斬り込んで。
対峙する。
武器を構える。
一回戦は終わり、僕は第二試合として舞台に上がっていた。
喚声が耳に飛び込み、騒がしい熱気に心臓がドクドクと音を立てて、指先にまで血液が流れるのを感じる。
右手に携えた木刀が重い。巻きつけた布は湿っていて、濡れているからなおさらに。
ミサオさんから言われたとおり、ペットボトルの水をふりかけ、湿った布を巻きつけた木刀。
司会の朝倉さんが怪訝な顔をしていたけれど、僕は出来るだけ笑みを浮かべて頷いた。
『準備はよろしいですか?』
「僕は問題ないよ」
左手は動かない。
もはや慣れきった状態のままに、右手を垂らす。
風が吹き、裾が揺れる感覚を感知する。
『高音選手? そのままでいいのでしょうか』
前を見据えた。
朝倉さんの声と共に僕は対する人物を見る。
それは黒ずくめの格好をした女性。
それがおもむろに顔の頭巾に手を掛けて。
「いえ、脱ぎますわ」
宣言と共に引き剥がす。
そこから現れたのは――眩く輝く黄金の髪だった。
ふわりと風を孕んで、暑苦しい格好で吹き出しただろう汗に濡れながら綺羅綺羅と陽光に輝いている。
前面部分を曝け出し、その中に着ていた黒染めの看護服にも似た衣装が躍り出る。
すらりとしたモデルの如き体型。
このような状態で無ければ注視したいほどに豊満な乳房に、甘く伸びた両足を覆う黒いストッキング、漆黒のブーツ。
高校二年生、という年齢にはそぐわないほどに大人びた黒の格好がよく似合っていた。
心拍数は上がらない。
けれど、綺麗だと思う。先日出会ってからの変わらない感想だけれども。
高音・D・グッドマンは紛れもない美人だった。
『オォオオオオオオオ!?』
『おっと、中から出たのは特上のブロンド美人だー! 一回戦の美少女メイド二人にも負けない美しさ! この大会は美しさのインフレが起こっているのでしょうか!?』
騒がしい喚声。
朝倉さんの声が響き渡る。
その歓声の中でお互いに視線をぶつける。
高音さんの目はどこか透き通るようで――或いはどこか遠くを見ているようでも会った。
(なんだ、侮られているのかな?)
そう僕は推測し、それならそれで都合がいいと思ったが。
『さて、お互いほぼ無名の選手で、トトカルチョの人気も低い二人でしたが。如何なる戦いを見せるのでしょうか!?』
『いえ、期待してもいいでしょう』
朝倉の言葉に、応える拡声器の声に聞き覚えがあった。
あれ? と思うが。
『どういうことでしょうか? 解説の豪徳寺さん』
同じように聞こえた茶々丸の声に、予測が当たっていたことを知った。
一回戦では気付かなかったけれど、どうやら解説役をやっていたらしい。
『グッドマン選手のスタイルは残念ながら、私は知りませんが。実は短崎選手は知己でもあるのです』
『というと?』
豪徳寺さんの説明に、茶々丸が相槌を打つ。
『彼は実戦剣術――【タイ捨流】の剣術使いです』
そう、彼は知っている。
以前、自己紹介とか雑談の時に有る程度僕の流派は教えている。
『タイ捨流とはかの新陰流を創始した剣聖上泉伊勢守秀綱の弟子、丸目蔵人佐(まるめくらんどのすけ)が新陰流に独自の工夫を凝らして編み出したと言われる剣術です。
名前はカタカナのタイに、それを捨てると書いてタイ捨流といい。
その名前の意味はからだの<体>とすれば体を捨てるにとどまり、待ち受けるの<待>とすれば待つを捨てるにとどまり、太いの<太>とすれば自性に至るということにとどまり、対決の「対」とすれば対峙を捨てるにとどまる。それらの四つを捨て去り、自由自在の構えを旨とするものです』
