午前6時過ぎ、ここは江戸のかぶき町。とある場末のスナックの戸がガラガラと音を立てて開く。スナックお登勢の住み込み従業員であるネコ耳団地妻のキャサリンが水やりをする為に出て来たのだ。「昨日ハ馬鹿共ガ騒イデテウルサカッタデスネお登勢サン」「ホントだよ、真夜中に二階でギャーギャーギャーギャー大騒ぎして、近所の皆さんに迷惑かけんじゃないよ全く」持っている桶に入っている水を柄杓ですくい取って水やりを開始するキャサリンを後ろから見ながらスナックの亭主、お登勢は咥えているタバコにカチッとライターでを火をつける。どうやら昨日この店の上に住んでいる住人が何やら騒いでいたようだ。「しかもいきなり店に上がり込んで来て「カミさん見つけたから今からすぐに連れ戻してくる」、「必ず朝には帰って来る」だ? んなもん私にはどーでもいいことだっての、そんな事報告しなくていいからさっさとテメーの女の所へ行けってんだ」「でもあの時のお登勢様の表情はいつになく嬉しそうでした」「ん?」戸に背もたれしてタバコを吸って愚痴をこぼしているお登勢の所にからくり家政婦のたまがお掃除用(?)のモップを持って店から出て来た。お登勢さんはそんな彼女に目を向けながら口からタバコの煙を吐く。「まあね、私から見りゃああいつはバカ息子みたいなモンだからね、その息子の女房もアンタ達と同じ娘同然に可愛がってたから、見つかったと聞いてつい顔がほころんじまったよ」「アノ男ノ女房ニナル女ナンテドウセ低スペックナ女ダッタンデショウネ、コノ私ト比ベテ数段見劣ッテイルノガ目ニ見エマス」「いやそれは無い」「即答カヨッ!?」素っ気ない態度で高飛車な態度を取るキャサリンの鼻をへし折ったお登勢は、フッと笑みを浮かべたまま上空を見上げる。「・・・・・・もうすぐ日が昇るね、朝になったらアイツ等戻ってくるとか言ってたけど・・・・・・・」「お登勢様は昨日から寝ずにずっと待っているのですか?」「こんな状況に眠れるわけないさ、わたしゃあ久しぶりに出て行った娘が帰って来ると思ってんだから」「逃ゲタ女房ガアンナ旦那ノ所ニ帰ッテクルンデスカネ」「大丈夫だよ。あの男はがさつでおおざっぱで誰から見てもダメ人間だけど、あいつは昔こんな事を言っていた・・・・・・」空に昇ろうとする太陽を見上げながらお登勢は静かに微笑む。「テメーの家族は何者にも比べられない宝だって」第七十三訓 新しい朝京都、関西呪術協会の本部の近くある大きな山の頂。そこで今、二人の男が雌雄を決する為に互いの全力を振り絞ってぶつかり合っている。ラストバトル。これが因縁の相手との決着を迎える最後の聖戦なのだ。ネギの体を乗っ取った夜王鳳仙。銀時やアリカ、他の仲間達の絆の力を受け継いだナギ・スプリングフィールド。二つの巨星は拳を振り上げて激しい音を立てて正面からぶつかりあった。「この夜王の力ッ! 多くの虫ケラ共を恐怖で支配したこの力をッ! 貴様等や貴様の童程度に負けるかァァァァァァ!!!」「一人でしか戦えないお前なんかッ! こっちはちっとも恐くねえんだよォォォォ!!」「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」咆哮を上げながら拳をぶつけ合わせる夜王ネギとナギ。本来なら単純な肉弾戦ならば夜兎族の血を持つ夜王の方が強い筈。だが仲間達のおかげでサウザンド・マスターとしての力を取り戻し、更に仲間達の希望を託されたナギの一撃は今までとは比べられないほど重い。(このわしが生身の勝負で押されている・・・・・・!)自分の右手から所々に出血を始めている事に夜王はぐっと歯を食いしばる。