世界は虚言に満ちている。
呼吸が止まる。
心臓が停止する。
夢を見ない。
永劫の眠り。
死ぬ。
――死んだ。
殺され――タ。
声は遠くて。
脳に残された酸素も枯渇し、プチプチと脳細胞が死んでいく。
眼球を舐める水滴の重みすらも感じられずに。
冷たさだけが肉体ではなく、心を押し潰し……
――ドクリと心臓が蠢いた。
「なんや?」
心臓が再起動する。
まるで殴られたかのような激しさと共に心臓が動き、血液を全身に巡らせる。
酸素が回る。
指が動く。
意識が戻ってくる。
吐き気がするような力と共に。
「あは」
僕は指を動かした。
緩やかな、のんびりとした、大気の雫すらも“観測”し。
不快そうな月詠の顔を見上げて、僕は哂った。
おかしくてたまらなかった。
これが、これが。
――“君たちの見ていた世界、か”
「あははははは」
僕は太刀を握る。
ろくに戻らない握力を、沸き上がる“圧力”で握り締める。
心臓を血流と共に流れるナニカで稼働させて、僕は全身の血管の中に血流を巡らせ続ける。
全てが細かく、精確に、より強く。
視認し、理解し、強化し、捕らえる、絡め取る。
これが”気”か。
麻薬にも似た快楽、恍惚にも似た力強さ、酔いしれそうになる悦楽。
エンドルフィンが分泌されているのか、痛みを忘れて、快感となるおぞましさ。
「ん? 気が使えはったんですかぁー?」
「たった、今、ね」
全身の激痛は終わらない。
感電による筋肉の萎縮は続いて、この力が無ければまともに立つことも出来ないだろう。
だから。
僕は、嘆く、ことすらも、許されない。
嗚呼。
嗚呼。
僕は――どこまでも弱くて。
「なら、楽しませてくれますかー」
打ち刀と小太刀、それを流れるように構える月詠の凶笑を見ながら。
涙を零す。
――汚いのだろう。
「楽しむ時間は、ないよ」
殺すから。
死なせるから。
ただそれだけが僕の望みに成り果てた。
呼吸を一つ、肺が激痛と共に膨らみ、酸素を溜め込む。
「にとうれんげき」
刹那、月詠が踏み踊るように二刀を振り翳し。
「ざんてつせ~ん!」
大気を切り裂く衝撃の斬刃と成した。
僕はそれに前足を踏み出し、太刀に指を絡めて。
「切り裂け」
虚空を両断した。
音は聞こえない。
手ごたえは無い。
だけど、確かに感じられた力を乗せて、射出した刃はなにかを切り裂き。
「相殺したんですかー?」
衝撃が雲散霧消と掻き消える。
轟ッと遅れて斬響音が鳴り響く。
「否。斬っただけ」
全身から沸き上がる熱気の如きナニカ。
それが伝わり、太刀は熱を帯び、嬌声にも似た震えを発する。
揺ら揺らと大気が歪んで、降り注ぐ槍の如き雨の感触すらもどこかに置き忘れてしまいそうだった。
ただ冷たく感じるのは両眼から流れる涙の感触としょっぱい味だけだった。
僕は急速に回復してくる身体感覚に眩暈すらしながら、足を踏み出す。
“泥に沈む事無く”、地面を滑る。
「ええ、迅さ――ですわぁ」
加速、接敵、抜刀。
剣戟が衝突する。
水華が乱舞し、折れんばかりに太刀と打ち刀が衝突し、音すらも置き去りに剣閃が唸る。
交錯、乱閃、世界の全てが刃に光に切り刻まれるようで。
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
