魔法生徒ネギま! 第三十二話『ボーイ・ミーツ・ガール(Ⅰ)』 学園都市の中には、いくつもの保育園、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学に至るまでありとあらゆる子供の教育の場が集結している。洋服店や飲食店なども充実していて、大抵の物は揃うから、生徒達は殆どこの学園都市から出る事は無い。 エヴァンジェリンが各々の修行について話した日の翌日、ネギは小太郎にそんな麻帆良学園内を案内していた。「小太郎が正式に転入するのって、明日なんだよね?」「せやで。一応、大方の準備は終わってんねんけど、今は学園都市内のビジネスホテル泊まりや」「お友達、出来るといいね」「あん? 別にええって。だちなんざ作らんでも――」「そういうの、良くないよ。折角、学校に通うんだからさ」「はいはい。分かりましたぁ」「適当な返事だね」「適当やからな」「もぅ……」「へへ」 他愛の無い話をしながら、ネギと小太郎は学園都市を見て回った。広々とした商店街を見て回ったり、基本的に中等部のエリアを散策した。「にしても、広い学校やなぁ」 小太郎が半ば呆れた様に呟いた。二人が居るのは見晴台だ。ここは学園都市の中等部エリア全景を見る事が出来る。「右手の方に住宅街と私やアスナさん達の住んでる寮があるの。小太郎の男子寮はそのずっと向こう」 ネギは指を指しながら説明する。「こっから丘の向こうまでが大学の施設や研究所があって、あそこが中等部と高等部の校舎だよ。商店街がヨーロッパみたいなのは、学園都市をつくる時に校舎に合わせたらしいよ。遠くに見えるのが図書館島と世界樹」「とても回りきれへんなぁ」 眼下に広がる入り組んだ複雑な町を見て、小太郎は苦笑いを浮かべた。「私も未だこの中等部近辺しかよく分かってないんだよね……。前に和美さんに教えてもらった後に一度色々と見て回ったんだけど、美術館や音楽ホールに映画館なんかもあるんだよ」 苦笑いを浮かべるネギ。「無理ないで、こんだけ広いとな」「次は――」「あれぇ? ネギちゃんだ!!」「え?」 唐突に名を呼ばれて振り向くと、そこには手を振る鳴滝姉妹の姿があった。「あ、鳴滝さん達だ。こんにちはー」「こんにちはー」「ちあ――っ!」 ネギが挨拶をすると史伽と風香は元気良く返した。「なんや? このちっこいの」「なっ――!? いきなり初対面でちっこい言われたですよ、お姉ちゃん!?」「なんと言う非常識なっ!?」「あ……、悪い。つい、ポロッと」 ガ――ッと怒る二人に小太郎は頭を下げて謝った。「もうっ! この失礼な男の子は誰ですか!?」 史伽がプンプンと怒る。「ごめんなさい、風香さん、史伽さん。もうっ! 小太郎は口が悪過ぎるよ!!」「あ、謝ったやんか!? ったく、ネチッこいやっちゃな」「無法者だ!! 逆切れ民族だ!!」 フンッと顔を背ける小太郎に風香がブスッとした表情で怒鳴った。「もしかして、ネギちゃんのお友達ですか? お友達は考えた方がいいですよ?」 サラリと毒を吐きながら言う史伽に、ネギはどう返そうか迷った。「えっと、こちらは犬上小太郎君です。明日この学園に転入する事になって、今案内中なんです」 ネギが小太郎を照会すると、風香が大声を上げた。「思い出したよ!! この無法者は京都でネギちゃんとなんかいい雰囲気だった人だ!!」「そうですよ!! うわっ…………麻帆良まで追い掛けてきたですか? ネギちゃん、ストーカーには気をつけた方が…………」「誰がストーカーやねん!? お前の方が無法者やろ!!」「でも、学園の案内ですか。ネギちゃんも学園に来て日は短いですし、よければお手伝いするですよ?」「無視か!? スルーなんですか!?」 変な標準語になりながら喚く小太郎を、史伽は完全に無視した。「ネギちゃんも未だ詳しく分からないでしょ? 学園の案内ならボクら散歩部にお任せあれ!」「散歩部…………ですか?」「散歩する部やろ。意味不明な事しくさって、お前らに用は無いで。とっととどっか行けや」 キョトンとするネギに、肩を竦めながら言うと、小太郎はシッシと追い払う様に史伽と風香に手を振った。折角二人っきりなのに邪魔をされて微妙にご機嫌斜めだった。 すると、風香はチッチッチと舌を打ち、嘲る様に小太郎を見た。「散歩競技は世界大会もある知る人ぞ知る超・ハードスポーツなんだよ!! プロの散歩選手は世界一を目指してしのぎを削って、散歩技術を競い合い…………、《|死の行進(デス・ハイク)》と呼ばれるサハラ横断耐久散歩では毎年死傷者が――ッ!!」 