換させ“断罪の剣(エクスキューショナーソード)”を振上げたエヴァンジェリンの耳に、タカミチの苦悶の声が響いた。
「タカミ――ッ」
「危ない、エヴァンジェリン君!」
 思わず振り向いてしまったエヴァンジェリンに小次郎が太刀を振るった。ガンドルフィーニが慌てて間に割って入り、エヴァンジェリンを突き飛ばした。
「ガンドルフィーニッ!?」
 エヴァンジェリンが顔を上げると、顔に生暖かい液体が降り注いだ。ガンドルフィーニの持っていたナイフは真ん中で真っ二つに折れ、ガンドルフィーニの頬には鋭い切り傷が出来ていた。
「エヴァンジェリン君、奴の事は私と弐集院先生に任せるんだ。高畑先生を護ってくれ」
「でも――ッ!」
 ジワリと地面を赤く染め上げながら、ガンドルフィーニは困った様な顔をした。
「君は冷静じゃない」
「私は冷静だ!」
「無理をするな!!」
 ガンドルフィーニの怒声に、エヴァンジェリンは愕然とした。
「君は――、君、君は分かってないんだ」
「な、何を分かってないと言うんだ!?」
 訴え掛ける様なガンドルフィーニの言葉にエヴァンジェリンはイラついた声で尋ねた。
「君自身の心だよ。誰かを護りたいと、そう思いながら戦うのは初めてなんじゃないかい?」
 ガンドルフィーニの言葉に、弐集院が続いた。
「護る戦いっていうのはね、案外難しいんだよ。それも、傷ついた仲間を護る時は尚更ね。慣れないと、どうしても気になってしまう。気にすれば気にする程に足枷になってしまうと頭で理解しても、心が理解してくれないから――」
「君は確かに強い。けど、今の君はタカミチ君が心配で力が出し切れない。だから、ここは私達に任せるんだ」
 そう言うと、ガンドルフィーニは右手で銃を握り、その引き金を引いた。甲高い音と共に銃弾が小次郎の胸を目掛けて放たれる。
「“障壁貫通”を付与した特殊弾ですか」
「な――ッ!?」
 ガンドルフィーニは愕然として眼を見開いた。悠然と佇む小次郎の目の前で、ガンドルフィーニの放った銃弾が空中にピタリと静止したのだ。虚空に縫い止められる様に静止した弾丸を小次郎はゆっくりと右手で抓んだ。そして、その弾丸を掌で弄ぶと、眼に見えない力にとって空中に浮かせた。
「お返ししますね」
 ニコリと人の良さそうな笑みを浮かべた小次郎の掌の上で浮遊していた弾丸は突然姿を消した。ガンドルフィーニは不意に左腕に感じた鋭い痛みで銃弾が左腕を貫いた事に気が付いた。
「ガンドルフィーニ君!」
 弐集院がガンドルフィーニの前に立ち、曲がりくねった杖を小次郎に向けた。
「ニクマン・ピザマン・フカヒレマン!」
「遅過ぎますよ、それでは――」
「危ない、弐集院先生!」
 始動キーを唱える弐集院に、小次郎は瞬く間に距離を詰め、太刀を振るった。ガンドルフィーニが間一髪で銃を手放し、弐集院のスーツを右手で掴んで引っ張った。
「ありがとう、ガンドルフィーニ君」
「礼には及びませんよ」
 ガンドルフィーニは銃弾が効かない事を知ると、瞬時に戦法を変えた。
「近距離戦をする相手じゃない。弐集院先生!」
 本人が認めたとはいえ、本当に佐々木小次郎だと信じたわけでは無かった。だが、剣の腕は確かなものだ。ならば、わざわざ接近戦という相手の舞台に上がる必要は無い。
 ガンドルフィーニは指輪型の魔法発動体に魔力を篭めながら弐集院に声を掛けた。弐集院は、その声の意味を瞬時に悟ると、己の最も得意とする呪文を唱えた。
 小次郎は呪文を詠唱し、隙だらけとなった弐集院に太刀を振るった。ガンドルフィーニは距離を離してしまい、助けに入るのは間に合わない。まずは、一人目。小次郎は笑みを浮かべながら己の仕事の邪魔者を切り裂いた。
「これは――ッ!」
 切り裂かれた弐集院の体は、まるで煙の様に虚空に溶ける様にして消えてしまった。
