初出 2012/04/14 以後修正
─第32話─
最後の日常
──────
どくん……
予感がする。
どくん……
俺の中に現れるあの『闇』が、もう少しで暴れようとする予感が。
どくん……
そして、それが、最後の予感が……
どくん……
復活のための魔力も失い、最後の最後の力で、俺の体を奪いに来る。
そんな予感が、する……
どくん……
──────
『完全なる世界』の最後の幹部、デュナミスを氷で封印し、さらに奥へと進んだ最後の大暴れにおいて、ザジの双子のお姉さんなる者が現れ、擬似完全なる世界を使ったりして抵抗したが、当然のように効かない人達と、これまた氷漬けのままだった墓所の主の、「彼等ならば別の手段で救うだろう」という説得により、彼女は引いた。
そして最後に、いまだ氷の棺に閉じこめられていた月詠を回収し、最後の宴は終わりを告げた。
その後改めてはじまった優勝パーティーの中、この魔力だまりを維持させるのはやはり良くないという事で、『どこでもドア』と『復元光線』を使い、破壊された11ヶ所のゲートを復活させて回ってきた。
ぴかっと光を当てるだけなので、10分もかからずに終了。
あとは明日、大騒ぎになるだろうが、それは俺の知った事ではない。
これで、魔力の流れは正常に戻り、儀式も出来ず、フェイトの主であった『造物主』の意識が現在宿る器とやらは、復活出来ない。
あと出来る事は、残った力で俺にちょっかいをかけてくるのみというわけである。
「とゆーわけですから。明日の夜あたりが峠っぽいです」
パーティーも終盤にさしかかり、多くの子達は脱落し、俺とエヴァンジェリン。それにラカンとネギにフェイト。それとなぜか千雨嬢ちゃん。
この6名が残ったところで、丁度いいかとさっきの台詞を口にしたのでした。
「は? いきなりなに言ってんだアンタ」
唐突にそんな事を言い出した俺に、辛辣つっこみ担当の千雨嬢ちゃんがつっこみしてくれた。
「うん。いい質問だ。下手すると明日、俺は世界を滅ぼすかもしれないって事」
人差し指を上げ、千雨嬢ちゃんに説明してあげる。
「だから意味わかんねーって!」
「でも雰囲気は察してもらえだろ?」
「……まあ、な」
言ってる意味は理解してもらえたようで、千雨嬢ちゃんが引き下がってくれた。
「予測される事としては、至極全うな事だね」
コーヒーを飲みながら、フェイトが言う。
その近くで紅茶を飲んでいたネギも、予測していたようにうなずいていた。
「ゲートが復活した事により、あの位置に溜まっていた魔力は拡散。儀式も行われる事はなく、主の復活の目はなくなった。ならば、復活を可能とする者の力を借りなければならない」
「部下ももう全部壊滅。となりゃあ、最後の力を振り絞ってでも、こいつを狙ってくるってわけだ」
フェイトの言葉を、ラカンが補足する。
「そう。今封印され、動けない器を捨て、彼の体を奪いに来る可能性が最も高い。このままでは、封印されたまま滅せられても不思議はないからね」
補足された言葉に続き、フェイトは説明を続ける。
「当然の行動だな」
最後にエヴァがうなずいた。
「そーいう事さ。というかもうしばらく前。俺が復活したあたりからざわざわしていたけど、さっきあそこで最後の幹部を捕まえて、ゲートを修復したあたりから、その感覚がより強くなった」
だから、エヴァンジェリンと二人風呂した時、思わずあんな事を言ってしまった。
今はもう、負ける気などさらさらないけど。
「んで、その来る予感が、明日。ん? 明後日? いや、もう日が変わったから今日か。いや、明日だ、明日の0時」
ちょっとタイムリミットの予感がこんがらがった。
だが、この言い方なら通じるだろう。
「あー」
「あー」
ラカンと千雨嬢ちゃんが、思わず声を上げた。
そこに繋がるわけか。って納得した感じで。
本来の復活儀式の準備が整うという時間。
その時刻。
「つまり、今ここで、君を抹殺すれば、万事解決という事だね」
ソファーに座り、コーヒーをたしなんでいたフェイトが言う。
「そうだな。それが一番確実だな。君の目的も達成出来なくなるが」
「確かにね。それは盲点だったよ」
そう言い、フェイトはコーヒーをすすった。
「殺す気もねーくせに言ってくれるね」
本気ならとっくにやって逃げ出してるだろうしな。
「むしろ、こちらからそいつを討つチャンスというわけでもあるな」
エヴァンジェリンが、なにか考えるよう顎に手を当て、言った。
「そうなる、の?」
俺は来たのをたたき返すだけなんだけど。
「元々相手の体を奪うというのはリスクの高い方法だ。一方的に体を奪えるなんて都合のいい話はない。失敗を繰り返せば繰り返すほど自分にもダメージが返る。当然の話だろう?」
「あー」
そりゃ、相手も抵抗するしなぁ。俺も散々抵抗してるし。
「今回は来るのがわかっているんだ。それにあわせて、相手を討つ。幸いにして、精神戦でもあるしな」
さすがエヴァンジェリン! 俺にはなにがどういう事なのかよくわからないぜ!
「それで、具体的にどうするんだ?」
なので素直に聞く。
「やれる事はたいした事ではない。明日体を奪いに来たそれに、お前が精神的に負けなければいい。負けた方が体を追い出されて消滅する。それだけだ」
肉体というヨリシロがなければ、いかな『造物主』といえどもこの世界にとどまってはいられない。
その封印された別のヨリシロへ逃げる元気があったとしても、その時は、外にいるエヴァ達の出番だ。
特に明日菜君の力は、それに対して最高のパフォーマンスを発揮する力でもある。
その上、相手の方から器を捨ててわざわざやってくるのだ。倒しに行くより、迎え撃った方が相応の準備も出来る。
「つまり、お前が勝てば、万事解決という事になる」
「あー」
でもそれって、俺の精神だけって、『道具』が使えないって事でしょう?
俺一人で戦って勝つって事でしょう?
