<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

赤松健SS投稿掲示板


[広告]


No.8211の一覧
[0] 魔法生徒ネギま!(改訂版)[雪化粧](2019/05/20 01:39)
[132] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第零話『魔法学校の卒業試験』[我武者羅](2010/06/06 23:54)
[133] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第一話『魔法少女? ネギま!』[我武者羅](2010/06/06 23:54)
[134] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第二話『ようこそ、麻帆良学園へ!』[我武者羅](2010/06/06 23:55)
[135] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第三話『2-Aの仲間達』[我武者羅](2010/06/06 23:56)
[136] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第四話『吸血鬼の夜』[我武者羅](2010/06/07 00:00)
[137] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第五話『仮契約(パクティオー)』[我武者羅](2010/06/07 00:01)
[138] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第六話『激突する想い』[我武者羅](2010/06/07 00:02)
[139] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第七話『戦いを経て』[我武者羅](2010/06/07 00:02)
[140] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第八話『闇の福音と千の呪文の男』[我武者羅](2010/07/30 05:49)
[141] 魔法生徒ネギま! [第一章・吸血鬼編] 第九話『雪の夜の惨劇』[我武者羅](2010/07/30 05:50)
[142] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十話『大切な幼馴染』[我武者羅](2010/06/08 12:44)
[143] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十一話『癒しなす姫君』[我武者羅](2010/06/08 23:02)
[144] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十二話『不思議の図書館島』[我武者羅](2010/06/08 20:43)
[145] 魔法生徒ネギま! [第二章・麻帆良事件簿編] 第十三話『麗しの人魚』[我武者羅](2010/06/08 21:58)
[146] 魔法生徒ネギま! [幕間・Ⅰ] 第十四話『とある少女の魔術的苦悩①』[我武者羅](2010/06/09 21:49)
[147] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十五話『西からやって来た少年』[我武者羅](2010/06/09 21:50)
[148] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十六話『暴かれた罪』[我武者羅](2010/06/09 21:51)
[149] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十七話『麻帆良防衛戦線』[我武者羅](2010/06/09 21:51)
[150] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十八話『復讐者』[我武者羅](2010/06/09 21:52)
[151] 魔法生徒ネギま! [第三章・悪魔襲来編] 第十九話『決着』[我武者羅](2010/06/09 21:54)
[152] 魔法生徒ネギま! [第四章・麻帆良の日常編] 第二十話『日常の一コマ』[我武者羅](2010/06/29 15:32)
[153] 魔法生徒ネギま! [第四章・麻帆良の日常編] 第二十一話『寂しがり屋の幽霊少女』[我武者羅](2010/06/29 15:33)
[154] 魔法生徒ネギま! [第四章・麻帆良の日常編] 第二十二話『例えばこんな日常』[我武者羅](2010/06/13 05:07)
[155] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十三話『戦場の再会?』[我武者羅](2010/06/13 05:08)
[156] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十四話『作戦会議』[我武者羅](2010/06/13 05:09)
[157] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十五話『運命の胎動』[我武者羅](2010/06/13 05:10)
[158] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十六話『新たなる絆、覚醒の時』[我武者羅](2010/06/13 05:11)
[159] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十七話『過去との出会い、黄昏の姫御子と紅き翼』[我武者羅](2010/06/13 05:12)
[160] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十八話『アスナの思い、明日菜の思い』[我武者羅](2010/06/21 16:32)
[161] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第二十九話『破魔の斬撃、戦いの終幕』[我武者羅](2010/06/21 16:42)
[162] 魔法生徒ネギま! [第五章・修学旅行編] 第三十話『修学旅行最後の日』[我武者羅](2010/06/21 16:36)
[163] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十一話『修行の始まり』[我武者羅](2010/06/21 16:37)
[164] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十二話『ボーイ・ミーツ・ガール(Ⅰ)』[我武者羅](2010/07/30 05:50)
[165] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十三話『暗闇パニック』[我武者羅](2010/06/21 19:11)
[166] 魔法生徒ネギま! [第六章・麻帆良の日常編・partⅡ] 第三十四話『ゴールデンウィーク』[我武者羅](2010/07/30 15:43)
[167] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十五話『ボーイ・ミーツ・ガール(Ⅱ)』[我武者羅](2010/06/24 08:14)
[168] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十六話『ライバル? 友達? 親友!』[我武者羅](2010/06/24 08:15)
[169] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十七話『愛しい弟、進化の兆し』[我武者羅](2010/06/24 08:16)
[170] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十八話『絆の力』[我武者羅](2010/07/10 04:26)
[171] 魔法生徒ネギま! [第七章・二人の絆編] 第三十九話『ダンスパーティー』[我武者羅](2010/06/25 05:11)
[172] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十話『真実を告げて』(R-15)[我武者羅](2010/06/27 20:22)
[173] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十一話『天才少女と天才剣士』[我武者羅](2010/06/28 17:27)