「転移では無い。霧化でも無い。ならば、幻術ですか?」
 消え去った弐集院の幻の居た場所から眼を離し、辺りを見渡すと、そこには無数の弐集院とガンドルフィーニが立っていた。
「これほどの量の分身を…………。どれも、実体と見紛うばかりの完成度。なるほど、さすがは麻帆良というべきですね。ならば、私も本気になりましょう」
 その瞬間、小次郎の目の前に立っていたガンドルフィーニと弐集院の分身が消滅し、地面が陥没した。小次郎が視線を動かすと、その眼の動きに合わせて見えない力が分身ごと地面を押し潰していく。
 エヴァンジェリンはタカミチと瀬流彦を護る様に結界を張った。小次郎が眼を向けた瞬間に、エヴァンジェリンの張った結界は大きく軋んだ。
「たかだか念力でこの力だと――ッ」
 歯を軋ませながら結界を維持するエヴァンジェリンに、小次郎は更なる力を篭めた。まるで、重力が数倍に跳ね上がったかの様な重圧に、エヴァンジェリンは舌を打った。
 炎の塊が小次郎に襲い掛かった。小次郎はエヴァンジェリンから目を離し、炎の固まりを念力で押し潰すと、炎を放った弐集院の立つ場所を押し潰した。だが、その弐集院は霞の様に消えてしまった。目を離すと、次の瞬間には新しい分身が現れ、きりが無かった。
 ガンドルフィーニと弐集院は、分身に潜みながら小次郎に魔法を放ち、小次郎を押していた。
「まずいな…………」
 ガンドルフィーニと弐集院の戦いに集中していたエヴァンジェリンは、瀬流彦の声で振り向いた。タカミチの体の傷は殆ど残っていなかったが、瀬流彦の表情は青褪めていた。
「どうしたんだ?」
 エヴァンジェリンが不安に駆られて尋ねると、瀬流彦は悔しそうに言った。
「傷は殆ど治したよ。けど、血を流し過ぎたんだ。このままじゃ、出血多量で死んでしまう」
「なんだと…………?」
 エヴァンジェリンはその場で崩れ落ちる様に膝を折った。タカミチの顔色は血の色を全く感じさせない程真っ白だった。恐る恐る触ると、恐ろしい程に冷たくなっていた。
「今は、何とか治癒の魔法を掛け続けて高畑先生の体力を回復させてるけど、僕の魔力ももう限界だ…………」
 瀬流彦は悔しさのあまり涙を流しながら地面を殴った。瀬流彦の魔力が切れれば、その瞬間にタカミチは死んでしまう。ガンドルフィーニや弐集院は小次郎の相手で精一杯だ。
 僅かに逡巡していると、タカミチを覆う瀬流彦の魔法の光が消え始めた。
「まずい――ッ、もう魔力が……」
 瀕死の重傷だったタカミチの傷を癒す為に、瀬流彦は魔力を使い切っていた。それでも、無理に搾り出した魔力で回復呪文を唱えていたが、限界だった。意識を失いかけながら魔法を掛け続けるが、魔法の力はどんどん弱くなっていく。必死な瀬流彦の姿を見て、エヴァンジェリンは迷いを振り切った。
「瀬流彦、もう少しだけ保たせろ」
「エヴァン……ジェリン君?」
 エヴァンジェリンの言葉に戸惑う瀬流彦を尻目に、エヴァンジェリンは地面に魔法の光で何かを描き始めた。急ぎながら、それでも慎重に描いて行く。エヴァンジェリンの描く魔法陣が完成に近づくと、瀬流彦は思わず驚きの声を洩らしてしまった。
「仮契約の魔法陣――ッ」
 エヴァンジェリンは他に方法が思いつかなかった。自分の下手な回復呪文では今の状態のタカミチを回復させる事は出来ないし、出来たとしても時間が掛かり過ぎる。小次郎を相手にガンドルフィーニと弐集院は健闘しているが、小次郎がエヴァンジェリンの予想通りの存在なら、勝つのは難しい。一刻も早く援護しなければ、いずれは疲弊して、力尽きてしまう。仮契約をすれば、自動的にエヴァンジェリンの魔力がタカミチに流れ、生命力を回復させてくれる。それに懸けるしかなかった。
