一人の少年が消えた。
無数の少女が消えた。
だから――それが、納得の出来ないものたちがいた。
「で? 俺にどうしろと?」
俺は尋ねる。
遥々異国の地、中華の大陸で旅行をしていた俺の前に現れた懐かしい顔。
超 鈴音。
“十数年前”に顔を合わせた時の記憶のままに、若い幼子のような少女はにこりと微笑んで。
「助けて欲しいネ、“過去を変えるために”」
超が歩み寄る、顎を撫でていた俺の手を取って、見上げるように、願うように。
「頼れるのは貴方たちしかいない、全ての事情を知って、力ではなく心で抗い続けた貴方たちにしか頼めない」
涙を零し、少女は吐き散らした。
「長渡 光世。“ネギ先生たちの死を変えて”!!」
叫ぶ、叫んだ、願いを零して、俺の胸板を叩いて……俺はその背を優しく抱きしめて。
「泣くなよ、超」
俺は声を漏らす。
懐かしい、遠い記憶を思い出しながら、セピア色の青春を思い返して――告げた。
「こんなオッサンに、若い子が泣きつくなよ」
現在32歳、麻帆良学園の日々は遠い過去の記憶にあった。
かつて焦がれて、倒して、超えたかった恐竜のような少女の記憶もまた――
/ * /
斬る。
断つ。
裂く。
踊るように、歌うように、舞うように、願うように。
“右手一本で振るい抜いた”太刀の挙動、それを私は止めた。
「懐かしい顔だ」
道場の床を叩く、踏み締める。
入り口から顔を覗かせる長年の親友と、その傍にいる――行方不明になっていた元雇い主の顔を見た。
「その顔だと、私に用事かな? 長渡、久しぶりの再会に宴会している場合じゃないか」
「酒でも交わしたいところだが、時間がないらしい」
また一段と分厚くなった胸板、それでいて油断なく四肢に漲る充足感と、ぶれることのない体軸の動き。
どうやら腕は落ちてないらしい、いや、さらに磨かれたのだろうか。
私は床に置いておいた鞘を手に取り、静かに収めた。
「で、用件を聞こうか。生憎借金の類と恋愛相談なら力になれないが」
「生憎全力でちげえよ」
ビシッと虚空を叩く長渡の突っ込みに、私は苦笑して。
「……随分と見違えたね、カケル」
超さんの目が見開かれて、私を見ていた。
懐かしい顔。
古い記憶。
えぐられるような昔の記憶が連鎖的に思い出されて――私はそれを遮断した。
“それはもう終わった恋である”。
過去は嘆いても変えられない、それが絶対唯一の真実なのだから。
「カケル、貴方は過去を変える気はないカ?」
その言葉に、私は……僕はかつて己を想起した。
/ * /
一人の少年がいた。
それは脆く、それは弱く、それは嘆きの中で歩き続けた愚者である。
使うは技、何度も何度も重ね続けた技術の使い手。
願いを届けるために足掻き続けたかつての少年。
一人の少年がいた。
それは儚く、それは弱く、それは狂気の中で迷い続けた狂人である。
使うは技、幾多に重ね続けた刃の果てに尖らせ続けた振るい手。
夢を叶えるために走り続けたかつての少年。
そして、それは幻想。
時間の底を貫いて、無限虚空の底をぶち抜いて、落下し続けた二人の修練者の物語。
/ * /
「おお、なんというファンタジー」
「まさにハリーなんとか」
辿り着いた都市、そこに広がる光景は幻想としかいいようがなかった。
こちらの常識からすると奇怪な格好、空を舞う人々、明らかに電子以外のエネルギーを用いて発光する光のシャワー、乱舞。
ここに辿り着くまでに何度か見かけた幻想生物の同類もあいまって、映画の中にでも飛び込んでしまったかのようだ。
「珍しい食い物が多いな、喰ってみるか?」
「食べた途端に、身体が破裂とかしないだろうな?」
相棒の提案に、私は警戒しながら応える。
正直常識が一杯一杯なのだから、余裕がない。
こんなことなら超さんに、ハウツー本でも書いてもらうべきだったと後悔をしている真っ最中である。
「ま、大丈夫じゃね? 金もあるし、毒だったらあいつらも死ぬだろ」
「うーん、確かに一緒に消えたのには他の生徒もいたしな」
歩きながら語り、記憶を探りながら辿る。
幻想の地にて一歩一歩と大地を確認しながら、空を見上げて――
「“これが、あの時消えた世界か”」
私たちの知る先生と、友人たちを巻き込んで消失した世界に、私は幻を見ているかと思った。
/ * /
騒がしい、うるさい。
戦いの気配。
「ちぃっ!! 様子を見に行くぞ!!」
騒がしい気配、音と周囲の状況から見て方角を視認、俺は体重移動を意識しながら駆け出した。
逃げ出す人ごみを避ける、避ける、逸らす、全力疾走で。
人の視線、動き方、方角を見切り、俺は駆け抜ける。いつか届かなかったどこかに届くように。
走り、走り、走り――
「アイヤー! いい加減しつこいアル!」
思わずむせ返りたくなるぐらいに、懐かしい顔を見た。
そして。
「んん? そこのオッサンも、追っ手アル?!」
「――せめてお兄さんと呼びやがれ!!」
そいつの言葉に思わず反論した。
/ * /
「――貴方は誰、ですか?」
私に対し、その少女は尋ねた。
懐かしい顔で、懐かしい声で、懐かしい険しさで。
思わず苦笑する。
「何がおかしいんですか?」
「……いや、あまりに可愛くてね」
「っ!? ふ、ふざけてるんですか!」
少女が真っ赤になった顔で怒る、それもまた懐かしい。
クスクスと私が笑うと、少女はうつむきながら――キッと目を細めて。
「貴方達はおかしい。まるで私たちを昔から知っているように話しかけてきて、それでいてのらりくらりと何も教えない。何が目的ですか?」
「目的? そうだね……」
空を見上げる。
懐かしい空を、この子と一緒に見上げた最後の空を。
「……斬る者がいるのさ」
「斬る?」
「月と、鳥を落とす。花のように可憐な鳥を、風のように逃げる月を叩き落してね」
おどけた口調で告げる。
殺し損ねた宿敵と、掴み損ねた誰かのことを捕まえるために。
そして。
そして。
「理解が出来ないな」
眼鏡をかけた男が告げる。
片手に刀を構え、光速すら切り裂く化け物が。
「気も使えない、魔力も使えない――なのに、何故そこにいる?」
俺は告げる。
「お前よりも強いからさ」
私は告げる。
「勝つからさ」
そして、そして――
「「悪いが、負けるわけにはいかないんだよ」」
何もかも取り返すために。
欠陥人生 魔法世界編 きっといつか開始する。
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わけがありません、やりません。
万が一魔法世界編が面白く終わったら考えます。