ガーンとショックを受けるネギと小太郎。「ス、スミマセン。散歩がそんなに恐ろしい事になってたなんて私も知りませんでした…………。何しろ田舎から来たもので…………」「ば、馬鹿にしてすまんかった。デ…………デス・ハイクか。そんなに恐ろしいもんとは…………」『な~んて、こんなバカ話をしながらまったりとブラブラするのが主な活動内容だけどね』 心の中で舌を出しながら呟く風香に、史伽はあわあわと首を振った。「駄目ですお姉ちゃん。信じてるです。純粋ですよ、この二人。ちょっと、自分の心の穢れが浮き彫りになっちゃうくらい、その嘘話信じてるですよ~~」「嘘かいな!?」「な、なんだ…………」 安堵するネギと小太郎に、不満そうな顔をする風香の手を取りながら、史伽が二人を案内し始めた。最初に向かったのは中等部専用の総合体育館だ。広大な広さの体育館では、21もある様々な体育会系の部が青春の汗を流している。「お、ヤッホーネギッ!! 史伽と風香も珍しいじゃん!!」 四人が入ると、バスケットボールを片手に裕奈が近づいて来た。「あ、裕奈!!」 ネギが駆け寄ると、裕奈は抱きついて来た。「ついに我がバスケ部に入る気になったー? 私はいつでも歓迎だよ~~!」「ち、違うんです。今日は案内で――」「案内~~?」 んん~? と残念そうにしながら首を小太郎に向けた裕奈の表情は一変した。「貴様はッ!!」「貴様!?」 いきなり貴様呼ばわりされた小太郎は驚いて眼を見開いた。「覚えているぞ~~~!! このストーカーめ!! まさか、ここまで追い掛けて来るとは!? ええい、渡さない!! 絶対にお前みたいな男にネギは渡さないぞ!!」 号泣しながらネギを抱きしめて小太郎から離そうとする裕奈に、小太郎はハァッ!? と切れた。「いきなり何やねん!? 第一、ワイはアンタと初対面やで!?」「違う!! 京都の豆腐屋で会ってるわ!! ええい、ネギを攫っていく魔の手め!! この場で退散させてくれるわ!!」「わわっ!! ゆ、裕奈どうしたんですか!?」「気を確り持つです裕奈!!」「殿中でゴザルよ、裕奈殿」 飛び掛ろうとする裕奈を必死に押し留めるネギと史伽。すると、別の声が上から降りてきて、裕奈の体をヒョイッと持ち上げた。「離して楓!! この男はここでッ!!」「楓さん!?」 そこに立っていたのは、背の高い細めの少女だった。楓はコチョコチョと裕奈を擽らせると、ゼェゼェと息を荒くする裕奈を尻目にこっちでゴザル、と四人を引き連れて外に出た。戸惑いながら前を歩く楓を見つめているネギに、小太郎は息を呑んだ表情で呟いた。「ネギ、あの姉ちゃん――」「楓さんの事?」「楓言うんか……。かなり強いな」「ほう、分かるでゴザルか?」 すると、何時の間にか背後に回っていた楓が後ろから声を掛けて来た。「え? さっきまであそこにッ!?」「ニンニン、そっちの貴殿は見えてた様でゴザルな」「隠密か…………?」「ニンニン、何の事でゴザルか?」 表情の読めない笑みを浮かべる楓は小太郎に軽く自己紹介をすると、自分も案内すると申し出た。「史伽と風香がサッパリ帰って来ないでゴザルから、心配になったのでゴザルよ」「ごめんね楓」「ごめんなさいです」「いやいや、友の為ならば文句はゴザらん!! 拙者も是非にご同行をお許し願いたい」 そんなこんなで五人になった一行は再び歩き出した。今度は屋内プールへとやって来た。 ちょうど、水の中から見知った人物が出て来た。「アキラさん!!」「あ、ネギちゃん。こんにちは。どうしたんだい?」 アキラは後輩からタオルを受け取って髪を拭きながら近づいて来た。シットリとした肌とへばりつく髪が何ともいえない色気を発していて、史伽と風香はムムムと警戒した。「…………あ、その子は」 史伽と風香の様子に首を傾げると、アキラは小太郎に気がついた。ネギが簡単に説明すると、アキラは自己紹介をして小太郎に握手を求めた。「犬上小太郎や。よろしく頼むで」「うん。よろしく」「つまんないのー。小太郎の奴、アキラの水着に動じないとは」 唇を尖らせながら呟く風香に、楓は快活に笑った。それから、屋外の運動エリアを見て回った。「屋外の運動エリアは人が多過ぎて、いっつもコートの争奪戦で大変なのでゴザルよ」 楓が説明すると、チア部の三人が練習していた。邪魔をしてもなんだからと、遠目に眺めていると、チラチラと真っ白な下着がチラついた。「エロガキー」「エロエロですーっ!」 小太郎にいやらしい笑みを浮かべながら大喜びで言うと、小太郎は真顔だった。「は?」「え? いや、女の子の下着見てるです…………?」「エ、エロエロなのだぁ?」