[175] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十二話『産まれながらの宿命』[我武者羅](2010/10/22 06:26)
[176] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十三話『終わりの始まり』[我武者羅](2010/10/22 06:27)
[177] 魔法生徒ネギま! [第八章・祭りの始まり編] 第四十四話『アスナとネギ』[我武者羅](2011/08/02 00:09)
[178] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十五話『別れる前に』[我武者羅](2011/08/02 01:18)
[179] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十六話『古本』[我武者羅](2011/08/15 07:49)
[180] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十七話『知恵』[我武者羅](2011/08/30 22:31)
[181] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十八話『造物主の真実』[我武者羅](2011/09/13 01:20)
[182] 魔法生徒ネギま! [第九章・そして祭りは始まる] 第四十九話『目覚め』[我武者羅](2011/09/20 01:32)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[8211] 魔法生徒ネギま! [序章・プロローグ] 第三話『2-Aの仲間達』
Name: 我武者羅◆cb6314d6 ID:87b1fc72 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/06 23:56
魔法生徒ネギま! 第三話『2-Aの仲間達』


 まだ空が暗いというのに、明日菜は外に出たまま戻って来なかった。着替えたらしく、パジャマが明日菜の机の椅子に適当に畳まれている。ひんやりとした肌寒さを感じながら、一端目を覚ましてしまうと眠れない性格のネギは明日菜が心配な事もあり、着替えて居間でオロオロとしていた。
 時折、窓の外を見ては明日菜の姿が確認出来ないか確かめるが、何時まで待っても明日菜が戻って来る事はなかった。やっぱり探しに行こう、そう思い玄関に向かうと、着替えて朝食の準備を始めようとしているらしく、エプロンを身に付けている木乃香が「あ!」と何かを言い忘れていたという様な顔でネギに顔を向けた。
「明日菜なら心配はいらんで。バイトやから」
「バイト、ですか?」
 ネギが首を傾げると、木乃香はキッチンの大型の冷蔵庫から卵とベーコンとキャベツを取り出しながら顔をネギの居る居間に向けて申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんな~、言い忘れてたんや。新聞配達なんよ。『毎朝新聞』の配達をしてんやで」
「どうしてですか?」
 普通の中学二年生がアルバイトをしている。それがネギには違和感があった。基本的に魔法使いには就労年齢が今一ハッキリしていない。例えば、極端に言えば戦争時は若干七歳で殺し殺されの世界に身を投じる例もあるくらいだ。だが、日本に来る時に、一般人の一般常識を勉強したネギは、普通は日本の中学二年生なら、親の愛を受けながら何の不自由も無く、安全に友達と遊んで、勉強で悩んで、素敵な恋をして、時々大人に反発するものだ。
 なのに、明日菜はその歳でもう働いていると木乃香は言う。ネギの困惑した顔を見て、木乃香は少し困った顔をした。
「明日菜自身は気にしてへんのやろうけど、ちょっとプライベートな理由があるんよ。明日菜本人に聞いてみてくれへんかな? うちから言うんはな~」
 ネギは戸惑いがちに頷くと、木乃香の手伝おうとキッチンに入り、木乃香に指示されながらキャベツを木乃香と並んで刻んでいった。明日菜が出て行ったのは4時ごろで、6時ごろになると明日菜が部屋に戻って来た。
「ただいま! う~ん、いい臭い!」
 余程急いで戻ってきたのか明日菜は微かに息を乱しながら机に座った。折り畳み式の机の上には、ベーコンとキャベツのサラダと目玉焼き、それに木乃香が冷蔵庫から取り出したマッシュポテトにトーストが並べられている。
 コップにはオレンジジュースが注がれていて、明日菜は眼をキラキラと輝かせると、う~~ん! と香りを嗅ぐと幸せそうに息を吐いた。
「うにゅ~~、木乃香の料理が私の一日の活力源なのよね~~!」
 心の底から幸せそうに明日菜がお箸を両手の人差し指と中指で挟んでお祈りを捧げるように両手を掲げると「いただっきま~す!!」と言って、凄い勢いで食べ始めた。
 その姿に苦笑しながら、木乃香とネギも座り、ネギはバイトの理由について聞こうかどうか迷ったが、やめる事にした。出会ったばかりの他人の自分が、気安く聞いていい事なのかどうか、判断がつかなかったからだ。
 考え事をしていたネギは木乃香の「いただきます」という言葉に我に返った。ネギも木乃香と明日菜に習って両手を合わせると、これから食べる卵やベーコン、キャベツ、麦やみかんに感謝を篭めて「いただきます」と言ってお箸を持った。
 食器を洗うのを手伝い、支度を終えて外に出るとネギは外の光景に圧倒されてしまった。
 麻帆良学園都市はその広大な敷地の中に多数の学校を抱えている。麻帆良学園本校女子中等学校もその一つに過ぎない。麻帆良学園本校女子中等学校のすぐ傍には麻帆良学園本校男子中等学校や麻帆良学園聖ウルスラ女子高等学校なども犇いているので、朝の登校ラッシュの時間には、都市部の通勤ラッシュにも劣らない激しさがあるのだ。凄まじい数の人の波に、ネギは呆然としていると明日菜に手を引っ張られた。
「ほら、ボサッとしないの! 慣れないと転んで悲惨な目に合うから、私の手を離さないようにね!」
 明日菜は巧みにネギを引っ張りながら人の波をスイスイと進んで行った。その後ろでは、ニコニコしながらスケートで人の波を滑るように走る木乃香がいて、その更に後には木乃香に危険が及ばない様に注意を払う刹那の姿が在ったが、明日菜の脚に追いつく為にネギは必死だったので分からなかった。
 ネギは、基本的に身体能力が高い。魔法による身体強化による補助を受けた状態で鍛えられた筋力は消去される事が無いので、疲れ知らずで動き回り続けるだけで身体能力が上がる魔法使いの特権によるものだった。加えて、身体補助を現在進行形で使用しているので、ネギの現在の身体能力は普通なら中学二年生の少女に劣る筈が無いのであるが、その普通が明日菜には当て嵌まらず、ネギは散々引っ張り回されてヨロヨロになってしまった。
「とうちゃ~っく! って、アレ?」
 明日菜はヨロヨロと壁に手をつきながら肩で息をするネギを見て、あれ~? と人差し指を顎に当てながら小首を傾げた。すると、後からスイスイとスケートを滑らせながら木乃香が明日菜の頭を勢いを殺さずにベシンと叩いた。
「アイタ~~~~!!」
 頭から大きなコブを作り涙眼で木乃香を恨みがましく睨むと、木乃香は怖い笑顔で明日菜に近寄って来た。
「あすな~~?」
 顔をぶつかる程近づけて、木乃香はニコニコと首を傾げた。
「にゃ、にゃんでしょうか、木乃香様?」
 あまりの恐怖に涙目になりながら、明日菜は震えながら後退すると、木乃香もスイーッと滑りながら明日菜を追い詰めて、ついに明日菜の背中は壁に当たってこれ以上逃げられなくなってしまった。
 ヒィィィ! 自分で退路を塞いじゃった~~! 涙目で顔をヒクつかせる明日菜に木乃香は並みの女性に耐性の無い男子ならばそれだけで堕ちてしまいそうな程魅力的で可憐で、それでいて妖艶の笑みを浮べた。明日菜は咄嗟にネギに助けを求めようとしたが、まだ肩で息をしながら刹那に介抱されている。
 って事は、桜咲さんも無理!? 万事休すだった。
「な~、明日菜? 明日菜の体力に合わせたらネギちゃんどれだけ大変か分かってへんの~?」
 のんびりとした口調だが、余計に怖い。
「だ、だって……、私はネギを安全確実に校舎に連れて来ようと~」
「ぎゃ・く・に、危ない目に合わせてた気がするんやけど~?」
「こ、木乃香~、こ、怖いよ~」
 ガタガタと震える明日菜に、木乃香は小さく溜息を吐いた。
「そこまで怯える事ないやん。それよりも、ちゃんとネギちゃんに謝らなあかんで?」
「ん!」と木乃香が明日菜に顔を寄せて言うと、明日菜は「ひゃ~い」と涙声で答えた。
 その時、走って登校してきた和美が手を上げながら挨拶をしてきた。
「おっはよ~~! あれ? 何してんの? 木乃香、あす……っな!」
 和美は気さくに木乃香の背中をポンッと押した。ちなみに、木乃香はローラースケートを履いている。慣れている木乃香はブレーキを使わずに体のバランスを保って停止していた。その背中を押された場合どうなるか?
