魔法生徒ネギま! 第十一話『癒しなす姫君』 現在、空は真っ暗だが深夜と言うにはまだ早い。麻帆良学園には多種多様な学校があり、それぞれに校長や副校長が居る。麻帆良学園学園長という肩書きはその名の通り、麻帆良学園全体の長であり、別に麻帆良学園本校女子中等学校の校長な訳では無い。 それぞれの校舎には校長室の他に学園長室があり、麻帆良学園本校女子中等学校にある学園長室は一際大きくてなんと二階建てだったりする。現在、近衛近右衛門と麻帆良学園本校女子中等学校二年A組の担当教員である高畑.T.タカミチは麻帆良学園本校女子中等学校の学園長室の二階に居た。「天ヶ崎千草――ですか?」 タカミチは怪訝な顔をしながら近右衛門に尋ねた。タカミチは一時間前までエヴァンジェリンに捕まって酌をさせられていた。エヴァンジェリンとはよく飲みに行く仲なので別に珍しい事は無かったし、タカミチ自身も仕事を終えて後は自宅に帰るだけだったので問題は無かった。 それが、突然エヴァンジェリンが侵入者を感知し、同時に携帯電話にメールが届いた。そこには『侵入者に対して一切の手出しを禁ずる』というものだった。意味が分からずにエヴァンジェリンも怪訝な顔をしたが、別に仕事に情熱を持っている訳でも無いエヴァンジェリンはすぐに飲みを再開したが、タカミチは納得がいかずに学園長の下に向かったのだ。 背後で『タカミチにツケだ。どんどん持って来い!』という不吉な声が聞こえたが、少女の体であるエヴァンジェリンなら破算する事は無いだろうと諦めた。基本的にタカミチは教師の仕事や魔法使いとしての仕事をこなしながらも別に贅沢をする事も無いのでちょっとしたお金持ちだったりするので、エヴァンジェリンと飲む時は割りと奢る事が多い。 逆に、食事代や魔法設備代、人形の材料費にお金を掛けるエヴァンジェリンは意外とお金を持っていないので飲みの時はタカミチにたかる事が多いのだ。エヴァンジェリンの収入は時々警備を手伝う程度なのでそこまで多くない。 タカミチがここに来た時、ガンドルフィーニ達も来ているだろうと予測していたが、予想に反して誰も居なかった。どうやらあのメールはエヴァンジェリンとその近くに居た魔法関係者……つまりはタカミチだけに送られた物らしい。 他の魔法関係者には内密にする気らしい。タカミチがメールの内容を問い詰めると、アッサリと近右衛門は口を開いた。「天ヶ崎千草じゃよ」と。「無論、侵入者の事じゃよ」「なっ!?」 タカミチは思わず絶句してしまった。まさか個人名まで調べ上げているとは思わなかったのだ。「どうして名前まで判明している侵入者を野放しに?」「逆じゃよ。そこまで分かっているから敢えて放置しとるんじゃ。彼の者の目的、戦力、過去から個人情報全て把握しておる」「――――は?」 タカミチは意味が分からなかった。どうして侵入者が侵入してまだ一時間程度しか経っていないのにそこまで掴めているのかがまず分からないし、野放しにしている理由にもなっていない。「えっと……、つまり無害だから手を出さなくてもいいって事ですか?」「いいや有害じゃよ。下手をすれば関東と関西でとんでもない戦いに発展しかねん程にのう」「えっと、じゃあ何故野放しに?」 タカミチは頭が痛くなって頭を押えながら尋ねた。まさかボケたなんて事ないよな? と、ちょっと失礼な事を考えながら。「なに、目的も戦力も確かに有害じゃが、所詮は道化じゃよ。丁度良い悪意を持っておるし、その気になれば楽に潰せる。わざわざせっついた甲斐があったというもんじゃわい」 フォッフォッフォと笑う近右衛門に、タカミチは背筋に薄ら寒いものを感じた。何を考えているのか全く読む事の出来ない目の前の老人の考えにタカミチは声の出し方を忘れた様にパクパクと口を開いた。その様子に、近右衛門は薄く笑みを浮べた。「そうじゃのう、天ヶ崎千草について少し話してやろうかのう――」 そう言って、近右衛門は口を開いた。 麻帆良学園本校女子中等学校の学生寮から少し離れた公園で木乃香と明日菜がベンチから立ち上がろうとした瞬間だった。突然地面が揺れ、背後のコンクリートが捲れ上がり、ベンチを押し上げて木が天に向かって伸びた。「木乃香!」 咄嗟に木乃香に顔を向けた明日菜は地面に影を見つけて上を見上げた。「ベンチ!?」 木に吹き飛ばされたベンチが明日菜目掛けて落ちてきていた。「クッ!」 咄嗟に後ろに跳んで回避すると、木乃香の体に木から伸びた無数の蔦が絡みついた。「明日菜――っ!」「木乃香!」 明日菜は木乃香に跳び付こうとしたが間に合わなかった。凄まじい勢いで成長する木はあっと言う間に六階建ての建物並みの大きさになってしまった。「なんなのよコイツ……ッ。まさか、これって魔法!?」 咄嗟に明日菜は思い出した。自分と木乃香、両方に狙われるだけの可能性があるというカモの言葉を。舌打ちすると、飛び出そうとした瞬間に真横から三つの影が飛び出した。「離せえ!」「お嬢様を離せ!」「離せえ!」 三体のちびせつなだった。「この――っ! 私達で成敗してくれる! ちびせつな隊! 攻撃――っ!!」「攻撃ぃ!」「攻撃!」「ちょっ! 待った、ちびせつなちゃん!」 それぞれデフォルメされた“ちびゆうなぎ”を抜刀して巨大化した謎の木に突撃するが、突然出現した花の蕾の様な物に食べられた。「ちびせつなちゃんが花に食べられた!?」 明日菜は目の前の衝撃的な光景に固まってしまった。ちびせつな達はジタバタしながら何とか蕾から抜け出すと、ネバネバした液体塗れになっていた。「な、なんですかこれは~~」「ドロドロです~~~」「気持ち悪いです~~」 そう言い残して三体のちびせつなはポンッ! と音を立てて煙になり、人型の紙がその場に落ちた。紙には“桜咲刹那”と書かれていた。ちびせつな達が消えて正気に戻った明日菜は咄嗟にポケットに手を伸ばして仮契約カードを取り出した。「アデ――――ッ?」 アーティファクトを出している時間は無かった。真上に巨大な木の枝が迫っていたのだ。一瞬、明日菜は瞳孔が開き、生を諦めかけた。だが、次の瞬間に凄まじい風が明日菜の恐怖を吹き飛ばした。「『風花・風塵乱舞』!!」 目の前に、よく知る自分よりも小さな真っ赤な髪が印象的な少女が降り立った。少女の手には大き過ぎる杖。その先から、凄まじい勢いの“風”が少女と明日菜の頭上の木の枝を粉砕しながら木の追撃から二人を護る壁となっている。 明日菜は笑みを浮べた。いきなりの事に動揺していた心は落ち着きを取り戻し、頭はやけに冷静になった。まるで、あの夜の茶々丸と戦っていた時の様に。「遅いじゃないの」「お待たせしました」「アデアット!」 右手に持ったカードが閃光を放ち、“神楽坂明日菜”を“ネギ・スプリングフィールドの従者”に変えた。白金の輝きを放つ“ハマノツルギ”が顕現し、その体は独特な西洋甲冑が覆った。 顔を上げると、大きな白い光を放つ翼を羽ばたかせている刹那が夕凪を振るい次々に伸びる蔦を斬り続けていた。「刹那さん……綺麗」 明日菜は呟いた。明日菜の眼には、夜闇に煌く翼を持った刹那がまるで天使の様に見えた。「って、惚けてる場合じゃないわね」 明日菜は『風花・風塵乱舞』が破られてネギに襲い掛かる木の枝をハマノツルギで斬り裂いた。瞬間、斬られた断面からまるで解ける様に木の枝が光の粒子となって消えて言った。だが、途中で木は枝を別の枝で落とし、本体の消滅を防いだ。「ぐああああああああっ!」「刹那さん!」 