「なんだ。お前の隣には私がいる。それでは不服なのか?」
俺の隣にやってきたエヴァンジェリンが、俺を見上げてそう言った。
「……ああ、そりゃ負けねぇわ」
エヴァの笑顔を見た俺は、思わずそう返した。
うん。負ける気ねぇわ。
隣にエヴァがいる俺は、無敵なんだった。
「ふむ。場所は、旧オスティアの遺跡を使えばどうにでもなるか。魔力消失を受けた場ではあるが、儀式のために集められた魔力がまだ溜まっているだろうから、我々が魔法を使うのに支障もないだろうし」
「あそこならどんだけ暴れても平気だろうしな」
結論の出た議論は終わりにして、今度はその場所を考えはじめたエヴァに、ラカンが答える。
「必要なのかい?」
フェイトがその言葉に聞き返す。
「勝つのは確定しているが、その間の主導権争いで周囲に被害が出ないとは限らないからな」
「……そういう考え方を、悪を名乗った君がするとは意外だ」
エヴァの答えに、聞いたフェイトが声を上げる。
「ふん」
あ、見下した感じに鼻で笑った。
「私はかまわんが、それで色々こうるさい奴等がいるからな」
と、ネギや俺などを見てきた。
「ま、確かにな」
ラカンもネギを見た。
「そりゃ心配するな」
千雨嬢ちゃんもネギを見た。
「そーだな」
俺は千雨嬢ちゃんを見てビンを投げつけられた。
「はい。ありがとうございますマスター!」
そしてとどめのネギ笑顔で、エヴァは明後日の方を向いた。
結局恥ずかしがるのかよ!
「なにか言ったか?」
「いいえなにも言ってませんし思ってません」
いつものやり取りで、みんなに笑いが起こった。
「さて。そういうわけだ。聞いていたな弟子よ。明日の夜が最後の戦いだ。だから、明日の昼は後悔のないよう遊んでおけ。この最後の祭りが終わったら、帰るぞ」
いつの間にかエヴァンジェリンが仕切ってる。
まあ、名誉だけど顧問だから間違っちゃいないか。
「はい!」
ネギも元気一杯に答えた。
「……あ、そうだフェイト。一つ聞きたい事があるんだけどいいか?」
帰るという事で、ふとネギ達の目的を思い出した。
「なんだい?」
「その封印されている主の精神を収めているヨリシロは、誰なんだ?」
「さすがに、気づいているかい。そうだよ。今の主の器は、ナギさ。彼女の母親、『サウザンドマスター』だよ」
「やっぱりか」
やっぱり、俺がいない場合、本来はその組み合わせがラスボスだったか……
「え?」
その言葉に、ネギの瞳が揺れる。
最も知りたかった事だが、ある意味最も知りたくなかった結果だ……
それでは、ナギは……
「20年前の戦いで一度滅ぼされた主は、ナギの仲間の体をヨリシロとし、その後ナギと相打ちとなった。だが、ナギは体を奪われる事を予測し、みずからの体ごと主を封印したというわけさ」
「じゃあ、母さんは……」
敵になっているという事?
だが、そのネギの動揺を破壊するよう、エヴァンジェリンがにやりと笑う。
「ほう。ならば好都合だな。明日が終われば、ナギも封印されている理由もなくなる。胸を張って外へ出てこれるというわけだ」
希望の言葉が、ネギの胸を打つ。
「つまり、全ての決着が明日つけば、ネギ、晴れてお前は、母と会えるぞ」
そのエヴァンジェリンの言葉を聞いたネギの瞳から、一筋の涙が溢れた……
「あ、会えるん、ですか?」
「ああ。会える」
エヴァンジェリンが答えた。
「会えるんですね?」
「そーみたいだぜネギ先生」
千雨が、微笑んだ。
「会えるんですね!?」
「そのようだよ」
フェイトが言った。
「母さんに、会える……!」
少女は、希望の光を胸に、その両手を握り締めた……!
そしてこの瞬間。
俺に、負けられない理由が、もう一つ出来た。
──────
次の日。というか、夜が明けた。
この日はオスティア終戦記念祭の最終日であり、その夜には新オスティア総督府において、舞踏会が行われる。
当然の事ながら、祭りの最終日。
人のにぎわいも最高潮である。
時間にすれば、10時前……
そんな祭りの、ベンチににて。
「ねー、今日どこいくー?」
「んー、あそこー」
「あそこってどこよー」
「箒バトルレースに決まってるでしょー。なんでわかんないのよー」
「わかるわけないでしょー。拳闘大会は終わったけど、まだ演劇の公演だってあるし、食べてまわってないお店だってあるのに」
「あはは。とっさに出てこなくて」
「長年連れ添ったわけでもねーのにわかるわけないっしょ。あれでわかるとか、熟年夫婦か」
そうして今日の予定を考える、一組の女性観光客(モブ)が居た。
そこに、一組のカップルが通りかかる。
どちらも10歳くらいの、金色の美しい髪を持つ少女と、黒髪の少年だった。
「さて。どこに行く?」
少女が口を開き、少年が答える。
「俺アレ見に行きたいな」
「そんな観光スポットに行ってどうする。それよりむこうへ行くぞ」
「あー。それもいいなぁ。お前好きだもんな。あれ」
「別にそういう意味ではない」
「んじゃあまずはそこ行って、次あそこな」
「しかたがないな。昼はあの場所でいいな?」
「いいと思う。俺ひさしぶりにあれ食べようかな」
「ここにあるのかあれ?」
「あるはず。いやだが、あの時のリベンジであっちも捨てがたい」
「今度あのような事やろうとしたらただじゃおかないぞ」
「『あ~ん』いいじゃん。やろうじゃん」
「……墓穴を掘ったか……?」
「なら決まり!」
「勝手に決めるな!」
「いーじゃんあれやろうよ」
「ダメだ」
「それは?」
「当然ダメだ」
「これなら!?」
「もっとダメだ!」
そんな仲の良い会話をしながら、10歳くらいの若いカップルは、女性観光客がいるベンチの前を通り過ぎて行った。
「「あんなに若いのに以心伝心!?」」
ベンチに居た二人は思わずそうびっくりした。
通り過ぎたのは、当然エヴァンジェリンと俺である。
「しかしまさか、指名手配もされていないのに、この姿でお前と歩く事になるなんてな」
小さくなった手をひらひらさせた。
「指名手配犯の方がはるかに注目度は低いぞ」
「そうかも……」
あの全国放送で姿を現し、なおかつ拳闘大会で優勝した話題の少年。
賞金首としてそこらに張り出されるよりも、はるかに有名になってる事だろう。
という事で、今俺は、エヴァンジェリンとお似合いの10歳くらいの体になって、歩いております。
エヴァンジェリンは、全国放送で大人の姿が流れていて、賞金首の注目度はもうないも同然なので、いつもの少女の姿のまま。
なんというか、今の俺達は、年恰好が同じ、子供のカップルというわけである。
ちなみに、俺の年齢を変えたのは魔法ではない。
今回使用した『道具』はこいつ。
『としの泉のロープ』
このロープを輪にし、ロープの繋ぎ目に備えられているボタンを押すと、輪の中に泉が沸く。
ボタンには赤と青があり、押した方によって効果が違う。赤だと歳をとり、青だと若返る。
その水をコップですくって飲むと、飲んだ者の年齢が変化する仕組みである。ただし、一杯につき1歳の変化であるため、5歳変化するには5杯飲まないとならない。
不老を実現する『道具』だけど、正直『タイムふろしき』使った方が簡単だと変身して思ったのは秘密だ!