「~~~~~~~っ!?」
「~~~~~~~っ!?」
 背中を押された木乃香は、咄嗟にブレーキをする間も無く、間近にある明日菜の顔にそのまま向かってしまった。次の瞬間に唇に柔らかいナニカが触れた。それが何の感触なのか、明日菜には一瞬判らずに目を白黒させると、木乃香がゆっくりと気まずそうに滑りながら離れて行った。顔を赤らめてモジモジしている木乃香を見て、明日菜は強烈な殺気を感じて顔を青褪めさせた。
 首をギシギシと錆び付いたネジの様に回すと、顔を赤くして口元を抑えているネギが居た。その隣には――――鬼が居た。
「ちがう……。私、悪くないもん……ッ!」
「言いたい事は……、それだけですか?」
「やっば! 待った、桜咲さん!!」
 本気で抜刀しようとしている刹那に、和美は慌てて宥め様と口を割った。どう考えても自分のせいなのに、下手したら流血騒ぎになってしまうからだ。
 一方で、ファーストキスが木乃香とになってしまい、挙句に殺気を当てられた明日菜は一杯一杯だった。丁度その時に「おや?」と言う、聞きなれた渋い声が聞こえた。
「あ、タカミチ!」
 ネギは目の前の展開についていけずにオドオドしている所に煙草を咥えて颯爽と登場したタカミチに希望を見出した。「どうしたんだい、君達?」と近寄ってくるタカミチに、明日菜は駆け寄ってその腰に抱きついた。
「うえ~~~~ん!! 高畑しぇんしぇ~~~~」
 突然腰に抱きついて泣き出した明日菜に、それでもタカミチは慌てずに優しく微笑むと、その頭を優しく撫でた。
「一体どうしたんだい?」
 明日菜が抱き付いているので煙草を携帯灰皿に押し込みながらタカミチはネギに聞いた。
『さすがッスね。こんな混沌とした状況で全く慌ててないッスね』
『本当だね、さすがタカミチ』
 念話で感嘆の言葉を呟きながら、ネギはなるべく分かりやすく説明した。
 さすがのタカミチも苦笑を漏らしながら明日菜が泣き止むまで頭を撫で続けた。
「おっと、授業の時間がもうすぐだね。もう大丈夫かな、明日菜君?」
 泣き止んだ明日菜の頭をもう一度優しく撫でながら微笑むタカミチに、明日菜は小さく頷いた。
「とにかく、刹那君もあまり大袈裟に騒がないようにね? 今回は誰が悪いという事でも無いようだし」
 刹那はバツが悪そうに頷いた。
「申し訳ありません。つい、取り乱しまして。神楽坂さんも、怖がらせてしまって申し訳ありませんでした。朝倉さんも申し訳ありません」
 申し訳無さそうに頭を下げるのを見て、タカミチは「もう、大丈夫だね」と言うと、授業の準備があるからと立ち去ってしまった。その後姿は、一つの事件を見事に解決した刑事の様だった。
「木乃香、明日菜、本当にごめん!」
 両手を合わせて謝る和美に、木乃香は「ええよ」と気を取り直した木乃香が苦笑しながら許すと、明日菜はポウッとタカミチの去った方向を向きながら右手を頬に添えながら夢見心地な蕩ける様な目で顔を赤らめてドラマチックな溜息を吐いた。
「何て言うか、むしろありがとう」
 タカミチに抱き付かせて貰って、その上頭を優しく撫でて貰えた明日菜はそれだけで天にも昇る気持ちだった。その様子に、木乃香と和美と刹那は苦笑し、ネギもホッと胸を撫で下ろすと「そろそろ時間ですし、行きましょう」と言って、教室に向かった。
「そう言えば、気になってたのですけど……」
 ネギは傍らを歩く刹那の細長い竹刀袋に入った太刀を見ながら首を傾げた。
「刹那さんの持っているのって、本物のサムライソードなんですか?」
「サム……? ああ、日本刀の事ですか。ええまぁ、銘は『夕凪』。本物ですよ?」
 刹那が当然の様に言うと、ネギは冷や汗を流しながら日本に来る前に調べた日本の憲法を思い出した。
「か、かっこいいですね。さすが日本のお侍さんです」
 訳の分からない事を言いながら、ネギは念話でカモに聞いた。
『銃刀法違反って無かったっけ?』
『あるッスけど、ここの長は魔法使いらしいッスからね~。一応、麻帆良は日本政府の上部組織と繋がってるって話を聞いた事あるッス。その気になれば、姉貴を先生として放り込めるってくらい憲法なんざ無視した行動も取れる筈ッスよ?』
『せ、先生は無理だよ~。タカミチみたいに出来る訳ないもん』
 そんな取り留めの無い会話をしていると、ネギ達は教室に到着した。クラスメイトと挨拶を交わしながら席に着くと、直ぐにタカミチがホームルームの為に入って来た。
 ネギはやはり隣の席が空いているのが気になった。ホームルームで今日の確認事項をタカミチが伝え終わると、ネギは廊下でタカミチを呼び止めた。
「どうしたんだい、ネギ君?」
 タカミチは名簿を片手で抱えながら、モデル顔負けのスタイルとダンディーなスーツの着こなしに『やっぱり先生は無理だな~』と先生に何を求めているのか一寸疑問な考えを思い浮かべながら、ネギは口を開いた。
「あの、私の隣の席の人の事なんだけど……」
「エヴァンジェリンの事かい?」
 タカミチは、君を付ける事無く名を口にしたが、ネギはその事に気付かなかった。
「うん、折角隣の席になったんだから、ちゃんと挨拶をしたいなって。それに、折角クラスメイトに成れたんだし、もし辛い事があって不登校になっているなら、相談に乗ってあげたいよ」
 ネギの優しい言葉に、タカミチは目を細めて微笑んだ。
「大丈夫、別にエヴァンジェリンは不登校な訳じゃない。お昼休みにでも屋上に行ってみるといい。ただし、気をつけるんだよ?」
「え?」
 意味深な事を口にしたまま、タカミチは去り際に右手を軽く振った。取り残されたネギは、不思議そうに首を傾げていた。
 教室に戻ると、凄い勢いで明日菜ネギを尋常ではない目付きで睨み付けながらネギの両肩を掴んだ。
「今、高畑先生と何話してたの!?」
「ふえ!?」
 突然の事に驚くと、明日菜は同じ質問を繰り返した。ネギは肩を揺さ振られながらエヴァンジェリンの事を聞いていた事を話した。すると、「な~んだ」と安堵した顔で手を離した明日菜に、ネギは恨みがましい目を向けた。
「も~、何なんですか?」
 涙目で聞いてくるネギに、「うっ……」と明日菜は視線を泳がせた。
「と、とにかく! 高畑先生を好きになっちゃ駄目だからね? ライクはいいけど、ラブは駄目よ?」
 その言葉に、ようやくネギも事態を把握した。
「明日菜さん、やっぱりタカミチの事……」
 少しドキドキしながら言うと、明日菜は顔を真っ赤にして訳の分からない事を口走りながら走り去って行った。その姿に、ネギはクスクスと笑うと、金色の髪を優雅に揺らしながらあやかがククッと微笑みながら歩いてきた。
「災難でしたわね。明日菜さんは高畑先生の事となるといつもああなんですの。あまり気になさらないで下さいね?」
「ええ、でも明日菜さんはよっぽどタカミチが好きみたいですね」
「そう言えば、ネギさんは高畑先生とはお知り合いだったので? えっと、この学園に来る前からという意味で」
 あやかは親しげにタカミチと呼ぶネギに首を傾げた。
「あ、ええ。実は父の知人だったんです。昔、一緒に遊んで貰った事もありまして」
 つい、タカミチをタカミチと呼んでしまった事にネギは溜息を吐いた。
「まぁ、そうでしたの。そう言えば、先程エヴァさんの話を聞いていたとおっしゃいましたよね?」
 あやかは少し不安そうに聞いた。
「ええ、その、折角隣の席になったので、ちゃんと挨拶をしたいなって」
 ネギが気恥ずかしそうに呟くと、あやかは「そうですか……」と少し困った顔をした。
「その、エヴァさんは悪い方では無いと思うのですが……」
