初出 2009/06/01 以後修正
─第15話─
小太郎登場の巻。
──────
その日は、放課後。突然雨の降りだした日だった。
村上夏美と、那波千鶴は、最近(修行で)ボロボロのネギを心配しつつ、学校から寮へと帰る道の途中で、一匹の黒い子犬を拾った。
「もー。ちづ姉連れてきてよかったの? この子野良だよー」
「見ちゃった以上仕方ないでしょう? ほっとけないわ」
「でもどうするのー?」
「大丈夫。こんな時、頼りになる腕のいいお医者様に心当たりがあるから」
「え?」
そう言い、那波千鶴は、携帯電話を取り出した。
──────
その日の天気予報は、放課後雨だった。
なので、下手にうろつかず、雨にふられる前に、寮へと戻ってきた。
「……で、帰ってきたのはいいんだけど」
「なんだ?」
「なんで最近お前、自分ち帰んないの?」
ごそごそと、ゲームを準備している幼女に聞く。
部屋に入ったとたん変身を解くのやめなさい。
誰か入ってきたら言い訳が聞かなくなるじゃないですか。まあ、変身確認してからじゃないと鍵は開けないんだけどさ。
とはいえ、最近は修学旅行の班員だった子とか遊びに来るようになってきたからうっかり鍵しめ忘ればったりハプニングなんてのもありえるから怖いんですけど。
「私の家には修行でネギ達小娘どもが入り浸っているんだ。しかたがないだろう?」
「そのワリには着替えに帰ってるけどな。ついでに本体のお前が指導してやればいいじゃないか」
「バカを言うな。私は今呪いで力が使えないはずなんだ。その私が指導したら呪いが作用していない事がばれる。ばれたら指導も出来なくなるんだぞ?」
「くっ、確かにそれはそれで納得の理由だ……」
いっそネギ達に幼女の呪いが半分解けてるとか教えてもいいんじゃないかとか考えたけど、なぜか命の危機的予感がしたので考えるのをやめた。
ちなみに魔法を使わない学科は例外だそうです(あの『魔法剣士』とかのスタイル分けとか)
「今日こそは貴様を倒す!」
「はっ、残念だが今日もお前の負け越しだぜ?」
最近よく遊んでいるちょっと型遅れの格ゲーソフトを取り出し、俺に突き出した。
幼女は幼女で、15年間引きこもっていたから、ゲームだけは達者のようだ。
最近は普通に携帯も使いこなしてきただけだし、単にハイテクに関して努力不足だけだったんじゃねーか?
まあ。この世界で古い世代の格ゲーを楽しめる相手がいるとは思わなかったからいいけどさ。
げーむすったーと。
「馬鹿な! 貴様の年齢でこのコンボの裁き方も知っているだと!?」
はっはー。中身は格ゲー黄金世代育ちだからな! 舐めるなよ!
「ちょっ、こら! 今のハメ技だろ!」
「ふはは。勝てばよかろうなのだー」
「なら俺だってなぁ!」
「カウンターからの鬼コンボだとー!?」
俺と幼女の格ゲーレベルはハイレベルに互角。
ただ、幼女はCPU対戦は豊富でも、対人戦経験が少ないためか、勝率は俺の方が上。
でも幼女パッドであのレベルだからある意味すごいよなー。
「あ、携帯なってる。ちょっとま……」
「断る!!」
「ぎゃー!」
ゆーるーず。
「て、てめー」
「ふん。余所見をする貴様が悪いのだ」
ちい。アーケード型コントローラーだからポーズが押しにくいという隙をつかれてしまった事でもあるしな(押しにくいと感じているのは俺だけかもしれないが)
「しゃーねーな。とりあえず、ちょっと待ってろ」
「早くしろよ。次で勝ち越す」
「へいへい」
電話に出て、事情を聞いた。
「そういえば、誰からだ?」
携帯の電源を切ったとたんに聞かれた。
「……いや、なんか、ちづるさんが俺を部屋に呼んでる」
「なにいぃぃぃぃぃ!?」
だから叫ぶなー。ミミガァ!
