やれやれ面倒やね。
そろそろ初夏が来ようという時期やったかな。
ウチがいつものように出勤するお座敷、定められた通りに仕事をこなせばいいだけの単調な生活。
けれど、満足出来る日常。
たまーに、数十年以上も前から京都で歪み始めとる四神の結界による地霊の発生や、穢れの禊ぎ祓いなどの雑務もある程度で上々やった。
ウチの仕事は呪術師。
陰陽師とはちょっとばかし毛色が違うんやけど、根本は同じ。
陰陽師は陽と陰のバランスを調整し、天を眺めて、吉兆を占う祭事の仕事。
腕の立つ安倍家なり、賀茂家なりはたまーに妖魔の類を神鳴流と一緒に調伏しとるが、まあそれは副業や。
んで、ウチは呪術師。
名前だけ聞くと不吉やな。呪う術と書いて呪術と読めるさかい、まあイメージは先行するもんや。
とはいえ、ウチはまあ確かに呪詛を掛けることも出来るし、呪殺の類で阿鼻叫喚の果てに気に入らん人間ぶっ殺せるけど、それはあくまでも可能という話や。
分かるか?
出来るっていうのと、やるっていうのは違う。
人を殺すんやったらそこらへんのチンピラが持ってる拳銃とナイフのほうがお手軽や。木造建築なら扉を塞いで、火をつけてもええ。
後で手に縄かかって、テレビで晒し者にされたあげくに、罵倒されて、刑務所でくそまずい飯を食う覚悟があるならそっちのほうが頭ええ。
今時呪殺なんぞするのはその手を汚すのが嫌いな潔癖症か、呪術以外に取り柄のない根暗か、呪術の類が万能だと信じとる阿呆だけや。
呪術師の同僚は結構ウチも知っとるけど、十人中八人までが呪殺とか出来ても選択しないような人間やな。残り二人? 一人は台所のGをぶっ殺すための呪術開発しているし、残り一人はたまーに国家依頼で人様に迷惑掛けている奴殺してる苦労人さかい、優しく例外にしておいてるわ。
と、話がずれたな。あかんあかん、すまんすまん。
あー、めんどくさいわ。
で、ええと、そうやったな。
呪術師やけど、まあ呪うとかはぶっちゃけオマケや。本来は呪うではなく、呪。しゅ、まじない、それが本業や。
言うなればそうやな、あらゆる森羅万象に呪をかける。
所謂上書き、つうか加工? やと思う。
まあ概念っていうか、感覚的に捉えているのが当たり前や。分かりやすい説明なら僧侶にでも頼むとええわ。説法、すなわち説明の専門家やし。
簡単な例を言えば、水があるやろ?
それが空から降ってきたら、何やと思う?
雨や。
つまり、それが呪や。
空から振る、雨雲から落ちる、それが水に【雨】っていう呪をかけられたことになる。
この世の物理法則も言うなれば世界か、神様が掛けた呪に過ぎんってことや。
ウチら、雑魚い人間はちょこちょこと道具を使ったり、言霊を使って意味を押し付けたり、符を張って呪の意味を上書きするんや。
パソコン詳しいか?
ウチ、実は得意なんやわ。エクセル、ワード、使えるで?
