初出 2009/06/26 以後修正
─第19話─
『オレえもん ネギまと鉄人兵団』
──────
鉄人兵団。
それは、生き物の頂点を自称しつつ、生き物ではない存在。
外宇宙より飛来した、人類。いや、この星に住む生き物すべての敵。
管理という名目の元に生物すべてを奴隷とし、労働力とする。管理という言葉の意味を違えている種族。
そもそも、根本的に彼等と生き物は、相容れない。
あり方そのものが違うのだから。
そいつ等は、生き物ではないのだから。
その存在。それが、超鈴音がこの時代へとやってきた、本当の理由。
超鈴音は知っている。
将来、鉄人兵団が出現した際、魔法世界はゲートを閉じ、地球を見捨てる事を。
地球は奴等に支配され、人類は、多くの犠牲を払い、火星へと逃げのびなくてはならなくなる事を。
魔法使いの力があれば、少なくとも、人類は地球から逃げずにすむかもしれない。
力を合わせれば、撃退出来るのかもしれない。
彼女は、魔法の力を知っている。
それは、彼女のご先祖様が、魔法世界とは違い、唯一この星を見捨てなかった魔法使いだからだ。
彼女のご先祖は、人類のリーダーとして、人々の希望として戦った。
それゆえ、彼女は魔法の力を知っている。
それがあれば、鉄人兵団と戦える可能性がある事を。
それゆえ、彼女は世界に魔法を公表しようとした。
自身の計画の成功は、魔法世界を戦いに巻きこむ事になる。それはわかっている。それでも、それは彼女の知る未来より、マシな未来になる事は確かなのだ。
今の世界の人々に、その行為が理解されなくとも、彼女は、それを実行しようとした。
悪と罵られようと、人類の未来を勝ち取ろうとした。
しかし、襲来は10年ずれ。その計画すら、鉄人兵団に利用されようとしている。
積み重なった偶然により強化されたてしまった認識魔法により、すべての人類が、総奴隷化されようとしている。
人類総奴隷化に、これほど効率のよい手段もあるまい。
それは、それだけは、絶対に、避けなくてはならない!
避けなくてはならないのだ!
超鈴音は、目の前の偵察機を倒すため、構えた。
「なぜ、この時代にアナタ達が? 私の知る襲来より、10年は早い」
「そうね。私も理由はデータにないわ。ただ、この星の感覚で言えば2年前。突然中枢が計画を前倒しにした。と私のデータにある」
……2年前。やはり、私がこの時代に来た影響という事カ。
やはり、『歴史の修正力』。というやつかネ。
「しかし、私とてお前達への対策をしていないとは限らないヨ」
「あら残念。『ジュド』の体なら、すでに盗り返させてもらっているわ。組み立て、ご苦労様」
「っ!」
あれは、一種の切り札。あの力は、この星を更地に変えられるほど。ゆえに、鉄人兵団にも有効だと考えていた。それゆえ、超が未来から持ってきたプロテクトが幾重にもかけられていた。
だが、それすらも、星々をわたる技術を持つ奴には、通用もしなかったという事。
やはり、科学技術ではマトモに太刀打ち出来ない。
それどころか、組み立てさせるために利用させられた!? 発見は仕組まれた事。つまり、あれは彼を疑わせるための餌!!
やはり、彼は、我々に必要な存在だった……
超は、今更ながら、思い知らされた。
「私の存在は、この星で偵察もかねている。貴女の計画も、すべて私の掌の上。でも、あなたは明日の計画には必要。だから、殺さないわ」
「それは安心ネ」
冷や汗を流しながらも、超は気丈に答えを返す。
「ええ。安心なさい。貴女も、そちらの老人も、周囲にいる人間も、殺しはしないわ。貴方達は大切な労働力。大切に大切に管理してあげるから、そのこぶしをおろしなさい」
「断るヨ」
「その通りじゃ。残念じゃが、この場でおぬしを倒させてもらう」
老人と、その周囲にいる魔法使い達も、リルルへと構える。
いつでも攻撃は、可能だ。
「そう。でも大丈夫。本当に殺しはしないわ。貴方達は私の脅威たりえない。そこに倒れる彼とは違ってね……あら?」
視線を下におろした瞬間、リルルの表情が一瞬変わる。
血溜まりの中に転がっていたはずの彼が、そこから消えていたからだ。
「……影による転移。あの真祖の吸血鬼の仕業か」
助けるために連れ去ったか。
だが、右胸。さらに、五指の光による頭、腕、胸、腹への損傷。
それらは、すべて致命傷。生体反応もなし。
すでに、死は確定している。
それゆえ、彼に注意など払っていなかった。
転移後の座標はつかめない。
異界への転移。さすがのリルルといえど、座標のわからない異界までは追う事は出来ない。
逆に言えば、座標さえわかれば、ワープで行けるという事だが。
「無駄な事を」
リルルはその行為を、見下す。
いくら魔法のある領域だとしても、彼の死は、もう覆せない。なぜなら、確実に死ぬよう攻撃を撃ちこんだのだから。
命を復活させる魔法などない事を、情報を集めた彼女は知っている。
この星よりもより進んだ鉄人兵団の科学ですら、生き物の死は覆せないのだから。
吸血鬼ならば死者を下僕として仮初の命を与えることは出来るかもしれない。だが、『彼』として蘇らせる事など不可能。