同時に、無数の蔦によって刹那はネギ達の真後ろに打ち落とされてしまった。ネギは思わず後ろを振り向くが、舌打ちすると明日菜がその背後に迫った枝を切り裂く。「馬鹿っ! 背中見せていい相手じゃないでしょ!」「――――ッ! すみません!」 再び、光の粒子となってまるでコンピュータに侵入したウイルスの様に枝を破壊していく力を木は枝を斬り落とす事で本体まで届くのを防いだ。「やっぱり……」「ああ、あの木は異能だ。姉さんの能力でならどんな攻撃も無意味だ!」 いつの間にかカモがネギの肩に駆け上って木を睨みつけていた。「カモッ!? いつの間に来てたのよ?」「さっき、姉貴が杖を呼んだ時に便乗したんスよ。それより、あの木は姉さんの能力で消し飛ばせる。だが、問題はそこじゃねえ……恐らくは」「ええ、まず間違いなく術者が何処かにいる筈です」 カモの言葉に、刹那はカモの存在に僅かに驚いてはいたが、表情に出さずに続いた。「術者!? じゃあやっぱりこの木って……」「当然だ。龍穴にあっても、木は魔力でこんな不自然な成長はしねえ。姉さんの力を枝を切り落として防いだのを見ても、知恵があるか術者が居るかのどちらかだ。とくれば……」「可能性が高いのは術者ですね。ネギさん、探査魔法は?」 カモの言葉に頷きながら刹那がネギに問い掛けたが、ネギは首を振りながら杖から風の刃を放って蔦を斬り続けている明日菜の援護をした。「このままじゃキリが無いし、木乃香が何時まで無事でいられるか分からないわよ!?」 ネギの魔力ブーストがあって、明日菜の動きは残影すら残す速さになっているが、それでも次々に出現する蔦は明日菜に前進を許してくれなかった。明日菜の斬撃を受けた瞬間に、その蔦は本体から切り離されて新たな蔦が出現する。それも、続々と数が増えているのだ。最早蔦の壁とも言える程の量の蔦が明日菜達に迫るが、それでも明日菜の体やハマノツルギに当った瞬間に消し飛ぶのでそれ以上蔦の方も進行が出来ないでいた。「このちゃん……。せめて術者の居場所か、この魔法の術式でも分かれば」「カモ。あんた、ルーン魔術とかって出来るんじゃないの? それで何とかならない訳?」 明日菜は凄まじい威力の斬撃を放ちながらエヴァンジェリン戦を思い出して、あの時にカモが使っていた便利そうな魔法を思い出した。だが、カモは無理だと首を振った。「ルーン魔術っつうのは準備が面倒なんだ。刻印、解読、染色、試行、祈願、供儀、送葬、破壊の8つの工程がある。破壊はともかく、ネカネの姉さんから貰ったチョークが無けりゃ染色、祈願、供儀、送葬をスキップ出来ねえ」「使えないわね――――っ!!」「クッ」 無数の蔦を神速の斬撃で迎え撃つ明日菜のあまりにも辛辣な言葉に、カモは言い返すことは出来なかった。この状態で、木乃香を救う条件は術者の発見か、もしくは目の前の木の術式を看破する事だ。そのどちらも出来ない上に戦闘にも参加出来ないカモは、役立たずと呼ばれても仕方ないと理解していたが「カモ君、知恵を貸して! 私は何をすればいいの?」というネギの言葉に顔を上げた。「え?」 カモは目を見開いた。「カモ君、明日菜さんが蔦を防いでくれている。刹那さんは木乃香さんを助ける役目がある。だけど私は自由に動ける! 私にはどうすればいいか分からないの。だから、知恵を貸して、カモ君!」 ネギの言葉にハッとした。自分が何のためにここに居るのかを見失っていた。自分に出来るのはアドバイザー。戦闘経験が絶望的に足りないネギと明日菜に代わって戦況を見据え、知恵を絞る。いつかはその役目も失い、自分がココに居る価値は無くなるだろう。それでも、ソレは現在(いま)ではない。カモは長いオコジョとして過ごして来た歳月の間に脳に詰め込んできたあらゆる魔法の知識を総動員した。「そうだ、こんな大質量の攻撃を消される度に直ぐに復活させる。木を操るにも、魔力を流すにもそこまで距離は離れていない筈……」 千里眼や、遠見の魔法はあるが、ゼロコンマ数秒でも木への指示が遅れれば、それだけで明日菜の能力が本体に届いてしまう。遠見にしても千里眼にしても、そんな魔法を使いながら精密な指示を飛ばせる筈が無い。そして「これだけの魔力を遠くに居て断続的に流せる訳がねえ。なら、敵さんは俺達が見える場所に居る……」周囲を見渡した。 戦場は寮から少し離れた公園であり、障害物は殆ど無い。だが発見は困難だった。何故なら、今は既に太陽が完全に沈み、暗闇が公園中を支配しているからだ。それでも、アルベール・カモミールはニヤリと笑みを浮べた。「そう、肉眼で見ている筈だ。なら姉貴、ちょっと疲れると思うッスけど、『風花旋風、風障壁』だ」「どうするつもりですか?」 刹那が眉を顰めるが、ネギは既に詠唱を開始していた。疑う必要などない。カモの知恵は必ず自分達に勝利を導いてくれると信じているから。「敵は間違いなく肉眼でコッチを見ている。なら、姉貴の『風花旋風、風障壁』で完全に視界をシャットアウトしちまえば、もう明日菜の姉さんの能力に合わせて指示を飛ばすなんざ出来ねえし、他に俺達が何をやっても分からない筈だ」「なるほど! つまり、私がこのちゃんを……」 カモは首を振った。「違う、刹那の姉さん、アンタは明日菜の姉さんを持って木乃香の姉さんに纏わり付いてる蔦を明日菜の姉さんに解除してもらうんだ。その間、邪魔する全ての蔦は姉貴が防ぐんスよ」 そう言って、カモは呪文の詠唱が完了したネギに言った。「了解だよカモ君。任せてっ!」「んじゃ、さっさと作戦実行よ! ちょっと、きつくなってきたわ……」 休み無しで蔦を斬り続けている明日菜はさすがに疲労を感じていた。それでも、蔦は全く神楽坂明日菜という壁を越える事が出来ずにいた。「しかし、なんという方ですか明日菜さん。神鳴流に誘いたいですよ……」 真の剣士を相手にしたなら神楽坂明日菜は間違いなく負けるだろうが、それは剣術を知らないからだ。もし、明日菜が剣術を学べば、間違い無く極みに到達出来るだろう。それほどのポテンシャルを有していると刹那は素直に思った。「しかし、あの術式は一体……。気ではなく魔力で身体強化をするとは……」「ありゃ、姉貴との仮契約の力だ。姉貴の魔力が姉さんに力を与えてるんスよ」「なるほど、聞いた事があるます。西洋の契約魔術の一種ですか……。強力ですね」「いきます、『風花旋風、風障壁』!」 魔力を十分に篭め終わったネギは、刹那とカモの会話を遮り杖を振るった。とんでもない魔力が周囲を蹂躙する。それは、正しく竜巻だった。天まで届く暴風は外界を完全に遮断している。 凄まじい風の音に耳が痛くなるが、竜巻が木を中心に半径30mを包み込み終わった瞬間に作戦が開始した。「行きます、明日菜さん!」「後は任せるわ、ネギ!」「ハイッ!」「来るぞ、姉貴!」 ネギは神楽坂明日菜という絶対防壁が無くなった瞬間に、まるで神話に出てくる八岐大蛇の如く何本もの蔦が絡まりあった幾つ物太い木の龍を見た。「私は私の役目を全うします! ラス・テル マ・スキル マギステル!」 ネギは杖の先から無数の雷が放たれた。だが、雷の属性は木の属性と相似であり、一気に殲滅する事が出来なかった。「雷は木の属性の派生。やっぱり、それと相剋する金の属性じゃないと……」 杖から魔力を放ちながら、ネギは苦しげに呻いた。自分の使える属性は光と風、そして風から連なる雷。木の属性に対して劣勢も無いが優性も無かった。「それでも、明日菜さんと刹那さんが木乃香さんを助ける邪魔はさせない!」 