「何言ってるんや? あんなん見たくらいで…………」 小太郎が怪訝な顔で返すと、史伽と風香はコソコソと相談した。「も、もしかして女の人に興奮出来ない人ですか!?」「そ、その説濃厚だよ!! アレに興奮しない男は居ないって!!」「でも、それだとネギちゃん可哀想です!!」「よぉし、ちょっと確認してみよう!!」「何してるんですか?」 ネギが二人でコソコソする二人に心配そうに声を掛けると、次の瞬間に風が舞った。ヒラリと翻るチェックのスカート。風香がネギのスカートを捲った。「ブッ!?」 見えてしまった可愛らしい白の下着に、小太郎は鼻血を出してそのまま倒れてしまった。「傷は浅いでゴザルよ、小太郎」 どこかの映画のワンシーンみたいな台詞を言う楓の傍らで、ネギの真っ赤な顔になって硬直していた。ただ、スカートを押えながらプルプルと振るえて俯いている。「お、お姉ちゃん。何て事を…………」 顔を背ける史伽。「へへ、良かったねネギ!! ちゃんと小太郎は女の子に興味あッ――」 顔を背けた史伽は、どうして風香の言葉が途中で消えたのか分からなかった。ただ、ネギがギロリとした眼つきで風香の隣に立っていて、風香はガタガタと震えていた。 それから、気を取り直して楓がスイーツを食べに行こうと提案した。気絶したショックで記憶が消えてしまった小太郎は、どうしてか真っ赤な顔で自分を見ようとしないネギに当惑していた。「食堂棟は、地下から屋上まで全部飲食店なのです」「小太郎の奢りだよー」「何やと!?」 ちょっと待てい!! と叫ぶ小太郎を置いて、史伽と風香はネギをカフェテリアに連れ込み、楓が後を追った。慌てて追い掛ける小太郎は財布を確認しながら項垂れた。「あ――、このマンゴープリンおいしー!!」「今月の新作です――」「おいしい。このチョコレートパフェ凄く美味しいですよ」「良かったでゴザルな、ネギ殿」「そうだ!」「?」 チョコレートパフェを食べる手を休めて、ネギは楓に向き直った。「改めて、先日はありがとうございました。それと…………ご迷惑をおかけして――」 そこまで言うと、ネギの口を楓が人差し指で押えた。「それ以上は無しでゴザル。拙者は当然の事をしたまで。迷惑なんて感じてないでゴザル。お礼は受け取るでゴザルが、ネギ殿が謝る事では無いでゴザルよ。もし困った事があれば何時でも言って欲しいでゴザル。困った時はお互い様。助け合うが友でゴザル故な」「…………はい!!」 ネギは楓の言葉に目から鱗が落ちる気分だった。自分もこういう人になりたいと思った。 まさしく、大人の雰囲気という感じのものが楓にはあった。微妙に何人かに対して失礼ではあったが――。「それじゃあ、これでお開きでゴザルな」「え~~、もっと回りたいよ!!」「未だ早いですよ!!」 史伽と風香が不満を言うが、楓は散歩部の活動が残ってるでゴザルよ~、と言って二人を引き摺って行ってしまった。残されたネギと小太郎は微妙に気まずい雰囲気が流れていた。 小太郎は、何故か視線を合わそうとしないネギに戸惑い、ネギは自分がどうして小太郎と顔を合わせられないのか不思議だった。ただ、顔が熱くなって、小太郎の顔を見ると、涙が滲んでしまうのだ。 同姓に見られただけなのに…………。ネギは何かを紛らわせるかの様にプリンやケーキを注文して食べた。「ちょっ!? 加減してくれ!! ワイの財布は有限なんやで!?」 だが、小太郎の願いは虚しい結果に終わった。財布の中身はすっからかんになってしまった――。 お店から出ると、陽は完全に傾いてしまっていた。「あ~~、ワイの今月の小遣いが一瞬で~~」 魂の抜け掛けている小太郎はよろよろとネギに引き摺られる様に歩かされていた。空は茜色に染まり始めている。「どこに行くんや?」 中等部の裏山を只管登りながら小太郎は尋ねた。「とっておきの場所だよ」 ネギは顔を向けずに言った。「とっておき…………?」 小太郎が首を傾げると、唐突に広い場所に出た。「あ…………」 小太郎は眼を見開いた。そこに立っているのは、巨大な樹木だった。「これは…………、どっからでも見えるあの樹か?」「そうだよ。私達は世界樹って呼んでるの」 ネギは周囲に誰も居ない事を確認して、小太郎を連れて世界樹の枝に登った。「観て」「――――ッ!!」 言葉も出なかった。夕陽に染まる麻帆良の英国調の町並みが、恐ろしい程に幻想的で、芸術などに疎い小太郎でもその美しさに見惚れてしまった。「小太郎」 ネギは小さく息を吸うと、勇気を振り絞って小太郎を見つめた。ニッコリと笑みを浮かべると、嘗て、同じ場所で自分が言われた言葉を口にする。