無駄な足掻きだ。
どの道、その力は手に入れてある。
すでに用済み。
母星すらうち滅ぼすこの『力』さえあれば、もう怖いものなどはない。
さあ、まずは人類総奴隷化のために、目の前の小娘を捕まえよう。
リルルはゆっくりと動き出す。
それにあわせ、魔法使いもリルルへと一斉に動き出す。
だが、リルルは迫る魔法使い達の事など気にも留めないように、言葉を紡ぐ。
「貴方達が、なぜ、そこまで彼を警戒していたか、理由はわかっているわ。その理由の一つ。それが、これでしょう?」
リルルはそう言い、左腰に貼り付けた半月型のポケットから、一つの懐中時計のようなものを取り出した。
「っ! 彼の力!?」
「ほんの一瞬。気づかない間に、動けなくしてあげる。明日の儀式までの辛抱よ。それが過ぎれば、誰も、なにも、疑問に思わなくなる」
儀式が終われば、この星のすべては、すべて彼女の奴隷と化す。
強制認識魔法により、彼女を主と認識してしまう。どのような事も疑問も持たず、言う事を聞くようになってしまう。
それまでおとなしくしていればいい。
かちり。
リルルがボタンを押しこんだその瞬間。
時が、止まった……
──────
かち。かちと、時計が時を刻む。
針が進むにつれ、その炎は、弱ってゆく。
時が進むにつれ、その灯火は、消えてゆく。
運命の時間を指し示す、その時を目指し、針は進む。
……
ああ。闇が、せまってくる……
この感覚は、知っている……
俺じゃなく、この体が、知っている……
これは、俺の体が、死ぬって、感覚だ……
体が一度体験した、『死』が迫っているという感覚だ。
俺は知らない。でも、この体は、知っている、感覚だ……
この、奈落へと落ちてゆくような感覚を。
この体は、知っている……
だから、俺は確信する。俺は、もう、助からない……
と。
「──!」
目の前に、誰かが居る……金色の、髪……ああ、エヴァンジェリンか……
「───! ──!!」
エヴァが、遠くでなにかを言っている。
もう、遠すぎて、なにを言っているのかも、わかんねえよ……
なんで、泣いてんだよ……
ああ、俺が、死ぬからか……お前、ホントは、優しい、からな……
泣くなよ……
俺が、死ぬからって……
わびとして……
ああ、せめて、お前だけでも、人間に戻してやってもよかったな……
あの時、半分騙した、ままだったしな……
わりぃな……お前の呪い……といてやれなくてよ……
せめて、死ぬ前に、呪いくらい……
ダメだ。ポケットに手を入れても、選ぶ余裕もなければ、取り出す力もない。
手を入れたところで、俺は、そのまま、力尽きるだろう。
そして、俺が死ねば、たとえ手を入れていても、そのポケットは閉じ、ただのポケットとなる。
俺は、もう、『道具』を取り出せない……
死の迫る俺には、なぜか、それがわかる。
わかって、しまう……
ああ。俺の命が、死の奈落に、沈んでいく。
最後に見えた人影。あれは、あの子は、リルル、なんだろうなぁ……
人の心なんて、まだ理解してない、鉄人兵団の尖兵の、リルルなんだろう、なあ……
心無いリルルに、『スペアポケット』、奪われたのか……それ、やばい、よな……
時間とか、とめられたら、手に、負えない……よな……
──!
……死を目前にして、一つ、ひらめいた。
たとえ時を止めていたとしても、道具を使っていたとしても、あのリルルに、対抗出来るかもしれない、手段……を……
俺は、ひらめいた……
───エヴァンジェリン───
「アル、どうにかしろ!!」
私は、影のゲートを使い、あの憎たらしいアルビレオの場所へと跳躍(と)んだ。
彼との試合を見て、すぐあのフードがアルビレオだと気づいた。
だが、彼のパクティオカードの真相を確認する方が重要であったがために、無視していた。
一応注意はしていたため、彼の元から転移した先はわかる。
だから即座に、影を使い、彼をアルの元へと運んだ。
ふらふら逃げ回るヤツだが、今回ばかりは跳躍先を異界とし、私を待っていた。
ああ見えてアルは、治癒魔法の使い手だ。あいつならばきっと……
「……無理です」
だが、答えは、非情なものだった。
「いくら私でも、死は、覆せません」
……そんな、事、わかっている。
6ヶ所の致命傷。
しかも、ご丁寧に対治癒を念頭に入れた、なんらかの呪をこめた攻撃。
一目見ればわかる。
傷は治るだろう。
だが、命は、失われた命だけは、どのような魔法をもってしても、癒す事は出来ない。
どれほどの魔法使いをもってしても、この傷を。いや、死を、覆す事は、出来ない。
彼は自らの力で、不死身の吸血鬼へと為る事が出来る。だが、今はそうではない。今の彼は、呪いに封印された私と同じように、ただの人と同じ体なのだ。
さらに、その『力』は奪われた。すでに、自ら吸血鬼と為る力すら残っていないだろう。
「あなたも、それはわかっているはずです」
「うるさい! お前なら、お前なら出来るはずだ! お前なら!!」
「……」
いつもふざけ、おどけるあのアルビレオが、すまなそうな顔で私を見返す。
わかっていた。わかっている。だが……