(この体は元々わしのモノではない・・・・・・しかし夜兎のわしが魔法使いとの肉弾戦に押されるなどあってはならぬッ!)屈辱と己への怒りに燃えながら夜王は右手の拳にさらなる力を加えようとする。だが「むッ!?」拳に力を加えようとしているのに何故か力が上手く入らない。さっきの時と同じ様に・・・・・・・「童ァッ! 貴様またもやわしの・・・・・・!」「うおぉぉぉぉぉぉぉッ!」「ぐッ!」拳の脅威を失い始めた夜王に向かってチャンスとばかりにナギは拳を振り切る。隙を突かれた夜王はそのまま後ろに吹っ飛んで上体をのけぞらせる。ナギは冷静に彼を見つめながら杖を強く握って「雷の斧ッ!」「ぐはぁッ!!!」のけ反った相手に最も効果的な肉弾戦と近距離上級呪文のコンボ。再び巨大な雷が夜王の全身を襲い、今度は派手に空中に浮いたまま後ろに吹っ飛んだ。戦いのフィールドとしていたスクナの上から飛び出して場外の湖の方へ突っ込んでいく夜王を、ナギは見逃さずに追走する。「まだまだ終わらねえぜ俺の攻撃はァァァァァ!!!」浮遊能力を持つナギは空中を平行移動で矢の様に飛んでいく夜王を追いかける。段々と夜王との距離を詰めていき、ナギが一撃を加えようとしたその時。夜王の目がカッと開いた。「“夜王震天雷(ヤオウシンテンライ)”ッ!!!」「はッ!? うごぉッ!!」猛々しく夜王が叫んだ瞬間、突如彼を中心にして黒い雷で作られた巨大な球体が出現。ナギが思わず驚いて下がろうとした瞬間にその球体は音を立てて拡散。予想だにしない出来事にナギはその攻撃を成す術なく食らってしまった。「ナギッ!」「チィッ! 大丈夫だ大丈夫ッ! ぐぅッ!」電撃をモロに食らったナギは節々に血を流しながらも、後ろから見守っている銀時に心配なさそうに叫ぶ。「なんだよさっきのッ! まさかあのジジィが・・・・・・!」「そのまさかよ・・・・・・・」「!!」湖の上に宙に浮きながらせせら笑いを浮かべる夜王にナギは目を見開く。彼はネギの体だけを支配していただけではない、彼はネギの中にある・・・・・・「貴様がここに来る前に色々とこの体に潜む能力を覚えてな、どうやら貴様と同様わしも魔力を扱える事が出来る様だ・・・・・・貴様の息子には感謝せねばな」「テメェッ! ネギの肉体だけじゃなく魔力まで使いやがって・・・・・・!」「宿主には色々と力を与えていてやったからな。わしがこやつの力を使っても文句はあるまい」手からバチバチと電気を出しながら睨んで来るナギを鼻で笑い飛ばす夜王。どうやら精神を共有していただけあって、夜兎の力だけでなくネギが持つ膨大な魔力も扱えるようになったらしい。上手い具合にいくわけがないとわかっていたが、ナギにとってこれはかなりキツイ状況だ。「夜兎の上に魔法使いかよ・・・・・・まいったなこりゃあ・・・・・・」「魔力を扱う事は面白いものだなナギよ、例えばこの様に・・・・・・」しかめっ面を浮かべるナギの前で夜王は右腕を振りかざす。そして「夜王降臨(ヤオウコウリン)ッ!」「いッ!」金色の光を放つ神々しいナギの電撃とは違い、黒色の光を放つ禍々しい夜王の電撃は瞬く間に夜王の右手の中に形の形状を作る。あの形は正に・・・・・・「夜兎であるわしの主武器になる“コイツ”を造形する事さえ出来るのだからな」「へ、へぇ・・・・・・懐かしいなソレ、昔それで何回ぶっ飛ばされたっけ・・・・・・・」夜王が今右手に持っているのは(正確には持つというより“ある”)黒い雷で作られたネギの身長よりも大きい巨大な傘。かつて夜王が自分の得物として使っていた日傘だった。