※BL描写に注意してください。魔法生徒ネギま! 第四十話『真実を告げて』 麻帆良学園聖ウルスラ女子高等学校ダンスホール――。 ネギは、その頬を彼女の柔らかな髪と等しいくらいに紅く染め上げていた。額を薄っすらと流れる汗を拭いながら麦茶を飲んで荒くなった息遣いを整えた。「もうクタクタ」 笑みを零しながら壁に背を預けると、すぐ隣に犬上小太郎も同じ様に背を壁に預けた。「ちょっと、外歩かんか?」「いいね。ちょっと暑いし」「それは躍ったからやな」 小太郎が苦笑すると、ネギもつられて笑った。「それじゃあ、ちょっと歩こっか」 二人は静かに人混みを抜けて外に出た。外には二人の他にも沢山の人々がパーティーを抜け出して談笑したり散歩したりしていた。中にはキスをしたり抱きあっている男女も居た。 気まずい空気が二人の間に流れた。「そ、そういや、ここには庭園があるらしいで」 小太郎は誤魔化す様に言った。「庭園?」「せや、ホールからそんなに離れとらんし」 小太郎は少し離れた場所に建てられている道案内の看板を見ながら言った。「行ってみよっか」 ネギは悪戯っぽく微笑みながら言った。小太郎は狙い通りのネギの答えに笑みを零した。 二人はダンスホールから離れた場所にある庭園に向かった。「世界樹が見えるね」 庭園に着くと、ネギは真正面を見上げた丘の少し遠くにライトアップされた世界樹があるのに気が付いた。「ほんまやな」 小太郎はネギと繋いだ手の感触にドギマギしながら庭園の中へ入って行った。美しい花が月明りに照らされ、小さな滝がある池は少し欠けた月を鏡面の様に映し出している。人の気配はあるものの、不思議な程に静かだった。二人は手を握り合って庭園の真ん中にある休憩所らしき場所に向かって茨のトンネルを潜った。握り合った手からお互いの体温や鼓動を感じ合い、トンネルの出口に向かうに連れ、緊張が高まり、自然と口数も少なくなった。 ネギは歩きながら、時々小太郎が自分を見ている事に気がついていた。どうかしたのだろうか、ネギには小太郎の心が分からなかった。夢中になって躍っていたせいで、背中は汗でびっしょりで疲労困憊だった。だから、小太郎が外に出ようと言ったから外に出た。外に出ると、イチャイチャしているカップルがいっぱい居て、なんだかとても気まずかった。小太郎も同じ事を思ったのだろう、休む場所を庭園に変えようと提案して来た。 提案に乗ってやって来た庭園はとても見事だった。月明りと僅かな屋外灯だけが照らす幻想的な場所だった。真正面にはライトアップされた世界樹を仰ぎ、涼しい風が気持ち良かった。 庭園に入ると、なんだか小太郎の様子がおかしくなった。息が荒くなって、落ち着き無く視線をキョロキョロと動かしている。茨の暗いトンネルの中を潜ると、それが更に顕著になった。 茨のトンネルを抜け出して、大きな池の中心にある休憩所に出た。ネギは小太郎の顔を見てギョッとした。小太郎が真っ直ぐに自分を見つめていたのだ。小太郎はネギの視線に気付き、慌てて顔を背けた。「どうかしたの、小太郎……?」 息が荒く、落ち着きの無い小太郎の様子に心配になり、ネギは尋ねた。小太郎は体をビクつかせた。 どうしてだろう。小太郎にそんな事を思う必要など無いと頭で分かっているのに、ネギは心の中に小太郎に恐怖心を抱いていた。いつか、感じた事のある恐怖と似ている。どこで感じたのか、それは思い出せない。「ネギ……」 小太郎の切羽詰ったような声にネギは目を見開いた。小太郎はネギの両肩を掴んだ。恐怖心が一気に膨れ上がり、ネギは声も出せずに凍りついた。「ネギ、ワイ……」 小太郎は何を思ったのか、そんなネギを熱に浮かされたような表情で見つめた。「――――ッ」 全身に鳥肌が立った。魔法使いとしてのではない、別の第六感が告げている。小太郎がなにかとてもイケナイ事を言おうとしていると――――それがなにか分からないが。「ワイは――」「や……っ」「……え?」 小太郎はネギの搾り出すような声に首を傾げた。そして、信じられないという表情で首を横に振るネギを見た。「どうして……ネギ?」 困惑した表情で小太郎はネギの両肩を強い力で掴んだ。その瞬間、ネギの頭の中に数日前の光景がフラッシュバックした。 血走った少年達の眼。逃げて、逃げて、逃げ続けた結果、追い詰められ、脅された。歯をカチカチと鳴らし、ネギは震えた。「ネギ!?」「ヒィ――ッ」「――――ッ!」 小太郎の驚く声にネギの中の恐怖心が爆発し、ネギは悲鳴を上げてしまった。小太郎は愕然とした表情で凍り付いている。 小太郎はこの休憩所に来た時、覚悟を決めていた。告白しようと決心した。ネギの両肩に手を置いた時、ネギが何も言わずに居るのを自分の都合の良い事に勘違いした。恐怖で竦んでいるのを自分の告白を待ってくれていると錯覚したのだ。 だから、ネギが悲鳴を上げた事に思考が追いつかなかった。脳の処理が追いつかず、頭の中は真っ白だ。