「最近お前よく叫ぶな!」
「お前達が叫ばせるような事をしているからだ!」
そんなに叫ぶような事か?
「そんなわけで、ちょっと行ってくる」
「行ってくるじゃない!」
「ああ。なんならお前も来るか?」
「は?」
「怪我した行き倒れを拾ったから、診てくれないか。だとさ」
そういえば彼女、俺が海でカンフー娘とか診察してたの見てたね。
それで頼ってきたみたいなんだわ。
そう言って俺は、『どこでもドア』を取り出した。
───村上夏美───
どうもこんにちわー。麻帆良学園3-Aの28番村上夏美です。
ほっぺのそばかすがちょいコンプレックスのカワイイ子ぞろいの3-Aではあまり目立たないごくフツーの女子中学生です。
今、私の目の前でちづ姉が、心当たりのある頼りになるお医者様へ電話してます。
行き倒れとして拾った子犬を診察してもらうために。
「すぐ来てくれるそうよ~」
あ、来てくれるみたい。
「窓開けておいてもらえる?」
「はーい」
からからからー。
「つきましたよー」
「はわっ!?」
窓を開けると、ベランダに救急箱らしき箱を持った彼と、金髪の少年がそこにいた。
彼等の事は知っている。この前南の島へ行った時、知り合った人達だ。黒髪の彼は、ちづ姉のお婿さん候補。
私が彼等を最初に見かけたのは、修学旅行の時だったかな。あの長い金髪と黒髪のセットには覚えがあります。黒髪の彼にはけっこうすごい噂があるけど、それを知った上で、「そんなの関係ないわ」なんて言ってのけるんだから、さすがちづ姉だと思う。
そういえば、海で気絶した時、彼が診てくれたとか言ってたっけ。執事さんも処置がとても的確だったって褒めてたのを聞いた覚えがある。それで心当たり。か(ちなみにクーフェイの他もう一匹のサメに入っていたのが彼女)
というか、早ぁ! 早いなんてモンじゃない。電話して三十秒なんてどんな早業なの!?
しかも、外で犯罪的に待ってたとかそんな雰囲気じゃなく、まるで今部屋から出てきたかのよう。
そもそも……
「……ここ、6階だよね?」
私達の部屋は665号室。つまり、6階にあるのだ。
「……え? うわ、ホントだ!」
振り返り、ベランダから下を見た彼が、そう驚く。
……自分で来たはずなのに。
「やべ、気づかなかった。ベランダに来てというから、てっきりあっさり入れる一階だとばかり……」
「……このアホ」
金髪の方。エド君が呆れたように言う。
「えへっ」
「アホ」
「ひどいや!」
自称かわいく笑った彼をばっさり一言で叩きふせる。
いつ見ても仲イイなぁ。この二人。
「しかし、ベランダに来てくださいと言われたけど、ちづるさんどうやってここに俺等を来させる気だったんだろう……?」
彼が、私に聞いてくる。
「知らないよー。大体普通に来てるじゃない」
「それを言われると、なんとも言い返せないんだけど……」
「あらあら」
私達の話し声を聞いてか、ちづ姉が私の後ろに現れた。
手には、縄梯子。
……つまり、それが答え。
「あ、さいですか」
彼も、ソレを見て悟ったようだ。
「急いでって言われたので急いできたんだけど、早すぎました?」
「いいえ。ベランダからで悪いんですけど、あがってもらえますか?」
「はいはい。お邪魔しますよー。患者さんはどこかしら?」
「はい。こちらですあなた」
「……子犬?」
「行き倒れです」
「人間と獣は管轄が違うんですが」
「あなたなら大丈夫です」
にっこりと微笑むちづ姉。
どこからその自信出てくるんだろ。
「いや、確かに出来るんだけどね」
出来るんだー!!