エヴァンジェリンはなぜ、今、他人の為に回復魔法を習得していなかったのかを後悔した。
それが今、無意味な魔法だったとしても、習得を考えていなかった自分に、今なにも出来ない自分に、彼女は悔いていた。
彼の血を吸い、もしくは血を与え、眷属とする手段があるように見えるかもしれない。
だが、それは無意味だ。
眷属にするという事はすなわち、彼の命を自分で奪う事なのだ。
死を覆すのではない。死の中に彼を閉じこめるという事だ。
それは、彼を模して動く、彼の抜け殻を作るにすぎない。眷属となっても、命が蘇るわけではないし、死は、覆らない。
そこに生まれるのは、『命』の源。魂を吸血鬼に奪われ、失った、ただのヌケガラ……
それは本当に、彼によく似ているだろう。彼そのもののようだろう。だが、それは、彼によく似た、彼とはチガウもの。
吸血鬼の眷属とする事とは、結局はそういうものなのである。
魂を闇に落とし為る真祖とは違い、眷属とは所詮、吸血鬼の力で作る、シモベなのだ。
その彼は、結局、生きてなど、いない……
眷属となってその人が『蘇る』というのなら、彼女が孤独でいたなどという事は、ないのだから……
だが、彼を本当に失うならば……と、エヴァンジェリンはその闇の誘惑にかられる。
ヌケガラでもいい。無に帰るよりはと、彼女自身の自己満足のためだけの誘惑……
自ら一度も行う事のなかった、人の尊厳を奪い、生み出す、眷属の作成……
ゆっくりと、その首へと、その唇を近づけてゆく……
無意味とはわかる。だが、それでも、彼を失いたくは……
「……エ……ヴァ……」
こひゅーこひゅーと、喉から漏れる音の中で、私の名を呼ぶ声が聞こえた。
ぱくぱくと、彼の口が動く。
「なんだ!? なにが言いたい! 大丈夫だ。お前は、絶対に助かる!」
そう言いながら、彼の言葉を聴くために、私は耳を近づける。
「……あいつらの、事。この、世界の、事……たのむ……」
「っ!」
彼女の耳に、そうささやいた直後、彼は、最後の力を使い、彼女を、そこへと引き寄せた……
エヴァンジェリンの姿が、その場より、かき消える。
彼は、アルを見て、微笑む。
『すまない……約束、守れ、ない……』
そして、彼は、静かに目を閉じた……
「……あなたも、最後まで、自分ではなく、他人を心配するのですか」
アルビレオは、そのまま、フードを深くかぶりなおした。
彼の、命の灯火が、今、消える……
───ネギ───
タカミチとの試合開始直前。
舞台に上がろうとした時、懐に超さんからいただいたカシオペアが懐に入ったままになっていたのに気づきました。
緊張しすぎて置いてくるのを忘れちゃったみたいです。
壊れちゃうと困るから、誰かに預かってもらおうと通路を戻ろうとした、その時でした。
突然、それは起こりました。
今まで騒がしかった会場から、いっせいに音が消えたんです。
応援するアスナさんが、観客のみんなが、まるで、固まったかのように停止しています。
ふと見ると、懐から出したカシオペアが光り輝いていました。
これは、タイムトラベルに関係する事?
これはひょっとして、時間停止……?
そう気づくのに、あまり時間はかかりませんでした。
でも、一体なぜ?
そう思った直後、舞台に、なにかが降ってきたんです。
派手な音と共に、舞台の床板を破壊し転がり、煙の中で、彼女は、立ち上がる。
「……さすがに、最新の軍用強化服程度では相手にならない、カ」
そこにいたのは、強化服に身を固めた、超さんでした。
「超さん!?」
僕は、彼女に駆け寄る。
「時間停止への対抗手段。完成していましたか」
ふわりと、水面の上に髪の長い少女が降り立つ。
僕はその少女に見覚えがあった。
朝、ジュースを拾ってくれた人だ。
「さすがにネ。でも、お前に対して使う事になるとは思わなかたヨ」
「そうですね。我等鉄人兵団といえども時は操れない。時間停止に関して情報は確認不能ゆえ、完成は不確定要素でした。ですが、それでも想定内。人類の戦力は貴女一人。たった一人で、私に勝てますか?」
「残念だが、私一人ではない。もう一人、いるネ」
超さんが、僕を見た。
「ほう。彼女ですか。データによれば、10年後の人類側の指導者だとか?」
「そこまでデータを盗られてタカ。これは手厳しいネ」
「何度も言いますが、私は偵察ロボット。この程度のデータ収集など朝飯前という事。貴女の集めたデータは全て私の元にあります。それでも、あなた達は私に勝つ気なのですか?」
「厳しいけど、泣き言は言えないネ。私は、お前達に抗うため、この時間へ遡ったのダカラ」
「え? え?」
僕は、いきなりの事で事態が飲みこめません。
一体、なにが起きているの?
「ネギ先生! 信じられないかもしれないが、そいつは、人間ではない! 人類の敵ネ!」
「ええー!?」
「ははははは。その通り。と肯定してあげてもよいですが、彼女がそれを理解してくれるかしらね?」
「わからないネ。しかし、嫌でも理解してもらうヨ! ネギ先生! ──!!!」
「え?」
その言葉を言われた時、僕は、理解出来なかった。
いや、理解したくなかった!