電を自分好みの形にして、なおかつ自分の武器として使うとは・・・・・・夜王とネギの思わぬ魔法の才能にナギは言葉も出ずに思わず乾いた声を漏らす。「完璧チートだな、お前もネギも・・・・・・・けどこっちも負けるわけにはいかねえんでね」「クックック、わしと己の息子の力をその身で体験するがいい」「だから言われなくても・・・・・・わかってるつーのッ!」方や雷の傘、方や雷を纏う杖を持って、両者は一気に上に飛び上がる。「むしろこんぐらい派手になる方がおもしれぇんだよッ!」「減らず口は相変わらずの様だなッ! だがその威勢も今の内よッ!!」叫び合いながらナギの杖と夜王の傘が激しい音を立ててぶつかり合った。戦いの終焉は刻々と近づいて行く「あ~あ、なんかドラゴンボールみたいな戦い方始めちゃって~。いいなぁあのジジィ、俺もかめはめ波とか界王拳とか必殺技が欲しいなぁ~」スクナの上で呑気に上空で空中戦を始めている夜王とナギの戦いを眺めているのは銀時。しばらくして彼の所にふと二人の人影が近づいてくる。「派手にやりあっとるの」「私が加勢に行けばすぐにカタが付くと思うのだが」「あれはナギと夜王の戦い、余計な手出しは無用じゃ」「あり? 何でこっち来たの?」フワッと宙に浮くエヴァの手を持って一緒にやって来たアリカに銀時はだるそうに顔を向けると、彼女はエヴァと一緒に彼の方へ歩みながら淡々とした口調で「ここからの方が夫の戦いを見れるからじゃ、それにわらわは夜王とナギの決着を間近で見送りたい」「酔狂な奴だねぇ・・・・・・・ま、気楽に見物してようぜ、うおッ!」「銀時~ッ!!」自分の隣に立つアリカに銀時は両肩をすくめて呟いていると、突然エヴァが黄色い声を上げて腰に抱きついてきた。「テメェいきなりなんだよッ! 離れろよバカチビッ!」「私が好きなのはお前だけだぞ銀時~ッ!」「わかったから離れろってッ!」慌てて銀時は彼女の頭を掴んで引き離そうとするが、意地でも動かないという風にがっちり両腕を自分の腰に巻き付けている。「あう~、“生”銀時の匂いを嗅ぐのは久しぶりだ~」「生銀時って何ッ!? 生肉みたいに言うの止めてくんないッ!? 腐りかけ銀時とかないからッ!」自分の腰に顔をうずめて幸せそうに言葉を漏らすエヴァに銀時はすかさずツッコミをいれた後、その場にドカッとあぐらをかいて座る。エヴァはすぐに彼の膝の上にちょこんと乗って、銀時はそんな彼女の頭をクシャクシャと撫でて上げた。そんな二人の姿に視線を向けながらアリカは感心したように「ほう」と頷く。「エヴァがこんなに懐く人間がいたとは驚きじゃな」「何言ってんだ、頭撫でればすぐに尻尾振るじゃねえかコイツ、なあ?」「ふふ~ん」銀時に頭を撫でられたエヴァは満面の笑みで彼の胸の中でゴロゴロしている。そんなエヴァの姿にアリカは軽く引いた。こんな姿今まで見た事が無い。「『闇の福音』と呼ばれ多くの魔法使いに恐れられた吸血鬼が一体何をやっているのじゃ・・・・・・」「銀時~」「よ~しよしよしよし、ハイジはいつも元気じゃなぁ」「アルムおじいさんか・・・・・・・全くこの状況下で緊張感のない者共じゃな」じゃれてくるエヴァの頭やら背中などを撫でながら裏声で喋っている銀時を見て、アリカは呆れたようにやれやれと首を横に振った後、もうすぐ日が昇ろうとする空を見上げる。「ナギ、頑張ってくれ・・・・・・」「へ~結構強いじゃんアンタの旦那、俺も一度戦って見たいな~」「むッ! いきなり出て来るな神威ッ! ていうかどうやってここに来たッ!」「夜兎の跳躍力ならこんなモンひとっ飛びさ」金色の雷と黒色の雷が空中で何度もぶつかっている光景を見上げながらアリカはポツリと呟いているといつの間にか隣に神威が現れた。