「ようこそ、麻帆良学園へ!」 小太郎は見惚れてしまった。夕陽に照らされるネギの姿に。 喉を鳴らして、麻痺した様に動かない体を少しずつ動かしていく。「ああ――。来たで、麻帆良学園」 茜色の空の下で、二人は陽が完全に暮れるまでそこで街の景色を眺めていた――。 小太郎が麻帆良学園に入学して数日が経過した。ネギは小太郎と修行場で一緒に修行をしていた。「いくよ――ッ!」「来い、ネギ!!」「ラス・テル マ・スキル マギステル!! 風精召喚、剣を執る戦友!! 捕まえて!!」 ネギが呪文を唱えると、ネギの杖から十数人のネギの姿を象った風の精霊が飛び出した。小太郎はヘッと笑みを浮かべ、捕縛しようと迫る風の精霊を避ける。「そんなんじゃ、ワイは捕まらへんで!!」「この~~~!!」 ネギは風の精霊を操って、小太郎を何とか捕まえようとするが、小太郎はすばしっこく攻撃を回避する。ネギと小太郎のやっている修行は、ネギが魔法を放って小太郎にヒットさせる事が出来ればネギの勝ち。 時間が来るまで、ネギの魔法を避け切る事が出来れば小太郎の勝ちというルールの修行だ。小太郎があまりにも素早いので、ネギの魔法は中々あたらない。「それならッ!! ラス・テル マ・スキル マギステル!! 氷の精霊七十七頭、集い来たりて敵を切り裂け!! サギタ・マギカ、連弾・氷の七十七矢!!」「氷かッ! 厄介やけど――、んなもんッ!!」 降り注ぐ氷の魔弾を悉く避けながら余裕の笑みを見せる小太郎に、ネギはニヤッと笑みを浮かべて詠唱を続けた。「ラス・テル マ・スキル マギステル!! 光の精霊百九十九柱、集い来たりて敵を敵を射て!! サギタ・マギカ、光の百九十九矢!!」 今度はスピードの速い光の魔弾がさっきよりも多く縦横無尽に降り注ぐ。挑戦的な笑みを浮かべて避けようとした小太郎は、ツルッと滑ってしまった。「しまっ――!! さっきの氷の魔弾はこのためか!?」 小太郎の足元はさっきの氷の魔弾で薄っすらと氷結して滑りやすくなっていた。小太郎に降り注ぐ光の魔弾は威力が抑えてあったが、それでも小太郎の顔は腫れあがった。「痛っつ――――ッ」 煙が晴れて、小太郎の顔が腫れ上がってるのを見て、ネギは勝利の喜びが一気に冷めてしまった。小太郎に駆け寄ると、エヴァンジェリンに貰った魔法発動体のエヴァンジェリン特製指輪を小太郎の顔に近づけた。「ラス・テル マ・スキル マギステル、汝が為に、ユピテル王の恩寵あれ “治癒”」 温かい光が小太郎を包み込んだ。まだ、軽度の負傷しか治せないが、今の小太郎の状態なら十分だった。「ごめんね、小太郎。つい調子に乗っちゃって…………」「あほか、こういう修行なんやから、一々謝んな。それより、今回は負けたけど、今度はそうは行かへんで」 ニッと笑みを浮かべてサムズアップする小太郎に、ネギはうん! と頷いた。「っしゃ、もう一回やろうぜ」「うん!」 再び、ネギが小太郎から離れると、パンパンという乾いた音が響いた。エヴァンジェリンだ。「エヴァンジェリンさん、どうしたんですか?」「何や? エヴァンジェリンさん」 小太郎とネギがエヴァンジェリンに近寄ると、エヴァンジェリンが言った。「ネギ、お前の詠唱は遅過ぎる。それと、前に教えた無詠唱呪文を織り交ぜろ。小太郎は、もっと状況判断力をつけろ。地形を把握するのは基本だぞ」「はい!!」 二人が元気良く返事を返すと、エヴァンジェリンは満足気に頷いた。「後、もう2セットやれ。それで、今日の分は終わりにしろ。ネギ、お前は詠唱を練習して、詠唱時間の短縮をしろ。宿題だ。それと、小太郎は来週に土御門が連れて行きたい場所があるとか言っていた。詳しい話は奴に聞いておけ」「はい!!」「よろしい。それと、ネギにだけ少し話がある。小太郎は少し離れていろ」「…………了解や」 小太郎が離れて狗神を出しているのを確認すると、エヴァンジェリンはネギに一枚のカードを手渡した。不思議な模様が刻まれたカードだった。「それは、簡易的な仮契約用の魔法陣を起動させる事が出来る」「か、仮契約ですか…………?」「お前と、小太郎のためのな」「なっ――!?」 ネギは思わず赤面して固まってしまった。「私は、別に強制はしないぞ。仮契約をすれば、小太郎の戦闘の幅が広がるし、お前が必要な時に呼び出す事も出来る。だが、肝心なのはお前の気持ちだ」「私の…………気持ち?」「そうだ。お前が、小太郎を必要だと思うなら、お前が切り出せ。護って貰いたいと思うなら。アイツの事を特別だと思うなら――な」「特別…………ですか?」「今は別に分からなくてもいい。