目を開けるとそこは真っ黒な空間。光の一筋さえ見えず、両手を突き出して探っても何も無い。『無』、まさにここはそんな感じであった。手さぐりしてても仕方ないので、思い切って歩いてみる事にした。自分の足音さえ聞こえない、どれだけ歩いてもずっと同じ暗闇の中。こんな暗闇の中を歩いているのに何かに足をつまづく事も起こらず、ただ無心になって歩き続けるしかなかった。しかし心の中ではもう理解しているのだ。ずっと歩いていてもこの先に出口など見つからないと。ここはきっと、自分が死んだ事によって生まれた『無』なのだ。よく死んだ者は天国か地獄へ行くと言われているが、本当に死んでしまったら人間はこういう空間で永久に存在し続けるのだと、暗闇の中をキョロキョロと見渡しながらそう思った。死んでしまっても自分の体はあるのだな、ここでもお腹は減るのだろうか? と呑気な事を考えながら、自分は暗闇の中を歩いて行く。闇に飲まれて行くように・・・・・・どれぐらい歩いたのだろうか、数分だけしか経っていないのか、数時間経っているのか、はたまた数年間経っているのかもわからない。不思議とこんなに歩いていても一向に疲れもせず、足の痛みや眠気も襲ってこない。暗闇をただ無我夢中で歩く。どうせ先には何も無いのはわかっている。だが何故か自分は前に向かって進む。まるで向こう側から何かに呼ばれているような感覚がするのだ。不思議な感覚にとらわれながら、自分は進んでいく。見知らぬ男が遠い場所に一人でポツンと立っていた。その男に向かって走る。恐らくあの男が自分を呼んだのだと。そう解釈しながら走っていると、男は気付いたのかこちらに振り返る。黒くて古風な着物、真っ白な長い後ろ髪を垂らした、かなりの年はいってる筈の老人だった。ようやくその老人の前に辿り着く。近くで見るとかなりの長身だ。目の前に立った自分を見下ろして彼は口を開いた。「・・・・・来たか、童(わっぱ)・・・・・・」低くしわがれた声の中に威厳をただよわせる雰囲気を感じる。その風貌も凄いが、老人の放つ威圧感も凄い。見下ろされているだけで心臓を掴まれている様な気持ちだ。いや心臓はついさっき潰されたのだが・・・・・・。「童、貴様は自分の見に何が起こったのか知っているか・・・・・・?」突然の質問に自分は素直にコクリと縦に頷く。自分はあの時殺されたのだ、“あの人”の目の前で、自分の師によって・・・・・・「こうなる事は貴様がわしを“中に入れた”時点で決まっていた・・・・・・」中に入れた? この老人は一体何者なのだ?「童、貴様は死んだ、だがその代わり、わしは貴様のおかげで再び現世に蘇る事が出来る・・・・・・」自分のおかげで? 死んでしまった自分のおかげでこの老人が代わりに生き返る事が出来るのか? よくわからないがそういう事なのであろう。「ほれ・・・・・・」老人はこちらに手を差し伸べる。「貴様はわしの魂を縛る鎖をほとんど解いておる、最後の鎖を解くがいい、そうすればわしは再び現世に戻る事になる・・・・・・」魂を縛る鎖・・・・・・そうか“あの術”は、彼を解放する為の術だったのか・・・・・・「さあ言え・・・・・・貴様の最期の仕事だ、キッチリ果たせい・・・・・・」老人に言われて自分はゆっくりと口を開けた。どうせもう死んだ身だ、何が起ころうが構やしない。「・・・・・・100%解放」自分がそう言った直後、老人はこちらを見つめながら真っ白な光に包まれて消えていった。もうここには自分以外誰もいない・・・・・・。そんな事を考えていると突然、上から何か聞こえる。「ネギ・・・・・・お願いじゃから目を開けてくれ・・・・・・ネギ・・・・・・」 必死に自分の名を呼ぶ女性の声、その声を聞いてふと暗闇しか見えない上に向かって顔を上げる。「母さん・・・・・・」出来ればもう一度、あの人の顔を見たかった・・・・・・第六十一訓 夜王再臨月が昇った真夜中で、屋敷の裏庭からは雑木林がざわめく中、激しい音が響いている。銀時は木刀と夕凪を持って目の前の敵に刃を振るっていた。