アリカは驚くが神威は相も変わらずニコニコと笑ったまま空を見上げている。「あ~あ、鳳仙の旦那もあんなに楽しそうにはしゃいじゃって。見た目はちっちゃな9歳の子供だけど中身は一度天寿を全うしたジイさんなんだから無理しない方がいいのにネ」「ネギの体に夜王を宿したのはお主じゃろうが・・・・・・」「ま、そうなんだけどネ。あ、やば、もうすぐ日が昇るじゃん」アリカのツッコミをサラッと受け流しながら、神威は背中に差してある傘を抜いてバンと開く。夜兎にとって太陽は天敵、日避けの傘をさした神威はフゥ~と軽いため息を突いた。「いつか太陽にも勝ってみたいな」「魔法が使えるからって・・・・・・・いい気になってんじゃねえぞッ!!」「ふんッ!」空中で交差しながらぶつかり合うナギと夜王。緊迫したムードを漂わせながら、ナギは彼に向かって杖を振るう。「サウザンド・マスターの千本の雷の矢を・・・・・・・! その身に味わえぇぇぇぇぇぇ!!!」ナギが杖を振った瞬間、彼の前から突如無数の雷の矢が出現し、夜王めがけて発射される。属性を持つ精霊を矢の様に飛ばす魔法使いが覚える基本呪文。だが例え基本呪文であってもそれを使用するのはサウザンド・マスター。千本の雷をまとった矢など、並の人間では跡かたも無く消し飛ばせるレベルだ。だが当然夜王は“並の人間”などというランクに部類されない。「夜王神槍弾(ヤオウシンソウダン)ッ!!」「はッ!? 今度はなんだよッ!」夜王がナギから見て逆さまになった状態から手に持つ傘を振るった瞬間、彼の周りに円型に黒き雷を纏った2Mぐらいの槍の様な物が12本出現する。「言った筈だ、貴様が来る前にわしはいくつかの術を創造し覚えた、この術もその一つ・・・・・・奴のくだらん矢を撃ち落とせッ!」態勢を元に戻しながら夜王は命令するように叫んだ。雷の槍は瞬く間に発射され、こちらに向かって飛んで来ていた千本の矢と衝突した。両者の術がぶつかり合った瞬間、その場一帯に爆風が発生した。「くそったれッ! お前なぁッ! 魔法使いが一つのオリジナル呪文を作るだけでさえ大変なのに、短期間でこんなモン作るとかどんだけデタラメなんだよッ!」「貴様だけには言われたくない言葉だな」ローブで爆風を避けながらこちらに悪態を突いてくるナギに、夜王が静かに返していると。突如ナギの前にさっき夜王が放ってきた槍の一本が「!!」「相殺したと思ったのか? 甘いわッ!」「ぐあッ!」向かってくる槍にナギは舌打ちした後すぐさま横に飛んで回避に映ろうとするも、一瞬遅かったのか、夜王の槍はナギの左肩にグシャリと突き刺さった。「く・・・・・・! チィッ!」「クックック・・・・・・・どうやらわしの術の方がサウザンド・マスターの術よりも優れているのかもしれんな」突き刺さった槍がフッと消えた途端、ナギの左肩から大量の出血が発生。その姿を見て夜王は余裕の笑みを浮かべるも、ナギはキッと顔を上げて彼を睨みつける。「ふざけんなよコラ、だったら俺の最大上級呪文の一つをテメェのそのニヤケ面に叩きつけてやる、とっておきのな・・・・・・」「ほう、どうやらまだ期待できる力を秘めている様だな。面白い、では・・・・・・」左肩を押さえながらもまだナギの目が死んでいない事に気付いた夜王は笑みを浮かべたまま、右手に持つ雷の傘を自分の肩に掛ける。「ここからは“夜王鳳仙”としての力を見せてやろう」「へ、やっぱり殴り合いが好きなんだな」「わしの真の力とは、どんな物であろうと踏み潰す己の力よッ!」「だったら俺も見せてやるよ、サウザンド・マスターの戦いって奴をなッ!」