初出 2012/04/21 以後修正
─第33話─
最後の戦い。
──────
20年前の『完全なる世界』が引き起こした儀式の代償として、魔力が失われた土地。
廃都・旧オスティア。その王宮跡。
この地は、20年前の騒動で魔力が枯渇した地であるが、先日壊滅した『完全なる世界』の儀式準備によって魔力が集められていた影響により、今は通常並に魔力が満ちていた。
それゆえ、人のいないこの地が、最後の戦いの場に選ばれたのである。
平時においても霧深く、人目にもつきにくいという理由もある。
その広い庭の中心に、彼を取り巻くよう、ネギの仲間達がいる。
彼の隣には、エヴァンジェリン。
自信の伴侶のその手を、握り、時を待つ。
その広大な庭で、最後の戦いが、はじまろうとしていた……
かちり。
0時の針を、時計が指し示した瞬間。
ざわっ!
周囲にいるネギ達にもわかるほどに、彼の纏う空気が、変わった。
「き、た……」
残された右手で、顔を抑えうめく。
周囲にいるものにも、その背に『闇』が溢れようとしているのが見えた。
かつて、学園祭で溢れようとしたあの『闇』が。
ゲートで暴れた、あの意思が……
ゆらゆらと溢れ、揺れるその『闇』に、ラカンは見覚えがあった。
20年前戦ったあの『造物主』
そのローブの闇の色に、よく似ていた。
あの雰囲気に、よく似ていた!
マジで、勝つのか?
あの時と同じく、勝てないと、本能が訴える。
このままでは、あの体に『造物主』が顕現する。そう思えるほどの、プレッシャーだった。
思わず拳を握るが、周囲にいる少女達を見て、その握りをといた。
そこにいる少女達は、信じた瞳で、その男を見守っていたから。
(……ガキがあれほど信じているんだ。俺が焦ってもしかたがねぇや)
溢れようとする『闇』と、彼の心が戦いをはじめた。
ネギも、刹那も、彼の苦しむ姿を見て、一瞬顔をしかめたが、両の手を握り、信じる事を再開した。
もう一人の『サウザンドマスター』である彼が、負ける事などないと信じていたから。
『宇宙刑事』である彼が、負けるはずなどないと、信じていたから。
明日菜も、木乃香も、楓も、クーも、カモも、その強さを知っている。だから、負けないと信じている。
ユエ、ノドカ、パル、朝倉、さよも、彼ならば負けないと信じている。
超、千雨、茶々丸も、エヴァンジェリンが隣にいる彼が、負けるなどとは思っていない!
少女達の想いを背に、彼は、その右拳を握った……!
──────
ざわっ……
「き、た……」
俺の中をなにかが這いずるような感覚。
胸から背へ溢れるようなナニカが、俺を襲う。
背から溢れんような『闇』が、俺を覆った。
あの時と同じだ。
ゲートを破壊した、あの時と。
脂汗がにじむのがわかる。
その『闇』が、俺の心へにじり寄るのがわかる。
なにかが、この体を我が物顔で動かそうとしているのがわかる。
「……でもな。今回は、あの時とは違うぜ」
脂汗をたらしながらも、にやりと、俺は笑った。
「その通りだ」
優しい声が、俺の耳に響いてくる。
エヴァンジェリンが、その握る手の力をあげる。
感覚を失いかけたその体に、ぬくもりを感じる。
失いそうになる自分を、その温かさが、繋ぎとめてくれる。
……俺は、一人じゃない。
隣に感じる愛おしい人とのつながりがあれば。
やっぱり俺は、無敵だ。
俺は、ゆっくりと目を瞑り。
意識を、自分の中へと向けた。
見える。
俺の中。
心の中に、ナニカがいた。
俺の体を奪い、俺という意識を消そうとする、ナニカが。
ぼんやりとして、人の形をしているだけで、その姿ははっきりとしない。
だが、今まで何度も俺の中で暴れた『闇』だと確信する。
ゆっくりと、それが俺へと這いずりよってくる。
それが、俺の中で、俺を消そうと、せまりくる。
エヴァンジェリンが言っていた。俺を消そうとする時、それは、相手にも同等のリスクがあると。
深遠を覗く時、深遠からもまた、覗きこまれているのと同じように。
拳を握る。
ここに、『四次元ポケット』の恩恵はない。
ただのおっさんである俺の心しか頼るものはない。
だが、俺の隣にエヴァンジェリンがいて、かっこ悪い背中を見せられない子供達がいて。ハッピーエンドがせまっている!
なら俺に、負ける要素がどれだけあるっていうんだ!!
「そういうわけだ『造物主』。ここであんたを吹き飛ばして、ネギの母さんの体も取り戻して、ハッピーエンドにさせてもらおうか!」
せまり来るその『闇』に向かい、俺は拳を握り、振り上げた。
「おらあぁぁぁぁ!」
その顔面に、力いっぱいその拳を、みんなの想いが乗った拳を、たたきつける!
──────
次の瞬間。
彼は、自分自身の顔面に、その右拳を叩きこんだ!!
彼の背から、闇が噴出す。
まるで、黒い羽が生えたかのように。
ぎぃあぁぁぁぁぁあぁあああぁぁぁぁ……!!
悲鳴のような音が、闇と共に漏れる。
その闇は、噴出した後、霧散し、消えてゆく……
「はぁ、はあ……」
ゆっくりと、膝を地面に落とす少年。
息は荒いが、その目には、はっきりとした自分の意思が見える。
「勝ったな」
その少年に、隣にいた少女は、声をかける。
「ああ。これで……」
少年は、その少女を見上げ、言葉を発しようとした……
『……終わりではないさ。むしろ、はじまりだよ』
虚空から、声が響いた……
彼等の頭上。
そこに、闇が広がる。
いや、闇が、集まる……
「しぶといな。神楽坂明日菜!」
エヴァンジェリンが指示を出す。
「うん!」
この事態は予測されていた。
だが、最後の足掻きでしかない。
あの状態では、呪文もなにもあつかえない。
完全魔法無効化の力を持つ明日菜の手によって、消滅させられるのみである。
自身のアーティファクト、『ハマノツルギ』を振り上げた明日菜が、ネギの作った風のジャンプ台を使い、跳ぶ。
その集まろうとする闇へと、その剣を、振り下ろす!
「これで終わりよー!」
が!
がきーん!
その一撃は、見えない壁に、さえぎられた。
「っ!」
「アレは!」
超が見て驚く。
アレは、ゲートの時自分達が見た、あの壁。
彼がはった、自分達の手では、傷すらつけられなかったバリア!
「いや、違う……」
超の言葉を、彼が否定する。
「あれは、あの時のじゃない……もっと、上のものだ……」
彼の声が震えている。
あれは、自分の知る『道具』の効果ではない。もっと、もっと上のものだとわかる……
「だが、なぜ……?」
『ポケット』を奪われたわけじゃない。
それなのに、なぜ、あの闇が、『道具』を使える!
「……そ、そうか……」
その闇を見上げ、フェイトはなにかに納得する。
「あれは、確かに僕の主、『造物主』だ。だが、あれは、僕の主ではない……」
「い、意味わかんないわよ!」
偶然彼の近くに着地した明日菜が、叫ぶ。
「そのままなんだ。あれは、僕の主だが、主ではない。それしか、答えはない!」
目の前に現れようとしている造物主は、確かに『造物主』である。
しかし、それは、フェイトの知る『造物主』ではない。
造物主であるが、『造物主』ではないのだ!
フェイトには、それしかわからない。
だが、それだけで、十分でもあった。
「僕達は勘違いしていた。封印された主は、ずっと封印されたままだった。あそこに居たのは、別の主だったんだ……!」
愕然とした表情で、フェイトはその事実に気づいた。
『そうだよフェイト。私は君の主であるが、君を生み出した者ではない。私は別の世界の『私』。異世界同位体と呼ばれる、別の世界の『造物主』なのだ』
「……異世界同位体」
黒髪の少年が、ポツリとつぶやく。
異なる世界の同じ人物。異世界の、同一人物……
自分と、この体と同じように。
そう。彼そのものという前例があるのだ。彼以外に同じ何者かが現れない可能性がないなどとは、当然言えない!
『四次元ポケット』を持つ彼が、他の世界の『彼』であったように。
目の前に現れたフェイトの主もまた、別の世界の『主』なのだ!
だからこそ感じたフェイトの違和感。
だからそれを肌で感じたフェイトは、ソレを倒そうとした!
しかし、次元を超えた召喚など、別の世界の同じ人物が現れるなど想像も出来ないフェイトは、それを言葉で表す事が出来なかったのだ。
目の前に存在するあの闇は、『造物主』と同じ存在……
そして、気づく。
違った。
この世界に封印された『造物主』が、外から体を奪いにきていたのではなかった。
最初から、中に居たのだ。
あの闇のなかに、それは、最初からいたのだ!
あれこそが、もう一人の『造物主』だったのだ!
ならば、あの闇が這いずり出してきた時、打ち払われた闇は、どこへいった……?
『そうだよ。感謝しよう。君のおかげで、私はこの世界に顕現する事が出来た……』
闇が、心を見透かしたように、彼へと言葉をつむぐ。
『君のように顕現するのは、中々に骨だった。なにせこの世界の私は、封印されているからね。しかも私は、君とは違い、存在が強大すぎる。そう簡単に世界から世界へは渡れなかったのさ。だから、君によって、何度かにわけてこの世界へ呼んでもらったんだよ……』
「な、に……」
『何度だったかな? 君が、自身の中で、身に宿した『闇』を打ち払ってきた回数は?』
ヘルマン、学園祭、ゲート、あの茶番劇。そして、今。5度にわたり、彼は闇を退けてきた。
『そう。5回だ。そのたびに、私はこの世界へと少しずつ顕現していたのだよ。君が闇に打ち勝つたび、私という存在は、少しずつこの世界に押し出され、現れる事が出来たのだ。君のおかげで、私はこの世界へやってこれた』
「……つまり、お前をこの世界に呼ぶために、俺は呼ばれたって事か?」
『そう。君は選ばれた。体の中の闇を打ち払い、世界へ放出する。この世界と私を繋ぐ門として。闇に負けない意思を持つ者だからこそ、選ばれたのだ』
途中で闇に押しつぶされては、この世界へやってくる事は出来ない。
ゆえに、絶対に負けない心を持つ者が、門として必要だったのだ……!
どんなにへたれでも。どんなに怖くても。絶対に諦めず、絶対にくじけぬ心の強さを持つ者だから、彼は門として選ばれてしまったのだ……!
ソレが完全に顕現するまで耐えられる精神を持つ者だったから!
この世界において、その体の持ち主であった少年は、この世から姿を消す前、こう願ったかもしれないと言った。
『もしも僕に、もっと強い心と力があれば』と。
それに応じて彼が現れたと。自分のせいで。と……
だが、それは事実ではなかった。
この世界へ、彼をいざなったのは、この世界の『彼』ではなかった!
彼をこの世界にいざなったのは、この世界へ現れる事を望んだ別の世界の『造物主』!
その少年の器が門として選ばれたのは偶然に過ぎない。異界から彼が呼ばれたのは、その体の中でもっとも心が強かったからに過ぎない。
たまたま選ばれた器の中で、最も門に適していた彼だから、この世界に現れたのだ。
そしてその『闇』は、計画通り、この世界に顕現した……
体を奪えても、奪えなくても、どちらもヤツの思い通りだったのだ。
途中で破れたのならば、彼の力を得た『造物主』が。最後まで勝ったのならば、このように。
彼がこの世界に現れ、その力を顕現させたその時から、その計画は、成功していたのだ……!
『それは正しくない。なぜなら君の肉体など、その力など、必要ないからだ。君の力は、私の力を劣化して模倣したに過ぎない……』
だが、その闇は、その仮定を否定する。
「なん、だと……」
『君は知っているだろう? 私の事を。その最強を超えた、究極の、そして、終焉とも言える、科学の力を……』
声が、集まる。
闇が、集まる。
彼が追い出した闇が、集まる……
その力が、形作られてゆく……
闇が、そこに、形を作る。
そこには、一つの仮面が現れていた。
彼は、それを、知っている……
その時彼は、なぜそのバリアが、その場にあるのかを、完全に理解した。
俺は、知っている。
ドラえもんが、その『道具』を使用しながら、完全敗北した存在を。
全ての『道具』の性能を上回り、時間停止すら無効化し、ドラえもんを黒焦げにした存在を。
タイムパトロールという軍隊にも近い組織が来て、ようやく解決する事が出来たその事件の黒幕を!