だが、私はあの小僧をかっている。お前が何であれ、お前がアイツを特別だと思ったなら、私は祝福し、応援してやる」「エヴァンジェリンさん…………?」 キョトンとするネギを置いて、エヴァンジェリンはからからと笑いながら去ってしまった。「命短し恋せよ乙女。ま、アイツが帰って来た時にアイツらがくっ付いてたら、アイツはどんな顔をするのやら」 クスクスと微笑を洩らしながら、エヴァンジェリンはログハウスへと消えた。残されたネギは、カードを見つめると、ボッと顔を赤くし、慌ててポケットに仕舞い込んだ。小太郎に駆け寄り、修行を始めた――。「そういや、今ちょい部活探してんやけど、明日暇か?」「ふえ?」 若干、気が逸れていたネギは小太郎に声を駆けられてビクッとした。「…………だから、部活や」「部活…………。私は部活に入ってないから――」「なら、明日一緒に回らへんか?」「いいけど…………。小太郎は、何か見てみたい部活ってあるの?」「せやな~。とりあえず、強い奴がおる格闘技系がええな」「格闘技系?」「せや。アスナの姉ちゃんや刹那の姉ちゃんも強いんやけど、剣士やからな」 小太郎は肩を竦めた。「うん、わかった。幾つか心辺りがあるから、一緒に回ろう」「おう!」 二人は身支度を整えると、一緒に途中まで帰宅した。 翌日、約束どおりにネギと小太郎は二人で部活巡りをしていた。「ところでさ、どうして友達と回らないの?」 ネギが尋ねると、小太郎はあわてて誤魔化す様に先を急いだ。到着したのは武術系の部活が集まっている体育館だ。ここには、剣道場や柔道場、他にも合気道や中武研、他にも何故かダンス部などまである。かなり大きな場所で、ビルの様に高い。「いろんな部活があるね。最初は何処行く?」「片っ端から見てこうぜ!!」 小太郎はそう言うと、さっさと手近な扉の中に飛び込んだ。そこは剣道場だった。 中では、部活動中の刹那が後輩に指導を行っていた。「次、斜め素振り五十!!」「はい!!」 道場に刹那の声が轟き、後輩達が大声で返事をして天井が吹き飛びそうだった。三年生は後輩達から離れて型を練習しているらしい。刹那は剣道着を着て、後輩達の練習を見て回っている。と、刹那の視界にネギと小太郎が映った。「狭山さん、ちょっとお願いします」 刹那はすぐ近くに居た少女に練習の監督を任せると、ネギと小太郎の所に駆け寄った。「ネギさんに小太郎。どうしたんですか?」「その……、練習中にすみません。小太郎が色々と部活見学したいと言うので」「せや。結構な部員の数やな」 キョロキョロ剣道場を眺める小太郎に、刹那は少し思案した。「なら、少し練習に参加してみるか? 剣は使える?」「ん? ちょっとは習ったけど、殆ど使った事あらへんで?」「うん、少しお前の実力を見ておきたいと思っていたんだ。どうだ?」「構へんで?」「よし、なら――。ちょっと待っててくれ。ネギさんは休んでて下さいね」 ネギに微笑むと、刹那は剣道場の控え室へ消えてしまった。周りの剣道部の少女や少年達が物珍しそうにネギと小太郎を見ている。 普段無表情で冷たい雰囲気の刹那が微笑みを見せた事に驚いているのだ。しばらくすると、刹那が小さなバッグとコップを持ってきた。「ネギさん、ジュースをどうぞ。それと、小太郎はコレに着替えろ。私のだが、お前なら丁度いいんじゃないか?」 そう言って、刹那は自分の胴着の替えを小太郎に渡した。「洗って、一回しか使っていないのだから我慢してくれ」「ええけど……。てか、ええんか?」 さすがに、刹那が着ていた胴着を着るのは気が引けた。「別に構わない。それより、さっさと着替えろ」「ここでか!?」「恥しがるな。男だろ?」「せやけど…………」 チラリと小太郎はネギを見る。キョトンとするネギに向こう向いてろ、と言って、小太郎はさっさと着替えた。 周りで、刹那の胴着に袖を通す小太郎を射殺さんばかりの眼力が向けられるが、素人の殺気だったから無視した。「よっし、準備完了。どや? ネギ」「うん、とっても似合ってるよ」「さよか」 ニシシと笑う小太郎に、刹那が竹刀を手渡す。「型は気にしなくていい。お前の好きな方法で掛かって来い」「おうよ!」 刹那と小太郎がネギの座るベンチの前の試合場で構えると、剣道場中の剣道部員達が集まりだした。刹那は剣道部の部長であり、高等部や大学の剣道部の人にも引けを取らない。というより、負けなしで、刹那がこういう部活動の時間に誰かと稽古ではなく試合をするのは本当に稀なのだ。 小太郎を睨んでいた男達も、刹那の剣捌きを見学しようと試合場の周りに正座している。