眼を見開き、上空で伸びる蔦に苦戦している刹那と明日菜の姿を見て決意が固まった。右手に夕凪を持ちながら抱え込む様に明日菜を運ぶ刹那も、抱えられている明日菜も伸びてくる蔦を上手く凌ぐ事が出来ずに居る。最初に練り上げた魔力が風の大結界を維持出来るのは残り数秒も無い。「その前に――ッ! ラス・テル マ・スキル マギステル……」 勝手に使わせてもらいます――っ! ネギが頭に浮かべる呪文はまさしく最強の名を冠するに相応しい魔法使いの魔法。「姉貴!?」 カモは驚愕の声を上げた。ネギが練り始めた魔力の種類に目を丸くした。辺りの空気がひんやりとしだした。「クッ! ハァァァアアアア!!」 得意属性では無く、使った事も無かった魔力を操作するのは体に負担をかけた。それでも、この状況を打破する最適な手段をネギは選んだ。「来れ氷精……爆ぜよ風精!」 氷の魔力に風の魔力を練り込み安定させる。「『氷爆』!」 エヴァンジェリンのとは比べる事すらおこがましいレベルの冷気の爆風……いや、爆風にすらなっていない突風は、それでも金の属性から派生する“冷気”は木の属性の魔力の塊に効果を示して動きを鈍らせた。「残り僅か数秒……でも間に合う! 木乃香さんへの道を開きます! ラス・テル マ・スキル マギステル! 影の地、統ぶる者。スカサハの我が手に授けん。三十の棘もつ愛しき槍を。『雷の投擲』!!」 その場で左に回転しながら杖から凄まじい雷の魔力を発生させ、まるで巨大な槌を振るう様に、巨大な槍と化した雷の魔力を放った。凄まじい風の音すらも掻き消す轟音を鳴り響かせ、『雷の投擲』は一気に大地を滑り、刹那と明日菜を狙う蔦を消滅させながら木乃香のすぐ手前まで伸びて霧散した。それで十分だった。「刹那さん、投げて!」 明日菜の声に応え、刹那は全身に気を纏い、空中で明日菜の体を木乃香の下に投擲した。「木乃香!」「あす……な?」 微かに、木乃香は瞳を開き剣を振るう明日菜の姿を捉えた。「木乃香を……離しなさいよ!」 明日菜がハマノツルギで木を撫でる様に振るった瞬間、木乃香に巻きついていた木の蔦は発光し、光の粒子となって消え去った。明日菜は木の側面を思いっきり蹴って跳ぶと、グラリと落ちる木乃香に刹那が向かうのを見た。「このちゃん!」「せ……ちゃん。せっちゃん!!」 後ほんの数センチ、指が触れそうになった瞬間だった。『あんさんら中々やるどすな~』 その声が響いた瞬間、僅かに残っていた木から蔦が伸び、木乃香を引っ張った。突然響いた声にも構わず、刹那は木乃香に手を伸ばしたが届く事は無かった。凄まじい速さで木乃香の体は“地面”に飲み込まれてしまったのだ。「このちゃん――っ!!」 刹那の叫びも虚しく、木乃香の姿は消え去った。全ての木が消滅した後、最初に捲れ上がった筈の地面は何事も無かったかの様に綺麗だった。只一つ、高所から叩き落されて壊れたベンチを除いて、この場でさっきまで起きていた事を証明するものは何も無かった。「そんな……嘘だっ!!」 地面に降り立った刹那は夕凪を地面に気を纏わせて叩きつけた。地面は容易に抉られたが、木乃香が通った筈の穴はどこにも無かった。「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」 いつの間にか『風花旋風、風障壁』は解けていた。だが、木乃香が刹那に触れる瞬間までは確かに持続していた。それなのに、木乃香はギリギリで地面に引き擦り込まれた。「カモ……どういう事?」 明日菜は訳が分からなかった。確かに、自分達は木乃香を助けられる筈だったのだ。木乃香を拘束していた木の蔦は全て明日菜が破壊した。なのに、木乃香は今ココに居ない。ネギは目の前で起きた事が信じられずに固まっていたが、明日菜の声で正気に戻ってカモに顔を向けた。刹那もカモに顔を向けているが、その顔には殺意すら浮かんでいる。カモは少し離れた場所に立ち竦んでいたが、考えは纏っていた。「やられた……。敵はあの木の“核”に居やがったんだ」 カモの言葉に、三人は目を見開いた。「どういう事!?」 ネギが聞くと、カモは悔しげに顔を歪めた。「バレてたんだ。最初から俺っちの作戦は……。それでも、作戦に付き合ったのは恐らく逃走の為の準備の時間稼ぎか……。それとも別のナニカの意図か、もしくは――」「弄ばれたか?」 明日菜は目元をヒクつかせながら呟いた。「後は戦力分析って所ッスかね」「んん~ん、そっちのオコジョ君。君が正解や」 突然響いた声に刹那、明日菜、ネギ、カモは顔を向けた。三人と一匹から少し離れた公園の噴水の前に、木乃香を木で出来た十字架に磔にして、その脇でネギ達に向けて嘲笑している着物姿の女が居た。「貴様っ!」「動くな――っ! お嬢様を殺されたいんか?」 咄嗟に飛び出そうとした刹那を、木乃香の首筋に細長い紙を当てながら女は叫んだ。「この術符はウチが気を通せばすぐに発動する! お嬢様の首が跳ねるのを見たなかったら、その場を一歩も歩くんやない! そこのオコジョもや、指一本動かす事は許さへんで」 刹那は舌打ちすると、その場で立ち止まった。たとえ威力が低くても、あれだけの至近距離で発動すればサギタ・マギカの一本だけでも障壁を作れない一般人の首なら刎ねる事が出来る。木乃香は拘束されながらもなんとか抜け出そうと体を震わせているが全く自由が効かなかった。そして、動けなくなったネギ達だが、カモは挑戦的な目を女に向けた。「下手な芝居だな」「芝居?」 カモの言葉に、女は目元をピクリと動かした。「ああそうだ。元々、お前の狙いは木乃香の姉さんじゃねえのかい?」 カモの言葉に、木乃香は驚いた様に眼を見開き、刹那達は女を見た。「なら、木乃香の姉さんをそう簡単に傷つけられる訳が……」「フンッ」「――――ッ!?」 カモの言葉に鼻を鳴らすと、女は木で出来た十字架から伸びた木乃香を拘束している蔦を一本だけ外し木乃香の顔の真横に勢い良く突っ込んだ。木乃香は眼を見開き、全身から汗が噴出し、心臓は爆発する様に鼓動した。「このちゃん!」 刹那は思わず叫ぶが動くことは出来なかった。「勘違いして貰っちゃ困りますなぁ。ウチは別にお嬢様を殺しても構わんのどすえ?」「な――っ!? なら……ならどうして木乃香の姉さんをお嬢様と呼ぶ!」「ん? あ~あ~あ~! 分かった分かった。あんさん、ウチが関西呪術協会の人間で、木乃香の姉さんを呪術協会に持ち帰るんが目的と思ってるんでっしゃろ?」「違うのか!?」「いんや、半分以上正解や」「貴様、このちゃんをどうする気だ!」 全身から殺意を漲らせる刹那の怒鳴り声に女は揺らぐ事すらせずに受け流し、口には薄っすらと笑みすら浮べている。「どうして……、どうしてこんな事するんですか!?」 ネギは思わず叫んでいた。「どうして? せやなぁ、話たっても構へんで、聞きたいん?」「――――ッ!? 聞かせて貰いましょうか」「桜咲さん!?」 刹那の判断に明日菜は戸惑った。敵の話を聞いてどうなるのだ? そう思っていると、ネギから念話が届いた。『明日菜さん、カモ君も話を聞いた方がいいって言ってます』『どういう事?』『時間稼ぎだそうです。あの人、何を考えているのか判らないけど、あの人が話している間に思考する時間を得られれば、活路が得られる筈だそうです』『なるほど……』「昔々のお話どす。京都の町のある名家に仕える家族が居りましたんどす――」「大戦で両親を……?」「そうじゃ。