もはや正義や悪などそんな事どうだっていい、仲間の仇を取る事、それだけが彼を動く理由だ。「怒ったお侍さんも素敵だね」こちらに向かって笑いかけて来る神威に銀時はギロっと睨みつけて夕凪を振り上げる。彼の表情は今、誰も見た事が無いほど憎悪に満ちている。神威は振り下ろされた夕凪を咄嗟に片手だけで掴んで止める。「けど怒りは時に周りを見えなくする、そして攻撃はいたって単純になってしまう、俺はそんな感情いらないな」掴んだ右手から血を流しながら冷静に喋りかけて来る神威に銀時は何も言わず今度は右手で持っていた木刀を横薙ぎに振る。だがそれも神威は左手で掴む。「こんな攻撃じゃ俺に勝てるわけ・・・・・・・」神威が何かを言い終えるうちに銀時は血走った目で膝蹴り、それを腹にモロに食らい神威は両手を離して後ろに吹っ飛ぶ。しかし神威は両足で地面を削るほど踏ん張ってブレーキ。さほどダメージは無いらしい。「やれやれ、知り合ってたかが数カ月足らずの子供を殺されたぐらいで・・・・・・・」足についた砂をはらっている神威に銀時は何も喋らずに一瞬で彼の前に走り寄る。彼の頭を木刀を持っていた筈の右手で鷲掴みにし、そのまま地面に思いっきり叩きつけた。地面にヒビが入る音が周りに鳴り響き、馬乗り状態になって、銀時は左手に握る夕凪を光らせる。「怒りで何も聞こえないのかな? あ~あ」振り下ろされた夕凪を今度は両手で挟んでガード、刃は神威の目の先3ミリの所で止まった。「俺はやっぱ、いつものお侍さんの方が好きかな?」「!!」相手が上に乗っかっているにも関わらず、神威は刀を両手に持ったまま上体を起こす。どんなに銀時が力を振り絞っても夕凪は神威の笑った顔を突き刺す事が出来ない。「よっと」一瞬の隙に神威は顔をのけぞらして両手から夕凪を離す。刃は空を切るが、若干、神威の右頬も切る。だがそんな事全くお構いなしに彼は右手で握り拳を固めて、銀時の腹めがけてお返しと言わんばかりの一発。「ぐッ!」並の一撃ではない夜兎の本気の拳を受けた銀時は呻き声を出した時には既に後ろに吹っ飛んでいた。地面を滑るように滑走した後、銀時は腹の激痛を押さえながら上体を起こす。「大丈夫か銀八ッ!」「・・・・・・」すぐ後ろにいた千雨に心配かけまいと声を漏らすと、彼女に何も言わずすぐに銀時は立ち上がる。今銀時の目は死んだ魚の様な目でもなく、ビシッと決める時に決める侍の目でも無い。初めて見る銀時の姿に千雨が戸惑っていると神威はわざとらしいため息を突く。「俺はまだお侍さんの事殺したくないのになぁ・・・・・・」神威が首を傾げながらふと銀時から少し視線をずらす。近くで数人の女性が一人の血まみれの子供の周りに集まっていた。「ネギ・・・・・・頼むから目を開けてくれ・・・・・・」「ネギッ! 目開けなさいよッ! こんな時に寝てんじゃ・・・・・・ないわよ・・・・・・」「兄貴ィィィィィィ!!!」「ネギ先生・・・・・・」もう呼吸も停止し目を閉じて、生命の活動が停止しているネギの亡き骸に必死にアリカが涙を流しながら抱きしめている。隣にしゃがんでいるアスナも涙声になり、カモも彼女の肩に乗って絶叫。そしてあやかも目から出る涙を何度も拭って嗚咽をくり返している。身近な人の死が初めてではないあやかにとって、親しい間柄であったネギが殺された事は精神的にもかなりのショックだった。それは当然、ネギの母親であるアリカも同じで「ナギも死んで・・・・・・そなたまで死んで・・・・・もうダメじゃ・・・・・・わらわは・・・・・・」「アンタ・・・・・・敵の筈なのにどうしてそんなにネギの事・・・・・・」「そのお方は・・・・・・ネギ先生のお母様ですわ・・・・・・・」「!!」泣きじゃくるアリカをアスナが不審そうに眺めていると、あやかがか細い声で教える。アスナはその事実に驚いて目を見開く。「母親ですって・・・・・・ちょっとアンタッ!」「なんじゃ・・・・・・ん? ぬしは・・・・・・」いきなりアスナに呼ばれたのでアリカは生気のない目で横に目をやる、するとアスナを見て何かに気付いた様な反応をするが、アスナはすぐに彼女の胸倉を両手で掴んだ。