とはいえ、詳しいなぁと思う。
僕でも結構忘れかけている話なのだが。
『それでは、実際強いのでしょうか?』
『私見ですが、短崎選手はかなりの使い手です』
その言葉には少し気恥ずかしかった。
「……そこまで強いつもりはないけどなぁ」
息を吐き出す。
まだ未熟だと思うし、他と比べれば雑魚だとは思う。
少々過大評価だと自分では意識する。
けれど。
「いい評価ですわね」
グッドマンさんが不敵に微笑んでいた。
少しだけ目に意思が宿り、僕を睨んでいる。
「名折れじゃないことを祈るよ」
出来るだけ落ち着いて、声を発したつもりだった。
余裕だと言わんばかりに見せ付ける。
態度で示せば、心も落ち着く。
右手を後ろに伸ばし、体を隠す。いつでも飛び出せるような、捨て身の構え。
タイ捨流の基本。
『では、皆様の期待も高まってきたところで!』
息を吸う。
唾を咀嚼する。
気合を高める。
グッドマンさんは慌てない、ただ左右に手を広げて。
『第二試合、ファイト!!』
上がった声と同時に、僕は目を見開いた。
「では、早めにいかせて頂きますわ」
黒衣を揺らめかせ、グッドマンさんが手元から細長い杖のようなものを抜き放つ。
その先端が、ゆっくりとこちらに向けられて。
「っ!?」
――ぞわりと背筋に嫌な予感。
「演奏を始めましょう」
「ォッ!」
声を聞くまでもなく、腰を落とし、踵をわずかに上げて、重心を不安定にさせる――浮足と呼ばれる技法。
棒の先端から逃れるように横へと体を逃がした。
刹那、大気が焼け付いたような膨張を感じた。
ぶわりと肌を風が打ち、それと同時に――閃光が僕の立っていた場所を穿った。
遠距離からの一撃。
グッドマンさんの手元から、僕の立っていた場所の延長線上に向かって迸る燐光。
光のライン。
映画でしか見たことがないような光景。
「な、にっ!?」
ビーム!?
違う、そういうものじゃないと僕は考える。
体を跳ねさせながらも、考える。
撃ち込まれる光、光、光。それらを必死になりながらも僕は避けた。
速度は――速い。
鉄球を豪腕ピッチャーが投げついたような速度で迫る、それ。
一度でも見たことが無かったら、呆れて直撃していただろう不可思議な光景
「おっ、お、ぅぉ!」
それを避けられるのは、経験があるからだ。
ネギ先生の放つ不可思議な魔法――夜の橋。
月詠が繰り出した不可視の斬衝――雨の夜。
光を宿した杖がテンポを刻むように振り抜かれ、その先端から愚直に直進するそれを僕は視認してから体を折り畳み、その機動から大げさに避ける。
体を回す。足首を捻る。全身の関節駆動を巡らせながら、床を蹴り、右手の木刀を離さぬことだけを注意しながら掛ける。
距離は狭めない。
間境いを踏み越えて、切り込めればどれだけ楽か。
けれども、彼女は笑う。
「紡げ、紡げ、纏え」
ただの独り言のように言葉を歌い、涼やかな微笑を浮かべたままに、黄金の女性が杖を揮う。
不可視のはずの大気がうねるのが、目で見て分かった。
燐光を僅かに纏って、ふざけた事象を生み出す。
これが【魔法使い】
知ってはいたけれど、頭痛がするほどにふざけている。
いつかの“傀儡女”と“人形遣い”に比べたら、どっちがマシだろうか。
――脳裏にチラつく残光。
――銃声――けたたましい笑い声――見上げるほどの巨躯――泣き叫ぶ自分――空を歩く奇人――斬り飛ばす両手――
思い出したくもない記憶がフラッシュバックのように脳裏にチラついて、吐き気を覚える。
なんでこんなことをやっているのだろうか、と不意打ち気味に後悔が湧き上がる。