本家の人間も、まあ忙しい人は普通にPC使ってるわ。今日、インターネット使えへんと時代においてかれるからなー。
あと百年もしたらパソコンの付喪神が生まれるんやないかね? 実はウチらでも、古いパソコンを何個か丁寧に手入れして、倉庫に仕舞っておいてある。
ああ、あと百年。五年ぐらい前の機種やから、九十四年か? それぐらいしたら、付喪神として命を持つかもしれへん。
そしたら、CPUとか取り替えて、事務作業任せられるわ。うきうきタイムカプセル気分やね、ウチが生きているうちは難しいかもしれへんけど。
五十ぐらいで死にたいし。
まあ、あれや。
ウチらは符とか使うし、陰陽術も多少使えるけど、ぶっちゃけそれらは専門やない。
陰陽師が陽と陰で人間の情勢を保つなら、ウチらは自然界の呪に干渉して、ちまちまと環境を保護するんや。
国内を走る地脈を点検したり、主流たる龍脈の流れを辿ったり、根詰まりしてないか、どこかで腐ってないか、どこかで龍脈のエネルギー、かっこよくいえばドラゴンパゥワー! で人間とかやめようとしている阿呆がいないか、調べたりする。
人間のことは陰陽師と警察機構に、世界のことは国家に、怨霊の類は拝み屋か霊媒師に、祟りの類は僧侶に、んで環境のことは風水師と呪術師がやる。
まあそれで大体数百年は持つ程度に安定した。
んで、この国が有るのがその証明。
やったんやけど……
お座敷にて、うつらうつらと日課の呪符を書いておったら、上司に呼び出された。
熊のようにわしゃわしゃとした髭を揺らし、どでかく肥えた体を持った肥満体の男。
賀茂家の分家、荒山道雄。
歳は四十を越えた中間管理職のまとめ役やったんやけど。
「はぁ、妨害行為ですか」
呼び出されて、遮音結界と式神封じの密封空間で言われた言葉にウチは呆れた。
「そうだ。お前には関東魔法協会への示威行動を行なってもらう。やれるか?」
関東魔法協会。
第二次大戦後、西洋文化と共に日本に進出してきた他外国の魔法結社。
当たり前のように地元のウチらとは仲が悪いんやけど、嫌がらせしろっていっとる。
しかも、やれるか? といっているが、その目は刃物みたいにギラギラやった。
ああ、これは断ったらウチを殺す気やなとわかる。
記憶消すにしてもウチぐらいやと違和感覚えて、逆行催眠ぐらい自分に掛けられるし、解呪の術もたんまりと蓄えとる。
口封じするには山に埋めるか、川に流すか、地獄に蹴り落とすしかないやろ。
鋭い視線の中に、そろそろ蒸し暑くなってきたからさらけ出しておいた胸元、自慢の胸に少し視線が向けられる。
あかん、エロ親父や。殺される前に、骨ばった老人と脂ぎったオッサン共に犯されそうや。そしたら、舌を噛み切りたくなるぐらい最低なことになる。
「引き受けますわ」
なので、胸元に手を当てて、衣服の乱れを整えながら受領する。
やる、という意思は感じ取ったのか。
荒山……いや、エロ阿呆でええか。それが重々しく頷いて。
「多少の金は用意してやるから、そちらで組め」
支度金は渡してくれるってことやな。
「ウチの同僚、何名か口説いてええどすか? 片手の指ぐらいの人数揃えれば、三十人ぐらいは変死させますがな」
やらんだけで、出来る奴はおる。
それを集めてもいい。
手間が省けるしなー、と思ったんやけど。
「駄目だ。お前以外は外部の人間で揃えろ、痕跡は残すな」
「んー、なら示威行動になりまへんで? 痕跡消したら、示威どころか工作になってしまいますわぁ」
そもそも呪術師のウチに、そこまで上等な条件付けられても困るわぁ。
戦闘は専門外やで、呪術師っちゅうのは真っ当に生きてたらお役所仕事やもん。
戦術よりも戦略が好きや。高みの見物とか大好きやし。
「そのためにお前がいる」
「? ウチは指示するだけやないんですか?」
「お前は出ろ。成功したら顔は変えてやる。戸籍もな」
うわーお。
鉄砲玉宣言やで。
か弱いウチのまえで、堂々と言うのはどうなんや?
モチベーション下がりまくり、士気暴落やな。
「自分の顔、気に言ってるんですが」
「諦めろ。代わりに成功したら、一生遊んで暮らせる金と地位を用意してやる」
おいしそうな餌のところには、奈落への落とし穴が設置してるんやね。
阿呆か、子供でも分かる罠やないか。
金と地位と名声が欲しいように見える態度してたかいな?
