始まりを告げるのも悪くない。
はてさて、はてさて。
どこから語ろうか。
「やれやれやれやれ、やれが五つ」
咥えた金属パイプの味が不味く、甘ったるく、肺に満ちる。
香ばしい煙草の紫煙が立ち込める、揺ら揺らと黒い天へと舞い上がる。
煎じた香草から生じる甘みはしばし喉を癒し、撫で回し、愛撫するように喉を滑らかにしてくれる。
「はてさて、はてさて、どこから語ろうか」
私は頭に被っていたテンガロンハットを被り直す。
今居る場所は麻帆良、私の不肖の弟子が勤めている聖地である。
と言っても、私はあまり価値を感じていない。
精々掌握すれば世界を塗り替えられる程度の地脈など、ありふれすぎてつまらない。
「ふむ、空が綺麗だな」
大空にて飛び交う花火の如き閃華、綺羅綺羅と輝ける魔法の光。
どうでもいいが、無駄に映像美に優れている。
効率的な核爆弾の焔は、下品なキノコ雲を上げるというのに。
ギシギシと軋む屋根の上、そこで私は腕を組み、足を伸ばし、見上げていた。
名前も知らぬ一軒家の豪勢な屋根の上であるし、本来ならば怒られるところだが問題は無い。
知り合いの技術士からくすねた認識阻害の符、それを私の腰掛ける安楽椅子の側に貼り付けているので邪魔はされないのだ。
と、思っていたのだが。
「む?」
なにやら私の存在を感知したらしい魔法使いが一人、私の横に着地した。
おもむろに私に杖を向けてきたので、お返しに懐から抜いたS&W M29を突きつける。
ハッと余裕そうな笑みを浮かべているが、馬鹿め。
――絶叫が響いた。
タンタンタンッと消音結界付きのAA-12の連射を遠隔操作で撃ち込んだ。安心しろ、弾丸は岩塩に変えてある、障壁は突破するが凄く痛い程度で済む。
悶絶して転げまわっている彼の口にS&W M29を捻じ込んだ。
うるさいな、いい大人なのだから黙りたまえ。
「むがむがうるさいのだが、黙りたまえ」
ハンマーを上げてやる、黙ってくれた。
よろしい。
「さてと、丁度いい少し話でもしようか」
銃口をどける、杖に手を伸ばす魔法使い。
うるさいので、杖に銃弾を撃ち込んだ。破裂音、吹っ飛ぶ杖、屋根から転げ落ちる。
手が痛い、どうしてくれる。
「まあ大人しくしておいてくれ」
念話を妨害用にスイッチオン。
最近新世界で開発中の念話妨害結界の小範囲用。屋根の上に居る間は静かになる。
抵抗を諦めたようだ、がっくりと頭を下げている魔法使い君。
「そうだな、どこから話そうか」
私は足を組む、帽子を押さえながら、空の戦いを見上げていた。
改革を食い止める戦力、それに抗う戦力。
世界の縮図、華々しい戦い。
まあどうでもいい。
私が語りたいのはもっとくだらないことだ。
「君はこの世界が”失敗”すると知っているかね?」
魔法使いが怪訝な顔をする。
私は微笑む。
にたりと笑って、からからと笑い始めた。
「さてさてさて、少し話そうか。どうせ君は一日後には絶望する。或いは喜び、それが虚ろだと知るだろう」
私は煙草を吸う。
肺に満ちる甘ったるい紫煙に心まで染め上げながら、ゆるゆると吐き出す。
「この身はかつては世界有数の魔術師、されど今はただの無能」
嗤う。
無能魔術師たる己、語り部に相応しい笑みを形作り。
「さあて、健気なものたちの物語を語ろうか、始まりは……そうだな五日前からだ」
喉を鳴らして、語り始めた。
物語を。
欠陥だらけの物語を。
これより語る主役は二人。
そう、まだ“二人”である。