「親のクセにどうしてコイツを殺した奴と同じ組織に入ってんのよッ!」「何・・・・・・」「こいつを親戚に預けておいて自分は何ッ!? 人殺しの組織に入って息子ほったらかしッ!? それでもアンタこいつの母親・・・・・・・ひッ!」胸倉を掴んで怒鳴り散らしてくるアスナにアリカは目の色を変えて彼女の両手をすぐに払い、逆にアスナの胸倉を掴んで睨みつける。「何も知らないクセに・・・・・・人の苦しみも知らないクセに口出しするなッ!!」「・・・・・・」涙を流しながら迫って来るアリカにの迫力にアスナは何も言葉が出ない、すると一人の男がこんな状況で「アハハ」と呑気に笑っている。「アンタが泣いてるの久しぶりに見たね」「神威ぃ・・・・・・!!」 「今の顔の方がアンタの本当の顔に見える、結局アンタは“鬼”にはなりきれないんだ」目の前に立つ神威を見て、アリカは涙をぬぐって立ち上がり、金色の剣をフッと突然空中に出すと、それを右手で握る。もはや相手が春雨の男でも関係無い、目の前にいるのはただ一つ。息子の仇だ。「正直に言うと貴様の事はそれほど嫌いでは無かった・・・・・・だが全てを知った今・・・・・・」「夜王に夫を殺されて、今度は夜王の弟子に息子を殺されて、今どんな気持ち?」「絶対に貴様を許さぬ・・・・・・!」「あ~なるほど」もう既に涙を流すのを止めてアリカは両手後頭部に回して笑いかけてくる神威に歯を食いしばる。銀時も神威を鷲掴みにする時に咄嗟に捨てた木刀を拾い上げた後、目の前に立つ彼を睨みつけた。「テメェ、アイツの師匠だったんだろ・・・・・・」「ん? ああそうだよ、俺はそういうつもりじゃなかったんだけどあの子がそういうのに憧れててね、そういう間柄だったね一応」可笑しそうにクスクスと笑った後、神威が銀時に話を続ける。「嫌いじゃなかったよ俺はあの子の事、お人好し過ぎるほど優しくて純粋無垢な心、人を疑う事を知らないまっすぐな目、そして天性の才能。ちょっと背伸びしたがる所もあったけど、一緒にいて色々と楽しかった」「だったらなんで殺しやがった・・・・・・」「そうじゃ・・・・・・貴様、何の真似でネギを・・・・・・!」殺気を放ちながら得物を握りしめる銀時とアリカに全く恐れる様子も見せずに、神威はアスナとあやかの元にあるネギの亡き骸に向かって瞼を開ける。「この子は選ばれたんだ・・・・・・」「・・・・・・選ばれたじゃと・・・・・・」しばらくネギの亡き骸を見つめた後、神威はアリカの方を見てニコッと笑う。「魔法ってのは凄いね、俺は興味無いけど」「貴様を何を言って・・・・・・」理解不能な神威の言動に、銀時とアリカは目を細める。だがその瞬間、アスナがハッとして顔を上げる。「天パッ!」「あ?」「ネギの指が動いたッ!」「なッ!」「なんじゃと・・・・・・」死んでいる筈のネギの指が微かに動いた。すぐに気付いたアスナは声を震わせながら銀時に言うと、アリカも予想外の出来事に唖然とする。銀時の後ろにいた千雨も慌てて驚きのあまり両手で口を押さえているあやかの方に近づいて、ネギの体を見る。「し、心臓に風穴開かれてるんだぞ・・・・・・! 気のせいに決まってんだろ・・・・・・!」「でもさっき本当に指が動いたのよッ!」ネギの体を指差して千雨が言うと、アスナが必死な形相で叫ぶ。だが彼女の隣にいるあやかが申し訳なさそうに。「アスナさん・・・・・・死んだ肉体は極稀に五体の一部が痙攣起こす事があるんですの・・・・・・きっとそれだと・・・・・・」「そんな・・・・・・」あやかの説明を聞いてアスナが深く落胆すると、再びネギの指がピクピクと動いた。さっきより少し動きが大きい。「本当にこれ・・・・・・」「・・・・・・なんか前より激しくなってないッスか?」指の次は手、手の次は腕が次第に動き始める。アスナと彼女の肩に乗っかっているカモは怪訝そうにその腕を眺めていると千雨がある事に気付いて目を丸くする。信じられない事だった。「塞がってる・・・・・・」「え?」「傷口が塞がってる・・・・・・!」「なんですってッ!」