「よし、何時でも掛かって来い!」「おう!! であっ!!」 瞬間、小太郎は一瞬で刹那の目の前に移動すると、竹刀を横薙ぎに振るった。乾いた音が響き渡る。刹那が小太郎の竹刀を捌いたのだ。そして、背中を向けている小太郎に竹刀を振るう。「っとお!!」 が、小太郎も負けずに回転しつつ竹刀でガードする。「ほぅ――ッ」 刹那は感嘆し、流れる動作で次々に打ち込んで行く。小太郎はそれらを殆ど直感にも近い感覚で防御する。「面――――ッ!」「ウオッ!?」 と、凄まじい速度の竹刀が眼前に迫り、堪らずに小太郎は全身のバネを使って回避した。刹那に顔を向けると、刹那は直ぐ目の前に迫っていた。「な…………めんなっ!!」 小太郎は右手だけで竹刀を振るうと、刹那の“逆胴”を一瞬だけ止め、回避した。「痛――ッ! クソッ!! やるやないか!!」「さすがだな。剣の腕は未熟もいい所だが、“心眼”は中々のものだ」「あん? なんやそれ?」「経験と推論による、攻撃の予測の事だ。加減しているとはいえ、お前の眼で追えない死角に追えない速度で打ち込んでいるんだがな」「ヘッ!! 舐めてっと、痛い目にあうで!!」「クッ、舐めているつもりは無いんだがな」 苦笑を洩らしながら、刹那は小太郎の乱雑な竹刀を捌く。小太郎の“心眼”と刹那の“心眼”では、刹那が圧倒的だ。だが、剣道の型に限定して動き、動きを制限している刹那は乱雑な小太郎の剣を捌くのは少し難しい筈だ。それを、見事に躱し切る刹那の技量はまさしく達人級だ。 周囲の部員達も息を呑んでいる。嵐の如く責め続ける小太郎の猛攻撃を、刹那は巧みに捌く。 両者の実力の違いは歴然だった。それでも、小太郎の身体能力とそれを維持し続けるスタミナに、殆どの者が驚嘆している。そして、決着は呆気なく着いた。 刹那がフッと息を吐いた瞬間、小太郎は額に竹刀の尖端を当てられていた。「参った。やっぱ、敵へんな」「いや、中々やるじゃないか。どうする? 剣道部に入るなら、剣の道をミッチリと仕込んでやるが?」「やめとく。ワイには合わんわ」「そうか。お前なら、四階の中武研と六階のダンス部に行ってみるといい。中武研は古菲が部長をやっているんだが、お前には拳法が合うだろう」「サンキュー。っと、胴着はどうすればええんや?」「ベンチに置いといてくれ。後で片付ける。中々、楽しかった。今度、またやろう」「アンタとまともに打ち合えるんはアスナの姉ちゃんくらいやで」「あの方は別格だ。剣に限って、私が前を行くだけでな」「せやな」 肩を竦める刹那に、小太郎は苦笑いを浮かべるとさっさと制服に着替えた。「ほなな~」「刹那さん、また後で! 今日は木乃香さんとイタリア料理に挑戦する予定ですから」「おお、それは楽しみです。では、ネギさん。また」「はい!」 ネギと小太郎が手を振って剣道場から出ると、刹那は元通りの無表情になって練習を再開させた。部員達は戸惑いながらも、刹那の剣技を見る事が出来て気合を入れ直した。 目標を見つめ直す機会となり、部員達の眼の色が変わって、刹那はニヤリと誰にも気付かれない様に笑みを浮かべた。『最近、弛んでいたからな。小太郎には感謝しないと』 刹那に言われて、ネギと小太郎はエレベーターで四階に上がった。エレベーターを降りると、すぐ前に中国武術研究会と書かれた看板の掲げられた扉があった。 ネギがゆっくりと押し開くと、中は道場のようだった。広い空間の中には人がまばらにしか居ない。練習をしている人達は不思議そうにチラチラとネギと小太郎を見るが、直ぐに練習を再開する。 ネギはキョロキョロと道場を眺め回す。と、少し離れた所で背中を向けて練習をしている古菲を見つけた。ネギが声を掛けようか迷っていると、ネギが視線を向けた僅かな気の流れを感じて、古菲は振り向いた。「アイヤー、どうしたアルか、ネギがこんな所に来るなんて」 ネギに手を振りながら近寄ってくる。すると、スッと小太郎が前に出た。古菲も立ち止まった。 ネギは古菲に挨拶しようとして、身動きが取れなくなった。柔和な雰囲気が、既に一欠けらも残っていなかった。全身が警戒している。視線を厳しくし、鋭く小太郎が古菲を睨みながら口を開いた。「ネギ、誰や? あの姉ちゃん」 視線を外さずに小太郎が尋ねる。「古菲さんだよ。中武研の部長なの」 小太郎に話しかけられて、ようやく金縛りから解放されたネギが答える。すると、古菲がニヤリと笑みを浮かべて近寄って来た。「ネギがここに来るなんて初めてアルな。部に入るアルか? ネギなら大歓迎アル」 何時も通りの普通の言葉の筈なのに、周囲の空気がコルタールの様に重く圧し掛かる気がして息が苦しくなる。