あの人が……
「もう一度言うヨ! 彼は死んだ! 力を奪われ、殺されたネ! そこにいる、人類の敵に!」
「年端も行かぬ少女にひどい事実を突きつけますね」
「その左腕に残る、彼の血が、動かぬ証拠!」
「……これはしまった。彼の血、ぬぐっておくべきでした」
動かぬ証拠である、彼を貫いた腕。
ぺろりと、どす黒くなったその左腕を、少女はなめる……
どくんっ……
感じる。
その血が、あの人のものだと。
どっどっどっ……
心臓が、跳ね上がる。
わかる。
目の前の少女が、あの人を、手にかけた。と。
その血が、紛れもなく、あの人のものだと。それは、致命傷だったと、わかってしまう。
……あの人が、死んだ……?
あの人を、殺し、た……?
ぷちん。
僕の中の、なにかが、切れた。
───超鈴音───
とん。
「っ!?」
その刹那、ネギ先生は、偵察機の前にいた。
ドッ!!
そのまま、偵察機を上空へと跳ね上げる!!
「魔力のオーバードライブ。キレたと言ってもいいネ。さすが未来の指導者。人類の希望。ネギ・スプリングフィールドの潜在能力。さすが私のご先祖様ネ」
どうやらあの偵察機は、ネギ先生の事を現段階では重要視していなかったようだ(正確には彼しか脅威とみなしていない)
強引な参戦方法だったが、こちらにも余裕はない。
あの偵察機は、なんとしても倒さねばならない。
彼が何度も。それこそ警告するかのように使用していた時間停止。
その前例のおかげで、ぶっつけ本番だったが、カシオペアによる時間停止への介入を実現出来た。
しかし、カシオペアによる時間停止への介入。これは、今、この世界樹の魔力が満ちているこの間にしか使えない。
しかも、カシオペアを起動出来る人間も限られている。学園長達は起動させられなかた。
これは元々他人に使わせるつもりがなかったのが原因カ(それゆえ、ネギが保険となっていた)
この機を逃せば、『彼』の力を得た偵察機に、抗う手段すらなくなってしまう。
そうなっては、人類は本当に終わりだ。
『彼』の力を奪った鉄人兵団。それはすなわち、最強にして、最悪の敵なのだから。
暴走したネギ先生が偵察機に攻撃を加えている。
一人では厳しいだろう。だが、私も加わりさえすれば……!
「科学と魔法の融合。お前達と戦うために生み出された力、見るがいいネ!!」
一人で戦っていた場合では、解除コードを唱える事が出来なかった。
こういってはなんだが、ネギ先生を囮として、私は最終手段を起動させる。
呪紋回路開放封印解除。
──ラスト・テイル・マイ・マジックスキル・マギステル!
私の体に、魔力が流れるのを感じる。
激痛と、共に……
だが、この程度の痛みに負けてなどいられない!
私は、呪文を唱えながら、目標へと向かって、飛んだ!
──────
オーバードライブ(暴走)状態のネギ。
さらに、呪文開放の超。
この二人をもってしても、彼の道具を手にした最後の鉄人兵団。リルルに対して、有効な攻撃は与えられなかった。
斬!!
「くっ!」
強化服を『秘剣・電光丸』に切り裂かれ、超は空中を転がるように、距離をとる。
「ああああぁぁぁぁぁぁ!!」
ネギの咆哮。
そして、放たれる巨大な雷。
それにあわせ、超も時間跳躍弾を撃ちこむ。
だがそれは、『ひらりマント』によって別の方向へとそらされてしまう(マントは茶々丸が視認している。それゆえデータを盗んだリルルも存在を知っている)
時間跳躍弾が命中すれば、3時間先へ飛ばせる。そうすれば、対策が少しでも立てられるが、そもそも着弾させられなくては意味がない。
さらに、あの偵察機にはワープという回避手段も残されている。
「まさか、これほどの戦力差があろうとは……」
超は、彼がどれほど周囲に気を使い、力を抑えて戦っていたのかを痛感していた。
偵察機。リルルそのものは偵察型だけあって戦闘能力はそこまで高くはない。
だが、『彼の力』を得た偵察機は、超の想定していた彼の脅威力をもはるかに上回っている(鏡の世界で起きたヘルマン戦は彼以外にその惨状を知る人はいない。知っていれば、それ同等と評価しただろう)
最大にして究極。『時間停止』に対抗出来たとはいえ、接近戦は刀で。遠距離攻撃は肩から羽織ったマントで。これだけで、手の出しようがなくなる。
さらにリルルは、他にも道具を準備しているだろう。
ただ、一つだけ超達に幸運だった事がある。周囲の音を吸いこみ、呪文を封じる『吸音機』。それが未だ壊れたままだったのだ。なぜ直していなかったのかは、彼の気まぐれとしか言いようがない。
だが、そんな気まぐれによって、彼女達は、呪文を使って戦う事が出来る。
気づくと、リルルは刀を持つ反対側の手に、本を広げていた。
「っ!」
超の本能が、危険だと告げる。
「『吹き飛べ』!!」
「くっ!」
身構える。だが、それは誰にも効果を表さない。
「……やはり、これは彼にしか使えないようね」
失敗を当然のように納得し、それをポケットへとしまうリルル。
ルール設定時が時間停止中であり、その後リルルの前で2度と使用していないので、さすがのリルルもそのルールは完全に把握していなかった。
「そして、いい事もわかたヨ。お前はまだ、その力を、完全に使いこなせていない」
「ええ。そうなの。だから、貴方達を相手にこうして実験しているのよ」
超を馬鹿にするよう、笑う。だが、その表情は、やはり人形だ。
「ずいぶんと余裕ネ。だが、それが命取りになる」
「それもそうね。実験は後からでも出来る。今は、『時間停止』に介入する貴方達を無力化する方向で行きましょう」
「っ!」
そしてリルルは、一つのカセットを取り出した。それは、『能力カセット』。
そして、そこにあるタイトルは……
『千の刃のラカン』
彼女はそれを、腹へと押し当てた。
キュイィィン!