ネギが走って去って行くのを呆然としていて気付かないほどに――。 ネギは思わず逃げ出してしまった。周囲の視線も顧みず、ぶつかってしまった相手に謝りもせず、走って自分の服のある着替えスペースに逃げ込んだ。誰も居ない狭い空間の中でネギは声も出さずに泣きじゃくった。心の中も頭の中もぐちゃぐちゃで最低だった。 心の底から沸き上がる恐怖も嫌悪感も小太郎の愕然とした顔も小太郎から逃げ出してしまった事も何もかも最悪だった。自分はいったいどうしてしまったのだろうか、しゃがみ込んでいると、背後でコンコンという音が聞こえた。 振り返ると、そこに居たのは心配そうな顔をしたキャロと和美とさよだった。ネギがここに来るまでにぶつかった人達の中に和美も居たのだ。声を掛けたのに無視するネギの様子と一緒に居る筈の小太郎が居ない事を不審に思い、土御門に小太郎を探させ、和美自身はさよを連れてネギの後を追ったのだ。 会場内に入り、ネギを見失ってしまった和美は休憩中の人達に赤髪の女の子を見なかったか? と尋ねて回った。キャロは近くで和美がネギの特徴を口にしたのを聞き、和美に話し掛けた。そして、三人でネギを探し、着替えスペースで泣いているネギを見つけたのだ。「どうしたの、ネギ?」 キャロが優しい声で尋ねた。ネギは掠れた声でキャロの名前を呟いた。「……小太郎がなにかした?」 和美が尋ねると、キャロがハッとした顔でネギを見た。ネギは何も喋らず、ただ首を横に振った。「なら、どうしたの? 話してくれないと、何もわからないよ?」「か、和美さん!」 和美のキツイ物言いにさよが慌てて遮った。「だって、言ってもらわなきゃコッチも何も言えないでしょ?」 和美はつっぱねるように言うと、さよは不満気に唸った。何も泣いている時に問い質す必要は無いのではないか、今は優しい言葉を掛けてあげるべきだよいうさよの考えを見抜き、和美は肩を竦めた。「分かった。分かりました。自嘲しますー」 和美はやれやれといった様子で近くの椅子に座って足を組んだ。「大丈夫ですか?」 面白く無さそうな顔をする和美を尻目にさよがネギを安心させるために優しく声をかけた。「ごめ……なさい」 ネギは瞼をドレスの袖でゴシゴシと拭った。キャロが慌てて止めさせる。「だ、駄目だよネギ! ドレスが駄目になっちゃうし、肌を傷めちゃう。顔向けて」 キャロは自分の荷物の中から化粧ポーチを取り出してネギに顔を向けさせた。ネギの顔は化粧が涙で流れ、ドレスで拭ったせいで酷い有様だった。キャロは溜息を吐いて、ネギの顔の化粧を丁寧に取り除いた。「ネギ、女は自分に不利になる涙は見せちゃ駄目なんだよ?」 顔をウェットティッシュで拭ってキャロは言った。「ドレスも脱いじゃおっか。もうそろそろ中等部は終了の時間だし。一足早いけど、着替えちゃお?」 キャロに促されてネギはうなずくとノロノロと着替え始めた。さよはネギの着替えを手伝った。ネギが着替えるのを見ながら和美は携帯を耳に当てていた――。 小太郎が正気に戻ったのはネギが走り去ってしばらくしてからだった。呆然としながら庭園の外に出ると、土御門と手塚が立っていた。「こりゃ、駄目だな……」 真っ白になっている小太郎を見て手塚は溜息を吐いた。「おーい、しっかりしろー」 土御門が恐る恐る声を掛けると、小太郎は崩れ落ちた。「お、おい? どーしたんだ、小太郎?」 土御門は顔を引き攣らせながら小太郎に声を掛けた。「…………振られた」 顔も上げずに小太郎は呟いた。土御門と手塚は同情の眼差しを向けた。「あえて……何があったかは聞かないけどさ」 手塚は呆れたような、同情したような声で言いながら小太郎の肩に手を置いた。「ったく、物事には順序があるだろ。いきなり押し倒そうとすっから――」「だ、誰が押し倒すかボケェ!!」 土御門のとんでもない発言に小太郎は顔を真っ赤にしながら怒鳴った。「……違うのか? なら、暗い公園に連れ込んでナニやってたんだよ?」「告白しようとしたんだよ! 人の居ないとこ探して、肩に手を置いて……、そしたら……悲鳴上げられて逃げられた」 小太郎が言うと、土御門と手塚は今世紀最大の馬鹿を見る目で小太郎を見た。「アホか! それは振られた云々以前の問題だ!!」 手塚の言葉に小太郎はキョトンとした顔をした。手塚はそんな小太郎に大袈裟な溜息を吐いた。土御門は「この馬鹿は……」と呆れ果てた様子だ。「な、なんやねん自分ら!?」 土御門がしゃがみ込んで小太郎に目線を合わせ、呆れた様に言った。「よく考えろ。暗い公園のそれも人気の無い場所に連れ込まれて……お前の事だから緊張して鼻息荒くしてたろ? そんな野郎に肩を掴まれてどう思うか分からんのか?」「…………」 小太郎は土御門の言葉に顔を青褪めさせた。なんという事だろう、確かに振られる以前の問題だ。自分は婦女暴行犯と思われたのだ。「中学生が暗がりとか庭園とかそんな舞台装置は要らねーんだよ。