「なんとぉお!」
けど、それでも六発目になる燐光線を、体を捻り倒しながら避ける。
瞬間、グッドマンさんが手首を返した。
足を踏み出し、何かを投げつけるような軌道で迸る光――連弾。
今までのテンポとは違う連続での二発目、軌道は低い。
「ぅっ!」
体を倒した状態は避けられない。
右肩を叩き付けて、激痛を味わいながらも回転し、それを凌ぐ。
そして、羽織の裾を汚しながらも右手の肘を支えに、つま先で床を蹴り出し、体を前に飛び出させる。
跳躍。
ふわりと身体が浮かぶ違和感を感じながらも、僕は前に着地し、痺れる足裏に歯を噛み締めながら。
――顔面に飛び込む光弾を見た。
三発目、同時三発まで連続に放てたのだ。
体を倒す暇は無い。脚の痺れは取れない、だから僕は刀に指を絡めて、体を駆動させる。
「舐めるなっ!」
ただ無心に、負けたくないからこその声が洩れ出て。
気が付けば、斬っていた。
「……あれ?」
痺れるような手ごたえ。
濡れた木刀が、光に触れた瞬間、濁った水の塊を叩いたような手ごたえがあった。
ぶわりと風が肌を打って、僕は涼しいと感じながらも息を飲む。
「なっ!?」
グッドマンさんがその瞬間、思わずといった感じで声を洩らし、目を丸くしていた。
僕は木刀を見る。
濡れた布を巻きつけて、白に覆われたそれを握り締めて。
――手助け。
そう言われた意味を理解した。
(成る程。これなら)
魔法が打てる。
叩けるという意味で、僕は感じ取った。
ただの回避だけが選択肢じゃなく、捌き払うという選択肢が得られた。
それだけで十二分に助かる。
「驚きましたわ、魔法も気も使えない――ただの常人だと言われてましたけれど」
グッドマンさんが呟く。
どこか驚いた顔で、真面目さを帯びた凛々しい顔。
……顔は殴りたくないな。
(敵なら斬るけど、やりたくない)
女性に対する扱いは常識的に弁えているつもりだけど、傷の残らないように打ち倒すべきだろうと思っている。
手加減はしない。
そんな余裕は無い。
「嘘だったのかしら?」
からかうような明るい声音。
風に靡く髪を揺らし、その唇が艶やかに震えた。
「ただの人だよ、嬉しいことにね」
訊ねるような言葉に、僕は答えを返す。
グッドマンさんの顔には驚きはあるが、動揺は無い。
月詠のように化け物じみた威圧感は無いけれど、しっかりとした背筋を伸ばした立ち方が余裕の表れだと思う。
「君もそうだろう? 殴れば、怪我をする」
「心配ご無用。貴方は届きません、絶対に」
「届くさ」
腰を落とす。
視界の端にいる朝倉さんに、目線で離れろと指示をする。
「そのための剣術だから」
応える、同時に体を前に引き倒した。
返答、数歩離れながらの光弾の連打だった。
一撃、横薙ぎに振り抜いた斬撃で切り払う。迫ってくる野球ボールを殴り飛ばすような容易さと手ごたえ。
二撃、右手が痺れる。旋回させた体を廻しながら、前へと踏み出す。手首を返した木刀の刀身で受け止める。ばしゃりっと風圧と衝撃で水の雫が跳ね飛んだ。
三撃、四撃。
地面を蹴る。駆け出しながら、前に構えた木刀で直進する。
裾で足元を隠すように、けれど早く、すり足で急ぐ。
向かう、向かう、間合いを詰める。
右手は痺れ、風圧に身体が軋み、けれどそれでも踏み込んで。
「っ、これで!」
光が瞬いた。
空気が歪む、捻れた陽炎のようにグッドマンさんの前方が空気を孕み――弾けた。
閃光、三発の光が突っ込んでくる。
「ぉおおおおお!!」
閉じたくなる目を開く。
前へ、跳ぶっ!