ただの偵察機が、魔法世界最強の力を得る。
「死なないように、耐えなさいよ?」
リルルは、こぶしを握る。
ボッ!
超は、そのこぶしを、さけられそうになかった。
───超鈴音───
この攻撃は、避けられない!
偵察機の拳を見て、私はそう思った。
「超さん!!」
だが、私はその攻撃で、死ぬことはなかった。
代わりに、偵察機が雷に襲われ、巨大な爆発が見える。攻撃の瞬間を狙われたため、回避も反射も出来なかったようだ。
「……ネギ、先生?」
「大丈夫ですか超さん!」
暴走状態だったネギ先生が、私を救ってくれていた。
生徒のピンチに正気を取り戻すとは、あなたは本当に、先生なのだナ。
「って、超さんなんですかその体の呪紋! この魔力!」
暴走中呼び寄せた杖の上に立ち、ネギ先生は聞く。
「……今更の話だヨネギ先生。今は気にしなくてよい」
「気に……いえ。それを使わなくては、勝てない相手なんですね?」
ネギは理解していた。アレが、本当に人間ではない事を。そして、本当に、人類の敵である事を。
雰囲気としてはフェイト・アーウェルンクスに近い。だが、それ以上に『命』を感じない事に気づいた。
「物分りが早くて助かるヨ」
「わかりました。じゃあ、超さんの負担が少なくなるよう、二人で倒しましょう」
「……」
私は、一瞬呆然とした後、くすりと笑った。
「? どうしました?」
「イヤ、優しいのか甘いのか、それとも厳しいのか、判断に困てネ」
超の体に施された、魔力を強制的に引き出す呪紋。それは、使えば使うほど、体に大きな負荷がかかる代物だ。
超への体の負荷を考えるならば、戦うな。だろう。彼女はそう言われるかと思ったが、ネギは超の意思も尊重しつつ、それでいて、超の体を考えた答えを返してきたのだ。
それが、超には予想外で、だが、その予想外に、ネギがきちんと自分を認めてくれたような気がして、うれしかったのだ。
「そんなことより、ネギ先生の方こそ大丈夫カ?」
「僕の方は平気です。さっきのも超さんのおかげでなにかつかめた気がします。いいですか? 今から僕と超さんで、彼女を倒します!」
「……はは。二人でいるのが、これほど心強いとは思わなかったヨ」
「そうです。仲間は心強いものなんです。それでは、行きますよ!」
「了解ネ!」
雷の爆煙の中から、偵察機が姿を現す。
ネギ先生も正気に戻た。これからが、仕切りなおしヨ!
───リルル───
「!?」
ネギ・スプリングフィールドが理性を取り戻し、超鈴音と共に連携をはじめた瞬間。
二人の動きが、完全に変わった。
一人ひとりではこの『能力カセット』の能力付与にすらまったくついて来れないはずなのに。二人となれば、それと互角に渡り合えるようになったのだ。
先ほどの二人を考えれば、この星の魔法世界最強と認識出来るこのカセットの強さに抵抗できるとは思えない。
だが、事実は違う。
同じ二人で、私を翻弄している。一方が一方をフォローし、見事に戦い抜いている!
足りない力を補い合って、私と互角に戦っている!
さらにこの二人は、共に戦った事などもなかったはず。
それなのに、まるで幾度も戦いを潜り抜けたような、正確な連携をしている。
パワーは受け流し、二人で防御を崩し、一方が刀をひきつけ、小さくともダメージを与えようとする。
しかもネギ・スプリングフィールド。いつの間に、あの魔力暴走をものにした!?
必要な時だけ発動されるそれは、無駄な消費もなく、とても効率的な力の発動だった。
超鈴音がなんらかの手助けをしたというのか!?
それとも、お前達二人で、今この瞬間も、成長しているというのか!?
1+1が2ではなく4や10になっている!?
いや、それでも足りないはずだ!
400と300の戦闘力。500にも満たない力達で、10000を超える力と、どうして互角に戦える!?
こんなものは、私のデータにはない。
これが、人間の力だとでもいうのか!?
まるで、一つの意思と戦っているようだ。
だが、データリンクでつながる我々の個であり群れであるそれではない。
もっと、大きく。だが、小さな、意思の繋がり。
これは一体、なんだ!?
彼女は知らない。
それの名を、絆という事を。
彼女は、まだ知らない。
───超鈴音───
不思議な感覚だた。
ネギ先生と共に戦っている。
それだけなのに、彼の『力』すら持ち、圧倒的な強さを誇っていた偵察機が、恐ろしくなくなった。
ネギ先生の考える事がわかる。
私の欲しいフォローが、即座に入る。
たった二人しかいないのに。
まるで、何人もの人と共に戦っているように感じた。
ネギ先生に力の使い方を教えた者達の、想いが力を与えてくれる気がした。
クーの教えが。エヴァンジェリンの教えが。刹那サンの教えが。明日菜サンの教えが。そして、彼の教えが……
足し算などではない。力の、乗算。そう感じるほどの、不思議なつながり。
私の力が、限界以上に引き出される、この感覚。
ネギ先生とならば、私は、何者にも負けない。
そう感じさせてくれる、なにかが、この時あった……
魔力の強大さや、呪文の力などではない。
人の心を纏める力!