最低限、綺麗な景観の場所っての押さえておけばな。女慣れしてないヤツが暗闇に女連れ込んで告白なんざ成功するわけねーんだよ。わかったか?」「…………うぅ」 土御門の小言を聞きながら小太郎はガックリと肩を落とした。そんな小太郎の背中を手塚が思いっきり蹴っ飛ばした。「グェ――ッ」 小太郎が困惑した表情で手塚を見ると、手塚は小太郎の首を掴んで無理矢理立たせた。「お前のアホのせいでこっちはキャロとのダンスおじゃんになったんだぞ。ヘタレてる暇があったら謝って来い! 今直ぐ行動しなけりゃ、お前の恋愛はここで終わっちゃうぞ?」 手塚の言葉に小太郎は息を呑んだ。『せや、こんな所で燻ってる場合やないッ!』 小太郎は慌てて走り出そうとして――手塚に襟を掴まれて止められた。「とりあえず、入口で待とう。今はキャロ達が落ち着かせてるだろうから」「だな。焦って着替え中に乱入なんてしたらそれこそ終わりだ」「……わかった」 手塚と土御門に宥められ、小太郎は渋々頷いた。本当は今直ぐにでも土下座して違うんだ! と叫びたかったが、二人の言う通り、着替え中なんかに乱入してしまったら本当にそこで終わりだ。小太郎は二人と一緒に麻帆良学園聖ウルスラ女子高等学校の門に向かってトボトボと歩き出した――。 和美は土御門から小太郎の馬鹿な行動と結果について携帯で聞き、あんまりな話に顔を手で覆った。今直ぐ、小太郎の脳天に拳骨を喰らわせてやりたい。焦り過ぎだと怒鳴ってやりたい。「大体の状況は分かったわ」 着替えを終えたネギ達に和美は言った。「ネギ、門で小太郎が待ってるわよ」 小太郎の名前を言うと、ネギはビクリと肩を震わせた。その反応にキャロとさよが和美に説明を求めた。「不幸な擦れ違いってヤツよ。ま、これは当人同士の問題だから、門まで送り届けて、後は二人っきりにしましょ」 不安そうに和美の顔を見上げるネギの頭を和美は優しく撫でた。「大丈夫。落ち着いて話せば、ちゃんと分かり合えるって保証するからさ。ま、私の言葉が信じられないって言うなら、仕方ないけど」「そ、そんな事は……」「なら、信じて小太郎と話なさい」 和美はネギのおでこに人差し指の先を当てながら意地悪そうな笑みを浮かべて言った。キャロとさよは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。「それじゃあ、行こっか、ネギ」 キャロに促され、ネギは小さく頷くと荷物を抱えて外に出た。和美とさよは前を歩いている。 廊下に出て、玄関ホールを出て、門に近づくにつれて、ネギは足取りが重くなった。頭はとっくに冷えていた。ずっと考え続けているのは小太郎から逃げ出してしまった事だ。 小太郎を“あの時の少年達”と重ねるなんてどうかしている。きっと、小太郎を傷つけてしまった。そう思うと顔を合わせるのが怖かった。どんな顔で会えばいいのだろうか、何を話せばいいのだろうか、何も分からない。ただ、一つだけは必ず最初に言おうと、それだけを決めた。 ノロノロと歩いていたネギは和美達よりかなり遅れてしまい、それに気が付いたキャロが引き摺るようにネギを門に連れて来た。門には土御門と手塚に挟まれているバツの悪そうな顔をした小太郎が居た。小太郎の顔を見た途端、心臓が破裂しそうになった。思わずキャロの背中に隠れてしまった。「ほら、隠れてないで」 キャロは後ろに隠れたネギの手を掴んで小太郎の前に差し出した。ネギと小太郎はお互いに何かを言おうとするが口の中でもごもごするだけだ。「とりあえず、ここだと迷惑になるし少し離れましょうよ」 二人の様子に焦れたように和美が提案した。七人が居るのは門の直ぐ近くで周囲に人は居ないが、直に帰宅する中等部の生徒達で溢れ返るはずだ。 和美の提案に従い、七人はとりあえず世界樹の方の歩き始めた。しばらく全員が黙ったまま歩き続けると、不意に和美が言った。「私達はここまで。先に帰るね」「え?」 戸惑うネギを尻目に「お仕事がまだ残ってるの!」と言いながら和美はさよと土御門を連れて去って行ってしまった。「それじゃあ、私達もここらでお別れしよっか」 キャロが言った。「だな。じゃあな、小太郎」「またね、ネギ」 そう言って、手塚とキャロはネギと小太郎が静止する前にサッサと二人で去って行ってしまった。七人だったのが突然二人っきりになってしまい、ネギと小太郎は互いの顔を見れずに黙り込んだ。 ネギは深く深呼吸した。そもそも、自分が小太郎から逃げ出してしまったのがいけなかったのだから自分から切り出すのが筋というものだろう。「ごめんなさい」 ネギは頭を下げた。「え……、なんで……」 小太郎は頭を下げたネギに戸惑っていた。悪いのは全面的に自分だと考えていたから、謝られるなんて思ってなかった。中々切り出すタイミングが掴めずに居た中でこの展開は完全に予想外だった。