あのドラえもんの科学のさらに100年先を行く、23世紀の科学力を持った、最強の敵とも言える存在。
彼は、その名を、その仮面を持つ者の名を、喉から搾り出した。
「『ギガゾンビ』!」
それのしていた、自身を象徴する仮面が、なぜここに!?
「だがなぜ『造物主』がその姿をしている!」
『なぜ? この仮面の姿かね? 答えはわかっているんじゃないのかい? 私はね。この世界では『造物主』であり、他の世界では『ギガゾンビ』と呼ばれる存在でもあるからだよ』
「な、に……?」
彼にもそれは、衝撃的だった。
『ああ、君が知る、『ギガゾンビ』もまた、私とは別の異世界同位体かもしれないな。しかし安心したまえ。私の持つ力は、それと同位なのは間違いない』
「っ!」
安心など出来るわけがない。同じなどであるはずがない。相手には魔法もありえるのだから。ここにタイムパトロールなどはいないのだから。
それに察知されぬ肉体を捨てるこの方法で、この世界へ渡ってきたのだから!
『当初の予定では、原始時代で王国を作ろうと思ったのだがね。もしも。も探してみるものだ。それよりも面白い世界を見つけた。だから、この世界へ接触し、顕現する事を決めたのだ』
仮面が、つらつらと言葉を発する。
『肉体は、こちらでいくらでも調達出来るから、力と、『私』を君に運んでもらったというわけさ』
誰もが信じられない事を、当然のように。
だがそれは、全て事実であった……
そもそも。ただの人である彼に、青ダヌキ以上の利便性を持つ『四次元ポケット』を与えられるのは何者か? を考えれば、ここに『ギガゾンビ』の存在があるのも必然といえる。
彼が『四次元ポケット』を持つ事。それこそが、『ソレを知る何者か』がこの世界に介入した証なのだから!
ならば、彼を門としてその内より顕現した、目の前にいるそれは、『造物主』であり、『ギガゾンビ』である以外ないのだ……!
『つまり君の力は、私を運ぶからこそ君にもおまけでつけた、私の模倣であり、私にしてみれば、100年も前の、化石にも等しい前時代の力なのだよ。そんな力、私が必要だと望むと思うかね?』
正確に言うなら、彼の力は、いわば保険である。
一度の召喚で顕現が可能で、万一彼が闇に負け、『ギガゾンビ』の力が完全にこの世界へ顕現出来なかった場合、その力を使い、目的を達成する。
23世紀の科学よりは落ちるが、それでもこの世界を好きにするには、十分な力であるのだから……
それは、今まで彼がしてきた事を振り返れば、十分すぎるほどに証明されている。
その言葉に、この場に居た全員が息を呑む。
彼の力を、化石にも等しいと表現するその自信。
なにより、力が強大だからと言って、5度にわけなければこの世界に現れる事が出来なかったというのが本当ならば、単純計算で、一度の召喚で現れた彼の、5倍強いという事になる……!
彼の力の強さを身をもって知るネギ達だからこそ、その宣言に、戦慄せざるをえなかった。
そんな中……
「はっ、ははははは」
……彼が、笑った。
「はははははは」
楽しそうに。
「ははははははははは」
嬉しそうに、ひとしきり笑い、それを止める。
思わずにじんだ涙を目じりから払い。
「一つ、感謝しておくよ」
正面に仮面を見据え、そう言った。
『なにをだね?』
「血筋とか、才能とかじゃなくて、選ばれた理由が、俺そのものである意思だったってところは悪くない。あんたがそんな事を考えてくれたおかげで、そんな俺だから選ばれて、俺はこの世界に来れた。あんたじゃないが、『造物主』がエヴァを吸血鬼にしてくれたおかげで、俺はエヴァンジェリンに出会えた。この世界に愛着を持てた。それは、感謝するよ」
仮面に指を突きつける。
「つーわけだから、それに免じて、このまま素直に元の世界へ帰るのなら、見逃してやるよ?」
自分の5倍強いかもしれない力。
100年先の科学を持つ者。
それに対し、彼は臆する事なく、そう言い切った。
その言葉は、愕然とする者達へ、勇気を与える……
『ふふ。さすが私をこの世界へ呼ぶために選ばれただけはある。そう簡単には絶望しないか』
「あったりめーだ。なにをやりたいのかは知らないが、どうせろくな事じゃないんだろ? なら倒されるの確定しているし、こっちの世界の『造物主』もついでに倒す。それで俺達はハッピーエンドを迎えるんだからな」
『残念だが、それは無理だろう……』
その仮面が、闇色の光を放つ。
次の瞬間。宙に浮かぶ『ギガゾンビ』の仮面から、一つの扉が零れ落ちた。
真っ黒で、荘厳な雰囲気のする扉。
ぎぃ。
ゆっくりと、その扉が開く。
扉の後ろには、なんでもないその後ろの空間があるはずだった。
しかし、その扉の先にあるのは、水晶のようなものに閉じこめられた、闇色のローブを着た存在。
知っている。
その『道具』の存在を、知っている。それは、まるで、『どこでもドア』だ……
だが、彼等の知る『どこでもドア』とは、それは違った。
その水晶が、扉へとせまってくる。
いや、正確には、ドアの空間が、水晶へと進んでいるのが正しい。
こちら側からだと、水晶が動いているようだが、その実は、扉の空間が勝手に動いているのだ……
自動で対象をそのドアは飲みこみ、こちら側へ。
仮面の下へと、それは姿を現した。
扉から、その水晶などないかのように、そのローブの存在は、姿を現しわしたのだ……
封印など、関係もなく、目的のモノのみを、こちらに招き入れたのだ!
その闇色のローブを纏った存在は、空に浮かぶ、扉を吸いこんだ『ギガゾンビ』の仮面を手に取り、頭部を覆うローブを外した。
そこに現れた姿は、ナギ。
ネギの母であり、『サウザンドマスター』であり、封印された『造物主』のヨリシロとなっている存在。
それが、闇色のローブを羽織り、そこにいた……
つまり、この場に現れたのは、この世界の、『造物主』
「テルティウムよ……」
そのナギが、言葉を発する。
「今までご苦労だった。もう、消えてなくなってよいぞ……」
次の瞬間、その正面に魔法陣が現れ、闇のビームが、放たれた。
「っ!」
フェイトは、あまりの事に反応出来なかった。
「危ない!」
だが、幸運にも近くに居た明日菜の剣が、その光線をかき消す。
「あ、あぶなぁ……」
ほっと胸をなでおろす。
『やはり、私の力が必要のようだな』
「そのようだ。私よ……」
手にした仮面を、ナギはその顔へと収めようとする。
「させるかよ!」
絶対に勝てないと感じたプレッシャーを、彼の言葉によりはねのけたラカンが、仮面とローブの存在の要る高さまで飛び上がり、拳を握っていた。
その拳に集まった力。ラカンのラカンインパクトが、そこへ向け飛ぶ。
だが、その一撃も、光の膜を傷つける事は出来ない。
ラカンの一撃ですら、そのバリア。
23世紀製の『バリヤーポイント』に、傷一つ入らない!
「ちっ……」
「なぜ、なぜです主! なぜ……!」
フェイトが無慈悲な主へ疑問を投げかける。
どうして、自分の計画をすべて捨てたのか。
どうして、自分まで不要と言うのか。
本当の主であるあなたまで、なぜ、消えろなどと!
「簡単な話だよ。お前はもう、必要ない。私は、この魔法世界だけでは足りないのだ。すべてを、作り変える。そのために、もう一人の私を呼んだ。これで私は……」
『そう。私は……』
「『創造主』となる」
ナギの顔に仮面がかぶさり、二つの声が、重なった……
この瞬間。『ギガゾンビ』と『造物主』が融合した、『ギガ造物主』が誕生した。
「はは、わかりやすい目的だ。大も小もない。自分の好きな世界を作りたいってか」
黒髪の少年が、空に浮かぶその存在の言葉を、茶化すよう言う。
「その通りだ」
その存在は、あっさりとそれを認めた。
「……っ!」
意外! そうまであっさりとそれを認められるとは、彼も思ってはいなかった。
「どれだけ高尚な理想を掲げようと、なにをどう言いつくろうと、たった一人の存在が、世界を好きに破壊し、作り変え、生み出すというのは、他に存在するすべての者を否定する行為だ。ならばそこに、下手な装飾をつける必要はあるまい? それとも、人類の救済を掲げれば、納得するのかな? 君は、世界を救うためという建前のそれを、受け入れてくれるのかな?」
「ねーな」
彼もそれは、あっさりと認める。
「ならば、下手な装飾はなしだ。たった一言で、私の目的は伝わっただろう?」
仮面に隠れたその顔は、すでに見えない。
声も平坦で、感情はまったく感じ取れなかった。
ただ、一つだけわかる。
目の前の存在は、人類はおろか、世界の敵であると。
すべてを破壊し、新たな世界を創造する存在であると!
「まったくだ。だからこっちも、装飾なしに言っとくぜ。今からあんたをぶっ倒す!」
「ああ、その通りだな。いくぜ小娘ども!」
彼に続いてラカンが子供達に檄を飛ばす。
「はい!」
ラカンの言葉で、少女達も一斉に構えを取った。
「エヴァンジェリン」
しかし、構えた少女達の事など気にも留めないように、『ギガ造物主』は言葉をつむぐ。
いや、実際大して興味などないのだろう。
自身が敗北する光景など、考える必要もないほどに差があると知っているから……
「我が娘よ。ご苦労であった。お前のおかげで彼はここまでこれた。半分は、お前のおかげでもあるだろう。だから、お前に、待ち望んだ死を与えよう」
「なっ、に……?」
ヤツは、ゲートで現れた時、こう言った。
『「永遠の命を持つお前は、私に必要なのだ。私を永遠に語る、語り部として……」』
と。
そして、吸血鬼に戻そうとした……
だが、今はもう消えてよいという矛盾。
融合したからか?
否。その本質は、どちらも同じだった。
ならばそれの意味する事。それはすなわち……
ゲートでフェイト達の目的通り、ゲートの要石を破壊したのは、彼等の計画を助けるためではない。
あの破壊は、彼を呼び覚ますための行動。
だが、彼はそれで目覚めなかった。
だからその後、エヴァンジェリンに目をつけた。
彼の意識を、呼び覚ますために!
すべては、自身の計画の為に!!
「……そういう事か。どこまでも虚仮にしてくれる!」
左の手を、ごきごきとエヴァンジェリンは鳴らした。
「では……」
エヴァンジェリンの行動すら無視し、その言葉と共に、『ギガ造物主』は、ゆっくりと手を空へ掲げた。
ローブの袖から、それは這いずり現れた。
「っ!」
「あれは!」
一つのカップルが、同時に声を上げた。
二人はそれを知っている。
それが、どんな効果を発揮する、爆弾なのかを……
『地球破壊爆弾』
その言葉の通り、一撃で地球を破壊する威力を持つ爆弾である。
「さらばだ」
そいつは、事も無げに、それを彼等の元へと、放った。
「そんなのいきなり、使うなあぁぁぁ!」
その威力を知る少年は、両手を別々のポケットへと入れる。
その片手には、『ビックライト』
残った手には、『ひらりマント』
どちらも説明は必要あるまいな!
光が瞬き、その空を覆わんばかりのマントが、そこへ翻った。
その上で、その破壊爆弾が、力を発揮する。
カッ!!
はるか遠い地球。
その光は、遠く遠く離れたその地からも、確認が出来た。
魔法世界の土台となる、ヨリシロたる火星。そこからもれた光が、光の柱を形成しているのが、現実世界の地球からすら確認が出来たのだ。
それこそが、星を破壊する光……!