これが、真の、ネギ・スプリングフィールドの力!
──────
心を持たぬ機械ではわかりえぬ人間同士の絆。
今のリルルでは絶対に理解出来ぬ事を目の当たりにし、その一瞬に、リルルは動揺する。
その隙を、ネギと超は見逃さなかった。
「今です!!」
「行くネ!!」
「『雷の暴風』!」
「『燃える天空』!」
オーバードライブ状態を意識的に引き出したネギと呪紋完全開放の超。二人の最大魔力をこめた魔法が、リルルへ向け、放たれる。
しまった! 転移も、肩に設置した『ひらりマント』も間に合わない!
「くっ! あ、あああぁああぁぁぁぁぁ!!」
雷と炎。
二つが一つになり、その渦へと飲みこまれ、リルルの体が崩れてゆく……
自分と仲間の力を最大まで高めあえる戦い方。
ネギが目指した、『スタイル』。
それが今、花開いた!
──────
「はぁ。はぁ。や。やった!」
「やったネ! さすがヨ!」
次の瞬間、超のスーツのいたるところが、火を噴く。
超の体も、悲鳴を上げていた。
「ぐっ……もう、限界のようだ」
「お疲れ様です。超さん」
杖の上に超を乗せる。
ネギの方も、暴走し、その後もその魔力暴走ともいえる魔力をコントロールし、今まで戦いどおしだったため、もう限界が近い。
「ありがとうネギ先生……これで……」
超が礼を言おうとしたその時。
──残念だったわね。
「っ!」
リルルの声が、虚空に響いた。
『復元光線』
瞬く、光。
雷と炎の渦が消えた中から現れたリルル。
その姿は、まったくの無傷だった。
鉄人兵団のリルルだけならば。ただ、機械の体を持つだけの兵ならば、先ほどの一撃で消滅していただろう。
魔法があれば鉄人兵団と戦える。超の考えは、確かに正しい。
だが、今のリルルの手には、どのような損傷も、浴びるだけで復活させてしまう、理不尽の塊ともいえる。彼の『道具』があった……
手に出現した『復元光線』が、その手の中。開いた掌、見えた機械の『内部』へと吸いこまれてゆく。
同様に時間停止を実現している『タンマ・ウォッチ』も、『体内』に収納されている。
これはなんと、武装解除対策でもある。
「今のは確かにデータにありませんでした。これが、人間の強さ。意思と、魔法の力。それを公表し、協力させようとしたのもうなずけます。ですがもう、通用しませんよ」
「そ、そんな……」
「くっ、なんという事ネ……」
ネギの杖の上で、二人はがくりと、ひざをつく。
「力尽きましたか。そうでしょうね。人間の心を折るには、希望を破壊すればよい。私はそう知っています。さて、それでは、明日まで動けないようにさせてもらいましょうか」
「くっ……」
「眠りなさい」
リルルが、『ショックガン』を構える。
その引き金が……
──そうは問屋がおろさんさ。
……引かれようとしたその時。
声が、響いた。
「っ!?」
その声は、なんと、リルルのポケットの中から。
ずっ。
『スペアポケット』の中から、しなやかな腕が伸び、それが、リルルの首を狙う!
「止まった時の中に、侵入してくる者がいるだと!?」
その腕を、『ショックガン』を盾とし、それを吹き飛ばされつつも、リルルはすんでのところでかわす。
だが、ポケットと自身がつながっているため、そこから現れる存在からは、逃れられない。
とん。
ポケットからはいでたその存在の、反対の腕が、ポケットの付け根側。リルルの体に触れる。
衝撃がリルルを襲う瞬間。
「だが、逃げ切れないのは、貴女も同じ!」
ポケットから身を乗り出しているという事は、リルルも手を伸ばせばその存在に届くという事!
ゴッ!!
リルルの体を衝撃が襲った瞬間。その腕に持っていた『秘剣・電光丸』は、現れた存在の体を刺し貫いた。
ポケットをリルルから引き剥がそうとしていたその存在は、それを奪う事をあきらめる。
「ぐっ……!」
「ふん」
苦しみの声を上げたのは、リルル。
その衝撃で、その存在は完全にポケットから出現し、二人は距離をとった。
刺し貫かれ、距離をとる事となった原因の刀を引き抜き、そのまま地面へと投げ捨てる金髪の少女。
その体の傷は、瞬時に再生してゆく。
「……貴女は」
リルルが、苦々しくその存在を見る。
「エヴァンジェリン……?」
「マ、マスター!?」
超とネギが、その場に現れたもう一人の魔法使いを見て、驚きの声を上げた。
そう。『スペアポケット』の中から現れたのは、ネギの師匠。
彼の四次元ポケットより入り、この場へと導かれた、真祖の吸血鬼。エヴァンジェリンであった。
「あいつの力、好き勝手に使ってくれたな。その罪、万死に値すると思え!」
「そうですか。彼が、最後の力でこの場にあな……っ!?」
リルルが最後に「貴女」と言い終わる直前。
次の瞬間、リルルの目の前に、エヴァンジェリンがいた。
その拳が、リルルにつきささる。
(これは、『デンコーセッカ』!?)