「ちょ、頭上げてくれ」「うん……本当に、ごめんなさい」 小太郎は何がなんだか分からず混乱したままだった。「な、なんでネギが謝るねん?」 小太郎は思わず尋ねてしまった。本当ならこんな質問をしている暇があったら謝るべきなのに、そう理解している筈なのに、小太郎は質問をしてしまった。「私……、小太郎から逃げちゃって……。悲鳴上げたり……ごめん」「ワ、ワイは――ッ」 小太郎は違うと言おうとした。悪いのは自分でネギは悪く無いと言おうとした。だが、口から出た言葉は違った。「――ワイは気にしてない」 何を言ってるんだ。小太郎は自分の言葉に愕然となった。「ほ、本当?」 ネギが瞳を潤ませながら顔を上げた。胸が痛んだ。自分が悪いくせにネギの謝罪を受け入れるふりをしている自分に吐き気がした。だけど、心の底では考えていた。これはチャンスなのではないかと。 心の広さをアピール出来るし、ネギに罪があると感じさせればそれだけ小太郎に都合の良い展開に持っていけるのではないか、そこまで自分の考えを自覚して、急に頭が冷えた。「違う!」「――――ッ!?」 小太郎の突然の大声にネギは凍りついた。「ワイが悪かったんや! ネギは悪くない。ワイは……クソッ!」 小太郎は自分の中のどす黒い感情を実感し、寒気がした。こんな事を考えるなんてどうかしている。最低だ。ネギの顔を見る事が出来なくなっていた。 ネギは小太郎の言葉に困惑していた。なぜか、小太郎が自分を責めているように感じた。悪いのはどう考えても自分なのに、どうして? 頭の中で疑問が渦を巻き、何を言えばいいのか分からなかった。とにかく、何かを言わなければいけない。そう自分の中の何かが告げていた。「待って。どうして? どうして、小太郎が悪いの? だって、私が小太郎から逃げちゃったんだよ?」「逃げ出すような事したワイが悪いに決まってるやろ! ワイは……そんなつもりやなかった。でも、ネギが怖がる事をしてしもうたんや!」「わ、私は……分からなかったの。なんだか、小太郎が別人になっちゃったみたいに感じて……。どうかしてた。小太郎は何もしてなかったのに、一人で勝手に勘違いして馬鹿な考えに囚われて……小太郎が倉庫街で会った男の人達と重ねちゃったの……本当にごめんなさい」 ネギは正直に白状した。隠してはいけないと思った。ちゃんと話すべきだと。小太郎は苦悶の表情を浮かべている。今度こそ嫌われてしまったかもしれない。最低だ。あの少年達と同じ扱いをされて愉快な筈が無い。目尻に涙が浮かぶが、必死に堪えた。泣いたら、小太郎は許すだろう。優しい人だから。それは駄目だ。そんなのは卑怯だ。ネギは小太郎が何か言うのを待った。何を言われても受け入れなければならないと覚悟して。「全然……謝る事とちゃう。ネギ、ワイはアイツ等となんも変わらへん」「そんなこと――ッ!」「変わらへんのや!!」 ネギが否定しようとすると、小太郎は強い口調で言った。何故、小太郎がそのような事を言うのかネギには分からなかった。小太郎があの少年達と同じ筈が無いのに。「ネギ、ワイはそんなつもりやなかったって言った。せやけど、ほんの少しも考えなかったか、言われたら頷けへん」「小太郎……」 そこまで言われて、漸くネギは数日前の事を思い出した。キャロが自分に教えてくれた事だ。心の中で小太郎は違うと思っていた。自分だって中身は男だ。だけど、女性にエッチな事をしたいか、と聞かれたら頷けない。 ネカネやアーニャ、クラスメイトの女の子達を見てもそんな気持ちは少しも起きなかった。確かにお風呂に一緒に入って裸を見たら自己嫌悪に陥るが、別に見たからと言って情欲を掻き立てられた事も一度も無い。だから、小太郎も同じだと思ったのだ。 自分が馬鹿だったのだ。よく考えれば分かる事だ。自分が女性に欲情しないのは当たり前だ。なにせ、自分はまだ十歳なのだ。それに、女の子になってもうかなりの時間を過ごした。女の子の体なんて、それこそ奥の奥まで分かっている。 小太郎は中学二年生で十三歳だ。それに正真正銘の男の子だ。自分と同じ筈が無いのだ。「小太郎、やっぱり小太郎はあの人達とは違うよ」「ワイは――ッ」「うん、小太郎もエッチな事考えたりするかもしれないけど」「――――ッ!!」 ネギの言葉に小太郎は口をパクパクとさせながら顔を真っ赤にした。その様子が可愛いとネギは思った。 ネギは漸くキャロから教わった事やあの時の少年達の考えと恐怖の正体を理解出来た。かなり複雑な気分だったが今はいい。「だから、小太郎に嘘を吐くのはもう止めるね」「うそ……?」 きっと、とても後悔する事になるだろう。小太郎が他のみんなにも話してしまうかもしれない。そうなったら、きっと自分は居場所を失うだろう。軽蔑されて、嫌悪されて、もしかしたら逮捕されたりするかもしれない。だけど、小太郎を騙したくなかった。「ずっと、騙してた。ついて来てくれるかな? 私の本当、知って欲しいから」「あ、ああ……」 ネギは戸惑う小太郎を連れて、最初に寮に向かった。