それが、巨大化した『ひらりマント』によって、その力が跳ね返る。
生まれた爆風すべてがひるがえり、反射された。
空へ向って、すべての爆風が、はじけとんだ!
魔法世界へと溢れようとする星を破壊するほどのエネルギーが、真上。空へと逃がされたのだ!
光の柱が、生まれる。
それでもびりびりと、マントの反射をすり抜け、衝撃が響く。
星を一撃で塵へと返す力なのだ。
空に逃がしたからといって、この後魔法世界にどんな影響があるのかすらわからない。
「や、やったか!」
誰かが言った。
「いや……」
その言葉に、その力を跳ね返した少年が否定の言葉を持って返す。
衝撃が消えたその先。
マントという視界をさえぎるものが消えた先。
そこには、無傷で浮かぶ、その存在がいたのだから……
爆発という、範囲を破壊する事により、威力が分散されたそれは、相手の『バリヤーポイント』に傷すらつけなかった。
ある意味当然の結果だろう。
相手もそれを理解して放ったのだから。
なにせ、相手が使ったのは、彼も持つ『道具』。
23世紀の100年も前の技術で作られた、破壊の力なのだから……
相手の纏うそれは、23世紀製の『道具』なのだから!
「そもそも、わざわざ俺の『ポケット』に入っているの使うというのがいやらしい!」
びしっと彼は、空に浮かぶギガゾンビに向け、指をさした。
「その『ひらりマント』、使い物にならなくなったな」
『ギガ造物主』の声が聞こえる。
『ひらりマント』はその表面に触れたものを反射するという『道具』である。
ゆえに、威力の高いものを跳ね返せば跳ね返すほど、マントそのものが傷ついてゆくというデメリットがあった。
この言葉により、少年は一つの確信を持つ。
ヤツは、『ギガ造物主』は、『道具』の知識も完璧だ!
「わかってんだよそんな事は! その余裕、絶対消してやる!」
再び彼が、ポケットへと手を入れ、一つの時計を取り出した。
『ウルトラストップウォッチ』
ストップウォッチを模した『道具』で、かつて使用した『タンマウォッチ』同様時を止める効果を持つ。
しかし『タンマウォッチ』は時計に触れている者以外の時間を止めるのに対し、こちらは使用者の近くにいればその時間停止の効果を受けず、止まっている相手にこの『道具』で触れる事で時間停止を解除出来るという違いがある。
ゆえに、この場で彼に触れておらずとも、近くにいる仲間の時間も止まらない!
時が、止まる。
煙の動きも、雲の流れも全てが止まる。
当然空に浮かぶ『ギガ造物主』も……
「……それに意味があると思うのかね?」
……止まらない。
止まっているはずの時の中を、その存在は平然と動く。
すっと、右腕を正面に突き出せば。
直後、ガラスが割れるような音と共に、時間の停止が解除された。
非戦闘員として、その場から脱出し、別の場所から見ていた超は戦慄する。
あの絶対の力が、こうも簡単に!
だが、彼は動揺しない。
にやりと笑い。
「いいや思わない。でもよ、これが発動している限り、あんたも時間は止められない。そうだろ?」
時計をひらひらと見せ、発動したままのソレを、そのままポケットへとしまった。
停止が発動している限り、それを解除し続けなければならない。
時間の流れは、さすがに一つしか存在しない。それを止めないよう進め続けるという事は、自身の時間停止も使えないという事である。
それが可能ならば、わざわざ時間停止の解除を行う必要がないのだから。
「確かにな。君も中々の知識を持つようだ」
「これで絶対一方的っていう状況はなくなった! みんなひるむなよ!」
さらに彼は、懐より『道具』を取り出す。
二度も呼び出すことはないと考えていた、その獣を。
他の者の回答も待たず、彼は手に掲げたそれを発動させた。
「こい! ヤマタノオロチ!!」
ぞわっ。
場にいたもの全ては、一瞬正気を持っていかれるかと感じた。
場に現れたのは、古の獣。
かつて麻帆良の地に召喚された、神の獣。
神話の龍。
日ノ本の神話に存在する、八つの頭を持つ獣。
その巨体が出現する事によって、多くの者はこの場から、逆に飛びのく事となる。
しかし、この巨大さは、非戦闘員の避難と、敵である『ギガ造物主』に、他の者を狙わせないという目的もあった。
獣が頭をもたげ、その存在の前に巨大な姿を現す。
王宮にある宮殿の高さよりもさらに上にあるその双眸達が、目の前の『敵』を捕えた。
「今回はその先まで全部廃墟だ! やっちまいなー!」
オスティアに広がる霧の中、どこからともなく、黒髪の少年の声が響く。
ヤマタノオロチに全力全開で攻撃を放てと命じたのだ。
「ギャオォォォォォォ!!!」
ヤマタノオロチが、吼えた。
その一撃は、相手が相手ならば、新たなる神話として語られたであろう……
その八つの口より放たれた光に抗える存在など、この世界にいないと、誰もが確信しているほどの、光であった。
その一撃は、大地をえぐり、地を揺らし、巨大な轟音を生む。
「な、なんちゅー一撃や……」
場から避難したコタローが、思わず言う。
「ニンニン」
「ですが、これでも……」
木乃香を抱えた刹那が、思わずつぶやく。
あれは、日ノ本を代表する伝説の魔物。
国造りの時代、神に屠られた神獣。
誰が見ても、その一撃に耐えられるものはいない。
だが、彼女達は知っている。
それすら防ぐ力がありえるという事を……
その光の奔流の中に、それはいた。
透明の膜により守られ、平然と空に立つそれが。
その光の奔流の中、揺らぐ事のない存在が、そこに存在した!
そのバリアは、神話の一撃を受けても、揺るがない!
神話の怪物ですら、それに傷をつけられない!
再び、その袖から、一つの『道具』が姿を現す。
それは、一見すると、なんの変哲もない槍にしか見えなかった。
その槍が、光の奔流の中、ヤマタノオロチへと向けられる。
『ショックスティック』
穂先から電撃を放つ槍。
22世紀のタイプは、原始人が持つ紐で巻いただけの粗末な石槍タイプであるが、23世紀のタイプは、シャープな造詣の槍である。
旧型は、最大パワーならば、象も一撃で昏倒させるというが……
彼は、その槍を見た事があった。
ドラえもんの劇中で、ギガゾンビがふるった、23世紀の、電撃を発する槍だったから。
穂先がバリアの範囲外へと出るが、その表面が光るだけで、その本流の中、揺るぎもしない。
「神に屠られた獣程度が、『創造主』たる者を倒せるなどと思うな」
その言葉と共に、雷が、放たれた。
一本の雷が、オロチの光線を、受け止める。
二本目が、ゆっくりと、オロチの光を押し返す。
三本目。四本目。五本、六本、七本……
細い雷が、次々と生まれる。
一本一本が重なり、強大な雷へと生まれ変わる。
その槍の先端から、雷が、次々と放たれてゆく。
千の雷など、目ではない。
それこそ、億。兆。いや、数など数えるだけ無駄だ。
名をつけるならば、『神の雷』が、まさに相応しい……
獣の一撃が、その雷によってかき消された。
そこに新たに生まれるのは、巨大な雷の嵐。
ヤマタノオロチが、『神の雷』に飲みこまれる。
「キギャアァァァァァァァァ」
ヤマタノオロチの断末魔が、あたりに響き渡った。
それでも雷の嵐はとまらない。オロチを焼き尽くし、塵へと返し、さらに周囲を飲みこんでゆく……!
「だが、その攻撃の瞬間を、待っていたぜ!」
雷の槍を掲げる『ギガ造物主』の耳に、そんな声が響いた。
ふと視線をめぐらせれば、すぐ近くにまで、彼の仲間がきていた。
オロチの攻撃に紛れ、こちらの隙をうかがっていたのだろう。
「攻撃している間は、あの倍返しは使えねぇんだったな!?」
先頭にいるラカンが、自分達の最後尾にいる少年へ、声をかける。
オロチとぶつかり合っている間に、なにか策を授けたのだろう。
「たぶんな!」
あの倍返しとは、『痛み倍返しミラー』を使用した、ダメージ倍返しのカウンターである。
あれは、持ったまま攻撃するとダメージが自分に返るというデメリットがあった。
あれほど強力な『道具』なのだ。あのデメリットは、どれだけ未来になろうと削れはしないだろう。彼はそうあたりをつけていた。
だが、実際は賭けである。
「なら、いける!」
全開ラカンインパクトを撃つ準備に入るラカン。
だが、雷を放ったままとはいえ、『ギガ造物主』の体は、今だバリアに守られている。
「ニン!」
そこに、そのバリアに、奇妙なフラフープが投げつけられた。
『通り抜けフープ』
知ってる方も多いと思われる『道具』
フラフープをかたどった『道具』で、これを壁面などに貼りつけると、その壁の向こうへくぐり抜ける事が出来るという壁抜けの『道具』
ならば、バリアも通り抜けられるはずだ!
そこにあわせ……
「我が主よ。いや、あなたはもう、主ではない。だから、こう呼ばせてもらおう。『ギガゾンビ』と」
フェイトが、空に浮かぶそれに向かい、そう宣言した。
主はやはり、変質してしまった。
あの仮面と交信した事で、自分の知る存在とは別の存在に変わってしまった。
『思うた通りに動いてみろ』
変質する前の主は、こうおっしゃられた。
……ならば僕も、思うままに動きます。
「ヴィシュ・タル リシュタル ヴァンゲイト!! 契約に我に従え奈落の王!! 地割り来たれ 千丈舐め尽くす灼熱の奔流!! 滾れ! 迸れ! 赫灼たる亡びの地神!!」
主との決別を果たし、フェイトが呪文を唱える。
「引き裂く大地!!」
極大呪文。
『引き裂く大地』と呼ばれる大地の力を解放して放つ、地の属性最大クラスの呪文。
地に放てば、溶岩を生み出す力を、その光の膜に空いた穴へと撃ちこんだ。
「いくで! 犬上流獣化奥義狗音影装!」
小太郎の姿が変わる。獣化。人間の体を捨て、身体能力を大幅にパワーアップさせる、小太郎最大の奥義。
「さらに!」
しかし、獣に変わった姿が、さらに変わる。人の姿へと、戻ってゆく。
その力を、右腕に集中し、獣の自分をそのまま相手にぶつけるという、今日ラカンとの修行で身につけた、最新の必殺技!
「名前はまだない!」
その右腕から、巨大な獣と化した気の塊が、飛び出した!
三者の攻撃が、空を裂き、その開いた小さな穴へと吸いこまれる。
「やっ……!」
思わず誰かが叫びそうになった次の瞬間。
彼女達が撃ちこんだ、その穴から、同じ攻撃が、そのまま返り、放った者達へ直撃する。
ラカンもフェイトもコタローも、その衝撃で、弾き飛ばされ、地面へ着地する。
「みんな! 今治療するえ!」
跳ね返されたその一撃達の傷を、刹那に抱きかかえられ、クーに守られた木乃香が次々と癒してゆく。
「かはっ……」
「だめ、やったか……」
「ダメじゃねーか!」
一応の作戦立案係である黒髪の少年へ、ラカンが怒りを向ける。
「やっぱダメだったか。すまん!」
確かにギガゾンビは原作中でも『通り抜けフープ』の通路を捻じ曲げ、別の場所へと通じさせていた。
それは、あの薄い壁でも捻じ曲げる事が可能だという事か……
だが、一つわかった事は、相手はあのミラーを使用してはいないという事。少なくとも、持っていれば全て跳ね返せるというメリットだけが存在しているわけじゃない事は確認出来た。
もっとも、結局はバリアがあるから、大きな進歩ではないが。
やはり、下手に小細工するよりも、正面からあのバリアを破るのが、一番相手の意表をつけるか……
彼はそう考える。
「ならば次は私だな!」
地面にいる彼等の元を振り向こうとした『ギガ造物主』の頭上から、声がする。
マントを翻し、『吸血鬼』へと変化したエヴァンジェリンが、姿を現した。
両手を目標へと向け、最後の呪文を唱える。
「『凍りつく氷棺』!」
直後、『ギガ造物主』の周囲を、巨大な氷の棺が覆った。
「やっときたか!」
待望といった声を、彼が上げた。
「これで身動きは……」
見上げた刹那が、言おうとするが……
「いや……」
放ったエヴァンジェリンが、それを否定する。
「次は君か。我が娘よ」
氷の中。ぽっかりと開いたバリアの中で、それは言葉を平然と発する。
低温などものともせず、それは平然とそこにある。
バリアの中から、槍がその氷の棺に突き立てられる。
その周囲に、魔法陣が生まれた。
陣から魔力が放たれたその瞬間。
じゅわっ!