「緊急を有すると聞いたから行くのを許可してみれば……」
「でも事実ですよ?」
「ふん。お前は単にこいつを呼びたかっただけだろう?」
「あらあら」
……ちづ姉とエド君。この二人は、会うたびにこんな感じです。背景に龍と虎が見えます。
でもエド君、君男の子だよね? 男の子なんだよね? 女の子のような長い髪してるけど、男の子だよね?
「ま、行き倒れにはかわりないか……って、ん?」
「どうしたの?」
「いや、多分気のせいかな。お気になさらず」
彼は子犬を見て少し頭をひねったけど、持ってきていた救急箱らしきものを広げ、診察を開始。
絆創膏をはり、飲み薬を犬に飲ませました。
そうすると、すぐに苦しそうだった呼吸が収まって、普通の眠りになったみたい。
「わ、すごーい」
「あと、これを暖かいミルクに溶かしてあげれば、完璧」
「なにそれ?」
「栄養満点のきびだんご。お腹が一杯になれば、暴れる事も無いだろうしね。噛みつかれたくないでしょう?」
「ナイスアイディア!」
「いえーい!」
私と彼は、親指を立てた。
「はい。どうぞ」
まるで、ミルクが必要な事がわかっていたように、ちづ姉がホットミルクを差し出してきた。
「さすがですね」
「妻ですので」
「だからそれは気が早いって……」
さすがに彼もびっくりしてあきれてます。彼はお友達からのつもりだけど、ちづ姉はけっこうその気みたい。
ちづ姉に惚れる人は多いけど、ちづ姉が惚れる側になるのははじめて見たなぁ。
取り出したお団子をミルクに溶かして、子犬に与えました。あの病人にお茶とかを飲ませるきゅうすみたいな道具で(名前知らない)
寝ているのに、おいしそうに飲んでます。
あ、寝顔がすごく幸せそう~。
「これであとは、目を覚ますのを待つだけかな」
ちづ姉はミルクを入れていたカップを洗ってる。
エド君は壁に寄りかかって私達の方。主に彼と子犬の方を見てる。
ちなみに私は眼中にないみたい。ほっとするような、さびしいような。ちょっと複雑な気分デス。
そして彼は、なにか気になったのか、子犬の前足の脇に手を入れ、持ち上げた。
「どうしたの?」
「いや、少し気になって。なにか忘れているような……」
そういえば、さっきからずっと首をひねってるよね。この子、見た事あるのかな?
「あ、この子女の子」
彼が持ち上げているので、一緒に見ていたら、気づいた。
「あ、ホントだ……」
PON☆
そんな軽い音と一緒に、彼が持ち上げていた子犬が女の子にかわったよ。
「……」
「……」
彼と一緒に固まる私。
ひらひらと、子犬のオデコに張られてた一枚の紙が、床に落ちた。
そして、女の子に変わった子犬は、寝ぼけ眼で彼を見て。
「ん~。大好きや~」
そのまま、最初に見た彼の首にすがりつくように両手を回して、ごろごろと咽を鳴らしはじめたの。
……
「あなたー?」
「きさまー?」
「えー? これ、俺が悪いのー? まあ、この場合悪いんだろうなぁ」
女の子の柔肌だからねぇ。
なにか悟ったように、彼がため息をついてます。
あ、あはは。ごしゅうしょうさまです。
私は、彼から距離をとった。
その後彼は、ちづ姉とエド君の二人に頭をぐりぐりされました。
……あ、そういえば結局、彼等がどうやってここまで来たのか、聞けなかったなぁ。
──────
一方その頃、ネギはエヴァの別荘で、自分の過去になにがあったのかを明日菜に見せていた。
──────
「……」
俺は今、呆然としてます。
「はぐはぐはぐ」
俺の膝の上で。元気よくご飯を食べている犬っ子がいます。
いわゆる、小太郎君です。小太郎君なんですが……女の子なんです。
ネギが女の子だから、その親友も女の子って事ですか?