地面を蹴り飛ばし、右肩から左肩へと引っ張り上げるような軌道で風の閃光の一つを跳び越える。
迫る、二発目を僕は体を傾けながら逸れる事を祈り――右手を突き出した。
たった一つだけの直撃弾。
それに全体重を乗せた打突を突き出して――巻きつけた布が水滴を撒き散らしながら直撃する。
「ぅっ!」
手がぶれる。指が痛む。肘が捻れる。
たった片手で振り回し続ける重量に、先端から伝わる衝撃で痺れそうになる。
だけど、水を貫いたような手ごたえと共に光が四散した。
布が乱れる、爆風を孕んで掴んだ部分だけを残して白く靡いた。
「おぉ!」
肘上から胴体に掛けて絡む、それをうっとおしく感じながらも、気炎を洩らす。
着地すれば、既に間境いを踏み越えていた。
グッドマンさんが杖を握りながら、後ろに下がろうとするが――遅い。
痺れる足、それを無視して僕は弾かれた勢いのままに木刀を振り回し、左肩から抉りこむように旋転し。
大きく、踏み出した右足と共に斬撃を放った。
横薙ぎの一閃。
それはグッドマンさんが下がるよりも早く、胴体にめり込むと目算で距離を測って。
「!?」
“足首から軋みが上がった”。
まるで誰かに突然握り締められたように、急ブレーキがかかって。
「っぅ!」
流れた剣撃が、構えられた杖にぶつかって甲高い打撃音を伝えてきた。
防がれた。
けれど、僕はそれどころじゃなく。
「な、に?!」
動こうとした足が動かない。
見れば、自分の足が――“掴まれている”。真っ黒な手が、グッドマンさんと僕の重なった影の部分から飛び出して。
(なんだ、これ!?)
理解出来ずに驚き、僕は気付かなかった。
「――捕まえましたわ」
微笑む彼女の声に、目を向ければ。
「ごめんなさいね」
陽炎のように歪んだ何かをまとった白い指先が、向けられていた。
まずいっと感じる。
なんとか防ごうと右手を振り上げても。
――その手が腹に打ち込まれる方が速かった。
腹筋に力をいれてもなお、吐き出しそうな衝撃だった。
脚から引っこ抜かれるように吹っ飛んで。
――僕は意識が飛んだ。
『カウント入ります! ワン! ツー!』
「っ」
息が出来たのは、吹っ飛んでから数秒後ぐらいだったと思う。
お腹が滅茶苦茶痛かった。
内臓を吐き出したいほどにきもちがわるい。
視界は暗く、息し辛くてようやくうつ伏せに倒れていることに気が付いた。
痛すぎて頭がチカチカする。
右手からは木刀の感覚が無くて、それでも左手はやっぱり何も感じず。
(……くそ、たれ)
どんな打撃よりも、今の一撃が効いた。
出来れば寝ていたいほどに痛い。内臓が裏返り、息をするのさえも気持ち悪すぎる。
埃臭い息を吸いながらも。
「短崎!! 立て!! 立ち上がれ!」
――声が聞こえる。
友人の叫び声が耳に届いた。
「先輩! 負けちゃだめやぁ!」
声が聞こえた。
近衛さんの声だろうか。
「先輩! 立ってください!」
声が届く。
こっちは桜咲か。
他にも。
他にも声が届いて――僕は血の味がする唾を飲み込んだ。
(だよね)
苦笑しながら手を動かす。
密かに仕込んだ棒手裏剣を何個か袖から手に移して。
『ファ、ファイブ! シックス! セブン――!』
ナインと同時に奇襲する。
そう決意し。
「まだですわ」
「っ!」
――気付かれた。
僕は軋む体を転がし、転がり置きながら手を振るった。
棒手裏剣を打つ。
何処にいても目に飛び込むような黄金の髪、その立派な乳房から下の胴体へ目掛けて打ち込んだ、
のだけれども。
「ちっ」
僕は見た。
届く数センチ手前で、硬質のガラスにめり込んだかのように停止し、数秒ともたずに落下したのを。
届いていない。目に見えない障壁か、壁がある。
『ナインって、エエ?』
「しくじったね、何でばれた?」
朝倉さんの驚く声を聞きながらも、僕は尋ねる。