天ヶ崎千草の一家は先の大戦に巻き込まれ――死んだのじゃ」 近右衛門は机から取り出した資料をタカミチに見せた。「関西呪術協会。儂が昔取り仕切っておった日本の魔術師の一派『日本呪術協会』は、本来はムンドゥス・マギクスには関係無い組織じゃった。本来ならば、巻き込まれる筈もないマイナーな一勢力でしかなかったんじゃ」「え、関西呪術協会といえば麻帆良……関東魔術協会と日本を二分する組織では?」「それは最近の事じゃよ。と言っても大戦中の事でもう何年も経っておるが」「どういう事です?」「儂がこの学園に就任したのも大戦の最中じゃ。儂は大戦中の詠春殿の働きや神鳴流が西洋魔法使いに加勢した実績、それに加えて西洋魔法使いに儂自身がコネを持っておったおかげでこの職についたんじゃ」 一息入れて、近右衛門は話を続けた。「儂は呪術協会を大きくする事に熱を上げておった。その為に西洋魔法使いと手を組むのも辞さなかった。そして――あの大戦を儂は愚かにも好機と思ってしまったんじゃ」「――――ッ!?」 タカミチは戦慄した。尊敬に値する方だと信じていた。偉大な力を持つ、ナギですらもある程度の敬意を払っていた人物が語るあまりにも醜悪な言葉に。「あの大戦では手柄は立て放題じゃったからのう。それに、西洋魔法使い達がこの学園まで手が回らなかったというのも儂には幸運じゃった。ここには図書館島があるしのう。陰陽道を極め、西洋魔法も使いこなせる上に、コネもあり西洋魔法使いへの忠誠も確かなものだと確信させる事に成功した儂は楽にこの学園の学園長になる事が出来たんじゃ。儂は呪術協会を西洋魔法使いの加護を得て一気に日本全土に展開する魔術結社を差し置いてトップに押し上げた」「だが犠牲は大きかった――」 タカミチは睨む様に近右衛門を見た。「さよう、儂は躍起になっておったんじゃ。神鳴流や陰陽寮などの組織と連携に成功してはおったが、確かな結果が無ければ瓦解してしまう不安定な組織じゃった。じゃが、儂の愚かな野望に巻き込まれ、関西呪術協会の……嘗ての日本呪術協会の人間は沢山犠牲になった。おかげで、長が詠春殿になった途端に西洋魔法使いと手を組んだ儂や西洋魔法使いが多く居るこの麻帆良の地は関西呪術協会の人間にとって憎悪の対象となってしまったんじゃ」「な――――っ!?」 もう言葉が出なかった。西の呪術師との仲は悪いとは思っていたが、その原因を作ったのは学園長自身だと言ったのだ。あまりの事に呆然とする他なかった。「まあ、もう頭は冷えておるがな。今はこの学園の平穏を願っておるよ」「信じると……本気で思ってるんですか?」 タカミチは殺気を篭めた視線を向けた。「現に今も侵入者の侵入を許している。今の話を聞いたら誰だってこう思いますよ。戦乱を巻き起こしたいのか? って」 だが、近右衛門は柳に風といった感じにタカミチの殺気を受け流した。「未だ、嘗ての大戦の火種は未だ消えておらん。その事はお主もよく知っておるじゃろう?」「――――“完全なる世界(コズモエンテレケテイア)”ですか」 タカミチは苦虫を噛み潰した様な渋い顔をしながら呟いた。『完全なる世界』とは、嘗ての大戦の黒幕的存在であり、サウザンドマスター率いる“紅き翼”が帝国・連合アリアドネー混戦部隊や、メガロメセンブリア国際戦略艦隊、帝国軍北方艦隊などの力を借り、世界最古の都、王都オスティア空中王宮最奥部にある『墓守り人の宮殿』でやっとの思いで倒した恐るべき存在だ。 タカミチ自身はテオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミアと言うヘラス帝国の第三皇女と行動を共にしていて実際に立ち会った訳では無いがナギ達を満身創痍にまで追い詰めた存在だ。「まだ情報収集の段階じゃが、再び戦乱が巻き起こる可能性がある。それを避けるにはどうしても“ネギ・スプリングフィールドに成長してもらう”必要があるのじゃ」「その為に貴方は自分の配下だった者でも利用すると言うんですか……? その上、ネギ君や明日菜君達を危険に晒すと!? 冗談じゃない、冗談じゃないですよ! 貴方は言ったじゃないですか! 護る為だと……、それは嘘だったんですか!?」「嘘では無い。ネギ君や明日菜君は大事なキーじゃ。それは同時に狙われる立場でもあるという事。二人と、そして二人と共に歩むと決意する者に試練を与え成長を促さねばならん。強くなる以外に、あの子達に逃げ場など無いのじゃよ。例えどれほど残酷な事じゃろうと、儂に出来るのはそれだけじゃ」「馬鹿な! 何故戦うという選択をしないんですか!? 子供達に戦わせて大人の僕達が傍観しているなど!」 タカミチは我慢の限界だった。近右衛門の言っている事はただネギ達に責任を丸投げしているだけだ。そんな事を許しておける筈が無かったのだ。「種子は既に撒かれておるんじゃよ。杖には3つ。残り4つはそれぞれの主を探しておるはずじゃ」「種子……?」「今は分からんでよい。時が来ればお主にも分かろう。さて、話を戻そうかのう。天ヶ崎千草の事じゃ。先も言ったように両親を大戦で亡くした彼女は西洋魔法使いを恨んだ。じゃが、その恨みも時と共に消えていったらしい」「なら何故……まさかっ!?」 タカミチはさっきの近右衛門の言葉を思い出した。『わざわざせっついた甲斐があったというもんじゃわい』という近右衛門の言葉を――。「儂は関西呪術協会の長を務める婿殿に手を結ぼうと言った。予想通り、動き出す者はおった。それが偶然天ヶ崎千草だった」「わざわざ……忘れていた恨みを再燃させたのですか!? 貴方という人はなんと残忍な真似を!」 激昂したタカミチに、近右衛門は首を振った。「その程度の者ならば、ただの恨みのみに身を任せて襲い掛かる愚者ならば、子供達の成長を促す事など出来ん」「どういう意味ですか……?」「彼女の目的はのう――――火種じゃよ」「巫山戯るな!!貴様のそんな恨み言にこのちゃんを巻き込むな!」 両親が大戦で殺され、絶望した彼女の人生について語り終えた千草に刹那は怒鳴り声を上げた。少し同情しかけていたネギと明日菜は刹那の怒鳴り声に固まってしまった。千草は薄く笑い肩を竦めている。「つれないどすなぁ。少しは同情してくれてもええんやない?」 どうでも良さ気な口調で神経を逆撫でする事を千草は言った。「知るかっ! このちゃんを巻き込む理由になどなっていない! 殺すぞ」 夕凪に気を纏わせる刹那に、千草は余裕を見せ続けた。「ええで、別に?」「なに?」 夕凪の柄に手を掛けかけていた刹那は怪訝な顔をして止まった。「どういうつもりよ、アンタ?」 明日菜も戸惑いを隠せずにいた。「ウチがどうしてこんなベラベラ話してたか分からへん? もうウチの目的は7割以上成功してるんやで?」「どういう……事ですか?」 ネギは慎重に問い掛けた。「ウチは別に極東最強の魔力を持ったお嬢様を奪うのが目的とちゃうんや。まあ、持って帰って、薬に漬け込むなり? 拷問するなりしてウチの言う事何でも頷く良い子ちゃんに仕上げるんはおまけなんよ」 木乃香は眼を見開き、ネギ達は絶句して声が出なかった。今コイツはナニを言った? 三人と一匹は次の瞬間に殺意が爆発した。目的のついでに木乃香を拷問すると言う千草にネギ達はキレかけていた。それを抑えたのは、捕まっている木乃香の存在だった。「おまけ……なら、お前の本当の目的はなんだ?」 殺意を押し殺しながら、刹那は問い掛けた。千草はよくぞ聞いたと口元に笑みを浮べた。「火種が欲しいんよ。戦の火種がなぁ」「火種……?」 