「裕香って凄いのね……」
「タマです。唯のぬことは違うのですよ」
「全然追いつけませんでした……」
二日目。昨日の追いかけっこは、アーニャが途中からネギくんを参加させ戦力増強を計ったが、ぬこのスピードには敵わなかったとさ。今日は今日でリベンジ! と再戦を申し込んできたので、またぶっちぎってやりますた! ふふん、体力付けなくては駄目なのでありますよっと。
「魔法で多少の身体強化が出来ていても、鍛えられたぬこの速さには敵わないよー」
「くっ、確かにあの敏捷性は唯の猫とは違ったわね……」
「僕なんか途中から捕縛魔法まで使ったのに……」
経験の違いですよ、経験の。修羅場(笑)を潜った回数が違います。
いくら才能があっても、それだけじゃ駄目なのですよ。
「でも、二人とも良い気晴らしになっただろう?」
「うんっ、あんなに思い切り身体動かしたの久しぶりだったし、楽しかったわ!」
「僕も、勉強ばっかりだったので、良い気分転換になりました!」
うんうん、子供はやっぱこうじゃないとな。少しくらいやんちゃでいいんだよ。魔法使いはその存在が、何かを引き起こす可能性のあるものだ。だからある程度の緊張感を持って過ごす人間も多い、ま、悪くは無いけど。それでも、やっぱり息抜きは必要なんだよ。どこかで楽しまないと詰まらんしな。
「いや、もうマジでじい様に頼んでアーニャの修行先変えて欲しくなったわ」
「そ、そう? そう言われると悪い気はしないけど……」
「麻帆良って、朝霧さんみたいな人が多いんですか?」
「いんや、俺みたいのはどちらかと言えば少ないんじゃないか?」
俺みたいって言われてパっと思いつくのは、アル・アジフ(男)くらいだしな。
まあ、基本的にノリのいい連中ばかりなのは認める。きっとこの子達も気に入るな。
ネギくんは多少面倒な事になるとは思うけど。
「ネギくんも、魔法の事だけじゃなく、色んな事を知って試して行けばいい。麻帆良の人達は皆面白い奴ばっかりだ、きっと飽きないと思うよっと」
「魔法の事だけじゃなく……他の事も……」
「そ、目指すものが何かなんて俺にはわからんけどな。ただ、寄り道も必要だって事」
「なんとなく、なんとなくだけど、裕香、じゃなくてタマの言いたい事、わかるかも」
なんとなくでもいいんだ。俺の場合はまあ寄り道ばかりだけどな。
「人生楽しまなきゃ損って事だわな。楽しめる内に楽しむ」
楽に行こうぜ楽に。 今は取り合えず、麻帆良で先生を頑張ればいいさ。
「ネギくんには、俺の分まで働いてもらわないと……」
「せっかくいい事言ってると思ったのに、結局それなわけ?」
「いやいやいや。副担任って意外とやる事ないのさ。ネギくんが急用で居なかったりしたら話は別だろうけど」
よっぽどの事でも無い限り、ネギくんが居なくなるなんて事態は起きないと、タマは思います。まあ、麻帆良だから、何だかんだでトラブルが起きそうな気がしないでもないけど。
―――所変わって別荘。
「――“アデアット”!」
アーティファクト七首・十六串呂を呼び出し、目標に波状攻撃を仕掛ける。相手を倒す為ではなく、相手の動きを封じる為の攻撃。大河内さんの居る前であの姿を晒すことの出来ない私が、相手の様に空を飛ぶ事が出来るはずもない。それを補う為の攻撃。だが――
「甘いです、その様な見え透いた攻撃では私の動きを止める事など―――不可能」
――その言葉通り、殺到する短刀を避け、さらには虚空瞬動を用いて接近。話には聞いていたが、本当に使えるとは…っ! 空を飛ぶだけならまだ可愛い物を……恨みますよ開発者っ!