グッドマンさんの顔は平静そのものだったから。
予測していたとばかりに、腕を組み。
「手ごたえがなかったものですから。まさか、飛び道具まで持っているとは思いませんでしたけど……どうやって防ぎましたの?」
不思議そうな顔つき。
僕は作り笑顔を浮かべて。
「さあてね。秘密だよ」
ていうか僕が聞きたい。
腹筋が頑丈だったのかな? と半ば冗談のように思いながら、落ちていた木刀を拾い上げる。
布が解けたそれを手に取り、大きく開いた口で固定しながら布を巻き直す。ぐるぐると。
濡れた布越しに水分が唇に染み渡る、少しだけ埃の味がした。
――推測する。
多分、あのよく分からない一撃を防いだのがこの布のお陰だと。
あの時胴体にまで貼りついていた布……いや、それを濡らした水のお陰で威力が殺せたのだと思う。
常識的に考えたらこんな布切れ一枚で衝撃を防げるわけがないんだけど、そうとしか思えない。
幸運な偶然だ。
だから、多分次は無い。
『試合続行! 短崎選手、ダウンから復帰です!』
朝倉さんの声。
喚声が上がる、上がる、うるさいぐらいに。
息を吸う。
内臓が痛い、今にも吐き出してしまいそう、喉まで胃液が込み上げる。でも我慢する。
酸っぱい臭いが舌にまで登ってきそうで、息苦しい。
けれど、顔には絶対に出さない。
構える。剣尖を体に隠しながら、体を傾けた。
グッドマンさんには絶対に見破られるな。
「しょうがないですわね……司会の朝倉さんでしたっけ?」
黄金の少女が不意に呟いた。
朝倉さんが? と小首を傾げて。
『なんでしょう?』
「手品の類は、別に反則ではないですわよね?」
グッドマンさんが確認する。
朝倉さんが頷き。
『エ? ああ、そうですけど……というか、さっきまでのはCGなんじゃね? という疑問が浮かでるんだけど』
「では、イリュージョンを見せましょう」
そして、彼女が右手を掲げた。
艶かしく体を揺らし、杖を持って虚空に絵を描くように揮い、流れるようにブーツの踵を鳴らし、たわわに実ったような双山を上下に揺らして、胸を張る。
その唇に浮かぶのは微笑。
同時に感じる、寒気を憶えるほどのいやな気配。
「っ!」
なにを!? そう告げようとして、次の瞬間答えは現れた。
「サービスですわよ?」
指が鳴り――其処に“四つの人影”があった。
「なっ!?」
高音嬢の足元の影から飛び出したかのように、黒ずくめの人影が、一人、二人、三人、四人。
どれも顔面には謝肉祭にでも着ける様な仮面がある。
マスカレードの如き光景。
現実味がない絢爛豪華な光景。
「ご安心なさい? 少しだけ痛い、種も仕掛けもある手品ですわ」
グッドマンさんが笑った。
楽しげに、愉快げに、式者の如く杖を振り上げて
「ただし、そのトリックは企業秘密ですけど♪」
空いた片手で投げキスをしてくる。
色っぽい光景。
僅かに胸がときめくが、疲労からの心臓の高鳴りにしか思えない。
絶体絶命、という言葉が脳裏に浮かぶ。
「負けないよ」
「手加減はしませんわ」
僕が構えて、グッドマンさんが笑う。
互いに闘志が満ちて、睨み合った。
「いく――」
息を吸い込み、酸素を体中に送り込みながら吼えようとした時だった。
『あー、ちょっとまって』
「?」
「?」
朝倉さんが不意に声を上げた。
僕たちは見る。
そこには困った顔で、頬を掻く彼女が苦々しく。
『えーと、グッドマン選手? その四人組さんは一体? まさか人だったりしたら、助っ人ってことで反則負けになっちゃうんだけど?』
その声に「そういえばそうだ。これは不味くね?」「どっから出たんだ?」「ばーか、昨日の分身見なかったのかよ! あれだよ、召喚獣だよ!」「いやいや、見えない糸で操っているに違いない!」 という声が観客席から騒がしく響いてくる。
確かに。
普通は一対一だし、それはあるね。
まさか反則勝ち?