そんな疑問を抱いたんやけど、次の馬鹿の言葉で選んだ理由が分かった。
「それと、関東魔法協会が出す使者はサウザントマスターの息子らしい。喜べ、殺せば名声は轟き響くぞ。あの世のお前の両親にもな?」
「っ」
思わず唇を噛んだ。
苛立ちが胸から湧き上がった。
拳を握ってしもうて、付け上がった馬鹿が笑っとる。
「では、気合を入れろ。開始は一ヵ月後だ、後で金を持たせる。戻ってろ」
そういって最低の阿呆が、立ち上がる。
スタスタと歩いて、結界の要になっていた障子を開いて出て行った。
そして、ウチは残されて。
「……そか」
短く嗤う。
精々残っているかもしれない式神に見せ付けるように、唇を歪めて。
「息子か」
嗤う。
クスクスと笑ってみせて。
「面白いわ」
本当に笑ってやった。
道化のように笑ってやる。
馬鹿やな。
本当に馬鹿や。
復讐の拵えのつもりか。
――あっほ、らしい!
(心読は出来ないやろうしな)
なので安心して胸の中で呻いた。
人様の、しかも無関係なお子様に逆恨みをするような下等な教育は受けてないわ。
ウチの両親は品行方正に、なおかつ美人にて器量良しにウチを育てとる。
高々戦争行ったらぐちゃぐちゃの八つ裂きにされて犯されまくって弄ばされた程度で、怨み骨髄染まって怨念吐き散らすほど安くないわ。
ウチの怒りと憎悪はもっと高値で売り飛ばす。
主犯と関係者はまだ探っとる。
見つけたら、この手で奈落の果てまで叩き落して、蜘蛛の糸代わりに納豆でも投げつけてやるけどな。
一生掛けても払いきれんほどの負債掛けるし、死んだら肥溜めの中に五体を投げ込んでやる。
(ま、ええわ)
これを利用して、コネでも掴むか。
リスクが高ければ高いほど、手に入るリターンも高くなる、当たれば天国外れれば地獄の高レートになるのが世の中の常や。
ウチは立ち上がり、首を回して、計画を考え始めた。
ああ。
嗚呼。
――めんどうくさいわ。
金は結構貰えた。多分手切れ金の意味もあるやろうし、金額の高さでどれだけ本気なのか誇示してるんやろう。
ウチはか弱い呪術師やけど、札束の重みで心がビビッたりはせえへんわ。
……手が震えたけどな。
一度梱包テープ剥がして、自宅にある綺麗に洗ったバスタブにお札をぶちまけようとしたところで正気に戻ったからセーフや。
盗聴器とか発信機とか、偽札の類が混ざってないかどうかの確認作業も省けたし。
「しかし、これだけあれば結構好き勝手やれるなぁ」
裏の相場で考えても、まあ人間数十人バラすだけの価値はある。
これを存分に使い込めば安めの傭兵だったら二十名ぐらいは雇える。
前金で半分払って、成功報酬で大目の見返り払えばええし。
その時には多分半分ぐらいに減ってるやろうから、財布にも優しいけど。
「……指示が面倒やな」
念話を使うにしても、携帯か無線使っても、あまり多くの人間を使えば指揮系統の保持に苦労がある。
所詮戦闘回避主義者の呪術師、指揮官教育なんて受けてない。
鉄砲玉の支度金、あの上司もそこまで求めておらずに精々玉砕による脅威の伝達。
或いは英雄の息子殺しでの、関東呪術協会の勢力をアピールがベストな結果。
十中八九東西戦争がまた再発することにだろうが、関東魔法協会は日本という環境への浸透作業や難民への救済行為などによって国際的に知名度と認知度を稼いでいる。
関西呪術協会からすれば軟弱者と唾棄し、戦争になれば凝り固まった妄執と数十年の月日を掛けて高めてきた攻性技術によって勝てる。
(……と、阿呆は考えておるんやろうなぁ)
特に西洋魔法使いの悪口ばっかり聞いて育った若年層はそう思っている節があるし、戦争を体験した老骨たちは目立った活躍と戦果を上げられなかった憤慨で現実を見るのを放棄している節がある。
戦争始めれば、国際的な認知度が低い関西呪術協会が世論を敵に回すのが関の山だ。