寮の外で小太郎を待たせて、一直線に自分の部屋に向かった。途中でクラスメイトに会ったが、軽く挨拶を交わして部屋に入った。 部屋の中には誰も居なかった。この時間だ。きっと、アスナと木乃香はお風呂に行っているのだろう。ネギは少し迷って、内心で小太郎に謝りながら大急ぎでシャワーを浴びた。待たされて怒っているかもしれないが、どうしても泣き腫らした顔のままで居たくなかった。肌を癒す魔法と髪の毛をセットする魔法を使って急いで服を着替えた。僅か十分で身支度を整えたネギは薬を持って部屋を出た。「ごめんね、待たせちゃって」 外に出ると小太郎が近くのベンチでジュースを飲んでいた。「いや、別に……。それより――」「ここだとなんだから、エヴァンジェリンさんの所に行こう」 ネギは小太郎が尋ねるのを遮って言った。小太郎に話す時、余計な手間はしたくない。エヴァンジェリンはネギの隠すべき事情を知っているし、エヴァンジェリンの家の近くは結界で一般人は誰も入って来れない。ある意味、学園内で一番隠し事をしやすい治外法権区域なのだ。 戸惑う小太郎を連れて、一直線にエヴァンジェリンのログハウスのある場所まで向かう。エヴァンジェリンの家が近づくにつれ、ネギは覚悟が揺らぎそうになるのを必死に堪えた。嫌われるだろうし、身の破滅を呼ぶ事になるかもしれない。それでも、これ以上小太郎を騙すわけにはいかない。 小太郎の気持ちは分かっている。自分を愛してくれている事も自分を“そういう対象“として見てくれている事も理解している。だから、告げなければいけない。手遅れになる前に――。 池の真ん中の休憩所で本当は小太郎が何をしようとしていたのか、分かってしまった。きっと、小太郎に面と向かって告白されたら、その悦びに自分は屈してしまうだろう。悪魔の囁きと分かっていても容易く耳を貸してしまうだろう。一生、小太郎を騙し続けて、自分の幸福に酔い痴れてしまうだろう。 その前にキチンと告げよう。自分が何者なのか、全てを告げよう。 エヴァンジェリンの家の前に立つとエヴァンジェリンが目を丸くしていた。「どうしたんだ、こんな夜更けに?」「エヴァンジェリンさん、少しいいですか?」 ネギは困惑するエヴァンジェリンにソッと耳打ちした。エヴァンジェリンは一瞬眼を見開くと、ネギを心配そうに見つめた。「いいのか? 下手をすると……」 エヴァンジェリンが小太郎に聞こえないように小声で言った。「私は……甘え過ぎちゃったんです。このままだと、きっと取り返しがつかなくなる気がして……。だから、誰も来ない場所を貸して欲しいんです。その……二人でちゃんと話が出来る場所を」 お願いします、とネギは深く頭を下げた。エヴァンジェリンはどうしたものかと考えた。ネギが自分の正体を明かす事には反対も賛成もしない。これは明かす方(ネギ)と明かされる方(コタロウ)の問題だ。自分が口を挟む事ではない。だが、問題は後の事だ。小太郎がネギを拒絶しようが、それでも愛し続けようが、それは当人同士の問題だ。だが、ネギが本当は男なのだと小太郎が誰かに言おうとすればそれはかなりの問題になる。ネギが周囲から拒絶されるだけでは済まない。ネギが男だと判明すれば、さすがにアスナ達と一緒には居られなくなるだろう。何せ、女子校に男子が居るのだから。最悪、ネギはウェールズに強制送還される可能性も皆無では無い。 アスナ達も辛い思いをするだろうし、エヴァンジェリン自身、ネギが居なくなるのは我慢ならない。あの始まりの夜に吸血鬼だと知り、自らの命を脅かしたエヴァンジェリンに友達になろうと言ったネギ。失いたくは無い。「……少し、居間で待っていろ。丁度いい物がある」 エヴァンジェリンはネギと小太郎を居間に通し、自分は地下の物置部屋に向かった。しばらく整理をしていなかったせいで、とんでもなくゴチャゴチャしている。 目当ての物が見つかると、エヴァンジェリンは居間に戻り、二人を呼んだ。「エヴァンジェリンさん、これは?」 ネギはエヴァンジェリンの用意した物を見て不思議そうな顔をしながら尋ねた。エヴァンジェリンが用意したのは中に建物の模型の入っている不思議なガラスの球体だった。側面には“EVANGELINE'S RESORT”と書いてある。「これは私の別荘さ」「別荘?」 小太郎が困惑した様子で尋ねた。「ま、直ぐに分かるさ。もうちょっとコイツに近づけ」 エヴァンジェリンに言われた通りに近づくと、突然、景色が様変わりした。直ぐ隣に小太郎も呆然とした様子で立っている。『そこは私が造った別荘だ。しばらく使ってなかったんだがな。この別荘は一日単位でしか利用出来ないようになっているから、お前達は丸一日、そこから出る事は出来ん』 突然、頭上からエヴァンジェリンの声を降って来た。「なっ!?」「ええっ!?」 エヴァンジェリンの言葉に小太郎とネギは驚いた声をあげた。