というか、食べた動物は必ず人間になつく『桃太郎印のキビダンゴ』食べさせたおかげからか、俺、すげーなつかれてます。
俺の膝の上から動こうとしません。尻尾がすごく嬉しそうにパタパタゆれてます。俺の体に当たります。もふもふです。
アレって最初に見た人になつくとか、そういう条件あったっけ?
「お兄さんの膝の上、お気に入りみたいね」
「おう! にーちゃんの上最高や!」
「味の方はどうかしら?」
「んむ。うまい。うまいわコレ!」
「あらよかった。どんどん食べてね」
「うん。おかわり!」
「それで、小太郎君。名前以外の事思い出せたの?」
ちづるさんが聞く。
「いやアカン。頭に霧がかかったみたくなって……」
「そもそも小太郎と言うのも怪しいな。それは男の名だ」
中身幼女のエドが、そう言う。
「なにいっとんや。俺男やモン当たり前やん」
いや、どう見ても女の子でした。
女の子でした。よ……
「いろいろな事を忘れているみたいねぇ。もしくは、彼の言う記憶の混乱?」
「そうみたいだねー」
ちづるさんとソバカスちゃんが納得したように話している。
ちなみに俺が怪我で記憶がまだ混乱しているのかもしれないって言ったからだ。
むしろ俺の頭が混乱しています。今。
「それじゃ小太郎君。なにか思い出すまでここでゆっくりしていいわよ。わけありみたいだから、誰にも連絡しないし」
「え? あ、うん。ありがとう……」
……ちづるさん、得体の知れないものをあっさり受け入れるなんて、君、大物になれるよ。
でも君まだ中学生なんだからねー。もうちょっと警戒しましょうねー。今回小太郎だからなにも言わないけど。
しかし、ここで小太郎か。小太郎……んー。なんだろ。俺もなにか、忘れている気がするんだよな~。
でもネギに続いて小太郎も女の子で脳がまた拒否反応を起しかけてる気がする~。そのせいか~?
なんだっけな~。
『おい』
ん?
『聞こえているか?』
幼女の声が頭の中に響いてきた。
『……念話ってヤツかな?』
『そうだ』
『いきなりなんの用?』
『そんな事はどうでもいい。この犬は、結界を抜け入ってきた侵入者だ』
『ああ。この子多分京都でネギと戦った子だよ。関西から来たんだろ』
『知っているのか』
『ん。一応ね。確かこの子ハーフなんだったかな。なんで自分を男って言ってるのかはわからないけど』
『そんな事(ハーフである事)は見ればわかる。それに、ハーフにはハーフの事情があるからな。そのせいで女である事を隠し、男として生活させる事もあるだろう。理由はわかるな?』
『あー。まあ、ね』
女の子としての危険を回避するためってとこだね。つまり、そのせいで、この子は自分を男として育てられ、自分を男だと思っている。ってトコかなー。
ちなみに、そうして育ったため、ズボンは男がはくものと教えられた。言葉使いなども。
それゆえ、修学旅行のとき、ズボンをはいていたネギを『女』と認めなかったのだ。
『まあ、そんな事はどうでもいい』
『あ、どうでもいいんだ』
『こいつに関して我々が関わる事はこれ以上ないからな。ついでに聞くが、お前、時を戻す道具を持っていたな?』
『ん? ああ』
『それがあれば、石化は解けるのか?』
『いきなりな……ああ、そういう事か』
『……?』
『あれだろ。別荘の方でネギの過去を見たんだろ?』
むしろ、こっちを聞く方が本命っぽいな。
『っ!? なんでそんな事までわかる!』
『そいつは企業秘密だ。んで、石化の件だけど、答えとすれば、イエス。お前が欠陥品と言ったあれを使えば、多分全員救える』
『っ! ならば!』
『でも、今は駄目だ』
『なぜだ!?』
『色々理由があるのさ。それに関しては俺が自分で言う。だから今は黙っておいてくれ』
『……そういえば、前の時も見せなかったな』
幼女に『タイム風呂敷』を見せたときの話ですな。
『思い出しましたか。そういうわけだ。頼む』
『しかたがないな』
『悪いな』
『ふん』
そして、念話は切れた。
わりーな。毎度の事だが、下手な事して物語は壊したくねーんだ。すでに手遅れという話は断固として右から左に受け流すが。
人間希望は捨てちゃいけないよ。うん。