僕は吼える。
僕は嘆く。
僕は壊れる。
僕は、僕は、僕は。
顔面を狙う小太刀の刃をスウェーで避けて、流れるように飛び込む刺突を柄頭で打ち払い、笑いながら楽しむ狂人の刃。
その全てを躱す、流す、捌く。
本来の自分なら出来ない動きを駆使し続ける。
「しんめいりゅう」
足首の腱を狙った足斬り、それを跳躍して避けた。
刹那、月詠が笑いながら昂る全身の気を発して。
「おうぎ」
大地に波紋が広がる。
爆発的な気の放出、その台風の如き圧力を僕は感じ取りながら。
「――にとうれんげき・ざんがんけん」
大地を割断し、大気を切断し、人体を木っ端微塵に破断する刃がそれだと一瞬前に気付いて。
“足を大気に叩き付けた”。
笑えるような冗談。
音速超過。ソニックブームすらを起こす蹴撃で、僕は空気の壁を蹴れるようになっていた。
僕が一瞬前に居た地点を、月詠の刃が切り刻む。
背筋凍るような現象。
僕はそれらを知覚しながら、空中で体を旋回させて――
「墜ちろ」
大気を蹴り飛ばし、流れる雨雫のように刃を掲げた。
「!?」
重力すらも味方につけて、振り翳す一刀。
身に付けた全ての人体駆動を駆使して、僕は逆足を体に打ちつけて、膝を、腰を、背を、肩を、肘を、腕を、指を。
鞭のようにしならせ、風車の如く回転し、叩き落す。
「チェストォオオオオ!」
それは世界を切り裂くような刃。
防御に回った小太刀、打ち刀。
その全てがもはや僕には“何の問題にすらならないで”
一刀――両断。
鋼すらも断ち切る感触もなく、振り抜いた太刀先にめり込んだ大地の飛沫が弾けた。
夜の闇色よりもなお薄暗い一線が垣間見えたように思えた剣の軌跡。
雨の雫が打ち付けてくる。
人も、大地も、刃にすらも。
「え?」
ズルリと二つの刃がズレた。
刃鉄の刃片がゆっくりと落下し、泥の表面に突き刺さる。
柄だけ残して月詠の武器は失われた。
唯一原型を残しているのは僕が振り抜いた艶やかな刃紋を残す太刀の刀身のみ。
カシンッと流れるように納刀。
「あらー、困りましたわぁ」
「武器は壊した。まだ、やるかい?」
大人しく投降するならいいだろう。
けれど、まだ戦うならば、僕は月詠を殺す。
気に目覚めたとはいえ、僕には知らないことが多すぎる。
油断はせず、困った笑顔を浮かべる月詠に殺意を向けて。
「んー、苦戦しちゃうですがー、まあ殺し合いは命張るもんやから」
濡れそぼった洋服の裾を華麗に揺らめかし、何の役にも立たない二振りの柄を投げ捨てた月詠が嬉々とした手を構え。
――ズルリと嫌な音がした。
「へ?」
続いて聞こえたのは重い何かが泥の地面に着水した音。
目に飛び込んできたのは艶かしい白。陶磁のように艶やかで、穢れることを知らない純白の如き白い曲線を描く存在。
あえて言おう。
一糸纏わぬ月詠がそこにいた。
「あ」
目に飛び込む、僅かな膨らみを持ったお椀形の乳房。
目に入ってくる、白磁のような滑らかな傷跡だらけの肢体。
目に見える、腰まで流れる色抜けた白い髪が肌に張り付き、含んだ水滴が舐めるように下に流れる。
いつもの癖で、全身の様相と手足の長さを測り、観察し、判断し――
僕は思わず声を上げる。
「あ、白いのか」
どこが?
