望んだものはこんなものじゃなかった。
涙は枯れ果てた。
もう泣き叫ぶことも忘れて、ただ前を向く。
浅ましく息を吐き出し、焦がれるように力を篭める。
ビリビリと全身を流れる気――肉と筋とは違う異質の圧力に僕は歯噛みしながら、構えて――
「行くぞ!」
「来たまえ」
ヘルマンと月詠から聞いていた老人に飛び込んだ。
縮地法、重心を落とし、滑るように進む。
飛沫を上げながら距離を詰めて。
――拳が飛来した。
何の挙動もなく飛び込んできた拳打、それを“いなす”。
たった二本の指、それを持って絡めた抜刀撃が今までの常識を超えた駆け抜けて、迎撃する。
拳圧が電撃のように太刀を伝わり、手を痺れさせるが。
(狂ってる!)
僕自身の身体能力に吐き気が込み上げ、体は動きながらも、迷う。
ヘルマンが動作する。
愉しげに足を踏み出し、ジャブ。ショットガンのような乱打。それに僕は膝を折り、後ろに転びながら後退した。
爆撃、一瞬で複数のクレーターが地面に刻まれる。
「俺らも忘れるな、オッサン!」
「いきますっ!」
見知らぬ少年一人とネギ君が参戦する。
今の僕の視力だからこそ見える俊足の蹴打と、地面を削り上げるような低い姿勢からの打撃。
それがヘルマンの頭部と脚にめり込み、それらが一つとして直撃していないことに気付いた。
「外された!」
「いい目をしている」
ヘルマンが旋転。
犬のような少年の足を払い、弾き上げた蹴りを持ってネギくんの杖を吹き飛ばした。
僕はそこに飛び込み、あえて“納刀した”刀柄を握り締めて。
「抜刀」
踏み込む。
大地を砕くほどに勢いと、岩砕けるほどの膂力で、狂おしく己が身体を憎悪しながら左手で鞘を“払い弾き”
拍子を刻んで、誰もが離れた瞬間を狙い定めて。
「斬鉄っ!!」
薙ぎ払う。
太刀での居合い、得意分野ではないが――今の己ならば出来うる人外断ちの、斬鉄刀術。
否、醜悪な剛剣。
それを胴三体分をも切り裂くだけの威力を篭めて、放つ。
そして――血飛沫が舞った。
「っ!?」
捉えた、はずだった。
けれども、ヘルマンは目の前に居らず。
「いい速度だ」
声は頭上からして。
ただ伸ばした腕を強引に撥ね上げた。
金属音と衝撃。
超重量の衝撃が手元に伝わり、手首が悲鳴を上げて、僕は膝を崩して、叩きつけられる。
蹴られた。その脚底を刀身で受け止めただけ、なのにありえないほどに重かった。
「ふむ。いい判断だ」
即座に起き上がり、頭上を見れば影はなく、水飛沫の音がした。
そちらに目を向ければ、楽しげに髭を撫でるヘルマンの姿。
強い。
しかし、負けるわけにはいかない。
ただ友達を護りたかった。
ただ思い描く強さに辿り着きたかった。
だけど“もう、その片方は達成出来ないから”
「まけられる、か」
もう僕は“夢に辿り着けないから”
誰かを護らずに、護れずに、生きている価値もない。
描け、描け、描け。
幻想を紡いで、魂を刀身に重ねろ。
心だけでは強くなんかなれない。
心だけで得られるのは火事場の馬鹿力だけで、心技体を極めた強さになんかなりえない。
けれど、心が弱くて強さを出すことなど出来ない。
太刀を握る。
痛みはズキズキと脇腹から走り、脳に走り、気による快楽物質の分泌を超えて痛みを発し、熱がある。
ずぶ濡れの服と濡れた刀身は重いけれど、気による身体強化の前に意味を成さず、ただ羽のように軽い。
しかし、重みは変わらない。
忘れるな。
忘れるな。
如何に軽くなろうとも、体は重力に縛られて、太刀はただ人を殺せるだけの重さがあることを。
だから、忘れないように走ろう。
無音で駆け出した。意識的に、意識的に。
強さを行使する。
「いい目だ」
迫る、ヘルマン。
「悲しみを堪えて目的に走り抜ける、それが輝かしい」
その眼光に羨望にも似た何か、それを捉えて――遮断。敵を理解すれば死ぬだけだ、ただエゴを通せばそれでいい。
剣を奔らせる、刀法のままに滑らせる。
ヘルマンが躱す、捌く、一撃一撃を丁寧に回避し、加速していく。
水を弾く。
水華を咲かせて、土を撥ねかせ、大気を裂く。
回転を早めて、何の材質で出来ているかも分からないヘルマンの手と刀身を衝突させる。
「どうした! まだかね! もっと限界はあるはずだ。辿り着かせてみたまえ!!」
「おぉおおおお!!!」
太刀に気を這わせる、堅く、鋭く、燃え上がるような熱を帯びる。
廻す、人体動作の流れのままに動かした肉体を、気を持って後押しし、神速に変える。
横に薙ぎ払う刃、それをへルマンは大げさに飛び退いて交わし。
「隙だらけ」
「です!!」
「ぬっ!?」
後ろに跳び退る。その背中に、ネギ君と少年の手から放たれた光弾が直撃した。
大気が揺らぐ。痺れる。震える。