ネギは困惑した。「せや。ウチは大事なもん、皆亡くしてもうた。それがどうしてか分かるかいな? 西洋魔法使いと関西呪術協会の長が手を結んで一緒に歩もうとしたからや! 分かるかいな? 住み分けするべきやったんよ。このムンドゥス・ウェトゥスに昔から居た魔術師とムンドゥス・マギクスに住む魔法使いは一緒に居るべきやなかったんや! 一緒に居たから、巻き込まれて、何人死んだ? ムンドゥス・マギクスなんて関係無かった筈の人間が! ウチラ魔術師や陰陽師、神鳴流だけやないで? 一般人も裏で大量に巻き込まれて死んだんや!」 千草は徐々に声に熱を帯びて叫ぶ様に言った。「ウチだって、それでも長い時間掛けて西洋魔法使いへの恨みを無くしていったんやで? 関西呪術協会はココと確執の壁を作って、お互いに干渉を極力せんように務めてた。それやのにまた! 長は、ココと……、西洋魔法使いと手を組もうとしなはってる! あの時と一緒なんよ! それぞれの領分を護らな……。また、あの時の悲劇が繰り返されてまうんや!」「だから……、戦争を起すって言うんですか?」 ネギは頭が痛くなった。目の前の千草の気持ちは判らない訳じゃない。だが、その為に更に悲劇を作り出してどうする気なんだ……と。「いいや、違うぜ姉貴。別に実際に戦争が起きる必要は無い。コイツの目的は関西呪術協会と麻帆良が手を組むのを阻止出来ればいいんだ。その為には“戦争が起こりそうになった”それだけでいいんだ」 だが、とカモは怪訝な顔で千草を睨んだ。「解せねえ。例えこの場で木乃香の姉さんを殺そうが、拷問しようが。ぶっちゃけ、木乃香の姉さんはソッチの人間だろ? なんせ、ソッチの長の娘なんだ。むしろ手前えの立場が悪くなるだけでソッチの奴等が俺達がここで手を引いても救出してくれる可能性だってある。どう転んでも、戦争なんざ起こり掛ける事すらねえ筈だ……」 カモの言葉に、ネギ達は困惑した様に千草を見た。カモの言葉に間違いは無い。最悪な事態が起きても千草の目的はどうあっても達成されない筈だ。だが、千草は余裕の笑みを浮べたままカモに感心した表情を向けた。「聡いオコジョやな。まあ、お嬢様を拷問する気なんか最初からあらへん」「へ?」 間抜けな声を発したのは明日菜だった。拘束されている木乃香も明日菜と同じ様な表情をしている。「どういう事だ?」 刹那が問い掛けると、千草は唇の端を吊り上げた。「言いましたやろ? 作戦は既にほぼ成功している……と。後は、二つに一つなんどす」「二つに……一つ?」 ネギが杖を握り締めながら聞くと、千草は言った。「ネギ・スプリングフィールドか木乃香お嬢様の命。どちらかを選んで貰いますえ」「!?」「――――え?」「何……?」「アンタ……、何言ってるわけ?」「何だと!?」 木乃香、ネギ、刹那、明日菜、カモはそれぞれ反応した。「簡単な理屈やねん。ここに居る人間で死ぬ価値があるんはウチとそっちの西洋魔法使いのお嬢ちゃんだけなんや。せやけど、ウチが自殺しただけじゃアカンねん。その為に態々あんさんらの戦力を分析したんやからなあ」「はぁ? あんた何言って……」「いや、段々読めてきたッスよ。コイツの考えが……」 明日菜が怪訝な顔をして問い返すと、カモが口を挟んだ。「どういう事ですか?」 刹那が聞いた。「まず、明日菜の姉さんが死んだ場合。表向きには一般人が巻き込まれて勝手に死んだって事になって大事には至らない」「なっ!?」 明日菜はカモのあまりの暴言に言葉を失ったが、カモは無視して話を続けた。「刹那の姉さんに至っては、呪術協会の人間が呪術協会の人間を殺したって何にもならねえ。だが、ここで姉貴の存在が状況を左右するんス」「私の存在が……?」「ああ、姉貴は西洋魔法使いであり、サウザンドマスターと同じ姓だ。つまり、姉貴が死ねばどうあっても関西呪術協会は西洋魔法使いから非難される。最悪戦争になる可能性が極めて高い。それは、あの女の思惑通りな訳だ。そして、この“西洋魔法使いと敵対している状況で、尚且つコッチの戦力がバレてる”事で、もう一つの道がある」「もう一つの……道?」 カモの言葉に、ネギは絶句し、明日菜は問い返した。「即ち、俺達の攻撃手段で可能な“死”で木乃香の姉さんごと自分を殺す事。そうすりゃ、“西洋魔法使いは関西呪術協会の人間を、長の娘ごと殺害した”という事にされかねない」「そんな馬鹿な!?」 明日菜は思わず叫んだが、刹那は歯を噛み締めながら肯定した。「そうなるでしょうね。最悪なのは、此方の攻撃手段がバレているという事。特に、ネギさんの魔法と同じ属性の魔法で死を演出されたら、確実に西洋魔法使いに不満を持つ者達が決起するでしょう」「正解や。感電死、圧殺死、凍死、斬首他にもあるけど、雷の属性の符を持ってきとって正解やったわ」 そう言うと、千草は懐から一枚の術符を取り出した。「ク――ッ!」 ネギ達は動けなかった。一歩でも動けば、即座に千草は木乃香を巻き込んで自殺してしまうだろうから。「それじゃあ、選んで貰いましょうか? ネギ・スプリングフィールドが死ぬか、木乃香お嬢様が死ぬか。ああ、安心してええで。ネギ・スプリングフィールドが死んだらもうウチの目的は終了や。お嬢様は開放したる」「信用すると思うか?」 射殺さんとばかりに睨みつける刹那に対し、千草は肩を竦めるだけだった。「別に信用せんでもええよ? せやけど、直ぐに決めてくれへんと……お嬢様は死ぬ事になんで?」「貴様っ!」 刹那が吼えるが、自体は好転する筈も無く。木乃香は何とか抜け出そうと体を捩ったが全く無駄だった。せめて口だけでもと猿轡になっている蔦を噛み切ろうとするが、幾ら歯を立ててもまるで効果が無かった。 明日菜はネギを守る様にネギの前に立ってハマノツルギを構えた。木乃香も大事だが、ネギも大事なのだ。どちらかを選べばどちらかが死ぬ。そんな巫山戯た事、許せる訳が無かった。 ただ、力が無いのが口惜しい。明日菜は唇を噛み切り、薄っすらと血を流しながら怒りに我を忘れそうになるのを必死に耐えた。「本当に、私が死ねば木乃香さんは助けてくれるんですか?」 その言葉に刹那と明日菜、カモ、そして拘束されている木乃香はギョッとした。目の前の女性には同情もするが、全く関係の無いネギに死ねとはどういう事か? 木乃香は怒りを感じながらも動けない自分の体が恨めしかった。 ウチさえ捕まっていなければ……。木乃香は魔法なんて物を信じている訳では無かった。だが、目の前で異能をこれでもかと見せ付けられ、それでも頑として否定するほど頭の固い人間ではなかった。それ故に、話の内容も理解出来てしまった。必死にネギを静止する様叫ぼうとするが、蔦のせいで空気が漏れる音しか出せない。「ほう、お嬢様はいいお友達をお持ちになりましたなあ。自分から命を捧げようとするとは」 口元には笑みを浮べているが、その瞳にはどこか苛立ちが篭められていた。「なっ!?」「アンタ……、何言ってるわけ?」 カモは目を見開くとやがて諦めた様に顔を伏せた。明日菜は恐ろしい声色で凄まじい怒気を孕んだ視線をネギに向けたが、ネギはそれを受けて尚も一歩前に出た。「私は……お父さんの様になりたい」「ネギ……?」 突然のネギの言葉に明日菜は怪訝な顔をした。「お父さんは人質を取られて無抵抗に嬲られても泣き言は言わなかった。例え、自分が殺されても信念だけは守り抜く。私も、大事な人を護りたい。木乃香さんとはあってまだ数日です。でも、それでも……死なせたくない人なんです!!」 