<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

赤松健SS投稿掲示板


[広告]


No.4920の一覧
[0] 欠陥人生 拳と刃(ネギま オリ主一般人)[箱庭廻](2010/08/06 20:17)
[1] 一話:それは恐竜のようだった[箱庭廻](2009/03/29 12:30)
[2] 二話:彼女は鳥のように見えた[箱庭廻](2009/03/29 12:30)
[3] 三話:災害としか言いようがない[箱庭廻](2009/03/29 12:30)
[4] 四話:迷う暇なんてこの世にはない[箱庭廻](2009/03/29 12:30)
[5] 閑話:人生とはままならない[箱庭廻](2008/12/15 11:27)
[6] 五話:変わりたくなくても変わることがある[箱庭廻](2009/06/12 22:16)
[7] 六話:大切なものは失ってからようやく気付ける[箱庭廻](2009/03/29 12:31)
[8] 七話:人の痛みなんて結局理解なんて出来ないのだろう[箱庭廻](2009/03/29 12:31)
[9] 八話:祈り、積もらせる[箱庭廻](2009/03/29 12:31)
[10] 九話:悲しみなんて泥のようなものだ[箱庭廻](2009/03/29 12:32)
[11] 十話:夜闇を駆ける[箱庭廻](2009/03/29 12:32)
[12] 十一話:それはどこまでも苛烈な怒りだった[箱庭廻](2009/03/29 12:32)
[13] 十二話:怒りを力に変える[箱庭廻](2009/03/29 12:33)
[14] 十三話:明けない夜はないと信じたい[箱庭廻](2009/03/29 12:33)
[15] 十四話:斬らずにはいられなかった[箱庭廻](2009/03/29 12:33)
[16] 十五話:居直ることも必要だろう[箱庭廻](2009/03/29 12:33)
[17] 十六話:色んな意味でやり直し[箱庭廻](2009/03/29 12:34)
[18] 閑話:願いは叶うことはないのだろうか[箱庭廻](2010/08/06 20:15)
[19] 十七話:ゆっくりと時間は過ぎていく[箱庭廻](2009/03/29 12:34)
[20] 十八話:積み重ねるものがある[箱庭廻](2009/03/29 12:34)
[21] 十九話:解放されるというのは清々しい[箱庭廻](2009/03/29 12:35)
[22] 二十話:それは試練だろうか[箱庭廻](2009/03/29 12:35)
[23] 二十一話:予感ってのはたまに怖くなる[箱庭廻](2009/03/29 12:36)
[24] 二十二話:息する事すらも楽しい[箱庭廻](2009/03/29 12:36)
[25] 二十三話:一分一秒を噛み締める[箱庭廻](2009/03/29 12:37)
[26] 二十四話:同じような日はあっても同じ一日は決してない[箱庭廻](2009/03/29 12:37)
[27] 二十五話:違和感を覚えるほどに馴染んだ[箱庭廻](2009/03/29 12:38)
[28] 二十六話:震えるのは僕が弱いからだろうか[箱庭廻](2009/03/29 12:38)
[29] 二十七話:眠ることも出来ない奴がいる[箱庭廻](2009/03/29 12:39)
[30] 二十八話:結果なんて分かりきっていた[箱庭廻](2009/03/29 12:39)
[31] 二十九話:また騒がしくなる[箱庭廻](2009/03/29 12:40)
[32] 三十話:進むことしか出来ないのだから[箱庭廻](2009/03/29 12:40)
[33] 三十一話:雨が降り出していた[箱庭廻](2009/03/29 12:40)
[34] 三十二話:冷たい雨が降っていた[箱庭廻](2009/03/29 12:41)
[35] 三十三話:雨はただ強くなるだけで[箱庭廻](2009/03/29 12:41)
[36] 三十四話:終わることを知らなかった[箱庭廻](2009/03/29 12:42)
[37] 三十五話:心が冷めていく[箱庭廻](2009/03/29 12:42)
[38] 三十六話:涙は流れない[箱庭廻](2009/03/29 12:42)
[39] 三十七話:悲しみは大地に還らない[箱庭廻](2009/03/29 12:43)
[40] 三十八話:嘆きは天には届かない[箱庭廻](2009/03/29 12:43)