言うまでもないだろう。
「あや?」
月詠がようやく下に目を向ける。自分の体を見る。
一瞬の硬直。
白く艶かしい肌がブルブルと震えだして、蒸気にのぼせたかのように肌が色付いた。
バッと月詠の両手が乳房と下腹部を隠して。
「み、みはりました?」
意外なことに真っ赤になった顔で、月詠が訊ねてきた。
「なにが?」
「う、ウチの……裸ですぅ」
見てないといえば嘘になるだろう。
ていうか、見えるよ。そりゃあ。
「まあ、ね」
正直目の前の月詠の裸を見たところで。
何一つ心が痛まないのが正直な本音だった。
精々目に毒なのと、リーチを惑わされることがないだろう。
その程度に欲情するか。
エロ本の一つや二つ、真っ当な男子高校生なら目を通すし、ネットを使えれば言うまでもない。
多少の心拍数の増加も、アドレナリンの分泌と考えれば好都合。
「で、どうする?」
僕は目を細めて、太刀を握り直す。
これで月詠殺したら、僕は殺人罪だけじゃなく、婦女暴行の容疑も加わるのだろうかと思いながら。
しかし。
「う」
返ってきた言葉は短く。
「う?」
意味の分からないもので。
「うぅぅう……」
ジワリと月詠の目の端が潤んだのにも、僕は一瞬気付くのが遅れた。
「へ?」
「うー! 酷いですー! う、ウチの裸見られたー!? あそことか、あんなところとか、まだ刹那センパイにも見せてなかったのにー!」
両手で顔を覆って、月詠が座り込む。
って、おーい。胸見えてるけどいいの?
「酷いですぅー! もうウチお嫁にいけないー!!」
お嫁に行く気だったのか。
旦那さんがまず斬られるね。ていうか、彼氏出来るのか? この子。
などと暢気に考えつつ、隙だらけだけどもう切りかかっていいかな?
なんて考えていた僕だったが。
「こ、こうなったら~」
突然顔から手を離して、涙と鼻水だらけになった顔で月詠がキッとこちらを睨んだ。
……嫌な予感がした。
なんか今すぐ月詠を斬れと本能が囁く。
それに従い、僕は腰を落として、納刀した刀身の鯉口を切ろうとして。
「責任取ってくださいなぁ」
「は?」
責、任?
嗚呼、殺人罪の責任ね。刑務所で償ってくるから、ちょっとそこで顎上げてくれる? 刎ね易いから。
て、上気した顔で迫ってくるのは何故?
ちょ、ちょっと、何故に歩み寄って。
「え、ちょ、まっ」
ガシリと以前にも見た、目にも捉えられない歩みで僕の体に月詠が抱きついた。
「優しくしてくれな~」
グニョリと月詠の裸体がしがみ付いてきて、濡れた艶やかな肌が雨に濡れて、天然のシャワーのように弾ける。
「って、何故に僕を捕まえて――」
「婚前交渉が青姦ってのも面白いですわ~」
ちょ っ と ま て。
「既成事実かぁ!!」
僕は逃亡を選択する。
逃げるために抗おうとしたけれど、今更のように感電した筋肉が萎縮したままで。
膂力ならば圧倒的に敗北していた。
付近の草むらに僕は引きずり込まれて――
アー。
魔法使いの資格を失いました。
疾る。
疾走する。
荒く息を吐き出しながら、熱を忘れない肉体を駆動させながら、全力で感じ取れる違和感の元へと駆けつける。
目指すのは世界樹の広場であり。
「長渡!」
僕は見えた人影たちの中に確かに友人の姿を捉えて、僕は跳ねた。
アスファルトの床を砕いて、矢のように飛ぶ。
そして、戦闘を行なう諸人物たちの中に飛び込み、着地した。
「短崎!?」
「やぁ」
息を吐き出す。
長渡、大豪院、豪徳寺、山下、中村。あとネギ先生に、見覚えのない少年。
視線を巡らせる。
水に包まれた殻、その中に見覚えのある顔もあれば無い顔もある少女たち。
そして、隔離された水殻の中に見えるのは――桜咲刹那、か。
大体、“月詠から聞いた通り”。