 何かを言いあぐねている調子で、あやかはエヴァンジェリンの席を見つめた。
「何かと気難しい方でして、私達もあまりはお話をした事が無いんですのよ」
 あやかの言葉に「え?」とネギは不思議そうにあやかを見た。意外だった。みんなとても優しく魅力的な女性達ばかりで、とても仲が良く見えたのに、そんな彼女達でさえもあまり話をした事が無いと言うのが。
 新田先生が入って来ると、ネギはあやかと分かれて席に戻った。丁度、明日菜も戻って来て、ネギを見ると顔を赤らめて恥しそうに顔を背けた。その様子にクスリと笑いながら、ネギはカモに話しかけた。
『本当は、あやかさんも仲良くなりたいんじゃないかな』
『姉貴、昨日俺っちが話した事、覚えてますかい?』
 ネギの言葉に、昨日と同じ様にポケットに忍ばせたカモが真剣な声で聞いた。
『え、昨日?』
 ネギは転校初日の疲れと、今朝の遣り取りで、昨晩のお風呂でのカモとの話を忘れていたのだ。
『あ、そう言えば……吸血鬼って』
 今でも、あまり信じられなかった。何せ、吸血鬼と言えば魔法使いの中でもあまり人生の中でそうそう巡り合う存在では無い。
『どうしてその吸血鬼が女子中に……?』
『それは――ッ』
 ネギの言葉に、カモは言葉が出なかった。確かに変な話である。伝説クラスの古血の真祖が何でまた女子中に通ってるんだ? と、カモは首を捻った。
『もしかして、こういう事かも』
『?』
『つまり、同姓同名の別人なんじゃないかな。確かに、エヴァンジェリンって名前は珍しいけど、居ない訳じゃないよね?』
『それはそうッスけど……』
『多分そうだよ。だって、吸血鬼が女子中に通ってるなんて普通じゃないもん』
 カモが返答しようとする前に、新田がネギを当てた。
「それじゃあスプリングフィールド君、最初の1行目から……うむ、7行目まで呼んで貰おうかな? 少し長いけど頑張りたまえ」
「は、はい! えっと、『なんだ、こいつ初めてらしいな。よし、ちょいとおどかしてやるか。それでほんとうにおどかしてやった…………あられのような音を立てて床に落ちた』(※注1)」
 日本語ドリルで勉強をしていたネギは、あまりつっかえる事無く読み終える事が出来た。
「うむ、結構。では次は――」

 新田の授業が終わると、ネギは裕奈と少し雑談を交わし、その後の授業も終えると、お昼休みになり、木乃香が作ってくれたお弁当を木乃香や明日菜、和美、あやか、刹那、裕奈と言った、お弁当メンバーで集まって食べると、皆に断って席を立った。
「う~ん、やっぱアタシもついてくよ」
 裕奈がそう言って、ネギの後に席を立った。
「え、裕奈?」
 ネギは驚いた様に目を丸くすると、裕奈はウインクした。
「だって、やっぱしエヴァもクラスメイトだからね~。このまま話さないで卒業ってんじゃ、ちょっと寂しいじゃん」
 裕奈がそう言うと、あやか達も決心した様に頷き合って立ち上がった。
「私たちも行きますわ」
「エヴァちゃんもクラスメイトだしね」
 あやかと明日菜の言葉に、ネギは胸が温まる気持ちだった。
「ほな、皆で行こか~」
 そう言って、席を立った木乃香に、一瞬だけ刹那が何かを言いかけたが、それに誰も気付くこと無く、刹那は警戒した様に目を細めて夕凪を握り締め、席を立った。その様子を、ポケットから顔を出したカモは鋭い眼差しで見つめた。
 やはり、俺っちの考えは間違ってなさそうッスね。カモは胸中でそっと呟くと、万が一には自分を囮にしてでもネギを逃がす算段を考えていた。
 一行が屋上の扉を開いて屋上に出ると、ネギ達の期待は外れた。
「居ないね」
 明日菜はガッカリした様な、ホッとした様な複雑そうな口調で言った。屋上はガランとしていて、所々にある貯水タンクや冷暖房の排気口などの影にも人っ子一人いなかった。
「どうやら、いない様ですね」
 刹那は無表情のままで言ったが、カモは強く夕凪を握り締めていた手の力が解かれるのを目撃した。
 どうやら、セーフだったみたいだな。それでも、カモは油断無く気配を探り続けた。
「う、ちょっと寒いね。エヴァっちもいないみたいだし、一端戻ろっか」
 冷たい風に肌を嬲られて鳥肌が立ち、和美は肩を抱く様にしながら言った。居ない以上は仕方無いので、ネギも渋々従った。

 一行が立ち去ると、一体何処に居たと言うのか、ネギ達がさっきまで居た屋上に一人の少女が立っていた。薄く唇の端を吊り上げて微笑みながら誰にとも無く呟いた。
「あの顔、あの程度の肉体変化の魔法如きで私を騙せるとでも思ったのか? なあ、どうなんだ、タカミチ?」
 すると、同じ様に眼鏡を人差し指で押えながら、ネギ達が調べた筈の貯水タンクに背を預けてエヴァンジェリンを睨むタカミチの姿が在った。
「何の事かな?」
「惚けるなよ。イギリスのメルディアナで学んだ魔法使いの卵をこんな極東の地に連れて来て、お前の庇護下に置く等、幾らスプリングフィールドの姓を持っていたとしても異常だ。まるで、護らなければいけない理由がある様じゃないか?」
「…………」
 黙ったまま、愉悦を含んだ笑みを浮べながら喋るエヴァンジェリンを見つめるタカミチに、エヴァンジェリンは不満気に鼻を鳴らした。
「何だ、反論もしないのか? それとも、認めるのか? 奴がサウザンドマスターの血縁者だと。確か、聞いた話じゃアイツには息子が居たらしいじゃないか。全く、人の呪いも解かずになぁ」
 忌々しげに言うエヴァンジェリンに、タカミチは内ポケットから煙草を取り出して咥えると、少し吸いながら火をつけた。肺の中にニコチンが充満してタカミチの心を落ち着けた。
「息子、何の話かな?」
 最早、誤魔化す気が無い様に適当な口調でタカミチは聞いたが、それでもエヴァンジェリンは楽しげに口を歪めた。
「ククク、まさか本気で知られていないとでも思ってるのか? 何せ、サウザンドマスターの息子だぞ。そんなの、少し調べれば簡単に分かったよ。知り合いに機械に強い奴が居てな。ソイツが偶然にもその情報を調べ上げた時には、私は歓喜に震えたよ。これで、ようやく開放されるのだとな」
 愉快気に笑い声を上げたエヴァンジェリンは、突然ピタリと笑い声を止めた。
「?」
 タカミチは煙草の滓を携帯灰皿に捨てると、エヴァンジェリンに顔を向けた。
「私を殺らんのか?」
「どうしてだい?」
「……私はアイツを殺すぞ?」
 エヴァンジェリンの言葉に、タカミチは目を細めた。
「私が半年前から吸血行為をしているのを知らない訳では無いだろう? 何故、私を自由にさせているんだ?」
 エヴァンジェリンは、憎々しげにタカミチを視線で貫いた。
「『すげえ敵が来る。俺は負けやしねーが、しばらく帰れねーかもしれん。 俺が帰って来るまで麻帆良学園に隠れてろ。あそこなら安全だ、結界があるからな』だっけ、ナギが君に言った言葉」
「――――ッ!」
 エヴァンジェリンは背筋の凍りつくような殺意を篭めた鋭い視線をタカミチに向けた。タカミチは小さく深呼吸してから言った。
「あの時、君はナギと一緒に戦いたかった。だけど、ナギは君を護りたかった。エヴァ、今でもナギを愛してるんだろ?」
 タカミチの首筋から一筋の血が流れた。光の剣がエヴァンジェリンの手から伸びていた。
「殺されたいのか?」
「信じてるんだよ。君やネギ君をね」
 タカミチは携帯灰皿に煙草を捨てて屋上から出て行った。取り残されたエヴァンジェリンは、上空から突如降り立った翠髪の可憐な少女を傍らに傅かせながら、忌々しげに呟いた。
「生意気に育ちおって……」

 放課後になり、ネギは木乃香と明日菜と共に歩いていた。
「それじゃあ、うちは占い研究部に顔を出すさかい、ここでな」