[41] 閑話:僕は子供で[箱庭廻](2009/04/17 20:40)
[42] 三十九話:空は泣き虫だ[箱庭廻](2009/04/12 10:55)
[43] 四十話:一生分の悲しみに哭き叫んでいる[箱庭廻](2009/04/14 12:20)
[44] 四十一話:悲しむ事すらも赦されない[箱庭廻](2009/04/14 20:38)
[45] 閑話:謝ることも赦されないなんて[箱庭廻](2009/04/24 19:30)
[46] 四十二話:さあ、涙を止めよう[箱庭廻](2009/04/24 19:30)
[47] 閑話:大人になりたかった[箱庭廻](2009/04/26 13:51)
[48] 四十三話:幾ら嘆いても明日はやってくる[箱庭廻](2009/04/26 13:52)
[49] 四十四話:後悔なんてしたくない[箱庭廻](2009/04/28 21:25)
[50] 四十五話:日々は続く[箱庭廻](2009/05/21 00:27)
[51] 四十六話:流れるままに受け入れるしかない[箱庭廻](2009/05/21 00:29)
[52] 四十七話:そろそろ前に進もうか[箱庭廻](2009/05/23 01:13)
[53] 四十八話:僕は君と……[箱庭廻](2009/05/24 19:34)
[54] 四十九話:まあこういうことも悪くない[箱庭廻](2009/06/02 21:02)
[55] 閑話:特別ではないから[箱庭廻](2009/06/12 22:14)
[56] 五十話:未来なんて見えやしない[箱庭廻](2009/06/06 15:47)
[57] 少し先に進んだ幕開け:始まりを告げるのも悪くない[箱庭廻](2009/06/13 00:48)
[58] 五十一話:明日を決める問題だ。[箱庭廻](2009/06/14 19:59)
[59] 五十二話:不思議な少女だった[箱庭廻](2009/06/15 19:24)
[60] 閑話:正しいことを見つけるのはとても難しいです[箱庭廻](2009/06/19 14:36)
[61] 五十三話:想いを叩きつける[箱庭廻](2009/06/21 16:03)
[62] 五十四話:ただ待ち構えるばかり[箱庭廻](2009/06/23 12:00)
[63] 五十五話:俺たちは幸福だ[箱庭廻](2009/06/24 23:54)
[64] 閑話:さあ本番だ[箱庭廻](2009/06/28 08:23)
[65] 五十六話:騒がしいのも楽しいから[箱庭廻](2009/07/02 08:39)
[66] 五十七話:それは眩しいから[箱庭廻](2009/07/07 19:01)
[67] 五十八話:言葉を交わすばかりで[箱庭廻](2009/07/08 15:35)
[68] 五十九話:知らない物語は語れない[箱庭廻](2009/07/10 20:05)
[69] 六十話:想像もしなかった[箱庭廻](2009/07/12 15:37)
[70] 六十一話:何を考えている?[箱庭廻](2009/07/14 23:15)
[71] 六十二話:騒がしく仲良くやろう[箱庭廻](2009/07/17 00:29)
[72] 六十三話:壊していいよな?[箱庭廻](2010/08/06 20:16)
[73] 六十四話:君たちは強いよ[箱庭廻](2009/07/22 21:40)
[74] 六十五話:明日を掴みたいから[箱庭廻](2009/07/26 14:45)
[75] 閑話:誰か、小人さん呼んで来い[箱庭廻](2009/08/02 15:52)
[76] 六十六話:何の因果だろうね[箱庭廻](2009/08/04 17:50)
[77] 六十七話:さあ始まるぞ。騒がしい戦いが[箱庭廻](2009/08/09 11:35)
[78] 六十八話:ふざけるな、と僕は言う[箱庭廻](2009/08/10 10:33)
[79] 六十九話:勝て、と俺は言う[箱庭廻](2009/08/11 18:32)
[80] 七十話:斬り込んで[箱庭廻](2009/08/11 18:30)
[81] 七十一話:一刀一足の間合いで[箱庭廻](2009/08/12 20:02)
[82] 七十ニ話:蹴り潰す[箱庭廻](2009/08/14 01:13)
[83] 七十三話:荒々しく駆け抜けろ[箱庭廻](2009/08/16 21:52)
[84] 七十四話:ありえない夢は幻想ですらない[箱庭廻](2009/08/17 20:33)