「それじゃ、当初の予定通……」
……り、行こうか。と言おうとしたら、裾をつかまれた。
「じー……」
振り返り見てみると、涙目になっている、幼子が俺を見ていた。
5歳くらいの男の子。
「……おにいちゃんじゃない」
……はい、迷子ですか。俺は君のお兄ちゃんじゃありません。
隣でエヴァンジェリンがため息をついていた。
うん。これさ、前にもあったよね……
「あったな」
以心伝心が決まった。
学園祭の時みたいなハプニング満載になりませんように!
立ったー。フラグが、フラグが立ったー。
……とは言わないで。
──────
そこは、彼等が宿泊する宿のロビー。
そこに、ラカンとコタロー。さらに楓とクーフェイの姿があった。
「ちゅーわけやから、弟子にしてください!」
コタローが、ラカンに頭を下げる。
「……おめーらそろそろ帰るんじゃねーのか?」
ソファーに座っているラカンが、耳をほじりながらそう言った。
今夜の一件が終わったら、全員一度現実世界へ帰還するはずだ(朝、夜の予定は昨日寝ていた子達にも伝えた)
「……はっ! し、しもたわ。それは、盲点やった……」
「……おいおい。大丈夫かこいつ?」
「平気アル! 私も学びたいアルよ!」
「にんにん。少し稽古をつけて欲しいという事でござる」
手合わせをして、アドバイスくらいもらえれば嬉しいという事である。
強者との一戦は、それだけで値千金の価値はあるから。
「なら……」
「現金ならあるでー!」
「あるアルー!」
ラカンが口を開こうとした瞬間。コタローとクーが飛び出した。
コジローとして稼いできたお金や道中稼いだ金などを、テーブルに広げる。
「一万ドラクマや!」
「大金アル!」
ちょーん。
どや!
これはダメでござるー!
楓は思わず思った。
金にがめついといわれるラカンに教えを請うには、最低100万はないと無理のはずだ。
「……はっ、しゃーねぇな。少しだけ稽古つけてやるよ」
だが、予想に反し、ラカンは快諾した。
「え? よいのでござるか?」
「あいつらに追いつきてーんだろ? 俺も負けた身だからな。その意趣返しくらいしとかねーと悔しいだろ?」
そう言い彼女は、エヴァンジェリンの別荘と同じ性質を持つダイオラマの魔法球をどーんと床に置いた。
今から夜まで、10時間以上の時間が取れる。ここなら、10日以上だ。それだけ修行出来る!
さらに彼女達の背後を歩き、宿を出てゆこうとしたフェイトがいた。
きらーんとラカンの目が光る。
「そして特別講師だ!」
それに向ってラカンは縄を投げ、それを彼に巻きつけ、一本釣りにした。
ぷらーん。
「……なぜ僕まで」
「ちょっとタッグ組んだ仲じゃねーか。それに、お前だってアイツにやられっぱなしは癪だろ? なら、ちょっと手伝え。それとも、どこか行く予定あるのか?」
「……しかたがないね」
祭りを回る予定はない。時間をただ潰すのなら、つきあってもいいだろう。
そんな顔で、フェイトはしぶしぶ了承した。
「よし、お前等今回は大サービスだ! だからあのヤロウを、いつかへこませろ!」
にっと、いたずらをするように笑った。
「「「はい!」」」
三人同時に、気持ちよいほど高らかに、返事を返した。
──────
超包子新オスティア移動支店。
学園にあるトレーラー型と同じように、いわゆる移動式の店舗が、この新オスティアの地で店を出していた。
超の宣言どおり、金を稼ぐ手段として、超包子で培ったノウハウと、そのレシピを用いて、魔法世界でフランチャイズ展開をはじめたのだ。
残念ながら、奴隷の身分を買い戻すには単独では間に合わなかったが、特にその料理のレシピは大当たりし、一気に店舗数を広げていた。
その中の一つで、最初に作られたこの移動店が、祭りという人の集客を見こまれ、やってきていたのだ。
ちなみに、この移動支店を取りしきるのは、あの闘技場でネギの代理で出場させられたりしてたチンピラのトサカ君だが、この話とはあまり関係ない。
「いらっしゃいませネー」
あまりの人気に、そこで手伝いをしている超。それと茶々丸。
そして……
「……なんでここまできてこんな事しなきゃならねーんだ」
「どうせ暇だたのならよいではないかネ? 奴隷仲間のよしみヨ」
「ちっ」
暇を持て余していた千雨がウエイトレスとしてなぜかバイトしていた。
「これなら子供先生と一緒に祭りを回ってた方がマシだったぜ……」
「もう遅いヨ! 注文お願いネ!」
「わかってるよ!」
呼ばれたテーブルへと向う。
その店の裏手。
移動支店とは別に建てられた、従業員達が休憩するスペースに、金髪の少女と、元の姿に戻った15の少年が、ぐったりとテーブルにつっぷしていた……
「……結局、サーカスの動物達脱走に巻きこまれ、喧嘩に巻きこまれ、魔法のゴーレムが暴走しているのに巻きこまれたか……」
少女は、ぐったりしながら巻きこまれた騒動を思い出す。
「そうだな。学園祭の時のようだったな……」
少年は、以前あった同じような事を思い出す。
「またどこかの世界樹が嫉妬しているのか……?」
「こんなところまで嫉妬を飛ばすか世界樹……」
少女のつぶやきに答えるよう、少年もげんなりとしたようにつぶやいた。
見事に立った騒動フラグにより、二人は祭りのハプニングに巻きこまれていたようです。
「おまたせネー」
そこに超がやってきた。
「どしたネ?」
ぐったりする二人に、当然の疑問をあげる。
「いや、なんでもない。ワザワザ裏手にありがとう」
ゆっくりと体を持ち上げる少年。
「イエイエ。有名人は辛いネ」
「まったくだよ。せっかくの祭りだってのにな」
「私はどんな姿でもかまわんがな」
「ならいいや」
エヴァンジェリンの言葉に、少年はあっさりと自分の発言を翻した。
「さすがネ」
「さすがだろ?」
「ともかく、注文いいか?」
親指を立てあう超達を無視し、エヴァンジェリンが言う。
「もちろんヨ!」
無駄にもう一回親指立てた。
「とりあえず、杏仁豆腐と……バニラアイス」
エヴァンジェリンがその二つを注文すると、少年はぴょこっと耳をあげた。
「なぜそんなに目をキラキラさせているネ?」
「だってほら。思い出してみなさいあの時を」
夏休みのある日。具体的には23話で超包子へ行った時の話。
ついでに言えば、さっきあれ、あっちの話題で出たのが杏仁豆腐とバニラアイスだったりする。
「……おお」
ぽんと手を叩く超。
あの時彼は、膝の上にエヴァを乗せて、あーんをやろうとしてぶっ飛ばされていた!