エヴァンジェリンが見せてくれたナギの過去を思い出しながら、ネギは更に前に進んだ。明日菜は頭が割れそうに痛んだ。こんな状況にした千草が許せない。人の為に自分の命を投げ出そうとするネギが許せない。 それ以上に、無力な自分が許せなかった。『……んで』「え?」 唐突に、何かが聞こえた気がした。瞬間、ハッとなりネギに顔を向けると、ネギの前に刹那が立ちはだかっていた。「なるほど、あんさんはお嬢様ではなくソッチの小娘を選ぶんやね?」 蔑む様に、千草は鼻を鳴らして言った。「違う……。私は誰と比べてもお嬢様以上の存在は居ない……。だが! ネギさんは私の友達だ! そして、お嬢様の為に命を諦めると言ってくれた」 刹那はそう叫んで右手に持っていた夕凪を放り投げた。「――――ッ!?」 千草は思わず目を丸くすると、刹那はネギの前で両手を広げて立ちはだかった。「だからこそ、この命はネギさんと共にあろう! ネギさんを殺す前に私を殺せ! 我が魂は例えあの世に行こうと我が主であるこのちゃんを救おうと命を懸けてくれたネギさんに忠義を尽くす! それだけが私に出来る唯一の恩返しだ」 刹那はそう叫ぶと千草を睨みつけたまま微動すらしなくなった。「待ってください! そんな事望んでません! 恩なんか売った覚えは無いです! 私は私の我侭を通してるだけです! どいて下さい刹那さん!!」 ネギは目を見開いて叫ぶが、刹那は無理矢理刹那を押しのけて前に進もうとするネギを抱き止めた。「貴女のソレが我侭だというなら、私のコレはただの自己満足です。貴女一人に死を押し付ける事など出来る筈もありません」「でも!」 ネギが叫ぶと、その眼は更に見開かれた。刹那も、気づいて目を見開いた。明日菜が、ネギを護ろうとしている刹那をも護らんと前に立ち塞がっているのだ。武装を解除した状態で。「二人が死ぬなら私も死んでやる!」「明日菜さん!?」「何を考えてるんですか!? どいて下さい!!」 ネギは絶句し、刹那は明日菜を押し退け様とするが、明日菜は頑として動かなかった。「友達を助ける事も出来ずに目の前で死ぬのを見てるなんて冗談じゃないわよ! 何にも出来ずに友達を死なせる様なら、こんな私の命なんていらない!」 その叫びと同時に、突然千草のすぐ横で拘束されている木乃香から光が溢れ出した。『やめて』 木乃香は心が壊れそうだった。『やめて』 目の前で自分の為に死ぬというネギ。『やめて!』 自分のせいで大事な友達が死のうとしている。『嫌や……やめて……嫌や……嫌や……嫌や嫌や嫌や嫌や嫌や嫌や!!』「友達を助ける事も出来ずに目の前で死ぬのを見てるなんて冗談じゃないわよ! 何にも出来ずに友達を死なせる様なら、こんな私の命なんていらない!」 その声が心の底まで響いた。何かが切れる音がした気がする。気が付くと、木乃香は躯から光を放っていた。「なんや!?」 千草は思わず飛び退くと、拘束していた筈の木乃香が十字架も拘束していた蔦も全て弾き飛ばして球状の光を身に纏っていた。「なんなんやこの途轍もない魔力は!? まさか、ただの純粋な魔力を放出しただけで解いた言うんか? ウチの最高レベルの拘束術を」 千草は呆然とした様に呟いていると、木乃香は大きく息を吸った。そして「このアホタレ~~~~ッ!!」と叫んだ。 あらん限りの思いを篭めて。突然の事に驚き硬直していたネギ、明日菜、刹那の三人は思わず身を竦めた。カモは無言のままネギの肩に乗っていた。 打つ手無しでさすがに状況を打開する策が無く、ギリギリまで知恵を絞っていたが、木乃香の叫びに安堵の表情を浮べた。木乃香は思いの丈を吐き出す様に喋り続けた。「ウチが死んででも助けて欲しいだなんて思うと思ったん!? 三人に死なれて、ウチだけ助かって喜ぶとでも思ったん!? せっちゃんや明日菜やネギちゃんに死なれたら、ウチは……」 そのまま、木乃香は泣き崩れてしまった。刹那は泣きそうな笑みを浮べながら木乃香を抱きしめた。「ごめんね、このちゃん……。怖い思いさせて」「ちゃう、ちゃうんや。ウチは……」「そんな馬鹿な。お嬢様は術者としての教育なんて受けてない筈。ならどうして!?」 千草は顔を青褪めさせながら後退していた。木乃香を人質にしているというアドバンテージが無くなった今、ネギ達を相手にするのは分が悪過ぎた。「逃がすと思ってんの?」 米神に青筋を立てている明日菜はハマノツルギを殊更輝かせながら千草に向けた。「貴女の過去には同情しましょう。ですが、“そんな事”にこのちゃんとネギさんを巻き込んだ罪、贖ってもらいます」 刹那も夕凪を拾い上げ、殺意を漲らせた鋭い眼差しを千草に向けている。既に状況は逆転していた。それでも尚、千草の顔に戦意は喪失していなかった。「フッ、なら実力行使するまでや!」 そう叫ぶと同時に、懐に手を伸ばした。「ウチの修めた呪術の力、受けてみい!」 千草は懐から二枚の符を取り出して投げた。光を放つと、ソレは成人男性の1.5倍程の大きさの巨大な魔獣に変身した。「ゴーレム!?」 ネギは見た事の無い術式に眼を見開いたが、カモが首を振った。「違うな。カバラの術式であるゴーレムは土人形で、体のどこかに“真理(emeth)”が刻まれてる筈だ。ありゃ前に“金髪”に聞いた事がある。陰陽道に於ける式神だ」「正解や。ウチの前鬼と後鬼は一筋縄じゃいかへんで! 陰陽権博士の力、見せたるわ!」 千草が手をネギ達に向けると、二体の魔獣は凄まじい速度で四人と一匹に襲い掛かった。「遅い!」「しゃらくさい!」 だが、刹那の夕凪と明日菜のハマノツルギのたったの一撃でアッサリと切り裂かれて光の粒子となってしまった。「覚悟しろ」 刹那はそう言うと駆け出そうとして、千草は笑みを浮べた。瞬間、刹那の体がガクンと倒れ伏した。「ほんまにマジックキャンセラーらしいどすな。ウチの呪術を受け付けてへんらしいわ」 忌々しげな千草の言葉に、明日菜はギョッとした。「アンタ、刹那さんに何したの!?」 明日菜が怒鳴ると、千草はニヤリと笑みを浮べた。「アニミズム。有霊観や精霊崇拝とも言うんやけどな。クロマニヨン人が最古の魔法であるネアンデルタール人の“狩猟成就の儀式”から発展させた“物神崇拝(フェティシズム)”が数万年を経て更なる発展を遂げた術式や。ウチの式神が破壊された瞬間、人間に宿る霊的存在を追い出す様組んだ術式を編みこんでおいたんやけど、白子の小娘にしか効果はあらへんかったようやな」「刹那さん!」「せっちゃん!」 ネギと木乃香が刹那に近寄ると、刹那は全身から熱を発して苦しげに呻いていた。「せっちゃん!」 木乃香が刹那に呼びかけるが、刹那は苦しげに呻くだけだった。「このおおお!!」 明日菜はハマノツルギを構えて千草に向かって駆け出した。一瞬で距離を詰める。「臨める兵、闘う者、皆 陣烈れて、前に在り!!」 九字と呼ばれる呪文に合わせて凄まじい速さで千草は両手で印を結ぶ。すると、明日菜のハマノツルギを一瞬だけナニカが阻んだが「九字も一撃かいな!?」顔に恐怖を貼り付けながら千草は叫んだ。「未だや! 魂兮帰来入修門些、工祝招君背行先些、秦箒斉僂鄭錦絡些、招具該備永嘯呼些、魂兮帰来反故居些!!」「なに!?」 突然の千草の訳の分からない言葉にギョッとした明日菜は一瞬動きを止めてしまった。それを好機と見た千草は術を発動した。「ウチはイタコの術は使えへん。せやけど、中国魔術の中で近似した術式があるのをしって勉強したんや! そして、コレがウチの切り札や。