あまりの苦しさに返事が出来ず、何時の間にかジリジリと後ろにさがっていた。「ちゃうちゃう。ワイが部活入りたいから、見学に付き合ってもらってるんや」 代わりに小太郎が答える。小太郎から放たれる気配も尋常ではなかった。小太郎と古菲がジッと見つめ合っている。まるで、これから決闘でもするかの様に、お互いに間合いを計り、タイミングを待っている様だった。「そうアルか。名前は?」「犬上小太郎や」 何が切欠になって、この均衡が崩れるか分からない気がした。時間の経過が酷くゆるやかに感じられる。と、唐突にその重苦しさが消えて無くなった。「ネギ、決めたで。ワイはここに入る!! って、何へたってるんや?」「ほえ?」 ネギはいつのまにかその場でへたりこんでいた。不思議そうな顔をして覗き込む小太郎を恨みがまし気にムゥッと睨んでネギは何とか立ち上がる。「一体何なのさ」 二人の行動の意味が分からずにネギが不満そうに尋ねる。「戦いは勝つ以上に重要な事があるネ」 すると、後ろの扉から超が入って来た。超も中武研の部員なのだ。胴着に着替えている超がネギに解説する。「それは……?」「生き残る事ネ。その為に重要なのは、相手の力量を見極める事ヨ。二人は今、お互いの実力を測り合っていたネ」「でも、さっき刹那さんと試合をしたんですけど、その時はこんな風には――」「そりゃ、刹那の姉ちゃんの力量はとっくに知っとるからな。せやけど、この姉ちゃんはマジで強いで」「少し照れるアルよ。しかし、小太郎と言ったアルな? お前も中々やるアルな。入部するなら歓迎するアルよ」 互いを賞賛し合う古菲と小太郎にネギは少し居心地が悪くなった。「じゃ、じゃあ、小太郎。私は戻るね。頑張って」「え? おい、ちょっと待っ――!」 小太郎が呼び止めるのを無視してネギは出て行ってしまった。「なんやアイツ…………」「乙女心は複雑ネ。それより、入部届けを持ってくるヨ。それまで、古菲に稽古をつけてもらうといいネ。後で、部員が集まったら紹介するからネ」 そう言うと、超は準備室に消えて、小太郎は小さく溜息を吐くと古菲と稽古を始めた。 その頃、部室から出たネギは、自分でもよく分からないモヤモヤを抱えながら、何となく刹那の言っていたもう一つの部活を見てみる事にした。小太郎は、中武研だけを見て決めてしまったが、刹那が勧めるのだから、それなりの部活なのだろうと考えて。 六階に上がると、中武研の時と同じ様に直ぐ近くに部室への扉があった。ゆっくり中を覗き込んでみる。「あれれ~? 貴女、部員じゃないよね? どうしたの? 誰かに用事?」 威勢の良い、軽快な音楽が流れるステージの上で踊っていたネギと同じくらいの背の少女が舞台から飛び降りてネギの下に駆け寄って来た。 しゃらんしゃらんという音が響くのは、彼女のシューズに大きな鈴が付いているからだ。彼女がステップを踏む度に綺麗な音色を奏でている。 部室の中には大きなステージが真ん中にある。その周りで、一握りの少女達が練習を行いつつ、ネギの方を見ている。「えっと、その…………部活の……見学に」 注目されて、しどろもどろになりながら言うと、褐色の肌の少女は、左右に縛った白銀の髪を揺らしながら、んん~? と首を傾げた。「部活見学~? こんな時期に~?」 少女がキョトンとしながら首を傾げる。「その、私は転校生で…………」「ああ、思い出した!! 去年度の三学期に転校してきた子だよね? 名前は…………なんだっけ」「ネギです。ネギ・スプリングフィールド」「そっか~、ネギちゃんか~。ネギちゃんは未だ部活に入ってなかったんだね。なら、ダンス部に入るつもりなの?」「それは…………、未だ決めてないというか…………」「ふんふん。大丈夫だよ。ちゃんと説明してあげるから」「あの……、やっぱり私――」 本当は小太郎に内容を教えてあげるつもりで見学に来たのだが、このままだと自分が入部させられそうだと感じ、帰ると切り出そうとすると、その切っ先を制して、少女はネギを引っ張って準備室へと連れ込んだ。「へへぇ、去年度に全体の九割占めてた三年生が高等部に上がっちゃってさ。一年生は一人も入ってくれないし、三年生と二年生だけで十人しか居ないんだよ。こんなに広い部室なのにね。だから、ネギちゃんが入ってくれるなら大歓迎だよ!」「あの、でも、私は三年生ですし――」 ネギが何とか断る糸口を見つけようと言うが、少女は首を振った。「問題無い無い!! もうすぐ文化祭でしょ? それまでに少しでも踊りを覚えてくれればいいよ。私がちゃんと教えてあげるからさ!」