「まさか、やるのかネエヴァンジェリン!」
「誰がやるか。ただ頼んだだけだ!」
「えー」
「エー」
「なぜお前までそんな声を上げる超鈴音」
「ただの冷やかしヨ」
「とっとと注文をもってこい!」
エヴァンジェリンが店員さんおいかえした。
「俺まだ注文してないのに……」
「あとにしろ」
「バニラくれたら許す」
「断る」
「めそめそめそ」
再び少年はテーブルにつっぷした。
「……相変わらずだなオメーラは」
そこに注文を持って現れたのは、長谷川千雨。
「長谷川千雨か」
そのエヴァの声に、少年が顔を上げ、千雨の姿。
ウエイトレス姿を見る。
「……はっ! 今凄い事を思いついた」
「絶対に着ないぞ」
「……よし、死のう!」
すぱーんととてもいい音が彼の頭から響いたそうです。
「すまない。取り乱した」
「取り乱すなアホウ」
思考を読んですぱっと拒否する少女ににすぱっと取り乱した少年の姿がそこにあった。
しかして少女は少年の耳に唇を近づけ──
「……誰もいないところでなら、着てやる」
──そうささやいた。
「……」
少年は、おもむろに肘をテーブルに乗せ、手を顎の前で組む。
「……俺、明日絶対に死ねない理由が出来た」
きりっ。
また後頭部ひっぱたかれてた。
ちなみに、手を組んだのはにやつくのを見られないようにするためである。
「……なに言われたのかわっかりやすいな今の」
テーブルに注文の二品。杏仁豆腐とバニラアイスを並べ、厨房に戻る千雨がそうつぶやいた。
「また俺注文忘れた……」
テーブルに頭からつっぷす少年がいる。
それを見ている少女がいる。
「……」
自身の手元には、バニラアイス。
「……」
しかたがないな。
と、口元を緩め。
「おい」
「ん?」
「あーん」
このあとどうなったかはご想像にお任せする。
それを、厨房の方からちらりと見た千雨と超がいた。
「おい超。あいつら吹き飛ばせる爆弾ねーか?」
「あの二人吹き飛ばせる爆弾なんてこの世にないヨ」
「そーゆーマジレス望んでねーよ」
なにが言いたいのかというと、リア充爆発しろ。
「……かネ?」
「あーそうだよ。爆発しろ!」
「千雨サンも十分リア充してると思うけどネ」
「じゃあ私も爆発しろ!」
「意味わからないヨ」
ただ一個言えるのは、あの二人がそろっていたら、なにも心配する必要ねぇって事だ。
心配していた自分が馬鹿馬鹿しいくらいに……
「ったく、今日の夜には世界の命運をかけたような戦いしなきゃならねぇってのに、なんなんだアイツ等は」
「だからこそなのだろうネ。彼等が、それでもいつも通りでいられるのは、負けるつもりなどないからヨ。ワタシ達の未来の為に、ネ」
「……くそっ。こんな事なら知らずに寝てりゃよかったぜ。そうすりゃ、今日の夜もさっさと寝て、なにも知らずに明日を迎えられたってのに」
ぶつくさと文句を言う。
それを見ていた超は。
「……やはり、千雨サン優しいネ」
「なっ!? なに言ってやがる!」
「ワタシが男なら、口説いてたヨ」
「アホか!!」
ぷんすかしながら、千雨は仕事へと戻って行った。
「……ふふ。この時代も、本当に悪くないヨ」
どこか嬉しそうに。どこか寂しそうに。超はつぶやいた。
──────
パルこと早乙女ハルナの手に入れた中古の船。名づけてグレート・パル様号の中では、ペンの音が響いていた。
「あんた行かなくていいの?」
船の中でペンを走らせていたのは、今回の事を記事にまとめる朝倉。
そして……
「この記憶が鮮明なうちに絵に残しておきたくてね! アンタは?」
それをマンガにしたため、残すパルであった。
「私も同じ。今のうちに、記事に出来るようまとめておこうと思って!」
祭りも今日で終わり。その上今日の夜には最後の戦いがあるかもしれないというのだ。
それまでに、これまでの事をまとめ、その最後の戦いもきっちりと記録しなくては記者としての名折れである!
「お茶ですよー」
幽霊のさよが、パルの力を使って等身大の体を一時得て、雑用をしていた。
「さんきゅ」
「いえいえー」
──────
再びここは超包子新オスティア移動支店。
食事も終わり、一休みしていると、なんとエヴァンジェリンがテーブルにつっぷし、寝息を立てはじめていた。
それを窓の影から見ている者は、少年と共にいる事は、あのエヴァンジェリンをこれほどまでに安心させ、無防備にさせるのかと驚いた。
彼女達のいる従業員休憩所は、クーラーがかかり、涼しい。
しかし、寝ている者にとっては、少々肌寒く感じる温度ではある。
少女が寝息を立てていることに気づいた少年は、席を立ち、その背に、『ポケット』から取り出したタオルケットをかけてあげた。
さらに、音を立てないよう静かに動き、取り出した本をのんびりと見ている。
見ていた者は、二人きりになればどんないたずらをするのかと期待していたが、額に肉も書かなければ、髪をいじったりもしない!
普段大勢の前ではあれほどイチャコラしようとする少年なのに、こんな時だけとても静かで、少女をただ優しく見守っていた。
だが、そのたたずまいだけで、少年がどれほど少女を大切に思っているかがわかる……
その場には、彼がページをめくる音と、少女の寝息だけが響いていた。
そしてその休憩所の外には、そんな姿を隠れて見る三つの影が。
実は最初からいて、彼がテーブルにつっぷしたりするお宝映像を保存していた茶々丸と、他二名。
休憩に入ろうとして、でも中はあんなんだから、外から見ていたのだ!