「ほら、ここにあった大穴が・・・・・・!」仰天するアスナに千雨が震える指先でネギの胸元を指差す。確かに神威が開けた筈の箇所が何時の間にか治っている・・・・・・「どういう事よこれ・・・・・・いいんちょッ!」「私だってわかりませんわッ!」「ナマモノッ!」「俺っちだってわかりやせんよッ! 死んだ体の傷が勝手に治るなんてさすがに俺っちだって聞いたことありやせんッ!」予想だにしない事態にアスナ達はパニック状態に陥る。ネギの体の傷の治癒はそれだけでは無く、他の箇所も次々と元通りになっているのだ。「ねえッ! アンタは何か知ってるのッ! ネギの母親なんでしょッ!」「バカ者・・・・・・たとえ親でも・・・・・・こんな状況わかるわけない・・・・・・なんなのじゃこの現象・・・・・・」「黄泉から帰って来る為の準備さ」「神威ッ!」まるでわかっていたような口振りをする神威にアリカは顔色が良くなっていくネギを凝視するの止めて振り向く。「一度死んだ魂は蘇らない、けどそれはあくまで人が生み出した勝手な推測、だってそうでしょ?」驚いている銀時とアリカに向かって頬笑みながら神威は肩をすくめる。「一つの体に魂が一個だけとは限らない」「テメェなんか知ってる様だな・・・・・・」「実は俺は元々子供は殺さない主義でね、子供は成長したら強くなるかもしれないし」「は?」「この子も強くなれる素質を十分に兼ね備えている優秀な俺の“弟子”、本当はここで殺すなんてもったいない事はしたくなかった」「・・・・・・何企んでんだテメェ・・・・・・」思慮深げに尋ねて来る銀時に、神威はニヤッと笑う。「悪いけどそれはお侍さんや“同僚”にも言えないネ・・・・・・」「天パッ!」「んだよ今度はッ!」「ネギの心臓が・・・・・・動いてる・・・・・・・」「!!」会話の途中に突然アスナの報告が入ったので銀時はすぐに神威に背中を見せてネギの元に走り寄る。アリカもすぐに後を追う。「気のせいじゃねえのかッ!?」「気のせいで傷が治ったり心臓が動くかよッ! ほら顔色もよくなってるッ!」「まさか・・・・・・」銀時と千雨が慌てながら会話しているのをよそに、横たわるネギの近くに立っていたアリカがそっとネギの顔を触ろうと腕を伸ばすと・・・・・・なんとその腕を突如ネギの手がパシッと掴んだ。一同それを見て口を開けて驚く。しかもあろうことか永遠に空く事は無いであろうと思っていたネギの瞼が開いている。「あ、兄貴が・・・・・・」カモはその事に言葉を震わす。そしてすぐにバッと両手を上げて「兄貴が生き返ったァァァァァ!!!」「うそ・・・・・・やった・・・・・・やったァァァァァ!!! 何かよくわかんないけどネギが生き返ったァァァァ!!!!」目を開けてくれたネギを見てカモとアスナは大はしゃぎ。だがあやかと千雨、そして銀時は『死者蘇生』という現象に喜ぶどころか戸惑っている。「ど、どういう事ですの・・・・・・」「夢じゃねえのかコレって・・・・・・・」「ありえねえ・・・・・・」三人が怪訝な表情を浮かべる中、ネギに腕を掴まれているアリカも信じられない現象に何も言葉が出ない。ようやく落ち着きを取り戻すとアリカはそっとネギに向かって恐る恐る口を開く。「ネ、ネギ・・・・・・?」自分の声が震えているのを感じながらアリカは息子の名を呼ぶ。するとさっきまで死んでいた筈のネギは目だけ動かして彼女を見る。「・・・・・・・」「どうしたんじゃネギ・・・・・・? 何処かまだ悪いのか・・・・・・・?」無表情でただアリカの顔をジッと見るだけでなんの反応もない。アリカが心配そうに見つめていると、ネギは小さく口を開ける。その瞬間、アリカの後ろに立って目を開けている神威の口元に笑みが広がった。「久しぶりよのう、『災厄の魔女』・・・・・・」その声はネギだけではなく明らかに別の声も入っていた。子供の様な声と低くしわがれた声、それを聞いた瞬間、全員がしんと静まり返った。「まさかまたこうやって貴様と会うとは思いもせんかった」「ネ、ネギ・・・・・・うッ!」