瞬時にして、その魔法が解除される。
「おいおい」
思わずラカンがつぶやいた。
あのエヴァンジェリンの魔法を一瞬で解除とか、前見た時よりとんでもなくなってる。
それは、もう一人の造物主、『ギガゾンビ』と融合したがゆえだろう……
「この世界で生まれた魔法や気が、私に通じると思ったか?」
「思ってはいないさ。だが、目くらまし程度にはなっただろう?」
彼の隣へ降り立ったエヴァンジェリンが、そう『父』に告げた。
「む?」
次の瞬間。舞い上げられた粉塵や、魔力のかく乱、気の放出によって認識のさえぎられた先から、その一撃がバリアに突き刺さった。
皆の大技に隠れ、準備されてきた、そのネギの一撃が……
──────
時は、『地球破壊爆弾』が投下された直後に戻る。
時を止め、ヤマタノオロチを召喚する間に、エヴァンジェリンはこの場にいる非戦闘員をかき集め、近くに止めてあったグレートパル様号へと避難させていた。
「……まさか、嫌な予感とはこういう意味だったとはな」
エヴァンジェリンが一人ごちる。
確かに負けはしなかった。
だが、それもまた、敵の計画のうちだったとは……
その上、ナギの体を奪った『造物主』まで現れ、それと融合してしまった。
このままでは、バリアを破ったとしても、直接攻撃が出来ない。
となれば、あの時教えられた方法を、やるしかない。
「ネギ、お前はあの一撃を放つ準備をしろ」
もう一人。戦闘の主軸となるネギがエヴァンジェリンにつれられ、その場所に居た。
「え? はい。ですけど、ここじゃ味方の数が少なくて……」
「それは今からどうにかする。お前は、今から最大の力で、この星の者全ての力を借りる勢いで、あの呪文を展開しろ」
「……っ! やれるんですか?」
エヴァンジェリンのその言葉と共にネギはやるべき事を理解する。
しかし、ネギの魔法は、味方の力を借りる。最低でも、力を貸すと同意してもらわねばならない。
だが、どうやって同意を得るというのだろう……?
そして、自分にソレが本当に出来るのだろうか……?
この世界全てに範囲を広げるなんて、理論上は可能というレベルでしかない。
「お前ならやれる。準備は任せろ」
その不安を吹き飛ばすよう、エヴァンジェリンの言葉が、ネギに降り注いだ。
それは、ネギの心に芽生えた不安を吹き飛ばすに十分の言葉であった。
「はい! ですけど、バリアを破ったあとは……」
その先にいるのは、ナギの体を器にした『ギガ造物主』だ。
「その点に関しても、考えがある。耳を貸せ」
エヴァンジェリンは、その考えをネギに伝える。
「わかったか? お前は、この一撃だけを考えろ。力も、限界まで借りてかまわん。どうせ勝てなくてはこの世界は終わりだ」
「はい!」
拳闘大会の時は、応援したそのエネルギーをそのまま借りただけで、疲労がちょっと増える程度だったが、今回は、たとえ世界全員の力を借りても、それでは足りないと想像出来た。
相手は星をも砕く力にすら耐えるバリア。全ての人の力を、限界まで借りて、破れるかどうか。
ゆえにネギも、それに関しては素直に同意する。
「世界の協力は、お前の仲間に任せればいい」
「はい!!」
そして、エヴァンジェリンの言葉を信じ、ネギは自身の魔法を使うため、グレートパル様号の上で、その魔法を展開しはじめた。
世界全ての人から、力を借りるための、魔法を……
「残りの非戦闘員! お前達にもやってもらう事がある!」
「はい!」
グレートパル様号に連れてきた、朝倉、さよ、早乙女、千雨、茶々丸、超、ユエ、ノドカの非戦闘員を、今の光景をカメラで撮り、外へ流せる準備をさせる。
超と茶々丸がいるので、それを外へ放送するのも楽なものだった。
「まさか、ここでこいつをならす事になるとはな」
エヴァンジェリンは、手にした小型の魔法具を発動させた。
今日渡された、総督へのホットラインだ。
ツーコールもしないうちに、そのラインは繋がった。
「聞こえるかクルト・ゲーテル。世界の危機を救う手助けをしてもらうぞ」
……
そのパーティーは、0時を回ったというのに、今だ盛況であった。
今日は、24時間休みなしで、その最後の日が祝われる。0時をまわり帰らねばならないシンデレラが存在すれば、今日ほどその制限が残念だと思わなければならぬほどに、その祭りは、絢爛豪華であった。
なんの因果か、総督の願ったスピーチも、その時間にはじまるという、少々遅めのスピーチとなっていた。
日が変わり、新しい歩みという意味もこめた、スピーチだから。
だが、それがある意味、幸運を呼ぶ。
あの大暴露大会となったあの時と同じように、世界のいたるところで中継が行われる、大切な世界スピーチ。
災厄の魔王と呼ばれたあの英雄の名誉を回復するためのもうけられた、一幕。
そのスピーチがはじまろうとしたその時。
突如として、旧オスティアの方角から、光の柱があがった。
それは一瞬、魔法世界の夜を、昼に変えた。
光の後訪れるのは、轟音。
それは、世界の隅々まで届き、人々の目を覚まさせた。
光だけを見れば、巨大な花火のようであり、この祭りを祝っているかのようではあった。
しかし、その後訪れた轟音と振動は、そのような楽天的なものではないと、人々に気づかせるのには十分だった。
その衝撃は、眠りを起こされた人々に、そこへ注意を向けるきっかけとなる。
大地震が起きれば、人はテレビをつけ、その被害を確認するように、人々は、空を見上げた。
きしくも、空にはスピーチ用のモニターが浮かんでいたから。
モニターが明るく輝き、そこに、新オスティア総督、クルト・ゲーテルが映し出された。
あの大暴露大会を指揮し、いまや魔法世界で知らぬものはいないほどの有名人であり、一人の英雄として称えられようとしている人物だ。
彼はそこで、世界の危機を訴えた。
「皆様。かの大暴露大会により、メガロメセンブリアの闇は消え去りました。20年前に処刑されたとされる、災厄の魔王と呼ばれた王は、実は濡れ衣だったのです! 多くの人が信じたとおり、彼は、世界を救っていたのです! そのために、本日のスピーチは用意されました……」
その背後にモニターが降りてくる。
クルトの言葉の合間に、そのモニターに光がともった。
すると、ある戦いの画面が、映し出された。
一つの爆弾が投げつけられ、巨大なマントが、その衝撃を上へと逃がすその状況。
それは、先ほど見えた、光の柱そのものであった。
「ですが、今はその事を説明している暇はありません。今世界は、再び危機を迎えております。20年前と同じように、世界を滅ぼそうとする存在と、かの『サウザンドマスター』とその王との娘が、戦っているのです!」
画面が変わる。
小さな船の上で魔法陣を作り、準備を進めるネギの背が写る。
さらにその先。旧オスティアで常に立ち込める霧の向こうに、巨大な龍が召喚されたのが見えた。
それは、霧のせいで人々にはぼんやりと、シルエットでしか見えなかった(霧、テレビのおかげでオロチの狂気はほとんど感じられない)
しかし、その大きさは、ヘラス帝国の守護聖獣、古龍龍樹の、何十倍もの巨大さであるのが見てとれる。
それだけで、その龍の力強さは、はっきりと伝わった。
どれほどの力を持つ龍なのか。はっきりと。
龍が八本の首をもたげるのが見えた。
「先ほど見えた光の柱。それは、この守護龍と戦う、世界を破壊せんとする者が放った一撃なのです。世界は今、未曾有の危機に襲われています!」
姿を現した龍が、その八つあるアギトから、光を放つ。
列島を真っ二つにしても不思議はない威力の光が。
その轟音は、大地を砕く音が、遠く離れた新オスティアにまで、生で響くほどであった……
しかし、仮面をかぶったローブの存在はやすやすとその龍を、巨大な雷の嵐で打ち砕いた。
その光などものともせず、その槍から生み出した、神ごとき雷をもって。
「このままでは、彼等は勝てません! ですから皆さん、力を貸してください!」
クルトの切なる願いが、響く。
その背後で、雷に飲まれ、崩れ行く巨大な龍の姿が見える。
強大な力を秘めたのが分かる龍が、一瞬にして崩れ落ちてゆく。
それは、今の事態が、どれほど危険なのかを、わかりやすく物語っていた。
「ですから皆さん! その右手を、掲げてください! 先日の拳闘大会決勝を見ていた方ならばお覚えでしょう! あのナギ選手の使った大技! あれは、皆様の力を貸す事が出来るのです! 世界を救うために、彼女に力を貸してください!」
クルトが、その右手を掲げる。
すると、彼の体から、光が溢れ、旧オスティアの方へと、飛び去った。
それは、画面の向こうにいる、魔法陣の中心にいる少女へと、向っているのがわかる。
「ぜぇ、ぜぇ。……多少の、疲労があります。ですが、それが、世界を救う力となるのです! 皆さん! いつまでも一人の英雄にばかり頼っていて良いと思いますか!? いつも願ってはいませんでしたか!? 自分達が、少しでも、その力になりたいと! 英雄の助けになりたいと!!」
ざわっ。
空に映るモニターの声を見ていた人々が、ざわめいた。
「それが、今なのです! 今こそ我々が、その英雄の力となる時なのです! 皆さん! 世界を救うための、力を、貸してください!」
少しだけ辛そうに、クルトはスピーチ台の上に手を置き、それで体を支えているのがわかった。
それは、それだけの疲労を伴う事を暗に訴えていた。
だが、その姿を持って、クルトはさらに、世界の危機を訴える!
「皆さん!」
モニターの向こうで、なにかが光ったのが見える。
光に包まれたナニカが、なにかを攻撃したような姿……
すっ。
誰かが、右手を掲げた。
光が、ともる。
また、誰かが右手を掲げた。
光が、集まる。
次々と、右手を掲げられる。
光が、広がってゆく……
大きな疲労があるとわかっていても、皆、その手を掲げた。
空から見る魔法世界に。夜であるはずのそこに、次々と、真昼のような光が生まれる。
先ほどの破壊とは正反対である、優しい光が。
その人々の想いは、力となり、光の雨となり、ネギの元へと集った……
「……すごい」
陣を敷き、両手を掲げ、力を集めていたネギは、思わずそうもらした……
魔法世界12億人全ての力が……
いや、魔法世界すべての生き物の力が、自分に宿ったような気がした……
この世界全ての力が、ここに集まった気がした。
あの時を思い出す。
ゲートの事件で、あの人の力になれなかったあの時を……
でも、今は違う!
これなら、いける!
ネギは拳を構え、時を待った……
そして、今!
多くの魔法や技によってかく乱されたその視界をつきぬけ、ネギの一撃が、放たれた。
この世界に住む人々の力を集めた、まったく新しい魔法の力。
ネギによって生み出された、『ネギの魔法』
その拳が、『ギガ造物主』の『バリヤーポイント』へ突き刺さった!
「っ!」
ぴしっ。
なにを受けても傷一つつかなかったそれに、ひびが入った。
さしもの『ギガ造物主』も、その表情に変化が現れる。
「ネギ、俺等の力も使えー!」
コタローが叫ぶ。
コタローの掲げた右手から、光が流れる。
「ネギ先生!」
「ネギ君!」
刹那と木乃香の掲げた右手から、光が流れる。
「いくアル!」
クーが掲げた右手から、光が流れる。
楓の掲げた右手から、光が流れる。
ラカンの掲げた右手から、光が流れる。
超が。
朝倉が。
パルが。
さよが。
千雨が。
ユエが。
ノドカが。
さらに、フェイトが。茶々丸が掲げた右手からも、光が流れた!
