刃はいつか折れるのだろうさ。
目が覚めた。
「……知ってる天井だな」
「起き上がり様にそういうネタ台詞吐けるなら大丈夫そうね」
ん?
独り言のつもりで吐き出した言葉に、返事があった。
この大会だけで三回は超えるぐらい寝かされていたベットの上で目を向けると、そこにはこれまた顔馴染みになっている女医の先生がいた。
不機嫌そうに煙の出ていない煙草を咥えて、こちらをじろっと睨んでいる。
「……まったく無茶苦茶し過ぎよ。無茶をするのは若さの特権だけどね、自分の身体をぼろぼろにしてまで遣り遂げるものなんてこの世には殆どないのよ」
「なら今回の大会はその少ない例外だったってことでお願いしますわ」
短崎も含めて、こうも何度も何度も医務室送りになるような人間は治療する側としてはうんざりだろう。
痛むが走るのを覚悟してゆっくりと息を吸い込んで、身体を起こそうとして――気付いた。
体が痛くない。少なくとも気絶する前までとは比べ物にならないぐらいに。
「あん?」
鎮痛剤の痺れるような感覚じゃない、ただ純粋に痛みが引いている。
思わず自分の胸や腕に触れてみるが、そこには何重にもシップやら包帯がぐるぐる巻きになっているだけでその下の骨がべきぃーだとか、皮がずるぅ、といった痛みがなかった。汗もかなり引いている。というかよくよく見れば着ているシャツが自分のじゃない、安っぽい白のTシャツだ。新品の感覚がする。
折れていた左腕と、動かなかった右腕はグルグル巻きのミイラ状態だったが指が動く。痛みも軽く軋む程度だった。
「悪いけど治療して着替えさせたわよ、Tシャツ代とか含めて経費で落ちるから安心しなさい」
「治療って……どうなってんだ? 確か骨にひびぐらい入ってたと思うんだが……」
「骨がイってる時点で棄権しなさいよ。まあそのあたりも含めて、"治療したから"」
そういって女医の先生が懐から取り出して、ぴらぴらと見せたのはよくわからない紋様の描かれた紙切れ……っておい。
「まさか、魔法って奴か?」
「イエス、こっちのほうがすぐに治るからね。とはいっても無茶しちゃだめよ、通常の自然治癒と違ってくっついた骨はまだ脆いし、しっかりとカルシウムと食事を取って激しい運動は数日は控えること。もっと強力な方法でやればきちんと完治するんだろうけど、身体に負担もかかるし、なにより反省しないでしょうからね」
「……頼んでないんだけど」
ある程度は知ったような気もするが、未だにその手の不可思議現象には慣れないし慣れたくもない。
それにこんな形で簡単に怪我を治したら他の連中に面目が……
「こんな形で怪我が治るのは望んでないって顔ね」
「……まあな、でも」
「でもじゃないわ。拘りがあるのはわかるけどね、それでも"貴方たちは学生なの"。大会の途中って言うならまだ百歩譲って痛み止めとか包帯程度で我慢してあげるけど、貴方は"負けたんだから治ってもいいのよ"」
ギシッと座っていた椅子を軋ませて、白衣を羽織りめがねをかけた絵に書いたような美人の保健先生(しかもグラマラス)は、どことなく色気のあるしぐさで人差し指を突き出してきた。
「――まだ学園祭は途中なのよ。これからの残った時間を全部ベットの上で過ごすなんてもったいなさ過ぎるでしょ」
俺の顔に向かって、叱るような口調で。
「学生生活をもっと楽しみなさい、それが貴方たちの権利なんだから」
そう告げる女医の先生の態度は大人だった。
俺たち子供を叱ったり、褒めたりする大人の態度。
何一つ間違っていない人生の先立ちの言葉。
だから、俺は……
「分かりました」
小さな不満とかはあったけれどそれを飲み込んで、素直に受け入れた。
「うん、素直でよろしい」
そういってようやく気難しい顔から、嬉しそうな笑顔になった女医先生の顔はとても大人びていて。
俺の周囲にいるがきんちょだとか、年齢詐欺共と違ってとても美人だった。
そのあと俺は女医先生から幾つかの注意事項と、傷が熱を発した時用の飲み薬を幾つか渡されてた。
先ほどの会話でも少し言っていたんだが、魔法……というかもうよくわからない不思議パワーで治した怪我は思ったよりも万能ではないらしい。
短期的に見れば凄く優れた治療技術だが、あまりそれに頼りすぎると身体に負担がかかるだとか、免疫能力が落ちるだとか、治癒魔法をかける側の適正も重要だが、される側にもそれなりの気だとか魔力だとかそういう適正がないと治りにくいらしい。