『ちなみにこのメッセージはお前達が中に入ったら自動的に流れるように設定してあるだけだから、受け答えは出来ん。説明を続ける。そこは時間が圧縮されていてな、その中で一日過ごしても、外では一時間しか時が流れないのだ。存分に話し合うといい。では、説明を終わる』 エヴァンジェリンの声が止み、ネギと小太郎は顔を見合わせた。 別荘の中はとても暑く、避暑地のような環境だった。ネギと小太郎の立っている場所は高い塔の上で、足元には巨大な五芒星が刻まれた転送ポートだった。 目の前には細く手摺りも無い橋が遠くの足元の塔よりも大きな塔に繋がっている。眼下には海が広がっていて、遠くに水平線が見える。これをエヴァンジェリンが造ったというのだからあまりの凄さにネギと小太郎は言葉を失っていた。二人は恐々と橋を渡り、大きな塔に渡った。 大きな塔の屋上に到着すると、そこには大きな柵に囲まれた広場があった。中央にはオベリスクが聳え、奥にテラスがある。テラスには地下に続く階段があり、下に降りるとホールに出た。直ぐ外にはヤシの木に囲まれたプールがあり、二人は本当に別荘なんだなと思った。「凄っげーな、こんなの造ったんか、エヴァンジェリンさん」 小太郎が感心したように言った。「そうだね……」 小太郎はソッとネギの顔を伺った。ネギの考えがサッパリ分からなかった。こんな場所で何を話すつもりなのか。「それで、話ってなんなんや?」 小太郎が思い切って切り出した。ネギは肩を震わせ、瞳を揺らした。 ネギは少しの間黙ったまま逡巡し、やがて顔を小太郎に向けた。「小太郎……」 躊躇いがちにネギは口を開いた。何度も何度も深呼吸してから言った。「私は去年の夏に魔法学校を卒業したの」 話し始めると、胸が軋んだ。話終えた時、小太郎に軽蔑されるのが怖い。「魔法学校を卒業すると、生徒は学校が決めた修行先に修行に行く事になっているの。私の友達のアーニャはロンドンで修行。私の場合は……」「……この学校やったんやな?」 小太郎が言うと、ネギは頷いた。「『日本の女子校に潜入し、悪い組織に狙われている少女(複数)を影から護る事』だった。少女達っていうのは、完全魔法無効化能力者のアスナさんや極東最強の魔力を持つ木乃香さん、力を封じられたエヴァンジェリンさんの事。って言っても、アスナさんやエヴァンジェリンさんの方が私よりずっと強いんだけどね」 あはは、と苦笑いを浮かべるネギに小太郎は「せやな」と苦笑した。「でも、ここに入学するには二つ問題があったの」「問題……?」「一つは年齢。私……実は去年十歳になったばっかりなの」「なにィ!?」 ネギの言葉に小太郎は仰天した。今まで、自分より背は小さいけれど、それでも中学三年生で年上だと思っていた。まさか、この事だったのだろうか、小太郎は愕然とした。確かに、これはとんでもない事だ。自分よりも三つも年下の女の子相手に自分は好意を抱いてしまったのだから。 それにさっき、十歳の女の子に話す事では到底無いような事を言ってしまった。小太郎の頭の中にロリコンやペドフィリアといった単語が渦巻いた。 顔を青褪めさせている小太郎にネギは落ち着くのを待った。しばらくして、漸く気を落ち着けた小太郎はそれでも頭を抱えていた。その様子にネギはやっぱり駄目だよね、と内心で呟いた。 年齢だけでここまで苦悩しているのだ。これで性別の事まで話して、受け入れて貰える筈が無い。そう確信すると、少しだけ目元に涙が滲んだ。必死に我慢して、小太郎に話しかけた。「もう一つの問題……。小太郎に聞いて貰いたいのはこっちなの」「へっ?」 小太郎は間の抜けた顔をした。年齢の話で頭がいっぱいいっぱいだったのだ。「きっとね、この話をしたら小太郎は私の事許せないと思う。だけど……話し終えたら、一つだけ聞いて欲しい事があるの。一生のお願い……話し終えたら、一言だけ言わせて」 ネギは「お願いします」と頭を下げた。小太郎は困惑した。どうしてそんな事を言うのか分からなかった。何を言われたって、自分がネギを許せないなんて事、ある筈が無いと確信している。だから、頭なんて下げなくても、話なら幾らでも聞くというのに。「あ、頭上げろって。んな事しなくても、ワイは話くらい、幾らでも聞いたるさかい」 小太郎が言うと、ネギは哀しげに「ありがとう」と微笑んだ。その笑みがあまりにも哀しそうだったから、小太郎は胸が締め付けられるような気持ちになった。どうして、そんな顔をするんだと問い詰めたかった。「小太郎……」 ネギはポケットから小瓶を取り出した。中には性別を帰る青と赤の飴玉が入っている。「この薬はね、私のお爺ちゃんが用意してくれた物なの。私がここに来る為に一番大きな問題を解決する為に」「一番大きな問題……?」 小太郎が尋ねると、ネギは深く息を吸った。「私は……私は、男の子だったの」「…………は?」 小太郎は眼を見開いた状態で凍り付いてしまった。