だが、おかげでネギ過去バレで、石化の件を思い出せた。この時期だったのか石化バレ。時期の事なんてすっかり忘れてたぜ。さっきのもきっとこれだな。あー。すっきりしたー。
しかし、石化の件について考えてやるなんて、あいつもなんだかんだいって、ネギに甘いんだな~。
───ヘルマン───
『どうかね?』
『見つけたぜ。学園の近くで返り討ちにした奴ダ……』
そうか。見つかったか。
またあのビンに封じられては厄介だからな。まずは、それから回収しよう。
今回の仕事は、『学園の調査』。そして、『ネギ・スプリングフィールド』と、『カグラザカアスナ』が今後どの程度の脅威となるかの調査。
……そして、もう一つ。ネギ・スプリングフィールドの近くにいる可能性がある、『闇を纏い、闇を祓う者』の発見。
なんでも、闇の属性であるのにも関わらず、闇を祓えるというその男は、完全な一般人に擬態しているのだとか。
あくまで、ネギ・スプリングフィールドに近しい者かもしれない。という不確定要素のため、この3番目は今回、あくまでおまけだ。
依頼主も、これに結果が出るとは期待していないのだろう。
見つかれば僥倖。見つからなくて当然。その程度なのだろう。
だが、依頼者が最も見つけたいのは、この3番目。本命の二人や学園の調査などよりその存在の居場所を欲している。自身が忙しくなければ、自分で探しに来たかったのだろう。だが、それを表面上は表に出そうとしていないところが、とても面白い。
人形のフリをしているが、その事に関しては、まるで人間のようだ。
まあ、私は別に探す気もないし、見つからないものは仕方がない。私には関係のない事だしな。
私は、最優先の仕事を片付けるため、動き出した。
──────
「……これはどういう事ですか?」
入り口から、最近の俺の天敵とも言える子の声が聞こえてきました。
そこには、当然その本人。委員長兼お嬢がおりました。
主に俺を睨んできてます。
「確かに私はちづるさんとの交際は応援していますが、あなたがここに入る事を許可した覚えはありませんよ?」
ですよねー。
「はい、ちづるさん説明してあげて」
なのでそのまま俺はちづるさんに経緯説明を丸投げする事にした。
「かくかくしかじかというわけで、この子は夏美ちゃんの妹なの」
「「「ぶー!」」」
さらっと言われたので、俺を含めたソバカスちゃんと犬っ子が噴出す。
「妹よ?」
「そ、そうでした!」
「おう!」
「まあ。そうでしたの……」
「実は夏美ちゃんのご実家は……」
あることない事平然とお嬢に吹きこんでる。
ちづるさんてけっこういい性格してるよなー。
注意したいところだけど、さすがに拾ってきた犬が少女になりましたなんて正直に言えないので、ここはスルー。
ただ、あんまりひどい事にならないように、俺が端々をあわせフォローしておいた。突拍子もない事は面白いけど、やりすぎは良くない。
めっ! ですよ。
一応アイコンタクトでちづるさんが頷くのを見てからね。
「いや、さすがにそれは誇張しすぎです」
「そうでしたね。ごめんなさい」
ぺろっと舌をだすちづるさん。
「……というわけで、熱出してたから、俺が診察に来たわけだ。他の人に連絡出来ないみたいだからね」
犬っ子はお嬢に逆らわないよう、俺が頭を撫でて抑えておく。
「そういう事なのよ」
「そういう事ならばしかたがありませんね」
「わかっていただければ幸いです」
「ただ、これ以後、節度を守らなければ許しませんよ?」
「あー。そうだな。先に断っておこうか」
確かに、節度を守る事は大切だ。
「なんですか?」
「少なくとも、俺はちづるさんに、高校を卒業するまでは指一本触れるつもりはありません」
「あら」
「はい?」
こっちの意外そうな声はお嬢の。
「友人として、節度ある付き合いをするとここに誓っておきます。ちづるさんがそれが物足りないと感じるなら、遠慮なく俺をフって、他の人をお探しください」
座ったまま、ぺこりと頭を下げる。
色々な欲望<自分の身の安全。これ基本図式ね。
そもそも原作キャラにはどんな隠し設定があるかわからないからな。
下手に手を出そうものなら即死亡フラグ。
そんな危険は冒したくありません。
ついでに古い考えを押しつけて、若い子との溝を作っておこうというわけだ!