「ぐっ! そういえば、朝霧先生も一枚噛んでいたんでした、かっ!」
虚空瞬動の勢いを乗せた拳を辛うじて受け止め、言葉を吐き捨てる。具体的に何を仕込んだかは聞き及んでは居ないが、あの人の事だ、きっとロクでもない物を仕込んだに違いない。
「ご安心を、朝霧先生の考案した『アレ』は、タマちゃんが居ないと――む、邪魔です」
本当に腹が立つ程高性能だ。茶々丸さんの背後を狙った七首・十六串呂の攻撃も、あっさりと読まれている。回し蹴り一発で殺到する短刀を弾き、さらにはその遠心力を利用し掌打を繰り出してくる。行動の選択が驚くほど速い。的確に判断しその時の最善を取るこの動きは、見習うべき事なのかもしれませんが。
「大人しく負けて、もふもふに関する全権を渡してください」
「誰がっ!」
もふもふに関する全権。何が悲しくて私の至高を譲らなければならないのかと。ただでさえ、もふもふされる覚悟のないエヴァンジェリンさんに、もふもふを許してしまうという屈辱を味わっているというのに! ああ、もふもふしたい――っと危ない、余計な事を考えている暇は無し。あまりやりたくはないが。
「――ふっ」
「ッ!?」
夕凪を持つ手に力を込め、茶々丸さんの身体を吹き飛ばし、落ちている短刀を拾い、
「神鳴流剣士が二刀を扱うとは――」
「勝つ為です」
一気に攻め込む! 確かに茶々丸さんの運動性能は高く、おまけに様々な武術を扱う等、こちらのテンポが乱されっ放しではあるが。それならば逆にこちらがテンポを乱してやればいい。想定外の行動で、相手の読みを封じる!
「見てる分には飽きないんだけどねー……」
「放っておけ、アレはアレで経験になる。口では色々言い合って居るが、互いに本気を出している訳でもあるまい。茶々丸も私からの魔力供給は抑えているし、桜咲刹那は覚えたばかりである、魔力での身体強化のみで戦っているだろう」
驚きはしたがな。馬鹿霧からの魔力供給で感覚を掴み、以前大河内にやらせた瞑想。これは外を意識する様にやらせた様だが……それでも早過ぎる。覚えたのは初歩の強化ではあるが……まあ、暇があれば別荘に篭っている訳だし出来てもおかしくはないだろう。元々、烏族とのハーフである奴はそっちの才能もあった、という事なのかもしれんしな。
「別荘の使いすぎで、何処ぞの誰かみたいに老けなければいいがな」
「嫌味かい? 僕だって老けたくて老けた訳じゃ―――」
「だから高畑先生って……えーと、朝霧先生曰く、だんでぃー? なんですね」
大河内アキラ、それはトドメだ。それに、貴様も別荘に入り浸っている……って、この阿呆共は一々気にはしてない様だな。まったく、若いからいい様な物を。後でたっぷり後悔するといい。
「近衛木乃香の護衛はどうなっているんだ?」
「今は龍宮くんが付いているはずだよ。あの模擬戦……の様なものが終わったら、絡繰くんも向かうだろうし……珍しいね、エヴァが他の子の心配をするなんて」
「ふん、一応、弟子の弟子だからな」
隠れて護衛を付けるくらいなら、バラしてしまった方が楽だろうに。今は潜在能力も眠っている状態だが、いずれは目覚める。馬鹿霧の話では、近衛木乃香の近くに居ただけで、身体的疲労が軽減された事もあるらしいしな。癒しの才能があるのだろう、無意識でそれならば、鍛えれば蘇生レベルの事も可能になるのではないだろうか? 腐らせておくには勿体無い才能だな。
「馬鹿霧の事だから、うっかりバラしてしまいそうではあるな、何故今までバレなかったのか不思議でならん」
「木乃香くんの事かい? 彼女はほら、どこか抜けているところがあるからねぇ……たまに鋭いけど」
天然なのか何なのかはわからんがな。個人的に言わせてもらえば、バレてしまった方が面白い事になるから、とっととバレてしまえばいい。あの親馬鹿詠春の反応も楽しみだしな。
「さて、僕も久しぶりに修行するかな」
「……以前言っていた、アレの事か? 確かに習得出来れば凄まじい威力にはなりそうだが。上手くコントロール出来ねば、腕がズタボロになるぞ?」
「いいじゃないか、そうやって苦労した方が必殺技らしいし」
「……朝霧先生の言ってた通りだ。昔、かめはめ波とか練習してたんですよね?」
「何で知ってるのかな!? あ、あれは僕の中では上位に位置する黒歴史だって言うのにっ……裕香くんだな? よーし、いいじゃないか、習得したら真っ先に実験台になってもらおう」
……グロい事になりそうだな。チャチャゼロが喜びそうな展開ではある。今は私の部屋のぬいぐるみ達の間に投げつけて放置しているが。しかし、必殺技、ねぇ。いつまでたってもこの馬鹿共は変わらんなぁ。阿呆みたいに騒いで、馬鹿をやって……楽しいからいいが。