「こうして再び世に戻れたのも、馬鹿な弟子と貴様の息子のおかげか、のう、アリカ・スプリングフィールド・・・・・・?」「・・・・・・そなたは一体・・・・・・」尋常じゃないほどの握力で握っているアリカの腕をへし折ろうとするネギ。いつもと様子がおかしいのがすぐにわかる。目つき、それに彼のこの声は・・・・・・(こいつの声と喋り方・・・・・・)銀時が何か思い出そうとしていると、アスナとカモがさっきまでとは一転して恐る恐るネギに向かって口を開く「ネ、ネギ・・・・・・どうしたのよアンタ・・・・・・?」「兄貴・・・・・・どっか調子悪いんすか・・・・・・・?」それに対してネギはアリカの腕からそっと手を離して、アスナの方へ振り向く。「・・・・・・ふむ、随分と変わったものだな『黄昏の姫巫女』」「・・・・・・・アンタやっぱりちょっとおかしいわよ・・・・・・?」真顔で話しかけてきたネギにアスナがわけがわからなそうに首を横に振ると、ネギは今度は・・・・・・銀時の方へ首を動かして数秒間ジッと眺める。「ほほう・・・・・・」ネギはまるで懐かしむように口元に笑みを広げた。「貴様とは吉原で世話になったな、侍よ・・・・・・!」「!!」ネギの言葉を聞いた途端、銀時は立ち上がって木刀を彼の体めがけて振り上げる。「銀さん何をッ!」「おい銀八ッ!」そのいきなりの行動にあやかと千雨が驚いて声を上げるが、銀時は有無も言わずにその木刀をネギの腹に向かって突き下ろす。しかし木刀は虚しくズンとただ土に突き刺さるだけ突き下ろした場所にネギが既にいないのだ。「クックック・・・・・・この体は中々しっくりくる」「チィッ!」いつの間にか銀時達の頭上にある木の枝に乗っかっているネギに銀時は苦々しく舌打ちする。あの目つきと口調と声、自分の予想が正しければ間違いない・・・・・・。「テメェ、一体どうして・・・・・・・!」「ネギ・・・・・・まさかお主・・・・・・!」「フン、まだわしの事を童の名でいうかアリカ・スプリングフィールド・・・・・・」銀時と同じ感づき始めたアリカも頭上にいるネギを緊迫した表情で顔を上げる。ネギの口調が“ネギではない”、あの口調は正しくあの男・・・・・・「まさかこの場で二人も・・・・・・」ローブをマントの様に翻しながらネギは神威の隣に向かって跳び下りる。そしてこちらにニヤリと笑って「この“夜王鳳仙”の怨敵と会える事になるとはな・・・・・・!」「夜王・・・・・・!」「鳳仙じゃと・・・・・・!」その名を聞いて二人は愕然とする、あやかと千雨はピンと来ていないようだが、名前だけ聞いているアスナとカモは驚く。「夜王ってあの・・・・・・」「知ってるんですかアスナさん?」「世界を窮地に陥れた夜兎の王の名前ッスよ・・・・・・」「なんだよそれ・・・・・・なんでそんな奴の名前をネギ先生が名乗ってんだよ・・・・・・」アスナの肩に乗っているカモの話に千雨が首を傾げていると、ネギはフンと鼻を鳴らす。「まだわからんか小娘、この体はもはや貴様等の知る童の体では無い・・・・・・この体はもうわしの体、つまり夜王の魂をおさめる事が出来る唯一無二の『器』よ・・・・・・」「器って・・・・・・」目つきも以前より大きく変わり、戦闘本能の塊の様な鋭い目つきに。それに今までネギが見せた事のない表情や言動に、千雨は思わず一歩後ずさりする。そしてネギの隣にいる神威はアリカと銀時の方を向いてさらっと話を始めた。「『夜王再臨の書』、俺が前にあの子に読ませた禁術が書かれた呪文書だ、それはアンタも知ってるよねお母さん?」「存じている・・・・・・その本を一度読んだ者は魔法使いの身でありながら夜兎族同然の力を得る事が出来る、ただの肉体強化とは全く次元の違う肉弾戦最強の上級術・・・・・・」そこで一旦言葉を切ってアリカは首を横に振る。「しかし並の魔法使いがそれをむやみに使おうとすると、力に飲み込まれ破滅する。そういったケースを踏まえてこの術は決して使ってはならない禁術として世に封印された筈じゃ・・・・・・」「そう、“表向き”にはそう呼ばれていた・・・・・・けど実際は少し違うんだよネ」「何・・・・・・」茶化してるかのような感じのする神威を見てアリカは少々苛立ち始めるが、彼はお構いなしに話を続ける。