これで幻滅されればよし。つまらない男と思われれば、彼女も自然と距離を置くようになるだろう!
ほおー。と、なぜか感心された。
え? これって感心されるような事なの? 若い子には単に考えが古いとか意気地なしとか笑われると思ったのに。
「あなたくらいの年代はおサルさんと聞きましたけど」
「他の子はそうかもしれないけど、俺は我慢出来る人だから。それに、彼女はまだ中学生。気が早い。少なくとも、俺が結婚出来る年齢になるまではなにもしません。責任もとれないからね」
「せきっ……」
あれ? なんでそこでお嬢赤面するわけ? おサル発言て、実はもっとソフトなものだったの?
「あらあら」
「ふん」
「というわけですので、正式なお返事は高校卒業くらいにしますね」
「はい。お待ちしております」
今から3年以上も期間があれば、確実に俺がフられてるだろ。
ゆえに安心安心。
問題の先送り。ともいう。
「そんなわけだから、こんな理由もない限りは、部屋にも来ないから、安心して」
「当然です。今回は特別ですからね」
「ああ。ありがとう」
とりあえず、笑顔は基本という事で、微笑んでおいた。
「「「……」」」
……なんでみんな、そうやってシーンとなるかな。
いっせいに俺から顔をそらされても、俺、どう反応していいかわからないよ。
元の世界でもたまにあったね。俺の感謝する時の笑顔って意外と見ていられないほど酷いって事なのかな……
ちづるさんだけニコニコしながら俺を見てるけど。
「あらあら」
(……い、意外と……いやいや、なにを考えているんですか私は!)
(……まったく、本当にこいつはどうしようもないバカだな……)
(ど、どうしよう。少しかっこいいとか思っちゃった……ちづ姉のお嫁さん。いやいや、お婿さん候補なのに……)
ちなみに小太郎は膝の上にいて御飯を食べるのに夢中だったので関係なし。
「それじゃ、この子も元気になった事だし、そろそろおいとましますかね」
「えー。にーちゃんともうちょっと一緒いたいー」
「そう言われてもねぇ」
「そうだ。なら、夕御飯一緒にどうかしら?」
「はい?」
いきなり言われて俺も困るんですが。
「今回くらいいいわよね? あやか」
ちづるさんがお嬢を見てにっこり微笑む。
「……はぁ。仕方がありませんわね。今回だけですよ」
「わーい!」
これは犬っ子喜びの声。
「仕方ないね。エドかまわない?」
「本当にしかたがないな。お前が食べていくのなら私も残るさ」
「あらあら」
「なんだ?」
「いえ。なんでもありませんよ?」
……なんでこの二人がそろうと、空間にプレッシャーが発生するんだろ。馬があわないのかなぁ。むしろ馬があっているようにも見えるから不思議だ。
あとどうにかしろって感じで俺を見てもなにも出来ないよお嬢にソバカスちゃん。
そもそも俺のせいじゃないだろ。
よって、俺は、逃げる!