[85] 七十五話:手は抜かないってことか[箱庭廻](2009/08/18 19:14)
[86] 七十六話:君を殺すと決めた[箱庭廻](2009/08/19 15:46)
[87] 七十七話:殴りあうということは[箱庭廻](2009/08/22 18:14)
[88] 七十八話:詫びるな、僕の選択だ[箱庭廻](2009/08/23 18:59)
[89] 閑話:憧れていた一人だったから[箱庭廻](2009/08/29 23:07)
[90] 閑話:私の常識を返しやがれ[箱庭廻](2009/08/28 00:47)
[91] 七十九話:どれだけ踏み込めばいい[箱庭廻](2009/08/29 23:09)
[92] 八十話:意地って奴だね[箱庭廻](2009/09/07 08:08)
[93] 八十一話:あいつはただ勝ちたいだけだ[箱庭廻](2009/09/10 08:15)
[94] 八十二話:努力が無駄なわけがない[箱庭廻](2009/09/27 19:34)
[95] 八十三話:人間は――[箱庭廻](2009/12/29 17:34)
[96] 八十四話:彼は負けない[箱庭廻](2010/01/01 21:20)
[97] 八十五話:トラックにも勝てるのだから[箱庭廻](2010/01/14 22:57)
[98] 八十六話:ああ、これが僕らの[箱庭廻](2010/08/04 00:31)
[99] 八十七話:決着は終わらない[箱庭廻](2010/08/05 00:41)
[100] 八十八話:決着の始まりだ(8/6 タイトル変更)[箱庭廻](2010/08/06 23:40)
[101] 八十九話:悔いなく戦い抜け[箱庭廻](2010/08/08 00:47)
[102] 九十話:斬りたいよ[箱庭廻](2010/08/13 00:05)
[103] 閑話:大人の責任というものがあってね[箱庭廻](2010/09/07 15:06)
[104] 閑話:それが過ちならば[箱庭廻](2011/01/16 01:47)
[105] 九十一話:届くのが当然だ[箱庭廻](2011/01/19 23:41)
[106] 閑話:こうも憧がれて/こうも焦がれて[箱庭廻](2011/01/17 08:30)
[107] 九十二話:意地の決闘だ[箱庭廻](2011/01/20 01:45)
[108] 九十三話:意地のぶつかりあいだ[箱庭廻](2012/07/04 00:21)
[109] 九十四話:決着はつけるしかない[箱庭廻](2012/11/06 21:30)
[110] 九十五話:勝ちたいから願うんだ[箱庭廻](2012/11/06 21:33)
[111] 九十六話:ぶっ飛ばすと彼は決めた。[箱庭廻](2012/11/23 21:05)
[112] 九十七話:それならしょうがない[箱庭廻](2012/12/18 19:49)
[113] 九十八話:激情でもまだ足りないのか[箱庭廻](2013/04/12 23:15)
[114] 九十九話:刃はいつか折れるのだろうさ[箱庭廻](2013/11/22 23:42)
[115] 百話:無駄だと否定されようとも[箱庭廻](2014/03/02 23:10)
[116] 閑話:何一つ届かないなんて[箱庭廻](2014/03/08 22:51)
[117] 外伝/京都呪術編:やれやれ面倒やね[箱庭廻](2009/07/11 21:37)
[118] 外伝/京都呪術編:はぁ、むかつくわ[箱庭廻](2009/07/26 17:10)
[119] 4月馬鹿でした/異説:世界は虚言に満ちている[箱庭廻](2009/04/26 21:31)
[120] 馬鹿は自重しない/異説:望んだものはこんなものじゃなかった[箱庭廻](2009/04/27 19:01)
[121] 馬鹿は明日を見ない/異説:零れていくものは取り戻せない[箱庭廻](2009/06/07 16:24)
[122] (投下話数百話記念)偽話:もしも彼が――[箱庭廻](2009/09/10 08:17)
[123] 嘘だ!!:予告[箱庭廻](2011/04/02 00:47)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[4920] 十八話:積み重ねるものがある
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/03/29 12:34
 積み重ねるものがある。