 キス以外でも、エヴァンジェリンならば血を媒介にして契約出来るが、今のタカミチの状態では止めになってしまう可能性がある。他の方法では時間が掛かる。迷っている暇は無かった。横たわるタカミチの体が全て入る様に大きめに描いた魔法陣が完成すると、エヴァンジェリンは瀬流彦に顔を向けた。
「タカミチをここに連れて来てくれ」
 エヴァンジェリンの言葉に、瀬流彦は頷いてゆっくりと回復呪文を掛けながら動かした。いつ死んでしまうか分からない状況だから慎重にならざるえなかった。
「仮契約が済むまでは魔法を掛け続けるよ。最後の力を振り絞るから、急いで!」
 そう言うと、瀬流彦は目を瞑って最後の力を振り絞った。魔力の枯渇で意識を失いそうになり、地面に倒れ伏しながら、右手でタカミチに魔力を送り続ける。
「ありがとう、瀬流彦」
 エヴァンジェリンはゴクリと唾を飲み込むと覚悟を決めた。魔法陣が光を放ち、三人の体を覆った。ガンドルフィーニと弐集院がその光に気が付き目を見開いたが、小次郎の攻撃が及ばない様に連携しながら小次郎を攻めた。
 光の中で、エヴァンジェリンは意識の無いタカミチの頬を両手で覆った。
「すまんな、タカミチ――」
 タカミチの唇に、自分の唇を合わせた瞬間、エヴァンジェリンとタカミチの間に二つの魔法陣が出現した。エヴァンジェリンはその魔法陣に右手を挿し込んだ。
「パートナー、高畑.T.タカミチ。我に示せ、秘められし力を! 契約発動!」
 その瞬間、タカミチの体から光が噴出し、エヴァンジェリンの前に一枚のカードが浮かび上がった。光がタカミチの体を覆いながら落ち着くと、そこにはカードの中のタカミチと同じ血に汚れたスーツとワイシャツが消えて綺麗な白いワイシャツに不思議な模様が描かれたネクタイを締めたタカミチが眠っていた。
 仮契約が、タカミチの体を癒そうとしているらしく、エヴァンジェリンの体から遠慮無く魔力を奪って行くが、タカミチの顔色は僅かに良くなっていった。
「よし、これで――」
「おや、治りましたか?」
 安堵したエヴァンジェリンのすぐ近くで、小次郎の声が聞こえた。背筋が凍り付き、振り返る間も無くエヴァンジェリンの体はサッカーボールの様に蹴り飛ばされ、地面を何度もバウンドした。
「エヴァンジェリン君!」
 ガンドルフィーニが慌ててエヴァンジェリンに駆け寄り、弐集院が小次郎に向かって呪文を唱えるが、小次郎は瀬流彦とタカミチに太刀を突きつけた。
「動けば、彼等が死にますよ?」
 冷徹な瞳で弐集院を睨みながら言う小次郎に対し、弐集院は動けなかった。動けば、目の前の男は迷い無く二人を殺す。今迄、小次郎はガンドルフィーニと弐集院の二人を同時に相手にして拮抗していた。人質を殺す事に躊躇いなどある筈が無い。
「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを置いて、貴方達は退いてくれませんか?」
 小次郎の言葉に、弐集院は目を丸くした。
「何を言って…………」
「言葉の通りです。私の目的はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだけなのですよ。退いてくれるのでしたら追いません」
「どういうつもりだ?」
 ガンドルフィーニが尋ねると、小次郎は誰も居ない崩れた階段に右手を向けた。すると、信じられない事が起きた。階段が一瞬にして消滅してしまったのだ。跡には、深く陥没した地面だけが残った。
「私が本気を出さなかったのは、その方の治療が済むのを待っていたからです」
 ガンドルフィーニと弐集院はあまりの事に膝を折り呆然としてしまった。今迄、小次郎は手加減していたというのだ。小次郎の念力によって陥没した地面を見れば、力の差は歴然だった。
「私の名は犬上小次郎――。始祖渾沌より直接血を受けた吸血鬼です」