そう。この雷の様な速さ。リルルは、知っている!!
そうか。あのポケットを通ってきたという事は、ポケットの中で道具を手にする機会があったという事。
エヴァンジェリンの拳によって吹き飛ばされ、空中の力場に着地するリルル。
「貴女もその恩恵を受けた。というわけですね」
「そういう事だ。これで、貴様と互角。いや、貴様の場合、機械であるが故、服用系のモノは一切無意味。そういう点では私に分がある」
リルルも装備している『ウルトラリング』を、エヴァンジェリンが見せる。
「どうでしょうね? やってみなくてはわかりませんよ」
「ふん。道具とやらを取り出させる暇などは一切与えんぞ?」
二人の視線によって火花が舞ったその瞬間。
彼の道具を持つモノと彼の道具を持つ者の戦いが、はじまった。
───エヴァンジェリン───
彼に世界を頼むと言われた瞬間。
私は、彼のポケットに吸いこまれた。
ポケットに吸いこまれたその瞬間、その入り口が、私の目の前で閉じたのを感じた。
扉が閉まり、そこからは、出る事が出来なくなった。
そして、その扉が、私の目の前から失われた瞬間。私は、彼の命もつきた事を、理解した。
彼は、死んだ……
死んでしまった!
死を司る吸血鬼だからこそわかる。
彼の命が失われた事が。
命の灯火が消えた事が。
わかってしまう。
私を優しく照らしてくれた光が、消えてしまった……
彼の『力』の中で、私は呆然とする。
目の前にいたのに、なにも出来なかった。
目の前にいたのに、彼の命は、失われてしまった。
そして、その視界に、もう一つの出口が見えた。
その先に、彼の『力』を奪い、命も奪った奴がいる。
それが、直感的に理解出来た。
さらに、もう一つわかった。外の時間が止まっている事もだ。
なぜわかったのかはわからない。
だが、ここの時間は、止まらない。
そこで、理解する。その止まった時間へ対抗するために、彼がこの道へ私を入れたという事に。
自分の力を使い、暴れるソレを、止めるために。
世界を、救うために……
彼の最後の力で、私は彼の『力』そのものの場へと送られた。
自分の命を長らえる選択も、彼には出来たのかもしれない。
だが、それをせず、彼は、この世界を救うための手段をとった。
世界を、私に、託した。
闇の誘惑にかられた私と違い、彼は、最後まで、他者を、世界を選んだ。
どこまで! どこまでお前は、他人に優しいんだ!!
そして、どこまで、誇り高いのだ……
私は、涙をぬぐい、そのもう一つの出口へと向かう。
そこにそいつがいる。
彼を殺したあの娘がいる!
わかる。アレは、人間ではない。生き物ですらない。
アレは、人形だ。人の形をした、心も持たないただの人形だ!
そいつは、絶対に、私が、破壊してやる!
彼の受けた痛みを、100倍にして、後悔させてやる!!
私がこの手で、粉々にしてやる!!
そして、このような世界も!! 彼のいないこんな世界!
私を導く光の失った、こんな世界!!
こんな世界など!!
ナクナッテシマエバイイ!!
そう思ったエヴァンジェリンの前に、一つの『力』が現れた。
「っ!」
『地球破壊爆弾』
すべてを破壊する力。
この星すら、塵へと返す力。
それを目の前にした瞬間。私は、彼にしかられたような気がした。
これを手にとって、それで、すべてを吹き飛ばす事は可能だろう。
だが、それは、彼は望んでいない。
彼は、私に言った。この世界を、頼むと……
彼は、死を目前にして、世界を、私に、託したのだ……
私は求めた。
光を。
だから、私は、決めた。この世界を、受け入れようと……
彼となら、受け入れられると感じた。
だから……
だから私は、この世界を守らねばならない。
彼が、私に、託したのだから。
私は、彼に、託されたのだから。
それだけが。
それだけしか、今の私には、残されていないと、気づいたから……
私はその『力』を無視し、他に集まった、アレと戦うために必要な道具へ手を伸ばした。
今、世界を守るために必要な、力だけを……
彼の敵だけを倒すためだけの、『力』を。
「だから、私はお前だけを破壊する。例えあいつがいなくても、私は、あいつの望みどおり、この世界を、小娘達を、守る!」
──────
『デンコーセッカ』による圧倒的な速度と、真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリンの実力。
人知を超えた詠唱速度と、科学の恩恵によるパワー。さらに、すべての攻撃を回避する速さと蝙蝠化による攻撃の無効。そして、不死身の体。
リルルが科学と科学の組み合わせとすれば、エヴァンジェリンは科学と魔法の組み合わせ。
科学と科学という、どこかが干渉してしまう組み合わせではなく、科学と魔法という、力同士が相互に高めあえる、最良の組み合わせ。
魔力と気と同じように、それは、もう一つの究極であった。
彼と共にあり、まさに最強の魔法使いとなったエヴァンジェリンは、一瞬にして、リルルを追い詰めた。
攻撃から逃げた先。ワープ出現地点を見切り、そこで魔力を基点に、リルルの体が糸で縛られる。
「くっ!」
パワーは『道具』と『魔力』の補正によって互角! さらに糸にふくまれた『道具』の力も加わり動きも封じる!