唯一明日菜だけは、その魔法を無力化してしまうので、掲げても光は出なかった。
更なる力が、ネギに集まる!
限界まで力を分け与え、力を合わせたその一撃!
「あああああああああ!」
ネギが叫び、その『力』が、さらにあがる。
彼女に集まった『力』が、更なる光をあげる!
ぴし、ぱき。
その透明な膜に、小さなひびが広がってゆく。
「あああぁぁぁぁ!!」
気合と共に、更なる力が、こめられる。
その刹那……
ぱきーん。
23世紀に生まれた、その最強の壁が、魔法世界全ての人の力により、打ち砕かれた瞬間だった……!
「ほう」
だが、『ギガ造物主』に、焦りは生まれない。
バリアが一つなくなった程度で、困りはしないからだ。
こちらから攻撃しないのならば、その身を守るアレがある。
なんとダメージを100倍にして返す、鏡がある。
旧式のデメリットはそのままではあるが、その威力は、50倍だ。
そもそも、この器は、この少女の母親。
これからどうするのだ? それは逆に、見ものだ。
しかし、そのあざける思考をさえぎるよう、一人の声が響いた。
「ナイスだネギ!」
唯一手を掲げなかった男女の片割れの言葉が響いた。
その手には、パチンコが握られている……
さらに、その隣にいた少女が、その少年に一つの弾丸を渡す。ソレは……
「っ!」
ソレを見た『ギガ造物主』は、その『道具』がなんなのか、即座に気づいた。
あれは、『必中パチンコ』。しかも、その弾になっているのは、『鬼は外ビーンズ』
そういう事か。バリアを破り、それをぶつける事が出来れば、私は丸裸となる。
となれば、23世紀の『道具』はすべて使えない。
次なる防御は、一切行えない。
豆の当たったダメージが100倍になって返ったところで、所詮は拳骨クラス。たいした痛みではない。
なによりあのパチンコは絶対に命中するのだから、威力の調整も出来る。
それまで考えられた、一撃か。
さすが劣化ながら、同じ力を使う者だ!
『必中パチンコ』
放てば、狙った的に必ず当たるゴムパチンコ。
だが、それを無力化出来る『道具』を私が持つ事を、忘れてはいまいな!
百発百中にはならぬ事を、理解しているだろうな!
「……にっ」
一瞬、その少年と『ギガゾンビ』の仮面下にある、ヨリシロナギと視線が絡み合った瞬間少年は笑った。
その思考は、一瞬の隙だった。
その攻撃を回避する間を外すための、囮だった。
「発動遅延開放! 風花・武装解除!!」
『ギガ造物主』の目前にせまった少女が、そう叫んだ。
バリアに拳を放ったのとは反対の腕で、それが、発動した。
こちらが、真の本命。
大勢の人の力を借り、魔法使いの始祖ともいわれる『造物主』を超える魔力を使うためのもう一撃。
世界最強の力を持った状態のネギならば。
今ならば!
次の瞬間。闇のローブと、『ギガゾンビ』の仮面。さらには、それの身につけていた『道具』すべてがはじけ飛んだ。
その場に現れるのは、全ての衣服を失った、ナギの姿……
『四次元ポケット』を持つ者唯一の弱点。
それは、ポケットという空間がなければ、『道具』を一切とりだす事が出来ないという事。
「!?」
アレは、囮であったか!
だが、甘い! この体は、この世界最強。すぐに、衣服を取り戻し、その力も取り戻す!
そう。この体は、『サウザンドマスター』ナギの体。
その能力は、この世界最強!
しかし、次に『ギガ造物主』の視界が捕えたのは、少年がパチンコを放つ姿だった。
意識が加速する。スローモーションで、その弾が飛んでくるのがわかる。
だが、それがどうしたというのだ。
その豆が命中したところで、どうなる。
『鬼は外ビーンズ』
一見すると豆まきの豆のような『道具』
これ(豆)を人に投げつけると、テレポーテーションによってその人を家の内から外へと瞬時に追い出す事が出来る。
その効果は、家の中から外へテレポートさせるというもの。
外で、かつ生身で当たっても、服から追い出され裸になるだけ。それは、今の状況と変わりはない。
……裸で?
『ギガ造物主』の思考に、違和感が走る。
「そーさ。ならよ、外でマッパになってる人に、こいつぶつけたら、なにが払われるんだ? 本来の体の持ち主じゃない、異物である不法占拠さんよ?」
少年の声が、はっきり聞こえた。
「っ!?」
服を着ていれば、その服という入れ物から、中身が追い出される。
ならば、裸の存在に、それが当たれば、体という入れ物から……!
ナギの体が、それをその手ではじこうとするが、『道具』を全て吹き飛ばされたそいつに、それを防ぐ手段はなかった。
その『道具』は、絶対に、狙った場所へと命中する、22世紀の『道具』……!
23世紀より、圧倒的前時代の遺物であるのに……!
それは、ナギの体を操る、『ギガ造物主』の額に、見事命中した。
ぱぁん!
なにかがはじける音。
それと共に、空に浮かぶナギの体が、膝から崩れた。
そのナギの体を、ネギが優しく抱きとめる……
「明日菜君!」
「まかせて!!」
そこに飛びこむのは神楽坂明日菜。
唯一にして無二。『造物主』の憑依が通用しない存在!
ぴくり。
吹き飛ばされた『ギガゾンビ』の仮面が、空中で動いた。
「そこかー!」
彼女のアーティファクト。全ての魔を断ち切る剣。『ハマノツルギ』を大きく振り上げ、上空へと逃げた仮面を追い、そこへと跳ぶ。
今度は武装解除でバリアもない。魔法のバリアは彼女に無意味! ならば、今度こそいけるはずだ!
その一撃が、仮面を……
びたっ!
……貫く事は、なかった。
明日菜の体が、空中で止まる。
見えない力に、その動きが、止められた!
「またあぁぁぁ!?」
明日菜が叫ぶ。
その場に居た全員が、驚くのを禁じえなかった。
どうして止められる?
それは科学の力か?
否。
科学のバリアはすでにはれない。
では魔法の力か?
否!
魔法は明日菜に効かない。
では気の力か?
否!!
気の力は関係ない。
なのにどうして!?
「簡単な話さ。私が、第4の力。新たなる異能を、得たからだよ」
……それは、完全なる異能。
明日菜を止めた力の名は、サイコキネシス。
もっとわかりやすく言えば、『超能力』といふ。
言葉と共に、ずるりと、仮面の中。そこにある『ポケット』から、一人の成人男性が姿を現した。
フェイトは、知識として知っている。
その姿は、ナギに倒された『造物主』の姿。20年前の器だ。
「なぜ、その姿が……」
ネギに力を与え、疲労困憊のフェイトが、空を見上げ、つぶやいた……
「っ!!」
少年に、心当たりがあった。
そうだ。あった。
『道具』の中には、人間すら作り出す『道具』があった……!
しかもそれには、人にない異能が備わっていた……!!
「……まさか、『人間製造機』!」
思い当たった少年が、その名をつぶやいた。
『人間製造器』
その名の通り、人間を作り出す機械。身の周りにある品物を材料として、その中から人体を構成する物質を抽出して再構成し、人工的に人間を作り出す。
必要な材料は石鹸1個(脂肪分となる)、釘1本(鉄分)、マッチ100本(リン)、鉛筆450本(炭素)、石灰コップ1杯、硫黄1つまみ、マグネシウム1つまみ、水1.8リットル。
この程度の材料で、未来においては簡単にホムンクルスが誕生する。
ただし、これで誕生する人間は、突然変異であり、念力やテレパシーなどの強力な超能力を持ち、おまけに凶暴で、並の人間では到底太刀打ち出来ないスペックを有している……
未来ではこのミュータントが勝手に仲間を増やし、人類支配を目論み、軍が出動するほどの騒ぎが引き起こされたのだという。あの未来で、軍が出るほどの。
23世紀にはすでに製造はされていないが、22世紀の『道具』も持つ『ギガ造物主』ならば問題はない。
それを、器にする……
生まれたての精神を奪うなんて、赤子を殺すにも等しい。
「その体を得る事が、その力を得る事が、お前の本当の目的か!」
この場でたった四人、体力を残した少年が叫ぶ。
この体もあるがために『ギガゾンビ』は、体を持ってこなかったというのか!
「本当の、というほどでもないが、その一つとしては、おおむね正解だ」
見えない力でその動きを封じていた明日菜を、眼下へと放り投げる。
落下する彼女を、もう一人体力を残した少女。エヴァンジェリンの魔力が、影を伸ばし、受け止めた。
ナギを抱きかかえ、地面に降り立ったネギが、それを見上げる。
少年とエヴァ、明日菜と同じく、彼女もまだ戦える。しかし、肝心であるネギの魔法。その力の源である人々が、力をすべて貸してくれた後のため、その魔法は有用ではない……
その上、世界全ての人の力の受け皿となったのだ。いくらネギの魔法が、自身の消費を最小にすると言っても、あれほど強大な力を制御するという疲労は、小さなものではなかった。
「私は、この体が完成するのを、君達とダンスをしながら待っていたのさ。せっかくの晴れ姿なのだ。誰かに見てもらわねば、もったいなかろう?」
にやりと笑い、明日菜を放り投げた『ギガ造物主』は、さらに近くへ必要のなくなった浮く仮面を投げ捨て、その身に新たに生み出したその闇色のローブを纏った。
「いやだが、先ほどのは確かにひやりとはした。見事ではあったよ。魔法と『道具』のコラボレーション。素晴らしかった。『人間製造機』がなければ、私が相手でなければ、決まっていただろう。ふふ、ははは。はーっははははははは」
そう、高らかに笑う。
茶番!
今までの全てが、茶番だった!!
すべて、この男の手の上で、踊らされていただけ!
その待ち時間の、時間つぶしに使われただけ!
彼女達は全てを出し尽くしたというのに、男は、真の力を新たに得て、さらにパワーアップした!
ぞっ!
ネギに体力を渡した者達が、思わず感じる。
ラカンが、かつて感じたその感覚を……
絶対に勝てないと悟らせる、あの感覚。
それが、その場に居たもの全てを、支配した。
思わずネギが、ナギを抱えたまま、膝をつこうとする。
「だからといって、負ける気もねーけどな」
しかしその行為を止めさせる一言が、その場に響いた。
「ナギさんは取り戻したし、バリアもさっき壊して吹っ飛んだから、直接攻撃だって当たる。他の『道具』もいくつか吹っ飛んだ。まだ俺は元気だし、世界最強の魔法使いエヴァンジェリンだってネギだって残ってる。ついでに明日菜君もまだ健在だ」
「……ついで」
しょぼーんと明日菜がするが、その口元は、小さく笑っていた。
「超能力が一つ増えたからってなんだよ。最初から不利なのには変わらないんだ。この程度で、勝ったなんて思ってんじゃねえぞ!」
「ふっ、その通りだ。相手はすでに肉のある化け物。攻撃が決まれば倒せる」
切り札明日菜を後ろに放り投げ、エヴァンジェリンが、彼の横に並ぶ。
「はっ、ははは。まったくだぜ。この程度で俺等が負けるなんて思ってもらっちゃ、困るな」
ラカンが、失った体力を無視して、気合で立ち上がる。
「その通りです。まだまだ、私達も戦えます」
「そのとおりや」
刹那と木乃香が、体を支えあい、立ち上がる。
クーフェイが、楓が、コタローが、フェイトが、疲労を無視して、立ち上がる。
ネギが、ナギを防御の魔法陣の書かれたそこに寝かせ、自身の上着を被せ、守るよう前に立つ。
完全体となった『ギガ造物主』を前にしてさえ、今の彼等は、誰も、負ける気など、微塵もなかった!