だけど、ヘルマンは紫電の迸る四肢を動かし。
「ふむ。良い練りこみだ」
嗤う。
楽しげに、楽しげに、孫のじゃれあいを楽しむ老人のように。
だけど、それは何の意味もない。
僕は外敵を排除するだけで、手首を返し、握り直した太刀を上段に振り被り。
「断ち」
振り抜き、それを重心移動で見切って右方に躱すへルマン。
に、僕は“水平に手を弾かせる”。
「きれぇええええ!!」
常識外れの剣技。
普通ならば出来ない手首の返し、一瞬前まで振り下ろした斬撃が跳ね上がる刀撃。
それを持って、深々とヘルマンの脇腹に刃を突き立て――引き裂いた。
血飛沫が舞った。
服を裂き、肉を断ち、血に濡れる重たい感触を憶えながら。
目を見開いた。
「な、に?」
半ばまでめり込んで、そこで止まっていた。
ヘルマンの手が太刀を止めていた。
「か、ははは。なんとも素晴らしい一撃だ」
そして、笑っていた。
ヘルマンが楽しげに笑っていた。
僕を見下ろして、自分を傷ついた相手なのに嬉しそうだった。
「もう少し反応が遅れれば胴が裂かれていたな。焼けるような痛みだ、心地よいほどに」
そういって、そう微笑んで。
殴られた。
「がっ!?」
見えなかった。
反応も許さず、気が付けば吹き飛んでいた。
全身がバラバラになりそうな衝撃で、右半身から石畳に激突し、その摩擦と衝撃で腕の皮膚が破れてようやく殴られたことに気付いた。
ボトボトと口から胃液に混じって血を吐いた。
粘ついた液体が口から零れて、生臭くて、血の味がして、不味かった。
「短崎!!」
長渡の声がした。
駆け寄ってくる親友の姿が嬉しかった。
だけど、起き上がれ。
そして、斬れ。ヘルマンを、あいつを、倒せないと僕の意味がない。
「ああ、安心したまえ。ネギ君、小太郎君」
見上げた先、腹が裂けているというのに血一つ無くヘルマンが笑っていた。
ネギ君と小太郎と呼ばれた少年が警戒していた。
「思ったよりも見込みがあると分かったのでね、私はそろそろ失礼するよ」
な、に?
「まてや、おっさん!! ここまで滅茶苦茶やっておいて、んな言い訳が通じるとおもうんか!?」
「そ、そうです! 那波さんに、アスナさんに、皆さんにもひどいことをしておいて!」
二人の声が響く。
当たり前だ。ここまでされて、見逃せるわけがない。
しかし。
「――私と戦うかね?」
一瞬広がった気配に、誰もが膝を着いた。
長渡が、ネギくんが、小太郎少年が、見渡す限りの全員が、中心であるヘルマンを除いて怯えていた。
「なんだ、これ?」
ガクガクと震える。
僕も震えた。吐き気が込み上げて、胃の中を吐き戻した。
胃が痙攣していた。痛み以上の圧迫によって。
本能が悲鳴を上げていた、勝てない。絶対に勝てないと体が叫んでる。
「常の場所よりも魔力濃度が高いのでね、多少は無理が利くが……まあここで全員殺しても、怖い人物が見ていそうだ」
ヘルマンが帽子の角度を直しながら笑っていた。
そうだ。
そういえば誰も――彼の帽子を外すことも出来なかった。
ただ、遊ばれていた。
「青い果実ならばともかく、小枝を折るのは気分が悪い。失礼するよ?」
「はーい」
「ほぅーい」
「……うん」
小柄な少女みたいなものが、三体ほどヘルマンにくっ付いて――ドポンと水に沈んでいった。
そして、終わった。
この日の夜、降り注ぐ雨の戦いは終わりを告げた。
その後、囚われていた全裸少女四名にそれぞれ男子連中の上着を着せて。
何故か遅れてやってきた多分死んだと思ってた人が「あっれー、三森何してるんだ?」「おー、なんか遅かったくさい。あ、お前ら生きてる?」 などと言って、長渡のお知り合いだったことや、一緒にいた白いコート姿の男性が僕の知り合いで驚いたり。
あのあと目を覚ました桜咲さんは僕がいることに酷く申し訳なさそうな顔をしていて、事情を知って青い顔をしていたりしたけど、僕は軽く慰めて気にしないように告げておいた。
まあ色々あって、事情説明はまた後日聞くということで解散した。
「あー、全身いてえ。肋骨逝ってるくせえ、また病院行かないと」
「僕も痛い。お腹怪我してるし、吐き気がするし、血が足りないかも」
そして、ズタボロ状態でよろよろと上がってきた雨の中を二人で歩き、寮に帰ってきた。
いつもなら気にしない階段を頑張って上がって、僕と長渡の部屋の前に帰り、無造作にノブを廻した。
鍵は掛けて出てこなかったから簡単に開いて――
「おかえりなさ~い」
見えた笑顔に、僕は扉を閉めた。
「た、短崎? 今何か居たよな?」
「き、気のせいじゃない?」
僕は何も見えなかった。
玄関の上で、三つ指ついて笑顔を浮かべた白い髪の少女、ぶっちゃけ月詠なんて僕は見えなかったぞ!!