「私もたまには暇潰し程度に何か考えてみるか……ふむ、闇のカリスマらしく、ここはカラミティウォールでも試して……」
「エヴァさんってたまーに子供だよね」
うるさい、好きなんだよ大魔王バーンは。あの在り方がいいじゃないか。魔王と言えば、ゾーマの存在には心が躍ったな、ああいうのがいい。最近のラスボスは存在感が無くて困る。ん? 向こうもそろそろ、終わりか? ……見事なクロスカウンターだ、スカっとした、褒めてやろう。
「確か明日、でしたね。彼が帰ってくるのは」
彼が出張に出てから、キャシーの寂しそうな声が図書地下に響き渡っていた訳ですが。
「残念ながら、彼の事をイノチノシヘンに記すことが出来なかったので、代わりを勤める事も出来ませんし、ね」
恐らくは、様々な魔法生物と混ざり合ってしまったからではないかと推測しますが。もしくは賢者の石の贋作の効果か……あの贋作も色々と不明な点が多いですし。外道を用いて作成したのは間違いない様ですが。失敗作の贋作の分際で私の趣味を邪魔するとは……むぅ、どうにかしようにも無理に手を加える訳にもいきませんし。確か、キティに記憶を覗いて貰おうとした事があったと言っていましたね、結局記憶を覗くことが出来なかった様ですが。
「まあ、彼は過去にはあまり執着する人間ではない様なので、このままでもいい気がします」
おっと、今日も堕天使くんは絶好調の様ですね。そろそろ邪竜が騒ぎ出してもいいと思うのですが。
漆黒の堕天使速報。偶然会った佐倉愛衣に「副担任も……管理人も駄目だと……くそっ! これが、これが俺に与えられた試練だとでも言うのか!」と言って困らせていたようです。
試練(笑)。試練(笑)と来ましたか。そもそも魔法生徒である彼が、副担任や管理人になれるはずないでしょう。修行で決まった訳でもないのですから。
「うん、うん、わかったえ」
「おじいちゃん何だって?」
「えーとな、裕香が新任の先生連れて帰ってくるーって、せやから早めに出て、迎えてやりぃやって」
「朝霧先生が一緒なら私達必要なくない?」
「さあ? 迎えたあと、ちょっとウチらに話がある言うてたし……」
話ってなんやろ? とうとう裕香がクビになってまうんやろか? そんなんなったら、皆で養ってやらな、裕香野垂れ死んでまう。京都におった時も、お父様とはしゃいでばかりで、家事なんてひとーっつも覚えとらんし、料理なんて作らせたら、どんなもん出来上がるか、恐ろしゅうて任せられへんしなぁ。辛うじて、お肉を焼いて食べる、くらいやろか? せめて塩コショウするくらいは覚えて欲しいなぁ。冷凍食品ならなんとか……アカン、電子レンジが昇天してまうかもしれん。
「裕香育成計画でも立てた方がええかもわからんなぁ……」
「育成計画って……無理に決まってるじゃない。一応、働く時は働くけど、基本的にニート思考なのよ? 絶対に逃げ出すわね」
働く時は働く……言われて見ればそうなんやけど。裕香、趣味の為に働いとるとこあるからなぁ。そんな馬鹿みたいにお金使い回らへんのが、唯一の救いやろか? お酒ばっか飲んでるけど、飲んでも飲まれへん体質みたいやし。ゲーム買う言うても、ホンマに気に入ったのしか買わへんから、貯金は意外とあるんやけどねぇ。
「麻帆良のニートの名は伊達やないな……」
「嫌な二つ名ね……あいつなら喜びそうだけど」
小躍りするんちゃう? これで名実ともにニートやーって。駄目やあの人……ウチがしっかりせんと。タマも裕香に似たのか、変にあっちゃ行きこっちゃ行きしとるからなぁ。そういえば、裕香おらんくなったら、タマもどっか行ってもうたな……何でやろ? 茶々丸さんとこにも行っとらんみたいやし……猫やからそんなもんやー思うとったけど、何か引っかかるわぁ。
「お風呂連れてこ思うても、えっらい速さで逃げてまうし……タマって実は、スーパー猫2くらいになれてまうんちゃう?」
「全身から金のオーラ出しながら、毛を逆立てるタマ、か。……あの猫ならやりかねないわね」
何年も前から一緒におるけど、見た目全然変わらへんし、戦闘民族の血でも流れてるんやろか? アカンなぁ考えれば考える程、おかしな点が上がってくる。裕香にしても、お父様と出かける時も、何か隠しとる風やったし。せっちゃんの事聞いても、「待っててやって」って言うてくるから……何か関係あるんやろか? せっちゃんも麻帆良に来たばっかの頃と比べると、ちゃんと挨拶してくれるし、少しやけど笑い返してくれるようになった。待ってて言うんはこういう事なん?