だから若いうちはある程度軽い傷程度にまで治して、後は通常の包帯だとか消毒。軟膏などで治療するのが一番だとか。
「よくわからないけど、オカルトパワーがあれば現代医療とか全部いらねえっていう風だと思ってたわ」
「あー、魔法使いの中にはそういうのも結構いるわね。古い修派のほうだと科学技術とか異端だとか馬鹿にしているのも多いらしいけど、そういうのは大抵老害よ。私も携わるものだから偉そうなことは言えないけどね、しっかりと大学通って医師免許を取得しているわ」
大体現代医学は過去に何人もの先人が文字通り血を滲ませて人体を調べたり、技術を開発して、それで学問として治る仕組みを解明しているんだからそっちのほうが精度が高いのが当たり前。
魔法だとある程度あやふやでも治ってしまうからそういう意味では発達がし難い、技術や知識の積み重ねが遅れているのだ。
などなど、てきぱきと仕事をしながらその女医先生は愚痴を零していた。
ある程度魔法っていう奴を知っていて、それでいて常識的――魔法だとかそういう類に免疫のない俺みたいな相手だと喋りやすいのだろう。
或いは魔法って奴の実態をある程度教えておいたほうがいいと判断されているのか、そういう指示があったりなかったりするのかもしれないが。
(まあよくわからねえな)
深く知りたいとも思わなかったが。
とりあえず体は動く、それで十分だった。エヴァンジェリンとの試合前の地獄見たいな状態と比べたらずっとマシで……
(あーやべ……)
思い出したら欝になってきた。
思い返すのはズタボロに負けた光景、明らかに格上の技術の持ち主で、あれほどぶっ飛ばしたかったのにぶっ飛ばされたのは俺の方だった。
だがしかし、不思議と……苛立ちは少ない。いや、悔しいとは思うがむかつくとは思わない。
アイツには純粋に”努力の量で負けた”。
そう思えたから。
(どんだけ功夫積んでやがったんだ)
山下との戦いで、いや、それ以前にあの雨の日の動きで化物じみた強さを持っているのは分かっていた。
一切の無駄のない足運び、鍛え抜いたとしか思えない身体の柔らかさ、実に馴染んだ武術の動き。
殴りかかっても、蹴り込んでも威力を消されて、受け流されていた。
多分断言出来る、あの夜の日、俺は茶々丸じゃなくてあいつと戦っていても負けていたと。
技術のレベルが桁が違っていた、俺が一月や二月同じような技術を学んでも出来やしない、それだけ練られた動きだった。
(どこが一般的な女子中学生だ、あんな中学生がいるか)
間違いなくあのガキ、足を広げたらつま先が頭にくっつくレベルで柔らかいだろうし、腹筋とか割れているに違いない。
とんだゴスもどきがいたもんである。
今度ぶん殴る時は腹を確認してやる、絶対硬いに違いない。
と、そこまで考えて、俺は自分の考えに笑えた。
(そうだな、まだ勝てるよな)
諦めちゃいない。化物じみた強さだったが、まだ手が届く。呆れるほど遠い領域だが、あそこまで行けば打倒出来ると信じられる。
魔法だとか、吸血鬼だとか、そんなのは関係ない。
まだ両手は残っている、動ける、なら倒すことを考えるしかない。
(明日……いや、学園祭が終わってからだな。山下たちと一緒に鍛錬するか、特に山下なら一番あのくそロリに近いし)
祭りが終わった後のスケジュールを考えながら、包帯塗れの両手を握り締める。
かすかな痛みと、薬臭い臭いにふと気がついた。
「あれ? そういえば試合は……どこまでいった?」
確か俺の試合が準々決勝の最後の試合、そこから先は準決勝で残った四人の試合。
だとすると確か俺の次は…………
「っ!! 短崎は!?」
「え ど、どうしたの?」
「なあ先生、俺の次に担架で運ばれた野郎はいなかったか?! 短崎 翔っていうんだけどよ!!」
女医先生に名前を出して告げると、その瞬間何故か先生は眉を潜めて、視線を落とした。
「き、きてないのか?」
いやな予感がした。
あいつは重傷だったはずだ、棄権したならもうここにいるはずだ。左腕も動かないのだから治療受けているはず。
なのに、何故答えない?
まさか――
「彼なら……」
「ここじゃなくて、病院に運ばれたわ――意識不明の重傷でね」
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スーパークウネルタイムといいつつ、長渡が担架で運ばれていたので出番なし!
次回閑話にて、戦闘をお送りしたいと思います。
駄剣もそこそこ書けているのでそっちのほうが先かもしれませんが。