「吸血鬼だって――ッ!?」
「やはりそうか……」
 ガンドルフィーニは愕然とした表情を浮かべて呻いた。その隣でエヴァンジェリンが立ち上がりながら言った。
「私がお前の存在を気付けたのはお前が吸血鬼だからだったんだな」
 エヴァンジェリンはガンドルフィーニと弐集院を交互に見た。
「お前達はタカミチと瀬流彦を連れて逃げろ」
「何を言ってるんだ!」
 思わず反論するガンドルフィーニにエヴァンジェリンは首を振った。
「さっきまではタカミチを動かせる状況じゃなかったが、今なら連れて逃げられるくらいには回復した筈だ。このままでは、二人が殺されてしまう。お前達には護るべき家族も居るんだ。だから、逃げろ」
「しかし――ッ」
 尚も食い下がるガンドルフィーニに、エヴァンジェリンは笑顔を向けた。
「ありがとう。お前達の気持ちが正直嬉しい。だからこそ、ここは私に任せろ。タカミチと瀬流彦を頼む」
 立ち上がり、前に踏み出すエヴァンジェリンに、ガンドルフィーニは頭を下げた。
「すまない――」
 どちらにせよ、自分達がこの場に残ればタカミチと瀬流彦が殺される。それに、エヴァンジェリンの邪魔になってしまう。ガンドルフィーニは悔しさに顔を歪めながら弐集院に顔を向けた。弐集院も顔を俯かせて震えていた。
「良い判断です。吸血鬼に対し、貴方達の振る舞いには感銘を受けました。そんな、貴方達を殺したくはない」
 小次郎はタカミチと瀬流彦を念力で丁寧に持ち上げると、そのまま瀬流彦を弐集院へ、タカミチをガンドルフィーニへ飛ばした。
「真っ直ぐにお逃げなさい、決して振り向かず」
 お行きなさい、と小次郎はガンドルフィーニと弐集院に向けて言った。二人は悔しげに唇を噛みながらエヴァンジェリンに謝ると、その場を立ち去った。
「さあ、殺し合いましょう――」
「貴様の目的は知らんが、死ぬのは貴様の方だ」
 先に動いたのはエヴァンジェリンだった。鋭利な牙を剥き出しにして、縦に裂けた瞳に殺意を宿し、鋭く伸びた爪を振上げた。小次郎は鞘に納めた長刀を抜刀した。
 二つの殺意が激突する度に地面は粉砕し、砂煙が巻き上がった。刀で斬り裂かれる度、爪で切り裂かれる度、互いの傷は瞬く間に治り、再度ぶつかり合う。互いに不死の存在であり、どれほど命を削り合い、どれほど魂を貪り合い、どれほど肉体を傷つけ合っても終わりが見えない。
「やはり、封印は解けていたようですね、闇の福音」
 小次郎の言葉にエヴァンジェリンは無言のまま細く伸びた断罪の剣(エクスキューショナーソード)を振るった。小次郎は薄く笑みを浮かべ、断罪の剣を人差し指だけで受け止めた。
「一つ聞きたい。何故、アイツらを見逃した?」
 エヴァンジェリンは尋ねた。タカミチ達を見逃した理由がどうにも解せなかった。小次郎はエヴァンジェリンが狙いだと言った。その理由も分からない。同属殺しなど、互いの領域(テリトリー)を侵さない限り、余程の戦闘凶でも無い限り吸血鬼はわざわざしない。互いに不死であり、殺し合っても不毛なだけだからだ。転化したての吸血鬼ならば、己を吸血鬼にした吸血鬼を憎み、同属殺しに手を染める者も居るだろう。人間としての正義を貫こうとする者も居るかもしれない。だが、佐々木小次郎の生きた時代から現代まで生きて来た古血ならばそんな青臭い事を考えるとは思えない。
「私がここに来た理由は二つ。どちらもある組織の依頼ですよ。一方の依頼は未だその時では無いので、先にもう一方の依頼を遂行する事にしました。まあ、もう依頼は達成しているのですがね」
「どういう事だ!?」
「不用意に外に出るべきではありませんでしたね。貴女の監視は一つ二つでは無いのですよ?」
 エヴァンジェリンは小次郎の狙いを悟り舌を打った。
「なるほど、私の封印が解けている事を確認しに来たという事か。人間に尻尾を振ったかッ」