突っ込んで来る夜王にナギは杖を構えて迎撃態勢に入る。そして「はぁッ!!」「んぎッ!!」ナギを攻撃範囲に入れた瞬間、夜王はすぐに雷の傘を振り下ろす。その一撃は豪快凶悪。ナギは杖を水平に掲げてそれを受け止めるがあまりの重い一撃に一気に額から汗を垂らす。「んぎぎぎぎぎぎぎッ!」「ハエの様に叩き落としてくれるッ!」「んがァァァァァァ!!!」全身の筋肉と骨が悲鳴を上げる様にきしみ始めている事に気付きながらもナギは夜王の一撃を堪える。だがただ死ぬまで堪えるだけなんてナギには出来っこない。「こなくそぉぉぉぉぉ!!!」「むッ!」傘の一撃を杖でガードしながらナギは夜王との距離を一気に詰める。そして顔を思いっきり後ろにのけ反らした後・・・・・・「オラァッ!」「ぐッ!」強烈な頭突きを夜王にお見舞い、意外な行動に夜王は一瞬力がそがれ、その隙にナギは彼の傘の重みから脱出してすぐに後方へと下がる。「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・・!」「ぐぐぐぐ・・・・・・こんなくだらぬ事をやりおって・・・・・・」「俺にとっては生きるか死ぬかの“大博打”よ・・・・・・お前との戦いはいつも博打で嫌になるぜ」額から流れる血を手で拭いながら睨みつけて来る夜王ネギにナギはニヤリと笑って貫かれた左肩を手で押さえる。正直こうやって意識を保っていられるのもやっとなのだ。治癒呪文を使いたいところだがそんな暇をこの男の目の前でやる事は自殺行為。この傷を負った状態で夜王を倒すしかない。「何度も俺の前に出て問題事起こしやがって・・・・・・そんなに俺と友達になりたいのか?」「胸糞悪い、わしは夜王、一人で生き、一人で戦い、一人で死ぬ。仲間同士で傷を舐め合う貴様等人間とは格が違う」「ふ~ん・・・・・・そいつは本心か?」「何?」冷淡な発言をする夜王にナギは口元に血をしたらせたまま首を傾げた。「さっきからお前と戦って見てわかったんだが、どうも昔と違う感じがするんだよお前。昔のお前の方がもっと凶暴で冷酷非道な悪魔みたいな奴だった筈だぜ?」「・・・・・・何が言いたい」「いや、実を言うと俺自身も何言っているかわかんねえんだけどよ・・・・・・」額をポリポリと掻きながらナギはフッと笑う。「嫌いじゃねえんだよ、お前の事。昔からあんなに憎んでいたお前が、今じゃ全然お前を見ても恨みが湧いてこない」「・・・・・・・」「俺が寝てる間に・・・・・・お前、なんか大切な事に気付いたんじゃねえのか? 鳳仙?」予想だにしないナギの言葉に、夜王は黙ったまま彼を見つめる。自分を見て恨みが湧いてこないだと? 魔法世界を滅茶苦茶にし家族をバラバラにした上に数年の眠りに封じ込めた自分を憎んでいないだと?「・・・・・・甘っちょろい言葉を吐きおって・・・・・・・全く反吐が出る」「気にすんな、ただ一人の個人的なプライベート意見だ」「貴様が昔一度わしに負けたのはその甘さだ。他人に対する情などを持ち合わせているからわしみたいな男に足元をすくわれる、未だにそれに気付かぬとは愚かにも程がある」吐き捨てる様に呟きながら睨みつけて来る夜王にナギはヘラヘラ笑いながら杖を構えた。「何ムキになってんだよいいから早く続きやろうぜ。答えは決着着けた後でいいだろ?」「ほざけ・・・・・・」傷を負いながらもまだ笑える余裕を持っているナギに対して夜王も雷の傘を構える。「勝つのはこのわし、夜王鳳仙よ」「ところがどっこいッ! そうはいかねえッ!」勝利宣告する夜王に向かってナギは杖を振り回しながら飛ぶ。