「あ、ありがとう……ございます」 いよいよ弱ってしまった。既に目の前の少女はネギを入れる気満々になってしまっている。無理に断るのは悪いだろうし、そもそも見学に来ておいて問答無用に断ったら完全にただの冷やかしになってしまう。かといって、上手い断り方など分からない。 ネギは頭を抱えたくなった。とりあえず、最初の目的だけでも果たそうと口を開く。「その…………、えっと?」「ああ、私? 私はね~、キャロライン・マクラウド。キャロって呼んでよ」「あ、はい」「んん~、ネギちゃんは同い年なんだよ? なら、その硬い口調どうにかならない? なんだか、肩こっちゃうよ~」「ごめんなさい。えっと、じゃあキャロちゃん」「な~に? ネギちゃん」 何だかネギは気恥さを感じた。少し頬を赤く染め、ネギはキャロに尋ねた。「その、どうしてダンス部は武術系の体育館にある……の?」「う~ん。この部がダンス部になる前はね、日本舞踊研究会って名前だったの。だけど、あんまり人が集まらないから、色々な踊りを取り入れる事にしたの。それで、何時の間にか日本舞踊じゃないからって、ダンス部に改めたらしいんだけど…………。でね、最初に部が作られた目的が、踊りの中にある武術を見出すっていうコンセプトだったの」「踊りの中に…………武術ですか?」「そ、例えば『棒の手』。棒術や薙刀術、剣術なんかを起源にしているの。他にも、格闘技なんかの動きを取り入れてるダンスもあるしね。今でも、ダンスは魅せる武術っていうコンセプトが残ってて、文化祭で格闘技の大会に出場する事もあるんだよ~。相手を幻惑させて勝利するの」「相手を幻惑させて――」「うん。そういうダンスもあるの。私が練習してるのもソレの一種だよ。他にも、普通の魅せる目的のダンスも練習してるけどね。ネギちゃんは、どういうのを習いたい?」「えっと、私は……」「うんうん」 キャロの眼を見ると、ネギは更に断れなくなってしまった。瞳をキラキラと輝かせるキャロに、ネギは渋々答えた。「じゃ、じゃあ、キャロちゃんと同じので……」「オッケー!! なら、ミッチリ教えてあげるよ! 待ってて!」「――で、入部しちゃった訳ね」 アスナが台所で準備しているお皿から勝手に真鯛のカルパッチョを摘み食いしながら呆れた様に言った。「アスナさん、摘み食い止めて下さい。すぐ出来るんですから」「うっ……。なんかネギが冷たいよ木乃香~」 手についたカルパッチョのソースを舐め取りながら、アスナはショボンとしながら木乃香に擦り寄った。「ア・ス・ナ~? もう直ぐ夕食出来るんやから、大人しくリビングで待ってよ~な~」「木乃香まで~~!? うう、グレちゃうぞ~~」 泣きべそをかきながらアスナが出て行くと、木乃香は小さく息を吐いた。「せやけど、ネギちゃんも断る時はちゃんと言わなアカンで? 部活は賛成やけど――」 木乃香がパスタを茹でながら言うと、ネギは真鯛を捌きながら項垂れた。「なんだか断れなくて…………」「まぁ、入部したんやったら、ちゃんと続けなアカンで?」「それはまぁ。キャロちゃんも良い人みたいですし、面白そうではあるので」「さよか。でも、ネギちゃんの踊りか~。ちょっと、文化祭が楽しみやな」「六月でしたよね?」「せやで。クラスでももうすぐ出し物決めとかがある筈や。日程はちゃんと確認するんやで?」「はい!」 翌日――、エヴァンジェリンにダンス部への入部の事を話すと、エヴァンジェリンは心底呆れた様な眼でネギを見た。「お前…………、流されて入部ってのはむしろ失礼だぞ。まあ、部活動をするのは構わんが、文化祭まで日も少ないし練習が大変だろう。そうだな、ダンス部なら部の練習を優先しろ」「え? でも…………」 エヴァンジェリンの言葉に眼を見開くネギ。「いや、ダンス部というのは中々悪く無いぞ。ダンスってのは、戦いにも応用出来るし、舞踊魔術なんてのもあるしな。ふむ、ちょっと資料を漁ってみるか」 顎に手を置いて首をわずかに上に向けて唸るエヴァンジェリン。「お前は魔力は十分だしな。制御も出来てきている。問題は詠唱時間なんだが…………、これは日常でも練習可能だ。早口言葉とかで練習しとけ。後は部活に集中していいぞ」「わかりました」「うむ。だが、やるからには確りな! 文化祭でお前の晴れ姿を期待しているぞ。ふむ、茶々丸にビデオとか用意させないとな――」「エヴァンジェリンさん……?」「デジカメも買って、それから…………」 ネギは話を聞いてくれないエヴァンジェリンに溜息を吐いた。 人前で踊るのなんて恥しいから、何としても断るつもりなのに、と。