「超鈴音」
彼等から目を離さず、茶々丸が言う。
「なにかネ?」
「私は今、人がどうして鼻血を流すのか、完全に理解出来ました」
「さすがネ!」
……それ理解してどーすんだ? と、千雨は思わず思った。
──────
新オスティア街のはずれ。
そこは祭りの喧騒とは裏腹に、屋台も観光する場所もない、人がまったく居ない、まるで、世界にたった一人、取り残されているかと錯覚するような場所だった。
そんな場所に、ネギは一人立っていた。
「……」
空を見上げ、思う。
だが、心がまとまらない。ここしばらく、衝撃の展開が多すぎて、頭がまだ混乱しているのだ。
「……あんた、大丈夫?」
そこに現れたのは、明日菜だ。
「え? あ、はい! 大丈夫です!」
声をかけられ、自分を取り戻し、彼女の方を見る。
「……やっぱ、お母さんの事、気になる?」
明日菜達も朝起きたところで、今日の夜の事。そして、ネギの母が救出出来る事を聞いた。
「はい。まさか今回の旅で、ここまでわかるとは思っていませんでしたから」
いざ会えるとわかったら、なぜか怖くなってきてしまったのだ……
アーニャが両親と再会しているのを見て、自分も母に会いたいとは願った。
だが、いざ会えるかもしれないとわかると、どこかに恐ろしさを感じてしまっているのだ……
「怖い?」
そんなネギの心を見透かすように、明日菜は言う。
「わかっちゃいます?」
「当たり前でしょ。私はあんたのパートナーなんだから」
ふふんと、胸を張って明日菜は言った。
明日菜は今だ、明日菜のままだ。
アホのままだが、立派にネギのパートナーであった。
「まだ、終わったわけじゃないのに、色々と考えちゃって……」
あはは。と元気なく笑い、また空を見た。
その姿は、先生などではなく、ただ、まだ見ぬ親を想像して、不安になる、ひとりの少女でしかなかった……
「でもそれはさ、ナギさんも一緒だと思うのよ」
明日菜はネギの隣に並び、同じ空を見上げながら、そう告げる。
「え?」
「あんたがそう思うのと一緒で、きっとナギさんだって、不安に違いないわ」
明日菜は、なぜか不思議とそう思う。会った事もないはずの人なのに、なぜか、そう思えてしまった……
「だから、会えたらまず、笑いかけてあげればいいと思う」
こんな感じで。と、ネギにどこか間抜けな笑いを、向けた。
「ぷっ……」
その顔を見て、ネギは思わず笑う。
「なんで笑うのよ」
ぶすーっと頬を膨らます。
「だって、つい……」
「ふふ、そうよ。そんな感じで、笑えばいいの。だって泣きそうな顔してても、しょうがないでしょ」
あはは。と、明日菜は明るく笑う。
「それにあんた、私と会った時教えてくれたじゃない。わずかな勇気が、本当の魔法だって。それ、実践しなさいよ」
「……」
その言葉と、明日菜の笑顔を見て、ネギは思わず呆然としてしまった。
「……どしたの?」
「いえ、アスナさんて、凄いんですね」
「なに言ってんのよいきなり。あんたが言った言葉でしょ。自慢してるの?」
「そういう意味じゃないですよー」
「じゃあどういう意味よー」
ふがふがと、ネギのほっぺたをつかみ、明日菜が笑う。
「ふががー」
言葉にならない言葉を発し、ネギも笑う。
「ふふ、なに言ってるのかさっぱりわからないわ」
一通り笑い、手を離す。
自分のほっぺたを整えながら、ネギは明日菜を見る。
「アスナさん」
「なに?」
「僕、やっぱり母さんに会いたいです。会って、抱きしめてもらいたいです」
その瞳に、もう迷いはなかった。
はっきりと、その言葉を、その心を、口にした。
「もちろんよ。明日にはきっと会えるわ!」
「はい!」
その少女の顔に、不安はもうなかった。
残されたのはただ、母に会えるという喜びだけだった。
「あ、せんせー」
そこに姿を現すのは、ノドカ嬢。
「あ、のどかさんどうしたんですか?」
「夕映見ませんでしたー?」
「え? ユエちゃんどうかしたの?」
明日菜が聞く。
「ちょっとはぐれちゃったみたいで……」
「大変! ネギ、探しに行くわよ」
「はい!」
「お願いします」
一方迷子のユエは、アリアドネー騎士団の女の子達と出会っていた。
これは、ある意味運命の出会い……
ずれた時空ですら生まれる、友情の出会い。
──────
一方再び従業員休憩室。
エヴァンジェリンが目を覚ますと、椅子に座り腕を組み、居眠りをしている彼の姿を見つけた。
「……」
ふと背を見ると、そこにはタオルケットがかけてあった。
誰がかけてくれたのか、すぐに理解する。
「まったく」
そうつぶやき、眠りこける少年の頭に、手をのせる。
なでなで。
「ふふ」
なでなでなで。
普段は彼の方が頭一つ以上高いので、こんな事は出来ない。
こちらの頭や髪はなでるくせに、自分はあまりやらせない。
「んっ……」
頭をなでられているのからか、その反応がかわいらしい。
その反応が見たくて、さらに頭をなでてしまう。
どこか子供のように、気持ちよさそうにする、かわいい姿。
無意識であるからこそ、見せる姿……
これは、いつしても、いいものだ。
少年の頭をなでながら、エヴァンジェリンはそう思う。
本来ならば、このまま胸に抱きしめたりと、色々としたいところだが……
「……ところで、窓の外いるの」
びっくぅ!
