はぁ、むかつくわ。
携帯を鳴らしてからきっちり十分後。
相変わらずの学生服姿で、小太郎がやってきた。
十五分以内に来なかったらシメるで、と伝言にいれておいたのが効いたんやな。
「千草姉ちゃーん、なんやねん? 飯でも奢ってくれるんか――へぶぁ!?」
とりあえずやってきた小太郎の頬をビンタしておいたわ。
「な、なにすんやー!?」
殴ったんや。見て分からんかい。
ていうか、殴られて分からんのはどうなんやろ?
久しぶりにあったけど、ますます馬鹿になったんやろか。
「それは分かるわ! 俺が聞きたいのはその理由! しかも、何やその札束!? 強盗でもしたんか!?」
一度やってみたかった札束で叩いてやったんやけど、目の前の糞ジャリがガクガクブルブルと震えとる。
早めに自首するんや。日本警察怖いんやで。俺が通報したほうがええかな。
とかブツブツ呟いとるけど。
「阿呆、ウチが強盗なんか出来るタマに見えるんか?」
ウチみたいな小心者の綺麗どころが犯罪に手を染めるわけないやろ。
という視線を送りながら言ったんやけど。
「……それもそうやな。千草姉ちゃんなら強盗するよりも寝て暮らすほうを選択する性格やし、やったとしても俺を巻き込むヘマするとはおもえへん」
「そやろそやろ。だから、そこで正座せんかい。しばいたるわ」
猿鬼と熊鬼でしばいたる。
「なんでや!?」
ギャースと悲鳴を上げる犬っころ。
ああ、うるさい。
とりあえず、ウチは手に持っておいたビンタ用の札束を小太郎に投げつけた。
「っと、投げるなや!」
「それやるわ」
「はぁ? お小遣いには気前よすぎやで?」
犬っころが首を捻って、不審がっとるが当たり前や。
普段ウチがもっとるわけない金額やし。
まあ説明したると伝えて、玄関から靴を脱いで入ってくる小太郎に背を向けながらウチはリビングにまで歩いて戻る。
ぺたぺたとフローリングの床は素足で歩いても冷たくて気持ちええんや。
「また厄介ごとやかいな。千草の姉ちゃん~、っておわ!? なんやねん、この量!?」
ウチが自慢のソファーに腰掛けてると、犬っころが声を上げたわ。
理由は分かる。
リビング中央、ちゃぶ台の上にある阿呆みたいな札束が原因やろう。
軽く数えたやけど、合計五千万。
マンション買えてしまうほどの金額や。
「マジで強盗したんやないんか? 俺が一年中傭兵稼業やっても、稼げんでこれは」
小太郎は触れてもええか? と確認をしてきたから、ウチが頷く。
すると、すぐさまに小太郎が札束の一個をばらして、指で撫でるように数え始めた。
「大体一口数百万の依頼やろ。寝る暇惜しめば稼げるんやない?」
小太郎の言う傭兵稼業。
フリーの拝み屋や工作員に配られてる金の動きはウチみたいな準公務員には縁のない話やから、詳しくは知らん。
とはいえ、たまに飯ぐらいは奢ってやっとるし、面倒見とる犬ジャリの生活環境ぐらいは把握しとるさかい。
「必要経費がかかるやろ。俺みたいな戦士タイプは下準備と装備に金掛けんところっと逝ってまうわ」
だから俺の懐に入るのは百万以下が普通や、と呟いた。
バラララと銀行員みたいな華麗な手つきで犬っころが札束を一つ、二つと確認しとる。
「んー、見たとこ偽札は入ってへんけど、これ機械通したんか?」
「してへんで。上司から直に渡されたもんやし」
「姉ちゃんの上司ってことは……協会か? どんな仕事させられるんや? こんな金額、幹部一人二人暗殺でもせえへんと割に合わん額やで」
とんとんとちゃぶ台の上で叩いて揃えると、小太郎が「あとで機械持ってくるわ。偽札混ざってたら、姉ちゃん捕まるで」 と軽く言ってくれたわ。
現ナマ支給でやるところはたまに混ぜてくんねんとぼやいたわ。
そんな依頼主には信用集まらんけど、大体が使い捨て目的で雇ってくるから平気でそうしてくる。と中々にバイオレンスなことを教えてくれたわ。ああ、知りたくなかった。
「怖いやね~。ああ、やっぱりそういう類には触れたくないわぁ」