「……立つかね」
『造物主』の記憶が、20年前に戦った『サウザンドマスター』の姿を思い出させる。
彼女もまた、どれほど絶望的な戦力差であっても立ち上がり、そして、勝った。
愚直にも前へ前へと歩みを止めず進んでくる。人間を象徴するような存在。
人々に希望を与える、その背から、太陽のような光を放つ、強き意思を携えた、存在。
見下ろす先に存在するのは、自身がこの世界へといざなった、少年という器に入った、異世界の存在。
「やはり、君は厄介だな。私が顕現するために必要だったとはいえ、君は、強すぎるかもしれない」
その、心が。
「だが、そんな君を始末する手段が二つある。一つは魂が再生される事もないほどに、その肉体を粉々にする事。もう一つは、君の存在を消す事」
「……どっちも同じじゃない」
エヴァンジェリンにぽいっと捨てられ、立ち上がった明日菜が、つぶやく。
「同じではないのだよ……」
すっと、男はその手にスイッチを握った。
『ポケット』より取り出された、一つのスイッチを。
「君の意思を折るのは諦めよう。君の存在はやっかいだ。下手に殺せば彼女達の力となりかねない。だから──」
「っ!」
その手に現れたモノを見て、彼は眼を見開くしか出来なかった。
あれは……
「──君の存在そのものを、消す」
「ま、さか……!」
それを見た瞬間、少年の顔色が変わる。
その身に動揺が走り抜けたのが、わかった。
──あれは、『どくさいスイッチ』!
「そう。君の想像したとおりだ。ただし、想像以上に凶悪だがね」
『どくさいスイッチ』
任意の生き物を消し去る事の出来るスイッチ。
未来の独裁者が開発させた『道具』とも言われ、消された人物は、最初からこの世界にいなかった事となり、使用者以外の記憶から完全に消えうせる。
正確に言えば、その存在は、最初からいなかった。という事となる。
ただしその場で消えるため、その者のなした事実は消えない。起きた事実に変化はないが、記憶や立場の置換がおき、補完がおこなわれる。
ゆえにいじめっ子を消しても、同じ立場の他のいじめっ子が現れる事となる。
そのせいか、消滅の無限ループが続く場合が多い。
実は独裁者を懲らしめるための『道具』であり、消す前の状態に戻す事が可能である。
つまり、一時的に消すだけの、まやかしの『道具』……
だが、男は笑う。
「これは教育用の甘いものではない。本当に独裁するためのスイッチだ。この意味、貴様にもわかろう?」
『独裁スイッチ』
22世紀の『どくさいスイッチ』と効果は同じだが、いくら時間がたとうと存在が消えた人は戻ってこない。
当然解除のボタンも存在しない。
教育用などではなく、真に独裁者が開発させた、最悪のスイッチ。
それはつまり、本当に、その存在そのものが、消えてしまうのだ。
今まであった事から、その人が『居た』という事実だけが消えてしまうのだ。
魔法の世界から見れば、それは、アカシックレコードからその存在を消すのと同義。
運命という名の存在から、その名を抹消されたのと同義。
自身の因果が消失されるのと同義。
その者を、最初から存在しなかった事に出来る、究極の排除スイッチ。
例え記憶の補完が行われようと、彼と『四次元ポケット』が消えてしまえば、それ以後彼と同じ事は誰にも出来ない。
彼の消えた先にあるのは、まさに独裁……!
どれほどの強者であろうと、それに抗う事は不可能。
なぜなら、その存在そのものが、なかった事になるのだから……
「やっ……!」
少年が、自身の『ポケット』へ手を伸ばす。
だが、その行為は止まらない……
いかな『道具』を持ち出そうと、止められない……!
男は笑みを浮かべたまま、迷うことなくそのスイッチを、押した。
……
しん……っ。
沈黙が、あたりを包む。
「な、なんだ? 今、なにか起きたか?」
ラカンがあたりを見回す。
「いや、なにも起きていないね」
フェイトが答える。
その反応を見て、空に浮かぶ男はにやりと笑う。
それこそが、男を満足させる結果だったから。
それは、音もなく、なんの違和感も生じさせず、発動した。
その『道具』は、正しく機能を発揮した。
ラカンが周囲を見回す。
『ギガ造物主』がなにかをしたようだが、周囲に変化はない。
ラカンの周りには、この場にいる唯一の男。フェイトがいて、少女達が戦う気力を持って立つだけだ。
ラカンは気づかない。
そこに、誰かが足りない事を……
気づけない。
誰が、いなくなったのかも……
同時刻。
「っ!?」
「どうしたの?」
「……僕は、誰だ?」
「あなた? あなたは、消滅したこの星を復活させ、この新生有人&鉄人同盟を、そして、宇宙警察機構を生み出した人じゃない。それ以外に、なにかあるの?」
「……そうか、そうだったね。リルル」
「変な人……」
遠い遠い星の彼方で、そんな会話がなされていた……
彼のなした事は残ったが、それをなした少年の存在は、この世界から完全に、消えた……!
世界の鍵を用いて、魔法世界から消すのとはわけが違う。
誰の記憶からどころではない。この世界の因果から。運命から、その存在を記したすべてから、その存在は、なかった事になっている。
最初から、存在しない事になっている!
次の瞬間。誰かが、膝を突いた。
「……勝てない」
空を見上げ、そうつぶやいた。
彼がいなくなった事により、その心を支えた存在も、消えた。
ゆえに、目の前にいる神にも等しい存在に、誰かの心が、折れた……
「なっ!?」
ラカンが、膝をついた少女を見る。
先ほどまで、あれほどやる気があったというのに……
……いや、その違和感に、ラカンも気づいた。
ぞっ……!!
おかしい。
今まで自分は、どうしてこんな存在と戦っていられた?
我々の力で、どうやって抗っていたのだ?
なぜ自分は、さっきまで、あの存在に、勝てるかもしれないなんて思っていた?
その根拠は、なんだった?
わからない。
どうして戦えたのかすら、理解出来ない。
わからない。
なぜ勝てると思っていたのか。
20年前と同じ、いや、それ以上の絶望を感じる。
なのに、なぜ、なぜいまさら、それを感じる!?
だが、ただ一つだけ理解出来る事があった。
それは、もう、自分達に、勝ち目などないという事だ……
目の前の、神にも等しい力を手に入れた存在に、絶対に勝てないという事だった……
次々と、戦意を喪失し、少女達が大地へと膝をつく。
幾多の経験を重ねたラカンとフェイトはまだ、その絶望に抗っていた。
だが、それもまだ、時間の問題であろう……
「そう。君達は、勝てない。私には、絶対に」
空に浮かび、彼女達を見下ろす、神がそう告げた。
「……なにをした」
エヴァンジェリンが、浮かぶ神に向かい、そう返す。
怒りをにじませ、それをなしたであろう『ギガ造物主』を睨みつけていた。
「貴様は、私から、誰を奪った! どうしてこんなにも苦しい! 貴様、私から、なにを奪った!!」
怒りに任せ、叫ぶ。
「ほう。そうか、彼は、君にとっては唯一にして絶対の存在でもあったな。そこまで深く関わっては、記憶の置き換えも完全には出来ないという事か」
そのようなより酷く、面白い事もありえるのか。思わず神もそうひとりごちた。
彼がなした事実は消えない。
だが記憶は、代替が利いてしまうものは、別の者へと置き換えられる。
別の者がなしたと書き換えられる。
彼のなした事の大半は、エヴァンジェリンがしたと多くの者は認識しているだろう。
リョウメンスクナノカミを祓った時も、ヘルマンを倒した時も、鉄人兵団を倒した時も、彼女はそこにいて、最後まで戦った。
彼のなした事は、彼女がなしたと、置き換わっていた。
しかし、彼が彼女へなした事は、彼以外にはなしえない事。
それゆえ、エヴァンジェリンを人間に戻した存在や、彼女を愛した存在は、代替が利かない。
ネギが男であったならば、その位置にネギが配置された可能性はあるが、このネギは少女であり、その代替とはなりえない。
彼の存在。そこに、あてはめられる存在がいない。
彼の代わりとなりえる存在は、どこにもいなかったのだ。
ゆえに、記憶の補填ではなく、いたはずなのに存在が認識出来ないという事になっていた。
彼がいなければ、彼女はここにはいない。
彼と最も深く関わった彼女だから、彼以外に代替の効かない記憶だから、その違和感に、気づいた。
彼とこの世界で、最も密にいた彼女だから、その違和感に、気づいた。
彼女だから、気づけた。
しかし……
それは、気づけない方が幸せであったのかもしれない。
わからない方が、まだマシだったのかもしれない。
それは、あまりに残酷な所業の結果なのだから……
彼女をより苦しめる事となるのだから……
「しっかりしろエヴァンジェリン! 俺達はまだなにもされていない! 気を強く持て!」
取り乱すエヴァンジェリンを、ラカンが鎮めようと声をかける。
彼女以外は、誰もその事実に気づけない。
ラカンの言葉。それは、逆効果である……
違う。
エヴァンジェリンの心は叫ぶ。
なにかはされた。
されたのに、それで失ったものがなにかわからない!
当然である。消えたそれは、最初からいないものになっているのだから。
彼女にあったその気持ちも、その記憶も、存在しない。
ただ、彼と長くいた事による事実との違和感。
それが、彼女になにかが失われたという事を教えていた。
私は、あの時誰に笑いかけていた?
私は、あの時誰に笑いかけられた?
思い出せない。
いや、その目の前に居た存在など、いなかったと覚えている。
その存在など、記憶にないのが正解だ。
だが──
居ない人に笑いかけるものか?
居ない人を思って、泣いたりするものか?
あの時私は、誰に助けを求めた?
あの時私は、誰を支えたいと思った?
あの携帯は、どうして私の手元にある?
あのおもちゃの指輪は、なぜ私の宝箱にある?
なにかを失ったのに、なにを失ったかわからない。
ただ、それが私にとって、大切な存在だった事はわかる。
だが、その喪失に心は動いてくれない。
大切なものを失ったはずなのに、その感情すらわいてこない。
今歩んでいるこの光の道。そこにいるはずの、最も大切な『ナニカ』が、ぽっかりと消えていた……
「私から、なにを奪った!」
もう一度、エヴァンジェリンが、怒りにまかせ叫ぶ。
「ふふ。だが、我が娘よ。エヴァンジェリンよ。それで君の心は、なにに怒りを感じる? それは、私がなにかをしたという理不尽さへの怒りだろう?」
「っ!」
「大切なものを失ったとわかっても、なにを失ったのか認識が出来ない。悲しみすら感じない」
「黙れ!」
「ならば、私を憎め。だが、憎めるのか? なにを憎むのだ? 私は、お前のなにを奪ったのだ?」
「うるさい!」
ぽっかりと空いた心の穴。
そこに、なにかがあったのは確実だ。
誰か、大切な人がいたのは確実だ。
今、なにかが奪われたのは確実だ。
なのに、なにも感じない!
その大きさから、その者がどれほど自分にとって大切な人だったか理解出来た。
なのに今、涙すら出てこない。
大切な人だったはずだ。そんな人が、自分に居たはずだ!
自分を吸血鬼から人間に戻してくれて、闇の中から救い上げてくれた存在。
世界で最も大切で、世界で唯一無二の存在だった人。
絶対に、いたはずなのに……
なのに、その人が消えたというのに、憎しみも、悲しみも、怒りも、わいてこなかった。
そんな自分が、嫌だ。
この心の穴。それをあけたヤツに対する怒りは生まれる。
だが、その人を思う感情はなにも生まれてこない。
生まれてこない。
消えてしまった。
消えてはいけないなにかが、消えてしまった!
許せない。ただ、それだけだ。
残った感情は、それだけだ……
だが、それだけで十分だった。
それを奪った目の前の存在を、許すわけにはいかなかった!
「だからといって、どうするのだね? 我が娘よ」
「娘などと呼ぶな! キサマを、もう一度、いや、何度でも、殺してやる! コロシテヤル!!」
それでも、闇は心の中に広がらない。
怒りもまとまらない……
心の熱い部分が、ゆっくりと冷えてゆくのがわかる。
その怒りすら、なにかをされたという怒りすら、疑問に思える。
その怒りすら、続いてくれない……
当たり前だ。いくら憎もうとしても、許せないと思っても、その大切な人は、存在すらしなかった事になっているのだ。
最初から、いないのだ。
自分の心の中ですら、奪われた事が理解出来ないのだ。
憎しみの根源たる喪失すら、認識出来ないのだ!