狭い島国、表立って戦闘を始めるわけにもいかない術者のルールによって暗殺などの謀略が渦巻くだろうし、血で血を洗う惨劇に対する介入として国外の機関が割り込んでもおかしくない。
そうなれば悠長に穢れの禊ぎ払いも出来なくなるし、人心乱れて悪鬼が横行し、関西呪術協会が一手に握る地脈確保もおろそかになって奪われる可能性まであるわな。
戦争を始めた主動としてなれば、国事に関わる陰陽師たちが政治家の批判を浴びるやろし。
関東魔法協会へとその目を優先させ、経済活動などの国事もまた牛耳られてしまうかもしれへん。
「は~、めんどくさい」
考えれば考えるほど悲観的な想像ばかり浮かぶわぁ。
楽天的な思考は何一つ浮かばないし、そうなれば悠長に団子を食って、茶ぁしばいて、大好きな日本酒を啜ることも出来なくなる。
大戦の調査も出来なくなるし、悪いこと尽くめやで。
「最低の最悪やと、島沈むかもしれんわぁ」
関東魔法協会も馬鹿では無いが、現状以上の権限を渡すような機会を与えたら日本がどうなるか。
呪術師の目からみたら、恐ろしい未来が浮かぶ。
関東大震災クラスの地殻変動、毎年のように発生する台風などの災害、年間数十~数百件と発生する地震などの現象。
これらに対峙し、そのために洗練された呪術、陰陽術、大陸輸入の道術や風水なども取り入れて改良を加えて、やっと安心して息をしているのが現状。
安全平和な大陸発展の魔法などには大した、そう呪術と比べて優れた治水技術はないんや。
いずれ来ると予言されている関東大地震などや、将来の、さらに未来の災害を防ぐためには呪術師が必須であり、組織も必須。
……日本沈没とかはアカンと思うんや。
「……こうして考えると、ウチの肩に国の未来がかかっとるってことになるなぁ」
あくまでも可能性である。
のだが、ありえないわけでもない。
絶対に起こらないということがありえないのだからそうとしか言えない。
他人が聞けば考えすぎやと笑うかもしれんが、禍根は避けるべきだと理性が囁いとる。
物事は常に最低から考えて、手を打っておくのが賢い生き方や。
「やっぱり、駄目やな」
傭兵さんたちマシンガン作戦、中止。
――派手な使い捨てすると、協会の評判悪うなるし、清廉潔白なウチが汚れに見える。
自ら呪殺しまくり最後に登場して条件獲得作戦、中止。
――これが一番楽やけど、数人呪殺したらウチに追っ手が掛かること間違い無しや。
圧倒的な勝利は禍根を生むし、下手すればさらに死地に飛ばされるか、もみ消しのために殺されるかも知れん。
出来れば、そう敗北がいい。
「しかもウチが死ななくて、なおかつ使者も無事届いて、そんでウチがあっちに恩が売れるような状況……」
そんなのあるか?
と、ウチは首をかしげながらも、とりあえず手勢を集めようと呪術協会の名簿を掴んだ。
フリーの傭兵でもええけど、信頼の出来る手足が欲しい。
それを考えながら、名簿を捲って。
「そやな。あいつ、巻き込むか」
実は最初から考えていた奴が一名おった。
そこそこ腕が立って、隠密作業も出来て、知り合いで、裏切るとか出来ない馬鹿。
借りは多少売りつけてある。
巻き込んでも胸は痛まないしな。
パラリと名簿を止めて、ウチは携帯を取り出した。
アドレス帳を呼び出し、ボタンを押す。
「ていっ」
発信ボタンを押し込む。
そして、携帯画面に映っているのは――犬上 小太郎。
ウチの使い走りの餓鬼んちょや。
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プロット改修ついでに書いたらさらさらと書けてしまいました。
説明が多い上になんちゃって陰謀劇です。
多分全四話か五話ぐらいで終わります。
全話通じて千草視点の予定です。
次回こそは本編か三森閑話にて。
7/11 指摘誤字修正しました!
7/11 多少の加筆修正