 体の調子は悪くなかった。
 連日として飲んでいる漢方茶が効いているのか、酷く苦いけれど痛みは抑えられる。時折長渡に押し付けられる分まで飲んでいるから、十二分に量は取っていると思える。
 寝るときと起きる時には肋骨が痛みを発するけれど、それ以外には特に我慢すれば無視できるぐらいの違和感でしかない。
 来週にはなんとか学校には行けるだろう。
 元気に学校へと向かった長渡を見送り、僕は一人自室でお茶を啜っていた。
 黒い液体の混じったお茶。
 舌を湿らせればどこか痺れるようで、どこか染み渡るようで、喉を通るたびにその苦味が鼻に残る。
 だけど、飲まずにはいられなかった。
 ゴクリと急須に入れたお湯がなくなるまで飲み干して、僕は立ち上がる。

「さて、と」

 肋骨などには触れないように羽織るような私服に着替えて、殆ど傷の塞がった右手の包帯を軽く巻きなおす。
 まだ少しぎこちないけれど、指は動く。肘も曲がる、支障は無い。
 明日にでも包帯は外せるだろう。
 肋骨の方も毎日牛乳を飲んでいるおかげか日に日に痛みは治まってきている。
 本来ならば一週間どころか半月或いは一ヶ月以上にも渡る肋骨の骨折治癒だが、若いお陰かそれとも飲んでいるお茶の効能なのか良くなっていることは確かだ。
 どこか得体の知れない感覚がするが、治るなら文句は無いだろう。
 僕は着替え終えると、財布をポケットにいれて、肩には木剣を入れた竹刀袋を背負った。
 指に鍵を引っ掛けて、玄関に出る。
 靴を履いて、外に出てから鍵を閉める。

「今日も無事に帰れますように……って、洒落にならないか」

 外の空気を吸いながら、僕は呟いた言葉に少しだけ背筋を震わせた。
 嗚呼。
 いつからこんなにもこの都市は生きるのが難しくなったんだろうか?





 まだ昼前の時刻だ。
 学生服じゃないとはいえ、僕のような人間が歩いていたら補導されるのは明白なので広域指導員に見つからないように足早に移動する。
 何故学校を休んでいるはずの僕が寮の外に出ているのか?
 答えは簡単だ。
 用事があった。
 向かう場所はタマオカさんの工房。腕は動かせるようになった、今ならば太刀も多少は振るえる。
 武器が欲しかった。
 例え長渡と一緒に行動していようとも、奴らが現れれば今の木剣だけでは頼りない。
 人間ならば骨を砕けば動かない。目を潰し、喉を潰し、肉を裂けばなんとかなる。
 だけど、奴らは堅い。
 武器が必要だった。自意識過剰な上に、猜疑心に胸を膨らませているという自覚もあったけれど、それでも考えた内容は間違ってないと思える。
 だから、足早に向かった。
 いつもの道を通り、いつもの曲がり角を曲がり、いつもの路地裏を通り抜けて、山道に差し掛かる。
 もしかしたら、もう一度あの子、桜坂 刹那という少女と出会うかと思ったけれどそれはなかった。

「そういえば」

 工房への山道を歩きながら、僕は考える。
 あの時は考えもしなかったけれど、あの子は何者だったのだろうか?
 タマオカさんの知り合い? それは当然だろう。
 だけど、何故僕に警告するのか分からない。
 彼女は速かった、その動きが目に見えないほど。
 彼女は強かった、軸のぶれない武術の修練を積んだ動きと技。
 彼女は恐ろしかった、僕を睨みつけた瞳は本気だった。
 ……あいつらの仲間? それともただの知り合いだろうか?
 だとしても、何故警告をしてくるのか。
 知られては拙いことであるのだろうか。

「……分からないなぁ」

 謎が多い。
 タマオカさんは何か知っているだろうけど、尋ねれば答えてくれるだろうか?

「……いや」

 きっと教えてくれるだろう。
 隠す必要性がなければ隠さない性格だから。
 僕が尋ねれば教えてくれそうだった。そう、“訊ねれば”。
 だけど。
 けれども……僕は知りたくもなかった。

 ……知る必要があるのだろうか?

 事情を知る?
 理由を理解する?
 それで納得が出来るか? ……否だ。
 どんな理由だろうが、理不尽に傷つけられたことを納得など出来るだろうか。
 必要ならば知ることがあるだろう。だけど、僕はそれを知りたいとは思わなかった。
 いや、どこか知るのが恐ろしかった。
 だから……

「ん?」

 その存在に気付くのに数瞬遅れた。
 タマオカさんの工房。
 その前に一人の人間が立っていた。
 奇妙な格好だった。白いコートを羽織り、その背には大きな布で包んだ何かを背負っている。
 その白いコートの裾から見える足からは草履を履いた足があり、頭にはバンダナのようなものを巻きつけている、その手は静かに上へと振り上げられて。