「夜王再臨の書、これは術を使った人をただ強くさせるだけじゃない、書に封印されていた夜王鳳仙の魂の一部を入れる器となる為に身をささげる術なのさ」「鳳仙の・・・・・・器じゃと・・・・・・!」術の本来の意味を知ったアリカが目を見開いていると、夜王に体を乗っ取られているネギが神威の代わりに話し始める。「わしは昔・・・・・・魔界の魔術師に一つの術を作らせた」「術のコンセプトは魔界じゃったのか・・・・・・」「魂を一部だけを切り離し、この夜王が死に絶えた時にもう一度生を得る為に作られた術、そしてそれを・・・・・・この童は扱える事が出来た」自分の両手をジッと眺めながらネギは話を続ける。「並の脆弱な魔法使い共が覚える事も出来ずに死滅したこの術を・・・・・・この童はいとも容易く習得する事が出来たのだ・・・・・」「ネギは・・・・・・神威にそそのかされてお主の為に身をささげたと言うのか・・・・・・?」「さすがあの男と貴様の息子だ・・・・・・小さな体のクセにわしの魂を十分に受け入れられる器を持っている・・・・・・気に入ったぞこの体」「く・・・・・!」自分の体を観察しながら話しかけて来るネギにアリカは歯を食いしばる。つまり神威はネギの事を最初からただの料理を乗せる器程度としか思ってなかったのだ。「神威ぃ・・・・・・貴様は夜王の魂を蘇らせる為だけにネギの命を・・・・・・!」「・・・・・・」普通ならすぐに逃げ出したくなるほどの睨みをきかせてくるアリカに向かって、神威は平然と笑ったまま何も答えない。そんな彼に銀時も一歩前に出て睨みつける。「弟子を殺して・・・・・・死んだ男を蘇らせて・・・・・・こっちはテメェがやってる事が全然理解出来ねえよ・・・・・・けどな」「・・・・・・」「テメェの事が気にいらねえんだよ・・・・・・!」「・・・・・・ハハ」手に持つ夕凪の刃を光らせながら凄みのある啖呵を切る銀時に、神威は静かに笑い声を上げた後クルリと踵を返して銀時達に背を向ける。「理解しなくてもいいし俺を許さなくても構わない、俺は俺の道を貫き通す、それだけだ、じゃ行こうか“旦那”」「フン」目の前にある山を指さした神威に不服気味に鼻を鳴らした後、夜王となったネギは神威と一緒に銀時達から去ろうとする、だが。「何勝手に行こうとしてんのよネギ・・・・・・」「む?」「私を置いていこうとするなんて・・・・・・いい度胸してるじゃないの・・・・・・」ローブを引っ張られる感触、ネギは後ろに振り返ると、項垂れているアスナが自分のローブの裾を掴んでいた。「何が夜王よ・・・・・・・」「・・・・・・離せ、黄昏の姫巫女」「こんな時に教師のアンタがいなかったら・・・・・・A組のみんなはどうすればいいのよ・・・・・・」「貴様の教師はもうこの世におらん、離せ」バッとローブの裾を自分で引っ張ってアスナの手を振りほどく。すると彼女はガクッと両手を突いてその場に崩れ落ちた。精神的に酷くやられているアスナを前にしてネギは去る前に彼女に向かって口を開く。「黄昏の姫巫女、昔世話になった礼に童の魂をこの世に戻す方法を教えてやる」「え?」とんでもない情報にアスナは思わず顔をネギの方に上げる。すると彼はフッと笑って「この夜王を殺してみろ・・・・・・」「アンタを・・・・・・」「童の魂は死んでおらん、わしの中にまだ存在している・・・・・・わしを殺せばあ奴は蘇り、奴が死ねばわしが再び蘇る。クックック・・・・・・」「そんなの出来るわけ・・・・・・!」自分に世界を滅ぼそうとした男を倒せるわけがない、アスナが思わず泣きそうな声を漏らすと、満足そうに笑みを浮かべて踵を返す。「ならばそこで死に果てろ、星海坊主も“あの男”もいない今、貴様等では到底この夜王を倒せん、一人骨のある奴がいるがな・・・・・・」「・・・・・・・」「さらばだ」「そんな・・・・・・待って・・・・・・!」