 忌々しげに言うエヴァンジェリンに小次郎は嗤った。
「最近の近衛老の動きに不信感を抱く上層部が居るのですよ。特に四月の殲滅戦と貴女の封印からの解放の件でね」
「馬鹿な。殲滅戦は敵の数が多過ぎたからで仕方無いだろ」
 あの日、敵の数は尋常では無かった。一々捕縛していては手数が足りなくなり、結果、護るべき麻帆良学園の生徒達に危害が加えられたかもしれなかったのだ。
「十の命の内、九を救う為に一を切り捨てる。ですが、本当にそんな必要があったのでしょうか?」
「なんだと?」
「この地には女神に請われ、魔導士・シャントトが執筆した最初のマスターピースでもある封印されし伝説の魔導書【いどのえにっき(ディアーリウム・エーユス)】やレベルAの検索が可能である【世界図絵(オルビス・センスアリウム・ピクトゥス)】などが安置されている図書館島があるのですよ? その護りを任せられている程の魔術師(メイガス)が数だけの雑魚を相手に遅れを取るとでも?」
「……貴様の戯言には付き合いきれんな」
 エヴァンジェリンは鼻を鳴らし、その掌に暗い闇を纏った冷気の渦を球体状に乱回転させた。
「貴様の存在そのモノを喰らい尽くしてやろう。掌握……魔力、装填!! 見るがいい」
 エヴァンジェリンは掌の闇と冷気の渦を握り潰した。その瞬間、両腕に奇妙な模様が浮かび上がり、エヴァンジェリンの白磁の如き肌がみるみる闇が侵食する様に黒く染め上がっていく。エヴァンジェリンは闇の魔法(マギアエレベア)によって闇の吹雪を自分の魂に取り込んだのだ。
「もっとも、そんな事はどうでもいいのです」
 エヴァンジェリンは思わず首を傾げてしまった。小次郎はエヴァンジェリンが闇の魔法を使った事になんの関心も示さず、マイペースに語り続けた。
「私の依頼主が問題にしているのは、殲滅戦自体では無いのですよ」
「何が言いたいのだ、貴様?」
「そもそも、殲滅戦は何が原因だったのでしょうか? 答えは貴女自身が一番良く分かっているのではありませんか?」
 いい加減、苛立ちもピークに差し掛かろうとしていたエヴァンジェリンは小次郎の言葉に思考を停止させた。
「あの事件は貴女がそもそもの始まりの引き金を引いた。一人の男を殺した事で、一人の復讐者を生み出し、結果、大勢の死者が出た。だというのに、近衛老は貴女を処罰するでもなく、挙句の果てに貴女を外に出した。これでは、近衛老に疑問を抱かずには居られませんよ」
 心底愉しげに言う小次郎にエヴァンジェリンは怒りのまま爪を振るった。
「おやおや、私としては目的も達成しましたし、ここらで分けにしたかったのですがね。互いに不死ですし……おや?」
 右腕に僅かに切り傷を負いながら冗談めかして言う小次郎はエヴァンジェリンに付けられた小さな傷が癒え切っていない事に気が付いた。
「……なるほど、これが噂に聞く闇の魔法(マギアエレベア)ですか」
 小次郎は傷口に魔力を集中した。傷は簡単に癒えたが、小次郎の顔からは感情が抜け落ちていた。本来ならばあの程度の傷は負った途端に癒えている筈だった。それが直ぐに癒えずに何かに回復を阻害されているようだったのだ。
 小次郎の顔が引き締まった。エヴァンジェリンが襲い掛かると、その腕を一息の内に数度も切り裂いた。だが、エヴァンジェリンは四散した腕を即座に修復させ、そのまま小次郎の胸元を切り裂いた。
「肉を切らせて骨を断つ……ですか。蘇生能力が有るとはいえ、痛みはあるでしょうに……」
「ハッ、この程度の“かすり傷”で怯むと思うか、戯けッ!」
 小次郎は舌を打ち、怒涛の勢いで攻め続けるエヴァンジェリンを後退しながら捌き続けた。
 頸を刎ねても、腕を切り飛ばしても、胴を両断してもエヴァンジェリンは躊躇う事無く小次郎に攻撃を仕掛けた。その度に小次郎の魔力がエヴァンジェリンに奪われる。