 ――はらへたまひ きよめたまへともうすことを。

 薙ぎ払うように振るわれた手と共に響いた声には聞き覚えがあった。

「ミサオさん?」

 僕は小走りに走り寄ると。

「きこしめせと かしこみかしこみももうす……ん?」

 彼は手から何かを振りまいて、言葉を切ってからこちらに振り向いた。
 その顔には見覚えがあった。
 浅く焼けた肌、どこか煤のついたような埃っぽい顔なのによく見れば清潔そのものな憮然とした顔つき。

「お前か、カケル」

 そう告げる彼の顔は少しだけ不機嫌そうなしかめ面で、機嫌が悪そうだった。
 けれど、それがいつもの彼の顔だと知っていた。
 ミサオと名乗る男性、タマオカさんと一緒に暮らしている刀工の人だった。

「ミサオさん、帰って来てたんですね」

「今丁度だがな。まあいい、お前もこれを掛けておけよ」

 そう告げると、パラパラと自分の体に振り掛けていた白い砂のようなものを僕の手に押し付けた。
 それは塩だった。
 葬式とかの帰りにかける清め塩という奴で、僕は言われた通りに自分の体に振りかけて、残った少しは周囲の地面に撒いた。
 そして、工房の中に入ったミサオさんの後に続いて中に入る。

「カッカッカ。ミサオとタン坊か? 連れ立ってのお帰りとは珍しいねぇ」

 すると、声をかけられた。
 工房の奥から足音が響いたと思うと、ゆっくりとタマオカさんが顔を出した。
 どうやらこの時間から風呂にでも入っていたのか、その髪は濡れていて、上気した顔がどこまでも色っぽい。

「入り口で会っただけだ。ところで、己が居ない間に何か変わりはなかったか?」

「特に何もないさね。ミサオ、遠出ご苦労だったね。風呂にでも入って疲れを落としな」

「お前が入ったんだろう? なら、湯を変えるのが面倒だ。水だけ浴びる」

 と、ミサオさんはいつもの調子で告げると、その背に背負っていた布袋を壁に置いた。
 ゴトンと重たげな音を響かせるそれは何が入っているのだろうか?
 そう僕が見つめていると、不意にミサオさんはこちらに振り向いて。

「カケル」

「はい?」

「血の臭いがするが、怪我でもしたか」

「あ、はい。ちょっと」

 さすがにロボットと殴り合って大怪我しましたなど言えないので、曖昧に頷いた。
 答えにすらなってない答えだったが、ミサオさんは軽く頷いて。

「……そうか」

 僕から目を離すと、草履を脱いで、タマオカさんの横をすり抜けて工房の奥に入っていった。
 そのミサオさんの様子をタマオカさんは見送ると、こちらに向き直ってやれやれと肩を竦めた。

「かなり機嫌が悪いね」

「そ、そうですか?」

 いつもの彼だと思ったのだが、タマオカさんは違うものを感じ取ったらしい。
 少し水に湿った髪を撫でて、僕の前の座卓に座り込みながら言った。

「またつまらない刀でも打たされたんだろう。あの子は注文にうるさいからね」

「は、はぁ」

「で、タン坊。何の用だい? 私の湯上り姿が見たくて迷い出たわけじゃないだろう?」

 カッカッカと笑うタマオカさんの言葉に、その胸元とか髪とか眺めていたことが気付かれたのかと少し僕は顔を赤らめた。
 コホンと息を吐き直し、告げる。

「あの、太刀なんですけど……出来てます? あ、あとこれは追加の四万です」

 長渡からのカンパ金をタマオカさんに手渡す。
 それを無造作にタマオカさんは受け取って。

「おや? いきなり四万とは太っ腹だね、なにかしたのかい? 犯罪のお金なら受け取れないよ」

 と、どこか楽しげに訊ねてきた。

「あえて言うなら友情を使っただけですからご心配なく」

「なるほど。なら、支障ない」

 なので、僕はお返しをするように少し捻った言い回しで告げると、タマオカさんはカッカッカと笑う。

「じゃ、少し待ってな」

「はい」

 タマオカさんはひらひらと万札を指に挟んで、奥に引っ込んだ。
 と、思うと数分と経たずに出てくる。
 その手には二本の刀剣があった。
 飾り気のない鍔に、漆で塗られた漆黒の鞘に納められた大太刀と脇差だ。