私を人間に戻し、光を与えてくれたのは誰だ?
こんなにも人を愛したというのに、その愛した人は誰だ?
居たはずなのに、居ない。その喪失すら認識出来ない。
それが、あまりにも悲しい。
あまりにも、悔しい!
居たはずなのに。
居たはずなのに!
居たはずなのに!!
それが、欠片も、わからないなんて……!!
「ううううぅぅ、あああああ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
涙すら流せぬその苦しみに、エヴァンジェリンはただ、叫んだ。
心を、爆発させた。
その場に、エヴァンジェリンの慟哭だけが、ただただ響いた……
──────
……
……消えた。
俺、消えた……
消されたー!
うおおぉぉぉ! 消えた。俺、消えたあぁぁぁ!
突然なんか真っ暗なところに飛ばされた。感覚的に落ちてる。どこかに落ちてるー。闇の中ひゅーって落ちてるー!
なんだここ? どこだここ!?
『独裁スイッチ』であの世界から消し飛ばされたのは確実だ。
その結果、ここに飛ばされたのは確実だ。
だが、ここは、どこだ!?
きらり。
暗闇の底。落ちる先になにか見えた。
どんどん近づいてくる。どんどんはっきり見えてくる。
あれは……
俺が、元いた、世界?
こっちに来る前に生活していた、懐かしい世界が、見えた……
このまま落ち続けると、あの世界に飛ばされるって事か?
いや、戻されるって事か?
あぁ、そっか。『独裁スイッチ』であの世界から存在を消されたから、元の世界へ強制送還てわけね。存在ないから。
納得納得……
きらっ。
きら。きらきらきらきら。
そう思った直後、光が増える。
落下してゆく先にある光だけではない。
視界のありとあらゆるところに、光の窓が現れた。
光の数だけ、俺がいる。俺のいる世界が見える。
そうか、この光は、他の異世界同位体の俺がいる世界……
なんだ? なにが起きている……?
他の世界にも、行けるって事か……? いやいやまさか。
ぶつん。
近くにあった光が、まるでテレビの電源を落としたかのように、消えた。
ぶつん。
また一つ。
ぶつんぶつんぶつんぶつんぶつん。
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶつつん。
次から次へと、光の窓が閉ざされてゆく。
世界の光が、閉ざされてゆく。
……いや、消えてゆく。
次々と広がった光が、また消え去り、闇が広がってゆく。
そして、最後に。俺が落ちている先の光。俺が元居た世界の光も、消えた。
まさか……
これはまさか、このまま、俺はなにもないこの空間で、消えるという事なのか?
それとも、他の世界の俺も、消えているというのか?
はっきりした事はわからない。
だが、一つだけはっきり言える事がある。
直感的に理解した事がある。
このまま底に落ちきったらその時、俺は、消える……
閉じこめられたこの場所で、このままだと俺は、本当の意味で消えるという事が理解出来た。
このまま落ちれば、このなんにもない世界で、無にかえる……
誰にも、なんにも認識される事もなく、居た事すらなくなって。
たった一人、誰にも認識もされず、消えてゆくのだ……
消える。
ぞっ……
ソレを認識した瞬間。背筋が、凍る……
……い。
……嫌だ。
そんな事、嫌だ!
絶対に、嫌だ!
こんななにもないところで消えてたまるか。
なめんな。絶対に断る!
俺は、あいつを幸せにするって約束したんだ。
こんなところで、消えてなるものか!
愛しいあいつを、一人置いたまま消えてたまるか!
落ちる流れに逆らうよう、平泳ぎをするが全然無駄。
そもそも逆らってどうなる。
だが、どうすればあっちの世界に帰れるというのだ。
いや、諦めるな。諦めないのが俺のいいところだ。
ノーギブアップ。アイキャンフライ。
なにか、なにかないか!?
ごそごそとポケットを漁る。
『四次元ポケット』よ、ここにまだお前があるのなら、力を貸してくれ。
相手の技術が上だからって、諦めてたまるか。お前にだって負けっぱなしは嫌なはずだ。なにか出来るはずだ。知恵を絞れば負けないはずだ!
だから、今この場を脱出出来うる『道具』を、俺に出してくれ!
最後の望みをかけ、俺はポケットから、手を引き抜いた。
そして出てきたのは……
「……パクティオカード?」
そうだ。エヴァと契約しようとして失敗した、ふちだけしかないカード。
いまだ機能不全の、スカ以下のカード。
……そこに姿を現したのは、未来の『道具』ではなく、たった一枚の、カードだった。
「っ!」
一瞬、カードから電気が走ったような気がした。
静電気のような。ぴりっとしたなにか。
いや、逆だ。俺の方から、カードになにかが流れこんだような気がした……
きらり。
カードが、光を放った。
さっき見た、世界の光。それと同じ、光を……
そして、気づく。
カードに、絵柄が現れている事に。
ふちだけではなく、俺がそのカードに、描かれている事に。
俺の姿が、現れている事に。
それは、俺の魂が一つに戻っていたから起きた、正しいカードの起動。
その時、俺の手の中のカードが、正しい一枚に生まれ変わった。
そこに描かれたカードの絵柄。
俺の持つ、アーティファクトの姿……
その瞬間、確信する事があった。
思わず、『四次元ポケット』に感謝の念を送る。
そして俺は……
「聞こえるかエヴァンジェリン! 俺の声が聞こえているのなら、答えろ! 俺を、呼べええぇぇぇぇぇ!!」
力いっぱい。心の限り、叫んだ。
カードが生きているという事は、俺とエヴァンジェリンは、まだどこかで繋がっているという事だ。
ならば、声が届くはず!
距離の壁がなんだ。
世界の壁がなんだ。
次元の壁がなんだ!
届け。俺の想い!
届け! 俺の声!
届け!!
届け!!!
届け届け届け届け!!!
届けー!!!!
頼む。エヴァンジェリン。俺を、俺をもう一度、お前の世界へ呼び戻してくれ!!
距離も空間も次元も超えて、俺を、呼んでくれ!
最も必要と思い浮かべて『四次元ポケット』から出てきたのがこれなのだ。
きっと、俺の考えは正しい。
あとは、この声が届くだけだ。
俺の想いとあいつの想いが同じだけだ。
俺達の絆が、未来の力より強いかだけだ。
俺達の運命の糸が、次元を超えても繋がっているかだ。
だから……
だから!
「俺を、お前の世界に、呼び戻してくれ! エヴァンジェリン!!」
俺の想いは……
───エヴァンジェリン───
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
少女の慟哭が、今だ響く……
私の心の爆発が、今だ流れる中……
──べ。
「っ!?」
声が、聞こえた。
──呼べ。
──俺を、呼べ!
誰かの、声がする……
その声は、聞いた事のない声だった。
「……誰?」
なのに、どこか、懐かしい気がした……
聞いた事などないはずなのに、懐かしい声が、聞こえる……
懐から、光が漏れた。
私の胸のうちから、それが、姿を現す……
そこにあるのは、カード。
浮かび上がったのは、契約した記憶すらない、仮契約のカード。
ふちしか存在しない、存在の意味がわからない、カード。
そこから、声がする……
「俺を、呼んでくれ。エヴァンジェリン!」
パクティオーカードの通信機能。
そこから、誰かの声がする!
「エヴァンジェリン……?」
突如慟哭がやみ、呆然と光を見つめた私に、誰かが声をかけた。
違う。女の声ではない。
「な、に?」
私の姿をあざ笑い、浮かぶ神が、いぶかしむ声を上げた。
それとも違う……
「俺を、お前の世界に! 呼び戻してくれエヴァンジェリン!!」
誰かの声……
いや、私は、この声を知っている。
そう。知っている!
私は、あなたを知っている……
震える手で、目の前に浮かんだカードをつかむ。
ふちしかなかったカードに、少年の姿が現れた……
見た事もない、少年。
でも……
知っている……
私は、この人と、約束した。
そうだ。約束した。
どれほど深い闇にとらわれようと、必ず、その闇の中から救い出してみせると……
必ず、助けると。
約束した!!
カードに光がともる。
そこに、誰かが描かれているのがわかる。
その先に、私の心が繋がっているのがわかる。
この人だ。
この人が、失われた、私の大切な人だ……
たとえ運命などなくても。たとえ因果が消失していたとしても。この世界にいなかったとしても……!
わかる。
ここに描かれた人が、誰なのかが……!
私とあなたは、この絆で繋がっている!
本来カードの召喚機能は、数キロしか効果はない。
しかし……
私の前に、魔法陣が現れる。
「召!」
その想いに……
「喚!!」
その絆に……
……距離などは、関係ない! 私達は、世界すら、次元すら、運命すら突き抜けて、繋がっていると、私は信じる!
だから、戻って!
「──!!」
私は、精一杯の想いをこめて、彼の名を、呼んだ。
その存在を、望んだ!
カードが、光り輝く。
俺の想いは……
私の想いは……
「まさか……っ!」
その光を見た、天に浮かぶ神が、驚きの言葉を発した。
……届いた。
光と共に、魔法陣の上に、一人の少年が、姿を現す。
私の生み出した魔法陣に、現れ、立つ少年が、ゆっくりと、私を見る。
微笑む。
やはり、いた……
私を、光へ導いてくれた人……
私を、闇から救い上げてくれた人……
私が、世界で一番大好きな人!
彼の存在が、私の中で溢れる。
その想いが、満ちてゆく。
世界から消えたその記憶が、蘇る!
私は、彼の名を呼んだ。
彼は、私の名を呼んだ。
この場がどのような場なのかも忘れ、私達は、互いを抱きしめあった。
互いの存在を、確認しあった……
「ありがとう。エヴァンジェリン。お前のおかげで、もう一度、この世界に帰ってこれた」
「私一人では、無理だった。あなたが言葉をくれたから。あなたの声がなければ、私はあなたを、失ったままだった……」
それ以上の、言葉は要らない。
抱きしめあい、その存在を、そのぬくもりを、確かめ合う。
二人が二人を想う絆があったから。
その想いは。
二人の絆は。
断ち切られた因果の鎖すらつむぎなおし。
隔たれた次元すら突き抜けて。
その少年を。
その少年を、彼女の愛しい人を、この世界に、呼び戻した……!!
直後、『ギガ造物主』の手の中にあったそのスイッチが、小さな爆発を起こす。
居なかったはずの彼が、再びこの世界に顕現した事により、その矛盾によって、そのスイッチの方が耐え切れず、壊れてしまったのだ。
この瞬間。失われた、なかった事になったその歴史が、なかった事になった。
すなわち、元に戻る!
全員が、彼の存在が失われていた事を、思い出した。
彼が、何者であったのかを、認識する!
なにが起きていたのかを理解する。
絶対不回避の、存在を消すという全てのルールを超えた力の行使を、彼と彼女が打ち破ったのだと、その場に居た者は、その時気づいた。
不可能を可能にし、世界へ帰還したのだと、その時気づいた!
「ふふ、ふはは。はははははは」
空から、笑い声が響いた。
──────
「ふふ、ふはは。はははははは」
『ギガ造物主』が笑う。
「まさか、消えた世界へ舞い戻ってくるとは驚きだ。世界を覆す意思の強さを持っていたのは、君だけではなかったのだな。私には、決して感じない君達の絆。ならば今度は、君達二人を同時に消滅させよう。肉体はおろか、魂すら粉々に打ち砕こう……」
ゆっくりと、その右手を掲げる。
袖から現れるのは、テニスボールほどの、小さな爆弾……
二つ提示した、もう一つの手段。
魂が再生される事もないほどに、その肉体を粉々にする。
神が、その最後にして、究極の『道具』の名を、呼ぶ。
「銀河破壊爆弾」
『銀河破壊爆弾』
22世紀の『道具』である『地球破壊爆弾』が順当に進化した結果生まれた23世紀の破壊爆弾。
その一撃は、銀河を破壊する。
……銀河。
銀河と申したか?