エヴァンジェリンの声と共に、窓の外でなにか大きなネコ三匹が動くのが分かった。
小細工を色々と弄していたようだが、今のエヴァには通用しない。
「いつから見ていたのか、聞いておこうか?」
「……エヴァンジェリン」
そーっと顔を出した超が声を出す。
「言い訳か?」
「ユー、二人きりになると大胆になるネ」
そして彼は、逆に紳士になるヨ。
「よし、そこに直れ」
「火に油を注いでどうするー!」
つっこみ担当長谷川千雨でした。
「……なにしてんの?」
目を覚ました彼の目に飛びこんできたのは、正座している超、茶々丸、千雨の三名を説教しているエヴァンジェリンだった。
「ナハハ」
「じ、自分で土下座……これは……素敵では、ありません……」
「なんで、私まで……」
一緒に覗いていたから同罪ではあるけど、一番の災難は千雨嬢かしらね。
──────
「はー、お祭り楽しなー」
「はい」
二人で祭りを歩く二人の少女が居た。
わたあめを一緒に食べ、ウインドウショッピングを楽しむのは、木乃香と刹那である。
「もーちょっとで終わりなんやなー」
名残惜しいように、にぎやかな魔法の都を見て、木乃香がつぶやく。
「はい。最初の予定より長居してしまいまう結果になりましたけど」
「そーやなー。でも、楽しかったなぁ」
「はい。良い経験だったと思います」
パーティーが一時バラバラになってしまったが、大きな問題もなく合流する事が出来たし、少なくともこの旅で、一回り以上強くなったと刹那は思う。
今日の夜、最後の戦いが終われば、それももう終わりだ。
あとは、現実世界へ帰るだけである。
あの人が負けるわけはないと、信じている。
「ふふ。信じとるんやなぁ」
「え?」
「だって、ぎゅっと拳を握ってるんは、今日の夜の事考えてたんやろ?」
刹那がふと自分の手を見ると、ぎゅっと拳が握られていた。
思わず力んでしまったようだ。
「はい」
なので、素直に肯定する。
「ウチも平気と思う。だって、エヴァちゃん救った時なんて、すごかったもんなぁ」
「はい。あの時は、本当に驚きました」
旅の宿で突然流れたエヴァンジェリン処刑の中継。
あの人は、死刑は絶対に避けられない状況で、颯爽と現れ、その絶対を覆した。
愛する人を守るために、死地へと赴き、すべてを覆したあの姿。
宇宙刑事とか、従者とか、そんなの関係ない。
あの姿は、パートナーを守る姿として、とてもかっこよかった。
私にはとうていマネは出来ないけれど……
「……」
刹那の足が、止まる。
「?」
それに気づいた木乃香が、振り返る。
今までずっと、先延ばしにしてきた事がある……
今なら、今ならきっと……
振り返った木乃香に、刹那は意を決して、口を開いた。
「わ、私は、まだまだ未熟で、あんな事はとうてい出来ません。あの人のように、星を守れるような大きな人間でも、たった一人の為に、一国の裁定を覆す事も出来ません。ですけど、このちゃん一人を守る事は、出来ると思います。いえ、守ってみせます! で、ですから……」
あの、その……
と、どんどん語尾が小さくなる。
それを見た木乃香は、思わず嬉しくなって微笑んだ。
「せっちゃん。つよぉなったな」
「え?」
「ウチもな。憧れなんや。颯爽と現れて、人を助けて颯爽と去ってゆく、正義の味方。辛いと泣いている人に、手を差し伸べる、立派な魔法使い」
ゆっくりと、両手を広げる。
「魔法世界に来て、色々見て、色々知って。ウチ、将来の進路しっかり決まったんや。ウチな、いつかそんな立派な魔法使いに。なりたい」
「……!」
「それでな。いつか今と同じように、せっちゃんにパートナーとして傍にいて欲しいと思っとるんやけど、どぉ?」
木乃香が、にっこりと微笑んだ。
その笑顔に、刹那は、勇気をもらう。
「はい! 私に、守らせてください!」
彼女は、しっかりと、その自分の意思で、その想いを、木乃香に伝えた。
……私が本当に目指したのは宇宙刑事ではない。
それは、きっかけ。
本当にやりたい事は、人を守る事。
木乃香と一緒に、人を幸せにする事!
「良かったー!」
木乃香が刹那に抱きついた。
『パクティオー!』
刹那、木乃香、仮契約、成立!
ちなみに、仮契約はカモがやってくれました。いじょう。
「あれ? 俺っちの出番これだけぇ!?」
──────
思わず長居してしまった移動式超包子を後にし、再び祭りを歩く。
「予想よりすげー長い時間いてしまったな」
「そうだな」
俺の言葉に、エヴァが答える。
ちなみに今回の姿はエヴァの魔法での姿変え。
外見上は10歳だけど、実際はそのままの幻覚さ。
「さて、今度はどこへ……」
と、周りを見回すと、ある一団が俺達の目に飛びこんできた。
「これはこれは。視察に出てみればこんなところで、偶然ですね」
先頭を歩く男が、メガネを直しながら、言ってきた。
そこにいたのは、新オスティア提督。
数人の護衛と、あの刀を持ってる子供。それを引き連れて、俺達の前に総督。クルト・ゲーテルが俺達の前に姿を現した。
総督殿がじきじきにお出ましとは。
確かに祭りに行くとは言ったけど、まさかわざわざ本人が来るとは思わなかったね。
まあ、俺の姿はともかく、エヴァの方の姿は総督殿も知っているから、見つける気になれば見つけられるわな。
「本当に偶然ですね」
「まったくだ。偶然だな」
俺は皮肉はこめていないが、エヴァンジェリンは皮肉をこめている。
「それで、なにか御用ですか?」
「はい。二つほど。ここでは目立ちますし、どうです? そこいらの喫茶店にでも」
総督様が喫茶店とは、個人的には好感度アップだね。
入ったところすげー迷惑だろうけど。
もしくはすでに用意してある特別な喫茶店かもしれないけど。
「……どーしよか?」
「お前に任せる」
ちらりとエヴァに視線を送ると、そう答えが返ってきた。
「それじゃあ、ホットケーキくらいおごってもらいましょう」
「そういえば、そろそろ三時か……」
「ぜひともご馳走させていただきます」
案内されたのは、案の定VIPが通いそうななんか高級な喫茶店だった。
というか、いわゆる飛行船だった。
空の上だった。
すげぇな魔法世界。すげぇな総督様。
当然個室なので、変装を解いても問題ないそうです。
「すみませんね。一応総督なので」
「かまいませんよ。俺も気楽ですし」
窓もあって外が見れるし。
人がゴミのようだとか言えるし!(言わないけど)
「そちらのお嬢様は変装を解かないのですか?」
「いや、私はこれが本体だ」
「……やはり、本物ですか」
「さて。どうだかな」
「詮索はやめておきましょう。『闇の福音』エヴァンジェリンの罪は許された。これ以後追われる事はないのですから」
「その通りだ」
エヴァがにやりと笑った。
飲み物として紅茶が運ばれてきた。
俺は遠慮なく一口。警戒はエヴァにお任せ。えへへ。
「それで、なにか御用ですか?」
「はい。約束通り、舞踏会の招待状をお渡しに来ました」
ぴっと、懐から招待状を取り出す。
あー。そういえば、前に会った時にそんな話もしましたっけね。
「あー。今日でしたっけ。夜」
「はい。せっかくですので、私の全世界スピーチを聞きにいらっしゃいませんか? ぜひとも、ネギ君に聞かせてあげたいので、彼女も一緒に……」
彼はなんの事かは知らないが、ナギの伴侶であり、ネギの肉親。『災厄の魔王』と呼ばれ、汚名を着せられた旧オスティアの王。
その名誉を回復させるためのスピーチが、この日予定されているのだ。
全世界に、20年前本当に世界を救ったのは、誰であるかを、伝えるための……
「あー、悪いんですけど、どうあっても今日の夜は行けません。夜ちょっとやる事があるんで」
「そうなのですか。一体なにがあるのか、聞いても?」
「あはは。ちょっと最後の敵と戦ってこなくちゃいけなくて」
「最後の、敵……?」
「『造物主』だよ小僧。聞いた事くらいあるだろう?」
エヴァンジェリンがくちばしを挟んできた。
「っ!?」
その名を聞いて、クルトが驚く。仮にも元『赤き翼』。その存在がどのようなものか知っている。
「すでに滅ぼされたはずでは?」
「ちょっと事情がありまして。今夜そいつを倒さなきゃいけないのです。そんなわけですから、その舞踏会には行けません」
ごめんなさいと、彼は小さく頭を下げる。
(これが、先日彼の言っていた、やらなければならない事……!)