「カケルはーん? なんで閉めるんですー?」
「おい、なんか聞こえるんだが」
「幻聴だよ、長渡。精密検査が必要だね、病院に行こう。二人一緒に」
僕は踵を返し、即座に逃げる――いやいや、病院に診察をしてもらいに走り出した。
のだが。
「ひどいですー、ヤるだけやって逃げるんですかー?」
ガチャリと扉を開いて、出てきた月詠の言葉に足を止めなければ僕は人として最低に成ることを知った。
「え? あ、あの」
振り向く。
扉から出てきた月詠に、何故にナニがどうしてこうなったのか尋ねようとして――息が止まった。むしろ心臓も止まりたかった。
のっそりと上半身だけ扉から出した月詠は――白く艶かしい胸元を剥き出しで、酷く柔らかい子供のようなお腹も丸見えで、その上に羽織った一時間前まで僕が着ていた上着のガラガラスペースから見える紅色の突起とか、白魚のような素足とか、色々と丸見えだった。
ていうか――ジャケット一枚であと全部裸とかどんなエロゲーだよ!?
「な、何故に月詠さんがここにいるんですか? ていうか、僕と長渡の寮をどうやって突き止めた!?」
「上着に学生証入ってましたでー」
「NooOOO!!!」
失策!!
僕の馬鹿!!
僕はうちしがれた。
押し倒されて、そのあと押し倒して、色々と済ませて、その後我に返って、着せる服もないから上着だけ着せて、雨の当たらない建物の角に置いてなんかおくんじゃなかった!!
仏心どころか、仏に会ってはぶった切る鬼であるべきだった!
「あー、た、短崎?」
のた打ち回って葛藤してた僕に、これまで発言していなかった長渡が声を発した。
「な、なに?」
軽蔑される。
そう覚悟して見上げた長渡の目は、頬を掻きながら困ったような顔で。
「……俺、外したほうがいいかな?」
「まってええ! 僕の身のために待ってくれ! 親友でしょう!!」
「いや、ほら、人の事情とかそこらへんは、な? 下手に介入しないほうがいいだろうし」
とても、とても、生暖かい目でした。
軽蔑どころか仏のように優しい目でした。
ありがとう、でも凄く悲しいんだけど。
やめて、その目はやめてぇ。
「まったくもう、カケルはんはあれだけ優しくしてくれたのに、ウチを放置するんやもん。ひどいですぅ」
「僕の世間体がやばい! これ以上喋らないで!! ていうか、何で居るの!? 帰りなよ! 或いは戦え! そして、帰れ! ゴーホーム!!」
「ええー。ウチの仕事タイムもう終わりですしー、それに……」
月詠がおもむろにモジモジとしながら、頬に手を当てて。
「人斬りより楽しい戦いを見つけましたしぃ」
――ポッと鮮やかな紅色に頬を染めた。
「エ?」
「続きしましょ」
言葉と同時に、ガシッと手が掴まれた。凄まじい万力のような力だった。細くて白い女の子の指なのに。
待って! 戦ったばっかりだから僕体力ないから! やめてぇえええ!
「な、長渡、ヘルプミー!!」
ズルズルと部屋に引きずり込まれながら、かけがいのない親友に助けを求めたのだが。
「あ、山下? オレオレ、ちょっと泊めてくれるか? あ、サンキュウな。コンビニでお菓子買っていくから」
携帯を耳に当てて、背を向けていた。
ぶっちゃけ見捨てられた。
「ながとぉおおおお!!」
親友の裏切りに僕は絶叫し。
「ウフフー、また優しくしてほしいですぅー」
発情した女の目つきに、甘く蕩けるような吐息を漏らす月詠の声に、僕は泣いた。
「やめてー!! もう無理だから! 連続三回とか普通疲れ切るから! 体痛めちゃうから!」
「ええ? 確かあん時は、ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ――」
「数えないでぇ!!」
そうして無常にも僕の目の前で扉が閉まり――僕はまた色んなものを失う嵌めになった。
色々終わった後。
寝ている月詠の横で、夜明けの光を浴びながら僕はシクシクと泣いた。
望んだものはこんなものじゃなかったのに。
****************
なんか続きました。
ちょっと調子に乗りすぎましたかね?
これはラブコメです。
バトルはきっとオマケデス。
言い訳はしません。
すいませんでしたぁああ!!
た、多分もう続かないと思います。
最強オリ主の道は多分まだ遠い。