銀河とは、星々の集まりの事。宇宙を形成する超巨大な星の集団の事である。
地球の存在する太陽系ですら、天の川銀河という銀河のほんの一部に過ぎない。
一つの銀河は約一千億個の星が集まり、その巨大さは、まさに天文学という単位を使うにふさわしいほど、計り知れない。
その銀河を、一撃で破壊する爆弾。
そのようなものが、我等の目の前に存在するというのかえ?
空を見上げた少女達は、愕然とした。
すでに、誰も動く事は出来なかった。
目の前より感じる力。
その差は、圧倒的すぎたのだ。
いかな拳を集めても、彼女達の力で、銀河を破壊する事はかなわない。
星一つの行く末で右往左往しているのだから、当然とも言える。
目の前に広がる光は、絶望でしかなかった……
だが、そんなモノをここで使えば、使う神とてただでは済むまい。
しかし、その答えは、すぐに出た。
『ギガ造物主』の残った手に、一枚の布が現れたから。
『ひらりマント』
触れたものを、跳ね返す事が出来るマントである。
超能力により、手も使わず浮かび、それが、筒のようになり、爆弾を覆う。
ある一点。彼等の方へその筒の穴が開き、反対側は、閉じられていた……
その『道具』は、触れたものを反射させる。
22世紀の破壊爆弾の威力を上空へ逃したように。
23世紀の破壊爆弾の威力を、そこに反射させ、一定方向のみへ放つ。
超能力によってそのマントは支えられているため、狙いを外すようなマネもしない。
すなわち、今からそこ。彼女達のいる場所に、銀河を破壊する力が、さらに収束され、一点に降り注ぐという意味である。
それはもう、爆発などとは呼べるものではなく、一つの線による破壊……
消滅……
ぞっ……
絶望が、さらに増す。
たった二人を消すために使われる、圧倒的な破壊の力。
それをとめられるすべを持ったものなど、この世界に存在するはずもない……
「せっかく戻ってきてもらってなんだが、早速、もう一度、消えてもらおう」
男は一組の男女を見下ろしたまま、冷たくそう言った。
銀河を砕く光が、彼等に向け、放たれた。
光……
感じられる力は、強大すぎ、なにが迫るのかすら理解が出来ない。
視界のすべてが、感覚の全てが、圧倒的な破壊の力に飲みこまれる感覚しかなかったからだ……
誰もが、諦めの境地へといたる中。
その光に立ちふさがるのは、一人の男女。
「エヴァンジェリン」
「ああ」
少年は、隣にいる少女に笑いかけた。
隣にいる少女もまた、微笑を返す。
それだけで、二人の心は通じ合う。
その絆は、また強固となった。
ゆえに、その行動に迷いはない。
確信を持って、それを行える。
二人は手をつなぎ、少年が、残ったその手で、自身のパクティオーカードを掲げる。
そして、その言葉を紡いだ。
「アデアット(来たれ)!!」
カッ!!
直後、銀河を砕く光が、その二人を、覆いつくした。
その圧倒的な威力に、衝撃などはない。すべてを貫通し、魔法世界すら破壊しつくすかもしれない。
ひょっとすると、位相のずれた火星すら打ち砕いたかもしれない。
だが、世界全てを作り変える『ギガ造物主』には、些細な事だった。
どうせ、壊すのだ。
その閃光の瞬きが、終わった。
「終わったか……」
消えてゆく光を見て、『ギガ造物主』は、思わずそのような言葉をあげた。
「終わるわけねぇだろ……」
声が、響いた。
「っ!?」
銀河を破壊する光を放った先。
そこに……
そこに、彼等は、居た。
見下ろす先に、それはまだ存在していた。
銀河を砕く光にさらされたというのに、光のバリアによって守られた彼等が、そこには存在した。
魔法世界の大地も、その地に立つ彼等も、その全てが、無事だった。
手をつなぎ、一枚のカードを掲げた一組の男女。
その二人が掲げるカードから、生まれた光のバリア。
そのバリアによって守られたその世界は、しっかりと存在していた。
銀河を砕く光を、その力を集めた光をぶつけたというのに、たった一枚のバリアによって守られた彼等は、そこにしっかりと存在していた!
「ば、バカな……!」
さしもの神も、驚きを隠せない。
銀河を砕く力を、さらに一点へ集め撃ったのだぞ。
それに耐えられるハズがない。
彼の手に握られた一枚のカード。
彼等の持つカードは、ただのパクティオーカード。
あれでは、通信と召喚しか出来ない……
……っ!
違う。
アレは、パクティオーカードではない。
カードではあるが、別のカードだ。
あれは、『道具』だ。未来の『道具』……!
だが……
「ありえん……それが、世界に本当に存在するなど、絶対に、ありえん……」
『ギガゾンビ』の知識が、それを否定する。
それが、本当に存在するはずがないと。
しかし、その目には、確かにそれをとらえていた……
人の到達しえる、終焉の知恵にたどりついた科学の『道具』までもをそろえた『ギガゾンビ』ですら所有していない『道具』が、そこにはあった……!
なぜならそれは、『伝説の道具』だから……
『親友テレカ』
ドラえもんのスピンオフ作品『ドラえもんズ』に登場する『伝説のひみつ道具』
ドラえもんズが所有し、一人1枚ずつ持っている。持っているものを思い浮かべれば、どこでもその者と連絡を取り合う事が可能。
その力はすさまじく、その際放出するすさまじいエネルギーで敵を倒したり、バリアをはって攻撃を防いだりも出来る。
これを手に入れるためには、過酷な試練を潜り抜けなければならない上、一定以上の友情度数を満たさなければその力は発揮されない。それを使える者は、不滅の友情と、真の勇気を持つ者だけなのだ。
その存在は、実在するのかもわからない『伝説のひみつ道具』として語り継がれ、いつ作られたのかすらわからないオーパーツ。
未来世界の『道具』なのに、『伝説』というとんでもない『道具』
ちなみにテレカのテレはテレフォンではなくテレパシーの略である。
その、絆という不確かなものをエネルギーとする、『伝説』
世が世ならば、それは、神器を超える最強の破壊の矛と、究極の盾ともなりえる。
そんなものが、なぜ、この場所にある!
そして、気づく。
それは、『造物主』の知識。
この世界の、ルール。
仮契約という名の魂と魂を結ぶ儀式。
それによって生まれる、宝具。
アーティファクト。
そう。あれは、アーティファクト。
主と従者の絆の証……
つまり、あの二人の絆が。その愛が、『伝説』を、呼び起こしたというのか……!
確かにそれならば、強固なバリアをはる事が出来る。
だが、ありえない。
たった二人の絆だけで、銀河を破壊する力を収束させたその一撃を、防げるはずなどない。
「いかな『伝説』といえども、銀河を砕く力に、耐えられるはずがなかろう!」
思わず、その不可能という思考が、口からもれた。
しかしその言葉に、少年と少女は笑みを持って答えた。
「馬鹿言ってんじゃねえよ。銀河を砕く程度で、俺とエヴァンジェリンの絆を!」
「私と彼の愛を!」
「「打ち砕けるとでも思ったか!!」」
二人の声が、重なる。
『親友テレカ』が、更なる光を放つ。
そう。このアーティファクト。その力の源は、持つ者の絆。
二人の情の強さが、そのまま強さに変わる。
そのバリアを破壊するという事は、すなわち、二人の愛を壊すのと同意。
二人が今まで築き上げてきた愛の絆。
すれ違い、信じあい、高めあったその愛の深さ。
因果ですら、次元の壁ですら断ち切れなかったその愛の強さ。
それらを省みて、今ここで断言しよう!
それは、絶対に不可能であると!!
ならば、銀河を破壊する程度の力で、彼女達の絆を破壊出来ないのも、道理!!
この結果は、必然なのである!!
「エヴァンジェリン!」
「ああ!」
少年が、カードから手を離す。
すると、手をつないだ二人の前に、カードは浮かび上がった。
残された手を二人はカードへかざす。
目に見えて、溢れんばかりの力が、そこに集まるのを感じた。
愛に、溢れているのを感る。
カードの光が、さらに強まる。
「くらえ、この愛!」
『親友テレカ』が、光を放った。
銀河を砕く力を上回る力が、その、愛が、そのカードより、放たれた。
『ギガ造物主』は、とっさに防御を試みる。
しかし、全ての『道具』は、その『伝説の道具』の前に、無力であった。
全ての魔法は、その愛の力に、無力であった。
残った両腕で、その光を押し戻そうとする。
新たに得た超能力で、それを捻じ曲げようとする。
だが、力が光に押し負ける。
光に自分が飲まれてゆく。
消える。
この私が消える。
世界の『創造主』となるはずの私が。
なんのとりえもない、異界から呼び寄せた、ただの男と、ただの人に成り下がった、女に、負けるというのか?
ただの人間の。
なんの力もない、ただの男と、ただの女の、愛に……
魔法も、科学も、超能力すら手に入れ、銀河すら破壊する力を得た私が、なんの力もない、ただの男と女に、負けるというのか!?
その愛に、負けるというのか……!!
「バカな……バカな! バカなあぁぁぁぁぁ!!!」
光が空へとつきぬけて。
残ったのは、静かな月明かりだけだった。
その圧迫感が、完全に消える。
「俺達の絆、壊したいのならこいつより魅力的な女連れてきな」
空に向かい、最後に彼は、そう言った。
「お前より魅力的な男でもいいな」
その恋人は、あっさりそう切り返す。
「おい。こういう場合はこいつより魅力的な男は居ないって言うべきところだろ」
「お前こそ率先して私が最高の女性である事を語るべきだろう」
「んだとー?」
「なんだー」
オデコをぶつけながら、メンチを切りあう二人がそこに居た。
しかしその腕は絡まりあい、その先端は、しっかりと繋がれている。
口元は、笑っている。
「はっ、最後の最後で、愛。かよ。くっせぇな」
思わず地面に座りこんだラカンが、そう茶化す。
「馬鹿を言うなラカン。最高だろう? まさに、人間の手本じゃないか」
にやりと笑い、堂々と答えるのは、エヴァンジェリン。
「……おめーがそれを語るか」
ラカンが思わず肩を落とした。
はははははは。
少女達の笑い声が、月夜にこだました。
笑い声がこだまするその中……
ゆらり。
完全体となった時、投げ捨てられた『ギガゾンビ』の仮面が、小さく揺れた。
「まダ……しハ……まケ……イ……。せ……テ、み……ズレ……」
不滅である魂がその仮面に宿り、最後の足掻きを行おうと、仮面を揺らす。
だが、ダメージが大きいがゆえ、その動きは鈍い。
それでも、この星を吹き飛ばすくらいは、出来る……!
しかし……
「三度目の正直よ」
「はい!」
その仮面を見据え、二人でハマノツルギを振り上げる、ネギと明日菜の姿があった。
さらに『ネギの魔法』が発動しているのがわかる。体力を残した彼とエヴァンジェリンの力も、重なっている。
「ッ!!」
すでに、自身を守るモノはなにもない。
その光から、逃れるすべは、もうなかった……
最後の光が、闇を貫いた。
こうして、最後の戦いは、終わりを告げた。
─あとがき─
最後の戦い、終わりました。
もう色々詰めこんで、やりたい事はやりつくしました。
いろんなものが、ここに繋がっていると感じていただければ、書いた人は満足です。
いろんなものに意味があったと思っていただけると、嬉しいです。
そう。今までのイチャラブは今回のためにありました。あんだけイチャイチャしてるんですから、次元の壁を突き抜けて繋がっているのも、その愛が破壊不能というのも納得ですよね!!
使い古された言葉ですけど、『愛が一番強い』を実践してもらいました。
次回エピローグ。
この物語も、完結となります。
補足。
『親友テレカ』
それは、本来ならば七枚組である。が、七枚そろわずとも力は発揮する事が可能である。
ただし、欠けている分だけ力がもろくなる。
今回の発動は一枚(正確には2枚?)のみ。七枚そろったら一体どれほどの力を発揮したのだろうか?
いやでも、この状態ですでに無限大だから、あんまり意味ないか。はっはー。