「リターンにはリスクはつきもんやで。で、姉ちゃん。俺を何に巻き込むつもりや?」
じっと顔を上げて、ウチに強い目つきで睨んでくる。
警戒と観察の目つきやね。
とはいえ、ここまで見せたし、話したからあんさんに拒否権はないんやけどなー。
「まああれや。一緒に地獄までお供してもらうで」
「はぁ?」
そして、ウチは軽く説明をした。
説明を終えたあとの犬っころは眉間に皺を寄せていた。
「示威行動って……どう考えても姉ちゃん、鉄砲玉やんか」
ずばりと確信を言う小太郎。
ウチに対して率直に言うのは長い付き合いだから、当たり前のことや。
ていうか、子供でも分かる理屈やし。
「だと思うわ」
ウチも頷いて同意する。
暑いので適当に札束ばらして、作った札団扇で自分を扇ぐ。
「困ったもんや」
「どう見ても困った顔やないで、姉ちゃん。ていうか、少々下品やで」
うるさいわぁ。
冷房代ケチってとめてあるさかい。団扇は部屋やし、取ってくるのも面倒やもん。
金は使ってなんぼや。
金の通じんところやったら、こんなお札トイレットペーパーにも劣るもんやし。
「まあその理屈は分かるけどなー。正直金額にガクガクしそうやで、俺」
「ウチもや。パンピーが大金持ったら身を破滅させるって、理解出来そうやね」
馬鹿みたいに机の上に重なった大金。
それを見て共にため息を吐き出したわ。
「ま、ええわ。ウチも死にたくないし、小太郎。ここまで話した以上、運命共同体や」
「……まったく、千草姉ちゃんは俺に面倒ばかり押し付けるなぁ」
小太郎がぼやくが、その頭の耳を見れば嫌がっているわけじゃないのは分かるわ。
まあ少しばかり堪忍な。
今までの貸しの清算だと思ってくれればええ。
「ええで。で、俺は何をすればええんや?」
「ありがとな。まあ、上手くやるさかい。一ヵ月後には、悠々自適だらけ人生送れるで」
笑って、ウチはかけた眼鏡のつるを指で直した。
そして、軽く目を細めて、部屋を見渡す。
「んー、まあ。多分大丈夫やろな」
違和感は無いし、霊視しても結界に綻びはあらへん。
ウチの家の結界は自信作だと思ってる。
式や遠視で無理に入ろうとすれば壊れる結界やけど、その分異変を感知しやすい。
呪術としての結界やから、ウチの家具や道具などに呪をかけているから、術式を改竄しかけることは無理や。
やるとしたら中に物理的に侵入して、位置を変えることぐらいやけど。
――小太郎が来る前に家具の位置や呪の確認はしっかりとしておいたわ。
「盗聴とかは大丈夫なんか?」
小太郎がウチの行動の意味を悟って、聞いてくる。
しっかりとウチが施した教育と、荒事だらけの人生経験の賜物やろ。
「確認済みや。詳しい知り合いがおってな、探知機器と探し方はしっかり教わってるわ」
時代は進むもんや。
監視するのに式だけを使っていたのは精々明治時代までが目処やろう。
機械技術も進んだし、馬鹿な餓鬼が肉欲滾らせて、狙った女に市販されてる盗聴器やカメラを仕掛けたりする時代や。
陰陽、呪術、それらの技術者でも機械が使えなければ時代に置いてかれるのが常識。
古臭い骨董品の爺様たちは悲しんどるみたいやけど、活用するとまでいかなくとも、対抗策すら考えへんならそれは努力を怠っただけや。
まあ、自作PC作ろ思って、秋葉原の電気街まで行ったらじろじろと性欲持て余す餓鬼共に見られたんは不愉快やったけど。
「ま、ウチは腕も大したことあらへんし、小物だと思われとるんやろう」
盗聴器も監視カメラもなし。
Tシャツとスパッツ一丁で、頑張って家中のコンセントとかばらしたウチの苦労は無駄骨やったわ。
無駄に汗掻いただけや。
「千草姉ちゃんの極悪さ、知らんのなぁ。ご愁傷様や」
小太郎が何故か十字に指切って、南無南無言っとる。
あんた、無信教やろ。あと適当に混ざってるわぁ。
「ま、それでやな。正直ずばりと言えば、裏切るで」
「率直やな」
ウチの言葉に、小太郎が冷や汗掻きながら苦笑する。
当たり前や。