ならば、リルルは抜け出せない!
そして、これで、攻撃はかわせない! 跳ね返す事もならない!!
「とどめだ!!」
右腕に魔力を集中させる。
「『エクスキューショナーソード』!!」
その攻撃は、リルルの体を──
かちり。
どこかで、そんな音が響いた。
ちちちちちち。
遠くで、鳥の羽ばたく音が、聞こえる。
風の音が、かえる。
止まっていた時計が、動き出す。
「っ!」
──貫く事は、なかった。
右手に集まっていた魔力の刃が消え、エヴァンジェリンの攻撃が、空を切る。
空中ですれ違うエヴァに、リルルがささやく。
「私は偵察ロボット。貴女が今、魔力で飛んでいる事は知っています。貴女が、どのような状態なのかも。貴女の力は、時が止まっていたからこそ、出せていた力……」
そう。エヴァンジェリンはまだ、呪いが完全にとけているわけではない。
『タイム風呂敷』では記憶が失われると思い、『コピーロボット』に呪いの精霊を誤認させているに過ぎない状態だ。
一定以上の魔力を使えば、その呪いが、エヴァンジェリン本体へと舞い戻る。
ただ、時が止まっている間は、呪いも働かず、エヴァがどれほど力を使おうと認識される事はない。
だが、時が動き出せば──
「貴女がまだ、結界に捕縛されている事は知っています。呪いが完全に解けていない事も。それだけの力を出しているという事は、今『分身』ではなく、本体へ呪いがかえるのでしょう?」
情報。それこそが、偵察ロボットであるリルルの、最大の武器でもあった。
「貴女が速さで勝負をかけてきた理由は察せます。私が時間停止を解除する前に、私を倒す。そのために私の手足も封じた。ですが、残念でしたね。手足が封じられても、私(機械)ならば、スイッチ一つなどどうにでもなります」
『タンマ・ウォッチ』、『復元光線』はリルルの『体内』に収納してある。それを操作するなど、ロボットである彼女には造作もない。
さらに、その場にいた誰もが、圧倒的優位(解除すれば数の上でさらに不利になる)を発揮出来る時間停止を、自分から解除するとは、予測もしていなかった……
──力を最大限に解放していたエヴァンジェリンに、呪いが、戻る!
「くっ、そ……」
エヴァンジェリンの体から、力が抜ける。
彼の道具と彼女の魔法。それはもう一つの最強の組み合わせではあった。
だが、一方が封じられてしまえば……
彼女は、一つの力を失い、落下をはじめた。
「さようなら、真祖の吸血鬼。その呪いがなければ、貴女の勝利は揺るがなかったかもしれません……」
「マスター!!」
「エヴァンジェリン!」
ネギと超が手を伸ばす。
だが、力を使い果たし、魔力切れに近い彼女も、ただ浮いている事しか出来ない。
落下するエヴァンジェリンを、助けに行く事など、出来なかった。
不死身であるがゆえ、彼女はダメージに対する道具を使用していない。
吸血鬼であったがゆえ、『ヴァンパイアセット』のマントなどは装備していない。
それゆえ、呪いの戻った今の彼女は、10歳の少女としての耐久力しかない。
となれば、空に浮いていた今、ここから地面へと落下すれば……
……ああ。
エヴァンジェリンは、落下の中。
走馬灯を見ていた。
そこに見るのは、ここ数ヶ月の出来事。
あの夜、突然出会った、人とは思えぬ化生。
しばらくして、偶然見つけたあの背中。
その夜、チャチャゼロを退け、自分をも退けた、出鱈目な存在……
最初は、気に入らない奴だった。
半分嫌がらせもかねて、近づいた。
だが、気づけば、その人柄が、気になっていた。
いつの間にか、彼に光を見ていた。
ずっとずっと、一緒にいたいと、思った……
次々と、思い出がフラッシュバックする。
彼と出会い。
止まっていた時が、再び動き出した、思い出。
ほんの数ヶ月の、思い出……
600年のうち、もっとも光り輝いた、その時を……
すまない。お前との約束。守れなかった。
世界を、守れなかった……
「───」
ぽつりと。
彼女はぽつりと、彼の名を、呼んでいた。
来ないとわかっている、彼の名を。
呼んでいた。
「呼んだか?」
ふわり。
だが、その言葉に答えるように、彼女は抱きとめられた。
両腕で、優しく。お姫様のように……
きらきらと、光の粒子が舞っている。
男は、光を纏い、現れた。魔力の光を纏い、彼女を抱きとめ、空に浮いていた。
「う、そ……」
エヴァンジェリンは、呆然と、現れた男の顔を見て、つぶやいた。
エヴァンジェリンを抱きとめた存在。
それはまさに。
それはまさに、彼だったのだから。
エヴァンジェリンを助け、その場に現れたのは、死んだはずの、彼だったのだから。
そこに彼が、いたのだから!!
─あとがき─
次回。VSリルル戦、決着!!
ちなみに学園長&周囲にいた魔法先生はリルルが時間停止したところでそのまま放置され、戦線離脱してます。
あ、それと一個嘘ついてたかも。
エヴァの『目の前』で、彼、息を引き取ってないように見えるけど、気のせいです。場の雰囲気ってヤツです。てへっ。