「ヒーローは一度負けた奴ともう一度戦う事になったら絶対に勝つってのがセオリーなんだよッ!」「ぬかせ小僧ッ!」飛んで来たナギに向かって夜王は傘を横に振るう。ナギは頭を引っ込めてそれを回避。その後すぐに彼の懐に入って術を起動しようとする。「千の・・・・・・!」「こざかしいッ!」「うげッ!」傘が避けられたならば次は足、だという風に近づいて来たナギの顎に右足を振り上げて蹴りをかます夜王。ナギはモロに食らってしまい、そのまま後ろに宙返り。だが「雷の斧ッ!」逆さまのまま十八番の「雷の斧」を発動、しかし夜王はその攻撃を読んでいた。「何度も食らうかこのような術ッ!」飛んで来た電撃を雷で作られた傘で乱暴に振り払う。雷の斧は真っ二つに両断された。そう何度も同じ手が夜王に効く筈も無い。そんな事ナギだってわかっている筈だ、しかしそれがナギの狙い目、雷の斧を放ったナギは更に上空へと飛びあがり・・・・・・・「こいつで決めるッ!」「!!!」夜王だって疲労している、雷の斧に神経を集中させた彼に、今こそ最大級の呪文を撃つ好機。杖を向け下で呆気に取られている夜王に標準を合わせる。そして「千の雷ッ!!」激しい震動と音を立てて。今までの術とは比べられないほどの膨大な大きさと威力を誇る電撃が。息子の肉体を持つ夜王に大きな口を開けて噛みつくように降り注いだ。「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」全身に襲いかかる灼熱の痛み。ナギが覚えている術ではトップクラスの威力を誇る『千の雷』を前にして夜王は地獄の業火の様な苦しみを味わう。だが夜王はまだこんな攻撃で死ぬ気など更々ない。「これしきの痛みで・・・・・・・このわしが屈すると思うたかァァァァァ!!!」降り注いでくる電撃を体に受けながら夜王がガバッと顔を上げて、千の雷を範囲外へとかっ飛ぶ。電撃の範囲外から出た夜王は襲いかかる痛みも気にせずに術を放っているナギの方へ目をギロリと向ける。「ナギィィィィィィ!!!」「よし次は雷の幻影・・・・・・げッ!」雄叫びを上げながら飛びかかってくる夜王にナギはすっときょんな声を上げて驚いている間に、夜王は彼の襟首を強い力で掴み取った。「あと一歩の所だったが貴様の負けだッ! このまま地面に叩きつけてくれるッ!」そう言って夜王はナギの首を掴んだまま湖に浮かぶスクナの体めがけて急降下。落ちるスピードはどんどん早まり、スクナの姿が段々とくっきり見えるようになる。そしてそこにいる銀時、エヴァ、そして神威とアリカと目が合った瞬間・・・・・・・「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」豪快な音と共に夜王はスクナの腹に向かってナギを頭から叩きつけた。鬼神の体に巨大な衝撃波の跡が丸い形で出来上がる。「てこずらせおって・・・・・・・」「・・・・・・」「クックック・・・・・・死んだか」もはやピクリと動く事も返事もしなくなったナギの姿を見下ろして夜王はニタリと笑みを浮かべる。「このわしの勝ちだッ! フハハハハハハハッ!!!」「ナ、ナギィィィィィィ!!」「落ち着くのじゃエヴァ」「なッ! 貴様目の前で夫を殺されたのになんだその態度はッ!」勝ち誇って高笑いをする夜王に踏みつけられているナギに向かって涙目になってしまっているエヴァが近づこうとするがアリカは手をバッと差し出して制止させる。「夜王・・・・・・やはり貴様も随分と老いたようじゃな」「何ッ!」「昔のお前なら、ナギの考える程度の策、すぐに看破出来た筈じゃ、老い、そしてナギに勝とうとする焦り。