最後に銀時の方へ視線を向けた後、ネギは神威と一緒に木の上に飛翔して、そのまま山の方へ駆けて行った・・・・・・・。残された者達は落胆しているアスナが嗚咽をくり返している中、夜王に乗っ取られたネギの背中を見送る事しか出来なかった。「まさかアイツがまたこの世に蘇るなんてな・・・・・・」「・・・・・・お前、アイツの事知ってるのか?」やりきれない気持ちで頭を掻き毟る銀時に隣に立ってきた千雨がボソッと尋ねると、彼はすぐに返した。「元々あいつは俺達の世界の天人だ。昔やり合った事がある、そん時に俺があいつを倒した・・・・・・」「・・・・・・だからお前の事、怨敵だとか言ってたのか・・・・・もしかしてお前に復讐しに来るんじゃ・・・・・」「心配すんな、すぐにまた倒してやるよあんなジジィ、もう一回冥土に戻してやる」千雨の頭を撫でながら口に笑みを浮かべて答えるが、明らかに不自然だ。心の底からそれが出来ると思ってはいないようだった。千雨は彼に撫でながらそんな事を考えていると、銀時の前でしゃがみ込んでいるアリカがゆっくりと口を開く。「無理に決まっておるじゃろ・・・・・・」「あ?」「もう何もかもお終いじゃ・・・・・・ナギも死んでネギも夜王に乗っ取られ・・・・・・大切な物は全て失ってしまった・・・・・・ハハハハ・・・・・・」「アリカさん・・・・・・」乾いた声で笑い声を上げるアリカにあやかが心中察するかのように近づく。「まだネギ先生を助けれるかもしれませんわ・・・・・・私達と協力して下さいませんか?事が上手く進めばきっと・・・・・・」「事が上手く進むだと・・・・・・?」あやかの言葉に反応してアリカは立ち上がって彼女を睨みつける。「神威、阿伏兎、春雨の兵、そして高杉。リョウメンスクナノカミも復活するのにそんな相手を前にして夜王となってしまったネギをまだ救えると思えるのかお主は・・・・・・?」「私は銀さんの事信じてます・・・・・・例えどんな方が相手でもきっと銀さんなら・・・・・・うッ!」「あやかッ!」安心させようと笑いかけて来るあやかの顔を見てアリカは突然彼女の首根っこに片手を伸ばして締め上げる。銀時はすぐに彼女達の元へ歩み寄ろうとするが、アリカがギロリとあやかの首を絞めながら彼に目をやる。「それ以上近づいたらこの音の首をへし折るぞ・・・・・・・」「テメェ・・・・・・」「何が協力じゃ、何が信じるじゃ・・・・・・そんな事で物事が全て解決するとでも思ってるのか貴様は?」「ア、アリカさん・・・・・・」「耳障りな言葉をわらわに聞かせるな・・・・・・昔の自分を思い出す・・・・・・」「ぐうッ!」「いいんちょッ!」首を爪が食い込むほど締めつけて来るアリカにあやかは苦しそうに呻き声を上げる。千雨は額から汗を出して近寄ろうとするもアリカに睨まれて踏み出せない。「私達が力を合わせれば・・・・・・きっとみんなも・・・・・・ネギ先生も助かりますわ・・・・・・」「もう喋るな、虫唾が走るわ」「がはッ!」「いいんちょッ! アンタいい加減に・・・・・・!」息絶え絶えにしながら懸命に呼び掛けようとするあやかの腹に、拳を一発入れて気絶させるアリカ、千雨は怒ったように口を開くが、彼女は平然とした態度で銀時と彼女に口を開く。「ここの山を登ってまっすぐ行った所に橋がかかっておる、銀時、そこで貴様との因縁を断ち切る・・・・・・」「・・・・・・」「10分、そこでお主の事をそこで待っておる、もし過ぎても来なかったらこの女は橋の下の谷底に落とすぞ・・・・・・」「・・・・・・」「もう全てがどうでもよい、こんな世界本当に腐ってしまえばいい・・・・・・フフ」奈落に堕ちた様な暗い表情をしたアリカを見て銀時は黙って歯を食いしばる。すると彼女は雑木林の中に一歩足を入れた。「いいな、10分以内に来るんじゃぞ、そこで貴様と死合う・・・・・・」「いいんちょッ!」雑木林の中に消えて行くアリカとあやか。千雨が慌てて手を伸ばそうとするが、あっという間に見えなくなってしまった。銀時は何も言わず黙ったまま微動だにしない。