「ナマクラだけど、まあ前に使っていたのよりは頑丈だろうさ」

「ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「構わんさね」

 僕は受け取った大太刀と脇差のうち、太刀を引き抜いた。
 刃を上に立てて、半ばまで引き抜き、刀身の波紋と輝きを見る。
 波紋は滑らかに細波のように浮かび上がっており、工房に差し込む日光の光を受けなくともギラリと金属質な光を放った。
 刀身は鏡のように綺麗でよく砥がれている、映し出した自分の顔が映るほどに。

「ちょっと振ってもいいですか?」

「外に出てやりな。工房が壊されたら堪らないよ」

 それはそうだった。
 僕は太刀と脇差を持つと、工房の外に出る。
 広い山道へと続く道、周りに住居は無い、静寂そのもの。
 人は居ない。
 声はない。
 邪魔は無い。

「ここには滅多に人は来ないから、安心しな」

 工房の奥から響くタマオカさんの言葉は耳には届いていたけれど、どこか遠くに聞こえた。
 僕は太刀を完全に引き抜くと、まだ少しだけ痛む右手で掴み、虚空に構えた。
 重みはある、だけど前の太刀を比べるとずっと軽い。
 けれど、使い回しは優しく、そしてどこか頑丈そうだ。

「ふっ!」

 手首だけで一閃。
 指を動かし、肘を曲げて、肩を捻り、どこまでも伸ばすように振るう。
 皮が引っ張られる、肉が伸縮する、骨が軋み、血流が流れる動作の手ごたえ。
 大気を斬る感覚が指を這わせた柄から刀身から伝わってくる。
 もう一度振るう。
 足を踏み込む。痛みが少しあるけれど構わない。
 踊るように大地を踏み込み、踵から走る衝撃を、膝で受け止めて叩き上げて、腰で回転させて力を連動させる。
 太刀筋が踊る、風を切り裂きながら。
 流した力を貪るように、僕は肩を廻し、肘を伸ばして、手首を返し、指を絡めながら振るい抜く。
 孤月を描くように、空を切り裂くように、大地に歌い上げる様に。
 流れるままに太刀を振るう。
 最初は片手だった。
 けれど、僕の左手はいつの間にか鞘に触れていて、吸い寄せられるように太刀筋を操作する。
 斬、斬、斬。
 乱、乱、乱。
 息を止めて、ひたすらに振るい抜く。
 がむしゃらに溜まっていたものを吐き出すように。
 縦に、横に、斜めに軽く振り抜いて――やがて僕の手は流れるように鞘に納めていた。
 カチンと鯉口が合わさる音が響いて、ようやく僕は息を吐き出した。
 真っ白になりかけていた脳内に色が戻る。

「ありがとうございます」

 コレならいける。
 と、漠然と思った。
 前の太刀よりも速く振るえる、手首に負担が掛からない、大気を切る感触からの手ごたえも十分だった。
 思うが侭に一晩中でも振るっていたくなる様な衝動があるが、叶わぬ夢だろう。
 日曜にでも道場に行き、何かを試し切りさせてもらおうか。

「そりゃよかった。使ってもらえるなら、幸いさね」

「本当になんて感謝していいか」

 僕は頭を下げようとしたのだが、タマオカさんの言葉がそれを遮った。

「構わん、構わん。それは売った物さ、生かすも殺すも持ち主次第。それが武器の、道具の、殉じる道さね。私が出来るのは祈ることぐらいさ」

「は、はい」

「精々使い倒してやりな。それが太刀の道さ」

 そう告げるタマオカさんの顔はまるで母親のような優しい笑みだった。
 僕は受け取った大太刀と脇差を撫でて、竹刀袋に仕舞う。

「分かりました。大事に、けれど乱暴に使います」

「ああ。それがいいさ」

 僕は笑った。
 タマオカさんも笑った。
 彼女は指を立てて、祈るように告げる。

「後悔をしないために準備をする。それは決して悪いことじゃない」

 その言葉は何故か心に染みた。
 そして。

「タン坊。強くなりたいかい?」

 問われた。
 唐突に、だけどいつからか予告されていたかのような納得感のある言葉と共に。

「ええ――己の何かを護れるぐらいに」

 僕は即答した。
 いつか誓った誓いだった。
 僕は護る。護ってやる。
 自分を、友を、誇りを、生活を護るために。
 絶対に引き下がらない。

「なら、質問だよ」

 彼女は最後に告げる。
 祈るように、願うように、どこか悪魔の誘惑じみた声で。



「お前は、”神鳴る剣”と戦う覚悟はあるかい?」



 そう、告げた。



前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.033608913421631