どうせ、ウチは死ぬつもりやった。あんさんらも道連れにさせてもらうで!」 そう叫んだ瞬間、千草の体が白い光に包まれた。 明日菜が千草と戦っている頃、ネギは刹那に苦手な回復魔法を必死にかけていた。だが、効果は全く無かった。「どうしよう……、このままじゃ」 ネギは必死に魔力を刹那に送っているが、刹那の顔色は悪くなる一方だった。どれだけ頑張っても、ネギは回復魔法は不得意で効果は上がらない。泣き出しそうになるのを堪えながら必死になるが、明日菜の方にも魔力を持っていかれ続け、段々疲れがピークに近づいてきていた。「止む終えねえ。姉貴、刹那の姉さんと仮契約しやしょう」「え?」 カモは苦しむ刹那を見て、溜息を吐くと普通のチョークで魔法陣を描き始めた。「仮契約で刹那の姉さんの生命力を底上げするんス。木乃香の姉さんをマスターにしてもいいんスけど、魔力供給は純粋な魔法使いである姉貴がやった方が効果がある」「でも……」 ネギは躊躇した。仮契約といえばキスしなければならない。眠っている女性に許可も無くそんな真似をするのは躊躇いが生じた。「姉貴、このままじゃ拙いんスよ。体力が奪われ続けている。敵も未だ倒してない状況じゃここから連れ出すことも難しい」 カモの言っている事はネギにも分かっていた。だからといって、そう簡単にキスなど出来る筈も無い。だが、眼に見えて刹那の顔色は悪くなっていく。迷っている時間はもう無かった。木乃香は何がどうなっているのか分からずに首を傾げながらも刹那の手を握り締めている。「描き終りやした。姉貴、木乃香の姉さん。刹那の姉さんをこの魔法陣の上に」 カモは描き終った魔法陣の上に刹那を移動する様指示を出した。「せっちゃん、助かるん?」 木乃香が不安そうに聞くと、カモは頷いた。「少なくとも、体力は回復する筈ッス。後は、天ヶ崎千草さえ倒せば全て上手くいく筈ッス」 カモの言葉を聞いて、木乃香はネギの両手を握った。「ネギちゃん、お願い。せっちゃんを……せっちゃんを助けて!」「木乃香さん。分かりました……。ごめんなさい、刹那さん」 木乃香の真摯な気持ちを受けて、唇を噛み締めて、ネギは謝った。光を放ち始めた魔法陣の上に横たわる刹那に顔を向け、ネギはゆっくりと刹那の顔に顔を近づけていった。 木乃香は驚いたが、声を出さずに見守り続けた。刹那の唇にネギの唇が軽く触れた瞬間、ネギと刹那の間に対面する様に二つの魔法陣が出現した。「仮契約成功――、パートナー桜咲刹那。我に示せ、秘められし力を……契約発動!」 ネギは自分の手前に出現した魔法陣に手を入れて、そのまま刹那の前に出現した魔法陣の中に手を差し込んだ。瞬間、光がネギの手に集まり、一枚のカードへと変化した。そのまま、カードは光に変り、刹那の体を包み込んだ。 刹那の体を覆った光はやがて刹那の体の中に溶け込むように消え、刹那の服が変化していた。真っ白な肩の部分が露出している胴着に明るい蒼色の袴、両手には黒い布の籠手が装着され、靴も真っ赤な紐の草履に変っていた。傍には夕凪に似た唾の無い柄に紅い紐が付いている長刀が出現した。紐のすぐ下の部分には不可思議な文字が薄っすらと刻印されている。「あっ! せっちゃんの呼吸が!」「安定してきた……」 刹那の苦悶の表情が和らいだ気がした。徐々に肌も血色がよくなり始めている。「良かった……」 ネギは心底安堵した様に息を吐いた。「後は、天ヶ崎千草を倒すだけだな」 カモも安堵の笑みを浮べながら言った瞬間だった。「キャアアアアアアアア!!」 ネギ達の直ぐ目の前の地面にナニカが激突し、そこには頭から血を流して倒れ伏す明日菜の姿があった。「明日菜さん!?」 ネギは慌てて立ち上がると明日菜に駆け寄った。「ごめん……アイツ、強すぎ」 息絶え絶えに右手を上げたその指の先をネギは見た。そこには、眼を真っ黒に染め上げ、右手にハマノツルギを握る天ヶ崎千草の姿があった。「なっ!?」 ネギは目を見開き絶句した。千草はあまりにも禍々しい力を放っているのだ。「魔力じゃない……?」 ネギが杖を向けた瞬間、千草は凄惨な笑みを浮べてハマノツルギを振るった。「――――ッ!?」 何も起こらなかった。「今のは……?」 ネギが怪訝な顔をしていると、背後から刹那が起き上がって隣に立った。「恐らく、気を明日菜さんの剣に纏わせようとしたのでしょう。けど、明日菜さんの剣には魔力も気も纏わせる事が出来ずに不発に終わった……」「刹那さん!? 駄目ですよ、起き上がっちゃ」 ネギは慌てて言うと、刹那はネギを突き飛ばした。「え?」 困惑したネギの目の前に、突如千草の姿が現れ、ハマノツルギをネギの居た場所に振り落としていた。「まさか、神鳴流まで修めていたと言うのか!?」 刹那は驚愕に眼を見開きながら夕凪を千草の脇腹に向けて振るった。甲高い金属音が鳴り響き、刹那の斬撃は千草の持つハマノツルギによって防がれていた。「チッ!」 舌打ちしながら千草から距離を取ると、千草は懐から術符を取り出した。狙いは、呆然としている木乃香に向けられていた。「貴様っ!」 刹那は夕凪に気を通そうとしたが、ナニカに邪魔されて気を練り上げる事が出来なかった。「しまった、ネギさんの魔力で気が!」 相反する二つの力は同時には使えない。仮契約状態の刹那の体にはネギの強大な魔力が巡り、刹那が気を練るのを阻害していた。だが、仮契約を解けばその瞬間に再び刹那は戦闘不能になってしまう。刹那はそのまま千草が放った符と木乃香の間に自分の体を割り込ませた。「ぐわっ!」「せっちゃん!?」「石化!?」 ネギは目を見開いた。刹那の体は徐々に背中から石化し始めたのだ。ネギは千草に杖を向けた。「早く助けないと拙い、ラス・テル マ・スキル マギステル! 光の精霊53柱、集い来たりて敵を射て! サギタ・マギカ、連弾・光の53矢!!」 一刻も早く千草を倒さねばならない。ネギは杖から53本の光の矢を放ち、一気に勝負に出た。だが、千草は笑みを浮べるとハマノツルギで全ての矢を消し去ってしまった。「そんな!?」「なんなんだアイツ!?」 カモは術と剣を巧みに操る千草に驚きを隠せなかった。「ぐ……、恐らくあれはシャーマニズムの憑依術式……」「せっちゃん!」 刹那は半分以上石化した体で苦しげに口を開いた。「シャーマニズム?」 カモが聞き返すと、刹那は頷いた。「アニミズムに於ける霊的存在が、物に宿るだけではない事を知った事によって生まれた魔法です。祖霊崇拝、憑依型と脱魂型があり、憑依型は、呼び出した霊に肉体を明け渡す事で巨大な力を発揮するという。天ヶ崎千草に纏わり付いている白い湯気の様なオーラは、二つの魂が一つの肉体に無理矢理押し込まれている事で、魂の一部が外に漏れ出してしまっているんです」「正気かよ……。そんな事すりゃ、肉体を取り戻せない可能性だってあるだろうに……」 カモは気味の悪い目つきでネギ達を睨み付ける千草に怖気が走るのを感じた。「とにかく、奴を倒さないと……アグッ!」 石化している体で無理矢理立とうとした刹那は全身に途轍もない痛みを感じた。「せっちゃん!!」「ぐはっ!」 苦悶の表情を浮べる刹那に声をかけた木乃香のすぐ隣にネギの小さな体が吹き飛ばされてきた。所々から血を流している。「三人は逃げてください……」 刹那は突然そう言い出した。「え?」 木乃香は困惑した声を上げた。「そんな事出来るわけないでしょ!?」 全身が痛みながらも、明日菜は何とか立ち上がって怒鳴った。「そうです! あの人は強すぎます。