「あ、そうだ。せっかくだから俺に夕飯を作らせてみてよ?」
「はい?」
驚いた声を上げるのは、お嬢こと委員長。
「こう見えても、料理も出来るんだよ」
そしてキッチンに逃げさせてもらう!
「情けない人ですわね」
お嬢は俺の意図を察したようだ。
「そんなわけで委員長さんあとは頼んだ」
「私にふらないでくださいー!」
「あら。それじゃ、私もお手伝いいたしましょう」
にらみ合いをやめて、ちづるさんが立ち上がる。
「むっ……」
「こちらじゃどこになにがあるのかわからないでしょう?」
「あー。そうだね。それじゃお願いしようか。エドは座っててくれ。せっかくだから俺の料理をご馳走してやろう」
ちなみに普段俺達は寮の食堂で食べてる。幼女は時と場合によって家で食べたりとかだが(その際俺もご馳走されることもたまにあったりする)
「ふん」
なんとか二人を引き離せたので、お嬢とソバカスちゃんがグッジョブと親指を立てた。
俺も意図してないけど、どんなもんだいという感じで親指を立て返しておいた。
結果オーライ。
そんなわけでー。
『家庭科エプロン』
これを身につけると、炊事・洗濯など、家事がなんでも上手に出来るようになる。エプロンには雛と卵の絵が描かれている。
実践的に動くので、家事を学ぶための教材として使用する事も可能。
似合いますよ。とか言われたけど、それって褒め言葉ととっていいんだろうか。
褒め言葉なんだろうなぁ。
「……」
彼が料理を作っている時、エヴァンジェリンは、ここに近づく異物の存在に、気づいていた。
──────
一方その頃、寮に帰ってきたネギパーティーの数人が、大浴場にてスライムに誘拐されていた。
──────
「はーい、夕御飯ですよ~」
ちづるさんと一緒に、和食を作りました。
「うおー、うまそー!」
「まだ食べるの小太郎君!」
「おう。まだまだいける」
ちなみに犬っ子は小太郎としか名乗らない上、男の子あつかいしないと不機嫌になるので、基本は男あつかいだ(妹と認めたのは千鶴の迫力に押され、思わず答えただけ)
記憶があいまいみたいなので、今はそっとしておいた方がいいと俺が言ったのも大きな要因だろうか。
俺の本音は小太郎が女という事実を認めたくないという事だが。あははー。
「あら、意外と美味しいですわね」
俺の料理を口に運んだお嬢が驚きの声を上げる。
「わ、ホント。おしい~」
「にーちゃん料理も出来るんか! うまいわ~」
「あらあら」
「ちづるさんのには負けるよ」
「ふん」
俺は道具を使って一流の味になっているんだけど、彼女は素でその俺と同じくらいの美味しさなんだからな。まだ中学生なのに3-Aの子ってのはスペック高くて困るわ~。
ちなみに最後に鼻を鳴らしたのは中身幼女。不機嫌そうだけど、箸は動いている。
ワイワイと、総勢6名で食卓を囲む。
「……」
「……? どうかしたの小太郎君?」
この団らんを見ていた犬っ子を見つけたソバカスちゃんが聞く。
「いや、なんかえーなと思って。俺、こんな風にテーブル囲んで食事した事なかったから。家族の団らんって感じで、なんかうれしーわ」
「まあ……」
「……」
「エドも食べてるかー?」
同じようにしていた中身幼女に声をかける。
「ああ。まあまあだな」
「サンキュ」
幼女がまあまあと言う事は、かなり美味しく出来たという事。口に合うようでなにより。
「……ふん」
そういえば、こいつもこういう普通の団らんて経験あるのかな(自分がエヴァ一家と食卓を囲むのは数に入れてない)
ないならいい機会だけど、さすがにエドの姿じゃクラスメイトと仲良くするわけにもいかないから、複雑かもなぁ。ちづるさんと空気が変なのもそのせいか?