あんな地道に働いてたウチを切り捨てるような奴ら、ほとほと愛想が尽きたわ。
「表返るでもええで。正直ウチの上司が、過激派だっただけやもん。自分、派閥とかどうでもええし」
両親が魔法界の大戦で死んだだけでなんか過激派の派閥に組み込まれておったわ。
まあ西洋魔法使いと仲ようしたい、とは別に言っておらへんかったし。
……めっさ嫌いや、とも言ってなかったんやけど。
中立派は数が少なくて、仕事し難いみたいだけどなー。
「西洋魔法使いは俺は嫌いやで」
でも、と小太郎が前置するが。
「それはお前が軟弱な魔法使いの戦い方が嫌いなだけやろ。ガチンコバトル大好きやし」
「そうやでー。男の戦いは拳と拳や!」
そういって拳を握り締める小太郎。
おー、暑い暑い。ていうか暑苦しいわ。
「精々その程度やろ。西洋魔法使いのやり口、というか呪のかけ方はウチもあまり好きやないし」
なんていうかスマートやない。
こう趣味に合わないというか、もう少し知的な呪をかける技術の方が好きや。
ま、その程度やな。
辛いもんが好きか、甘いもんが好きか程度やし。
見知らぬ他人が辛党やろうが、甘党やろうが、どうでもええ。同じ味嗜好を強制せえへんやったらな。
「で、とりあえず仕事するまで一ヶ月ぐらい先やから」
「やから?」
「小太郎、ちょっと金の判別終わったら傭兵の伝手で使えそうな奴を探してきぃ。戦闘力は別に考えへんでええから、小細工得意な奴でな。ウチは道具と上司に媚び売って、情報仕入れてくるわ」
どの電車で来るのか。
どんなルートで京都廻るのか。
他に護衛が何名いるのか。
他もろもろ調べへんと軽やかに死ねるさかい。
真面目に潰すだけやったら、たちの悪いのは呪殺か毒盛るか、まあ色々と手打っておくべきやけど、それはあっちに恩売るなら避けたほうがええしな。
人死にはアウトや。
取り返しが付かない分、失点がでか過ぎるわ。
人間心理も考えれば、利点を無視することも多々あるのが人間やから。
「小心者で儚く可憐なウチには辛すぎる仕事になりそうやね」
ふぅっとため息を吐いた。
美人の憂いや。美人薄命、て言葉が実現しそうやで。
「――ずぶとく、しぶとく、逞しい千草姉ちゃんにはピッタリやわ」
その横でいらんことを言った馬鹿がいる。
「小太郎。これから一ヶ月はぶぶ漬けや」
もう、お前はウチで飯食わせてやらん。
ただし飯は作らせるけどなー。外食は金がかかるしぃ。
「キャインッ!」
「何がキャインや」
けったいな悲鳴を上げる馬鹿に、ウチは蹴り入れておいた。
そんで。
その後、一度家に帰らせた小太郎が紙幣の識別機を持ってきたんやけど。
「あ、これ偽札や」
ピーと差し込んだ紙幣に、赤いランプが灯った。
「あ、これもや」
「……」
ピーと赤く光るランプ。
「……これも、あ、これも……こ、これまで」
「……」
何回も何回も赤く光るランプ。
そして、結局二千五百万近くが偽札やった。
「……」
そうか。
そこまでウチを馬鹿にしとったんやな。
折角の札扇まで偽札やったとは、さすがのウチでも分からんかったわぁ。
「ち、千草姉ちゃんのこめかみに、青筋が出てるで……」
あいつら……生かして年末を迎えさせんで。
ウチは立ち上がり、部屋に歩き出した。
「えーと、蠱毒の作り方はどうやったかな」
「まだ呪殺しちゃあかんでぇ、姉ちゃん!!」
「止めるなー! それなら戻り橋行って、清明の式神ぱくってくるわぁ!」
「京都が火の海になるわー!? やめえぇえ!!!」
「ウチの二千五百万がー!!」
クスン。
使えなくなったわぁ。
*************
千草を書くのは楽しいです。
しかし、あと三話で終わるのか微妙ですw
四話か五話ぐらいになるかなー。
外伝では基本的に千草視点ですので、格闘ではなくマニアックな呪術や陰陽系の独自考察や説明が入ります。
このお話での呪術などは、夢枕獏の陰陽師シリーズなどがかなりモチーフになっています。
次回更新は三森閑話の予定です。