と僕は思うが、目の前の女性は不敵に。
「もちろん、問題はありませんわ。大会規定には違反していない自信がありますもの!」
と、胸を張った。
『というと?』
「――中の人なんていませんから」
そういってグッドマンさんが指を鳴らすと、四人の仮面黒衣たちが仮面を外す。
その中は――空だった。
ただの真っ黒しかなく、空洞になっている。
一斉に観客席から動揺の声が上がる。
「赤外線で見てもいいですわよ? 中には誰も入ってせんから」
『と、いうことは無人?』
「ええ、言わば人形。私が操っている武器ですわ」
そういって胸を張る。
堂々とした態度で、誰もが納得しそうになる。
「飛び道具でもないし、詠唱でしたっけ? そんなものを使った覚えもありませんわねー」
問題ありまして?
と朝倉さんに尋ねると、彼女は耳元のイヤホンに手を当てて。
『えーと、生命反応はなし? ふむふむ、規定には違反してないから大丈夫だと大会運営からの報告です!!』
そういって朝倉さんは手を振り上げて、周りの観客たちに伝えるように声を響かせた。
巧みな口調。
『となれば、これは一大マジック! まったくの無名選手でしたが、グッドマン選手は素晴らしい奇術師だったのです!』
朝倉さんが声を張り上げる。
魔法とは言えないだろうしね。
「マジックじゃなくて、イリュージョンといって欲しいですわね」
グッドマンさんはそういって腕を組み、まるっきりペテン師のような言い方で全てを誤魔化した。
「きゃー! お姉様ー! さすがですー!」
『となると、懸糸傀儡でしょうか? 何らかのモーターか、見えない糸などで操作しているのでしょう』
『なるほど。凄いですね』
という佐倉さんの声とか、解説をしている豪徳寺さんに、茶々丸の声が聞こえた。
まあ麻帆良の能天気さと、お祭り騒ぎのテンションだから誤魔化せるんだろうけど。
「そもそもそんなこといったら昨日の予選で二名ほど分身とかしてましたわよ? そっちのほうが反則じゃなくて?」
呆れたような言い回し。
そういいながらも、その目つきは厳しい。
何かを探るように会場を見渡し、グッドマンさんは不機嫌そうに踵で床を蹴っていた。
「分身?」
忍者? 長瀬さん? 口調からして、それっぽいけど。
と、ふざけながらも、回りに立つ再び仮面を付け直した黒衣四体が身構える。
中に生物は居ないらしいけど、人間さながらに滑らかな動きだった。
「さあ、始めましょうか」
グッドマンさんが震える。
騒がしい喚声を浴びながら、真っ直ぐに目を向けて。
「影に踊りなさい。哀れな剣士さん」
伝えた。
「そして、怨むなら。私と戦う不幸を呪いなさい」
自信に満ち満ちた声。
己に対する自負故に、僕にそういう言い方をする。
そちら側の住人じゃないから、そういう目で見られているのもあるかもしれない。
けれど。
「呪わないさ」
ああ、弱いさ。
僕は弱いが。
「怨む必要なんてない」
遠慮はしない。
人じゃなければ、殴れる。
「なぜなら」
手段は読めた。対応も読めた。今度は負けない、突き進むから――
「何故なら?」
彼女が答える。
僕は吼える。
「君を倒すからだ」
そう告げて、踏み込んだ。
同様に踊りこむ四体の影を斬り捌くために。
勝ち上がるために、ただ斬り込んだ。
*************************
一話では無理でした☆
次回長渡サイドでほぼ決着。
七十二話で素敵フィーバーになるでしょう。
展開が遅くて申し訳ございません。
追伸:最近欠陥人生だけ読ませていたネギまを知らない友人に、ネギま本編の漫画を貸したら、そのあと蹴られました。
詐欺だ! と。
何故だろう?