「オッケー。もうすぐ部長決めもあるのよね? ネギ、木乃香ってば、占い研究部の部長候補筆頭なのよ~」
「え、そうなんですか? 凄いです木乃香さん」
 明日菜は我が事の様に自慢気に話すと、ネギは木乃香に尊敬の眼差しを向けると、木乃香は照れ臭そうに人差し指でポリポリと頬を掻くと困ったように笑みを浮べた。
「まだ正式に決まったわけやないんやけどな~。夕方には帰るさかい、ほなな~」
 手を振りながら、スケートを滑らせて離れていく木乃香に、明日菜とネギは手を振り替えしながら木乃香の姿が見えなくなるまでその場で見送った。
 雑談をしながら寮に向かって歩いていると、遠くに『毎朝新聞』と書かれた看板が見えた。
 そう言えば、とネギは今朝の事を思い出した。
「明日菜さんはあそこでバイトをしてるんですか?」
「ん、木乃香に聞いたの?」
「はい。でも、どうしてですか?」
「何が?」
「明日菜さんは未だ中学二年生なのに……」
 ネギが聞こうとしている事が判ったのか、明日菜は目を細めて歩く速度を緩めた。ネギもそれに合わせて脚を緩めると、もしかして聞いちゃいけない事だったのかな? と後悔した。
「あの、すみません」
「え?」
「その、無神経な事を聞いたのかも知れないので……」
 ネギが頭を下げると、明日菜は苦笑した。
「別にそんなんじゃないって」
 片手をブランブランと振って明日菜は「んっ!」と両手を天に掲げて伸びをした。体がミシミシと音を立てるのを聞きながら、明日菜は首をネギに向けて微笑んだ。
「別に、大した理由じゃないのよ。私ね、両親がいないの」
「え……?」
 ネギは耳を疑った。ほんの短い間だけど、ネギは神楽坂明日菜という少女と触れ合って、彼女の明るさを知っていたので、その彼女に両親がいないというのを聞いて驚いたのだ。
「物心つく前だったらしくてね~。何時の間にか高畑先生のお世話になってた」
「タカミチの……?」
「そ、この鈴ね、高畑先生が私にくれたものなの。初等部の時にね」
 そう言って、明日菜は自分の髪を縛っている鈴の付いたリボンを揺らした。チリーンという澄んだ音が響き、ネギは明日菜を見つめた。その表情は、好きな男性の話をするのが照れ臭いのか、少し頬を赤らめているが、ネギには彼女が素晴らしく魅力的に見えた。
 そんな彼女にこれほど好かれているのだから、タカミチは幸運に違いない。そう、ネギは確信した。
「それでね、学園長先生は、学費は払わなくてもいいよって言ってくれたんだけど、それでも頑張って、自分の力で返したいって思ったの。だって――」
 明日菜は片方の鈴付きのリボンを外すと、両手で握り締めた。解けた髪が風に揺られて、ネギはつい明日菜に見惚れてしまった。それほど、その時の明日菜が綺麗だったのだ。
「誰かに頼ってちゃ、好きな人に振り向いてなんて貰えないでしょ?」
 ニッと笑いながら言う明日菜に、ネギは目を見開き、神楽坂明日菜という女性に尊敬の念を抱いた。両親がいなくても、自分の力で立ち上がり、自分の好きな人に振り向いて貰いたいと頑張れる。そんな姿に、ネギは見惚れた。
「私も――」
「ん?」
 明日菜が首を傾げると、ネギは首を振った。
「何でもないです。それより、明日菜さんはこれから何か用事はありますか?」
「ん~、特に無いかな~。っと、そう言えば神多羅木先生にまた宿題出されたんだった……。宿題が間違いだらけだったから」
 項垂れる明日菜に、ネギはクスリと微笑んだ。
「じゃあ、お手伝いしますよ。と言っても、解答の導き方のヒントだけですけどね」
 人差し指を上げながらネギはウインクして言った。明日菜は唇を尖らせると「ケチ~」と言ったが「また木乃香さんに怒られちゃいますよ?」と、ネギに言われて渋々頷いた。

 翌日、トントンという、包丁の音が微かに聞こえてネギは眼を覚ました。空はまだ完全には明るくなっておらず、隣を見ると明日菜も木乃香も居なかった。
 未だ二月で真冬なのだ。布団への誘惑を断ち切るのは至難の業だったが、眠い目を擦りながら、パジャマのボタンを外し、薄い桃色の下着姿になると、その上にワイシャツを着た。滑らかな肌触りのパジャマのズボンを脱ぐと、ヒンヤリした空気に少しだけネギの体は震えた。
「うう……、寒い」
 徐々に慣れてきたとは言え、少女用のパンツを見ると自分のなのに気恥ずかしくなってしまう。かと言って、少年用のパンツを履いていて、何かがあったら拙い。小さく溜息を吐きながら、ネギは制服のミニスカートを履いた。
 相変わらずスースーして、少し落ち着かない感じもするが、真っ白な靴下に脚を通すと、リボンを結んでブレザーを持って居間に向かった。ちなみに、カモは木乃香が昨夜占い研究部の後にケージを持って来てくれて、その中に入れられた。
 涙目で『出して欲しいッス~』と懇願してくるカモから顔を逸らすのは、ネギの良心をいたく傷つけたが、ペットとして扱う上に、木乃香の善意なので、ネギはどうしてやる事も出来なかったが餌はちゃんとネギと同じ物をあげられる様に木乃香に頼みこんだ。
 今朝はケージの中のハムスター用のよりも少し大きめなホイールで運動していた。
『おっ! 姉貴、おはようッス! いや~、早朝の運動は気持ち良いッスね~!』
 昨晩は泣きべそをかいていたカモだったが、一晩過ごして愛着が湧いたらしい。快適なマイホームとして優々と過ごしている。
『っと、そだ! 姉貴、今日は俺っちはちょっと別行動させていただきやすぜ』
 突然のカモの言葉に、『え?』とネギは目を丸くした。いつも一緒に居てくれるカモが別行動をするという事に不安を隠せなかったのだ。そんなネギに、カモは保護欲を掻き立てられたが、心を鬼にした。
『すいやせん。ちょいっと、調査してえ事がありやして』
『調査したい事?』
『へい、ま~大した事じゃないんですがね。それに、俺っちもプライベ~トっちゅうのを過ごしたいってのもあるんスよ。駄目ッスか?』
 ネギとしてはカモと離れるのは嫌だった。ネカネに愛情たっぷりに育てられたネギは、母性には飢えていなかったが、その分カモという、自分よりも精神的に大人なこのオコジョ妖精に父性を感じていたのだ。勿論、ナギとは別種で、ナギの事はどこまでも尊敬し敬っているが。ネギにとっては、カモは頼れるお兄さん的な存在なのだ。
 カモが一人でしたい事があると言うなら、ネギにはそれを止める権利は無かった。
『分かったよ……。でも、ちゃんと帰って来てくれるよね?』
 ネギが不安そうに尋ねると、カモはフッと優しく微笑んだ。
『当たり前ッス。俺っちが帰る場所は、姉貴の居る所なんスから』
 それから、カモのケージに屈み込んでいたネギは立ち上がった。その瞬間に、勢い良くカモは顔を背けたので首を痛くしてしまった。のた打ち回るカモに首を傾げながら、ネギは木乃香を手伝おうとキッチンに向かった。ちなみに、カモはネギが元々男の子だからパンツを見たくなかったのでは無く、可愛くなってしまったネギだからこそ、パンツを見る訳にはいかなかったのだ。
 ハァ……、姉貴もスパッツくらい履いて欲しいッス、とカモは心中で呟きながら疲れた様に溜息を吐いた。
「木乃香さん、おはようございます」
 ネギが挨拶をすると、木乃香はお味噌汁を混ぜていたお玉を上げてネギに顔を向けて微笑んだ。
「おはよ、ネギちゃん。もうすぐ朝ごはんできるからな」
「お手伝い出来る事はありませんか?」
 ネギが言うと、木乃香は首を振った。
「もう終わりやから、ネギちゃんは顔を洗ってきい。髪も整えなあかんで?」
 木乃香はそう言うと、洗面所をお玉で示した。