「状況はまあ推測ぐらいだけど、把握している」
長渡たちに告げて、僕は最後に黒いコートを羽織った初老の人物――ヘルマンに目を向けた。
「おや? 見ない顔だが、何用かね?」
「用事は簡単だ。友人の手助けと悪漢を斬る事」
鯉口を切る。
背筋が震えるほどに目の前のヘルマンが強いのが分かるが、それ以上に体が昂っていた。
息を吐く。
甘く蕩けるような熱が唇から零れて、ドロドロに筋肉が溶けていくような弛緩を自覚する。
体力は諸事情で多少消耗しているが、調子はこれ以上なく良い。
「ヘルマンだな。割り込みで済まないが、斬らせてもらうよ」
「私の名前を知っているのかね?」
「――月詠から聞いた」
ヘルマンの視線が厳しさを持つ。
嬉しそうに唇が引き締まり、革のブーツの踵が地面を叩いて、水を弾けさせた。
「月詠を倒したのかね?」
倒した。
んー、倒したといえば倒したね。
「(一応)倒したよ……一度倒されたけど」
「?」
嘘じゃない。
倒された後に、押し倒しただけだ。
若さって凄いね! 失神させちゃったし。
「……何故に泣いているのかね?」
ヘルマンの不思議そうな声。
「心の汗だから気にしないで」
「短崎。お前、なんで服装乱れてるんだ?」
長渡の不思議そうな質問。
「雨の中を走ってきたからさ」
「あ、あのー、首になんか痕付いてますけど平気ですか? 呪いか何かではー」
「馬鹿やなー。ネギ、あれは大人の付けるもんなんや」
ネギ少年と見知らぬ少年の言葉。
ええい、全員黙れ!
「尊い犠牲を払ったんだ」
色んなものを失った。
「だけど、それでも」
だからこそ。
「やるべきことは間違えない」
太刀を払う。
刃を抜刀する。
流れる雫の一滴までも受け止めるように払い、吐き出す息吹を乗せるように僕は構えて。
ドゥンッ!
溢れんばかりの気を発す。
「これ、は!?」
驚愕の声。
大気が震える、地面が揺れる、水面が跳ね上がる。
吐き気がするような力と共に僕は目を開き。
「人外外道化生外法、なんでもいい」
ただそれでも。
「穿ち、斬り、刺し、砕き、断ち、刎ねる」
全てを受け止めて。
「それだけは変わらないから」
立ち向かう。
「僕は剣を抜く」
******************
ついに短崎が気に目覚めるの巻。
ようやくネギまらしい展開になりまシタ。
これから短崎君が最強系に走リマス。
敵を千切っては投げ、千切っては投げの無双デス。
ちょっとばかしSAGAってしまったりするのもしょうがないのデス。
これもひとのSAGAなので。
ドウゾ、オタノシミニ。
コレハ4月1日トイウ日付トハナンラ関係アリマセン。
というのは全て嘘だ!(CVティ○ナ・ランスター)
エイプリルフールの嘘お話でした。
実際にはこんな展開にはなりませんし、短崎・長渡が魔力、気などに目覚める予定は毛頭ありませんw
まさかの感想25個も入るとは嬉しすぎる誤算でした。
ありがとうございました。
このお話は欠陥人生本編とはノリが違いすぎるので、消すべきかと思っているのですが。
皆様の感想を聞き、少し迷ってます。
それと予想だにしないことに、コレの続きが読みたいと仰られている方が何名もいて。
どうするべきか、考えてます。(HPにだけ、続きを書いて載せるべきか)
ていうか、続いたら新婚生活であまあまな月詠を書かざるを得なくなりますw
麻帆良祭でデートする月詠。
弁当を作ってくれる月詠。
武闘会で応援してくれる月詠。
あれ? 結構いいんじゃないかな?
一応しばらく残しておきますが、邪魔になるようなら消しますので感想にちょこっとでも付け加えてくだされば対処します。
では、では、お気楽なお祭り騒ぎもこれにて。
ありがとうございましたー