ネギの言葉がまるで未知の言語で言われたかの様に脳が処理出来ずに居た。「この薬は性別を変えるの。青い薬は男の子に、赤い薬は女の子に。一ヶ月以上飲まないと、もう元の性別には戻れないの。この薬で私は女の子になったの……」「…………嘘……やろ?」 小太郎は首を横に振りながら掠れた声で言った。今のネギの言葉は冗談だ、そうに決まっている。ネギに今直ぐ冗談だったと言ってくれと心の中で懇願した。だが、ネギは黙ったまま、青い薬を口の中に放り込んだ。「…………んくっ」 ネギが色気のある声を上げながら自分の肩を抱いた。しばらくすると、ネギの胸の膨らみが突然消え去った。小太郎はカラカラに乾いた口をパクパクさせながら信じられないという顔でネギを見た。「これが……本当の私」「嘘……やろ? 嘘や! な、何を冗談抜かしてんねん!?」 小太郎は堪え切れなかった。気が付くと、ネギを怒鳴りつけていた。直ぐにハッとなり謝ろうとするが、ネギは諦めたように笑みを浮かべていた。 ネギはゆっくりと胸元の黒いリボンを解いた。「な、何しとるんや!?」 突然のネギの行動に仰天して小太郎は止めようとしたが、ネギは首を横に振り、そのままブラウスのボタンを一つ一つ外し始めた。見てはいけない。そう思いながら、目を離せずに居た。 最後のボタンが外されて、ネギは白いブラウスを脱いで直ぐ傍の机に畳んだ。そして、ピンクのブラジャーを脱いでその上に乗せた。 小太郎はネギの胸を見て息を呑んだ。そこには少女特有の胸の膨らみが全く無かった。小太郎の心は揺れていた。もしかしたら、本当にネギは本当は男だったのかもしれないという気持ちと同時にネギの何も覆われていない胸を見て動悸が激しくなった。 小太郎が戸惑っていると、ネギはそのまま黒のラインの入ったスカートのホックに手を掛けた。小太郎は怖くなった。もしも、本当にネギが男の子だったとしたら、自分はどうなるのかが――。「待っ――」 静止の声を上げる前にネギはスカートを下してしまった。小太郎は震えていた。自分で自分の気持ちが分からなくなってしまった。ネギはショーツとソックスと靴しか身に付けていない状態だというのに、顔には哀しげな感情しか浮かばせていなかった。 ネギがショーツに手を掛けた時、小太郎は必死に心の中で叫んでいた。止めろ、止めてくれ、と。その小太郎の願いも虚しく、ネギはショーツを下してしまった。そこには少女には無い筈の小さな男の子の象徴があった。小太郎も毎日似た様な物を見ているからそれが何かは言われなくても分かっている。「…………これが、私なの」 ネギが掠れた様に言った。小太郎は呆然と立ち尽くしていた。小太郎の様子にネギは涙をそれ以上堪える事が出来なかった。「ごめん……なさい。騙して……。さっきのお願い、聞いてくれますか?」 ネギは震えた声で頭を下げて懇願した。自分で自分がどれほど情け無いか分かっていた。あまりにも醜い姿を曝している。それでも、一つだけ言いたかった。「あ、ああ……」 小太郎が空気の抜けたような微かな声で了承したのを聞くと、ネギは涙を拭って必死に勇気を振り絞った。「私は……本当は男なのに……小太郎の事……好きになっちゃったの」 ネギは言った瞬間に殴られるかもしれないと身を縮ませた。男にこんな事を言われても気持ち悪いだけだろう。それでも、最後に伝えたかった。自分の抱いている気持ちを……。「ごめんなさい……。好きになって、ごめんなさい」 泣いては駄目だ。それだけを心の中で繰り返し続けた。それは卑怯だからだ。ネギは待ち続けた。殴られるのを、罵倒されるのを、軽蔑されるのを、気持ち悪がられるのを、ソレすらなく、無視されて小太郎がどこかへ行ってしまうのを待ち続けた。惨めな思いを抱いたまま、ずっと待ち続けた。 小太郎は頭をハンマーでガツンと殴られたような感覚だった。ネギの膨らみの無い胸と股の間にあるモノを交互に見ながら、自分の気持ちに猜疑心を抱いていた。正気じゃないと。 気が付くと、ネギは眼を見開いていた。小太郎の心の中で自分の中の冷静な部分が叫び続けている。『やばいって……。駄目だって! 正気を取り戻せって』 無理だ。もうとっくに手遅れだ。自分の今の行動で自分の気持ちが分かってしまったから、もう引き返せない。もしかしたら、知らない誰かに後ろ指を差されるかもしれない。周りの皆が軽蔑するかもしれない。 小太郎は自分の心の底から込み上がってきた感情に抗えなかった。小太郎は少年(ネギ)の腰と背中に手を回して、ネギの柔らかな唇に自分の唇を押し付けていた。頭の中で死んだ両親や故郷で世話をしてくれた人達、ずっと自分を育ててくれた千草、村を滅ぼした憎い兄にすらも謝り続けた。 もしかしたら、自分は一族の再興を出来ないかもしれないと謝り続けた。だって、元々男だというのなら、女体化しても子供を産めるか微妙だ。ああ、自分は何を考えているのだろう。 小太郎はネギの口の中を舌で蹂躙し続けながらそんな事を考えていた。