「分かりました。明日はもっと早く起きて、木乃香さんをお手伝いします!」
 ネギが張り切って言うと、木乃香は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうな~。でも、うちの場合は明日菜のバイトの時間に起きるのに慣れてるんやけど、ネギちゃんはまだ日本に来て日が浅いんや。体調を崩さへん様に注意してや」
「はい」
 木乃香の言葉に応えながら、ネギは洗面所の扉を開いた。すると、中から篭った湯気が溢れてネギの顔に当たった。
「あ、明日菜さん! あ、ご、ごめんなさい!」
 そこには一糸纏わぬあられもない姿で、長い髪を垂らした先から床に向かって雫を垂らす明日菜の裸体があった。慌てて洗面所から出ようとするネギの腕を、明日菜は強引に掴んで中に引き入れた。
「あ、明日菜さん!?」
 驚いたネギは、振り返るとやはりそこには全裸の明日菜の姿があった。顔を真っ赤にしたネギがどうにか明日菜の手から離れようともがくと、
「ちょ、どうしたのよネギ!? って、にょわ~~!」
 その拍子にネギの足が水滴で湿った洗面所の床に滑ってしまい、そのまま明日菜を押し倒す形で倒れてしまった。制服姿のネギに、裸のまま押し倒されて、さすがに明日菜も少し恥しくなって顔を赤らめると、「と、とりあえず起きましょう?」と恐る恐る言った。
「ひゃ、ひゃい!」
 ネギも慌てて立ち上がると、顔を真っ赤にしたまま明日菜から顔を背けながら明日菜に手を伸ばした。明日菜はその手を掴むと立ち上がり、不思議そうに眉を顰めた。
「もう、ネギったらどうしたの? 女同士なのにいきなり飛び出そうとしたり……。まあいいわ。それより、髪の毛ボサボサじゃない。整えて上げるから着替えるの待っててね」
 そう言うと、ネギの後で明日菜は体を拭いて服を着替え始めた。自分の真後ろで起きている光景を想像してしまい、ネギは眩暈がしそうになった。もう何時間も経った様な気がして、頭がクラクラしていると、明日菜が後から声をかけた。
「オッケー! んじゃ、髪の毛整えて上げるから、これに座って」
 そう言うと、壁に立て掛けてあった折り畳み式の椅子を広げて、ネギに指し示した。明日菜の格好はネギと同じ制服になっていたが、リボンは未だ結んでいなかった。
「あの、でも、明日菜さんはバイトがあるんじゃ……」
 ネギが遠慮がちに言うと、明日菜は「平気平気」と笑った。
「ほんの数分で終わるわよ。今日は時間もたっぷりあるから朝風呂にも入れたんだしね」
 そう言うと、椅子に座ったネギの頭を押えながら、明日菜は戸棚から取り出した櫛でネギの髪を整え始めた。
「うっそ、枝毛が一本も無いじゃない! それにやわらか~い! うわ~~、なんか羨ましいわ」
 明日菜はそう言いながら、ネギの髪を整え終わると、ネギの紐で髪の毛をまとめた。
「うん、ちょっとだけ工夫してみよっと。いいわよね?」
「は、はい!」
 ネギは、未だに顔を赤らめながら返事をした。その様子に、明日菜は冷や汗を掻いた。
「あ~、その、前も言ったけど……。私、百合はちょっと。あ~~もう、ストレートでもいい感じがするわね~、そうだ! 三つ編みにして前に垂らしてみよっか~?」
 ほえ? と、ネギが首を傾げるのを見て、慌てて明日菜はネギの髪の三つ編みにしていった。
 そっか……、イギリス人に百合なんて言っても分かんないわよね。少しだけ、自分の貞操に不安を抱いたが、小さく咳払いをすると、明日菜は首を振って馬鹿な考えを振り切った。
 後ろ髪を軽く三つ編みにして紫の紐で縛ると、それでも結構な長さだった。それを右肩側から前に垂らすと、どこぞのお嬢様の様な感じになり、明日菜は自分の仕上げたネギの姿にガッツポーズをしていた。
「いいわ~~! 凄く可愛く出来たわ!」
 そう叫ぶと、鏡に映る自分の姿に呆然としていたネギの腕を取って、明日菜は居間に出た。
「見て見て木乃香! これ良くない? 可愛くない?」
 そう言って、ネギを木乃香に見せると、木乃香は「うわ~」と右手を口に当てて目を輝かせた。
「明日菜、グッジョブや! うわ~可愛え~。なんや、白いワンピースと麦藁帽子が似合いそうやな~」
「でしょでしょ! もう、草原とかお花畑とかに連れて行きたいわ!」
 興奮しながら言う明日菜に、ネギは恐る恐る「あの、そろそろバイトの時間は……?」と聞くと、明日菜は時計を見て慌てて机の上に置いてある味噌汁を飲み干し、トーストを咥えると、鈴付きのリボンで大急ぎで髪をツインテールに結んだ。
 その手際の良さはさすがだな~、とネギは感心した。明日菜の髪型は、見事に何時もと同じ感じにセットされていたのだ。
「いっふぇふぃま~~ふゅ!(いってきま~~す!)」
 明日菜が去っていくと、木乃香はネギを見つめた。
「でも、ほんま可愛ええな~。せや! ちょっと待っててや!」
 そう言うと、木乃香は部屋を出て行ってしまった。ネギは戸惑いながら、ケージの中で呆然としているカモに近寄って膝を曲げて正座をした。
「えっと……、どうかな、カモ君?」
 ネギがカモに自分の三つ編みを触りながら聞くと、カモは「我が生涯はここに完結~~!!」と叫びながら倒れてしまった。その顔には、何故か満足気な笑みを浮べていた。
「カ、カモ君!?」
 慌ててケージから出すと、カモは眠っているだけの様だったので、ネギはホッと胸を撫で下ろした。
 部屋の外から木乃香が和美を連れて入って来た。
「おお! ネギっち、コッチ来てこっち~!」
 入って来るなり、和美はネギに言った。首を傾げながら、カモをケージに戻すと、それから和美によるネギの撮影会が始まった。
 何度も何度もポーズを取らされてヘロヘロになると、逆に清々しい笑顔を浮べる木乃香と和美の二人は、疲れ果てているネギにアーンをさせて、朝食を口に運んだ。ちなみに、撮った写真は個人用と刻印されたメモリーカードに保存された。
「でも、木乃香さんも大変なんじゃないですか? 早起きして明日菜さんの食事まで作るなんて」
「ううん、そんな事あらへんよ~。明日菜は頑張り屋やから、自分でバイトして、学費稼いで……ウチ、そんな明日菜の為にこのぐらいしか出来へんから。まぁ、たま~に寝坊する時もあるけどな」
「木乃香さん……」
 バイトの後、そのまま学校に向かうと明日菜から連絡があったので、木乃香とネギは並んで教室に向かっていた。
「それにしても、どうしたんやろな。なんや、明日菜ってば慌ててたみたいやけど~」
 木乃香は首を傾げながら到着した教室の扉を開くと、教室の中は何故だか騒がしかった。
「どうしたんでしょう?」
 ネギが首を傾げると、入り口のすぐ傍に集まっていたクラスメイトの内の背の小さな双子姉妹、鳴滝史伽と鳴滝風香が同時に叫んだ。
「ドラキュラに襲われた~~~!?」
「ドラキュラに襲われた~~~!?」
 心臓が飛び出るかと思った。あまりの事に自分の耳を疑ってしまった。
 ドラキュラ――――元々は、十五世紀に東欧のワラキア地方を統治していた王、ヴラド・ツェペシュを示す単語だ。ツェペシュは一般的には『串刺し公』と呼ばれ、潔癖にして残忍な性格から、嘘や盗みを働いた国民や自国を侵略してきた敵を容赦無く串刺しにして処刑した事からそう呼ばれたのだ。ヴラドの父親はヴラド龍公(ドラクル)と呼ばれていた。この『ドラクル』と言う単語には、龍ともう一つ、悪魔の意味もある。ドラキュラとは、ドラクルの子を指し、即ちは『悪魔の子』を意味するのだ。
 ネギが戦慄したのは、そのドラキュラの別名だ。カモは、彼女の事を何と呼んだ……?