石化し掛けている刹那さんを置いてくなんて、出来るわけ無いじゃないですか!」 ネギの言葉に、刹那は優しい笑みを浮べた。「私は、お嬢様の事をお守りできて……役目を果たせて満足です。貴女方はまだ走れる。私は無理なんです。それでも、何とか足止めをして見せます。貴女達は誰か魔法先生を呼んで来て下さい」 そう言い放つと、刹那は無理矢理立ち上がった。瞬間、刹那は背中が石になっているにも関らず、暖かいナニカを感じた。「ウチ……昔から……」「このちゃん……?」「昔から護られてばかりや」「木乃香……?」 刹那を抱き締めながら話し出した木乃香に、明日菜は困惑した。千草は何故か動かず、突然、口から血の塊を吐き出した。「!?」 刹那は目を見開くと、カモはやはりと目を細めた。体の崩壊が始まっていたのだ。二つの魂を一つの肉体に押し込む。専門の術師でも無いのにそんな真似をすればそうなるのが必然だった。苦悶の表情を浮べる千草を刹那を抱き締めた状態で見ながら木乃香は言葉を続けた。「せっちゃん、ウチな、ほっといてって言ったやろ? ウチの事でせっちゃんが傷つくとこを見るの嫌やったんや。知ってたんや、ウチが危険な目に合うといつもせっちゃんが怒られてた事……。ウチがいつだって悪いのに。ウチな、もうそんなせっちゃん見たくないんや。家柄とか役目とかそんなんもう沢山なんや」 そう言うと、木乃香は刹那から離れてネギの前に歩み寄った。「アスナやせっちゃんの変身。ネギちゃんの力なんやろ?」「はい……」「ウチにも……お願い。ウチも力が欲しい。大切な人を護れる力が!」「でも、木乃香さん……」「だって!」 躊躇うネギの言葉を遮って、木乃香は叫んだ。「護られてるばっかりじゃイヤやわ! ウチも護りたい!」 木乃香の叫びに、ネギは目を見開いた。「…………わかりました。お願い、カモ君!」 ネギには木乃香の気持ちを否定する事なんて出来なかった。同じなのだ。誰かを護りたいと思って力をつけた自分と。 刹那は自分を似た者同士だと言った。それは、木乃香も同じだったのだ。カモは何も言わずに魔法陣を描いた。魔法陣の上に立ち、木乃香はネギに笑みを向けた。「ありがとう、ネギちゃん」「木乃香さん……」 ネギが何かを言う前に、木乃香の方からネギの唇を塞いだ。柔らかい唇の感触に、ネギと木乃香は二人揃って顔を赤くし、目の前に魔法陣が出現した。「いきます、木乃香さん!」「うん!」「仮契約成功――、パートナー近衛木乃香。我に示せ、秘められし力を……契約発動!」 瞬間、木乃香の体を光が覆い、真っ白な狩衣と呼ばれる着物の一種が木乃香の体を包み込んだ。両手には、真っ白の光を放つシンプルな対の扇が出現した。 右手に持つ木製で絹糸で束ねられている方が“東風の檜扇(コチノヒオウギ)”であり、左手に持つ紙製の扇面と扇骨を組んでいる方が“南風の末広(ハエノスエヒロ)”と呼ばれ、その双方に不思議な文字が刻まれていた。 鈴の音の様な音が響き渡り、木乃香が扇を振るうと、刹那の体は凄まじい発熱を起しながら石化が解除されていった。「凄げえ、回復系のアーティファクトか!」 カモはその様子に目を見張った。木乃香が更に扇を振るうと、今度は刹那、ネギ、明日菜の体の傷や疲れが吹き飛んでしまった。「これが……、木乃香さんの力」「あったかい……」「お嬢様の温かい気持ち……、力を感じる……」 全身に力が漲り、刹那は両目から涙を流した。「我が命、例え失おうとも、どんな敵であろうと貴女をお守りします!」 刹那は仮契約を解除し、全身の気を集中させた。「神鳴流奥義・百花繚乱!」 まるで、桜の花びらが舞い散る様に、無数の光の斬撃が苦悶の表情を浮べる千草に降り注いだ。「ぐああああああああああああっ!!」 壮絶な叫びを上げながら、千草の中に居た霊魂は抜け出し、千草の体は地面に倒れ伏した。戦いは――――終結した。「どうやら、終わったようじゃな」 近右衛門は唐突に呟いた。「――――ッ!」 タカミチは近右衛門を見た。近右衛門は頷いて笑みを浮べた。「ネギ君達の勝利じゃ。また、一つ成長したようじゃわい」 自身の孫ですら危険な道を歩ませようとする近右衛門に、タカミチは不信感を持ったが、今だけは安堵の表情を浮べていた。「そうですか……」 タカミチは学園長室の窓から、遠くを見つめた。別に、ネギ達が見えるわけでも無いのだが、眼を細め、ネギ達の勝利を胸の内で祝した。 全員がぼろぼろになりながらも、体の傷は全て癒え、涼やかな風が頬を撫でるのを心地良く感じながら、ネギ達は公園の地面に座り込んだ。肉体的には疲れはなかったが、精神的には満身創痍だったのだ。「そういえばさ、刹那さんって天使かなんかなの?」「は?」 唐突な明日菜の言葉に刹那は目を丸くした。「せやせや! ウチが木に捕まっとった時に見えたで! すっごい綺麗な翼がせっちゃんの背中から生えてたで!」 眼を輝かせる明日菜と木乃香に、刹那は目を丸くしながらもクスッと笑みを浮べた。「本当に、貴女の言うとおりのようですね」 ネギに顔を向けながら笑みを浮べると、刹那はシャランと大きな翼を広げて見せた。「私は烏族とのハーフなんです。この翼は本来は黒い翼を持つ烏族の中でも疎まれました……」「うっそ~~! こんなに綺麗なのに~~?」 俯きながら言う刹那の翼に、木乃香と明日菜は抱きついた。「フカフカやわ~~」 悦な笑みを浮べながら刹那の翼に頬ずりをする木乃香を見て、ネギはソワソワしながらチラチラと視線を向けた。はは~んと笑みを浮べると、明日菜はこいこいと手を振ってネギを呼んだ。「刹那さんの翼気持ちいいわよ~」「ア、アア……」 ネギはフラフラと刹那の翼に近寄って手を伸ばした。「フワフワ~~」「ちょ! 三人共離れてください! あっ! そこは……駄目……ひゃん」 じゃれ合う四人の少女を見ながら、カモは苦笑いを浮かべ、千草の下に歩み寄って行った。「起きてるか?」「オコジョ君かいな?」「おう」「ウチ、負けたんやな……」「それがお前さんの望みだろ?」「…………バレとったんか」 千草は大きく溜息を吐いた。チラリと木乃香達に視線を向け、眼を細めた。「自分じゃ自分の狂気を止められなかった。だから、誰かに止めて欲しかったんだろ?」「――――賢いオコジョやな」 溜息を吐きながら、千草はゆったりした動作で起き上がった。「溜息を吐いてばっかだと幸せが脱げるぜ?」「逃げるぜやろ……」「行くのか?」「止めへんの?」「どうせ、逃げられないぞ……」「どうやろな、それじゃあね、オコジョ君」 ニヤリと笑みを浮べると、千草の姿は霞の様に消えてしまった。しばらくして、千草の姿が消えているのに気がついたネギ達が慌ててやってきた。「カモ君、あの人は?」 ネギが聞くと、カモは何処からか煙草を取り出して吸い込みながら火をつけた。ぷはっと煙を吐き出して、カモは夜の空を見上げた。「あの女はもう大丈夫ッスよ」 それだけ言うと、カモは煙草を吸いながら眼を細めた。あのまま近くに千草が居れば、刹那が千草を殺してしまうだろうと思い、カモは逃がした。ネギや明日菜、木乃香が“殺人”を見るのは未だ早い。それに、恐らく彼女は逃げられないだろう。逃がした所で問題は無い。それに、万が一逃げ延びても、彼女はもう敵になる事は無いだろう。カモはそう確信していた。「さあ、帰りやしょう」 未だ納得いかな気なネギと明日菜や、カモを見つめる刹那を無視して、カモは寮へと歩き出した。渋々といった感じに、ネギ達も後に続き、四人は寮へと戻って行くのだった。