お主の敗因はそれじゃ」「フンッ! 死んだ自分の男を前にして気でも狂ったか」意味不明な発言をするアリカを前に夜王は哀れむ様に鼻を鳴らす。だが彼女は真剣な眼差しで彼をただ見つめるだけ。夜王はそんな彼女の姿を見て一体何を考えているのだ?と疑問を覚えていると・・・・・・突然足の下殺した筈のナギの姿がバチバチ!と静電気の様な音を立てて消えた。「なッ! これはッ!」「お主が今殺したと思っていたのはナギの幻じゃ、本体は・・・・・・」「はッ!」「貴様の真上じゃ」倒したと思っていたナギの正体が雷で作った幻だとわかった瞬間、真上から近づいてくる“あの男”の気配。そう夜王がナギの首を掴んだほんの一瞬の前にナギの幻影術は発動していたのだ。「夜王ォォォォォォォォォ!!!!」「!!!!!」寿命が尽きぬ限り辺りを明るく照らす太陽を背中に受けながら。ナギが拳を振り上げて猛スピードでこちらに急降下してくるのが見えた。「俺の想いと仲間の想いッ! ネギの想いが繋がったこの拳でッ! テメェの因縁ともおさらばだァァァァァァ!!!」「ほざけぇぇぇぇぇぇ!! 何が想いだッ! 何が愛だッ! 何が絆だッ! そんなくだらない戯言貴様もろとも砕いてくれるッ!」突っ込んで来るナギに夜王が吠えながら手を開いて掲げ上げた瞬間。「ぐッ! 体が・・・・・・・!」全身の筋肉が硬直したように動けなくなった事に夜王は歯を食いしばる。するとそれを近くで座りこんで見物していた神威は「ハハハ」と笑って「だから言ったじゃん」「童ァァァァァァ!!!」体の自由が効かなくなり心の中にいるネギに向かって叫んでいる夜王に。目を見開いた神威はボソッと口を開いた。「俺の弟子を甘く見るなって」「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」息子の力で動きを封じ込められた夜王に向かって。ナギの全身全霊の拳は思いっきり彼の腹にのめり込むほど入った。「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」スクナの全身が激しく揺れる程の振動と音と共に、夜王鳳仙の最期の咆哮がその場にいる生き物全員に響き渡るぐらいに聞こえる。(・・・・・・・わしは・・・・・・)場所変わってここは江戸。かつて夜王が支配していた快楽街『吉原』にはサンサンと明るく照らす太陽の光が注がれていた。「うわッ! 母ちゃん今日凄い晴れてるよッ! スゲーッ!」「なんかイイ事が起きるんじゃないかと思うぐらい太陽が昇ってるね、今日も一日頑張ろうって元気が湧いてくるよ」吉原の中心にある小さな店から顔を出したのは、かつて銀時達が救った少年晴太と夜王鳳仙が唯一愛した女性、日輪。車椅子に乗った日輪を押しながら輝く太陽に晴太が嬉しそうな声を上げていると、店の中からキセルを口に咥え、顔に傷を付けた綺麗な女性が出て来る。「わっちにとっては常に一番の“太陽”が近くにあるから別にどうでもいいの」「あれ? 月詠のネエちゃん今日も見廻り?」「夜王亡き後も吉原にはネズミ共がゴロゴロいる。わっちはこれからもネズミ駆除をやらねばいかん」吉原の治安を守る部隊『百華』のリーダー、月詠は夜王がいなくなった吉原でも未だに戦っている。この街はまだ未完成、彼女がいないとこの街はすぐ荒れ果ててしまう状況なのだ。「こんな天気に大変だねアンタも。少しは休んだらどうだい?」「気遣い感謝するがそれは無理な話、最近吉原のキャバクラにこの辺では見かけない謎の“筋肉ダルマゴリラ男”が出没しているらしくてな、百華総動員でその男を詮索している所じゃ」「筋肉ダルマゴリラ男ッ!? 