「どうして・・・・・・修学旅行はみんなで楽しく思い出を作るためのイベントなのに・・・・・・どうしてこんな事になるのよ・・・・・・」「神楽坂・・・・・・」周りに響くはアスナの嗚咽のみだった。一方、銀時達と離れた神威はネギの体を乗っ取った夜王鳳仙と共に、木と木の間を飛び越えながらある場所へと向かっていた。「いやぁ、旦那とこうやって一緒にいられるなんて嬉しいなぁ、見た目は俺より若返えっちゃいましたけど」「・・・・・・神威」笑いかけてくる神威を見てネギはジロっと観察するように彼の顔を見る。そして一本の木に飛び降りた時にふと立ち止まった。「何故貴様がこのわしを蘇らした・・・・・・・」「あれ? どういう意味です旦那?」「貴様が知らぬ筈ない・・・・・・この夜王の人生は既にあの場で終わったのと」目を細めながらネギは呟く、彼が言っているのは恐らく吉原で銀時に倒された時だろう。鳳仙にとって自分の人生はあそこで終わる“べき”だったのだ。「わしはもうあの時この世に何の未練もないと悟った、しかし貴様は、そんなわしをわし自身が当に忘れていた術でこの世に蘇らせた・・・・・・」「何が言いたいんです? “お師匠さん?”」「クックック・・・・・・神威、貴様の師匠であるこのわしが弟子の貴様の企みに気付かぬとでも思ったか・・・・・・」笑みを浮かべて木の上で立ち止まってこっちを見ている神威の前にある木に、ネギは不気味な笑みを浮かべながら飛び乗る。「貴様はわしを蘇らせる事が本当の目的では無いのであろう・・・・・・」「・・・・・・成程、死んでもまだ洞察力は劣って無いというわけか・・・・・・」「ふん、貴様が見ているのはわしではない・・・・・ここにいる童・・・・・・違うか?」ネギは自分の胸を叩く。そう神威は夜王の復活が本願ではない。彼の真の狙いは・・・・・・。「“童をわしの餌”にしたのではない・・・・・・・“わしを童の餌”にする気じゃろ・・・・・・」「・・・・・・」「弟子に自分の師を食わせるとは考えたものだな神威・・・・・・だが」ニヤリと笑ったネギは神威の顔にズイッと近づく。「例えナギの血を持った童でも、数多の戦場を生き残り多くの相手を血に染めたこの夜王鳳仙を飲み込むなど無理な真似よ・・・・・・」「フフ・・・・・・」「親鳥は雛鳥の口に合う餌を与えねば雛鳥は飲み込めずに死ぬ。餌がデカ過ぎたのぅ神威・・・・・・貴様を師として敬ったこの童が哀れでしょうがない・・・・・・」「・・・・・・旦那」小さい体でとてつもない威圧感を放ってくるネギ、夜王鳳仙としての力は未だ現役らしい、しかし神威は平然としながら軽く彼の胸をトンと指で突く。「俺の弟子を甘く見ないで欲しい」「何・・・・・・」「俺はあの子の師匠だ、あの子の事はアンタより知っている・・・・・・いつかアンタは俺の弟子に食われる、間違いない・・・・・・・なんてネ」しばらく冷静に喋った後ニコッと笑う神威、それに対してネギは凄みのある目つきに変わった。「随分な物言いだな・・・・・・この場でわしに殺されたいのか神威・・・・・・」「アンタじゃ俺は殺せないと思うけど?」「・・・・・・ふん」神威の言い方にネギは不機嫌そうに鼻を鳴らす。ここで神威と本気で戦ったら恐らく周りは何も残らなくなる。つまらない事でそんな事をしてもなんの意味もない。「じゃ行きましょうか旦那、新しい仲間にまずは挨拶しなくちゃ」そう言い残して神威は先に行ってしまった。仲間というのは恐らく高杉達の事だ。残されたネギは顔を上げて夜空に昇るたくさんの星達を眺める。「わしはこの世界に興味などもう無い・・・・・・この世に生を持って生き返っても、やることなど一つもない、だが・・・・・・」独り言を呟いた後、ネギは背中に差してある杖を抜いて固く握った。「もし一つだけあるとしたら、コイツの持ち主と決着を着ける事・・・・・・それさえ出来ればこの夜王、なんの悔いも残らん」そう言ってネギはその杖を後ろに向かって勢いよく投げて捨てた。杖はそのまま暗闇の中に消えて行く、ネギは杖が消えたのを確認した後、すぐに神威の後を追った。杖の持ち主が刻々と近づいて来ているのも知らずに