「さすが……と言った所ですか。仕方ありませんね」
 そう言うと、小次郎は瞼を閉じた。瞬間、エヴァンジェリンの背筋に怖気が走った。咄嗟に距離を取ると、小次郎は低い唸り声を上げた。ドクン、ドクンと小次郎の体が脈打つ音がエヴァンジェリンの耳にまで届いた。
「な、なんだ――ッ!?」
 全身に鳥肌が立つほどの異質な気配が広がった。閉じられていた瞼が開くと、切れ長の瞳に強い意思の光が宿っていた。その意思は質量を持って広がった。
 エヴァンジェリンは額を流れる汗を拭う事すら出来なかった。
「吸血鬼……」
 エヴァンジェリン自身も吸血鬼だが、目の前の吸血鬼とは決定的に違いがある。血を飲む事を極力避けて来た者と血を好んで飲む者の違いだ。
 エヴァンジェリンは真祖であるが故に日の光を浴びる事が出来るし、泳げないが手段を問わなければ流水を越える事は出来る。体の一部をコウモリに変身させるなど吸血鬼として基本的な能力も備わっている。だが、そこまでだ。全身をコウモリにする事や完全に霧になる事は出来ない。エヴァンジェリンは吸血鬼としての能力はとても弱いのだ。その代わりに魔法を極めて来たのだ。
 犬上小次郎は真祖では無いが直系だ。そして、彼が表舞台で活躍していた時代はエヴァンジェリンが生まれるより200年も後の事だが、それでも400年を生きる古血だ。その間、多くの血を吸い、己の吸血鬼としての能力を高め続けたのだ。
 ジリジリと無意識の内に後退していたエヴァンジェリンの頭に突然、己の従者からの念話が届いた。
『マスター、検査が終了しました。これより帰宅致します』
『待て、茶々丸!』
 エヴァンジェリンは慌てて念話を返した。
『どうしました、マスター?』
『現在、始祖渾沌の直系の吸血鬼と交戦中なのだが状況が不利だ。確か、私用に用意されていた対吸血鬼用の装備があっただろう? それを装備して援護を頼む』
『――――ッ! 了解、マスター』
「おや、念話は終わりですか?」
「――――ッ!?」
 エヴァンジェリンは一瞬呼吸が止まった。小次郎が足も動かさずに突然目の前に現れたのだ。
 蹴り飛ばされた衝撃で漸く我に返ると、エヴァンジェリンは小次郎の握る刀の刀身に皹が入っているのを見た。一か八か、エヴァンジェリンはその罅割れに向かって氷弾を打ち込んだ。
「愚かな――」
 次の瞬間、エヴァンジェリンは己の迂闊さを呪った。刀身に皹が入っていたのでは無い。ただ、刀身のコーティングが剥がれていただけだったのだ。エヴァンジェリンの攻撃によって、コーティングは一気に剥がれ落ちた。
 鈍色のコーティングが剥がれ落ち、銀の軌跡がエヴァンジェリンの胴を切り裂いた。あまりの疾さに避け切れず、斜めに切り裂かれた傷口から大量の血が噴出した。
「備前長船長光と同じ長さ、重さ、そして切れ味を“銀”によって再現した対吸血鬼用の太刀ですよ」
 銀は吸血鬼を傷つけられる唯一の物質だ。傷口が再生されず、エヴァンジェリンは喘ぎながら足元に大きな血溜まりを作った。
「吸血鬼(アナタ)と戦うのに吸血鬼用の装備を持って来ないと思いますか?}
 嘲笑うように言う小次郎にエヴァンジェリンは舌を打った。迂闊だった。過去、自分を襲って来た者達は己の武器を銀でコーティングして来るのが当然だった。自分を狙ったのだから、そういう事を念頭に入れておくべきだったというのに、完全に失念していた。
「安心なさい、両腕両足を捥ぐだけです。“封印された状態では如何に吸血鬼といえど再生不可能な重傷”を負わさせて頂きますよ」
 いつの間にか、体を見えない拘束衣が覆っていた。念力(サイコキネシス)だ。エヴァンジェリンは必死に念力の拘束衣を弾き飛ばそうと必死に魔力を練った。だが、小次郎が銀の太刀を振り下ろした時、思わず諦めて瞼を閉じてしまった。