 ――『俺っちの記憶が正しいなら、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは吸血鬼ッス。それも、真祖と呼ばれる種であり、闇の福音と恐れられている童姿の闇の魔王……』そう言っていた。
 串刺し公の暴虐からヒントを得たブラム・ストーカーは19世紀にある小説を執筆した。その名は『吸血鬼ドラキュラ』。そう、ドラキュラとは吸血鬼の事なのだ。
 顔を青褪めさせているネギの視線の先で、桃色髪を短いツインテールにしているクリクリとした大きな瞳が印象的な新体操部に所属している佐々木まき絵がスッと自分の首を手で指し示した。
「うん、夕べ遅くにジョギングしてたらさ。ほら――」
 そこには、二つの小さな傷跡が斜めに並んでいた。皮膚がくっつき始めているようで、瘡蓋の様になっている。
「ほ~、アンビリーバボーな話でござるな」
 クラス一長身でスタイル抜群の細目の少女、長瀬楓がまき絵の傷跡を見ながら感想を漏らした。
「コイツはマジっぽいね~」
「噛み跡です……」
 触覚の様に髪が跳ねている眼鏡の少女、早乙女ハルナと、おでこの少し広い腰まで伸びる髪を先で結んでいる綾瀬夕映が興味津々な様子でまき絵の傷跡を覗き込んだ。
「ドラキュラ~?」
 木乃香が首を傾げると、史伽と風香が同時に「あ、木乃香とネギちゃん!」と顔を向けた。顔を青褪めながら挨拶するネギに鳴滝姉妹のダブルシニヨンヘアで若干垂れ目の史伽が心配そうにネギを見つめた。
「大丈夫ですか? 何だか顔色が良くないですよ?」
 姉の方のツインテールで若干ツリ目の風香が意地悪そうに笑った。
「分かった~! ネギっちってば、ドラキュラが怖いんだ~!」
 ニヤニヤ笑いながら言う風香に、ネギは困った様な笑顔を返しながら首を傾げた。
「ドラキュラ、ですか……」
「そうでござる。まき絵が夕べ襲われたでござるよ」
 楓の言葉に、「これこれ~」と能天気そうな笑顔でまき絵は傷跡をネギに見せた。今すぐカモと相談をしたかったが、ポケットの中にはカモはいない。唐突に、カモが居ない事に心細さを覚えると、突然の明日菜の大声に心臓が跳ね上がりそうになった。
「違うわ! それはきっと、チュパカブラよ!」
 人差し指を高らかに上げて断言する明日菜に、木乃香は人差し指を顎に当てながら困惑した顔で首を傾げた。
「チュパ……?」
「チュパカブラ――――南米で目撃例のあるUnidentified Mysterious Animal、略してUMA……つまり未確認生物の事です。家畜の血をソレに吸われたと言う報告が相次ぎ、スペイン語で『吸う』という意味の『チュパ』とヤギという意味の『カブラ』を合わせて『ヤギの血を吸う者』という意味で『チュパカブラ』と命名されたです。ちなみに英語表記ですと『ゴートサッカー』。身長は約1メートル~1.8メートル程度。全身が毛に覆われていて、赤い大きな目をしており、牙が生えていて、背中に棘状の物があるそうです。直立する事が可能で、カンガルーのように飛び跳ねて、2~5メートルもの驚異的なジャンプ力を持つと言われているです。ヤギを初めとする家畜や人間を襲い、その血液を吸い、血を吸われたものの首周辺には、2箇所から4箇所の穴が開いているそうなのです。一説には細長い舌で穴を開けて血を吸い出したという物もあるのですが、牙による物とも考えられているのです」
 まるで念仏の様にスラスラと説明する夕映にネギは「ほえ~」と聞入っていると、「つ・ま・り!」と言って、ハルナが自分の大きな自由帳に不気味な絵を描いて見せた。
「こんな感じかな!?」
 自信満々なハルナの描いたチュパカブラは、まるで中年男性の様な手足に水掻きが付いており、両腕は体と同じ緑色で、両足の色は肌色だ。丸みのある、まるで瓢箪の様な緑色の体に仮面の様に真っ白な顔が貼り付けられており、まるで天然痘にでも掛かった様な紅い斑点が所々にある。背中には鰭の様な骨の様な、何だか分からない棘が後頭部から腰の下まであり、死んだ魚の様な赤目の顔の口から伸びる舌の様な物にはもう一つの顔が付いていた。額には花飾りが付いていて、はっきり言えば気持ち悪い事この上ない不気味な生き物だった。
「にゃ~~、気持ち悪い~~!!」
 まき絵はハルナの絵に涙目で首を振った。
「た、確かにコレは怖い……ってかキモイ!」
 明日菜はゲンナリした顔で呟いた。すると、ネギの背後で大きな溜息が聞こえた。
「まったく、くだらないですわ。ドラキュラもチュパカブラも居る分けないじゃありませんの」
 呆れた様に言うあやかに、まき絵は唇を尖らせた。
「だって、本当に居たんだもん!」
「噛まれた痕だってあるでござるからな~」
 楓はまき絵の机に顎を乗せながらあやかを見ながら言った。その後、顔色の悪いままのネギに、クラスメイトの少女達はチラチラと心配気に視線を向けた。
 そもそも、あやかが話を中断させたのはネギの為だった。恐らく、ネギはこの手の話しが苦手なのでは? と思い、顔色の悪いネギにこれ以上話を聞かせない為に、敢えてハッキリと吸血鬼やチュパカブラの存在を否定したのだが、それでも顔色の良くならないネギにあやかを含めたクラスメイト達は心配そうに顔を向けては、先生に注意されたが、ネギはそれに気付く事が出来なかった。
 新田や神多羅木、化学のガンドルフィーニといった、生徒達一人一人を注意深く観察している先生達は、ネギの様子がおかしい事に気が付き、何度か保健室に行く事を薦めたが、ネギは首を振って辞退した。ガンドルフィーニは四時限目だったのだが、授業が終わるとネギの元に歩いて来て、「無理はいけないよ? もし、体調が優れない様なら、ちゃんと保健室に行きなさい。分かったね?」そう、少し強めに言った。
 生徒を思ってるからこその言葉なので、ネギも微笑みながら頷くと、ガンドルフィーニは溜息を吐いていたが、ネギは気付かなかった。小さな娘を持つお父さんであるガンドルフィーニから見れば、ネギが保健室に行く気が全く無いなどお見通しだったのだ。