唇を離すと、ネギはその場にへたり込んでしまった。小太郎の事を信じられないという顔で見ている。『そんな顔で見ないでくれ』 小太郎は溜息を吐きそうになった。気持ち悪いとか、そんな感情は最初から驚くほど浮かばなかった。ただ、男の体だというのに、そんな見慣れた体を見て、動悸が激しくなって、ああ、なんだかヤバイと思っていたら、ネギが自分を好きだと言った。 それが決定打だった。頭の中の混乱も何もかも弾け飛んでいた。ただ、愛おしさだけが込み上げていた。自分の単純さに呆れてしまう。「ネギ、もう直ぐ文化祭やろ?」「……え? あ、うん」 ネギは小太郎の言葉に目をパチクリさせながら間の抜けた声で頷いた。「ワイとデートしてくれ!」「…………へ?」 小太郎の言葉がネギは理解出来なかった。本当なら、自分は今頃は嫌われて、汚物を見るような眼で見られている筈なのに、小太郎の口からは予想もしなかった言葉が出て、唇には小太郎の唇の感触が残っていて、小太郎の眼はどこまでも真っ直ぐに自分を見ていた。「ど、どうして……」 困惑した表情で尋ねるネギに小太郎は足を曲げてネギと視線を合わせてニッカリと笑った。「三日目、丸々一日空けといてくれ」「こ、小太郎! どうして!? だって、私は――ッ」 小太郎はネギの質問に答えなかった。堪らなくなって、ネギは小太郎の肩に手を置いて叫んだ。「関係あらへんねん。ワイは……いや、これはデートのトリに取っとかせてくれへんか? 今言うんは……なんや、つまらへんやろ?」「で、でも!」「ええから。それより、ええ加減に服着いや」 小太郎に言われて思い出した。ネギは下着すら着けず、ソックスと靴だけを履いているというとんでもない格好だった。「――――ッ!?」 声も無く絶叫して、ネギは慌てて近くに放り出した下着とスカートを手に取った。「着せたろうか?」「だ、駄目!」 小太郎が意地悪な顔をして言うと、ネギは顔を真っ赤に染め上げて叫んだ。小太郎は冗談のつもりだったが、断られると凄くガッカリした。「その……き、着替え終わるまでちょっと向こう向いて貰ってもいいかな?」 ネギが顔を真っ赤にさせて眼を潤ませながら言うと小太郎は更にガッカリした。見てるくらいなら“男同士”なんだしいいじゃないかと唇を尖らせながら後ろを向いた。 しばらくして、ネギは着替えを終えると赤い飴玉を飲んで女の子に戻った。「ハッハッハ、素晴らしいぞ犬上小太郎」 すると、突然エヴァンジェリンの声が聞こえて来た。ネギと小太郎は階段を降りて来るエヴァンジェリンに言葉を失った。 いつから見ていたんだろう、ネギと小太郎の顔は茹蛸のように真っ赤になった。そんな二人にエヴァンジェリンはクックと笑った。「いや、最悪も想定していたんだがな。ま、その時は血をミイラになるくらいまで吸うつもりだったが……」「ちょっ!?」「エ、エヴァンジェリンさん!?」 物騒な事を言うエヴァンジェリンにネギと小太郎は顔を引き攣らせた。瞳が縦に裂け、鋭い牙を見せて笑うエヴァンジェリンの顔はどう見ても本気だった。「いや、中々に見物だったぞ。どうせなら着せ替えくらいさせてやればよかったろうに」 ニヤニヤと厭らしく笑うエヴァンジェリンにネギは口をパクパクとさせながら俯いた。「しかし、まさか証明する為に脱ぐとはな。そのまま押し倒されても文句は言えなかったぞ」 呆れた様に言うエヴァンジェリンに小太郎は「もう勘弁して下さい」と肩を落としながら懇願した。「まったく、この私に気苦労を掛けたんだぞ? このくらい遊ばせろ」「たち悪いで!?」「いいじゃないか、他人の恋愛なんぞ、ぶっちゃけ周りにとってはただの娯楽だ。迷惑掛けなければ破滅しようがハッピーエンドを迎えようが勝手にしろというものだ」「うぅ……」 項垂れる二人にエヴァンジェリンは満足気に笑みを浮かべて言った。「さて、まだまだ後二十二時間もあるんだ。時間を無駄にする事も無いだろう。折角だ、修行をつけてやる。上の闘技場に来い」 その日……といっても外では一時間程度だが、エヴァンジェリンの魔弾の絨毯爆撃を避けさせられ続けた。それなりに今後の事などを心配していたらしく、アッサリと良い雰囲気になってしまった二人に腹が立ったらしい。 別荘から出た時、ネギと小太郎は二人揃ってエヴァンジェリンに血を吸われてグッタリしていたが小太郎は悠里にレストランの予約をしてもらった事を思い出し、予約した時間までほんの少ししかなく、キャンセルするわけにもいかず、どうしようかと考えていると、エヴァンジェリンが「代わりに行ってきてやるよ」と言ってどこかに電話をして行ってしまった。 フラフラしながら二人は一緒に帰路に着くと、小太郎はネギを寮に送り届ける途中に言った。「ネギ、ちゃんと三日目は空けとけよ?」「……うん」 ネギが小さく頷くと小太郎は思わず顔を綻ばせながら夜の道を寮を目指して歩き続けた。手を繋ぎ合いながら――。