「そ、そうなのですか。ならば、なにかお手伝い出来る事は?」
あまりの超大物に、さすがの総督様も動揺してメガネをかっちゃかっちゃしている。
「ある?」
ちらりとエヴァを見る。
「ないな。むしろメインは精神戦になるから、その後の標的などになられても困る。つまり、邪魔だ」
「だそうです」
「わ、わかりました……」
「小僧は気にせず今日のスピーチの心配をしていればいい。それが一番の手伝いになる」
「……ですが、なにか困った事があれば、言ってください。すぐにでもお力になりますから」
ホットラインでクルトへと繋げる魔法具を、クルトは彼に手渡した。
ならせばたとえどんな予定があろうとツーコール以内で出るのだという。
「ありがとうございます。いざという時は頼りますね」
手渡された少年が素直に礼を言う。
「はい」
「ずいぶんと肩入れしてくれるな」
エヴァンジェリンが意外だという声を上げた。
「貴方達のおかげで、私の本懐を遂げる事が出来ました。その上、罠にはめたはずなのに、私は例外として見逃してもらった。ですから、どれだけ尽力しようと尽くしたりないくらいです」
この言葉に、裏はない。クルトは純粋に、彼の力になりたかった。
「そんなの気にしなくていいのに……」
「そうはいかないのですよ」
後始末とか全部押しつけたというのに。それなのに喜ぶとか。この人ドMなんじゃねーか?
なんて彼は思う。が、本懐とやらがよほどそれを上回ったって事だろうと判断する。
「むしろ報酬を差し上げたいくらいです。貴方が望むのなら、この国で一生を保証いたしますよ」
「そいつは素敵な提案ですね。でも、お断りします。そーゆーの欲しかったら王子やめてないんで」
拳闘大会優勝は欲しくて手に入れたわけじゃないし。
「ですよね」
あははと二人で笑った。
「……一つお聞きしてよろしいですか?」
笑うのをやめ、真面目な顔で、彼に聞く。
「はい?」
「あなたはなぜ、王子もなにもかもを捨てて、たった一人の為に、あのような事をなしたのです? 拳闘大会の出場も、みずからの望みではなかったと聞きます」
当初は正体を隠し出場しようとしていたが、あのラカンがその正体からすべてをバラした事を、クルトはつかんでいる。彼が出場した事により、裏でなにかがあると考えていたが、先ほどの『造物主』との最後の戦いという事で、クルトの中で全てが繋がった。
すなわち、あの裏で、実は『完全なる世界』との戦いが起きていたのだろうと……
だがそれは、その真の戦いは、結局表に出ていない……
拳闘大会優勝は、ただの目くらまし……
「なぜ、誰も褒めない裏側で、ひっそりと世界を救うのです? 貴方が望むのならば、本当の名誉も、財宝も思うがままでしょう!」
「なんでって……」
考える。
お金は『道具』のおかげでいっぱいあるし、いっぱいあるから、名誉や役職なんて面倒だから興味ない。
それにあの時や今回は、自分が生きるために逃げられなかったというのもある。
なぜか。と外に理由を広げれば、エヴァを助けてやりたくて動いたし、今回だって、ネギをナギかーさんにあわせたいからがんばる。
つまり……
「……簡単な話ですよ。そうすると、可愛い女の子が笑ってくれるんです。その笑顔が見たくて、ついがんばっちゃうんです。だって可愛い女の子の笑顔は、それだけで世界を救う価値のある最高のお宝なんですから」
その少年は、馬鹿みたいににへらっと、笑った。
「……」
この瞬間。クルトの目から、滂沱のごとく涙が溢れた。
びくぅ!?
びっくりした。いきなりなんや!?
(……なんという、こういう方を、聖人とでも呼べばいいのか)
クルトは、政治家である。
ゆえに、言葉の裏を読むのに長けている。
長けているがゆえに、その裏を考える。
そのクルトは、その言葉の真意を即座に悟った!
一見ふざけているようにも聞こえる答えだが、その本質はあまりにも優しい……
子供の笑顔とは、すなわち未来を現す事と同意。
その笑顔が見たいという事。
それは、それはつまり……!
彼が望むのは、子供達が笑ってすごせる未来……!
ただ、それだけ……!!
あの裁定を覆す力を持ち、世界を消滅させうる『造物主』と戦うほどの存在。
その気になれば、この社会を好きにでも出来うる力を持つ者の願いは、あまりに無垢な願いだった。
地位など必要ない。名誉もいらない。その未来が守れれば、それでいい……
あまりに純粋で、あまりにまっすぐな願い……!
それはかつて、自身も憧れた王と同じ。
全ての人に等しく幸せを与えようとして、己が命をかけて、救おうとしたあの王と……
政治家ならば鼻で笑うような願い。
しかし、その言葉は、私の心に、深く深く響いた……
彼が自身の手でこの世界を導けばよいと考える者もいるかもしれない。ですが彼は、自身の力が強すぎると認識しているのです。
彼が統治すれば、確かに平和は続くでしょう。しかし、それは自身が永遠に続けるか、その一代限りで終わる、幻の平和になるかでしかないのです。
それでは、次に続かない。ただ彼にだけ頼り、堕落した社会では、更なる未来がないと、彼は知っているから。
だから、彼は王を望まない。いや、望めない!