まあ、今回ばかりは我慢してくれ。
ちなみに俺の膝の上に犬っ子。その両隣にちづるさんと中身幼女のエドが座っている。
俺等の対面にお嬢とソバカスちゃんが座った形になっております。
「にーちゃんもっとー」
「はいはい。あーん」
「あーん」
……いつの間にか、俺が犬っ子小太郎にあーんしてます。
膝の上に居る犬っ子が俺の分まで食べようとするから、注意したら、じゃあ食べさせろ。でないと俺のを食うと。
それと、家族団らんを盾にされて、押し切られました。
つかこれだとさ、結局俺食えないよね。しかも最終的に俺のも食われる気がする。
これは、懐かれすぎなのか、それとも食い意地が張っているのか。とりあえず、膝の上どころかあーんが平気なほど懐かれるとは、さすが『桃太郎印のきびだんご』。というか犬っ子はそれだけ獣分が多いって事か?
「あ、小太郎ほっぺたに御飯ついてるぞ」
「ん……」
膝の上にいる犬っ子の『お弁当』をとり、そのまま口へはこ……
「ぱく……」
……ぼうとしたら、ちづるさんに指ごと食われた。
ちゅぅ。ぱっ。
俺の指とちづるさんの唇の間に、銀色のアーチが描かれる。
「ちょっ!?」
「な、なにしているんですかぁぁぁぁ!?」
「なにやっているんだお前達はあぁぁぁぁ!」
「ひゃぁ!」
「なんやぁ!?」
大声を上げたお嬢と中身幼女。驚くソバカスちゃんと犬っ子。
「あら、つい」
「ついじゃない小娘ぇー!」
「ついじゃありませんちづるさんー! あなたが節度を守らなくてどうしますかー!」
「はいはい」
ぱんぱんと、大きく手を叩き、立ち上がった二人を静める。
「二人とも落ち着け。それとちづるさんも委員長さんの言うとおりで君が節度を守らないでどうします」
「はい。ごめんなさい」
しゅんと、ちづるさんが謝る。
でも、どこか少し嬉しそうなのはなぜだい?
「というわけで、彼女も反省しましたから、二人とも座りなさい」
「「……はーい」」
中身幼女とお嬢も、しぶしぶだが、素直に着席する。
「よろしい」
「わー、お父さんみたーい」
ソバカスちゃんが尊敬したような目で言う。
「は、ははははは」
「じゃあ、私がお嫁さんね?」
「いや、にーちゃんは、俺の、嫁や!」
「あらあら」
「もう、この子達は……」
「はは、はははは……」
乾いた笑いを上げた俺に、嫁宣言をするちづるさん。それに反論する犬っ子。そして頭を抱えているお嬢。そして最後もまた、俺の乾いた笑い。
犬っ子の『キビダンゴ』効果が切れたらどうなるんじゃろ……
ちなみに中身幼女は一人ぶすーっとしてました。
こんな感じで、一家(?)団らんに笑いが絶えない夕食だったのですが。
ピンポーン。
寮の部屋のチャイムが鳴った。
「誰だろ?」
「私が出ますわ」
お嬢が玄関へと対応に行く。
「失礼お嬢さん……」
老齢の男の声が聞こえた時。
この時やっと、俺は、忘れていた事を、思い出したんだ……
やっと、思い出したんだ……
─あとがき─
不幸だった修学旅行編までに比べ、やっとあつかいが良くなってきた気がする彼でした。
しかしその反動か、うっかりヘルマン忘却で一番最初に接触です。
はてさてどうなる事やら。
ちなみに、彼はちづるの事をちづるさんと呼んでいますが、他の子の事は、『委員長さん』『村上さん』など、基本口に出す時は『さん』とか『君』とかつけます。刹那君とか。
例外はエヴァンジェリンとエド。それと、先生と呼ばなくていい時のネギです。
ところで、頬に御飯をつけた事を『お弁当』って今通じるのかな。変な所を不安に思うおじさんでした。