 いつまで経っても、両腕と両足を切断される痛みは来なかった。代わりに聞き覚えのある声が直ぐ近くで聞こえた。
「やらせるわけにはいかないヨ」
 瞼を開くと、小次郎の刀を中国風の剣で防ぐ超鈴音が居た。
「貴様……超鈴音っ!? 何故――ッ」
「貴女に戦闘不能になられては困るヨ。それに、実験に丁度良いネ」
「超鈴音……、この麻帆良にあり得ないレベルの技術を持ち込んだという謎の天才少女か」
 小次郎は言いながら、超の体もエヴァンジェリン同様に念力によって拘束した。
「佐々木小次郎に名を知られるとは光栄ネ」
「なにッ!?」
 超はアッサリと念力の拘束から抜け出し、いつの間にか小次郎の背後で小次郎の頸に剣を突き付けていた。小次郎とエヴァンジェリンは驚愕に眼を見開いた。見えなかったのだ。人よりも何倍も優れた動体視力を持つ吸血鬼の眼で視認出来なかったのだ。
「クッ――」
 小次郎は神速の刃を振るった。だが、次の瞬間に超は小次郎の腹部に剣を突き刺していた。
「馬鹿な――ッ」
 更に次の瞬間、右の肩に銀の棒が突き刺さっていた。何が起きているのか小次郎は理解出来なかった。速度では無い。かと言って、魔力も感じず、転移でも無い。
 エヴァンジェリンも同様に困惑していた。超のあり得ない動きが理解出来なかった。魔力も使わずに吸血鬼の眼で終えない動きなど人間に出来る筈が無いというのに。
「これは……今の状態では私の敗北は揺るぎませんね。退かせて頂きます」
 小次郎はそう言うと、一瞬の内にどこかへ消え去ってしまった。
「逃げられたカ……」
「おい、貴様、今のは――ッ」
 小次郎が去り、念力の拘束衣から解放されたエヴァンジェリンは超に説明を求めた。
「これは未だ調整中ヨ。完成したらのお楽しみにとっておくネ」
 超はエヴァンジェリンの質問をはぐらかし、エヴァンジェリンの体を抱き抱えた。
「お、おい!?」
「とにかく、その傷は不味いネ。病院に運ぶヨ」
「じ、自分で歩ける!」
「救急車は呼んであるから直ぐ近くの道路までヨ。我慢するネ」
 エヴァンジェリンは忌々しげに超を睨んだ。その時、突然頭上から茶々丸が降り立った。
「マスター、ご無事ですか!?」
「茶々丸か……無事だが……ちょっと遅いぞ」
「申し訳ありません。ハカセが勘違いをしまして……。それで、吸血鬼は?」
「この女が追い払った。方法は……分からん」
 不思議そうな顔をする茶々丸に超は「乙女の秘密ネ」と冗談めかして誤魔化し、エヴァンジェリンを茶々丸に預けると、救急車の誘導をしに行った。
「超鈴音……何者なのだ?」
「マイスターについては私もあまり詳しくは知りません」
 二人揃って、超の謎に首を傾げながら茶々丸がエヴァンジェリンを抱き抱えて救急車に乗せ、病院に向かった。銀で付けられた傷は再生するのに時間が掛かり、エヴァンジェリンはタカミチと同じ病室で二日間を過ごした。傷口自体は病院に超の要請でやって来た木乃香がアーティファクトで最低限繋ぎ合わせたので、翌朝には治っていたのだが、一日だけ大事を取ったのだ。その間、ネギ達や他のクラスメイト、それにガンドルフィーニや瀬流彦、弐集院といった教師の面々が見舞いに来たり、見舞い品の果物を茶々丸に剥かせて食べたりとそれなりに快適な入院生活をエヴァンジェリンは送った。
 小次郎については結界を越えたらしい事だけは分かったが、その後の足取りや、どうやって麻帆良に侵入したのかは分からず仕舞いだった。といっても、エヴァンジェリンやタカミチ、近右衛門などはある程度の想像がついていた。恐らく、内部の者が招き入れたのだろうと――。


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