力が強すぎるゆえ、真に未来を考える彼は、裏方に徹するしかないのだ!
そこまで、そこまで深い考えがあったのだとは!
「私にはとうてい、マネなどは出来ない……」
自分は所詮、しがない政治屋だ。嫌悪する悪徳と不正を正す事も出来ず、世界が崩壊する時がせまろうとしているのに、この世界全員を救うなどとは考えられない……
それが人間だ。しかたがないと諦めていた……
全員救うと言うだろう彼女達の言葉など、世を知らぬ者のたわごとだと信じてやまなかった。
だが、違う……
真に力を持った人が、こう言う……
本当に、必要なのは、彼のような、彼女達のような、人だったのだ……!
どれだけ自分の心に嘘をついても、彼のその心に、共感してしまっている自分がいた。
真に必要だった事。それは、それを認める、小さな勇気……!
そう。私は、それが出来うる可能性のある地位にいる……
彼が望もうと、手にしてはいけない地位にいる……!
なのに……!
「私は、本当に、なさけない……」
……それを見て、彼は少し汗を流す。
涙を流しながら、テーブルに突っ伏し、ぶつぶつと、総督さんがつぶやいてます。
「……え、えーっと」
「ほおっておけ。自分の矮小さに気づいたんだ」
「そうだ。私は彼ほどではない。だが、出来る事はやろう。それが、それだけが、唯一の方法!」
がばっと頭を上げる。
「あ、復活した」
「恥を忍んで、一つお願いがあります!」
そのままクルトは、席を引き、床に膝をつけた。
「え?」
それはそれは、素敵な土下座であった。
背筋を伸ばした状態から、流れるように平伏する。その流れは、土下座マスターの彼も、思わずほう。と唸るほどに素晴らしい、魂の座とするに相応しい土下座であった!
「貴方に救っていただきたいものがあります。この世界を、崩壊するこの魔法世界を、どうかお救いください! 私程度では、約6700万人の同胞を脱出させるのが精一杯! ですが貴方ならば、この世界に住む12億の人々。いや、世界そのものを救えると、固く信じております! お願いいたします!」
あ、そういえば、神鳴流習ったんだから、土下座の文化も知ってるってわけか。
なんて事を少年は思った。
「……わかりました。お受けしましょう」
素晴らしい土下座を見せてもらったお礼に!
『造物主』の目的に世界を無にってあった気もするし、ついでだし!
この時彼は、この言葉は、『造物主』を倒して、世界を救って欲しいと言っているのだと考えていた……
クルトは後に、その事をこう語る。
すっと、その背に手を当て、彼は言った。
「わかりました。お受けしましょう」
と。
今この魔法世界は、崩壊の危機に瀕している。
魔力が失われ、火星をヨリシロとして作られたこの世界が、あと10年ほどで消滅しようとしていたのだ。
その世界を救う……
そんな戯言にしか聞こえない事を、彼は、あっさりと引き受けてくれたのだ。
とても優しい声で……
いや、すでに最初から気づいていたのかもしれない。
元々そのつもりだったのかもしれない。
先日突如として復活したゲート。それをなしたのはおそらく、彼であろうから……
だが、その言葉だけで、私はもう、この世界は絶対に救われると、確信出来たのです。
ですから私は、彼から承った最後の言葉を胸に、こうして政治家を続けています。
「その代わり、その涙を止めてください」
続けて言われたこの言葉こそが、私に求められた報酬。この世界に住む人々の涙を止める事。笑顔まではいかずとも、悲しむ人を減らす事。それが、私に与えられた、政治家としての使命なのだと悟ったのです……
──元老院崩壊後、新たに制定された大統領制において、最大にして最高の初代メガロメセンブリア大統領とされる、クルト・ゲーテルの政治家の心得と残された言葉より。
……なんかえらい感動された。
やはり俺も、土下座を一回くらい披露しておいた方がよかっただろうか……
飛行船を降ろしてもらってから、そんな事を考えた。
そんな事してたら。
「……あほだな。お前達は」
なんて、なんかエヴァンジェリンにあきれられてしまった。
「だが、相手がそれでよいと考えているのだから、よしとしておこう」
でもすぐ納得したようにうなずいてた。
「ふーん。お前がよしと言うのなら、それでいいか」
「お前はただ、テキトーに生きていたいだけなのにな」
「テキトーとは失礼な。ちゃんとその場に適してる正しい意味の『適当』だぞ。テキトーじゃないぞ」
「はは。そうしておこう。ただ一つ言っておくぞ」
「なんだ?」
「笑顔一つで世界を救うのはかまわんが、お前の笑顔は、私のモノだからな」
「心がこもった笑顔って限定つけてくれよ」
「安心しろ。それに関しては心配していない」
「ならよかった」
当然笑顔をサービスさ。
そしたら、宇宙を救える価値のある笑顔が返ってきた。
さてと、それじゃ祭りの続き、まわるか!
──────
夜。
旧オスティア。
先日『完全なる世界』を叩きのめした墓守人の宮殿とは違う、旧オスティア王宮跡。
20年前の騒動で魔力が枯渇した地であるが、『完全なる世界』の儀式準備によって魔力が集められていた影響により、今は通常並に魔力が満ちていた。
だが、平時においても霧深く、人が立ち入れるような場所ではない。
それゆえ、誰も居ないこの場所が、最後の戦いの場所に選ばれた。
「……」
広い庭の中心に、彼を取り巻くよう、ネギと仲間達がいる。
そこには、魔法陣が描かれ、その中心に、黒髪の少年が立つ。
その彼の隣には、エヴァンジェリン。
自身の伴侶のその手を、握り、時を待つ。
通じ合う二人の視線が、絡まる。
「……万が一の時は、頼んだぜ」
「まかせておけ」
嫌な予感がすると言って手渡されたそれを彼に見せ、エヴァンジェリンは微笑んだ。
それを使えば、万が一の時、自分を救えるかもしれないのだという。
そんな万が一はないとエヴァンジェリンは確信していたが、対策や保険はいくらあっても足りないわけではない。慢心は、身を滅ぼす第一歩でもある。
なおかつ、救えるという可能性が増えるのはいい事だ。
「さて。保険もかけたし。最後の戦い、いってみようか」
刻が来た。
最後の戦いが、はじまる。
─あとがき─
最後の日常でした。
次回、最後の戦い。
体の主導権争いなので『道具』がまったく役に立たないという不利な状況。
そしてその力が奪われれば終わりという戦いです。
無事ハッピーエンドとなるのでしょうか。