何その長ったらしい名前ッ! それがキャバクラでなんか悪い事してるのッ!?」「店の女の下着を目にも止まらぬ速さで容易に奪う上に、その辺のゴロツキを半殺しにする程の男じゃ、吉原の治安を守る者として早急に捕まえなければならん」「凄いんだか凄いくないんだかよくわかんないんだけど筋肉ダルマ男ッ!」「晴太、筋肉ダルマゴリラ男じゃ、ゴリラが抜けちょる」「いやそこは心底どうでもいいと思うよッ!」ボケなのか天然なのかわからないが真顔で話をする月詠に晴太はバシッとツッコミを入れる。筋肉ダルマゴリラ男・・・・・・・一体何者だろうか・・・・・・・晴太が疑問を感じていると、日輪はふと彼の方へ振り向く。「筋肉ゴリラの事より晴太、アンタ店の方は大丈夫なのかい?」「母ちゃん筋肉ゴリラだとそれもはや人じゃなくてただのゴリラだから・・・・・・。あッ! そうだ早く店の方に行かないとッ!」日輪に言われて思い出したのか晴太は焦った様な声を出した。吉原に住む晴太はまだ少年なのにも関わらずこの街にある「おもちゃ屋」の店を任せられているのだ。ちなみにおもちゃ屋はおもちゃ屋でも“大人の”おもちゃ屋である。「今日はすんごい商品がウチの店に入ってくるんだよッ! アレをアレにしてアレをアレするとッ! なんとアレがアレになって簡単にアレができるすんごいあのアレがッ!」「何言ってるのかさっぱりわからんぞ・・・・・・アレってなんじゃ?」「まあ、そんなモンでたらアレやアレとかアレもアレ放題だね」「日輪、わかるのかぬし・・・・・・・」「うんッ! だからオイラアレを今月の目玉商品にするんだッ! アレ絶対売れるからッ! じゃあオイラもう行って来るねッ! アレをアレしなきゃいけないからッ!」楽しげに話しあう親子の姿を見て月詠が困惑の色を浮かべていると晴太は元気いっぱいに大人のおもちゃ屋の方へ行ってしまった。「アレって一体なんなのじゃ・・・・・・」「フフ、アンタは知らなくていい事だよ」「気になる・・・・・・」何故か日輪に秘密にされたので月詠がジト目で悩んでいる表情をしながらキセルから煙を吐いていると、日輪がフッと顔を上げて空に浮かぶ太陽を遠い目で眺め始める。「晴太の言う通り今日は本当に一段と綺麗な太陽・・・・・・まさかこの吉原でこんな綺麗で美しい太陽が拝められる日が来るとはね・・・・・・」「銀時達のおかげじゃ、夜王を倒しこの街に太陽をくれた上に、地雷亜の時も助けてくれた。今度奴等に何らかのお礼をやらねばいかんの」「じゃあ銀さんと一日デートでもしてくればいいんじゃないかい?」「なんでわっちがそんな事・・・・・・しかも何故銀時なのじゃ」「あら?嫌なの?」「・・・・・・デートじゃなく買い物程度なら付き合ってやらんわけでもない・・・・・・」「ウフフフ」顔を背けてウブな反応をする月詠を見て笑った後、日輪は太陽の光を体で感じながらふと彼女に話しかける。「こうやってお日様の下で・・・・・・あの人とこんな何気ない会話をみんなでしたかったねぇ・・・・・・」「鳳仙の事か? あんな男がわっち達と仲良く会話するなど想像もできんぞ」「大丈夫だよ、あの人は最期に私に“本当の自分”を教えてくれた・・・・・・」そう言って日輪は太陽をそっと見上げる。「あの人はただの寂しがりやなおじいちゃんなのよ」戦いを終えたナギはヨロヨロとしながら倒れる夜王へ近づいて行った。「夜王・・・・・・」「・・・・・・」太陽を背に受けながら大の字で倒れている自分を見下ろすナギの姿を見て。夜王はニッと笑って彼に呟いた。「わしのワガママに付き合ってくれて礼を言うぞ・・・・・・ナギ」