「アカン……変に考えたら、ウチの頭がおーばーひーとでぱわーげいざーや……」
「あんたも少し、ゲーム控えた方がいいかもね……」
それは無理。裕香がお酒やめるのと同じくらい無理な話やで? 今はDQM2の育成期間中やもん。茶々丸さんの猫パーティ…茶々丸さんらしいなぁ。裕香のナルシスデミーラパーティ…オルゴ・デミーラ(変身前)三体なんてチートや。アキラちゃんの海の幸パーティ…美味しそうやわ。瀬流彦先生の魔王の血筋パーティ…どんな系統でもすぐ耐性上げられるやん、せこすぎる。あ、それともう一人、謎の幸薄少女っちゅう子がおったな、一度も会った事ないけど。
「こうなったら会心率高いパーティでも組んで……」
「あんたも随分アレよねぇ……」
オジコンの明日菜にだけは言われとうない。
―――そして、18年の月日が…流れたら怖い。ネギくん出発日。
護衛と言ってもほとんどやる事がなかった件。この三日間ネギくんやアーニャと戯れていただけである。ネギくんは少し真面目な所があるが、麻帆良に行けばいい感じに壊れてくれると俺は信じている。アーニャも思った以上に弄り甲斐があった。ネカネさんが仕事で忙しかったのが救いだったのかもしれない、ニコポ地獄回避的な意味で。
「忘れ物はない? ハンカチ持った? ティッシュは?」
「だ、大丈夫だよお姉ちゃん」
何と言う微笑ましい光景。これは間違いなく和む。映画化決定だな。
「おまいさんは何か言わなくてもいいのかえ?」
「べ、別に……今更言う事なんてないわよ。昨日も色々話したし……」
意地っ張りが。まあ、長期休暇中にでも会いに来ればいいんじゃないかと。一応、連絡先は教えてあるしな。こっちに来る事があったら連絡寄越すだろ。
「ドラゴンボールは? るろうに剣心は? 天上天下は持った?」
「そ、そんなにいっぱい持って行けないよ」
バトル物が好きなんだな、ネカネさん。今度、適当に見繕って送ってあげよう。ついでに、知り合いの刀工に頼んで逆刃刀でも……ミツルギスタイルを習得しようと頑張るネカネさんか、シュールだな。
「じい様にも、日本の銘酒送ってやろう……」
「隙があれば飲んでたらしいじゃない、何しに来たのよ……」
マックさん…じゃなかった、マクギネスの姐さんに見つかったけどな。じい様置いて、転移で逃げますた。あの人も忙しいのか、日本に来なくなった……来てるけど実は擦れ違ってるという線もあるな。ま、暇を見て明石姉さんの墓参りにでも来るだろう。
「朝霧さん、ネギの事よろしくお願いします」
「わ、わかってるから、そんな目で俺を見ないで! ポされちゃう!」
「たまに言ってましたけど、ポって何の事なんだろう?」
「さあ? 裕香は意味不明な事しか言わないし」
ガキんちょ共が、お前等は耐性あるからいいかもしれんが、俺にはネカネさんの『ポの極み』はきついんだよ! 多少耐性が付いたとはいえなぁ。この人麻帆良に来たら絶対にアイドルだな。
「今度会う時までに、二重の極み練習しとく」
「でしたら私は、赤帝龍功・轟雷箭疾歩でも練習してみましょうか?」
また微妙なのを。アレ、震脚で気を練り集束させ、雷鳴剣の要領で雷を拳に纏わせた後、瞬動使えば完成するんじゃないだろうか? もどきだけどな。今度、せったんに試してもらおう。フタキワは……ありゃ無理だ。練習だけはするかもしれんけど、ネタ的な意味で。
「それじゃあ、行こうかネギくん」
「はい!」
俺達はまだ歩き始めたばかりだ、この長い長いニートの道を…っ!
ご愛読ありがとうございました。朝霧先生の次のニート生活にご期待して下さい!
「あ! ネギー! ベジータ様のお料理地獄忘れてるわよー!」
「ホント無駄に多趣味だなっ!?」