 仕方無しに、ガンドルフィーニはあやかに何かあったら無理にでも保健室に連れて行くよう伝えた。ボンヤリとしていて、お弁当を食べている間も明日菜達が話しかけても空返事ばかりなので、さすがに明日菜達は本気で心配になってきた。
 すると、木乃香が「せや! 良い事思いついたで!」と手を叩いて、明日菜や和美、あやか達に耳打ちした。
 放課後になって、ネギはカモに念話をしようかと思ったが止めた。カモにだって、プライベートでしたい事もあるかもしれない。夜になれば、どうせカモに会えるのだ。それまでくらい我慢しよう。
 ネギは溜息を吐きながら明日菜の静止も聞かずに出て行ってしまった。溜息を吐くと、明日菜は木乃香達にウインクするとネギを追い掛けた。残った木乃香達は互いにニヤリと目配りをして、準備を始めた。木乃香の良い思いつきの為に――。

 トボトボと一人で歩いていたネギは明日菜に腕を引っ張られ、訳も分からない内にショッピングエリアのゲームセンターに来ていた。
「えっと、明日菜さん?」
 傍らで「フフ~ン!」と胸を張る明日菜にネギは戸惑いながら首を傾げた。
「ここは学園都市内でも特に大きなゲーセンよ! 今日はここで夜まで遊ぶわよ~~!」
「ふ、ふええ~~!?」
 明日菜はそう宣言すると、ネギを引っ張ってゲームセンターに入って行った。
「まずはマジアカやるわよ~!」
「ま、待って下さい明日菜さ~ん!」
 それから、夕方になるまでたっぷりとゲームセンターで遊んだ二人の手には大量のぬいぐるみの入った紙袋がある。ネギが何となく見ていたカモに似てなくも無いオコジョの人形を明日菜がUFOキャッチャーで獲得し、それに気を良くして次々に他のUFOキャッチャーも荒らし尽くしたのだ。
 ネギも始めてのゲームセンターで、幾分気分が晴れた様だった。少なからず笑みが戻った事を確認すると、明日菜はネギと共に寮へと続く帰路についた。寮に到着すると、西日が窓から差し込み、フロアが茜色に染まっている。
 フとネギは遠くで騒がしい声が聞こえた気がした。エレベータに向かおうとすると、明日菜がネギの手を取って「行くのはコッチ」 と言って、エレベーターホールから更に寮の一階の奥へと進んだ。
 ネギは、未だ部屋と玄関の行き来しかした事が無かったので、奥がどうなっているのかを知る機会は無かった。明日菜に引っ張られながら進んで行くと、数回程度角を曲がった先に扉が見えた。
 扉に向かう通路の右側の壁には銀色のプレートに黒く『←ここより先、裏庭』と書かれていた。
「ネギ、行くわよ?」
 ニコッと笑みを浮べて明日菜はネギの手を引っ張った。明日菜が扉を開き、それに続いてネギが裏庭に出ると、突然、大砲の様な強烈な音が鳴り響いた。
 心臓が飛び跳ねる感覚を覚えながら、キョロキョロと周囲を見渡すと、そこには大量の料理が長いテーブルに並べられ、ネギのクラスメイト達が手にクラッカーを持ちながらニッコリと微笑んでいた。明日菜はクルリと体を回転させると、人差し指を上げてウインクした。
「ネギ、ちょっと遅くなっちゃったけど、今日はネギの歓迎会よ」
「え……?」
 ネギは目を丸くして、周りに立つクラスメイト達を見渡した。
「へへ~、みんなで買出しに行って、用意したんだぞ~!」
 鳴滝姉妹の姉、風香が誇らしげに胸を張った。
「まあ、殆ど委員長の出費なんだけどね」
 タハハと苦笑いを浮べながら和美は「ハイ、ポーズ!」と言って、キョトンとしているネギを写真に収めた。
「これね、木乃香が主催したんだよ。ネギに元気になって欲しいってね」
 ウインクしながら言う裕奈に、ネギは何だか自分の悩みが馬鹿馬鹿しく思えてきた。カモがいないから心細い? そんな事、ある訳無かったのだ。
 何故なら、こんなにも優しくて素敵なクラスメイト達が居るのだから。ネギは胸が熱くなり、涙が込み上げてきてボロボロと泣き出してしまった。
「ネ、ネギ!? どうしたの!?」
 明日菜が慌てて駆け寄ると、ネギは小さな声で、それでも静まり返った歓迎会のパーティー会場にはよく響く声で言った。
「私、寂しくて……。でも、違くて……。本当に、ありがとう……ございまず……ヒック」
 涙をボロボロ流すネギの言葉に、明日菜達は安心した様に笑みを浮べた。明日菜はニッコリと笑みを浮べると、自分のハンカチでネギの涙を拭った。
「折角の可愛い顔が台無しじゃない。ほら、泣き止みなさい。それで、皆と一緒に騒ぎましょ?」
 まるで、妹をあやす姉の様に、明日菜は優しく語り掛けた。
「ほら、鼻もかんで」
「で、でも……」
「いいから」
 明日菜はそう言って、ネギの鼻にハンカチを押し当てると、ネギに鼻をかませた。
 ネギの鼻水がついてしまったハンカチを、明日菜は嫌がりもせずに折り畳んでポケットに仕舞うと、ニカッと笑みを浮べた。
「さぁ、楽しみましょ!!」
 そうして、宴会が始まった。新しいお友達を迎える為の、子供達が自分で作り上げた宴会場でおいしい食事を食べて、語らい、コーラス部の柿崎美砂が歌を歌い、本当の意味で、ネギはこの麻帆良学園本校女子中等学校2年A組の仲間になる事が出来たのだ。そして、幸せな時間は瞬く間に過ぎていった――。

 歓迎会から少し離れた場所で、外套に身を包む人影があった。
「せいぜい楽しむがいいぞ、ナギの息子……。それが、最後の晩餐となるのだからな」
 外套から僅かにはみ出ている口元に、邪悪な笑みを浮かべ、その人影は高らかに笑い続けた。
 深夜とは言え、まだ人通りがある筈の葉が全て落ちた並木道には、誰一人人間はいなかった。ただ一人……否、二つの人影を除いては。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.13458299636841